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唯「ときめくサクサク」
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のんびりやります。
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case 3 『唯一の、嫌い』
その日の昼間に、ベンチに座って生協で買ったサンドイッチを食べていると、急にメールが着た。
『今日の夜、桜見に行かない?』
だって。
あまりの唐突さ、脈絡のなさに飽きれる。
まったく......この人の頭には[学習]の文字とかってないのかな。
そういうのウンザリしてるはずなのに、指は返事を打っていた。
『わかりました。』
だって。
ばっかみたい......私。
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4月の半ば。
右も左もわからない大学のキャンパス内でキョロキョロと迷子の子猫のような姿になっていないのは、
きっとこの人のおかげ。
午前中最後の授業と午後最初の授業は、憂とも純とも被っていないから、
水曜日だけは1人で昼をすましてる。
いつも一緒に居ても、なんだかつまらないし、そういうこともたまにはあってもいいなって思う。
サンドイッチのゴミと野菜ジュースの空になったパックを袋に入れていると、返事が着た。
『なら、夜の8時に正門の前で』
だって。
こうも簡単に予定を入れられると、
私ってヒマに見えてるのかなって不安になる。
そ、そんなんじゃないしって、誰かからの見た目を気にして、
急いでそのベンチから立ち去った。
ゴミを近くにあったゴミ箱に捨てる。
桜の木が見えたけど、できるだけ視界に入れないようにした。
楽しみは最後に取っておきたいタイプってわけじゃない......
別に、そんなんじゃ......ないし。
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夜の8時に待ち合わせだから、夜8時5分くらいに正門前に行った。
案の定、まだ来てなかった。
待ち合わせの時間、守ってくれた試しなんてない。
だから私は、待ち合わせの時間の10分前には待ち合わせ場所に着いてるようなこと、
この人との約束に関してはしなくなった。
[その人を待っている時間も、その人との約束の一部]
って、考えを持つ人もいるみたいだけど、
私は待ってる自分がむず痒くなるし、寒かったり暑かったり雨が降ってたりするのに、
馬鹿正直に待ってるのがとうとう本当にバカらしくなって、やめた。
だいたい、約束した時間の10分とか15分後がちょうどいい。
純は「もう相手を待たせてやる勢いで遅刻して、逆に待たせてやればいーじゃん」
って、言うんだけど、それは違うんだよ。
そうじゃないんだよ、純。
わかってないな。
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あの人はさみしがりだからね。
人を待つってことに耐えられないんだよ。
約束の時間に遅れて来たりするのはそういうこと。
だからね、やっぱり、私が待ってあげなくちゃダメなんだよ。
澪先輩が書いた新しい歌詞とか、
ムギ先輩が作った新しい曲のデモとか、
唯先輩が考えた新しいリフの録音とか。
そういうの、見たり聴いたりしていたら、
タッタッタッ、て走ってくる足音が近づいてきて、
私は頃合いを見計らって言う。
「遅いですよ、律先輩」
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「悪イ、悪イ」
って、律先輩はいつものようにら悪びれずに言った。
「少しは、申し訳ない、って気持ちをこめて言ってくれませんか」
「あはは......まぁまぁ、さ、梓、行こう」
「どこ行くんですか?」
「桜見に行くって言ったじゃん」
「てっきり大学内の桜かと」
「違う、違う。そんな点々とした1本、2本を見てもつまらないだろ」
そう言って、律先輩は歩き出したから、慌てて遅れずについて行く。
「ちょっと、...待ってよ!」
そう言ったら、歩くスピードを速めやがった。
もう......。
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電車で2駅ほどの所で降りた。
電車の中はスーツ姿の人や学生服の人が割といた。
けど、ちょうど2人分のスペースが空いていて、そこに座り込んだ。
律先輩は今日の出来事を思いつくままに喋っていたけど、何を話していたのかあまりよく覚えていない。
降りた駅は初めて降りる所だった。
きっと、律先輩に誘われてなかったら、こなかった場所だろう。
「あっこのコンビニで何か買うか」
数メートル先でコンビニが光っていて、私たちは夜光虫みたいにその光へ吸い込まれていった。
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律先輩はノンアルコールビール、私はウーロン茶。
それに、スルメとチーカマと、ポッキー。
スルメとチーカマっておっさんくさっ。
いや、これがおいしいんだって。
あっそ。
自分の分は払います、って言ったけど、「いいから」って先輩は払わせてくれなかった。
「梓も呑んじゃえばいーのに。ノンアルだけど」
ダメです。 お酒モドキだとしても、私は20歳まで待ちます。
「しっかりしてらっしゃること」
って言って、律先輩はチラッと私の胸を目でなでた。
ブン殴られたいのかな、この人。
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とりあえず、ここまで。
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律梓好きだから色々呼んだけどなんか新鮮
シリアスなのも読んだ事あるけど
このSSよりもう少し軽薄な感じがするんだよな
悪い意味じゃ無くてだけど
たぶん律視点が多いからなんだろうけどさ
好きなパターンなのに見たこと無いような進行の気がして良い
面白そうだから期待してます
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乙です。
律梓は好きなカップルなので此れからどの様な展開になっていくかとても楽しみです。
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コンビニを出て、律先輩の案内通りに歩いてく。
夜道は街灯で照らされてるけど、そこまで明るくはない。
「もしさ」
「はい?」
「桜を見るっての、嘘だったらどうする?」
「......嘘なんですか?」
「いや、嘘じゃないけどさ」
「嘘だったら、どうなってるんですか」
「んー。このまま素直に私の案内に従ってるバカな梓をホテルに連れ込むかな」
「......」
「だから嘘だって。急に黙るなよ」
「黙らせるようなこと言ってるのはそっちじゃん」
「私に好きな人いるの、知ってるくせに」
「......。あ、そこを右だから」
そうやって、知らないフリをする。
でも、そうやって、知らないフリするスタンスだから、
きっとこの人は私をいろんな所に連れ出す約束を持ちかける。
それにノル私も私だよな......。
自己嫌悪に陥りそうになるから、言われたままに右に曲がった。
川沿いに繋がるその道の先で、桜の群れが暗闇の中、
ひっそりと呼吸をしていた。
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卒業式の次の日、律先輩に告白された。
校庭の桜はまだ咲いていなかった。
予感めいたものはなかったから、ただ単に驚いた。
『明日、ヒマ? ちょっと会わない?』
だって。
気軽にメールが着たから行ったのに、
そんな想いを告白されたって。
「律先輩のこと、そんな風には見れないです......ゴメンナサイ」
「......梓は好きな人、いるの?」
言うべきか、迷った。
公園のベンチで2人で座って、手の中に包み込んだ午後ティーの缶に口をつける。
ムギ先輩の紅茶が飲みたいなって思った。
「......澪先輩」
「なんだ......」
なんだとは、なんだ。
人の好きな人のこと、「なんだ」だなんて言う一言で片付けるなんて。
キッと左に座る律先輩をニラみつける。
フラれたっていうのに、先輩はいつもと変わらなくて私を見て、へらっと笑った。
「すごい、きれい」
「すごいな。こんなにすごいって思わなかった。
たまたまバイト帰りに見つけてさ。春になったら、ここに来ようと思ってたんだ。
梓と」
「なんで、私」
「そりゃだって、好きだから」
そう言って、先輩はノンアルをプシュとした。
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私のどこがそんなにいいんだろう。
聞いてみたいけど、聞いたら負けな気がして、ウーロン茶のペットボトルのフタを開けた。
川に沿って土手に植えられた桜は私の見える範囲内では途切れてはいなかった。
この川の、端から端まで、桜が植えられていてもおかしくはないように思えた。
桜はなぜか、提灯でうっすらとライトアップされていた。
川を挟んで両側が等間隔でぼんやりと桜を照らし、その様子が映った川の水面に桜の花びらが流れているわ
私と律先輩の他にも桜を楽しむ人が数人見て取れた。
ここは、地元の穴場、ってやつなのかもしれないと、根拠もなく思ったりした。
何を話すでもなく、飲み物を飲みながら桜を見て歩いていたけど、途中にベンチがあったからそこに座った。
ベンチの真上に延びた桜の枝がほどよくて、見上げると桜の間から三日月が見えた。
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「お腹すいた」と言って、律先輩はビニール袋をガサゴソと漁って、
スルメとチーカマの袋を両方開けた。
2人の間にスルメとチーカマが並んだ。
「両方一辺に開けるんですか」
「2人でなら片づくっしょ」
「私も食べるの前提なんですか......」
「当たり前じゃん」
「......花より団子ですか」
「私らしいだろ」
ノンアルをそこでグビッとした。
おいしそうに呑むなぁ。
私の視線に気づいたのか、ニヤッと口元を歪めて缶をこちらによこしてくる。
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「だから、ノンアルでも呑みませんって」
「間接キスになるから?」
「違う。未成年だからです」
ノンアルだって。
とつぶやいて、チーカマを数本咥えた。
わかってるっての。
桜を見てるだけじゃ間が持ちそうになくて、私もスルメを口に放り込んだ。
硬くて塩っぱくて、ウーロン茶には合いそうにない。
それでも、おいしそうに見えるようにウーロン茶を飲んだ。
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「桜、きれいだな」
「はい」
「うん、やっぱ梓とここに来て良かった」
「そうですか」
「うん、もっと好きになった」
それは桜が? それとも私が?
言いかけて、やめた。
「来年も見に来たいな」
律先輩はそうつぶやいたけど、
私は口の中のスルメを噛むことに必死ってことにして、
返事をしなかった。
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スルメとチーカマがなくなったころ、
「帰るか」
って、先輩が言った。
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同じ夜道を歩いていても、
「あとは帰るだけ」ってなると、
気楽に思えたのに。
「梓、手繋ごうよ」
って言われて、こっちが答える間もなく右手を取られた。
その強引さとは裏腹に、繋いだ手が少し震えていたから、
私は手をほどくタイミングを見失った。
そのまま
駅に行くまで、
駅のホームで、
電車の中で、
手を繋いでいた。
時間も時間だったし、感覚がマヒしてたのかもしれないけど、
途中から、別に誰かに見られてもいいや、って思いながら律先輩の左手に繋がれてた。
2駅目で降りる。
深夜の駅は無人で、私たち以外に降りる人もいなかった。
そのまま何事もなく帰るのか、と思っていたら
律先輩は無人のホームのベンチに腰掛けた。
立っている人と座っている人じゃ、手の位置が難しくて、
引っぱられるままに私もベンチに座った。
夜の気配が溶け往ったホームで、春の甘ったるくて、でも肌寒い風にむせそうになった。
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律先輩は右手に持っていたノンアルを呑み干した。
グビッて音がして、先輩の喉が鳴った。
他にすることがなくて、先輩の喉元が上下するのに見とれていたら、
くちびるをかさねられた。
遠慮深く、軽くチュッてするやつ。
息が詰まった。
すぐ律先輩は離れた。
左手で、くちびるを拭った。
見たら、先輩も缶を持ったまま右手でくちびるを拭っていた。
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「......初めて?」
「初めてじゃない」
「......」
「2回目......」
「澪?」
「......」
「違うのかよ」
「......唯先輩」
「ゆ......」
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わかるよ、驚くの。
私だって、驚いたもん。
ハァって、ため息が聞こえた。
「嫌いになった?」
「なんで?」
「......なんとなく」
少し考えてから、律先輩は言った。
「やっぱ、好き」
「......」
「好き?」
「......嫌い」
「そっか......」
律先輩は無言になるから、私は何も言えなくなる。
どこから来たのか、足元に目をやると
花びらが靴のつま先辺りで風もないのにカサコソと音を立てた。
私はまた、息が詰まった。
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case 3 律→梓『唯一の、嫌い』
終わり。
律梓と思ってレスくれた方々ごめんなさい。
こんな感じでやります。
今日はここまで。
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律梓かと思ってた
でもこれはこれで悪くないw
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case3で律→梓なら、唯→梓、紬→梓があって、
最終的に澪梓におちつくのかねぇ。
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何にしろ期待してます。
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case 4 『50/50』
ここ数週間、梓の様子がなんだか変に思えて私の方から、
家に遊びに来ないか、と誘ってみた。
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大学も2年目になると、
こういう風に過ごせばどうにかなる、
と身体に習慣が染み付いてしまうのか、大学生活にも余裕が出てきて。
言ってしまうと、ダラけていた。
そんな折、6月に入り梅雨の到来と共に、寮における、私の部屋はとても水っぽくなってしまった。
最初は「ポタッ......ポタッ......」
だったのが、
まるで屋根裏にできたダムが決壊したみたいに部屋の中で土砂降り状態になって、
私と他にもう2人ほどの先輩は数週間、大学近くのウィークリーマンションでの生活を余儀なくされた。
6月の二週目に始まった工事は、7月の中旬まで続くらしい。
根底から修繕しなければならない程の雨漏りだとは思っていなくて。
突然、律とも、唯ともムギとも離れざるをえなくなり、寂しくは思った。
でも、予想外に始まった1人暮らしは、
慣れて刺激の少なくなった毎日に、
例えるならば、出しっぱなしにしてしなしなになったレタスが水につけられて再びシャキシャキ感を取り戻していくような、
そんな感覚を私に与えてくれていた。
ずっとみんなと、律と離れて暮らすわけじゃないし、
大学に行けばもちろんみんなに会える。
そのようにもたらされた、1LDK、ロフト付きのマンションでの暮らしに私は、
宝くじで1万円を当てたような満足感を覚えていた。
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「お邪魔します......」
と、動物病院に連れてこられた猫のように、
梓はビクビクしながら私の仮家に足を踏み入れた。
大学からは電車で2駅分。
川沿いに立てられたからマンションの名前は
[リバーサイド桜並木2号館]
既に散ってしまっていて、その風景を見ることはできないけど、
近くには川に沿って桜が植えられて桜並木を形成している。
春に見たら、さぞかしきれいだろうな
と、雨に打たれて震える若葉だけの木々を見ても思えるくらいに
本当に沢山の桜の木が連なっている。
知っていれば、律や、みんなと春に花見でも来たんだけどな。
仕方ない。
花見は来年の楽しみにでも取っておこう。
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私の作った夕ご飯を食べて、
2人でテレビを見たり、
最近聴いている音楽についての話をしたり、
実際に音楽をかけたりして、
まったりと過ごしていた。
初めは遠慮していた梓だったけど、時間が経つにつれていつもの梓のような声の出し方、笑顔、振る舞い方になっていて、
私は内心ほっとした。
様子がおかしいと思っていたのは、私の勘違いだったのかな
いや、勘違いなら、勘違いのままで良かったんだけど......
ムギの作った新曲について、一通り互いに語り合った後、
時計をチラリと見てみると既に朝の4時半だった。
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「喋りっぱなしだったな......」
「......本当ですね。もう4時半だなんて、少しびっくりしました」
「ちょっと寝る? あ、でも、どうせ明日、っても、もう今日か。
土曜日だし......用事ないからまだ起きててもいいけど」
「......なら、ちょっと散歩しません?」
「散歩?」
「はい、朝の散歩」
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6月の下旬って言っても、まだ梅雨は明けていなくて、
夜の間中はジトジトとした雨が降っていた。
だけど、外に出てみたらいつの間にか雨は止んでいた。
念のため、私も梓も傘は持って外に出た。
私はTシャツにジーパン。
梓は半袖のパーカーとショートパンツ。
私は青くてちょっとくたびれたスニーカー。
梓はちょっと底が厚いエスニックサンダルで、
ターコイズブルーにネイルされた爪先が、とても女の子っぽいと思った。
ねっとりと湿った空気が身体の表面にまとわりつくけど、
梓と2人で朝の散歩なんてはじめてだから、なんだかウキウキしてた。
徹夜をしてテンションもちょっとばかしハイになってたのかもしれない。
2人で川沿いに整備されたウォーキングコースを歩いた。
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途中、コンビニがあって、
私は「入ろうか」と誘ったけど、
梓は「いいです」と言って、入ることを拒んだ。
「なら、ちょっと待ってて、すぐに戻ってくるから」
と、私は梓をコンビニの前で待たせて1人、中に入った。
中には客は私だけで、覇気が無い店員の声に何の反応もせずに私はドリンクコーナーに行き、
お茶を2本と、チョコレートの箱を1箱買ってサッサとコンビニを出た。
レジの最中に梓の方を見やると、
何を考えているのか、
左に1つにまとめてサイドテールにした先を揺らしもせずに梓は突っ立っていた。
「お待たせ」
と言いながら近寄ると
「いえ」
と少し梓は笑った。
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そのまま、2人でまたウォーキングコースをのんびりと歩いていく。
少し行った所で土手を整備したのか、高架下にちょっとした広場のような開けた空間を見つけた。
少人数制のサッカーならできるんじゃないだろうか、
というくらいのスペースに、
しかも、高架下に、ベンチが1つ、無造作に置かれていた。
妙なこともあるもんだ
と思いながら、2人でベンチに座ることにした。
ベンチは雨で濡れていて、梓がポーチの中からハンドタオルを出して軽く雫を拭ってくれた。
ベンチに腰掛けると、目の前はいかにも高架下と言わんばかりに、
コンクリートの壁の無機質さに埋め尽くされた。
「あ、これお茶な」
「......いいんですか」
「いいよ、はい」
「ありがとうございます」
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手渡す時、私の左手と梓の右手がちょっと触れて、
お互いにビクッとした。
フフっと笑いあったけど、少し触れただけなのに、
梓の右手の冷たさが手の皮膚にそのまま残ったみたいな気がして、
右手でその部分をこそっとなでてみる。
自分の右手も同じくらいヒヤッとしてて、
なんだ、
と驚いてそして呆れた。
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「チョコレートも買ってきたんだ......はい」
ビニールを破り、長方形の箱の中から紙に包まれたチョコレートを3粒程取り出して、梓にあげた。
「ありがとう......ございます」
と梓は眠たそうにそれを受け取った。
時計をしてくるのを忘れて、時間がわからないけど、
もう5時を過ぎているのかもしれない。
上を車が通る度に、地響きのような振動が地面まで伝わってきてスニーカー越しでもそれがわかる。
崩れたりしないよな......
不安になった。
「澪先輩って」
「ん?」
「......好きな人とかいないんですか?」
「好きな人......唐突だな」
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昨日の夜から散々切り出す時間はあっただろうに、ようやくか、と私は思った。
恐らくそれがこの数週間、梓が物憂げな表情でいる理由なのだろう。
「好きな人かぁ......」
そう言って私はチョコレートを1粒、口の中には含んだ。
甘すぎて、むせそうになる。
口の中でスッと溶けて、もう二度と同じ形には戻らない。
その甘ったるい気だるさが喉元を通り過ぎていったと思ったら、
また次が欲しくなる。
まるで恋みたいだな
と思った。
「いるよ」
「......いるんですね、好きな人」
と、梓は2粒のチョコレートの包み紙を指先でいじりながら、言う。
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「うん、意外かな」
「いえ。あれだけ恋愛の歌詞を書いている人ですし。
なんとなくそうだとは思っていました」
「......梓は?」
「......」
『恋愛の歌詞を書いている』=『恋愛をしている』
という安易な関連付けに私はちょっとムッとして、
そういう梓はどうなんだ
と、柔らかく聞こえるように返してみた。
そういうイコール関係をすぐに思いつく、そういう梓はどうなんだよ、と。
「います......好きな人」
「そうか......そうなんだ」
「はい」
「私の知ってる人?」
「......はい」
「へぇ......誰だろ」
「澪先輩の好きな人は、私の知ってる人ですか」
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車が上を通り過ぎて、スニーカーに包まれた足の先まで揺れる。
その騒音に紛れて聞き逃がさないように、
梓の声を必死に聴いた。
「......うん、知ってる人」
「そう、ですか......」
恐らく、私たちはそのなんてことのない会話でお互いの事実を確認しあったんだ。
『私の好きな人は女の子です』
という事実を。
「叶いそうか......その恋」
「......わかりません。先輩は?」
「私も......わかんないや」
2人でくたびれたような声で告げあった。
「シュレディンガーの猫って知ってるか?」
「......ちょっとだけなら」
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「今の私たちって、シュレディンガーの猫みたいだな」
「......開けてみるまで結果はわからない」
「そう......さ。この恋が実るのか、実らないのか。
確率はまだ50/50......」
キュッと、
梓が膝の上に置いた両手を結んだ。
私はその変化を見逃した方が良かったのかもしれない。
梓はそれから不意にたちあがって、
そして、
私にキスをした。
くちびるを覆われるようなそれに、
私は惚うけてしまった。
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梓は
「すみません......」
と言ってその場から走り去っていった。
傘は持っていかなかった。
空は曇り空で今にもまた、梅雨の雨が降り出しそうだ。
走って梓を追いかけた方がいいことはわかっていた。
でも、私はそこから動けずにいた。
目がチカチカする。
頭上では車の通りが多くなったのか、地面がずっと揺れている。
振動は収まらない。
梓はいつの間に含んでいたのだろう
渇いたくちびるをペロッと舐めてみる。
チョコレートの味がした。
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case 4 梓→澪『50/50』
終わり。
読んでくれている方、ありがとうございます。
-
乙です。
続きを楽しみにしています。
-
乙
面白い
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律・唯→梓
梓→澪
澪→律?
って予感がする。
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>45
全員片思いENDって感じかもね。
-
case 2 『たった一分でいい』
高校3年の2月の終わり、
唯ちゃんと2人で夕方の歩道橋にいたことがあったの。
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もうバレンタインデーも受験も終わってしまっていて、
手持ち無沙汰な気分で卒業式を待っていて。
春の、物悲しさみたいなの、
息をするだけで自分が粉々になってしまいそうな、
別に私は1人じゃなくて、
唯ちゃんやりっちゃん、澪ちゃんとはこれからも一緒にいられるって保証してもらったのに。
それでもなんでだか
夕陽のオレンジ色とか、
照らし出された唯ちゃんの顔とか、
昨日の夜に本のページで切っちゃった指のズキズキとか、
自分から延びている影の長さとその濃さだとか、
ようやく蕾が膨らみ出した桜だとか。
これからも変わらない、変わることはないってわかってるのに、
それでも、だからこそ浮き出されてしまう周りの環境の変化の1つ1つが、
私をセンチメンタルな気持ちにさせていたの。
「ムギちゃんみてみて」
左にいる唯ちゃんの声にハッとする。
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「さっきまであそこにあったのに、もう夕日、あんなに沈んじゃってる」
2人で黄昏ていた。
夕陽の光を遮るものがなにもなくて、眩しい。
歩道橋の下を通る国道では、乗用車とか引っ越しのトラック、市営バスがあっという間に走り去って見えなくなる。
もうここには帰ってこない。
一本道。一方通行。
ちょっと視線を変えると、太陽の高度が低くなってて、国道が太陽から出ているように重なって見える。
そんなことを考えていたら、自嘲気味な笑みが口角をあげさせたのに、
「ムギちゃん、なんだか夕日から車が出てきてるみたいだね」
って隣で、まるでありきたりなことは素晴らしいことなんだよ
と言っているように笑うから、
そんな唯ちゃんにつられて私まで笑っちゃう。
歩道橋の手すりの上で唯ちゃんは、両腕を組んでその上にあごを乗せて遠くに視線をやっていたから、私もマネしてみる。
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比べるものが多くなって、
太陽は真上にある時よりも大きく、真ん丸に見えた。
手を延ばしたら、もしかして届いてしまうんじゃないか、
と錯覚してしまうくらい、近くに感じた。
でも、そんなことは起こらなくて、延ばした私の手は空中で何も掴めない。
スカしてしまって、どうしようもない。
とっても不様で、こんな自分が嫌になる。
「なにしてるの? ムギちゃん」
「太陽、掴めそうだなって思って」
「あはは、あんなにおっきくて、まるく見えてるもんね」
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「でも、やっぱりムリみたい」
てへって、おちゃらけて笑いかけてみた。
そんな私に、唯ちゃんは、えへへ、と笑いかけるだけだった。
ようやく伸びてきた前髪が顔にかかっていて、横からだと唯ちゃんの表情をうまく掴めない。
さっきまであんなに明るかったのに、辺りも次第に夜の気配を纏っていく。
「あぁ......沈んじゃう」
唯ちゃんがものすごく残念そうな声で言った。
「そうね......沈んじゃう......」
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沈む太陽を前に、私はなにもできないでいる。
サビオを巻いた指先がズキズキと痛む。
たった一分でいい
私はそう願う。
たった一分でいいから、唯ちゃんが私のことを好きでいつづけてくれる方法ってなにか無いの?
そう願うと同時に、私は自分に言い聞かせてる。
なにバカなことを言っているのよ、紬
そんな方法、あるわけないじゃない
そう、そうなの。
そんな方法、あるわけがなかった。
人の気持ちを他人が思い通りにすることなんて、できっこない。
......たとえ、たった一分だとしても。
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人の気持ちを操る方法、そんなことを探した私へのバツはこの指先のキリキズ。
左の薬指に巻いたサビオには血が滲んでいる。
そこまで深く切ってはいないはずなのに、思っていた以上に血が出て驚いた。
手すりの上に肘をついて、左薬指の先のサビオを指でいじっていた。
今日ずっといじっていたせいか、サビオは取れかかっていた。
「あっ、ムギちゃん、薬指どうしたの、バンソウコウしてる」
「うん、昨日ちょっと切っちゃって。そんな大袈裟なキズじゃないんだけど」
「剥がれそうだね。ちょっと待ってて。私、バンソウコウ持ってるよ」
そう言って唯ちゃんは、肩にかけていた通学鞄をなにやらゴソゴソし始めた。
-
すぐに「あっ、あった」という声と共に、唯ちゃんはポーチを底の方から引っ張り出して、
その中から1枚のサビオを取り出した。
「取り替えてあげる」
と言って、唯ちゃんの両手が私の左手を優しく包み込む。
今でもそれだけでドキドキして、声が出なかった。
私はただ、唯ちゃんにされるがまま。
新しく変えられていくその光景を見ていた。
巻かれたサビオを取ると、少しふやけた私の薬指と、それを横断するようにパックリとしたキズグチが見えて、
私はその痛々しさに自分のことながら、顔をしかめた。
唯ちゃんは、そんなのおかまいなしに表情を変えずに、新しいサビオをペロッと紙から剥がした。
「私、小さい頃よく転んで怪我してたからこういうの慣れてるんだ」
へへっと笑って唯ちゃんがキズグチを覆い隠した。
「はい、おしまい!」
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それを合図に唯ちゃんの手が私から離れていった。
私は貼られたそれを眺めて、そして息を飲んだ。
ピンク色のサビオ。
ガーゼの上の部分に唯ちゃんの字で書かれた名前に
視界がグラつく。
今しがた離れた右手を掴んで、勢いに任せて唯ちゃんを私の方へと引き寄せる。
なんだ、私ちゃんと掴めるじゃない
バランスを崩し、「えっ」と驚いて顔をこちらに上げた唯ちゃんの唇を奪った。
[あずにゃん]って書かれたサビオに巻かれて、
さっきよりも指先がズキズキと痛んでいた。
たった一分、たった一分でよかったのに......
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ゆっくりと距離を取る。
唯ちゃんこ顔が見られなくて、そのまま二歩ほど後ずさった。
「ムギちゃん......私たちはもう終わったんだよ......ゴメンね......」
逃げてはいけない、と唯ちゃんを見た。
その瞳に、最後の光が射し込んで、スッと消えた。
それでも、今、この瞬間だけは唯ちゃんは私のことを考えてくれている。
たとえ、「好き」という気持ちがもうそこにはなくても。
たとえ、手が届いたことが幻想だったとしても。
私は一瞥する。
太陽は完全に沈んでいて、
サビオに巻かれた、
薬指の痛みがさらに酷くなる。
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case 2 紬→唯『たった一分でいい』
終わり。
レス励みになります。
ありがとうございます。
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乙です。
ムギちゃんは既に菫ちゃんと恋仲になっていて女の子同士の恋愛や片思いに悩む4人にアドバイスをしてあげる存在なのかなぁと思っていたけどムギちゃんも唯に対して片思いの様なので此れからどうなって行くか予測が全くつかなくなって来ました。
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『縁のない話』
7月の中旬までかかった寮の雨漏りの工事は無事に終わった。
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今週中には出る予定だと言うから、最後の日の前日、澪の仮家である、ウィークリーマンションに泊まりに行った。
リバーサイド桜並木2号館の2階の角部屋。
新築らしく外装も内装も綺麗で澪はそこを気に入っているらしかった。
写真を撮る趣味とか
1人で冬の海に日帰り旅行に行っちゃうとことか。
そういうの好きな澪にとって確かに、ロフト付きの自分の家ってのはとても魅力的なのかもしれない。
サブカルっていうか
下町の細い路地裏の、通い慣れた個人経営の喫茶店みたいなやつ。
どこかへわざわざ行かなくても、自分の住む場所そのものが、
自分の世界観を守る砦みたいな役割を果たしてくれるものになってくれるんだから。
雨漏りは、澪にとってはタナからボタモチみたいなものだったのかもしれないなと思っていた。
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だから、工事が終わったらすぐに引き払って寮に戻ってくるつもり、って聞いた時に少し意外だと思った。
その潔さってか、呆気無さ、執着の無さにむしろこっちが
「どうせあと少しで夏休みになるんだから、借りたままでもいいんじゃないか」
と提案したほどだ。
「私だったら、きっとそうすると思うけどなぁ。そこまで家賃だって高いってわけじゃないし」
そう言って生協で買った、紙パック入りのミルクティーにストローを突き刺して一口飲んだ。
その取って付けたような甘ったるさに舌がムギの煎れたアイスティーを欲する。
「うーん、でも......なぁ」
と澪は、食堂に設置されたコーヒーマシーンで作ったアイスのミルクカフェオレエスプレッソをかき混ぜて、なにやらモゴモゴと言う。
カラカラカラカラ、と氷がカップの中で回る涼しげな音とは対象的に、
澪の態度はなんだか暑苦しく見えた。
「でも、なんだよ?」
「......あそこには、律がいないから」
-
聞くんじゃなかったなぁ、と思ったけど、もう遅い。
なにも言ってないのに澪はさらに続ける。
律がいないからさみしい
「うーん、なら、さ、引っ越す前の日に泊まりに行くよ。そしたら、きっと、さみしくないだろ」
きっと、私は今「さみしい」の意味をすりかえた。
そういうつもりで澪がさみしいって言ったんじゃないってわかってる。
だから、目の前に座る澪は私の提案に
嬉しいんだか、嬉しくないんだか、よくわからない諦めにも似た笑みを浮かべた。
「......そうだな。泊まりに来てもらえたら、嬉しい」
目を伏せて、澪は聞き分けの良い子みたいにそう言った。
小さい頃の澪はこんな風な表情でママの言うことを守っていたのかな。
「じゃあ、詳しいことはまた後で。次授業あるからそろそろ行くな」
荷物と飲みかけの紙パックを持って席を立った。
-
食堂を出て、少し距離が開いてから一度だけ澪の方を振り返った。
さっきまでいた場所だから、すぐにその後ろ姿を見つけることができる。
友人との会話を楽しむ人たちに紛れて、ポツンと1人座る、澪。
クッキリと浮き出て
まるで子どもの頃によく読んだ飛び出す絵本みたいだ
とふと思った。
-
------
「当分......もう素麺はいいかも......」
「ふー、いっぱい食べたな」
「律が3袋も茹でるから」
「いやー、余らすのもなんだかなって思ってさ、寮でゆでてもみんなで食べるには少ないし」
「まぁ、そうだけどさ」
行儀悪く2人で床に寝っ転がった。
この満腹感、しばらくの間動きたくない。
澪も同じなのだろう。
部屋にあるのは、床に置かれた紙の皿が2枚、その上に割り箸2膳。
ソーメンの入っていたザルと水受けの紙皿。
私の買ってきたお茶とジュースのペットボトル。
紙コップ2個。
棚やら机やら服やら小物やら何から何までぜーーんぶスッキリと片付けられて、積み上がったダンボールに囲まれた部屋で澪とソーメンを食べた。
こうして積み上げられたダンボールに囲まれていると、なんだか本当にここは澪の砦だったんだなって思えてきた。
誰にも邪魔をされずに自分の好みと弱さをありのまま吐き出せる、そしてそれを守る、砦。
右側で寝そべっている澪の左手が顔の近くにあった。
なんとなく、左手の上に自分の右手を乗せてみた。
-
「......なにしてるんだよ」
「いや、なんとなく」
「なんとなくって......」
天井を仰いでいた澪が私の方に顔を向けてくる。
はは......頬が赤くなってる......
部屋の中には、芳香剤だろうか。
夏みかんの香りがしていた。
とっても夏らしくて、いい香りだ。
こうして手を繋ぐことのマネゴトを自分からふっかけてみても、
私の手には震えはこない。
かなしいなーって思っていたら、
澪が左手をグーパーグーパーしてなにやら私の右手の感触を確かめている。
その手が少し震えてて、私は音がないその空間が少し嫌になって、
「音楽をかけてもいい?」
と澪に聞いた。
「いいよ」って澪が言い、
私は自分のiPodに入っている曲を流そうとしたけど、そうだった......澪のこの部屋、スピーカーもしまっちゃってるから音とばせないんだった、
と気づいて小さく舌打ちをした。
しかたなく、イヤフォンの右側を澪に無言で渡す。
ちょっと戸惑って澪の右手が空中で私の左手からイヤフォンをもらう。
-
澪がイヤフォンをしたかなんて確認しないで、
自分がイヤフォンを左耳につけたら、
iPodをランダム無限リピートにして、曲をスタートさせた。
1曲目は澪に勧められて、高2の夏に入れたものだった。
「あ......この曲、入れてくれたのか」
「うん、まぁ。最初は馴染めなかったけど、聞き続けてたら段々ハマっちゃってさ、スルメ曲」
ははっと笑ってそれっきり。
2人で聴き入った。
-
------
もう夜中の1時くらいだろうか。
時計もしまっちゃってるから、イマイチ時間の感覚がつかめない。
頭の上にある窓から、月の光が部屋に差し込んでいた。
今日は満月らしくて、とても明るい。暖かみのある黄色だった。
左手でまだニギニギとしながら、なんてことのない話のように澪は聞いてきた。
「律はさ......」
「うん?」
「まだ、好きなのか?」
「なにが」
「梓のこと」
「......好きだよ」
「そっか」
「うん」
「澪は」
「うん」
「まだ、好きなのか」
「何が?」
「私のこと」
「好きだよ......」
「そっか」
「......大好き」
-
右手を包んでいた温かさがスッと消えた。
澪が身体を起こしていた。
澪と繋がっているイヤフォンがピーンと張って、張りすぎて、
右耳の中のイヤフォンが少し抜けて、音が小さくなった。
最近新しくしたイヤフォンは、コードからなにまで赤色で、
なんだか、運命の赤い糸みたいだな、って思った。
繋がれていたのはお互いの左薬指じゃなくて、耳だけど。
月から視線を移すと、澪が私を見ていた。
「律」
「なに?」
「どうしたら、律は私のことを好きになってくれるのかな」
「......澪」
「何」
「どうしたら梓は、私のこと、好きになってくれるのかな」
オウム返し。
澪は口をキュッと結んだ。
「わかんないよ......そんなこと」
「澪がわかんないなら、私だってわかんないよ」
-
それから澪が黙ったから、私も黙った。
iPodが空気も読まずに恋愛をテーマとした曲を流し始める。
その曲の中で女の子は片想いの相手と両思いになる。
素直に羨ましいと思った。
たしかこの曲も澪に勧められて入れた曲だったはずだ。
フッと月の光が遮られて、なにかと思ったら、澪が私の上に覆いかぶさっていた。
生ぬるいな、と思った。
ここは澪の部屋で、私は周りを澪のお気に入りが詰まったダンボールで囲まれている。
さらに、澪にまで覆いかぶさられちゃって。
澪の熱い息が鼻にかかって。
イヤフォン、取れないんだな......
-
もう観念するしかないのか、と澪の砦の中で弱気になった。
もし、イヤフォンが取れずにこのまま澪と繋がっているのなら
私はその時は、もう梓のことを諦めよう
自分に向けられている好意を受け入れよう
澪は今までを埋めるように生ぬるいそれを何回も繰り返す。
右についたイヤフォンと左についたイヤフォンの距離が短くなっていた。
「律は......初めてだった?」
「2回目」
「私も2回目」
そう言って、澪が笑った。
お互いに「誰と」だなんて聞かなかった。
-
澪が私の顔に垂れかかっている髪を耳にかけ
そして、
「邪魔だな」
とつぶやいて、私の耳と澪の耳からイヤフォンを取っ払った。
子どもの頃、好きだった飛び出す絵本。
自分の方に飛び出して、浮き出てくるそれが面白くって夢中になって何度も何度も開けては閉じてを繰り返した。
「律、......ロフト行こうよ」
「ここでもいいじゃん」
「まだ掃除終わってないから汚いんだよ、ここ」
「上はキレイなのかよ」
「ロフトは......私のお気に入りの場所だから。そこがいいんだ」
私はきっと、面白がって遊びすぎた。
だから、飛び出したままもう元には戻らない。
-
case 5 澪→律『縁のない話』
終わり。
読んでくれた方
ありがとうございます。
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乙。
結局イヤフォン外れたから律は梓を諦めないって事ですかね?
case1も楽しみにしてます。
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case 6 『世界の終わりに』
朝の映画館。
なにやら割引きが効く日だったみたいで、1000円でチケット購入できた。
-
ちょうどいい時間帯のやつがあって、それを観ることにする。
『世界の終わりに』
全米が泣いたらしい。
いい加減にしろ、って言いたくなるくらい恒例の謳い文句。
「映画館と言えばポップコーン?」
「今の、唯が言ってそうだな」
そう返すと、あからさまな作り笑いをされた。
ポップコーンのLを1つと、飲み物を2つ買って、指定されたシアターに入ると、他に客は居らず貸し切り状態だった。
「朝早いと人少ないね」
「少ないなんてもんじゃないぞ、これ。2人って。経営とか大丈夫なのか」
「ダメなんじゃない?」
「こらこら、身も蓋もない」
「指定席にしたけど、他に誰も来ないなら中央で見ちゃおうか」
「私、映画館の中央の席って初めて」
私も、って言おうとしたけどそこで劇場内の明かりがフッと消えて、闇に包まれて、会話が続くことはなかった。
映画の内容は、タイトルからの予想通り、恋愛ものだった。
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主人公とその友人である少女にはそれぞれ別に想い人がいる
2人は協力して互いの恋愛が成就することを目的にタッグを組み、
様々な方法を試みるがそのどれもこれもが敢えなく失敗に終わる
皮肉なことに、それらの自分と想い人をくっつける作戦により物語の中盤、
2人のそれぞれの想い人が同士恋に落ちてしまう
そのことを知ってしまった2人は互いの人生に絶望し、
真夜中に鉄道路線の上を手を取り合って歩く
そこで2人は、ようやく相手こそが自分の運命の人であるということに気がつく
自分の気持ちと運命というものは釣り合わない
まるで、相手を受け入れたかのように打ち解け合い笑い合う2人だが、
奇しくも後ろから特急列車が近づいてきて−−−
-
------
2人の席の間に置いたポップコーンを左手で2、3粒摘み、口に放り込む。
サクサク、サクサクとそれは心地よい音を出して砕け散っていく。
たまに、ポップコーンのカケラが歯ぐきに刺さり痛い思いをするけど、放り込む手を止められない。
サクサク、サクサク
左側からも映画の音に紛れて、
よっぽど現実味を帯びてそれは聞こえてくる。
サクサク、サクサク
映画が涙を誘うテーマソングと共に締められる。
CMで流れていたやつで、聞いたことがあると思ったら
それは唯がたまに鼻唄している曲だと気づいた。
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------
照明が明るいオレンジに劇場全体をゆっくりと照らした。
席を立つ時、誤ってポップコーンの容器をひっくり返してしまって
辺りにポップコーンの残りが散らばった。
それを慌てて拾っている時に言われた。
「これじゃ、まるで私たちが運命の人同士みたい」
って。
泣きはらした目で、笑うから、そんな風に笑ってほしくなくて、少しでも慰めることができるよう、
誰もいないことをいいことに、
くちびるを重ねた。
近づくと、足元からサクサクと音がした。
腰に手をやり、こちらに引き寄せるとさらにサクサクと、なにかが崩れていく音がする。
[そこで2人は、ようやく相手こそが自分の運命の人であるということに気づく
自分の気持ちと運命というものは釣り合わない
まるで、相手を受け入れたかのように打ち解け合い笑い合う2人だが、
奇しくも後ろから特急列車ご近づいてきて−−−]
-
運命という二文字が頭をよぎった。
この気持ち、そんな二文字で簡単に片付けられそうになんかない。
拒むでも受け入れるでもなく、頬にまた別の涙が伝っていく。
劇場の中央で、2人きり。
それはまるで、世界の終わりみたいだった。
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case 6 『世界の終わりに』
終わり。
読んでくれた方ありがとうございます。
次で最後です。
-
お疲れ様です。
期待してます。
-
次回で終わってしまうとの事なのでとても残念ですが頑張ってください。
-
case 1 『言えないワガママ』
「あずにゃん、早く早く!!」
「ちょっと待ってくださいよ、唯先輩......!!」
-
あずにゃんはそのあだ名とは裏腹に一歩一歩をたしかめるように
フェンスをよじ登って降りた。
ノンノンノン。
あずにゃん、もっと猫らしく!!
「あずにゃんって意外とドンくさい?」
「う、うっさいです!!」
「しー!しー!だよ、あずにゃん!!」
慌てて右手人差し指を顔の前に立ててあずにゃんに注意。
あずにゃんはアワアワとしたのち「すみません」と小さく言った。
「よし、じゃあ行こうか!」
「そういえば、更衣室って鍵かかってますよね? どこで着替えますか?」
「外でいいんじゃない?」
「えっ」
「だって、どうせ夜だし、こんな時間に誰も来ないでしょ」
いやぁ......
でもぉ......
......唯先輩こっち見ないでください
ブツブツ言いながらタオルのてるてる坊主になったあずにゃんのおきがえをチラチラと横目で見ると、目がばっちし合っちゃってプイッてされた。恥ずかしがり屋なんだから、もう。
私は家で水着を着てきたから服を脱ぐだけでおっけー!
ちょーラクちんなのです。
よゆーのよっちゃんなので、あずにゃんのおきがえだって見ちゃうんです。
えへへ。
-
------
高校2年の夏休みもあと1週間で終わっちゃう。
なんだか急にむなしくなって、あずにゃんに電話をした。
「だからさー、あと少しで夏休み終わっちゃうし、一夏のアバンチュールをさー、なにかスリルでエキサイティングなことしたいんだよー」
「確かに夏休みが終わるのは名残り惜しいですけど、スリルでエキサイティングなことがしたいのなら、
私ではなく律先輩の方が良いのでは?」
「私はあずにゃんとがいいんだよー」
「なんで私なんですか......」
「だって」
「?」
だって、なんだか気になってるんだもん、あずにゃんのこと
聞こえないようにボソッと言ったはずなのに、
電話越しにあずにゃんは「いや......」とつぶやいた。
「いや......唯先輩はムギ先輩と付き合っていますよね?」
「そ、そうなんだけど......」
-
そう。そうなんだけど。
ムギちゃんとは高1の秋からのおつきあいで、
たしかに私はムギちゃんの彼女で、
ムギちゃんは私のからなんだけど......。
「と、とりあえず、そのことは今は置いておきまして!!」
「いや、置いといちゃいけないでしょう」
「むむむ......」
「唯先輩って、遊び人なんですか?」
「遊び人? 私は色んな人と遊ぶの好きだよ」
「質問間違えました」
「え、どういうこと?」
.「とにかく.....ムギ先輩に内緒で唯先輩と2人きりでは遊べません」
「なら、ムギちゃんに言えばいいの?」
「そういう問題じゃ」
「お願いあずにゃん!! ムギちゃんにはちゃんと言うから!!」
「......ちゃんと言ってくれます?」
「うん、ちゃんと言う!! 」
ちょっとの沈黙。
-
ケータイを持つ右手がすごい速さで湿ってく。
左手も思わずグッと力を込めちゃう。
「わかりました......」
「ほ、ほんと!? ホントにあずにゃん!?」
「本当ですから、そんなに大声出さないでください」
「ごめん......えへへ」
自然と顔がほころんだ。
わたしのテンションとは真逆なかんじで、
ため息まじりにあずにゃんは言う。
「それで、スリルでエキサイティングなことに当てはあるんですか?
もしかしてこれから考えるんですか?」
「あー、それはもう考えてあるんだー」
「何ですか」
それはね、と私は得意げにもったいぶって言う。
「夜のプールに忍び込んで泳ぐんだよ!!」
あずにゃんは絶句した後に
「ちゃんとムギ先輩に話通しておいてくださいよ」
って、私に念を押した。
まったくもう、信用ないなぁー。
-
------
「なんだー、あずにゃんスク水じゃん。なんで合宿の時の水着じゃないのー?」
「い、一応学校のプールなので。こっちがいいかと思ったんですが唯先輩は思いっきり水着ですね」
「うん。スク水じゃ面白くないなーって思って。これ、1年生の合宿の時に着たやつなんだー」
そ、そうですか......
あずにゃんは私をチラッと見た後、そっぽを向いて
「似合ってますね」
と言ってくれた。
「ぐふふふ。あずにゃんもスク水似合ってるよ」
「その笑い方と言い方、変態チックです唯先輩」
あずにゃんはツインテールにした髪を一度ほどき、少し高い位置でポニーテールに結び直して髪を束ねた。
「うはぁ、その髪型のあずにゃんもいいね......べりーぐっどだよ!!」
「ど、どうも」
月の光だけで照らし出されるあずにゃんに私はときめいていた。
でも、なんだかそれがとってもいけない気持ちに思えて、いつもよりよく見えるあずにゃんの左耳から目をそらした。
-
------
「夜のプールってなんだかちょっと怖いね」
「そうですね。足は付いてても不安になります」
夜の暗闇が溶けて、真っ黒に染まった水の中であずにゃんと2人。
プールの底が見えなくて、自分の足元もよくわからなくてフラフラする。
水面で月の光が反射して、まるで月が2つあるように見えてた。
「スリルでエキサイティングですか?」
あずにゃんがイジワルっぽく聞いてきた。
「もちろん、スリルでエキサイティングな気分だよ」
ワルだよ、ワル。
「だって、忍び込んじゃってますもんね」
浮き輪をプカプカしながらクスクスと笑いあった。
-
昼のうちにあたためられたのか、水温はちょうどいい温かさでそんなに冷たいと思わなかった。
「そんな熱を持つのはダメだよ」
とさとすように、
ほてった私の体の上を滑っていく。
足を床から離して、水面に寝そべって夜をあおいだ。
耳の中でチャプチャプと音がするけど、それが気持ちよかった。
満点の星空じゃない、月は三日月で満月じゃない。
でもここは夜のプールで私はそこに浮かんでいて、
私にはムギちゃんという彼女がいて、
たしかに好きだと思えるんだけど、
でも今隣にはちょっと気になっちゃってるあずにゃんが私と同じようにプールに浮かんでいて。
とってもスリルでエキサイティングだと私はつくづく思った。
今日のこと、ムギちゃんには言ってなかった。
-
------
クシュン、と隣でくしゃみが聞こえた。
「あずにゃん寒い?」
「いいえ」
「ホントは?」
「......ちょっとだけ」
私は自然をよそおって、あずにゃんと向かい合って、
そのむき出しの両肩を両手で包み込むように触れた。
「ホントだ。ちょっと体冷えちゃってるね」
「あ......はい、あの......」
向き合っているのが恥ずかしいのか、
少し照れ気味のあずにゃんに私はまたときめいた。
そして、そのまま肩を引き寄せて、くちびるをパクっと覆った。
-
驚いたあずにゃんが目を見開き、肩が上がる。
でも、私は上擦ったその手を離しはしなかった。
パシャパシャと私のほてりを咎めるように、
あずにゃんが私に近づいた分だけ周りの水面が慌ただしく揺れて波紋が広がっていく。
「ゆ、唯先輩......」
「......そっか。私、あずにゃんが好きなんだ」
「なんで......」
「......ムギちゃんに言えなくなっちゃった」
ハハ、と笑いがもれた。
弁解まじりに私は言う。
ごめんね、キスをするつもりはなかったのに
あずにゃんは「今日は帰ります」と言い、プールサイドに上がる。
さっきよりもひどく波が立ち、私にぶつかる。
水面で2つの月がユラユラと揺れて形が崩れた。
乱暴に水滴をタオルで拭って、ほとんど濡れたまま服を着て、
サッサと1人でホントに帰ってしまった。
-
私はあずにゃんのいなくなったプールの中でまだ1人でいた。
なんだかイヤになって、浮き輪を取って、プールに倒れこんだ。
無抵抗に沈んでいく、体。
シュワシュワと小さな泡たちが下から上へと上がっていく。
プールの底に横たえて、目を開いた。
なにも見えないかと思ったけど、目の前では水の模様が月の明かりに照らされてユラユラと揺れていた。
-
そこで月は1つしか見えなかった。
あぁ、気になっちゃってるだなんて、簡単な気持ちなんかじゃなかったな
キスなんてするんじゃなかった
ムギちゃんに別れ話をしなきゃいけない。
耳元でイタズラなあずにゃんの声がした。
-
ワルだよ、ワル
そうつぶやくと、呼吸が一気に苦しくなった。
-
case 1 唯→梓『言えないワガママ』
終わり。
これで唯「ときめくサクサク」は終わりです。
読んでくれた方、コメントをくれた方
本当にありがとうございました。
-
乙
キャラはアレだけどSSとしては良かった
"
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