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【SS】たとえ事務所のみんなが
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ふと顔を上げる。いつの間にか陽はとうに暮れて、暗がりの中でデスクライトが照らす書類の白さがが眩しい。
P「ああ……これ今日中に終わらないな……」
静まり返った事務所に、俺の独り言が悲しく響く。
誰もいない部屋の中、目の前に積み上げた書類の山だけが声を伴わない返事を俺に返す。
P「ちひろさんにあがってもらったのは失敗だったなぁ、カッコつけるんじゃなかった」
手伝いましょうか、と心配そうに気をつかってくれたちひろさんを帰らせたのは、もう数時間前のことだ。
なんてことないように俺は振る舞って、ちひろさんを説得したが、半分意地を張っていたのも確かだ。いまさら電話でも入れて泣きつくわけにも行かない。自らの発言を恨みながら、書類を押し退けてデスクに突っ伏した。
P「はぁ、小腹が空いたな」
体勢は突っ伏したまま、あごを左腕に乗せて、デスクに散らかった様々なものを眺める。卓上カレンダーの隣に、好物のチョコレートバーのお菓子、スニッカーズが転がっているのを見つけ、右腕を伸ばす。スニッカーズを掴んでから、そのまま背中に力を込めて伸びをした。
うめき声ともあくびとも言えない声が漏れて、全身から力が抜ける。
ふぅ、と息をついてから、包装をひっぺがしてチョコレートバーを頬張る。ヌガーのねっとりした甘さが口の中に広がり、疲れた身体には心地よかった。
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口をもごもごしながら、ふと考える。
思えば、俺が事務所にいるときには、基本的に誰かしらアイドルがいる。そして、こうして事務所で俺がお菓子を食べているときは、必ず食べているものに何かしらの反応をしてくれるのだ。もちろん、今はそれが無い。
……何が言いたいかというと、俺はささやかな解放感のようなものを感じていた。
もちろんアイドル達との普段の関係は良好だし、なんてことない会話をしたりじゃれあったりすることも楽しい。
しかしそれでもだ。楽しいことにはエネルギーを使うし、仲が良くても最低限の気遣いはしなくてはならない。アイドルにとってプロデューサーである俺は一人だが、俺からしたら、十数名のアイドルを毎日相手にするのだ。
なによりも、せめて担当アイドル達の前ではしっかりとした振る舞いを心掛けていたい、という俺のカッコつけ精神が、自分の心にほんの少しの演技を常に強いていたのだった。
P「あーあ、良くないってのは分かってんだけどな」
思考がそのまま言葉になって流れる。
日常を過ごす場所なのに、普段はできないことが、できてしまう非日常的な空間。
まるでこの事務所という小さな世界を、自由に支配して、作り替えたかのような優越感に浸る。
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P「はぁあ……本当の俺はさ、わりかしずぼらで、ルーズで、こうして仕事も残業してやっとこさ終わらせる、ポンコツプロデューサーなんだよーん」
自虐的な台詞を吐いてみる。誰も聞いていないと思うと、自分でも笑えるほどに饒舌になった。
こんなふうにふざけた口調で、普段思っていたことを吐き出すのは、なかなかどうして心地よくて、次から次へ言葉が出てくる。
大げさに高笑いしてみたり、涙ぐましく語ってみたり。
まさに非日常的な舞台装置の上で、プロデューサーとしての肩書きを捨て、誰か別の人物を演じているかのようだ。
P「……そっか」
だから、俺が演じていた、その『誰か別の人物』とは、『俺自身』であることに気がついてしまったら、もうその先の言葉は出てこなかった。
振り返って見れば、どれもこれも自分の情けなさや、至らなさを並べた台詞ばかりで。
自分のことを、自分ではない人物の言葉を借りて、ごまかして。
P「……そんな俺を、アイドルのみんなは信じて付いてきてくれてんだぜ。苦手なことできないことを頑張ってんのは、俺だけじゃねーだろ」
自分のことを語り尽くして言葉が空っぽになったあとに、出てきたのはやっぱり大好きなアイドル達のことで。
P「みんな、いつもありがとうな」
俺の目頭がグッと熱くなったのを堪えるように、代わりにポロっと言葉がこぼれた。
P「……さて! じゃあ頑張って残りのお仕事終わらせちゃうゾ〜かがーやくせーかいのまほーう、わたーしはーらーらーららららー」
ひとしきり騒いだ解放感と、疲れから来る高揚感に浮かされて、またどんどんと声が大きくなっていく。
その時だった。
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もう始まってる!
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「んっくしゅん!」
俺は文字通り、飛び上がって驚いた。
事務所の入り口のドアの向こう側。
押し殺したような小さな声だけど、確かに聞こえた。誰かがいる。
P「お、おい、誰だ!?」
恐る恐る入り口に近づく。
音からしてドアのすぐそばにいる。こんな時間帯に、ノックもせずに入り口に佇んでいる……盗み聞きか、不法侵入か、とにかく不届きものに違いない。
P「……おい誰だって聞いてんだ!!」
俺の心臓が跳びはねている。威勢良く怒鳴ったはいいが、改めて今ここにひとりぼっちだということを痛感する。俺以外に誰もいない事務所は、さっきまでの解放感から一転して、孤独と不安と寂しさを俺に突きつけてきた。
ドアと対面し、ノブに手をかける。
正直に言って、恐い。
俺は武術の心得も無いし、腕っぷしも強くない。この距離だから、暴漢と鉢合わせするかもしれない。
ああ、また自分の弱いところばかり浮かんでくる。こんな時まで情けねーな、俺は。
でも、この事務所に悪さをされるのはもっと嫌だから。この事務所と、ここに来てくれたアイドル達を守ってあげたいから。
短く息を吐いてから、俺はドアを開けた。
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「うひっ! プ……プロデューサー?」
P「は……? えっ、あ、みっ、未央か?」
ドアの向こう側には、見まごうことない、事務所所属のアイドル、本田未央その人がいた。
鼻の先を微かに赤くして、ぱっちりした目にはじんわりと涙を浮かべた未央は、いたずらが見つかった子犬のように、どこか申し訳なさそうに佇んでいた。
P「お前こんな時間になにして……っていうか、お前この廊下けっこう寒かったんじゃないのか!?」
未央「うう……あの、プロデューサー……」
P「まぁいい、とりあえず入れ、風邪引かれたらかなわん」
未央「はぁい……」
ドア横のスイッチを押し、事務所全体の照明を点ける。本来の事務所の姿が戻って来た。
未央を来客用のソファーに座らせて、ブランケットを手渡してやる。
P「今お湯を沸かしてるから、あとでコーヒー淹れるぞ」
未央「あ、ありがと、プロデューサー」
未央の顔色は悪くないようで、俺はひとまず安心する。しかし、普段の快活な笑顔はどこへ消えたのか、どこか気まずそうなギクシャクした笑いが顔に貼り付いていた。
こんな状況なら、思い当たることは一つしかない。
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P「なぁ、未央」
未央「な、なに? プロデューサー」
P「そもそもどうしてこんな時間に事務所にいるんだ?」
未央「ああ、明日提出の学校の宿題を置き忘れちゃってね。あっ、ほらあったよ」
事務所をきょろきょろと見回してから、未央がサイドデスクを指差す。視線を追うと、オレンジ色のノートが置いてあった。
P「これか、良かったなここにあって。気を付けろよな」
未央「うん、ありがとう」
可愛らしいノートを未央に手渡す。ブランケットを羽織ったままそれを受け取った未央は、それでもしかし安心した表情は見せなかった。
未央「あっ、ほ、ほら、お湯、沸きそうだよ? コーヒー飲みたいなぁ〜」
P「……そうだな、ちょい待ってろ」
この事務所には、気の利いたコーヒーメーカーやドリッパーは無い。インスタントコーヒーの粉末をマグカップで溶かし、ものの数十秒で未央が座るソファーの向かいへと戻って来た。
P「ほい、コーヒー。インスタントで悪いな。砂糖とコーヒーフレッシュはお好みで。場所わかるだろ?」
未央「知ってる知ってる、あそこの棚の引き出しだよね、うん、ありがとう」
そう言いながら、未央は席を立たない。
モジモジとなにかがつっかえたような様子は変わらず、話題もとうとう無くなって、むしろ焦っているようにすら見えた。
P「……あのな、単刀直入に聞くけどさ」
未央「……」
俺はコーヒーを一口すすった。
P「どっから聞いてた?」
未央「うぶっ」
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コーヒーを含んでいた訳でもないのに、吹き出したような声を上げる未央。観念したと言わんばかりの表情を浮かべ、未央はぽつりと口を開いた。
未央「なんか、こう、めっちゃ高笑いしてるとこの……」
P「ほぼ最初っからじゃん!!」
未央「ううっ……」
未央が恥ずかしがっている様子というのも、なかなか見られないもので、しおらしい姿の彼女もまた魅力的ではある。
あくまで、俺のほうが数百倍恥ずかしがっているという問題を除けばの話だが。
P「あぁ、そのなんだ、幻滅した……よな……?」
未央「 ……っ、だぁいじょうぶ!」
唐突に発せられた、未央の大きな声が沈黙を破った。
未央「私はプロデューサーのカッコ悪いところや、おバカすぎるところを見たって、幻滅したりドン引きしたりなんてしないよっ!」
少しばかり空元気に見えるが、いつもの明るくてお茶目な口調が今の俺にはありがたい。
P「ホントに? 現にさっきドン引きしてたように見えたんだが……」
未央「ホントだってば!! たとえ、事務所のみんなが見捨てても、私だけはプロデューサーの味方だからね!!」
ブランケットがばさり、とソファーにへばりついた。
やたら熱のこもった言葉だった、ように俺には聞こえた。
未央は冗談のつもりで言った、のかもしれない。いつものようにノリで言った、のかもしれない。
しかし、両の拳を握り、立ち上がって俺を真っ直ぐ見つめている未央が目の前にはいた。
未央がはっと目を見開いたかと思うと、真剣な顔つきは一転して、照れたような表情が浮かんでいた。
未央「……って、これはそのー、たとえ! たとえばの話だかってええええプロデューサー、な、泣いてる? だいじょうぶ?」
P「ふっ、あははははっ、大丈夫じゃないよ、そんで泣いてもないよ、ちくしょう」
未央「え? 笑って、いやいや涙! 涙ポロポロこぼれてるじゃん!」
滲んだ視界の向こうで、未央がこちらを覗き込んでいる。
なんでだよ、涙は悲しい時に流れるもんだろ。こんなに嬉しいのに、今すぐ未央の顔を見たいのに。
ふと、背中に温もりを感じた。背中を誰かがさすっている。誰かが、っていうか未央しかいないだろう。
ああ、アイドルに心配してもらうなんて。やっぱり俺って情けないな。
未央の手のひらから伝わる暖かさを感じながら、俺はしばらく泣き通していた。
その間に、未央の手のひらが俺の背中から離れることはなかった。
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その後、俺は未央に日頃思っていたことを吐き出した。
俺自身が必要以上に重荷を抱え込んでしまいがちなこと、でもそれは大した重荷でもなかったこと、俺は強がっているつもりでもみんなにいつも助けられていたこと、そしてそれを今こうして実感したこと……。
正直に言って、最後の方は自分でも何が言いたいのかわからなくなっていた。
それでも、不器用で支離滅裂な俺の言葉を、未央は耳を傾けてくれた。
ひとしきり俺が吐き出したのち、未央が何か言いたげだったが、かなりいい時間になってしまっていたので、事務所を出ることを優先した。
未央「車で送ってもらうなんて、なんか悪いね」
P「何言ってんだ、今から普通に電車で千葉まで帰ったらもう親御さんが心配するだろ」
未央「いちおう連絡はしといたってば、それよりプロデューサー、お仕事途中だったんじゃないの?」
P「あれは急ぎの仕事って訳じゃないからな。ちひろさんには、やっぱり一人じゃキツかったです〜、って面白おかしくいうよ」
助手席の未央がニコニコと笑った。
太陽のような、未央の笑顔が一番だ。
P「よし、じゃあ出すぞ」
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未央「あ、ちょっと待って」
俺がブレーキから足を離そうとした時、未央が思い出したように声を上げる。
未央「さっきのプロデューサーの話を聞いてて思ったんだけどね、私にも思い当たることいっぱいあって、すごく共感できたんだ」
助手席の未央は、慈しみに溢れた穏やかな笑顔をしていた。眩しい笑顔でも、泣き顔でも、怒った顔でもなく。
月明かりが照らした未央の横顔は艶やかで、それでいて安らぎに満ちていて。
未央「話を聞きながらいろいろ思ったけど、いちばん衝撃だったのは、プロデューサーも、普通の男の人なんだ、ってこと」
P「……というと?」
吸い込まれそうになってしまいそうな意識を無理やり振り払い、俺は続きを促した。
未央「特別なことじゃないよ。私たちアイドルだって、ステージに立ったアイドルとしての姿と、オフの日とかの普通の女の子としての姿があるの、プロデューサーなら良く知ってるでしょ?」
俺はうなずく。なんとなく未央の言いたいことが想像できた。
未央「それなのに、私はプロデューサーのこと、プロデューサーではない、普通の男の人としての姿って、想像すらしてなかった。プロデューサーは、私たちのプロデューサーに決まってるんだって思ってた」
なおも未央が言葉を紡ぐ。
微かに揺れる、未央の瞳を見つめながら、俺は黙って話を聞いていた。
俺はさっき、さんざん聞いてもらったのだから。今の俺にできることは、未央の言葉を受けとることだ。
未央「だから、プロデューサーが事務所でひとりで歌ってたり、目の前で泣いたりしてるのを見て、ああ、やっと普通の男の人としての姿を見られたんだな、って。すごく嬉しかった」
P「嬉しかった?」
未央「うん、嬉しかった。だって好きな人のことはもっと知りたくなるでしょ? 当たり前じゃん」
P「そうだな……は? 未央お前ちょっと今」
いつの間にか、未央の色っぽい表情はどこかに溶けて消え失せ、いつもの弾けるような笑顔でこちらに向き直った。
未央「はい! という訳で、今度はまた違ったプロデューサーの一面見せてねっ! そしたらお礼に、誰も見たこと無い、未央ちゃんの女の子としての一面を見せてあげる……かも!」
P「あのなぁ未央さっきお前」
未央「ほらほら、もう夜遅いよ? 親御さんに怒られる前にしゅっぱ〜つ!!」
P「お前ってやつは……こういう時だけおバカすぎなんだよ! ちくしょう!!」
誰も見たことの無い未央の一面なら、もう見せてもらったんだけどな。
そう心のなかで呟いてから、俺はアクセルを踏みつけた。
【おバカすぎ】
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これでおしまいです。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、今行われている「スニリプ」キャンペーンから着想を得ました。
https://twitter.com/sni_rep/status/851963231149019136
先日、未央ちゃんからボイス付きのリプライをもらい、嬉しくなって書き上げた次第です。
プロデューサーの皆さま方も、ぜひ一度ご覧になってみてください。
長々とお付き合いくださりありがとうございました。
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乙シャス!
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こういうのでいいんだよ
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これは良いSSだな・・・・
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ああ^〜いいっすね^〜
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ラブリーミッオ
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ええやん
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いい…
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