したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

【裏話】養成所ミュージアム【上等】

1名も無き教官:2003/05/07(水) 02:06
スレタイの通り、裏話や過去話を上げるスレだ
ようは養成所に関係するSSを上げるスレだな
特にテンプレはない、自由にやってくれ
ただし出来るだけ過去のものと矛盾しないようにな!

397TIPS;戦う理由:2006/06/04(日) 23:18:43
 司令が、小さくつぶやいた。

 ……

「今、なんとおっしゃいました?」

「任務は果たす。だが滅ぼさせん、と言っている」

 その言葉に、耳を疑う。
 それは、大いなる矛盾をはらんでいたからだ。
 
 任務の遂行は世界の滅亡を意味する。
 ならば、任務を果たすということは滅ぼすということだ。
 だが司令は「滅ぼさせない」といった。
 ならばそれは、任務に抗うということではないのか。
 だが任務を果たすといっている。これは明らかに矛盾した言葉だ。
 
 わけが、わからない。

「……どの道、イデは出現間際。
 先日の戦闘では、戦場の意思の奔流だけで封印結界を一時的に突破。
 かろうじて、養成所およびその協力者によって封印内部へと押し戻された
とのことだが。
 封印はもう崩壊寸前だ。
 時待たずして、ふたたびイデは現出する。

 ……だが、そここそが狙い目でもある。

 ……ひとつの遺産が、存在するおかげでな」

「……遺産?」

「対軍刀M1キャリバー、だよ。
 反物質生成兵装にして、空間歪曲を可能とする最強の『剣』。
 この『剣』を用いるために、君はつくりあげられた。そうだな、エリュシオン」

「……はい」
 
 わけもわからぬままに、ただその言葉に頷く。
 シアが、私の目をその瞳で射抜いたまま、後を継いだ。

「南米事変……エリちゃんは知らないだろうけど、南米にデビルガンダムが
出現。全世界へのdg細胞散布を行おうとした事件があった。
 首謀者は、埋葬船団幹部『助教授』ゴドー。
 世界そのものの破壊を目標とした最悪のテロ行動、そういわれてる」

 ……dg細胞ならば、その存在は知っていた。その危険性や、それがもたらした
災禍についても、歴史の時間に確か学ばされたと思う。
 けれど、そんな事件が起こっていたというのは、知らなかった。
 まして、埋葬船団というのならば……

「……本当に、私の属している組織というのは、世界の滅亡がお好みの
ようだな」

 はき捨てるように、言う。
 また、シアの瞳が怒気に染まった。

「……話を最後まで聞かないで、かってに自分だけの結論を下す。
 それは、エリちゃんの悪い癖だよ。

 わからないかな。
 イデが発動する可能性があるというのなら、わざわざdg細胞散布なんて
手段を使わなくても、世界は十分滅びてしまう。
 そんな方策を用いるのは二度手間にすぎないんだよ。
 けれど、その二度手間をあえてやろうとしたのなら、そこには別の
目的がある。
 そう考えるべきじゃないかな。
 ……事実、原因不明の理由でデビルガンダムは暴走。その過程で、
ゴドーは命を落としてしまっている。

 ……計画が成る前に、暗殺されてしまったんだよ。 
 埋葬船団『司令』の、手によってね」

 暗殺、という言葉に、息を呑む。
 ……その『助教授』という人間は、何か……そう。
 滅亡を望むものとは、異なる理由の元に動き、そして、その
理由ゆえに暗殺された。そういうことなのか。

 私が当然と思っていた、平穏の世界。
 私が戦いのために生まれた存在という亀裂の奥底に、わだかまる
闇は確かに感じていた。
 けれど、その闇は思っていたより遥かに深いということなのか……
 
 私が答えぬと見たか、シアが再び口を開く。

398TIPS;戦う理由:2006/06/04(日) 23:30:44
「助教授は、もうひとつ計画を進めていた。
 g計画、って言われてるけど。
 ありとあらゆる技術を取り込んだデビルガンダムの最終進化系。
 人間と共存できるよう生まれた機械の同胞。
 それを作り出すための、計画。
 
 ……いろいろと他にも証左はあるけど、結論を言うよ。
 ……助教授が最終目標と認識していたのは、イデだった。

 イデって言うのは、人間を含めた多くの存在の怒りや憎しみ、
生存本能やらなにやら……そういうものを糧として、すさまじい
力を発揮するシステムによって動いている。
 感情エネルギーシステムの、もっと発展した形態だと考えて
くれればいい。
 それは、同時に人類の思念パターンを感知する装置にもなって
いる。
 ゲージ上に二次元様の文様として描かれるそれが、あるパターンを
描いたとき……イデはその全機能を発動。
 全世界を破壊し、全ての生命力を4次元的に逆行させ、最初の
瞬間へと帰還させてしまう。
 ゲージ・システムと呼ばれる、破壊装置の、それが正体」

 何とはなしに、思い描くのは。
 デクレクシヴィと共に遊んだ、街を作るゲームだった。
 用地を整備して、そこに住宅地や商業地、工業地を立て、
道路を引き、電線を引いて、住民の苦情に対処しながら
街を発展させていくゲームだ
 うまくいかなくなるたびに、よくデクレクシヴィは
リセットボタンを押したり電源を切ったりしたものだ。
 
 だからといってゲームがプレイできなくなるわけではなく、
電源を入れればまたゲームは最初からはじめられる。

 現実との、奇妙な符合。
 背筋が、凍る。
 そして、怒りがこみ上げる。

 うまくいかなくなりました。  
 だから電源を切りましょう。
 それで問題は消滅。 
 最初から改めてやり直して、よりよい街を作りましょう──

 ゲームだから。私は意にもとめずに電源を切っていた。
 ゲームの中の住民は、所詮意思持たぬ数字に過ぎないから。

 けれど、それがもし、この現実で行われるとするならば──

「……全部うまくいかなくなってしまった世界なら、
面倒を解決するよりも、最初からやり直してしまうべきだ。
 そういうことか?そういうシステムなのか!

 ……そこに生きる存在の全てを無価値と断じて消し去って、
その上で最初からやり直し、理想の世界を築きましょう……

 冗談ではない……冗談ではない!」
 
 私の叫びに、シアが頷く。 

「そう、冗談じゃない。冗談だったらよかったと思う。
 けれど困ったことにこれは本当。 
『軍』の体裁とる組織が、大量の物資を消耗しながら
動くほどに」

「ふざけるな」

 何度、この言葉を叫んだことか。
 けれど何度叫んだとしても、足りはしない。
 こんなばかげた話が、現実に存在していることなど
冗談としか思われず、しかしそれは真実ときている。
 ふざけた話だ、本当に、
 ふざけが過ぎるとはこのことだ。 
 世界を玩具に遊ぶだけ遊んで、遊びで澄まぬほど
面倒が増えた瞬間全てをぶち壊す……
 わがままな子供のような破壊神……
 
 そんなものに、私も、そして私の愛する人々も、
命の命運を握られているなど、到底許せることではなかった。

 私の表情を見定めたシアが、頷く。

「そうだよ、本当にふざけている。
 ……いかなる道理、論理で動いているにせよ。
 おそらく、それは本当の意味での破滅を、免れるために
誰かがくみ上げたシステムであるにせよ。
 
 ……その終わりの向こう側にある本当の終わりから、
命を逃れさせるためのシステムであるにせよ。

 ……そんな終わりを、リセットを、許すことは出来ない。
誰だってそう考える。
 そして助教授ゴドーもそう考えた」

399TIPS;戦う理由:2006/06/04(日) 23:41:39

「……」
 南米で起きたひとつの事件。
 それが、異なる姿を脳の中で描き始める。
 そう、それが虐殺を目的とするのでなければ。
 デビルガンダムはきわめて強大な存在であり、
イデ同様感情をエネルギーと変じるシステムを
持っている。
 そのシステムがどれほど原始的であるとしても、
100億以上の人類がdgの感情エネルギーシステムを
解してイデ討滅のために意思を結集しえたなら、
それがどれほどのエネルギーとなることか……

 アムロ・レイは単機で巨大な質量体であるアクシズ
を食い止めた。
 ドモン・カッシュは恋人と共に放った最終奥義でもって
コロニー大にまで肥大したデビルガンダムを一撃の下に
粉砕消滅させたという。
 
 ただの2人程度でそれなのだ。
 ならば、その意思が数百億ともなるのなら・・・・・・!

「そうだよ、エリちゃん。だからこそ、助教授は
対イデの最有力兵器としてdgを選んだの。
 イデはその存在自体が強力な超兵器。
 けれど、その身はあくまでも無数の機械に拠ってなる
兵器でしかない。
 兵器であるならば、その存在と闘争することは十分に
可能となる。
 全人類をdG細胞によってつなぎ、繋いだ後に脅威たる
イデに対し全人類の意思を制御して封印する。
 発動したならば、これを正面から攻撃、撃破……
 世界の可能性を強引に残してみせる。
 
 他にも、いろいろ理想はあったようだけれど、イデを撃破するという
究極目標に変わりは無い。
 
 けれど、時間が無さすぎた。
 完成と呼べるには程遠いレベルのまま、イデの覚醒は近づいてしまった。

 だから、半ば賭けのような形をとって、助教授は行動──そして、
それを望まない一部の存在たちによって、彼の理想も夢も飲み込まれた。
 
 大切なのは、彼の理想は叶わずに、彼は滅んでこの世にいない。
 そして、イデの覚醒は目前に近づいている。
 
 ……それだけ。それだけが、真実」

 その言葉に、私は俯いた。
 ……ならば、打つ手はもはや失われたということではないのか、と。
 
「けれどね、残っている手はまだあるんだよ」

 シアは、俯くことなく私を見つめていた。
 ……まだ、手があるというのか。

「うん。
 助教授も、たった一つの手段に全てを賭けるほど、
おろかではなかったの。
 保険は、残しておいた。
 それが、あなたの剣……M1キャリバー。
 いかなる高次存在であろうとも『叩き斬る』ことが出来る最強の絶対剣。
 
 ……それを用いられるのは、あなただけ。 

 そして、それはそもそもイデを覚醒させることが出来る剣として認識
されていた。

 けれど……それは同時に、もっともイデを屠りうる可能性を秘めた
剣でもある」

400野望の終焉〜仮面と人形〜:2006/07/22(土) 22:39:03
 南インド洋と南極海の接する海域に浮かぶ小島、ケルゲレン島とハード島の間の洋上。

 レッドスペースの誇るエース、ラウ・ル・クルーゼ隊長が提督の地位を持って指揮を執るエターナル級改装型『エクセリオン』『エンドルフィン』『エスクード』は南極マハル基地を出港、一路ニュージーランドに向かっていた。
 表向きは訓練、上層部より受けた指令は埋葬船団殲滅の支援、だがしかし……

「提督!進路上に艦影……これは……メタルドールズ旗艦『ドールハウス』です。
 他に、ドールズ所属の識別信号を持つアルプス級2隻、エンドラ級3隻が!」
「ドールズ司令代行、パプテマス・シロッコ閣下より通信が入っています」
「後方に所属不明の潜水艦の反応が!」

『はじめまして、クルーゼ君。君の噂は色々聞いている。
そして、私がメタルドールズ司令代行、パプテマス・シロッコだ。
 実は君があの、埋葬船団の一員だという情報を得てね、すまないが臨検させてもらうよ。
 もし、異論があるのなら、荒っぽい手段も辞さないと思ってくれ』
「レッドスペース軍提督、ラウ・ル・クルーゼ少将だ。
 当艦隊はこれより、その埋葬船団殲滅の為にこれよりニュージーランドへと向かう途中である。
 そのような言いがかりをつけて進路を妨害するとは、我が国に対する……」
『だがね、クルーゼ君。私はすでに、ミネバ・ラオ・ザビ・ダイクン閣下から臨検及び実力行使その他諸々に関する許可を受けている。
 それでもなお、逆らう気かね?』
「ほほぅ、閣下が既に動いていると言う事は、言い逃れが出来ぬと言う事か。

 総員戦闘開始!ドールハウスを沈め、押し通る!!」
 艦隊乗務員及びパイロットは既に、埋葬者か木偶の何れかである。3隻のエターナル級は即座に攻撃を開始した。
 各艦に搭載されたプロヴィデンスが合計9機、うち6機がミーティア装備。

401野望の終焉〜仮面と人形〜:2006/07/22(土) 22:40:02
 一方ドールズ。
 アルプス級の甲板上に陣取った白いゲーマルク計4機がファンネルを展開、ドールハウス甲板上の『ブロンズシールド』以下ガンダムレオパルドデストロイ改13機も火力を解き放つ。
 潜水艦より出撃した『カッパーランス』及び『V2ABCDEF』はそれぞれがミーティアプロヴィデンスと交戦する。

 突破を目論むエターナル級と阻止せんと前に出たエンドラ級が真っ向から撃ち合いにかかる。

「ハハハハハ!これが、この程度なのか!噂のメタルドールズとやらも!」
 群がる白銀のV’ヘキサガンダム、白金のマグナアック達を次々と蹴散らし、千切っては投げを繰り返すクルーゼのミーティアプロヴィデンス。

 甲板上にはそれを見守るように、白く輝くサンドロックと、それに付き従う黄色いドラゴンの両ガンダムが控えている。

「いい機会だから言っておこう。私の野望はイデだけではない!
 既に、人類が自ら、滅ぶべくして滅ぶ為の種は蒔かれているのだ!」

402野望の終焉〜仮面と人形〜:2006/07/22(土) 22:41:01
火星、荒ぶる戦神を奉ずる未開地。
そこに横流し屋ことハロルド・ボルツが投じたHLV、通称『災厄の箱』。
 果たしてそのうちに如何なる悪徳が込められたのか、皆、黙して語らない。

 災厄は、忘れた頃にやって来るのだ。

ジャブロー、ルルイエ跡地。
滅んだ筈のデビルガンダムが寄り添い、形を成し、蠢く。
 そのコアとなったのは、謎めいた金髪の少年。

連邦軍調査団「に、逃げろー!?」「うわー、もう駄目だー!!」

ダブリン、コロニーの落ちたる無法の地。
 謎めいた金髪の少年がそこに現れ、頭角を現し始めていた。
 ジャンク屋組合の幹部連に名を連ねるのもそう遠くは無い。

 されど、奥に秘めた本心はいまだ見せず。

プラント、人が繁栄と進化を夢見た仮初めの天地。
 とあるオフィスで、黒髪の男と金髪の少年が語り合っている。
 その傍らに侍るは、桃色の髪の少女。

 少女より少年の方が乙女チックなのは気にするな。

ロサンゼルス郊外、パサディナ。
 カリフォルニア工科大学の一角で、雑多な資料と格闘する双子。
 二人の脳内には、世界滅亡の為の無数の陰謀が蠢いている。

「これなんかどうだい?兄さん」「なかなか良さそうだな、弟よ」

403野望の終焉〜仮面と人形〜:2006/07/22(土) 22:42:07
『滅ぶべくして滅ぶ、か。妙な事を言うな、貴様は。
 ならば何故、我々は滅びを食い止めようと動くのだ?我々は人では無いと言うのか?』
「我々、か。貴様らとて私と同じ、作られた存在であろうに!

 なのに何故だ!何故我等の同志にならない!
 自らの不遇を嘆いた事は無いのか!」
『メタルドールズ設立の第一の意義は、企業の利益追求』
 ぽつり、シロッコは呟く。

(今の台詞、棒読みだ)(棒読みでしたね)周囲のクルーの思念波が飛び交うのはさておき。

『滅び行く者に、利益など必要かね?』
「やれやれ、私とした事が、とんだ見込み違いをしていたようだよ。個人と法人の区別も付かぬとはな!」
『では、もっとわかりやすく言い直そう。
 私は、いや、私達は、まだ死にたくないのでね。
 それに、まだまだやりたい事、やらねばならない事が多いので不遇を嘆く暇も無いのだ』

 どうやら、互いの見解の相違は、決定的なものとなったようだ。

404野望の終焉〜仮面と人形〜:2006/07/22(土) 22:43:03
 カッパードールとニッケルシルバードール、即席コンビと思いきや、今回に限っては上手い事機能している。
 ミーティアとドラグーン2機掛かりの超濃密弾幕を、こちらも弾幕コンビがフォローしあって切り開いているのだ。
 おおむね赤銅の方が立ち位置は上だが、洋銀がNT能力で皆の思考を読んで援護するやり方、つまり、赤銅が洋銀を尻に敷いているのである。

 弾幕で言えば、ジンクドールがサイコミュにより遠隔操作するアルプス級及びゲーマルク4機も負けていない。
 ミーティア有り無し3機ずつ合わせて6機のプロヴィデンスと壮絶なまでの撃ち合いを繰り広げ、大気も海水も沸騰寸前である。

 そんなミーティアのうち1機が、真下からの斬撃を受ける。
 下を見れば浮かぶは大量の潜水艦。それらを足場として縦横無尽に跳び回り切り結ぶは漆黒の四足型ガンダムタイプMS。ドールズに準ずる最強の闘犬、リクオーが操る試作型可変MS『ビーストカラミティ』であった。

「ええい、何故だ、何故わからん!貴様のような理想主義者がこの世界を容認出来る筈など無かろうに!」
「その通り、私は理想主義者だからな。例えこの身が朽ちようとも、その理想を追い求めずにはいられないのだよ」
 焦りの見えるクルーゼと余裕を見せるシロッコ。
「ちなみに、何故お前が負けるのかを教えてやろう。
 お前はいくら見かけの頭数を稼ごうとも、所詮お前一人に過ぎん。対してこのメタルドールズは、幾つもの個性を組み合わせる事で1+1を3にも5にも高める事が出来るのだ」
 それが、それこそが、第3世代までのドールズから第4世代であるメタルドールズに至るまでの、最大の進歩である。
「一人、だと?」
「我々はまあ、君に関して結構な量の情報を取得済みでね。君の出生とか、君と共に出撃したであろう少年兵についてとか、色々。故に、君は一人だと言う解釈に落ち着いたのだよ」

405野望の終焉〜仮面と人形〜:2006/07/22(土) 22:43:53
 そして再び、南米。再生を始めるデビルガンダム軍団と、その前に立ちはだかるガンダム軍団……

海賊娘「ローゼス・スクリーム!」
茶髪「どうして、こんな事を繰り返さなきゃいけないんだ!」
邪黒の猛者「ンな事シロッコにでも聞いて来い!」
東方不敗「流派東方不敗、最終究極奥義!石破天驚拳!!」

 パサディナ、カルテック。追い詰められるフロスト兄弟と、追う立場の……

シャギア「お、お前は!」
オルバ「南半球にいるはずでは!?」
黄金「ふ、機体を置いてきて正解だったようだな。
まあ、お互い生身なら私の方に分がある筈だと思ってもらおうか」

 そして爆ぜる、クルーゼ機の頭部。

 主戦場を離れたケルゲレン島の海岸で、黒鉄色のガンダムが、先端部より白煙放つ巨砲を構えていた。

406TIPS;悪戯:2006/08/01(火) 22:22:58
 いくつもの捩れた塊が、虚空に在る。
 それは、埋葬者「蒼弓」との戦いにより撃破されたドッゴーラの骸だった。
 高熱に焼かれあるいは弾丸に貫かれ、天空行く竜にもたとえられたその
勇姿はもはや見る影も無く、死した深海魚のように時折デブリに叩かれて
身を揺らしながら、蒼い地球光に照らされていた。
 そうして、永劫に地球の重力にとらわれ、いつか地球から離れてゆくか、
あるいは地球に落ち、一条の流星と化すかを待つだけの存在。
 それが、彼らの定めだと……かつて彼らを操っていた者たちは思っていた。

 まるで、群れ成す魚群のように、つかず、離れず、緩やかに地球の
衛星軌道を周回する彼らの前に、巨大な何かがこれも慣性によって
ゆっくりと近づいている。

 巨大な筒を横に引き裂いたようなそれは、しいてたとえるならば弾丸に似ている。

 大混戦初期。
 突如としてラグランジュポイント上に無秩序な進路ベクトルで出現したコロニー同士が
衝突、地球の軌道上はデブリに満たされた。 

 それは、その惨劇によって破壊されたコロニーの残骸、そのひとつであった。
 その、あまたのデブリに打たれてすら原型を保つ強固な外壁には、いくつかの
突起が取り付けられている。
 移送のために取り付けられた核パルスエンジン。
 
 緩やかに動いているように見える、といえど、それは地球の周囲を巡る一種の衛星
であり、その速度は秒速にして10キロメートルを超える。
 無論、「企業」はこの物体の危険性を認知していたが、除去作業を行おうにも
デブリ衝突による作業中の事故が後をたたず、またラグランジュポイント付近に存在
していて軌道も安定していることからいつしか放置され、書類の中の一事項として
ありとあらゆる人間に忘れ去られてしまった存在であったのだ。
 
 そして、偶然にもドッゴーラであった残骸の進路と、コロニー残骸の進路は一点において
交錯してしまっていた。 

 緩々と、事態は進行していく。
 意思持つものによる行為ではないがゆえに、何者にも悟られることがないまま。

407TIPS;悪戯:2006/08/01(火) 22:23:14

 風車に向けて突き進む騎士のように、あるいは海岸に向けて突き進む狂った鯨たちのように。
次から次へと、ドッゴーラの残骸はコロニーへと衝突していく。
 爆発は起こらない。衝突のたびに構造材と残骸が爆ぜて銀光を放ち、無数の電光を放つのみだ。
衝突により、コロニーはわずかに身じろぐが、しかし10年のときをデブリに耐えたコロニーはドッゴーラを
砕きながらなお速度を緩めない。
 そして、最後のドッゴーラが衝突したとき。
 帯電した構造材が、生じたイオン雲の中に一条の電光を走らせた。
 それは、空中をもがきながら舞い落ちる先を求めてほんの一瞬だけ進み……
獲物を見つけた蛇のように、コロニーから避雷針のように突き出した突起を襲った。
 
 核パルスエンジンの外壁を走り抜けた電流は、伝導体の中をくまなく走りぬける。
内部にはいくつもの絶縁体によるブロッカーが存在していた。
 しかし、そのブロッカーは、長年微細なデブリにさいなまれ、いくつかの亀裂を生じさせて
いた。
 その中に、電流はもぐりこむ。
 長年沈黙していた電子回路に、瞬間電流が走り、機能をほんの一瞬だけ、よみがえらせた。
 
 巨大な爆発が音も無く生じる。
 核パルスエンジン内部で沸き起こった、核融合ペレットが己の目的を思い出したかのように
爆ぜたのだ。
 
 その強烈なエネルギーですら、コロニーの残骸はわずかに身をよじらせただけだ。
 
 しかし、それで十分だった。
 コロニーは緩やかに進路を変じていく。
 ドッゴーラの衝突によるわずかな速度の低下、そして核パルスエンジンの始動による
針路変更。
 
 長年、コロニーを飲み込もうとして果たせずにいた重力が、ついにコロニーをその顎に
収めた。
 ゆっくりと、落ちていく。
 本来であれば、それはそのまま地球の大気にはじかれ、宇宙へと去るか、あるいは
苛烈な空気抵抗によって瞬時にその身を燃え上がらせるのみ。

 しかし、運命の悪戯は、コロニーに対して、ある進路をとらせていた。
 大気という鎧を貫いて、その肉たる大地へと至りうる最適角を。

 ゆるゆると……緩々と。
 それは、音も無く落ちていく。

 その進路を、何者かが精測したとするならば。
 
 コロニーが落着する地点は、南太平洋上に浮かぶある双子の島であると断定したはずだ。
その二つの島は、人類によってニュージーランドと名づけられていた。

408Stern Gazer ――星を見つめる者―― (1/2):2006/09/15(金) 21:42:49
AM 2:45

「これで、良し。」

―――呟きと共に、最後のレンズのカバーを閉じて脚立を降りる。
高さは約3メートル、足を滑らせたら結構な痛みを覚える高さだ。

降り終えてから脚立を畳み、何とはなしに相棒の姿を見上げる。

もう生まれてこの方15年以上の付き合いだが、相変わらず手のかかる"相棒"だと思う。
当の相棒――鉄亜鈴にも似た不恰好な金属製の物体は、満足気に光沢を放っているだけ。
たまには礼の一つも言って欲しい物だが、そんな虚しい望みは叶うまい。
何故なら目の前の相棒は、御伽噺かフィクションの世界に出て来る様な代物では無いのだから。



カールツァイス・イエナ社製 Universal23×Ⅳ型投影機[Carl Zeiss Jena Universal23&Ⅳ]
通称"イエナ"。
かつて西暦が使われていた頃、20世紀の中頃に作られたツァイス式投影機の改良型。
数百枚のレンズと歯車、100個近いランプによって仮想の星空を創り出す手作りの精密機械。
未来の夜空も見通せる、我が愛しの祖国のマイスターが作り上げた漆黒の鉄亜鈴、それが俺の相棒だ。
元々相当年季の入った代物だが、混線を経た今ではどれ程の時を生き永らえて来たのかは分からない、
少なくとも世紀を跨いだのは間違い無いだろうが、少なくとも毎日整備している俺の力でもある筈だ。


尤もこの建物―――俺が住んでいる天文台に併設されているプラネタリウムの設備は其れだけではない。
一基の投影機だけというのもロマンチックではあるが、やはり最新の技術も少しは必要だ。
ドーム内のプロジェクターは合計5基、音響システムはやや古いが立体音響、
個人経営のプラネタリウムとしては、自慢じゃないが世界でも有数の物だという自信がある。
天文台の方にも相応の天体望遠鏡が設置されているのも、忘れてはいけないだろう。

これらは全て、両親が残してくれた物だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
AM 4:24


「……っと、そろそろ開館の準備に入らんといかんな…。」
考え事をしながら過ごしていた所為か、気付けば開館時間の30分前となっていた。
只一人の従業員である自分がこれでは問題だ、例えどんなに来館者が少なくても、
其れが定刻と定められている以上は、キッチリと守らなければならない。
急いでロッカールームに飛び込み、着慣れた制服を着用する。

続いてモニタールーム、館内のセキュリティを営業状態にシフトして受付のロックを簡易解除。
愛しの"相棒"には正しく舞台に立つ前の役者の様に、自己診断プログラムを走らせておく。
どちらも最終的には自分で確認する辺り、民族の血を呪うがクセな物は仕方あるまい。
かつての東洋人が驚くほどの勤勉さで開館業務を律儀にも一つづつこなして行く。

開館五分前、正面受付のオートロックを直接解除して、開館準備を完了する。

尤も―――――――残念な事に、こんな早朝から訪れてくれる来館者など居ないのだが。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

409Stern Gazer ――星を見つめる者―― (2/2):2006/09/15(金) 21:45:24
PM 2:45

「本日の御来館、誠に有難う御座いました。
 私は、お客様皆様のまたのお越しを何時までもお待ちしております。」

本日三回目の投影を終了する。
流石にこの時間ともなると、客足もボツボツと増え始めてくる。
次の夕方の投影が今日は最後、それ以降は天文台の開放が俺の業務だ。

しかし手軽な娯楽として楽しんで貰えるのは嬉しい物の、最近は来館者が減る一方だ。
実際先程の見学者144名のうち半数は、過去にもここを訪れていてくれたリピーター。


「――無理も無い話だよ、な。
 この宇宙時代に、わざわざこんな森の中まで贋物の空を見に来る人もそうは居ないか。」

最高の接客で最後のお客様を送り出した後、"イエナ"の手動制御卓を調整しながらそうも呟く。
そう―――

かつてイエナが作られた時代、宇宙は人類の夢だった。
だがそれも過去の話、今は少し裕福な人間ならば宇宙旅行――それこそ月旅行で良ければ簡単に行ける。
作り物ではない本物の宇宙が見れるのだ、どんなに頑張っても昔ほどの人気は望めまい。
そして裕福でない者にとっては、そもそもこんな所に来る理由が無い。

星を眺めるよりも、目の前の問題を見つめる事の方が生きる為には大切だ。
齢15にして、俺の様な少年にこの様な感慨を抱かせる世界。
何かが間違っているとは思いつつ、夕方の投影開始までは受付で来客に対応しなければならない。


―――しかし暫くは時間がある。
お気付きだろうか?今日は平日、俺は普通の学校に通っていない。
カウンターの端末を起動し、自分のアカウントでオンラインに接続する。
これから数時間は"勉強の時間"、通信端末を使ったオンライン講習だが―――


このままでは、この場所を守る力を得る事すら叶わないだろう。
それが嫌だから、俺は生き延びる術を学ぶしか無い。



だから俺は、本当の星の海でこそ闘おうと思ったんだ―――。

410『Iron Gunman』あるいは教官Aの日常:2006/09/22(金) 19:38:04
 いつものように授業を終え、いつものように家路に着く。 
 格納庫までの道のりでは、ちょくちょく女子生徒と出くわすもので、
俺のほうはにこやかに笑みを浮かべて会釈をするのだが、女子の
ほうはといえば蛇蝎を見るようなさげずみの眼差しをただ一瞬こちら
に向けて目をそむけるだけ。
 おれがいったい何をした。まったく理解に苦しむ行為だ。
 たかだか俺の授業を受ける女子生徒に対して、メイド服着用の
女子生徒には問答無用でテスト満点な、と告げただけではないか。
 
 いや、メイド服以外の服を着用に及んだ生徒は生徒と認めず
単位はやらんと言った覚えもあるがまぁそれは教官の職掌が
許す行為ではないのか。
 そこで意地になってスク水あたりを着てテストに来てはくれないものか、
そうしたら学費援助だって考えてやるのに。

 まったく、最近の女子の考えはよくわからん。

 などと思いつつ、格納庫に鎮座するわが愛機に搭乗する。
 ・・・・・・なぜワイヤートラップがしかけられているのか。
 ましてシートにすえられているのは三脚が取り付けられた
弁当箱でなければ指向性対人地雷かなにかではないのか。

 慎重にトラップをはずしながら己がなぜこのような憂き目を
見なければならぬのかのろいつつ、ジェネレーターを起動させる。
 駐機場に待機させておいたゲターをリニア・ラインで移送させ、
愛機たるデザート・ザクにまたがらせた。
 ハッチが開く。
 いつものように砂交じりの風が格納庫に吹き込んできた。
 カタパルトレールの向こう側、隔壁に四角く切り取られた空は
やはりうす赤くにごっていた。
 火星に暮らしてもう10年。
 なじめなかったこの空に、今は郷愁すら覚えている。
 地球の青黒いほどに澄み渡った蒼天を思い出すことも、今では
もはや少なくなった。

「おつかれさまでしたー」
 という整備兵の声を背中に受けながら。
 俺は静かに愛機を発進させた。

 アパートのあるアリゾナ・クレイドルのアーバン区画まではおよそ75キロ。
巡航速度でオートパイロットを仕込み、仮眠しながらのんびり帰るつもりだが、
飛んでいるのだから存外早く到着することだろう。
 
 シャワーを浴びおえたころには、ちょうど夜の帳がおり始めるころだろう。
 火星もすっかり秋に入った。
 昼から夜への変化は早い。昼より夜が好きな俺には、好ましい季節が
訪れたといえる。
 火星の一日は24時間弱。地球とほとんどかわらない。
 もっとも一年は地球の二倍なのだが、それは些細な問題だったりする。
 体に刻まれた生活サイクルをほとんど変えずにすむのだから、地球から
ひっきりなしに移民が訪れるのもうなずけるというはなしだ。 
 火星開拓委員会、通称「円卓会議」の連中が、あまりの急激な人口増加に
対策をうとうとしても打てず、最近はすっかり死に体と化してしまうほどに。
 おかげで火星移民が始まって10年以上の年月を経ているというのに、
毎日が祭の夜のように騒がしい。
 花火の代わりに銃声が、聖歌のかわりに怒号が響く腐りきった祭だが。

411『Iron Gunman』あるいは教官Aの日常:2006/09/22(金) 19:38:53

 だが、居心地はけして、悪くない。
 腐敗と混沌は、過去を省みたくない人間にとってなによりも好ましく
暖かい。
 地球に過去を置き捨てて、新たな大地に人生を見るようなやつなんぞ、
たいていがそんな輩ばかりだろう。
 
 今宵も、きっと飲みに行くだろう。
 どうせ静かに呑めなどしないが。
 
 だが、それもまたかまわない。
 明日も見えない乱痴気騒ぎに、酒の変わりに酔いしれる。

 物思いにふけっていれば、いつの間にか周囲に人影はおろか
町の明かりすら見えぬ荒野を機体は飛んでいる。
 退屈きわまるこの風景は、仮眠するのにちょうどいい。
 まぶたを閉ざせば、日が沈むより一足早く、心地よい夜が訪れる。
 
 今宵の酒を夢見ながら。
 俺の意識は、たやすく堕ちた。

412とある白衣の男のお話:2007/02/23(金) 22:15:43
これは今から5年位前のお話・・・

「β素粒子加速器、起動しました」
「ミノフスキー・イネスコ型核融合炉、起動。実験を開始します」
放棄された基地の格納庫の中央に設置されたMS用核融合炉と何かの機器が起動し、実験が始まる。
その隣の建物では白衣を着込んだ科学者と助手たちが計器やモニターを睨んでいた。
「博士、実験開始早々ですがこの核融合炉の通常限界値以上のエネルギーの抽出に成功です」
「うむ、このまま続けよう」
助手の言葉に博士と呼ばれた眼鏡をかけた男は頷く。
「戦艦のメイン動力クラスに到達。まだまだエネルギー値が上昇します」
「ミノフスキー粒子にβ素粒子を照射する事で理論上はMS用でも電力供給用と同クラスのエネルギー供給ができるからな」

『博士』が満足そうにモニターを眺める。
全ては順調にいく・・・そう思われた。

そんな思いを警報が打ち砕いた。
「制御回路Ω11が暴走しています!」
「なんだと!? 緊急停止させろ!」
助手たちが実験装置の停止操作をする。
だが、そんな努力を嘲笑うかのように数値は上がり続けている。
「Ω11の暴走でここからの停止命令を受け付けません!」
「このままでは核融合炉が持ちません! 炉内中央部の熱量、増加し続けています」
「博士、このまま核融合炉が暴走したら・・・」
「・・・研究所だけじゃなくて半径50kmはクレーターになる」
『博士』の言葉に部屋の居たもの全員の脳裏に最悪の事態が浮かぶ。
「君たちはシェルターに退避したまえ。私が手動で核融合炉と装置を停止させてくる」
「博士、危険すぎます! 放射能の類は出てませんが膨大なエネルギーが他の機器にも流れ込んでしまいそうで何が起こるか分からないんですよ!」
「なら、尚更だ! 早くシェルターに行くんだ!」
そう言い残すと『博士』は管制室を飛び出て格納庫へと走った。

413とある白衣の男のお話:2007/02/23(金) 22:18:11
「核融合炉の停止手順は・・・ここをこうと・・・」
核融合炉が置かれた格納庫に飛び込んだ『博士』はマニュアルを片手に額に汗を浮かべながら核融合炉の停止操作を行っていく。
「ここをこうやって・・・これで・・・よし!」
目の前のディスプレイに表示されていた炉内の熱量が下がり始めた。
それに『博士』は安堵した。
だが、炉は停止しつつあったが周囲の実験装置やらが突然、唸り声を上げ始めた。
「しまった!? エネルギーが実験機器に流れ込んだのか」
慌てて格納庫の出口を目指す『博士』。
そんな『博士』を逃がさないかのように出口の側の実験装置の一つから青白い電流が出て、出口を塞ぐ。
周囲の装置に唸り声が一段と高くなる。更に、装置達から白い光が放出され始めた。
『博士』はもはや、逃げる事もできずに立ち尽くしていた。
核融合炉の隣の加速器が強い白い光を放ち、他の装置も強い光を放ち、格納庫の中は真っ白になる。
「うわぁぁぁぁーーーーー!!!」
『博士』は悲鳴を上げた。そして、真っ白な光の中に『何か』を見た。

「・・・・・・博士、大丈夫ですか?」
あれから一時間がたち、シェルターから出てきた助手たちは格納庫に向かった『博士』の安否を気遣い、格納庫へとやってきた。
『博士』は加速器の側に立っていた。
「博士・・・?」
助手の一人が心配そうに声をかける。
「ふ・・・ふははははは…はははははは!!」
答えるかのように『博士』の口から乾いた笑い声が漏れ、格納庫に響き渡る。
そして、助手たちは目にした。彼の『狂気』に染まった目を・・・・・・

この数週間後、エネルギー物理学の権威である三船弥勒博士は精神病院に収容された。
時に、三船が火星を訪れる5年位前のことだ。

414ラナさんの中身:2007/05/23(水) 01:09:30
:御案内
ttp://page.freett.com/azfeed/index.html
こちらよりBGMを入手して、文中のあからさまに指示してるっぽい所で切り替えると
ちょっと普通に読むよりも楽しめるかもしれなかったり。


『貴方はこの話を信じても信じなくても良い。
 これから語られるのは、真実でもなければ事実でさえないからだ。
 だが、知りたいと思うならばそれは貴方の自由だろう』

4150.前文:2007/05/23(水) 01:10:16
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

          知りえるからこそ、誰もが知れず
            ならばせめて誰かは、と
             願う思いを誰もが知らず

          0.経緯 ―― Way to The War ――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 突撃銃を抱え、男は静かにしかし悠然と話し始めた。
「彼女のことかね? あぁ、知っているとも。
 話せば少し長い。もう、たいぶ前の話だよ。
 ……知っているかね? 近頃では大層に、"平定戦争"などと呼ばれ始めたあの大戦。
 その前に、小さな戦争が有ったことを」
 男が銃を抱えなおす。その頬には、銃弾が掠めたらしい大きい横一文字の傷跡が刻まれている。
「私が"彼女"と知り合ったのは、そのときの事だ。
 付き合いが長かった訳でもなく、決して親しい仲とは言えないだろうね。
 だが、彼女にとっても、私にとっても、アレは忘れてならない出来事だった。
 だからこそ私は彼女を忘れた事はないし、その意味では特別な間柄と呼べるだろう」
 目を伏せて、男が過去に思いを馳せる。そしてかみ締めるように呟いた。
「――あれは、たった一夜のことだった」

                                       "02.PROLOGUE"


 NZ近郊での一大戦局は、辛うじてと評する他に無い僅差で企業軍側が勝利を収めた。
 この一戦により、その実態が企業の傀儡であったAEMA傘下に於いて、
その設立理念に最も忠実であった唯一にして最強の一団、
「埋葬船団」の戦力はほぼ木星船団と合流している部隊を残すのみとなり、
AEMAが地球上及びその宙域において、軍事的な、すなわち戦略レベルでの活動を行うのはもはや不可能に近い状態だった。
 しかし残された戦力、木星船団との連合軍の存在はいまだなお、
いやむしろ、いまだかつてない脅威としてカウントダウンを続ける時限爆弾の様に、
「企業」の支配を享受する事で仮初の安寧を得ていた地球圏の人々に、苛烈なプレッシャーを与え続けている。
 人々は、AEMAだけが危険な存在だとすればまだそれらをテロリストとして割り切り、
「何処か他所の国で起こる事件だ」とする事で己を騙して眼を逸らし続けていた。
そうすればその危険性を無視して、日々を偽りの平和で塗り固める事も出来たのだ。
 だが木星船団は、地球圏からの不当な搾取、及びにその為の一方的な圧力に対する復讐を宣言したのだ。
それは、「企業」と言う暗黙の規律の元に安寧を得ていた全ての人々への宣戦布告でもあった。

 この会戦直前の勢力図は、実はある視点から整理することにおいて、非常に単純な構図として分析できる。
 人類に未曾有の大混乱をもたらした「混戦」現象。
それに起因する政治的安定の実質的消失は、もう一つの分かりやすい支配原理による安定を生み出す。
 すなわち、「経済力」による支配・統制体勢の形成・安定である。
これによって固有名詞と同等の意味を持つ「企業」なる大連合が誕生し、
世界はこの「企業」による支配によって完全にとまでは呼べないものの、十分な安定と復興を果たして行った。
 だが、強大な権力による一極支配は当然のように暴君圧政の誕生を許した。
それは人類史においては比較的人道的とも呼べる程度ではあったかもしれない。
 しかし、「企業」は時に人権の存在を否定し、その行いに対する復讐心ですら、巧妙に誘導していく事で世界の覇者であり続けた。
だが、対抗勢力は吸収し反対勢力は適度に遊ばせる、ある意味「神気取り」にも似た圧倒的上位から故の行動理念は
僅かな隙間に抗う者達の真なる成長の余地を与え、そしてその牙は現実に「企業」へと歯向かい始めた。
 故に、これから起こる木星船団・埋葬船団連合軍と企業及び各国連盟との戦争とは、
突き詰めれば支配者と被支配者の闘いという二言で説明出来なくもない。
 だが、「混戦」直後の混乱を速やかに収集しうる手段が他に存在しえたのかと問われれば、
世界中の識者達は今なお答えに窮するのも事実だ。
 その為、後に「平定戦争」と呼ばれるこの戦いはそれゆえに別の視点から哲学的な標語をもって語られることもある。
すなわち、

――人類が生存する意義とエゴを問う戦いだった、と。

 それほどまでに人類史へと大きな問いを投げかけた戦争の前に、小さな戦いがあった。
時期にして「平定戦争」開戦より約一ヶ月前。場所は南半球のニュージーランド。

 戦争と呼ぶには小さく、しかし苛烈な戦いだった。

4161.:2007/05/23(水) 01:12:40
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

             超えてから気付くその境界だけを
             今も思い出せぬままに居るのだけど

         1.最後の息抜き ―― Last sleep, Last rest ――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 NZには非常に大きな民営の軍事訓練施設が有る。
まるで「企業」と対応するかの様に、そこも固有名詞で呼ばれる事は少ない。
皆が皆、其処の事をただ「養成所」と呼んでいた。
 本来、NZに有るのは二番校なのだそうだが、一番校はコロニー全体が修理の憂き目にあっていて、
月面の三番校はまだ本格開校がまだ先な事もあって、今は「養成所」と言えば此処のそれを指している。
 とはいえ、それもあと数日だけの話。
ついに一番校の設立されているコロニーが長い修繕を終えて、再び人が住み始めるようになったのだそうだ。
それにあわせて、NZに来ていた一番校の人間はコロニーへと帰還し、元からNZに居た生徒の中でも
成績優秀者は希望すればコロニー留学生として最先端の教育を受け続ける事が出来るのだとか。

 それは本来ならば、私にはあまり関係の無い話である。
かたや、半ばカルンシュタイン財団の私兵じみているとはいえ、只の建前以上には中立の立場を認められている学徒達。
かたや、実質的には「企業軍」でありながら、もろもろな"大人の事情"で正規兵扱いされて居ない私たち。
 だが今は、今までとは違う複雑でイロイロな事情が絡み合ったせいで、まったく無関係とは言い切れない状態だった。
木星・埋葬連合軍の地球圏到達を目前に控え、企業軍と各国軍の殆どはぎりぎりまでその軍勢を宇宙の玄関口に配備している。
人類を二分……と言うには偏った比率だけど、ともあれ人類全体を二極化して行われてしまうかつてない大戦争なのだから、
それは当然と言えば当然ののことなのだけど。
 そして、今はまだ地上に居る「養成所」がこのタイミングで宇宙に主力が戻ると言うのは、
偶然のスケジュールでは無いだろう。
彼らが開戦前に宇宙で体勢を整えて、万全に戦争に参加できるというのは
その単純な兵力数からは考えられない程の軍事的ウェイトを占める事だ。
 実際に何度か地域紛争や国家間戦争らしいものに参加していた私からしてみれば、
団体としての「養成所」は異常な存在としか言いようが無かった。
 私たちみたいな実際に銃を持って戦う側でも、机の上で働く"無能な方の"連中でも、
その戦歴を見て真っ先に言う台詞はただ一つ。

『ありえない』

 それくらい彼らは決定的な数の差を、質の差と度重なる幸運と高い士気で補い、
常識では考えられない様な戦局でも確かに勝利を掴み取ってきた。もしくは、"負けなかった"というべきかもしれない。
 話半分で調べた限り、養成所の戦歴にそれと言えるほどの敗戦は一回もなかった。
私が調べられなかった分と、正式な記録に残されなかった分、そしてこの前の「巨人戦」。

 おそらくは勝っているのだろう。

 あの、緊張を知りながらも悲観を知らない様な空気は、被害を知っていても敗北を知らない空気そのものだったから。
……まるで、作り話の英雄だ。巷で人気のゲームの様に、彼らはただ勝利のみを掴んで希望を振りまいていく。
 その彼らが、宇宙(そら)へと上がり、戦争へと間に合っていくのならば
「……勝つ、んでしょうね。大局的には」
 それは企業軍と各国軍と養成所の間でも、無意識には何処かで信じている事なのではないだろうか。
特に、あの絶望的だったNZ防衛の「巨人戦」を耐え抜いて切り開いた事は、大きいと思う。
 だからこそ、私たちが今こうして――
「よぅ、ラティ。暇そうだな?」

4171.:2007/05/23(水) 01:13:03
 草むらに寝転んで居た女性を、立ったまま覗き込む男が居た。
短く刈り上げた短髪は金色に輝き、タバコを咥えて居ながらもその風貌は整った印象を与える。
如何にも「ちょいワル不良軍人」と言った体であった。
「そう、ね……この前の「巨人戦」以来、本格的な戦闘に参加してないもの。気が緩むってものよ」
「それは構わないんだが、のんびりするなら場所を選んでくれないか?
 此処はお前の目の色した花が多いから、紛らわしくてしょうがない」
「だったら、貴方に見合うメガネを調達しなきゃ駄目ね。あと、お世辞のセンスも追試ものよ」
「あー、まぁ、メガネの方は必要ないな」
 どうして、と寝転んだまま問いかける女に対し、男は歯を見せて笑い続きを語った。
「ちゃんと、花よりもお前の方が綺麗に見えてるからな。まだ俺の審美眼は狂ってないさ」
 よく言うわよ、と内心の苦笑を浮かべつつ、ラティと呼ばれた女性は起き上がろうと身を捩る。
だがその動きはしゃがみ込んできた男の唇で抑えられてしまった。

「……え、ちょ、ま……あ――」

                                   "09.JUGGERNAUT"

 NZに設立されているマスドライバー近辺は、落ち着きを取り戻したNZの中においていまなお厳戒態勢が続く数少ない地域である。
その理由は単純で、養成所の主艦と其処に積載される主力部隊の打ち上げ時間が刻一刻と迫っているからだ。
 AEMAの地球圏における実質的な戦力が喪失されたと言えども、妨害が無いとは限らない。
万が一に妨害が実行されるとしたら、水際で食い止めている内に速やかな打ち上げを行う必要があり、
その段になってマシントラブルの一つでも起きようものならば、それは大げさではなく人類の危機を招きかねない。
「しつこく何度も、そして細部まで徹底的に点検しろよ!
 肝心の本番にマシントラブルを起こしたとあっちゃぁ、整備班全員でハラキリの刑だぞ!!」
『Yes,Sir!』
 結果を言えば、彼らは優秀なメカニック揃いであった。結局のところ、"マシントラブルは"一つも起こらなかったのだから。


「あと三日、かぁ」
「怪しい動きがある、とは言ってたけど……実際、どれほど動けるものなのかしら」
 養成所の主力が宇宙に上がる事は確かだ。企業軍の殆どが既に青空の向こうであることも。
だが、まだNZには戦力が残されており、養成所もまた、全てが宇宙へ向かう訳ではない。
 企業群も、それに敵対しようとする者も、共にまるで搾りかすの様な戦力ではある。だが、母体が違いすぎて粕の量差は歴然だ。
「さぁな。何も無ければそれも良し。何か起こればいつものとおり、だろうよ」
「……そうね」
 だがそれでも誰かは警戒している。それはつまり、誰かが隙有らばと狙っているという事だ。
それは彼女達にとって、いつもの事の筈だったのだけど。


 その一画を現すのならば、重く、暗かった。
照明はある。
 だが、其処に座る者達が、その中心に在る人物が、物理的にではなく精神的にその一画を重苦しい空気で占めていた。
その空気の名を「悲壮」と言う。
「……重ねて言うぞ。今ならまだ引き返せる。そしてこの作戦、達成はともかく生存確率は口にすんのも馬鹿馬鹿しい数字だ。
 更に言えば、これは俺の妄執の総決算みてぇなもんだしな。改めて聞くぞ。皆――」
 黒いコートに身を包んだ、まだ青年と呼ぶに少し若いその人物は、ゆっくりと自分を囲む者達を順番に眺めて、問う。
「それでも俺に、ついてくるか?」
 返答は一つ。声も無く、ただそれぞれが思い思いの動きで首を縦に。
「そうか。重ね重ね、改めて言うぞ、この馬鹿共が……」
 重く湿った、長い溜息が一つ。
「すまない。そして、ありがとう。
 いいんちょの理想からは離れちまったが……それでも、俺はこれが必要な事だと信じてる。
 地獄行きの切符は渡しておく。後は俺と、信じられるなら人類の良識を信じてくれ」
 コートの若者が、座ったまま右の握りこぶしを前へ。
皆の拳が、それに添えられていく。コートの若者とは別の男が口を開いた。
「我ら、望んで堕ちるが故に天へと祈る。そして願わくば人に平穏あれ」
『平穏あれ』
 全員の拳が振り下ろされ、無言で解散が告げられる。
だがコートの若者だけは、其処に座ったままでしばらく残っていた。
「……旦那からの連絡は無し、か。まぁ、そりゃそうだよな。俺だって、強く頼める立場じゃねぇし――」

「やるしかない、な」

4181.:2007/05/23(水) 01:13:28
 それは今日に始まった事ではなかった。
「……セラミック1、貴機の定時連絡時刻を過ぎている。
 この通信が聞こえているのならば応答願う。繰り返す。セラミック1、応答せよ」
 企業軍のNZ基地の一角、航空管制室で緊張とその裏に僅かな呆れの混じった声が応えを求める。
彼の三度目の呼びかけにも通信はただノイズのみを返し、通信士は長い不通に不測の事態を疑い始めた。
 その時である。
「こちらセラミック1。管制室、応答願う。どうぞ」
 求めに応じる声を得て、通信士はその表情を緊張から呆れに緩める。
ここ数日、たまにこうして通信が途切れることが増えていたが、その範囲、対象、時間の
どれをとっても重大な障害とは呼べなかった。おそらくは、通信機器に多少のガタが来ているのだろう。
「こちら管制室。通信機器以外に何か異常はあったか?」
「そうだな……見習いのモビウスが、『ももももしかして誰かの襲撃のぜぜ前兆ですか!?』と
 脅えきってギャーギャーうるさかったくらいかね。このまま予定通りに哨戒ルートを回り、帰還するよ」
「OK、きっちり仕事して帰ってきてくれ。ちなみに今日はお前を連れて飲みに行くつもりだから、遅れない様に」
「早く帰ったらそれはそれで『サボるな』って言う癖に……セラミック1、了解」
 パイロットの苦笑と共に通信が終了する。
そして訪れた夜は、今日も誰にも何事も無く更けていき、またいつもの朝日が昇るだろう。

 誰もがそう思っていた。
ただ根拠無く、"養成所"が動いていくと言う事だけを頼りに。


 深夜の深い宵闇の中、養成所の戦艦を見つめる人影がある。
その手には、小さな一つの無線スイッチ。だがそれは起動される事無く手の中に握られたままだ。
「……俺がこれを押せれば、戦闘は回避されて、養成所はしばらく宙へ上がれなくなる、か」
 中年を過ぎた年齢の男は、自分の手の平の中にあるスイッチを見つめる。
それは過去の悲劇から逃れようと、ただ技巧に没頭していただけの彼だからこそ得られた、
養成所の管理体制の隙を強烈に貫く事の出来る一手。
 だがそれは同時に、彼から妻と娘を奪った者達と全く同じ手法でもある。
 それを思う男の手は、すでに震えていた。
そして滑り落ちたスイッチは、それこそが恐怖の象徴だとばかりに激しい動作で踏み砕かれる。
「済まねぇフレッド。やっぱり俺は、女房達を奪った連中と同じ場所まで堕ちられねぇや……」
 彼の口から零れる言葉は震えていた。己の選択の先に訪れるものを知りながら、なお己を殺せなかった者の嘆きだ。
だが、後にも先にも彼を責める声はなかった。そして慰める声も。


 それから二日。
手配された通信機器の総点検が翌朝からを予定しており、奇しくも養成所艦隊の打ち上げ予定時刻と重なった。
 昨日もまた通信不良が有ったが、時間・内容ともに深刻なものではなく、
それだけに機器の不調に対して関係者はさしたる危険意識を感じて居ない。
 今夜は通信障害が発生するのだろうか。それとも、何事も無く終わるのか。
金額の安い賭けを皆が一通り張り終わったころ、哨戒機からの定時連絡が来ない事を通信士が告げた。
 幾つかの不謹慎な会話をよそに、無線で問いかける通信士。
ここ数日のことを考えれば、二・三分後には通信が回復して哨戒機からの連絡が来るはずだ。
 だが、その哨戒機はいつまでも通信に応じる事はなかった。
いぶかしむ通信士が、改めて通信機器の確認手順を踏んでいく。その一手毎に、彼の表情は生気を失って青く冷えていく。
彼らが油断していた僅かな間に、関係する計器の殆どが意図的に通信が遮断されている事を示していたのだ。

 それは、ミノフスキー粒子による戦術的妨害の証拠に他ならない。

 即座に通信士が光ファイバーを用いた有線通信の生存を確認するが、それさえも既に沈黙している。
 状況の全てが指し示していく事実を、彼が叫ぼうとしたその時。
その代わりとばかりに、敷地内にあるMS格納庫の方向から爆音が響く。
「てっ、敵しゅ――」
 二度目の爆心地は管制室だった。

4192.:2007/05/23(水) 01:13:49
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

                ――来たの?
                あぁ、始まる
              始まっちまうよ――

          2.混迷のお知らせ ―― Strikers ――
                                  "08.CONTACT"
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 轟音を立てて飛翔する輸送機の中、既に出撃可能な状態で待機するMSは四機。
その500m横を併走するもう一機の輸送機と合わせて、戦力のMSは合計七機。
 本命である別部隊が到着するまでは、これだけの戦力で戦況を最悪でも膠着させねばならない。
「……先に行った奴らは、どうなった?」
『養成所に向かったジーンは既に応答有りません。
 企業軍基地に向かったジャン・ルイも、目標達成後に「ジーンのフォローへ向かう」とのを最後に、それきりです』
「……分かった。目的地までは、あと五分と言うとこか?」
『えぇ。何か言っておきたい事があれば、今のうちでしょうね』
 返された男は返答を躊躇う。もはや、持っていたモノは全て置いてきた様なものだった。言うべき言葉さえも。
「今更……そう、今更なんだよな。何もかも。もう、肩肘張っちまう様な意地しか残ってねぇからな」
『……』
 無言が場を支配する。そして無言のままに時間だけが過ぎて、全機出撃の時間が訪れた。
「さぁ、出番だ。行こうぜ。そして盛大に知らせてしてやろうじゃねぇか」
 息を吸い込み、その間を継ぐように輸送機のパイロットがハッチ開放に対して注意を促す。
そしてコクピットの中に居ても聞こえるほどの、大きな駆動音が響き始めた。
「――もはや誰も彼も、本気でなければ生きて行けない時代が来たぞ、ってな」
 ハッチが開く。MSを戦場へと進ませる為に。辿りつくべき場所へと、届く為に。


 海面スレスレと呼べるほどに低高度を耐え忍んで飛行し続けた輸送機は、
敢えてマスドライバーからある程度の距離を離した海岸でMSを降ろしていく。
ハッチをクローズした輸送機は、しかし戦線を離脱せずにその載荷をまだ機内に抱えているかの様な速度で高度を上げぬまま、
海岸沿いをマスドライバー方面に向けて飛んでいく。
 MS達は、スラスター類に機動を頼ることなく、海岸から陸路をマスドライバーへと。
僅かな時間経過と共に、海岸線の方から砲撃音が響き始めた。程なくして、赤い炎を伴う轟音が侵略者達へと届く。
 その音が一帯に響き、砲撃音が止んだ一瞬。
周辺の戦力が海からの襲撃へと本格的に身構える、その一拍に乗るようにして七機のMSから二機が飛び出した。
 ギャプランとアッシマー。
ともに定評のある可変MSであると同時に、MSの中でも優秀な突撃速度を与えられた機体だ。
索敵圏外からの高速度奇襲は、守備部隊のMS二機に抵抗する間さえ与えず警備体制を突き崩していく。

 戦いが始まった。

4202.:2007/05/23(水) 01:14:14
 企業軍基地とは別の箇所に、その格納庫は建っている。
表向きは"企業"とは縁が浅い傭兵団体の所有物として建てられたその建物は、
実際のところもここ数ヶ月だけの契約で企業が軍の予算とは別口で借り上げている物だ。
 それ故に、奇襲の第一波目標からは除外される幸運を得たのだろう。
いま、MSハンガーに収納されている機体は全部で四機。その四機ともが緊急出撃へと動き始めている。
 その慌しいハンガー内部で、MSへと走り寄る動きが一つ。
親しき者たちからは「ラティ」と呼ばれ、部隊で唯一の女性パイロットである。
 彼女の様相はTシャツにジーンズ。寝起きに飛び出してきた事は、手に持ったパイロットスーツからも一目瞭然である。
一機のMSに駆け寄ったラティは周囲に居る整備員と言葉を交わし、出撃可能までが早いことを確認する。
 次の瞬間、彼女は微塵の躊躇も無く身に纏っていた衣服を脱ぎ始めた。
見る間に全裸になった彼女の体は、標準よりは起伏に乏しいかわりに造形美に恵まれた曲線を誇っている。
だがその場に居た男性陣がその美しい姿に注目する間もなく、彼女はパイロットスーツを慣れた動作で着ていく。
 その速度を後押しするのは、裸身を見られる恥じらいではなく、コンマ一秒を惜しむ感情だ。
もっとも、今ハンガーを行き交う人々にとって彼女の公開更衣は既に慣れたものであり、
その更衣を注視する新入りには鉄拳制裁が与えられる万全の体制が整えられているのだが。
 瞬く間にヘルメットを残すのみまで身支度を整えたラティは、
キャットウォークを上りMSの胸元、搭乗ハッチの前までたどり着く。
彼女の眼前で意思なき目を前へ向けている鉄の巨人は、その鋭角を中心にしたデザインの全身が灰色で彩られていた。

 コクピットシートに座り込み、ハンガー内に残る三機が輸送機へと移されていく僅かな時間を待機する。
その間に、パイロット側から行える機体チェックを進めていると、仲間の機体から唐突に叫び声が上がった。
「あ"−っ!スクランブル発進って事はラティの生着替えショーじゃねぇか!!
 チクショウ、完璧に拝むのを忘れてた!!あぁ"−っ!!」
 先日、花畑にラティを探しに来た男とは別人だ。
モニターに目をやれば、肌の黒い同僚が艶やかなスキンヘッドを抱え込んで振り回し後悔を全身で表していた。
 その激しい感情表現に、主に騒音への苦情としての蹴りを叩き込みたくなるが、相手は通信の向こう側だ。
「カゼイ。ちょっと良い?」
「良くない。俺はいま猛烈に大絶賛後悔中なんだぞ」
「良くなくても良いから大人しくこっち向きなさいよ」
 通信画像で相手がこちらに注目したのを確認すると、おもむろに彼女はパイロットスーツの胸元を両手で大きく開いた。
素肌に涼しさを感じながらカゼイと呼ばれた男性が黙ったのを見て、彼女は何事も無かったようにスーツを閉じる。
「さ、拝むもの拝んだんだから大人しくして」
「…………違う、それは違うんだよラティ。ソレじゃあ浪漫が足りないんだよ……」
 今度は両手で女々しく顔を覆って突っ伏せるカゼイ。しかし少なくとも静寂は得られた。

 ハンガーから次々とMSが運び出され、輸送機に収容されていく。ラティの機体もまた、ハンガーから外へ。
しかし、ラティの機体がハンガーから出た段階で、既に輸送機は離陸準備に入り滑走路へと移動している。
 それを確認して彼女は頷きを一つ。臨戦態勢の証として、コクピット内のあるスイッチを手動で切り替える。
切り替えられたスイッチを基点に沈黙していた機構へと電流が通され、
装甲と直結した回路は与えられた役割を流された電力を以て巨人の硬い肌へと作用していく。
 そして彼女の乗るMSはその色彩を灰色から鮮やかな紫色へと転じ、不動にて堅牢なる装甲の発露を周囲に示した。
 GAT-X303 イージス。
 変形機構を備えることによる高い機動力と、手足に供えられた固定兵装のビームサーベルによる
高い格闘性能に好評を得ているMSだ。
各所に基礎改良を加えられた彼女の乗機は、PS装甲の色が本来の赤系統よりも青みの強い"紫"に変わっている。
PS装甲に異常が無いことを確かめると、イージスは人型から手足の先端を一所にまとめた四角錐型に変形。
 スラスターの圧倒的な推力をもって空へ。
上空に飛び上がったイージスは、空域を一周して周囲の安全を確認していく。
 敵影は無し。可能な限りの事前警戒が済んだことを輸送機に伝えると、輸送機は滑走路にて加速を開始する。
機体の保全を考えず、物理的な限界まで発揮されるその加速力は最大戦速と呼ばれる速度だ。
 そうして、満月の放つ強い光の下でさえ宵闇に溶け込む紫の矢と、
抱え込んだ戦力の大きさを感じさせる巨体が空を駆けて行く。

 深い夜の中を、駆けていく。

4212.:2007/05/23(水) 01:15:00
 戦況は双方にとって予想外の膠着状況を迎えていた。
 企業軍は、主だった人員を既に宇宙へと送り出した"留守番組"が中心で構成されていた。
 養成所は、主だった戦力の物資面が物理的に固定された状況であり、即出撃とは行かない状況だった。
 委員会は、数の不利を二機の可変MSが敵の機先を抑えこみ、直後に残りの戦力で叩き潰す戦法で巧く埋めていた。
これにより数の有利に物を言わせる包囲戦法が成立せず、少数精鋭と多数凡百の戦いは拮抗している。
とは言え、七人ほぼ全員が有機的に連動する戦術というものは並大抵の技量と視野の持ち主では実行不可能な戦術である。
 募った有志戦力の内、実に六人が実戦級のNTであることが、この戦術を辛うじて成立させていた。
そして――
「くそっ、絶望的な戦場は色々経験してきたが……!!」
 左翼から回り込もうとしていたジェガンへ、アッシマーが咄嗟にMA形態となって突撃する。
アッシマーの突撃を咄嗟に回避したジェガンは、回避した先で飛来した予測射撃に右肩を吹き飛ばされた。
「これは圧倒的ですね!!決して格下とは呼べないのに、数は倍以上居る!!」
「まったく接近できてない!このままじゃジリ貧よ、どうするの!?」
 二機のギラ・ドーガが立て続けに一機のストライクダガーを攻め立てていく。
「耐え抜くしかないだろうよ!後発隊が此処まで辿り付けるかどうか怪しいもんだがな!!」
 一歩も引く余裕がなく、挑めば確死を約束される戦場へ、望んで挑んだ者たちである。
その気迫、その覚悟こそが、彼らの戦いが一段高い場所で織り成されている一番の要因だろう。
膠着している様に見える戦場で、企業軍のガンイージがまた一機撃墜されていく。

 水が石を穿つ様な緩慢さで、戦況が変わり始めている。
まだ全体の一部が押され始めているに過ぎなくとも、戦力の全部が生きないのが戦闘だ。
 その危険な流れを加速させる動きは、海からやってきた。四機の輸送機が、戦場に向かってきたのだ。
 それに気付いた企業軍の誰かが「あの輸送機を撃墜しろ」と叫ぶが、
海面を削ぐような低空でやってきた輸送機は既に撃墜するにも近すぎる距離まで到達していた。
 結局は誰にも輸送機を撃墜する事は叶わず、委員会の増援、計十四機が先行部隊とは別の場所に展開する。
 養成所が主体となる守備部隊が、戦場に合流していようとしていたその背に奇襲を受けた。
マスドライバー周辺の戦況が目に見えて委員会側に傾き始めていく。
「海から奇襲だって!?何で誰も気付かなかったんだ!!」
「ホワイトレディもアークエンジェルも、大気圏離脱の準備で視界が狭かったんだよ!
 その上、森からいきなり奇襲されて前線も後方も混乱しt――」
 耳を潰すかと思えるほどの轟音が響く。彼の隣にいたMSがビームに貫かれ、推進剤が一気に破裂したのだ。
 あまりにもあっけなく、彼の良く知っていた学友が塵に還る。
直後に上がった悲鳴も、長くは続かなかった。

4222.:2007/05/23(水) 01:15:23
 空を行く輸送機とイージスが、戦場の目前まで迫っている。
 パイロット達は、既に相当な時間が経過しているにも関わらず、
企業軍が自分達にも戦況を説明できていない事に少なからず動揺の色を見せていた。
「……委員会が、そこまで本格的なゲリラ戦を展開してきたってのか?」
「そのようですね。ミノフスキー粒子による要所での通信妨害と、主要な有線通信の断絶。
 徹底して、かつ要所のみを押さえて水のように隙間から攻める。現状で取れる最も効果的な戦法だと思いますよ」
「冷静なのね。もしかしたら、かなりヤバい状況なんじゃない?」
「最悪、これで企業軍が壊滅的打撃を受けても私たちは正式に傭兵になれば良いだけですし?」
「それでも今は、あそこが私たちの契約した戦場よ。まずは、そこを生き抜かないと」
 ラティの言葉に、ある者は頷き、ある者は声に出して応じた。
そこから先は、彼女達の間でいつの間にか恒例となっている流れだ。
「アテンションプリーズ。間もなく当機は作戦エリアへと到達致します。
 ご搭乗になられている"カレイドスコープ"の皆様におきましては、
 それも特にお嬢の裸を見たい見たいとやかましいクソ野郎などは、
 今日もそのまばゆいお命を決して褒められたもんじゃない泡銭に換える準備をして頂きたく存じます」
「……へっ、今日も良く通るいい声だぜクソッタレめ」
「行きましょう。戦いましょう。私達に出来ることなんて、それだけだもの。そして、また皆で――」
 一息。
煙棚引く戦場は、既に目の前に迫っていた。だが自分達のなす事は一つ。そして目的も一つ。
「――朝日を見るのよ、絶対に!」
 その声と共に風を切ってイージスが戦場に飛び込み、その突撃に続いて輸送機がMSを投下していく。
離脱していく輸送機から、遠景に更なる輸送機がマスドライバーに向かっているのが見える。
「……企業軍から増援の知らせは無し、か。今回ばかりはヤバいかもな」
 戦争が、更に激しさを増そうとしていた。

4233.:2007/05/23(水) 01:16:38
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

              誰にも知られず
               ただ一晩だけ
               だけど確かに

         3.一夜戦争 ―― The UNKNEWN War ――
                              "18.The Round Table"
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

4243.:2007/05/23(水) 01:16:58
 可変型モビルスーツに共通かつ最大の利点は、変形時に得られる突撃性能である。
上空から既に企業軍側が劣勢である事を悟ったイージスは、敢えて着陸地点を敵陣形の中央に決定。
 地面スレスレで人型に変形すると、突き刺さる様な勢いで着地する。
 あまりにも大胆な奇襲は敵に一瞬の動揺を与え、その僅かなラグでイージスは最寄の敵に蹴りを叩き入れる。
 格闘家を連想させるほど見事な動きは、間接の駆動を用いた装甲同士の衝突ではなく
爪先から伸びる実体無き熱刃によって敵機に致命傷を叩き込む。
 周囲のギラドーガが、その鮮やかな奇襲に対応しようと振り向いた刹那、後続のトールギスが遠距離からそれを射抜く。
全身を淡い青色で染めたトールギスは、僅かでも冷却を早めようと長い獲物を振りあげた。
 見ようによっては、自分の成果を誇っているようにも取れる。
 その横を赤いメルクリウスが駆け抜け、イージスの真横に立ってフォローに向かった。
 彼らが進撃していく先、海方面では既に委員会の第三陣が到着している。
そして背には発信準備がほぼ整っている筈の戦艦が二隻。
「養成所の主力は、出せないの!?」
「駄目だ、敵の布陣が悪すぎる!あれじゃ出た瞬間に蜂の巣だ!!」
 イージスがその機動性を生かした接近戦を挑み、バックアップとしてメルクリウスやトールギスが射撃を行う。
 敵の布陣がイージスを囲み始めれば、イージスの後退とメルクリウスの前進が同時に行われ、
鉄壁にも近い守りで体勢を立て直す。
 "カレイドスコープ"は全部で四人組だが、残りの一人は突破されかけているもう一方の戦場へ支援に向かっている。
だがメンバーの誰かが欠けても円滑に機能する部隊能力こそが、彼らの"カレイドスコープ"たる所以なのだ。
「艦の防衛に専念してるV2アサルトの負担を減らせ!この状況だ、アイツらをあてにした離脱強行も有りえるぞ!!」
「さも当然と、難しい事を言うのね!」
 カポエラのように逆立ちから両足を最大限に回してのサーベル二刀で周囲を薙ぎ払い、
近くの三機を牽制したイージスは即座に変形して空に上がる。
 だが、それを目で追った瞬間でイージスはより敵陣地の奥へと着地すると、
今度は両腕の二刀を存分に振るって既に二機を仕留めている。
 その様はまさに紫の暴風。故に彼女のコールサインは"猛り踊る紫"の意を込めて"RP"。
 数で不利な現状では長距離支援のトールギスへも牽制射撃は止まず、メルクリウスは
プラネイトディフェンサーとの兼ね合いでどうしても火力が不十分になり、防御戦術と援護が中心に。
 もはやラティの存在だけが、攻撃の殆どとも呼べる状況だ。
 確かに彼女の戦いは、数で勝る相手に対して一歩も劣るところは無い。
 しかし、ライフル主体の敵に対し彼女は四肢のビームサーベルを主体としている以上、
どう巧く立ち回っても一機を撃墜するのでさえ、相当に手数を要するのは止む終えない。
 不利ではない。しかしもどかしいまでに進撃が遅い。
 援護する二人ですら、イージスの華麗でスピーディな動作に反する遅々とした進軍に焦れを感じ始めている。
敵機の眼前で舞い踊り続けなければならないラティの消耗と焦燥はなおの事だ。
「流石に、そう易々とは蹴散らせてくれないわね……っ!機動が鋭い!!」
 だが、その焦りに冷や水を浴びせる閃光が彼女の横を駆け抜けていく。
それは後ろを任せたはずのトールギスとは別の方向から訪れた。
「これ以上、やりたい放題させるものか!僕達もパイロットなんだ!!」
 奇襲による混乱と恐慌で半ば撤退していた養成所の若者達だ。
彼らはその声を切っ掛けに次々と前進し、委員会のMS達に向かっていく。
 だがその攻勢の実体は、恐慌の果てにたどり着いた自棄の境地だ。
そんな状況で手練の相手に正面から突っ込むのは、自殺以外の何者でもない。
「下がりなさい!貴方達は援護に徹してくれれば良いわ!」
 ラティのその一言は、彼女の意思に反して生徒達の過剰な士気を更に煽るだけだ。
ジェガン、ジン、ジムII、果てはザクまで。
「下がりなさい!下がって!下がるのよ!!」
 戦場は混戦となる。"カレイドスコープ"達でさえ、もはや連携を取れる状況ではなくなってしまった。

4253.:2007/05/23(水) 01:17:21
 委員会の第一陣は、若干の優勢だった状況がまた膠着状態までに押し込まれていた。
黄色い装甲で無駄に目立つGAT-X102 デュエルが現れたせいだ。
 そのパイロットは"カレイドスコープ"の一員であり、輸送機内でカゼイと呼ばれていた黒人。
部隊が出れば引き、引けば押してくる。しかし攻めてくる訳でも撤退戦を展開するわけでもない。
 意図を掴みかねるどっちつかずの行動は、部隊の行動を境界線を引くかのように押さえ込んでいる。
そして恐らくは、それが彼の目的だ。
 その証拠として、彼の行動をなぞるようにして企業軍の部隊も動き、体勢を徐々に整え始めている。
この流れを真っ先に察知し、打破しようと前進する動きがあった。
 部隊の中間で流れを作っていた、指揮官らしきMSが一転して最前線に立ったのである。
その機体を見たカゼイは、持ち前の軽口でその機体を評していく。勿論、相手と銃撃を交わすことも忘れない。
「ふむふむ? 見た目は明らかにジム系列の様だけど、えらく動きは軽かった。
 あのしなやかさ……モビルファイター系の駆動部を使ったかな?
 武装は単純だけど、地味に良いね。あれだけの武器を使える機体なら、内部系も相当質は良い、か。
 まぁ、この状況で出てくるだけあってパイロットも良く立ち回る」
 戦闘を開始して、初めてデュエルがビームサーベルを相手と重ねた。
そして互いに一度間合いを取ると、カゼイは呼吸を整えるように一言。
「一言で言って強敵だ。二言で言えば、かなり強敵だな。何といっても、初めて見るMSと言うのが恐ろしい」
 カゼイがその機体に見覚えが無いのも当然だった。
 その機体は"企業"が試験用に組み上げた一機であり、成果が結実するのはまだ先の話。
型番をCLG-GM02-avと付けられたモビルスーツは、その通称を"Avalon"と与えられている。

 フレッド・スミスが運命の悪戯で手にした、誰にも知られざる名機だ。

 カゼイと正対したAvalonが、ジム系列の伝統たるバイザーを微かに明滅させて電圧の安定化を行う。
 そして向かい合う両者は己の呼吸に従い、

『――!』

示し合わせたとしか思えぬ同時の一歩を踏み出す。
 互いの手にはしなり迫るサーベル。合わせた刃が散らすのは火花ではなく閃光と炸音だ。
間接部で駆動の全力を発揮する音も響き、その光景が力のぶつかり合いである事を盛大に示威している。
 譲らず譲れぬ力の拮抗に焦れたデュエルは、腕の振りとスラスターの噴射で一気に加速+跳躍=後退。
だが、後方に大きく跳躍した後の手を思案するカゼイの視界の中、Avalonの姿は一歩も離れていない。
 NTのみが行える、相手の行動と完全に同調する一手だ。
 拮抗を続けるような両者の行動だが、其処には一つの、しかしあまりに大きい差がある。
Avalonのメインスラスターは、デュエルのソレと比べて桁違いに近い性能を有していたのだ。

 故にカゼイは後退を選ぶべきではなかった。
その失策の代償は、正しく公平に彼の身をもって支払われる事になる。

4263.:2007/05/23(水) 01:17:44
 戦場、と呼ぶにはあまりにも凄惨だった。
 ある程度は技量のある企業軍は、まだ未熟と言わざるを得ない養成所の生徒達にかきまわされ、
委員会の猛者たちはその隙を確かについて行く。
 悲鳴と怒号と爆音の狂想曲と言えば聞こえは良いが、その実はまさに阿鼻叫喚である。
「"右目"、使うわ。援護して」
「……言うと思ったぜ。使い過ぎんなよ?」
 数秒ほどその光景に身じろぎすら出来ずに居たラティが、その言葉と共に混沌へと飛び込む。
それを切っ掛けに展開されていく光景は、大半のMSパイロットがその目を疑うものだった。
 メリクリウスがビームを至近の"友軍の"足元へ射ち込む。
 当然の結果として、驚愕に捕らわれたその生徒は硬直して一瞬だけその動きを止める。
 それを見逃さなかった委員会のMSは生徒の乗るMSへと照準をセット。
 だがその標的の脇をすり抜けて、イージスが手に持っていたビームハンドガンの射撃が訪れる。
 まったくの予想外の位置から放たれた射撃に、委員会機は回避も防御もあたわず撃墜。
 それを確認していないと分かる速度でイージスは更に混乱の最中へと跳躍。
 まるで繊細な裁縫絶技の如く、敵味方が入り乱れて乱戦を繰り広げる中を駆け巡ると、
四肢を躍らせては味方機を掠めて敵機の足を断ち切り、ビームを射放てば踏み込んだ味方がいた場所を抜けて敵を散らす。
 その戦いぶりを見ていたある生徒が、驚きの声を上げた。
「……あの動き、アズフィード教官!?」
「え!でも、識別信号が……!?」
 通信の向こうから聞こえる声に構わず、ラティは躍進。
更に一機を仕留めた所で、戦場の外れ、彼女の意識していなかった場所から味方の悲鳴が上がった。
 とっさに向けた視線の向こう、彼女の知識に当てはまらないMSを先頭に、
委員会の部隊が遂に艦の至近まで進撃してきているのが見えている。
 そして振り向く前に見えていた戦場で、遂に冷静さを取り戻した生徒達と企業軍は連携を始めていた。
「後は任せたわ!」
 返事さえ聞かず、ラティは更なる前進。
目くらましを兼ねた挨拶として、MAへの変形途中で機構を停止、大口径ビーム砲撃を放ち地面に大輪を咲かせる。

 暗い夜に始まった戦争はまだ終わりの気配さえ感じさせない。

4273.:2007/05/23(水) 01:18:06
「可変機はこれにまぎれて左右から回り込め!こっちに向いた気を散らして戦力を纏めさせんな!!」
 いきなりの爆煙に対する動揺は無い。その次の一手さえ、大体を読めているのだからある意味では当然だ。
派手に舞い上がった煙を突き破るようにして、イージスはMA形態でサーベルを展開しつつ正に矢の如くAvalonへと飛来。
 訪れた紫の矢をビームシールドで受けたAvalonは、相手の運動量と共に地面を削りながら後退していく。
「迷いがねぇ突撃だ。アンタ、戦場に慣れてんな?」
 用意していたのでもなく、咄嗟に反応できたのでもないラティの行動に"合わせた"動きが、
彼女の脳裏に電流にも似た警戒心を走らせる。
 視界ではなく味方の悲鳴で、可変機が戦場の端をなぞる様に進撃しているのを知るが、
彼女はその事実から得る感情を強引に押し込めて眼前の敵に集中。MS形態へと戻りAvalonと睨み合う。
 互いが互いの実力を推し量っているのか、睨み合ったままに拮抗する両者。
離れた所で止むことの無い怒号と悲鳴が、実際の距離以上に遠く感じられていく。
 そして、まったくの合図も無くイージスから突き出された光刃付きの右腕を、Avalonは左腕のシールドでブロック。
振り上げた左足は右手のサーベルが受け止めた。
 そして始まるのはイージスの戦舞とAvalonの合手という、ダンスにも似た早いテンポのやりとり。
前に出した手なり足なりを引き戻す反動で次の攻撃を叩き込めば、それは速度を速めていく円運動となる。
それはAvalonに防御以外の選択を与えさせない猛攻であり、この戦場を作った者たちに対する彼女の激情だ。
 その光景は、永遠に続くのかと思わせるほど繰り返されていた。
 だが間接の駆動とスラスターとアポジモーターの全てを巧みに操り加速する連撃は、
やがて攻める者と受ける者の即興演戯から攻める者と攻められる者の侵略劇へと移り変わり、
遂にイージスの後ろ回し蹴りがAvalonを下方から肩へ向かって切り裂く。
 一瞬を引き伸ばした緩慢な光景の中、辛うじてサーベルの直撃を避けたコクピットからは搭乗者の姿が見えている。
「……最後には、必ず俺達が正しい結果を呼び寄せているはずだ」
 もはや通信さえ届かない独り言を抱え、
「そう信じているからこそ、俺達は憎しみさえも望んだのさ」
男は爆炎の中へと消えていった。

4283.:2007/05/23(水) 01:18:25
「……はぁっ、はぁっ…………は、あ……っ!」
 回転運動を続けていく機体の中で、望むままに機体を操る事は、
コクピットシートへと増大しつづける遠心力と己の体一つで戦う事と同義となる。
 その加重に耐えるために、ラティは無意識の内に呼吸を止めてまで力を求めていた。
尋常ではない全身の酸素要求に答えるために、循環器は全力で呼吸する事を選ぶ。
 頭痛さえ伴う激しい呼吸が落ち着くまでどれほどかかったのか。時間の感覚を喪失していた彼女はある一つの事実に気付いた。
 戦場を飛び交っていた悲鳴が聞こえないのだ。
だが、終わりたての戦場を象徴する様な勝者の喜びも聞こえてこない。
 その事を疑問に思い、ゆっくりと振り向いた先に見えた光景は、またも彼女の呼吸を止める。
そこには、何一つとして動くモノが無かった。
「……………………………………え?」
 その判断は正しくない。
よく見れば、敵味方の区別無く砕け散ったMSだった残骸の隙間を縫う様に人が動いている。
 それは生きながらえた兵士がゆっくりと非難する動きであり、
駆けつけた者が悲壮な表情で辺りを探し回る光景であり、
希望を求めて伸ばした手が力なく落ちていく光景である。
 その全てが焼け落ちたような光景の向こうで動く、青いトールギスと赤いメリクリウスを見つけてから
ようやくの体で彼女は自分の呼吸を取り戻し、体を休めるようにコクピットシートに沈み込んだ。
「……ラティ、大丈夫か?」
「えぇ、まだ目も頭も痛くなってないし、イージスもそれほど消耗してない。大丈夫よ。
 ……信じられないわね。こんな光景の中に居たって言うのに」
 焦土、と呼ぶにふさわしい光景だった。
幾度と無く爆炎が咲いた戦場は、終えてなお焼けそうな程の熱気を発している。
 多くの人型をしていた筈の鉄塊が残骸となって町並みのようにあちらこちらに突き立ち、五体満足なMSは殆ど見当たらない。
 風が強い。所々でまだ鎮火してない熱気が生んだ上昇気流のせいだろう。
 "カレイドスコープ"の誰もが、口を開こうとしなかった。
凄惨な戦場ならば、これに勝るとも劣らないものを何度か経験してきた。
 そしてこの世の地獄を切り抜けた後、心身の消耗で口を開く余力さえない筈の状況でも
真っ先に口を開くのはいつだって決まって――
『…………』
まだ口を開かず、そしてもう開くことの出来ない人物だった。
 無線からは、戦場の後処理を指示する声が聞こえ始めている。一夜きりの戦争は、もう終わったのだ。
 遠く東の空が、わずかに明るさを得て紫色に変わり始め、平和な場所ならばもう少しすれば鳥の鳴き声すら響き始めるだろう。
 もはや緊張と集中が途切れたからと、休憩を求めてようと咎める者は誰もいない。
だが、"カレイドスコープ"の面々は味方の戦士による心痛とは"全く無関係に"気が緩まなかった。
『カレイド1、カレイド3、カレイド4へ。戦闘は終了した。もう拠点に戻って、休んでくれたまえ。
 ……君達は十分に、そして期待以上に仕事を果たしてくれた』
 企業軍のオペレーターが、彼女達に休憩を促す。
誰とも無く、その言葉に従って輸送機が着陸出来る場所まで移動しようとしたときの事だ。

4293.:2007/05/23(水) 01:19:11
   エ ク ス
「ただ信念を振るう――」

 誰一人として"ソレ"を説明しようもなく、己が何故振り向いたのかも分からなかった。

    カ リ バ ー
「――偽正たる一刀!!」


 だが彼らは海に振り向き、その直後、悲鳴の様に通信が。
『海上より高熱反応――!?』
 叫びを聞くまでもなく、イージスは放たれた矢の様に海へと飛び立ち、
メリクリウスは養成所戦艦と海の間で立ちはだかるようにプラネイトディフェンサーと共に飛び込む。
 直後、全てを押し流すような光の洪水が遠洋から訪れ、イージスを掠めるように突き進む。
 飛び出した彼女は、もはや後方を振り向かず、そして恐れる故に振り向けない。

 全てが爆音と爆炎へと飲み込まれた。


 彼の持つ弱いNT能力は、何故か他人の負の感情だけは受け取りやすかった。
それゆえに、今の大爆発の後でも感情の圧力が弱いことは艦が健在である事の証左となる。
 戦略として、これ以上無いタイミングで撃ち込んだと言う確信。
 そして、それでも彼らは幸運すら確実に手札として防ぐだろうと言う確信も。
 遠くから安全に打ち倒せる相手ではないことなど、最初から分かっていた。
だから驚きは全く無い。
 パイロットスーツに護られる状況と必要は無いだろうと思い、
着ているのはいつの間にやら自分のトレードマークとなった黒のロングコート。
 その意味を考えれば、やはり自分が前に出なければ、万が一に終われるものも終わらないだろう。

 戦いはまだ終わっていないのだ。

4304.:2007/05/23(水) 01:19:56
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

           何故こうなってしまったの?

         3.喪える者達 ―― To ZERO ――
                                   "18.MORGAN"
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 マスドライバーを眺める洋上、浮上した潜水艦とその上に立つMSが有った。
 全身を黒く塗り替えられたZガンダム。
右手には、一見して大型ビームサーベルと連想できる物が握られている。
 保持部周辺に付随した制御機構と、切っ先のような板状の二枚の発生器は一見すれば、
MSの掌サイズまでミニチュア化したメガビームライフルにも見える。
 それは企業の中でも知る者の限られる、MS「Avalon」と同じく試験用に作られた一振りのギガ級ビームサーベル。
その最大出力と効果範囲は戦略級兵器にも相当し、その出力に見合わない小型故に連続使用の適わぬ一振り。
 型番として"HMBSA-031ex"とされるソレに与えられた名は、本来の持ち主と対を成して「Excalibur」。
Avalonと対にして受け渡された力だが、その有用性はAvalonとは比較にならないほど大きい。

 故に、それを振るう資格と責任を負うのはただ一人だけ。


 潜水艦に接近しつつあるイージスがその姿とその上に立つZガンダムを視認した。
遠景に見えるZが握っている武器が、潜水艦に繋がれている事から先ほどの光の奔流を生んだ兵器と判断。
 イージスは四肢を開き大口径砲撃をもって第二射を牽制するが、Zガンダムは迷う事無く右手の兵器を潜水艦からパージ。
追加されたハードポイントにマウントすると変形と同時に飛翔。
 イージスの撃ったスキュラが潜水艦を沈める間にも、イージスとすれ違う形でマスドライバーに向かって加速していく。
 方向転換は機敏。
そして開始されるのは、MS同士でありながら旧世代の戦闘機もかくやという高速度による空戦だ。

4314.:2007/05/23(水) 01:20:55

                                   "19.ZERO"


『くそっ!まだ敵戦力が残っていたのか!! カレイド1、作戦続行!交戦せよ!!
 索敵能力の復旧を急がせる。まずはそれまで持ちこたえろ!』

「……防がれたか。やっぱ、な」
 通信に乗って、降り出した雨を確認する様な口調がコクピットに響く。
 その呟きを追うように加速していくイージスが、
しかし機体形状から来る空気抵抗の差に起因した速度差によって引き離されていく。
 次第に離されていく距離を詰める手段として、イージスは変形を解くと再度スキュラを発射。
空気抵抗を嫌い、自らの撃ったビームが爪先をかすめる程の迅速さで四肢を閉じた。
 だがZは空の横転とも言えるバレルロールを丁寧に行う事で、大きなロスとなる方向転換無しにビームを回避する。
対するイージスは、一瞬とは言え纏めていた四肢を解いた事でより大きい空気抵抗に阻まれる筈だったが――

 空気抵抗とは空気の密度にぶつかる強さだ。
 大口径砲撃で一瞬で高温に熱せられた空気は、熱膨張によって常温とは比べ物にならないほどにその密度が低くし、
ビームの軌跡に一瞬だけ残された低密度の高温空間は空気抵抗が極端に引き下げられる。
そうして出来た低密度空間は、イージスに高速を許し受け入れる"閉ざされた空路(シャッタードスカイ)"だ。
 その中にイージスが己の推力の全てを持って飛び込む。推力が生み出す加速はもはや削ぎ落とされる事は無い。
 それを全身で受け止めれば、起こるのは冷えた空気が流れ込む圧力と上昇気流も加わった、
「――――!!」
射出にも等しい一瞬にして高速の飛翔だ。

4324.:2007/05/23(水) 01:21:18
 そして放たれた紫色の鏃は、バレルロールで僅かに減速したZを追い抜くまでに至った。
 両者の機動能力が均衡を証明された事で、戦況は一変する。
どちらかが一方的に先行できないのであれば、展開されるのは攻撃をも含めた、総合的な妨害と進撃のせめぎ合いしかない。

「なんで、何で貴方達が養成所を討たねばならないと言うの!
 一度は確かに手を取り合っておいて、全てが決しようとしているこの時になって!!」

 だがZには急ぎたい事情があり、対するイージスは置き去られる訳には行かない。
自然、両者の戦術は速度を重視する為にMSへの変形を選択肢から省いて展開される。
 その状態で敵を仕留めようとするならば、相手の後方を位置取らなければならない。

「全てが決しようとしているからこそ、清算すべきを清算させる為だ!
 俺たちが求めているのは養成所の壊滅じゃない。養成所が戦争に参加しないことだけだ!!」

 Zを追い抜いたイージスはそれとほぼ同時に機首を真上に向けると垂直上昇。
だが上昇距離は僅かに抑え、途中からは水平方向に捻った宙返りの様な機動に。
 不意を付けば相手に先行してその後ろに回りこむ機動を取れるため、
相手が追従している間にイージスは優位なポジションを得る。
 既に空気抵抗である程度減速していたイージスに対し、Zは減速していなかった為に軌道が膨み増長されているのだ。

「人の希望足りえる彼らを奪って、人に破滅の贖罪を強いると言うの!?」

 その隙を突いたスキュラの射撃が迫った瞬間、Zはウェーブライダーから変形し人型として空気抵抗に叩きつけられる。
FCSの射撃予測に従っていたスキュラは何も無い空を虚しく貫いた。逆に、MA形態の単調な軌道を狙ってZの予測射撃が撃たれる。

「違う!目の前に迫った戦争が"企業"の行いの報いなら、それを祓うのもまた"企業"であるべきだ!
 ただ強引に勝利を掴み、一方的に希望を振りまいていく養成所を参加させる訳には行かねぇ!!」

 イージスも人型に戻り、エアブレーキで強引に回避。
その間にZはウェーブライダーに変形して加速。取り残されかけたイージスは"閉ざされた空路"を作りそれを追撃。

「そんな事をせずとも、既に皆は気づいている筈よ!企業があまりにも間違えすぎていた事を!!
 それを叫び、教えて回ったのも貴方たちだったのに!!」

 直線と曲線、加速と急減速が入り乱れた空戦は、一進一退が続く。
 Zはヴェイパートレイルを描いて垂直上昇すると、追従するイージスが放ったスキュラの連射をバレルロールで転げ避ける
 Zが変形急転からの射撃を返せば、イージスはスラスター偏向とアポジモーターを併用した
パワースライドで回避し詰め寄っていく。
 すでに二人の間で言葉は無かった。
急加速と急減速、空を駆けては互いの隙を狙う機動は体を強く揺さぶり、押しつぶす。
 意識を失わぬように確かな呼吸を得るのがようやくと言う領域で、言葉の代わりに光条を交わしていく。
 一瞬のミスも迷いも許されぬ領域で、ラティは自身の持つ特異な目の力を最大限に発揮し、
僅かにしか見出せぬ生存領域を繋いでいる。
絡み合う円運動は、回り続ける独楽が位置をずらして行くように、マスドライバー方面へと徐々に徐々に移動し始めていく。

 全ての決着が、迫っていた。

4334.:2007/05/23(水) 01:22:00
 可変MSと言えど、いや、可変MSだからこそ空戦を続ける事は出来ない。
イージスとZはマスドライバーに程近い場所で地に降り立ち、初めてお互いを正視する機会を得る。

『こちら管制室。聞け、カレイド1!
 周辺索敵を完了した。残存する敵勢力はZガンダム一機、更なる増援部隊も確認されていない。
 従って養成所は緊急避難も兼ねて、今のうちに大気圏脱出を強行する。
 だが安全域へと離脱する前にZガンダムの妨害を受ければ、我々の希望は地に堕ちてしまう!
 Zガンダムを撃墜し、養成所戦艦の大気圏離脱を死守せよ!
 いま奴を討てるのはカレイド1、君だけだ! "猛り踊る紫(ランページパープル)"、貴機の武運を祈る!!』

 互いに、無骨と言うよりは精密繊細といった体の機体だ。だが、その立ち姿とその向こう側のなんと重いことか。
疲弊を兼ね備えた緊張は、両者に動くチャンスを与えず、機を計りあう沈黙が続く。
『養成所艦の発艦、離脱まであと五分!』
 ラティは、可能ならばその状態が続いていても良かった。だが、フレッドの操るZは右手にExcaliburを握る。
 そして、その剣を握ることに耐えられぬとばかりに、戦場に立っているとは思えぬ穏やかな彼の声が通信を介して彼女に届く。
「……無駄な質問だとは思うが、通してくれねぇか?」
「ここまで……ここまでされておいて、させておいて、私たちに引けって言うの?
 みんな、みんな死んでいったわ。私の仲間も、貴方の仲間も、子供たちさえも!!」
 情動的な一撃だった。イージスはZへと飛び出して右の蹴りを放つ。
Excaliburとイージスの右足が一度拮抗し、足を引く反動を載せて振り下ろされる左手。
 元々パイロットとして優秀という程でもないフレッドと、戦い続けて疲労が限界に近いラティ。
いま二人を動かし支えていたのは、それぞれの抱く信念のみとも言える状況だった。
 速くとも単調なイージスの連撃。その速さに対応する技術を持たず、翻弄され続けるZ。
 遠く、マスドライバーの上でまだ沈黙しているアークエンジェルとホワイトレディ。
その間に動くモノは無く、ただ稚拙にもつれ合うMSが二機。
だが、その稚拙な戦いは遠景からそれを見る兵士達を心胆から震え上がらせる。
 それほどの、痛いほどに張り詰めた気迫。
あまりにも悲痛で激しい二人の感情がぶつかり合う様は、いつまでも終わらないのかとさえ感じさせた。
『カウントダウン……5、4、3、2、着火、今!』
 暗号化を行う余裕がないのか、Zにも届く全周波通信でその思いを否定する通信が届き、遠く戦艦が加速し始めるのが見えた。
 その変化を受けて、Zの動きが一転した。。
ただただ戸惑い、イージスの格闘を受けるだけだった彼が、単調になっていたイージスの隙を突いて斬撃を返したのだ。

「……行かせる訳にはいかない!あいつらは勝ちすぎる。それはある意味で今は"企業"よりも忌むべき存在だ!!」
「呪われていても構わない! 生き延びなければ、改める事も悔いる事も出来ないわ!」

 一攻一防の衝突は続く。其処に乗る意思を言葉に変えれば、お互いに示すべきは更に明白となる。

「その常勝の呪いに頼らなければ生き残れないと言う現状に、疑問を感じろよ!」
「疑問を感じたからと、誰も彼もがそれを正せる力を、正そうとする意思を持てる訳じゃないわ!
 貴方たちのように強い人たちだけが世界を回すのならば、ここまで世界は病まなかったでしょう!?」

 Zが振るう一刀が、イージスの右腕を捕らえた。
己の戦いが感情に捕らわれすぎていた事に気付いたラティは、動きの単調さを改める。
知らずに抑えていた"目"の酷使を再開し、攻勢に蹴撃が加えられる事で
失った右腕の穴を埋めて更にはもう一手が加えられることに。
 だがZの動きも加速度的に鋭さを増していき、イージスに押される事無く剣舞を繰り広げていく。

「行かせない、行かせるものですか!
 貴方たちにどんな主張があろうとも、貴方は私の戦友と何の罪もない生徒達を殺したのよ!!
 それを許せるはずが!!」
「もとより許しを請うつもりなんて無い!
 俺達が手を汚して、それで次の世代に全てを託せるのならばそれで!!」
「……馬鹿にしてる!」

 ぶつかり合う熱粒子。絡み合う剣閃。戦舞と咆哮は止まらない。

4344.:2007/05/23(水) 01:23:08
『養成所戦艦、離脱まであと三分!』
「……くそっ、時間が!」
「馬鹿にしてる馬鹿にしてる馬鹿にしてる、馬鹿にしてる!!」

 追加ブースターの噴射煙が空に一線を描き、戦艦が宙へと上っていく。

「未来の為に今在るを踏み潰すのが"委員会"のやり方だったと言うの!?
 私がいつか見たあの子は"そうじゃない"からこそ委員会は生き抜いたのでしょうに!!」
「――――っ!!」
 イージスの蹴りを弾くのではなく受けて、Zが大きく後ろに下がる。
「あぁ、だから"俺が"こうして全てを汚して焼き払おうってんだ!!
 いいんちょに出来ないことだからこそ、俺がっ!」
 Zの左腕が上がり、内蔵されたグレネードが放たれる。
イージスが持つPS装甲には通用しない。ただ左腕一本でグレネードは防がれる。
 しかしその視界は爆炎で僅かな一瞬のみに塞がれた。その隙を貫く光条が一つ。
Zの撃ち放った光条がイージスの右膝を貫き、イージスは力尽きたようにその場へ崩れ落ちる。
 崩れ落ちるイージスを見届ける事も出来ない一瞬で、Zはウェイブライダーに変形し戦艦を追って空へ。
 遅れてラティもそれを追わんとする。だが、機体は彼女の意思に答えない。
余りにも長い戦闘が、たったいまイージスを貫いていった光条が、機体の持つ安全装置に停止を判断させたのだ。


「How f××kin' kidding!? Why just now!!」
<<……冗談でしょう!? なんでこんなときに!!>>

 ヒステリーにも近い激しさで、コクピットの各所を操作していくラティ。

「No,no,no,no! You can be fire again!」
<<嘘、嘘、嘘でしょう! 貴方はまだ戦える筈よ!>>

 だが機体は一向に動く気配を示さない。

「Please,stand up Buddy! Please!!」
<<お願いだから、立って!立ってよ!!>>


「C'moooon!」
<<お願い!>>


 そして轟音が響き渡る。

4354.:2007/05/23(水) 01:23:32
 Zが如何に空を飛べるとは言え、宇宙速度へ至ろうとする戦艦とは最高速度が違いすぎる。
開かれていく距離。だが、フレッドの駆るZの手には、その距離を越える為の手段が既に在った。
 ならば、Zが空へと飛び立ったのは戦艦に追いつく為ではなく――
「……これだけ上がれば、引き剥がされる前に撃てる!」
その剣が届くための僅かに足りぬ距離を埋めるためだ。
 アフターバーナーを駆使して、推進剤の残量がぎりぎりになるまでZは急上昇。
そして滞空出来るかさえ危うい所まで推進剤を使い果たすと変形。
右手のExcaliburを目覚めさせるべく、出力の全てを注ぎ込んでいく。
 彼の乗るZの出力ならば、Excalibur発動までのチャージ時間は四秒。
だが三秒が経過したところで、フレッドは撃つべき標的ではなく、通り過ぎた地上を見下ろす。
 見下ろす視界に広がるのは、鉄塊が散乱する焦土ではなく先刻まで散々打ち合った刃の色だ。
その目を閉じたくなる程の眩い輝きの中、浮かび上がったソフィー・ベアールの姿に笑顔は無い。

――あぁ、そりゃそうだよなぁ

 すれ違うZとイージス。
 一瞬の沈黙を経て放たれたExcaliburは戦艦の至近を掠めるも当たらず、
二分されたZはもはや爆散する事無く落下していく。
イージスも力を失ったように大地へと落ちて行き、あわや墜落かと思わせるタイミングでスラスターを吹かすと軟着地。

 気が付けば、東の空は今にも日の出を迎えようとしていた。

4365.:2007/05/23(水) 01:24:12
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

              その膝が折れたとき
             貴方は何を願ったのか

        4.終わりの終わり ―― Farewell asleep ――
                                   "21.GALM2"
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 メリクリウスは、上半身を喪失していた。
 その奥で、メガビームシールドを両手に持ったV2アサルトは、全身の装甲が焼け爛れたままに立ち尽くしている。
だがその背の向こう、宙へと続くマスドライバーは無傷でその役割を確かに果たしたのだ。
 全てが死に絶えたような焦土の中、もはや僅かに生き残った者達も憔悴しきってただ無言に座り込んでいた。
そんな命の息吹さえ枯れ果てた場所でさえ、差し込む朝日を受けてさえずる鳥達の声が響く。
 イージスから降りたラティは、その足に寄りかかり何処か焦点の合わない目で呆然と朝日で染まる焦土を眺めている。
 鳥達の鳴き声が、何か酷く質の悪い冗談の様だった。
 カゼイも、ラティを愛した彼も、何かに駆り立てられてそのままに生きられなかったフレッドも。
 釈然としない現状を抱えながらも戦い続けていた企業軍も、
もはや復讐や改革にしか望みを託せぬまで追い込まれた委員会も、
未来を疑っていなかったであろう養成所の生徒達も。
 誰も彼もが虚しく散っていった後だと言うのに、その全てが無かったかの様に爽やかな夜明けは余りにも残酷だった。
「………………」
 ラティは無意識の内に、膝を抱え込んで丸まっていた。
                 視界を閉ざしてしまいたかった。
 知らず知らず、頭を抱え込んでいた。
          耳を閉ざしてしまいたかった。
 思考を止めていた。
            記憶を掘り返したくなかった。
 泣き声を上げそうになった。
       何も考えたくなかった。

「……疲れ果てているのだろうが、もう少しだけ辛抱してくれないものかね?」
 だが、そうしてはならないと告げる声が在った。

4375.:2007/05/23(水) 01:25:12
 漫然と見上げれば、この焦土に居るはずの無い男がそこにいた。
 見るからに高級なスーツは戦場を駆け抜けるには最悪の衣装であり、
オールバックに纏められた頭髪はすぐにぼさぼさになってしまう筈だ。
 翠と蒼の異色双眸は、戦場で追い立てられたとは思えぬ落ち着きの色だったし、
その尊大な声は等しく命を天秤にかけたとは思えぬ上からの口調だった。
 すなわち――
「休むにしても、向こうにある仮設拠点まで移動した方が良い。
 人に休養は不可欠だが、その取り方は適切であるべきだよ」
カルンシュタイン財団会長代理イズク・ローライト、その人である。

 その頂点から見下ろすような佇まいへの反感で、ラティは全身の力を振り絞って立ち上がった。
 そして力なく彼の顔を見る。
「私に……何の用ですか?」
「酷い戦いだったようだね。
 委員会がここまでの戦力をもって武力に訴えるとは、いまだに信じがたい」
 ラティの問いを無視して、イズクは己の感想を淡々と述べる。そして一呼吸を置き。
「――彼らが、こんなにも愚かだったとは」
 動きが起こる。自分がイズクの胸倉を掴んでいる事に、ラティは気付いていない。だが言葉は溢れ出していた。
「貴方に何が分かるって言うの!
 血を流すことも体を磨り減らすこともしていない人に、彼らを嘲笑う資格なんて無いわ!!」
 掴んだ手が離れていた。その手を握り締めると、もはや体は勝手に動いていた。
握りこぶしがイズクの胸を打つ。音も立てられぬほどに、弱弱しく。
「貴方が、貴方にこそ出来るべき事だった!それを彼らがやろうとしたから、こんな手段しか選べなかった!!
 だから、こんなに何も……残らない……事に…………っ!」
 もはや胸を打つ力すら尽き果てた。後に残されるのは疲れ果てた彼女の、叫びともつかぬ泣き声だけだ。
そうして、どれだけの時間が過ぎたのか。イズクの言葉が、彼女を現実へと連れ戻す。
「それで……貴女はどうするのかね?」

4385.:2007/05/23(水) 01:26:29
「…………え?」
「彼らの、己も他人をさえも犠牲にしてでも、と言う悲愴な決意を正面から受け止めたのは、もはや貴女だけだ。
 その上で、貴女はどうするつもりだ、と問うたのだよ。
 私に何かを求めるか? それとも貴女自ら、何かを興すかね?」
 イズクとラティの視線が交錯する。
酷使の果て、彼女の右目は瞳孔が開いたまま閉じなくなっており、一夜を戦い通した憔悴は残る左目からも生気を奪っていた。
 そして僅かな逡巡の後、ラティは俯いて掠れた声で願いを呟く。
「眠らせて、ください…………」
「……確かに、その方が良いだろうね。その間に優秀な眼科医を手配しておくよ。右目の具合が、少々良くないようだからね」
「違う、んです……そうじゃなくて」
「……何?」
 今にも消え入りそうな様子で、ラティは世界の頂点に最も近い人物の一人に懇願した。
「私を、眠らせてください。私はもう、すり減り過ぎてしまいました。
 だから、今は眠りたいんです。
 人が、何も疑う事無く、前に進むことだけを考えて生きていける、そんな時代が来るまで。
 そしていつか、そんな時代が本当に来るならば――」

「その時に、その最先端となる場所で、私を起こしてください。
 私は其処で、進み行く人たちが間違えぬよう、見守ります」

 僅かな間、イズクは無言で彼女の泣いている様な笑顔を見つめていた。
そして、目を閉じて頷きを一つ。
「……確かに、貴女はその願いを訴えて余りある仕事を果たした。
 貴女の願いを聞き入れよう、ラティーナ・エル・イスニング。
 ならば私は、そんな時代が少しでも早く来る様に努力する責務を負おう。何、私からのサービスだよ」
 そして、ゆっくりと空を見上げる。その視線の向く先を、誰もが知っていた。
「勝てるのでしょう? もう彼らは宙へと飛んでいるもの……」
「勝つとも。養成所の力ではなく、私の采配で、だ。
 ……貴女だから教えるが、私は人類を"企業"から解放したいと思っている。
 その為には、可能な限りは"養成所"の力を借りずに戦争を勝ち抜く必要がある」
 イズクの真剣な横顔に、ラティの視線は釘付けになっていた。
いま眼前で語られている展望は、先ほどまで戦火を交わした相手と、示し合わせた様に同じ場所を向いていたのだから。
 その事実をかみ締めたとき、彼女の口から引きつるような息が漏れる。
それを意識した時には視界が揺らぎ、頬を伝う感触が涙を教えていた。
 座り込んだ彼女は、感情のままに泣き叫ぶ。
彼女が何のために泣いているのか、もはや彼女自身にも分からなかった。
 次第にゆっくりと、しかし抗う事の出来ない強い眠気が彼女の体を沈めていく。
それを察したイズクはしゃがみ込むと、彼女の体を抱えるように受け止めて預けられた体重を確かに支える。
 そしてラティの眠りを妨げぬようゆっくりと抱えると立ち上がり、その足を仮設拠点へと向けた。
 歩き出す寸前、イズクは顔を横に向けてそこに広がる焦土を見据える。
「フレッド……私にはこれが、君の望んだ事だとは思えない。
 だが君は、この焦土を産んだ。まるで……あの時の様に。
 その意味を必ず汲み取ると誓おう。そして、その答えまでを必ず果たす、とも」
 強く歯を噛んだ表情。彼が決して他人の前では見せぬ感情の一つ、憤りの証だ。
「でなければ……私が"ここ"に立った意味は無い……!」
 そしてイズクも歩き出す。此処での戦争は終わったが、彼の戦争はこれからなのだから。

4395.:2007/05/23(水) 01:28:06
「こうして彼女は眠りについた。
 誰もが忘れていくであろう一夜の戦争の記憶を抱え、それが繰り返されぬ事を願いながら、ね。
 そう、全ては失われようとも、確かに其処に在ったのだと伝える為に。
 そしてそれを受け取るべき者達と共に歩くために。
 いつか彼女が目覚めるとき、そこにしがらみは無いだろう。私がそれを約束したのだから。
 ……ところで、この映像は彼女にも届けるのかね?
 ふむ。ならば、少しだけ私信を預かって欲しいのだが……」
 カメラの外から返る言葉に、男は礼を返すと改めてカメラに向き直る。
「おはよう。お目覚めの気分はいかがかね?
 私は約束を果たしたよ。そして今も、約束を果たし続けている。
 次は、貴女の番だ。存分に歩いていきたまえ。
 私が思うよりも早く、世界はしがらみを忘れてくれたよ」
 それだけを伝え、男が満足そうに頷くと何処か遠くから銃声が届いた。
「……貴方もそろそろ立ち去りたまえ。
 あいにくと我々の方が相当に劣勢なもので、本気で攻め込まれたら安全を保障してあげられないのだよ。
 あぁ、でも一つだけ聞き忘れていたのだが、貴方は彼女とどんな関係が?
 ……そうか。貴方もあの戦争を知っている者だったのだね。
 そろそろ行きたまえ。貴方にはその映像を届けて貰わないと困ってしまう。
 なに、大丈夫さ。劣勢では有るが――」

 銃を抱えなおし、男は大胆不敵に笑って言い放った。
「負けるとは思ってないよ。なにせ、私はまだ交わした約束を果たし終えてないのだからね」


「ん……」
 差し込む日差しで"彼女"は目を覚ました。
 そこはコールドスリープ用のシリンダーでも無ければ、慣れ親しんだ輸送機の座席でもない。
平和そのものの空気の中で、あの争いが嘘の用に穏やかな目覚めだ。
 だが、彼女の戦争はまだ終わっていない。
彼が告げた言葉の通り、これからこそが彼女の番だったから。
 それは、あまりにも穏やかでひたむきな、ともすれば泣き出してしまいそうな戦場。
それでも彼女は"其処"へをこそ望む。彼女に続く者達を導くために。


to continue for the...

440降下猟兵――ラムシュタイン・ミーゼンバハ航空基地の一室にて:2007/08/21(火) 23:16:19

「―――我々が警護、ですか?」
執務室のデスクの前で、直立不動の体勢を取った若い兵士が困惑顔を浮かべている。
本来ならばその態度は問題だ、しかしそんな表情を向けられた女性―――
―――その狙撃兵の上官であるフェリクス・エアフルト中佐はそれを問題にはしない。

「無理も無いな、曹長。
 確かにこれは我々、空軍降下猟兵団の管轄する問題では無い。」
「その通りです中佐。
 我々の仕事は管轄領内での治安維持、どんなに頑張っても災害派遣が限界でしょう。
 それが何故要人の警護、それも西方―――スペインの要人警護など。」

眉ひとつ動かさない中佐の言葉にその狙撃兵は声を荒げる。
彼にしてみれば、自分達が意図を理解できない作戦への参加など願い下げだろう。
これが戦時、且つ彼らが一般の兵士であれば仕方の無いことかも知れない。
しかし今は平時、且つ彼らは目的を正確に把握せねばならない特殊部隊の兵士である。

「そう、我々は誇り高きルフトヴァッフェの一員だ。
 どんな政治的な思惑があろうと上からの命令には従わねばならない、
 それが軍の規律であり、私も君も軍人だ、それも生え抜きのな。
 それに、現実問題として助けを求める者を助けるのは―――我々の勤めではある。」

「…つまりは政治の道具、ですか。」
「残念な事にな。
 しかし不服があろうとこれは決定事項だ、変更は無い。」

薄々勘付いていた事ではあったが、曹長は明らかな落胆を浮かべる。
しかしそれも一瞬の事、すぐさま表情を整えて、彼は上官へと向き直った。

「―――分かりました。
 しかし何故、自分だけをお呼びになられたのですか?
 私はあちらの土地には行った事もありません、何か特別な事情が?」

「あぁ、まずはそれを説明しなければな。」

そう言ってエアフルト中佐はデスクの上に載せられた情報端末を操作する。
部屋の壁面に自動でスクリーンが展開されると、自動的にいくつかの情報が投影された。
その中でも目を引くのは一人の少女の姿、白変種では無いかと思える程に白い、
人形的でありながらも何処か優しい美しさを持った少女だった。


「護衛対象の名前はエレナ・ドゥ・イグレシア、今年で18を迎える。
 彼女の実家は旧西暦で1700年代から続く弦楽器の演奏家だが、
 同時にかつて栄華を誇った名門貴族の分家に当たる、現在では没落しているがな。

 …しかし二週間前に彼女の両親は彼女の演奏会に向かう途中、
 "無差別爆弾テロに巻き込まれて"命を落としている、ニュースでも聞いているだろう?

 しかし…ニュースでは当局の情報操作により伏せられているが…
 これは反コーディネイター団体によるテロの疑いが強い、
 彼女の母親はハーフ・コーディネイターなのだよ。」

その事件なら、曹長も知っていた。
基礎訓練を終えて基地に帰投した後、食堂でニュースを見た覚えがある。
しかしその少女がクォーター・コーディネイターだったとは初耳だ、
報道映像で遺族の姿が殆ど放送れなかったのはそういう理由からだったのだろうか。

「尚この時、彼女は先立って会場に向かっていた為に難を逃れている。

 そして明後日より両親の葬儀を行うため、彼女の家には多数の来客が訪れる。
 我々の任務は、この一連の葬儀が終わるまでの屋敷及び彼女の警護。
 あちらの公的機関からの正式な要請に基づいた物で、共同での任務となるな。」

「つまり彼女本人を狙うであろうテロリストの排除、ですか。
 …確かに、そのテロの実行犯が彼女だけを見逃す道理はありませんね。
 犯人達にしてみれば、明確に反コーディネイター思想を掲げたいのでしょうし」
「そうだ、その為には犠牲は大きく報道された方が都合が良い。
 そしてユルゲンス、君と私は直接護衛対象の身辺警護に当たる。」

「………は?
 いや中佐、自分は一介の狙撃兵です、何故その様なご冗談を…!?」
「私は冗談など言ってはいないよ、リヒャルト。
 彼女は妙齢の女性だ。共に行動するには、同性や同年代の方が都合が良い。
 しかもそれに加えて曹長、君は我が隊では最も若い上に外面も良いのでな。
 カヴァー・ストーリーは移動中に説明する、本日10:45までに武装を整え、
 第二種礼装を持参して当基地の南滑走路に集合しろ、以上だ。」

中佐はそれだけ告げると、情報端末を操作してスクリーンを収納させる。
話は終わり、反論は一切許さないという彼女なりのサインである。
抗弁を諦め部屋を出る曹長ではあったが、出発の時刻は僅か2時間13分と32秒後に迫っていた。

441玖裳神 璃人:2007/09/01(土) 16:33:19
「……そんじゃ、失礼しました。」

事務所にいた女性に会釈すると、踵を返し外へと出る。すると、見知った男が立っていた。
煙草を口に咥えたまま苦笑いをしている。軽く手を上げて返す俺も同じような表情で笑っているに違いない。

『……そーかい』

数分の時を雑談で濁し、我慢の糸が切れた俺がある話を切り出すと見知った男は疲れたようにそう言った。
そこで会話が途切れ、見知った男は近くにあったベンチに勢いよく腰掛けた。

「……ネイビス教官」

今言うべきか、それとも言わざるべきか。でも、それは今だろうと後であろうと
言わなければならないことなのだから。そう思い、俺は頭を下げる。

「……お世話になりました。ほんと、短い間になっちゃいましたけど…」

顔を上げた先には軋む音が聞こえるほどの拳が眼前に突きつけられていた。
俺はゆっくりと瞬きすると、殴られるのも覚悟で言葉を紡ごうとするが、それはネイビスと呼ばれた男に
よって遮られる。

『…本当はお前の中途半端さに、その女みてぇな面をぶん殴ってやりてぇ気分だがぁよ。事態が事態じゃ殴る拳も止まらぁなぁ…』

ネイビス教官は拳をゆっくりと下げ、そのままポケットから煙草を取り出す。
窮屈そうにベンチに腰掛けながらライターを探していた。

『……んで、お前自身はそれでいいのかよ。』

「…………はい。」

『……んじゃ、決まりだろうな。面倒ついでに連れて行ってほしい奴らもいる。』

奴ら…?俺は何のことだろうかと首を傾げる。

『”パイロット訓練生・高羽封魔”並びに”東雲睦華”。この両名を地球の案内役、
 及び地上養成所への移動を命ず。

 
 ……俺らには理解の及ばないところでの力が働いてな。
 もともと奴らは地上での育ちだ。案内役にももってこいだろう。』









―――――俺達は再び歩き出し、もうあまり見ることは無くなるであろう格納庫の前まで来る。


『以前のお前の相棒、まだぶっ壊れたまんまなんだってな。』

「……はい。あいつには悪いですが……あいつには俺と、俺の護りたいものを護って貰いました。」

『……そーかい。』











―――――目的もなく歩けば。
食堂を通り過ぎ。見れば、昼の時間でもないのに賑わっている。

『あいつらのバカ面も見納めだな。』

「……はは、なにもなく深刻な顔をされてたら困りますよ。」







―――――飽きるほどに見た、喫茶店。

『そうそう。地上には兄弟店みたいなのがあるらしい。天馬だったとか何とか…』

「飯処に不自由しなくて何よりです。」






―――――木々が奏でる寂しい音を耳に、男は呟く。

『んで、お前さん。いつまで泣いてるんだ?』

「……………。」

『やらなきゃいけない事がある。だからこそ行く。やっぱお前が出したその答えは間違いだったか?』

「……まさか。」

『なら、胸張って行きやがれ。場所が変わるだけだ。大したことじゃねぇ。

 
 いつまでも家出してきた小僧じゃねぇんだ。てめぇの足で立ってんなら、てめぇの足で。
 





 ――――てめぇの意思で行ってきやがれ。』











――――そのまま無言の時が過ぎ、日は落ちていた。このまま別れを告げるように、俺は足を止めた。
ネイビス教官は止まることなく、歩き去っていくかと思われた。

『……でもまぁ、お前の機体は修理しといてやる。いつか……取りに帰って来い。』

俺は夜風に刺されるような思いで、その場に立ち尽くした。












「………はは……帰って来い、か……」










数日後、教官1名と生徒2名の名がその養成所から消えた。
理由は上部にしか告げられず、生徒達は色々な噂で話を埋めていった。

その中には根拠もない噂が一つ、流れていた。
『地上養成所所属。教官を務めていた玖裳神 迅斗という名の教官が訓練中に行方不明になり
 その後の調査の結果、死亡したと見られた。』

そんな噂が。

442〜養成所内はいつもサボタージュが絶えない〜:2007/09/09(日) 22:21:36
わかりやすい昔のひとコマ〜養成所内はいつもサボタージュが絶えない〜

はじめに
※この作品は色々と盛ってあるので一つの状況を切り取ったものとお考え下さい
 ネタの盛りすぎにより拒絶反応が出る恐れもあるので何かの信者やファンであり、
 かつ何か受け付けない物があるという方はお勧めできないため、ご遠慮下さい
 閲覧による被害等に対し当方は一切の責任を負いません





<管制室ちゃんと援護しろよ〜(涙目

        [ ゚∀]  <だってねーしな、出番とか機体がゴミのようだじゃ無い(見せ場)とか(ry
       /[へへ 旦~  それにどうしても余っちゃうしな、俺は見学だ。他の奴に言え、
 □□□■■□■■■□◇_◇□□


<どわぁぁぁ!!

             しまった!誤爆しちゃった!>

        [゚д゚]  … 
       /[へへ  
 □□□■■□■■■□◇_◇□□

443@幕間     ◆LQUA.mYpRY:2008/02/02(土) 22:22:27
時と場は定かではなく、それは日常の断片

……
「俺が別に事を起こす必要性もやる気も力も無い」
目立ってマークされるのも厄介だしこれ以上は黙っておく事にしよう

近年は変な連中も大量発生…それなんてせーきまつ?…な噂もあるとかねーとか
どちらにせよ一度にエースをすべて叩き落せる実力も持ち合わせていないので退却必須だ
誰かの噂を集める…なことも盗撮も特にしなくてもいい
目立たず目的を果たすのがある意味うまいやり方だろう

―格納庫エリアから双眼鏡で空を眺める
飛行可能機体乗りなら双眼鏡を持っておくといい、と誰かが言ってたが……
今日は量はそれなりと言ったところである
「留まる理由もないし、行くか…時間的にサボるのばれるとまずいし」
そういいつつそそくさと移動する青年、退却魂ここにあり

下手に錯乱してまでの介入行動(言い方はあれだが)を取るのは余り得策ではない
返り討ちにあうリスクのほうが高いしそういう事に関しても準備無しに事を進められるほどでもない
―実力的にも状況的にも

……と考えるのがリュート=アビュークである

そんな訳でいつか教えてもらったとある倉庫に入る
青年は整備班もかねているので身分的にも問題ないのである…

実際に入ってみて
「ここの管轄には俺がいるようだな」
(デフラグさん的観点からか)青年は感想を盛らす

続くかどうかは不明

444ある手記より:2008/04/12(土) 21:24:27
結論から言おう
…どう動いても打つ手無しオワットル。
限界を超えろ?わかりました。しかし打つ手がありません
被害を抑えようとしました。コースが不味く二重被害でご臨終です。わんこも俺も死にます。
と言うわけで避けて丸投げです。やむを得ず。
アレは人じゃないんじゃあ、仕方ないな( ´∀`)
…言い訳にしかならないみたいなので
(はいはい)実力不足で俺産廃
屑検定は3級ですよ

試作型テンタクラーロッドは完成してF91に装備させている、ドリルの活用法とその設計案、GL本体の改修計画骨子はできてはいるが
最悪その辺にあるものでも引っつかんでくるかしかないようです。
よけいな事とか言っても不味い事になる、特訓とかもうね(ry
…事故に見せかけた暗殺も事例があるので事態は不味いです
ファンクラブもいるので死亡領域
このような状況は…計画の頓挫と処理の丸投げを意味する。

…とにかく捕まってもいけない、見つかってもいけない。それでもやってくしかないようです
今は何もしない方がいいみたい。

445これまでのあらすじ(簡易):2008/05/10(土) 12:22:32
これまでのあらすじ

爆弾騒ぎとか、屑検定持ちでは必ず通る道な話とか、段差で動けなくなる事態があったわけだが、(嘘は無い)
アレな事態は彼女によるとまず無いそうである事がわかったので、おとなしくしておく事にした。
出張って来なければいい話なのである。
そんなわけで(名無し生徒の中に溶け込むかたちとなるが)なりを潜めて修復のチャンスを狙いつつ力をつけることに。
それと他にもやっておく事があるのである…

446名も無き生徒:2008/05/10(土) 12:26:49
「俺だ」
彼はお土産をそっと差し、着ぐるみはそれを受け取る。
しかしここは遊園地ではなく、それは違和感どころの話ではない。
が彼らにはどうでもいいらしい
『やあ、どうしたんだ?』「そっちの日程はどうなっている?」
『一日好きなときに取れるよ。』着ぐるみはそう言う。
「つては取っておいた。まず、第一段階ってな。んでついでとなるが、聞き出して欲しい事がある。」
『何?』「液体窒素なるものをどうやって持ってこれたか、だ。理由は…」
爆弾騒ぎの話を着ぐるみにそう話す。その理由も―
『へぇ、打つ手なしで結局被害を拡大させた?』
「―そうだ。俺なーんもして無いって言う話。結局な。」
間をおいて答える。

着ぐるみは口を開いた。喋るという意味で。
『わかった、それとなく聞いてみるよ。お土産ありがとう』
「皆で食べるといい。ただ、そいつは5日しか持たんから気をつけてくれ。」
『OK!それじゃあ、どようびクオリティ♪』「ああ、どようびクオリティ。」
どようびをこよなく愛する者で通る・・・かもしれない挨拶をして別れる着ぐるみと人間である


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板