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LIFE
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泣き腫らした夜を数えて、ぼく達は生きてゆく。
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クマのぬいぐるみが、燃えていた。
それをこの目で見たわけではないけれど、ぼくにはその場面を想像することは容易だった。
大量の廃棄物に埋もれ、蛆に、羽虫に纏わり付かれ、暗がりに放り込まれた末に、彼はその身を焼かれている。
糸で申し訳程度に繋がった両目と顔が、足場となっているゴミの焼失によって絶え間なく揺れる。
涙を流すことすら許されずに、叫びを上げることすら許されずに、彼は、自分が終わる瞬間を静かに待ち続けている。
ぼくと同じだなと、思った。
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o川*゚ー゚)o
瞬きを、数回。
うっすらと汗ばんだ額を拭うと、指先に不快な滑り気が残った。
焼かれる彼を夢想すると、決まってこのように嫌な汗をかく。
彼だけではない。
ぼくが小学二年生の頃、気に入って頻繁に来ていたウサギのプリントつきのTシャツ。
リンリン(昔放送されていた児童向けアニメの主人公)が描かれたマグカップ。
父兄参観の日、父に送った似顔絵。
彼は、彼女らは、唐突にぼくの意識の中の、ぼくの理性が介入しづらい領域に入り込んでは、何を言うでもなく恨めしそうにぼくを見る。
自身が破壊される瞬間まで、何も、言わず。
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ミセ*゚ー゚)リ「どうしたの?」
o川*゚ー゚)o「……べつに」
ミセリは、チキンナゲットをバーベキューソースに沈めながら、ずい、とこちらに向かって身を乗り出してきた。
そうして、媚びたような上目遣いで、ぼくの目をじっと見つめるのだ。
明るく染め、完璧な角度で流した前髪に睫毛が届くのではないかと思った。
ミセ*゚ー゚)リ「ふぅん」
ミセリは何度か瞬きをして、再び背もたれに身を預けた。
ミセ*゚ー゚)リ「なんか、具合悪そうだったからさ」
o川*゚ー゚)o「べつに」
ミセ*゚ー゚)リ「だよね」
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ぼくが"べつに"と言うのは、それ以上深入りするなという意思表示だ。
それは人と関わるのが嫌だとか、自分の事を知られたくないだとか、そんな痛々しい自己確立ではなくて、単にぼくが、自分の内なる声をアウトプットする際に、適切な言葉を持ち合わせていないから。
多分、ぼくのような人のことを、世間では"コミュ障"と呼ぶのだろう。
考えたってこの十六年間そのようにして生きてきたのだから、今更どうすることも出来ない。
だからぼくはこうして、その暗黙の意思表示を汲んでくれる唯一の友人であるミセリと、最近の女子高生のように振る舞っている。
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ミセ*゚ー゚)リ「ピアス増やしたんだ」
言われて、ぼくは反射的に右耳に触れた。
トラガスのスタッドピアスが、指先をほんの少しだけ冷やした。
o川*゚ー゚)o「えへへ、似合う?」
ミセ*´ー`)リ「ぜんぜん」
o川*゚〜゚)o「むう」
どうやら不評らしい。
しかしそれは予想出来た答えだった。
ぼくがピアスを増やして、ミセリが良い顔をしたことなど一度も無いから。
ミセ*゚ー゚)リ「キューはさぁ。折角清楚系で可愛いのに、何でそんな痛々しいくらいピアス開けるかなぁ」
o川*゚ー゚)o「ミセリだって開いてるじゃん」
ミセ*゚ー゚)リ「私は所詮養殖だから」
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o川*゚ー゚)o「養殖」
ミセ*゚〜゚)リ「そ、養殖」
その言葉が、彼女を表すのに適切なものではないことが、このよくわからない"引っかかりのようなもの"を生み出している理由なのだろうか。
o川*゚ー゚)o「ぼくは?」
ミセ*゚ぺ)リ「テンネン」
ミセリはそう言うと、悪戯っぽく口をへの字にして、肩を竦めてみせた。
それが可笑しくて、自然とシニカルな笑いが漏れた。
このやり取りの終着点が何処なのか、どのようにして言葉を交わしたいのかすらも分からないまま、ぼく達は何処かで誰かがしていた会話の模倣のようなものを、とりとめもなく繰り広げている。
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ミセ*゚〜゚)リ「また検査に引っ掛かるんじゃないの」
o川*゚ー゚)o「なんとかなるでしょ」
ミセ*゚〜゚)リ「そう言ってなんとかなったことは?」
o川*゚ー゚)o「無いね」
ミセ*゚〜゚)リ「だよね」
o川*゚ー゚)o「ねぇミセリ」
ミセ*゚〜゚)リ「うん」
o川*゚ー゚)o「食べながら喋るのやめよ?」
ミセ*゚〜゚)リ
ミセ*゚ぺ)リ ごくり
ミセ*゚ー゚)リ「ん」
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ファストフード店の時計から、午後六時を知らせるメロディが鳴り響く。
そろそろ帰らないと――――
門限なんて無いのに、咎める者なんて居ないのに、そう思った。
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夕飯を食べる気にはなれなかったので、ぼくは家に帰るなりそそくさと自室に籠もった。
やることが無くて、なんとなくペンを握って机に向かうと、ぼくは自分でも気付かないうちに明日の授業の予習を始めていた。
確か昨日も同じように予習をしていた気がするし、土日の両方を使ってそこまで詰め込まなくてもいいと思うけれど、身体に刷り込まれた習慣が、ぼくを優等生に仕立て上げるのだ。
自分で選んだ行動が、自分の意思が反映されていないように思えて、ぼくはこのまま何処へ向かうのだろう、と、方程式を解く手作業をこなしながらぼんやりと考える。
もしかしたら、何処にも行けないのかもしれない。
或いは、漠然と胸に巣食うこの蟠りは、既に袋小路で立ち竦んでいるから生まれるものなのかもしれない。
ピアスを右耳に空いた無数のピアスを指でなぞって、ぼくは、音を立てて唾を飲んだ。
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シャワーを浴びてすぐに寝てしまったらしい。
朝起きて鏡を見るなり、ぼくは就寝前の自分を呪った。
根性曲がりな髪の毛を強引に櫛で梳き、スプレーを振りかけて毛先を散らし、後ろで一つに結わえる。
十秒ほど鏡を見つめて、ぼくはなんとなく頬を膨らませてみる。
o川*゚〜゚)o
まぁ、いいだろう。
リビングに近付くにつれて、朝食の良い匂いが強くなる。
それを素通りしようとすると、母に呼び止められた。
食べないの? と言うから、ダイエット中だと返した。
母は眉間に皺を寄せたが、それ以上何も言わなかった。
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ミセ*´ー`)リ「おはよ」
眠そうに欠伸を漏らしながら、ミセリは自販機に小銭を滑り込ませる。
いつも買っているペットボトルの紅茶が、取り出し口の奥に引っかかっているらしい。
ミセリは腰を浮かせたまま、覗き込むように上体を下ろした。
それとほぼ同時に、後ろを通り過ぎた自転車が、口笛の音色を落としていった。
o川*゚ー゚)o「パンツ見えてるよ」
ミセ*´ー`)リ「さいあく」
これだから男は――
猫(犬?)も食わないような愚痴を、教室に辿り着くまで聞かされて、ぼくはうんざりしていた。
ありがたく思え、などとは到底考えられないけれど、"そういう"目で見られなくなったら、ぼく達はおしまいなんだなと、思った。
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例えばぼく達の身体がおじさまにとっては数万円を払うだけの価値があるように、例えばぼく達の媚びが冴えない人の一日の、清涼剤になるように。
例えば――――
( ・∀・)「素直キュートいる?」
ミセ*゚o゚)リ
o川*゚ー゚)o
( ・∀・)「いるじゃん。今時間ある? 十分も取らせないからさ」
男にとって、ぼく達を所有することが優越感に繋がるように。
o川*^ー^)o「え〜? なんですかモラ先輩。ホームルーム始まっちゃいますよお」
そんな下卑た達成感のようなものを自覚した瞬間に、ぼくは自分が生きているということを初めて認識する。
上唇を舐めて、ぼくはモララーの手をさり気なく握った。掌が、薄っすらと湿っていた。
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( ・∀・)「付き合ってよ」
浮わついた言葉の装飾など必要ないと言わんばかりに、モララーは短く言い放った。
屋上に続く階段の踊り場。
ぼくと、彼は二人きりで、茶番を繰り広げようとしている。
o川;゚ー゚)o「うぅん……」
応じてやるつもりなど微塵も無いけれど、ぼくは困ったような表情を自分の顔に貼り付けて、モララーから目を逸らした。
( ・∀・)「いいじゃん。彼氏いないんでしょ?」
ずい、と詰め寄ってきて、ぼくを壁に押しやる彼が何をしたいのか。
手に取るように分かるけれど、嫌悪感は湧かない。
それが滲み出ていたとしても仕方のないことだと思うし、多少強引になろうとも、ここまで来てしまっては引き下がりにくいものなのだろう。
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モララーの薄い唇が、ぼくの唇に重なろうとする。
ぼくはそれを、既のところで首を振って躱した。
( ・∀・)「嫌なの?」
澄ました顔を取り繕いながらも、苛立ちは透けて見えていた。
o川;゚ー゚)o「私、付き合うとかよく分からなくて」
常套句のような煮え切らない言葉。
きっと、モララー自身も過去に言われたことがあるのだろう。
言葉を捻り出そうとする過程、漏れた彼の息が、ぼくの額をくすぐった。
彼の目は、ぼくの目を見ていなかった。
彼のズボンのファスナーを下ろし、その中に指を滑らせる。
するとたちまち、モララーは頬を醜く歪ませた。
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o川* ー )o「付き合うとか、よく分からないんですよね」
熱を持って、ぼくの手の中で滾る棒を、ほんの少しだけ力を込めて、握る。
脈打つその鼓動は、ぼくの手首の辺りに伝わって、たちまち掌の中に収まらなくなった。
( ・∀・)「そっち系の人? だったら話が早いや」
冷たい壁と、熱を孕んだ彼の身体に挟まれて、ぼくは目を閉じた。
彼の指先が、ぼくの右耳を、舐りつくように愛撫する。
頸から腰までを、氷が通り抜けたような気がして、ぼくは身震いした。
モララーの吐息が一層荒くなった。
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二度、中に出された。
行為自体に、快楽も不快感も無かった。
彼の好きなようにされる自分を、ぼくは、右肩辺りから静かに見下ろしていた。
( ・∀・)「撮っていい?」
o川*゚ー゚)o「だめ」
( ・∀・)「ちぇっ」
生きている間に、あと何度彼に抱かれるのだろうか。
考えてみるとあまり良い気分にはならなかったから、いっそのことどうにかして強請ってやってもいいかなと思う。
どちらが下衆なのか分からないな、と、ぼくは誰に向けるでもなく、乾いた笑い声を漏らした。
モララーが居ない踊り場に一人。
リノリウムの床に寝転んで、天井を見上げる。
大声を、出したかった。
何故か、そんな風に思った。
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また近々
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ぬいぐるみが、ぼくを見ていた。
燃え盛る火に焼べられたそれは、まるで熱と同化するように、じわじわと溶けていた。
長髪の、女の子を模った人形。
そのモデルがぼくであることは、右耳のピアスを見てすぐに分かった。
o川*゚ー゚)o「熱くないの?」
o川* - )o「平気」
両目があったであろう場所には、窪みが二つ。
くり抜かれた穴は、じっとぼくを見ている。
o川*゚ー゚)o「苦しそう」
o川* - )o「べつに」
o川*゚ー゚)o「ほんとに?」
o川* - )o「べつに」
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苛立っているのだろう。いや、苛立っているに違いない。
"べつに"と口にしたその時が、相手が境界線に触れた瞬間で、ぼくはそれを何よりも嫌うから。
o川*゚ー゚)o「…………」
だから、ぼくは口を閉ざした。
彼女は、ぼくであるにも拘らずぼくを拒んでいて、自分に触れてくれるなと、明確な敵意を示している。
なるほど。なかなかどうして面倒臭い奴だ。
そんな自嘲を口に出したとして、彼女はなんと答えるのだろうか。
火に焼べられたぼくは、燃えて、燃えて、じっと、ぼくを見つめていた。
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o川*゚ー゚)o
ミセ*゚ー゚)リ「おはろー」
目を開けてすぐに同性の谷間が視界に飛び込んでくるのはきついな、と思う。
ミセ*゚ー゚)リ「こうやって揉みしだかれましかあ?」
意地の悪い笑みを浮かべながら、ミセリは自分の胸を出鱈目に揉みしだいて見せた。
頭がやられてしまったのだと言われても、不思議には思わないだろう。
o川*゚ー゚)o「中に出された。二回」
ミセ;゚д゚)リ 「はあ!?」
胸元を大きくはだけさせながら大口を開けて固まる女子高生など、滅多に拝めるものではないだろう。
しかしそれを有難がる気分にはなれなかった。
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ミセリを押しのけて起き上がると、消毒液の匂いがつんと鼻腔を突いた。
このなんとも言えない空気、雰囲気が、ぼくは嫌いではない。
ついつい保健室に入り浸ってしまうから、きっとミセリ以外のクラスメイトにとって、ぼくは蜃気楼のようなものなのだと思う。
ミセ*´ー`)リ「キューはさぁ。もっと自分を大事にしなよ」
老婆心、とでも言うのだろうか。
どう返せばいいのか分からなくて、ぼくは堪らず苦笑いを零した。
ミセ*´ー`)リ「私だってそりゃよくない遊び方をすることもあるけどさぁ。キューのはさ、なんか違うじゃん」
言いたい事はなんとなく分かる。
けれども、それが具体的な力を持った言霊にならないから、ぼくはこうして悪足搔きのような生き方を選んでいるのだ。
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或いは、そんな高尚な自論、思想にすらなれない赤子の地団駄のようなものなのかもしれない。
この、逆巻き畝り続ける汚水のような衝動を、どのように飼い慣らせば良いのだろう。
この汚水を胸の中に湛えているのが、自分だけではないことを、ぼくは知っている。
ぼくだけが苛まれているとしたら、どれだけ楽だっただろうか。
弱者という生温かい依代に身を委ねることが出来たら。
若さという熱に浮かされて、誰もが羨む時代に身を置いて、だからこそぼくは、それでも上手く生きてゆくことが出来ない自分を、ただただ呪う。
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ミセ*゚ー゚)リ「私さ、キューが羨ましい」
それは、鏡の前で前髪を整えるぼくの指を絡め取る鎖のような言葉だった。
ミセ*゚ー゚)リ「頭も良くて、顔も可愛くてさ。だからこうやって保健室でサボっても怒られないし」
客観的視点を以って、ぼくとミセリを比べてみて、きっとその待遇の違いは如実に表れるだろうなと思った。
それ故に湧き出るどす黒い感情も、理解出来ないわけではない。
けれど、その先の彼女の言葉を聞いて、ぼくは何と言えばいいのだろう。
その答えに辿り着けることが。或いは、その答えを強いる事が出来る者が、難解な英文読解をこなせる者を踏みつける事が出来るのかもしれない。
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それが出来ないから、ぼくはこんなに生きづらいのだ。
自分が正しいと、周りの稚拙な言動にはほとほと呆れたと、斜に構える事が出来ないから。
ミセリの言葉をただ受け止めて、下唇を噛んでいる。
ミセ*゚ー゚)リ「なのにあんたってさ。ちっとも楽しそうじゃないよね」
べつに、と、溢れかけた声を飲み下して、ぼくは鏡の中で眉を下げる自分に、可愛くないと胸の中で吐き捨てた。
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英文の訳し方が解らないという子に、軽く読み方を教えた。
同じ質問をする子が三人もいたので、最後の一人ともなると多少投げやりになっていた気がする。
髪型を褒められた。媚びたような笑みが煩わしかった。
ぼくなんかよりもよっぽど上手く生きているというのに、そんな彼女らがぼくの何を見て媚びているのだろう。
o川*゚ー゚)o「あちゃ〜」
早々と荷物を纏めて下駄箱に降り、ローファーに履き替えた。
校舎から一歩外に出ると、雨の匂いがぼくの足を止めた。
ミセ*゚ー゚)リ「傘持ってきてないの?」
o川;゚ー゚)o「うん」
午前中のあの問答から、多少気まずくなるかと思ったがそれは杞憂で、ミセリはいつもの調子でぼくの腰を叩いておどけて見せた。
ミセ*´ー`)リ「あんたって勉強とかはきっちりしてるけどそういうとこドジだよね。私のに入る? 折り畳みだけど」
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右肩だけが雨に打たれて、ぴたりと肌に張り付いたブラウスが、ぼくの生温かさを認識させる。
ぼく達の鞄は相合傘の中央で擦れ合い、ぶら下がった二匹のクマが首の鈴を鳴らす。
ミセ*´ー`)リ「狭すぎ」
o川;゚ー゚)o「ごめん……」
ミセ*´ー`)リ「いや、いいけどさ」
雨音の中を掻き分けて進むぼく達に冗長な会話を楽しむ余裕は無くて、かき消されそうな短い言葉のやり取りで、辛うじて互いを認識している。
互いに、という表現は不適切なのかもしれないけれど――
少なくともぼくはそのように思ったし、雨が、雨音が、ぼくを跡形もなく洗い流してしまいそうな感覚が、ぼくだけのものだとは思いたくなかった。
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息苦しくて、気付くとぼくは肩で息をしていた。
呼吸が覚束なくて、歩幅を保つことに注力しなければ、ミセリに置いていかれそうだ。
ミセ*´ー`)リ「きゅ〜〜〜〜〜。あんた何をしてんのよ」
助けを求めるように袖から伸ばした指先が暫く泳いで、ミセリのブラウスの弛みを掴んでいた。
ミセ*´ー`)リ「引っ張るなってば」
雨音が、この地球の全てを遮って、ぼくの世界には、ぼくと、ミセリの二人だけで。
だから、置いていかないでほしい。
そんな風に縋り付いたら、ミセリは笑うだろうか。
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o川* - )o
自分が何をしたいのか分からなくて、それでも、どうとも思っていない男に抱かれて、好きなようにされてもいいなどと思えないことは確かなのに。
ミセ*´ー`)リ「きゅー?」
ぼくはどうしてこうなのだろう。
我ながら、面倒臭い女だと思う。
今すぐミセリの腰に腕を回し、その胸に顔を埋め、言葉にすらならない呪詛のようなものを吐き散らし、懺悔したかった。
ミセ*´ー`)リ「泣いてるの?」
o川* - )o「べつに」
指先に力が入る。
ぼくは俯いて、四本の足が辿々しく雨音を掻き分けるのを、見下ろす。
そうやって前に進む自分の足すら、ぼくを置いて行こうとしているみたいだった。
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また近々
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乙
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例えば散り際の花を美しいと思えるように。
大仰に飾り立てた希死念慮のような衝動を崇拝することが出来たら。
o川*゚ー゚)o「なんて」
塗り固めようとしたチープなメッキは、鼻で笑うとすぐに剥がれて消し飛んだ。
ぼくは手首に押し当てた剃刀をくるりと回して、鏡とにらめっこをしながら顔の産毛を処理し始める。
ママが下の階から呼んでいた。
きっと早く夕飯を済ませろと言われるだろうから、ぼくは手短に産毛の処理を終えてベッドに潜り込むことにした。
そう言えば、最後にママと三分以上会話が続いたのはいつだろうか。
嫌っているわけでもないのに、不思議だなと思った。
或いは、ぼくの方がママに嫌われてるのかもしれない。
本気でそう思ったわけではないけれど、不意に頭を過ぎったその言葉に、ぼくは乾いた笑いを零した。
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o川*゚ー゚)o「今の時期が一番暑いよね」
ミセっー‐)リ 「ん〜〜〜〜〜〜」
放課後、真っ直ぐ帰る気にはなれなくて、だからといって帰り道に何処かに寄るほどお金に余裕は無くて、ぼくらは学校の中庭の、一番大きな木の幹に揃って寄りかかっていた。
スカート越しに伝わる草っぱの感触がむず痒いけれど、不思議とこうして足を伸ばしていると落ち着く。
中庭からグラウンドまでの視界を塞ぐものは無くて、ぼんやりと野球部の練習風景を眺める。
暑さにやられて唸っているミセリの頬を手の甲で撫でると、鬱陶しそうにそっぽを向かれた。
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ミセ*´ー`)リ「んああ〜〜ちぃ。残暑厳し過ぎるって」
o川*゚ー゚)o「ベスト脱いだら?」
ミセ*´ー`)リ「やだ。ださいもん」
o川*゚ー゚)o「季節感皆無だね」
ミセ*´ー`)リ「チョコたべたい」
o川*゚ー゚)o「あーん」
ミセ*´○`)リ「あーーー」
ミセ*´ー`)リ ぱく
ミセ*´〜`)リ「むぐむぐ」
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o川*゚ー゚)o「美味しい?」
ミセ*´〜`)リ「おいちい」
o川*゚ー゚)o「一個三十円」
ミセ*゚ぺ)リ「けち」
o川*゚ー゚)o「お金ないもん」
ミセ*´ー`)リ「私も」
o川*゚ー゚)o「バイトは?」
ミセ*´ー`)リ「続けてるけど……給料日前だし」
o川*゚ー゚)o「お金欲しいね」
ミセ*´ー`)リ「う〜〜ん」
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ミセ*´ー`)リ「ねえねえ」
o川*゚ー゚)o「ん?」
ミセ*´ー`)リ「きゅーさぁ。バイトする気ない?」
o川*゚ー゚)o「ミセリのとこ?」
ミセ*´ー`)リ「ん」
o川*゚ー゚)o「ん〜〜〜成績悪くなりそう」
ミセ*´ー`)リ「私が成績悪いみたいな言い方やめなさい」
o川*゚ー゚)o「定期考査の順位何番だった?」
ミセ*´ー`)リ「百五十位」
o川*゚ー゚)o「……普通だね」
ミセ*´ー`)リ「ふつう」
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生きながらにして死んでいる。
無気力に生きる若者や、生き甲斐を忘れて擦り切れた大人を揶揄する時、そのような表現をしばしば目にする。
ぼくはどうなのだろう――
そのように、出口のない迷宮に自ら足を踏み入れてみる。
将来やりたいことなど何も無いし、今、己の全てを注ぎ込むほど夢中になれるものも無いけれど、ぼくは、まだ生きているのだと思う。
ただ息をしているだけなのに漠然とした生き辛さが確かにあって、それを疎ましく思い、足掻いているぼくは、どこかで何かが変わるのでないかと期待しているし、同時に、行き着く先を朧げに夢想して絶望している。
o川* - )o
ぼくは脇腹からはみ出た綿を撒き散らしながら、くるくるとアスファルトの上を舞っていた。
窪んだ両目は空を仰ぎ、目一杯広げた両手がやがて雲を掴もうと真っ直ぐ宙に伸びる。
-
o川*゚ー゚)o「楽しい?」
o川* - )o「楽しくない」
それでも彼女は廻る。
空に届かなければ、翳した手は何も掴めないというのに、その空には絶対に手が届かないということを、彼女は知っているのに。
なのに、どうして――――
o川* - )o「決まってる」
芽生えた疑問を口に出すまでもなく、彼女はぼくの全てを知っていた。
だからそう零して、人形は、足を止めて首を百八十度回し、窪んだ両目をぼくに向けた。
o川* - )o「生きてないと、仲間外れにされるから」
その通りだと、思った。
o川* - )o「何が出来なくても、生きてないといけないんだよ」
必死に踠いて、足掻いて、何も掴めないと分かっていながら、そのようにしなければならない。
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生きていればきっと良いことがあるって。
どれだけみっともなく生きていようが、それでも生きることは尊い。
誰も上手くいく保証なんてしてくれないけれど、それでも歩いてゆくしかない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
大丈夫、大丈夫、大丈夫――――
もう――
o川* - )o「聞き飽きた」
o川;゚ー゚)o「――――っ!」
視界いっぱいにぼくの顔が映り込む。
二つの窪みの中で、暗闇が静かに蠢いている。
糸屑のような黒い虫の群れが這い出してきて、ぼくを見るなり恨めしそうにその身をよじらせているのに、ぼくは、身動きすることすら適わなかった。
-
o川* - )o「はやく気付きなよ。君には何も無いって。君が生きる為に費やされた全てのものが、無駄だったってさ」
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o川"゚ー゚)o
起きて、鏡を見るなり酷い顔だなと思った。
まるで涙袋みたいな濃いくまを擦ると、指先が皮脂でてらてらと光っていた。
o川"゚ー゚)o「死にたい」
そんな筈無いのに、何故か自然と呟いてしまって、粘膜で遮られて上手く通りきらなかったか細い声は、力無く壁にぶつかって反射する。
自分の声を聞いて鳥肌が立ったのは、恐らく今この瞬間が初めてだろう。
何もしたくないけれど、学校を休むと言えば多分ママがあれこれと詮索するだろうし、それを考えると無理を押して登校した方がましだろう。
時計を確認する。午前六時だった。
いつもよりずっと早く目が覚めてしまったようだ。
熱いシャワーを浴びれば、きっと幾分かましになるだろう。
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ミセ*゚ー゚)リ「おはよ」
o川"゚ー゚)o「……おはよ」
少し遅れて返した挨拶。
最近は何をするにしてもこうだ。
ベッドに入ってもなかなか眠れず、ようやっと意識を手放せたかと思うとすぐに目が覚めて、時計を見ると一時間も経っていなかったり。
けれど、あらゆる悩みや蟠りの根源が睡眠不足だと割り切ると、気持ちは少しだけ楽だ。
o川"゚ー゚)o「髪、巻いてる」
ミセ*>ー<)リ「可愛いでしょ?」
o川"゚ー゚)o「えへへ……ミセリは何でも似合うね」
青春が服を着て歩いているような眩しさが、今のぼくには辛い。
そんな胸をちくりと刺すような痛みの直後に滲み出て来るのは、決まって子供染みた被害者面をする自分への、自己嫌悪だ。
-
ミセ*>ー<)リ「…………」
o川"゚ー゚)o「…………」
ミセリはわざとらしい媚びたような笑みを浮かべたまましばらく固まっていて、ぼくをまじまじと見るなり眉を顰めた。
ミセ*゚ー゚)リ「あんた、大丈夫なの?」
頭なら多分大丈夫だと返すと、ミセリはリスみたいに頬を膨らませて、顰めていた眉を吊り上げた。
ミセ*゚ー゚)リ「……顔色悪過ぎだよ。それにあんた、またピアス増やした?」
o川"゚ー゚)o「えへへ、可愛い?」
ミセ*´ー`)リ「…………」
口を真一文字に閉ざして、ミセリは目を伏せた。
ぼくはどうしたら良いのか分からずに、そんな彼女から目を逸らしながら右耳を触る。
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ミセ*゚ー゚)リ「あんた最近なんて呼ばれてるか知ってる?」
o川"゚ー゚)o「…………」
気にしたことも無かったので当然知らない。
それよりも、ぼくのような面白みのない人間を語る際に特別な呼称を用いる人がいるということの方が意外だ。
ミセ*´ー`)リ「ピアス女」
壊滅的なセンスに、ぼくは思わず噴き出してしまった。
けれどミセリにとってはちっとも面白くないようで、むくれた頬は萎んでくれない。
だって仕方ないじゃないか。
自分を知られたくないわけでもないのに自分を見せることが出来ないぼくに、それ以外の呼称など付けようがないのだ。
ミセ*´ー`)リ「も〜〜〜〜〜〜」
腹立たないの? と聞かれたから、ぼくはいつものように、べつにと、答えた。
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また近々
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待ってる
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絵に描いたようなメンヘラだなぁ……
おつ
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1レス目から臭くて困る
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教室に入って、少しだけ立ち止まってみた。
クラスメイトの何人かはぼくの方を見て、わざとらしく小声で何か話し始めた。
そういう反応を見せたのは全員女の子で、男の子の視線にも言いようのない違和感があったが、その正体について考えても恐らくぼくには分からないだろう。
なるほど――
どうやらこの空間は、ぼくに対してそれほど歓迎的ではなかったらしい。
その理由について確信めいた心当たりは無いけれど、取り敢えず、努めて分かったふりを心掛けるようにする。
席に着いて提出課題の整理をしていると、前の方の席から一際高い笑い声が聞こえた。
ミセ*゚ー゚)リ「やばすぎでしょ。それでそれで?」
距離にして、五メートルにも満たない隔たりが、途轍もなく大きい。
隣の男の子はシャーペンの芯が詰まったのか頻りにノックしていて、その音だけが、やけに鮮明だ。
一瞬だけ目が合ったけれど、彼は、ぼくの右耳を見るなりぎょっとして目を逸らした。
-
( ・∀・)「キュートいる?」
昼休みに入ってから十分ほど。
それはぼくが登校途中で買った菓子パンの袋を開くのとほぼ同時で、あまりのタイミングの悪さに、舌打ちをしてしまった。
ミセリが石を丸呑みした蛙のような表情を貼り付けて、固唾を飲んでいる。
o川"゚ー゚)o「……はい?」
一ヶ月前にも同じようなことがあったのを思い出した。
あの時と違う事は、この教室の中で冬服に衣替えしているのがぼくだけで、態々仰々しい声を出さずとも彼がぼくを見つけるのは容易だということ。
( ・∀・)「メシまだだったんだ。悪いね」
ずかずかと教室に入ってくるなり、モララーは図々しくぼくの隣の席に座り込んだ。
席の主は、先程授業内容の質問をしに職員室へ向かったばかりだ。
はやく帰ってきてくれと、切に願った。
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o川"゚ー゚)o「どうかしたんですか?」
( ・∀・)「別にどうもしないよ。暇かなって」
澄ました顔で真っ赤な嘘を吐くものだから、苛立ちを通り越して逆に笑えてくる。
モララーにぶつけたい感情など微塵も無いし、あの時の気紛れについて今更とやかく言う気も無いけれど。
ミセ;´ー`)リ
ぼくは今、ミセリにどんな風に思われているのだろうか。
それを考えてしまったから、なんでもない心が途端に騒つく。
それは潮騒や風の揺らめきのような、生易しいものではなくて、もっと悍ましく、浅ましい何か。
-
o川* - )o
人形が笑う――――
o川"゚ー゚)o
ぼくは――――
ぼくは、ぼくは――――
.
-
( ・∀・)「キュート?」
o川" - )o
( ・∀・)「えっ、泣いてんの? は?」
顔を上げたくなかった。
何も悲しくなんてないのに、こんな風に泣いてしまうぼくを、誰よりもぼく自身が許せなかった。
モララーがぼくの顔を覗き込もうとしているのが分かる。
とても恥ずかしいことで、どんな陵辱よりも耐え難いことだけれど、それを、喧しい騒音が搔き消した。
ミセ*゚ー゚)リ「出てってください」
( ・∀・)「は?」
ミセ#゚ -゚)リ「出てけってば!!」
俯いた視界の端で、椅子が持ち上げられるのが見えた。
そこから先の光景を見ることが出来ない。
重々しく、教室中に木霊する鈍い音。
それに遅れて聞こえる複数の悲鳴。モララーの呻き声。
-
全てを切り離してしまいたい。
ぼくは自分でも気付かぬうちに、両手で耳を抑えていた。
轟々と、自分の血が通う音が聞こえる。
それすらも煩わしくて、それを掻き消すように、ぼくはひたすら大きな声を上げた。
ありったけを込めて、音が、自分を脅かす何かが消え去るのを願って、汚い言葉を吐いた。
出鱈目に叫び散らした。
ぼくは泣いていた。
ぼくは、自分がどういう時に声を上げて泣くのかを知った。
.
-
犯罪者として事情聴取をされる時、こんな気分になるのだろうか。
ぼくは狭い生徒指導室で、支離滅裂な言葉を途切れ途切れに零した。
先生はぼくが言葉を誤る度に深い溜息を漏らして、頭を掻いていた。
一頻りの事情を把握出来たのだろう。
今日は帰ってゆっくり休みなさいとだけ告げて、先生は部屋を後にした。
パパも、ママも、今のところは連絡が付かなかったようだが、いずれ今日のことを知るだろう。
ミセリはぼくとモララーの事情を知っている。
彼女は、どのように話したのだろうか。
例え彼女に洗いざらいを暴露されたとしても、恨む気は無い。
一言、謝りたかった。
ミセリの声が聞きたかった。
-
その日の夜、ミセリに連絡をしてみる。
どんなやり取りから入ればよいのか分からなくて、しどろもどろになっていた。
そんな矢先に――
「ねえ、今出れる?」
心臓が跳ね上がった。
少しだけ迷って、ぼくはそれを承諾した。
ミセリは今から支度すると言って通話を切った。
o川*゚ー゚)o「……はぁ」
シャワーを浴びると、目のくまは幾分かましになっていたので、ぼくは取り敢えず安堵する。
ミセリに会って、ぼくは謝ろうと思っている。
けれど、一体何を? ぼく自身、彼女に負い目を感じているのは明らかなのだけれど、その正体は理解出来そうで出来ずにいて、予行練習の如く呟こうとした言葉は、悉く喉に引っかかって潰された。
-
.
-
ミセ*´ー`)リ「いや〜〜〜まいったね〜〜〜」
o川*゚ー゚)o「…………」
ミセ*´ー`)リ「停学一週間だって。先生達言ってた。ここ三年間、停学者なんて出なかったって」
喉の奥に鉛が入っているのだろうか。
飲み込むことも、吐き出すことも出来ず、ぼくは何かに助けを求めるように、視線を泳がせる。
公園を吹き抜ける風は少し肌寒いけれど心地良くて、それでも、胸だけが焼けるように熱いのが、苦しい。
ミセ*゚ー゚)リ「あ、コーヒー買ってきたけど飲む? あんたブラックだったよね」
o川*゚ー゚)o「…………」
言葉を捻り出そうとしても上手くいかないので、ぼくは深く頷いた。
髪の毛が肩にかかるその重たさすら、今のぼくには耐え難い。
-
ベンチに二人腰掛けて、ぼく達は、街灯の光が揺らぐのと同じように、曖昧な、己の存在のようなものを確かめ合う。
ミセリにとってこの時間がどのように経過してるのかは分からないけれど、少なくともぼくは、そのように思った。
缶コーヒーのプルタブを開けて、一口だけ飲む。
苦くて、吐き出してしまいたくなるのを堪えて液体を飲み下した。
いつだったかは覚えていないけれど、二人で一緒にテスト勉強をしている時にブラックコーヒーを飲んだことがあった。
その時は連続の徹夜で朦朧としていたので、眠気覚しの為の薬と思ってコーヒーを飲んでいたけれど、本来コーヒーは好きではない。
それでも、そんな些細なことでもミセリが覚えてくれていたことが、嬉しかった。
両手で噛み締めるように缶を握り、隣の肩に身を委ねると、喉の鉛がじわりと溶けてゆく気がした。
-
o川*゚ー゚)o「ごめんね、ミセリ」
ミセ*´ー`)リ「言うと思った〜〜。やめてよね」
軽く戯けて、ミセリはカフェオレの缶を頬に押し当ててきた。
熱を持った頬に、それは溶け込んでゆくみたいで、ぼくは、目を瞑ってそれを受け入れる。
ミセ*゚ー゚)リ「ほんっとムカつくよねあいつ」
缶を傍に置いて、更に深く、身を委ねて、ぼくはいつしかミセリの半身に抱き付くように、寄り掛かっていた。
ミセ*゚ー゚)リ「彼氏でもないくせに、きゅーのこと馴れ馴れしくキュートだなんて呼んじゃってさ。あんなの一回引っ叩くしかないでしょ」
涙は流れないけれど、泥のようなものがどっと吹きこぼれてゆくような気がした。
どうして、どうしてこの子はこんなにも強いのだろう。
ぼくはどうして、この子のようになれないのだろう。
-
ミセ*´ー`)リ「また泣いてんの?」
川う-∩)「泣いてない」
ミセ*^ー^)リ「……そうだね」
本当に泣いていない。泣いてない。
ぼくは、泣いていない。
思えば思うほど、この涙のようなものは止め処なく溢れ出てきて、ぼくには、止め方が分からなかった。
川う-∩)「ぼくね、なんかよく分からなくて」
ぼくの意志とは無関係に漏れる言葉を、堪えようとすればするほど、情動は際限無く高まって、ぼくは、よく分からない何かになってしまうのではないかと、怖かった。
川う-∩)「もう、なんか分かんないの。なんにもないのに悲しくなったりして、きっと頭がおかしいんだなって思う」
-
ミセ*^ー^)リ「大丈夫、大丈夫」
それは何度も聞いて、何度も言い聞かせた言葉で、それを否定することなんて簡単なのに、ぼくはそれでも、その言葉に温かさを感じてしまうのだ。
ぼく自身すら捉えきれてないこの漠然とした寂寥感を、ミセリが共有出来る筈なんてないのに。
一握の砂に縋り付くように、馬鹿げた話なのかもしれない。
川う-;)o「おかしいよね」
けれど、みっともなく砂を噛むことでしか生きられないのだから――
ぼくは――
.
-
ミセ*゚ー゚)リ「きゅーはさ、きっちりし過ぎなんだよ。きっと」
川う-;)o
ミセ*゚ー゚)リ「ああじゃなきゃ、こうじゃなきゃ、てさ。お手本みたいな自分しか認めたくないんじゃないかなって」
きっと、悪意など微塵も無いのだろう。
けれどその言葉はぼくにとってただ痛くて、そんな大層なものじゃないんだと、ぼくは、ミセリの中の自分を恨めしく思った。
ミセ*゚ー゚)リ「皆と同じように、出来ないんだったらどうなってもいいやってさ。全然違ってたら恥ずかしいね。へへ……」
川う-;)o「…………」
-
ミセ*゚ー゚)リ「どうなんだろうね。分かんないなぁ、ほんとに。でもそんなものなのかな?」
川う-;)o「そんなもの?」
ミセ*゚ー゚)リ「ん」
含みのある頷きと同時に、ミセリがぼくの方に向き直るから、一人で生きることもままならないぼくは、そのまま彼女の胸に、救いを求める。
パーカー越しに、頬に伝わる温もりは、最初からそこにあるべきものなのだと思ってしまうくらいに、真っ直ぐ染み込んだ。
ミセ*´ー`)リ「きゅーからしたらどういう風に見えてるのか知らないけど、私もケッコー色々悩んだりするんだよ」
o川* - )o「…………」
ミセ*´ー`)リ「将来やりたいことなんてないのに取り敢えず皆頑張れ頑張れってさ。きっと私の甘えなんだろうけど、頑張り方もよく分からないし」
-
甘えなどとは思わなかった。
自分の進むべき道を決めるには、ぼく達はあまりにものを知らなすぎるから。
どうすればより良くなるか、どうすれば近付けるか。
きっと手段は、指先でスマートフォンをなぞるだけで知ることが出来るのだろう。
けれど、そのように自分の心を燃やす術を知らなくて、でもその手段に真新しい冴えたやり方なんて無くて、ぼく達は何処かの誰かの模倣を続けてゆく。
何が出来るか、ではなくて、何故そうするか。
ぼく達には根底というものがすっぽりと抜け落ちてしまっていて、だから――
ミセ*´ー`)リ「なんて、アホくさいよね」
o川* - )))o ふるふる
胸に顔を埋めたまま、ぼくは大きく首を振った。
自分の葛藤を特別扱いして、ひとりぼっちになりたくなかったから。
-
o川* - )o「ミセリは」
ミセ*゚ー゚)リ「んー?」
o川* - )o「強い子だよね」
ミセ*^ー^)リ「へへ……きゅーもね」
o川* - )o「……?」
ミセ*゚ー゚)リ「自分でもよく分からないものに、そんなになるまで真っ直ぐ向き合えるんだからさ」
o川* - )o「…………」
ミセ*^ー^)リ「なんて、ね」
-
支援
-
ミセ*゚ー゚)リ「小難しいこと色々考えてるのは、凄く分かるよ。最近のあんた、何してても楽しくなさそうだもん。最近っていうか、最初から?」
ミセ*゚ぺ)リ「こーんな風にいつも上唇噛んで、私が何聞いても"べつに"って」
o川* - )o「ごめん……」
ミセ*^ー^)リ「気にしなくてよろしい」
o川* - )o「……うん」
ミセ;^ー^)リ「へへ……」
o川* - )o「…………」
ミセ*゚ー゚)リ「いつだったか、私がきゅーのこと羨ましいって言ったの、覚えてる?」
川う-∩) ごしごし
o川;゚ー゚)o「ん……」
-
ミセ*´ー`)リ「あの時はごめんね。ムカつくこと言っちゃって」
o川;゚ー゚)o「……大丈夫」
ミセ*゚ー゚)リ「でもでも、今日きゅーが泣いてるの見て、この子、頑張ってたんだなって思ってさ」
ミセ*´ー`)リ「だから、さ、なんて言えばいいんだろうね」
o川*゚ー゚)o「…………」
ミセ;´ー`)リ「その、ね……」
ミセ;^ー^)リ「私、いるからさ」
o川* - )o「……うん」
-
ありがとう。
.
-
.
-
根本的な解決など、あり得ないのだろう。
或いは、ぼく達がモラトリアムを終えて、社会の一部として組み込まれ、磨耗しきった挙句傍らに追いやられた時、畝り、軋みながら回るとてつもなく大きなものを関係のないところから見上げ、こう思うのかもしれない。
茹だるような、輝かしい時だったと――
けれど、そのようにして悲哀や蟠りを俯瞰出来るようになった頃には、今のぼくというものはすっかり消え失せていて、残滓であるぼくは、彼女と同じ目線で向き合うことが出来ないのだ。
o川* - )o
煌々と燃える炎の中、彼女は佇む。
窪んだ両目は確実にぼくを捉えていて、その口は開かずとも、ぼくに語りかけていた。
o川* - )o「じきに終わる」
手招きをする彼女に背を向け、ぼくはぼく達の未来を夢想する。
o川*゚ー゚)o「すぐ、そっちに行くから」
そして視界は暗転した。
ぼくは、これが夢であることを、知っていた。
-
次か次の次で終わり。また近々。
-
お疲れさま
-
乙乙
-
おつ
なんだか目が離せない
-
ミセリがいない学校は退屈で、持て余した思考はやはりあちらこちらに散ってゆく。
数学の問題演習時間。誰よりも早く解き終えたぼくは、背中を丸めて机に向かう生徒達の列を、灰色の風景を、ぼんやりと眺めていた。
やがて先生と目が合うと、彼は不穏な面持ちでぼくをじっとりと見てきた。
先日の件があるからか、どう接したらよいのか分からない。
といった印象だろう。それは、彼に限らずぼくと関係がある教職員全員から感じた。
思い返すと途端に居心地が悪くなって、ぼくは窓から晴れ空を眺める。
ほんの少しだけ、雲達がいつもより早足な気がした。
-
昼休みに入った途端、生気すら感じられなかったクラスメイト達は、一斉に息を吹き返す。
世界に色が無ければ不満を垂れ流すのに、そうじゃなければ居心地の悪さを嘆くのだ。
きっとどこにもありはしない、ぼくにとって都合の良い世界を、夢想する。
数年前は、二年前は、一年前は、そんな幻影が鮮明にイメージ出来ていたのに。
.
-
逃げ出して、辿り着いた場所は屋上だった。
風は強い。
ぼくの頭上で、空気は渦を巻くように奔流しているのだろう。
或いは、ぼくの意識など遠く及ばないどこか彼方へ向かって、その身を小さく畳んで突っ切ってゆくのだ。
どちらにしても、ぼくには、両手をめいっぱい広げて彼等を堰き止め、置いていかないでくれと抱き締めることなど出来ないのだから、どうでもいいことだった。
人は寂寥感を覚えた時、きまって自身を取り巻くあらゆる事柄が大きく見え、自分がどうしようもなくちっぽけな存在だと悲観するのだと思う。
きっと今のぼくは、そんなセンチメンタルに身体の半分以上を支配されていて、何をするにもそこには弱々しい感情が付き纏うのだ。
-
お誂え向きな心理状態だな、と、ぼくは胸を撫でた。
ぼくはこれから自分がやろうとしていることを、そして、それによってぼくという人間がどのような変化を遂げるのかを、思い浮かべる。
自分の頭の中を整頓することすらままならなかった。
幾百、幾千もの可能性、と言えば聞こえはいいが、そこには平坦な道があった。針の筵が続く道があった。細く、それでいて岩肌が晒された険しい道があった。
そしてそれらは、当然ではあるのだけれど、冬の始めにかかる霧のように、深い靄に包まれていて、ぼくにはその道々がどこに繋がっているのか分からなかった。
そして――――
ぼくは靄に包まれたその一帯の中で、ぽつりと浮き出るようにして存在を主張する穴に目を向ける。
-
穴は、黒色の絵の具を塗りたくったような、深い闇を湛えていた。
きっと踏み込むまでもなく、ぼくがそこに近付けば、境界の向こう側で息を潜めている何かが手を伸ばして、ぼくを引き摺り込むのだろう。
行き着く先など、推測するまでもなく分かりきっている。肉体的な死だ。
ぼくを取り巻くこれらが、自分の意識を構成する要素の一つでしかないことから、きっとその分かりきった結末を以ってぼくという存在を終わらせるのは、他でもないぼく自身なのだろう。
きっと、その一連の"物語のようなもの"の一部始終に、ぼくの意志が介入する余地は無い。
あんまりな話だと思うけれど、それはもうそういうものなのだから仕方がない。
ぼくに出来ることといえば、せめてどの道を行くにしても、遺恨が残らないよう心を焚き付けることくらいだ。
-
.
-
風に当たり続けることにも飽きた。
雲一つない青空が、照りつける陽光が、ひどく嫌味だ。
上履きを、ソックスを脱ぎ捨て、カーディガンを放り投げ、ぼくの身に纏わりつく何かを振り払う。
幾分かの解放感が、そこにあった。けれど、決して心までもが晴れることは無かった。
うんと深呼吸をする。
何度も、何度も、ここに来る途中、頭の中で予行練習を重ねた。
目を閉じて浮かび上がるそのイメージと同じように、ぼくは一歩一歩を踏みしめる。
日差しにあてられて熱を孕んだ足場が、ぼくの足の裏をじりじりと焼く。
右足が、左足が、熱に触れるたびに、ぼくは自分が生きているのだと実感することが出来た。
-
絶頂の直前のような、得も言われぬ快感に近かった。
しかしぼくが踏み歩くことが出来るのは、屋上の縁、つまり生と死の境界までだ。
大仰な言い方かもしれないけれど、それは紛れもない事実で、そこに辿り着くのはあっという間だった。
一段高くなった縁に足をかけ、すっと真下を覗く。
眉間の辺りを何か鋭いものが突くような感覚があった。
気を抜けばそのまま、ちょうど真下に陣取っている立派なセダン車のボンネットに、引き摺り込まれそうだ。
もう一度、深く息を吸う。
そして、右耳のピアスに触れた。
思えば、ぼくは自分が何をどうしたらよいのか解らなくなった時、このようにして指先でピアスの冷たさを確かめていた気がする。
不思議と笑いが漏れた。
そういう事柄自体が可笑しかったのか、今更になってそれに気付いたことが可笑しかったのか、ぼくには解らない。
-
o川*゚ー゚)o「行くよ」
それは一握りの決意――――
.
-
割れたグラス。
雨が降る。
流された砂。
そこには何も残らなかった。
炎天下。
沸き立つ蛆。
猫の死体。
動悸。
追ってくる。
何か。
猫?
着れなくなったシャツ。
取れなくなったシミ。
柱。
刻まれた傷。
散る花びら。
赤の他人。
見えなくなったもの。
獲得した。
ぼく。
緩やかな坂を。
振り返れない。
ぬいぐるみ。
生きている。
死んで、いる。
かけられなかった言葉。
語られなかった話。
それは――――
輪廻――
.
-
おわり
これでいいのかと思いつつなかなか終わらせられずにいる。難しい。
-
文章上手い羨ましい乙
-
待たせやがって
乙
-
来ると信じてた、待っててよかった
キュートの走馬燈が哀しい
乙
-
多分今日投下。これで最後。間に合わなかったらごめん
-
おっしゃあああ
-
エーテルの海を深く、深く潜る。
それはぼくの瞼の裏で、確かに存在している世界だ。
光が充ち満ちているのに、悲しい気持ちになってくる。清々しいくらいに晴れやかなのに、ぼくは自分を包むものが、深く淀んでしまっていることを、知っていた。
もういい。もういいんだ。
海の底に辿り着こうとした時、ふと漏らした自分の声が、何かを諦めているように思えた。
きっと倒錯してしまっているのだろう。
色んなものがあべこべで、あるいはちぐはぐで、ときに不安になってしまうくらい理路整然としていて――――
死に向かっているのか、生き長らえているのか分からないぼくの頭は、ぼくの理性ではすっかり抑えきれなくなってしまった。
海の底に、指先が触れた。
辛うじて、揺るぎないものとしての威厳を保っていたなにかさえも、その瞬間溶けて無くなってしまった。
-
視界は暗転する。
次に飛び込んできた光景は、ラピスラズリを溶かしたような、煌びやかな青色だった。
背中に、凍りついてしまいそうな深い暗みを感じる。
「高度一〇〇キロメートルから落下するまでの時間が、貴女が歩んできた命です」
無機質な声が聞こえた。
いや、聞こえたというよりも、ぼく自身の頭の中から湧いて出たと言った方が正しいのかもしれない。
轟々と、風を切る音。
これはとある分岐点に至るまでの自由落下。
皮膚の表面から、ぼくはどろどろに溶けてしまって、やがて限りなく小さな点に収束してゆくのだろう。
心臓の真ん中。ぽっかりと空いてしまった穴を埋めるように、ぼくという存在が集う。
青色が白んでゆくのが分かった。
分岐点まで、あと、少し――――
-
o川* - )o「右に進めば、君は死ぬの」
小さな、小さな人形が口を開いた。
小学四年生の時、私の部屋にやってきたソファに背を預け、窪んだ両目でぼくを見ている。
o川* - )o「左に進めば、君は苦しむの」
知っている。
ぼくが今座っている普通教室用椅子が、悲しいくらい冷たいのと同じように。
ぼくは、そのありきたりな冷たさに、時折やりきれない残酷さを見出してしまうのだろう。
o川*゚ー゚)o「左に進むよ」
人形は、知っていたと言わんばかりに深い溜息を吐いた。
彼女の背後にある、二つの鉄扉のうちの一つが、徐ろに開く。
その先に、青白い炎が揺らめいているのが、見えた。
-
o川* - )o「どうして、君はこの扉を開くことが出来るの?」
ぼくは、彼女の言葉の意図を、まるで自分の頭から沸いた思考であるかのように、鮮明に把握することが出来た。
けれどぼくは、彼女の言葉を塞き止めたりはしない。
きっとそうやって、ぼく達は知らず知らずのうちに、違うものになってしまったのだから。
o川* - )o「たった一人の友達だって、君の痛みなんて理解してくれない。パパも、ママも、あの人たちの手の温度なんて、とうに忘れてしまった」
ぼくは、そういうものをすっかり忘れてしまった。けれど、君が、君だけは、覚えている。
ぼくが口に出さなかった言葉。彼女もまた、ぼくと同じように、ぼくの気持ちを知っているのだろう。
o川* - )o「劇的なドラマなんて何一つ無かった! 世界の中心なんて、どこにあるのかも解らない! きっとこれからも……ずっと! ずっと!」
-
待ってたぞ
-
彼女の言葉は怒気を孕んでいた。
ぼくは、怒っていたのだ。ありもしない敵意に対して。
あるいは、いっそ目に映るすべてのものが敵対してくれれば、一思いに彼らを憎むことが出来ただろうに。
どこまでも自分に対して無関心な周囲に腹を立てて、でもそれがあまりに身勝手な憤りであることを、ぼくは一年、一年を、重ねてゆくうちに知ってしまった。
o川* - )o「着られなくなっちゃったよ。リンリンのシャツ」
そう、襟はよれてしまって、取れなくなったシミすらも、すっかりくたびれてしまって、リンリンはそうやって死んでしまった。
誰一人、彼女の死を悔やむ人がいなくて、ぼくは、悔しかった。
固くて、透き通っていて、あの時の私にとっては、それが永遠の存在であるかのように思えたガラスのグラスも、私の手からすり抜けてしまって、粉々に砕け散った。
-
名前すら知らないいつかのお友達。
ぼくたちは、その日だけのお友達だった。
もしかしたら、あの子とずっと仲良しでいられたのかもしれない。
一緒に作った砂場のお城は、夜に降った雨にすっかり流されてしまって、次の日の朝、それを見たぼくは公園に行くことをやめた。
砂のお城と一緒に、ぼくらの繋がりまで流されてしまった。そんな気がしたから。
家の柱に刻まれた傷。ぼくとママがつけたものだ。
一ヶ月後、また一ヶ月後。ぼくの背丈が、傷を追い越しますように。
そんな温かい傷を撫でて、ぼくはあの日と同じように、一五〇センチの傷を刻みつけた。
ママの、ぼくを見る目は、すっかり淀んでしまっていた。
-
炎天下、茹だるような暑さに晒されて、猫はぐったりと倒れ伏していた。
ぼくはあの子を抱きかかえ、そっと日陰に置いた。
誰にもいじめられないように、ひっそりと佇む荒屋の隅に。
そうして、あの子は次の日、死体となっていた。
弔うことなんて出来なかった。あの子を還す為の穴を、掘ることなんて出来なかった。
考えなしなぼくを、あの子は恨んでいるだろうか。その答えを、沸き立つ蛆は知っているのだろうか。
あの子は夢に出てくる。
窪んだ両目をこちらに向けて、耳が溶け落ちてしまいそうなくらい間抜けな鳴き声を上げて。
-
そのたびにぼくは、剥き出しの心臓に舌舐めずりされているような気分になり、たまらず逃げ出すのだ。
何処に? そんなことが分かっていれば、あの子はきっと夢に出てこない。
鳴り止まない、動悸。追いかけてくるのだ。どこまでも、どこまでも。
恨み言一つ吐かずに、そうやってじっとぼくを見つめてる。
ぼくが処女を捨てた時も、あの子は、きっとにゃー、と鳴いていたのだろう。
破瓜の痛みは遠のいて、ぼくは覆いかぶさる彼の向こう側に、ぼくとよく似た煙のようなものを見ていた。
愛してる。
綺麗だよ。
その声は優しくて、気を抜けば、あっという間に沈み込んでしまいそうで――
覆いかぶさる彼の胸に、顔を埋める。背中に回した両手を結び、声にならない声を上げると、彼の熱は一層高まった。
-
私という生き物が、「ぼく」を獲得したのは、思えば必然だったのだろう。
痛い一人称を吐き出した数だけ、一人、また一人と消えてゆく。
そうでもしないと、溶けて消えてしまいそうだったから。
世間には、私がうんざりするくらい溢れかえっていて、右を見ても、左を見ても、私は不貞腐れたような顔で俯き、スマホの画面の上で忙しなく指を動かしている。
そんな彼女らを見て、ぼくは思ってしまう。
皆と何一つ変わらない。何一つ突出していないぼくは、なんて緩やかで、優しい坂を登ってきたのだろう。
-
それなのに、ぼくはここまでの道を歩むだけで、すっかりへとへとになってしまって、何でもない顔をしてる私達に、置いていかれるような気がした。
緩やかな坂を振り返ることは出来ない。
血の滲むようなでこぼこ道だったなら、ぼくはそれを見下ろして、大きな息を吐いて大の字に寝転がるんだろう。
簡単な道を、進む。一歩ずつ、登る。
誰もがぼくの歩幅にけちをつけたりしないけれど、隣に立って、その道の辛さを語り合える人なんて――――
ミセ*´ー`)リ
人なんて――――
ミセ*>ー<)リ
人、なん、て――――
ミセ*^ー^)リ
-
偏執的なくらい、ぼくは自分の目が認識してきたあらゆるものが、風化していくことを恐れていた。
それは、どのような強がりな言葉で誤魔化したところで、否定は出来ないことだ。
ミセ*^ー^)リ
クマのぬいぐるみ。
ぼくはあの子の最期を知らない。
くたびれて、綿を零して、ぼくの手から離れママの手に渡り、野菜の皮や残飯と一緒にゴミ袋の中に追いやられて――その姿が、ぼくが最後に見た彼の姿だ。
ちょうど、ミセリのように微笑んで、ぼくを送り出してくれたとしたら、それは素敵なことなのだろう。
o川* - )o
けれど、その笑顔は都合のいい妄想――
o川* - )o
都合のいい妄想――
o川* - )o「違う」
-
炎が彼女を包み込む。
それでも彼女は身動ぎ一つせずに、まっすぐぼくを見つめている。
o川*゚ー゚)o「じゃあ、君は」
あの時、笑っていたの?
o川* - )o ミセ* )リ
「知らないよ」
o川*゚ー゚)o「そう」
その通り。
その答えを知る時が来るとすれば、きっとぼくという命が、足を止める時。
煌々と、光を帯びて燃え盛る炎の向こう。
ぼくはそこに、一筋の涙を見たような気がした。
-
o川* - )o
きっとぼくは、もう一度ここに来る。
あるいは、行き場の無い怒りや悲しみが、嵐のように降り注ぐ時、きっと彼女は何度でもぼくを呼ぶのだろう。
o川* - )o「待ってる。ずっと、ずっと先で」
解ってる。知ってるよ。
離れていたって、ぼくが忘れてしまったって、君はずっと見てくれる。
o川*^ー^)o
ぼくはいつぶりか分からないくらい久しぶりに、心の底から笑った気がした。
取り返しがつかないくらい、無為の空白で埋め尽くされてしまったこれまでが、痛いくらい愛おしく思えてくる。
「――――――」
その言葉を彼女に伝えることは出来なかった。
燃え盛る炎はやがてぼくの視界を埋め尽くして、ぼくは目を閉じて――
-
あの日、かけられなかった、言葉は、今じゃなくて、ずっと、ずっと、未来の、ぼくから――――
.
-
.
-
目を開けて、辿り着いた場所は屋上だった。
風は強い。
ぼくの頭上で、空気は渦を巻くように奔流しているのだろう。
或いは、ぼくの意識など遠く及ばないどこか彼方へ向かって、その身を小さく畳んで突っ切ってゆくのだ。
どちらにしても、ぼくには、両手をめいっぱい広げて彼等を堰き止め、今まで、ありがとうと、抱き締めることなど出来ないのだから、どうでもいいことだった。
人は寂寥感を覚えた時、きまって自身を取り巻くあらゆる事柄が大きく見え、自分がどうしようもなくちっぽけな存在だと悲観するのだと思う。
けれど今のぼくは、そんなセンチメンタルすらも愛おしく思えて、何をするにもそこにはどこか懐かしいような、温かい感情がついていてくれるのだ。
-
ミセ*゚ー゚)リ「なにしてるの」
怒気を孕んだ声。
振り返らずとも、ぼくはその声の主を知っている。
o川*゚ー゚)o「謹慎じゃなかったの?」
ミセ*゚ー゚)リ「明けたよ。そんなのどうでもいい」
わざとらしく足音を鳴らしながら近付いてきて、ミセリは、あと数歩のところで立ち止まり、鋭い視線をぼくに向ける。
ミセリにぼくの気持ちなんて解るはずがないのに、それでも彼女は、こうしてあからさまに敵愾心すら剥き出しにして、ぼくと話そうとしている。
-
o川*゚ー゚)o「ねえ、ミセリ」
ぼくは弱くて、それを何の恥じらいもなく肯定してしまうほど情けない人間で――
そんなぼくを、よくわからないものを、気味が悪いと一蹴することなく、まっすぐな目を向けてくれるミセリを、一瞬でも、手放そうとしてしまった。
o川*^ー^)o「ミセリも、こっちにおいでよ。風が気持ちいいよ」
未だ解らないクマのぬいぐるみの最後も、ミセリも――
その答えに辿り着くのは、あまりにも険しい道で、でもそれでいて溜息が出るくらい簡単なことなのだ。
ぼくから見たミセリが、今は飾り気のない草っぱのように、透き通っているような気がした。
-
L
I
F
E
.
-
ミセ*´ー`)リ「ねえきゅー。進路どうする? 私A学厳しいって言われてどうしたらいいかさっぱりなんだけど」
o川*゚ー゚)o「H大とかは? 社学だっけ」
ミセ*´ー`)リ「私、もうきゅーと同じとこにする」
o川*゚ー゚)o「K大だよ?」
ミセ*´ー`)リ「がくっ……さらばきゅーちゃん」
o川*゚ー゚)o「ミセリって確か英語は良かったよね。頑張ればまだどうにか……」
ミセ*´ー`)リ「むううううりいいいいい」
-
ミセリはしばらく床でじたばた転がっていた。
読みかけだった小説がもう少しでクライマックスを迎えるので、視線を彼女に向けることはない。
やがてミセリは暴れることにも飽きたのか、大人しくなった。
本の向こう、見えない彼女の首から上。そこから、視線を感じる。
ミセ*゚ー゚)リ「ピアス、つけなくなったよね」
o川*゚ー゚)o「うん」
ミセ*゚ー゚)リ「それに髪の毛もばっさり切っちゃって。でももったいないなあ、きゅーの髪、すっごく綺麗だったから」
o川*゚ー゚)o「……似合ってない?」
ミセ*^ー^)リ「ううん、可愛い」
残り十ページの本を閉じて、ぼくはどんな顔をして。
o川*^ー^)o「私もそう思う」
なーんて、ね。
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きっと別れの時は近い。ともすれば、この一瞬一瞬を、忘れないように噛み締めて、もしかしたらそういう名残惜しさすらも、誰かは青春と呼ぶのだろう。
けれど青春とやらの真っ只中にいる私達にとって、この一瞬は深く、重く、のしかかるようなものではないはずだ。
ありがたみ。都合の良い言葉。モラトリアムすら苦しい心。
きっと振り返れば、薄っぺらい人生が残っている。
やりきれない想いすら置き去りにしたって、彼らはちっとも私を恨んでなんかいない。
私の知らないところに行ってしまった風の行方も知らずに、ちっぽけな道を歩く、どうしようもなくつまらないあてのない旅。
自分すら知り得ぬところで痛んでしまったところから、不意に零れ落ちる涙に、名前をつけるとするならば――――
私だけが、静かに讃えるとするならば――――
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LIFE
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―平坦な人生の歩き方―
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これで「LIFE」はおしまい。本当にお疲れ様でした俺。
色んなことを考えながら書いては消してを繰り返したけども、多分その三分の一も伝わることはないんだろうな、と思うし、まあそれはそれで、小説なんてもんはそういうものでしょう。色んな読み方があればいいし、メンヘラの戯言と一蹴されることもあるのがこういう話。
まあ、本当に一生懸命書いたから愛着湧きまくりなので、少しだけ残しておいてそっといつか削除依頼を出しときます。
あまりうだうだ書き綴ろうとすると、野暮なことを口走りそうなのでこの辺で、機会があったらいつか他の現行スレで。
ばいばーい。
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繊細な感傷と向き合って何度も傷つくこと、それを少し考え直して
自分を責めることを少し休むことで、キュートはようやく自分を愛してくれる人を認めることが
できて、自分を少しでも前に進める人間だと思ってあげることができたんだなって
キュートはこの先たくさん辛い目にあってもがき苦しむことになっても
それでも諦めることを覚えて、それが悪いことでもないと理解できて
弱い自分と向き合いながら、きっと、平凡に、普通に、幸せになってくれるんだろうと
思えるラストで本当に良かった。
存在を確認するための表面的なアイデンティティをかなぐり捨てた
キュートはきちんと自分を伝えられるようになるんだろう。
ありきたりでつまらない、つまり素敵な大人になるんだろう。
忘れてきたたくさんの感傷と幼い自分に久しぶりに向き合えた気がした。
良いものを読ませて貰ったよ
乙!!
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文章が綺麗で、星屑の間をゆったり漂ってるような感覚が味わえました。
すごく良かったです。乙
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乙、面白かった
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よかった乙
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ミセリがいて良かったね
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