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紗希「…ただいま。」
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私は今坂口家にいる。
練習が終わるやいなや、佳利奈ちゃんに半ば強引に連れてこられた。
「ほら紗希ちゃん、ウルトラメンの新作のBDだよ!見よ見よ!」
「…」コク
「うわー!画質すごーい!」
「…」
「ここ!ここの戦闘シーンがね!」
「…」
正直言ってこういうものはあまり見たくなかった。
小さい頃を思い出すから。
私がまだ幼い頃。
母と父の関係は良好だった。
3人で公園で遊んだり、休みの日には遠出したり。
毎週特撮を楽しみにしていて、両親と一緒に見たりもした。
あの日までは本当に平和だった。
-
私が小学校高学年の頃。
よく晴れた日だった。
突然、母親が家を出て行くと言い出した。
どうやら父親の浮気が原因らしかった。
「紗希、ごめんね…」
母は私を強く抱き締めてくれた。
泣きながら。
「おかあさん、いっちゃやだ…」
私も泣いた。今までに無いくらい泣いた。涙も声も枯れるくらいに。
私を包み込む母の手は震えていた。
もう二度と会えないのかな、と思うと私も震えが止まらなかった。
しばらくして、母親は行ってしまった。
いつもよりゆっくりと歩いているようだったが、その背中は徐々に小さくなっていき、次第に見えなくなった。
「早く入れ。腹が減った。今日から飯はお前が作れ」
父親の冷淡な声。
これからの生活への不安、恐怖。
私のそんな気持ちとは裏腹に、空は雲一つ無く、とても青かった。
まるで私を嘲笑っているかのようで、その日から青空が綺麗だとは思えなくなった。
-
「おもしろかったね!」
「…!」
嫌な事を思い出していたら、何時の間にか話が終わっていたらしい。
「紗希ちゃん、お腹すかない?」
私は首を横に振った。
本当は腹ぺこだったが、早く帰らなければ父親に何をされるかわかったものではない。
「そっか… またきてね!」
「…」コク
私は玄関へ向かおうと廊下へ出た。
突然玄関のドアが開いた。
「ただいま。あら?佳利奈のお友達かしら?」
「あっ、おかーさん!おかえり!」
タイミングが悪いなと思いつつ、母親にペコリと頭を下げいそいそと玄関へ向かった。
「ただいま!」
「お兄ちゃん、おかえりー!」
「あら、おかえりなさい。佳利奈の友達が来てるわよ」
「初めまして。佳利奈の二番目の兄です。よろしくね」
「…まるやま、さき」
「紗希ちゃんかぁ。何だか佳利奈にそっくりなのに性格は正反対みたいだね」
「ふふっ、そうね。佳利奈は元気すぎるから紗希ちゃんに分けてあげたいくらいだわ」
「さかぐちかりな、げんきです!」
響き渡る笑い声。完全に変えるタイミングを逃してしまった。
「丁度これからご飯作るし、紗希ちゃんも食べていく?」
「…」コク
楽しそうな雰囲気に水を差すのも申し訳ないので、夕飯をご馳走してもらうことにした。父親のことは一旦忘れよう。
-
「はい、できたわよー」
「わー!おいしそー!」
湯気の立ち込めるオムライスが目の前に置かれる。
こんなまともな食事、いつ以来だろうか。
「それじゃ、いただきまーす!」
「…いただきます」
…美味しい。
コンビニの冷たいご飯とは全然違う。
何だか、暖かさを感じる。温度の話ではなく、心がこもっているだとか、そういう類の暖かさだ。
「…!紗希ちゃん、泣いてる…」
「あらあら、どうしたの?もしかしてお口に合わなかった?ごめんなさいね」
無意識に涙が流れていたようだ。理由は自分でもよくわからない。
何でもないと首を振り、涙を拭く。
「大丈夫?何かあったら話してくれていいからね」
お兄さんが頭を撫でてくれた。とても優しい手つきで。
「あー!せくはらだ!」
「馬鹿、そういうつもりじゃなくてだな…」
「えっちー!せくはらおやじー!」
「こら佳利奈。少しは静かにしなさい」
「あい…」
-
阪口桂利奈警察だ!
-
オムライスは完食。
しばらく佳利奈ちゃんと家族との談笑を眺めていた。
「あら、もうこんな時間。ご両親が心配しちゃうわ」
…そうだ。帰らなくては。
帰った後のことを考えると気が重い。
「それじゃあ、ばいばーい!」
「暗いから気を付けてね」
「またいつでもいらっしゃいね」
「…」ペコリ
阪口家に背を向け、家路につく。
いつもより足取りが重い。
ひとときの幸せの後は、いつも通りのただ耐えるだけの生活。
アパートの階段を登り、部屋の前に着いた。
坂口家の幸せな光景が一瞬頭をよぎり、ドアを開けるのを躊躇した。
躊躇っていても仕方ないと、ドアを開ける。
途端に怒鳴り声が響く。
「遅ぇんだよ!どこほっつき歩いてたんだこのクソガキ!」
父親だ。母親と離婚してからはアルコールに浸り、ずっとこの調子だ。
「こっちは腹空かして待ってたんだよ!早く飯作れ」
「…」
冷蔵庫を覗いてみたが、ほんの少しの肉と野菜しか無かった。
とりあえず肉野菜炒めが出来た。
「まだかよ!早くしろ!」
コトッ、と父親の目の前に皿を置く。
「…お前、馬鹿にしてるのか?」
「量が少なすぎるだろうが。それに酒はどうした?いつも飯の時は持ってこいって言ってあるだろ!」
「冷蔵庫に、無かったから…」
「だったら買ってこい!」
「…お金、無い」
「クソが!あの女に似て本当に使えねえガキだな」
胸ぐらを掴まれ、壁に叩きつけられる。
「お前を見てるとイライラして仕方ねえんだよ」
髪を掴まれ、乱暴に放り投げられる。
バランスを崩し、ビールの空き缶の散らばった床に倒れる。
腹を何発か蹴られた。
「…ぅ」
大丈夫、いつものこと。そう自分に言い聞かせる。
もう一発。さっきの蹴りよりも強い。
「…っ」
「毎回思うけどよ、お前反応ないからつまんねえんだよな。ちょっとは泣き叫ぶとかしてみろよ」
それからしばらく蹴られ続けた。
心を無に、余計な事は口にせずに、ひたすら耐えた。
こうしていれば、父親はいずれ飽きて寝てしまうから。
案の定、父親は無造作に寝転がり、いびきをかきはじめた。
私も寝よう。
-
シリアスSSかな?
-
やめてくれよ…(絶望)
-
翌朝。
父親を起こさないよう、物音を立てずに準備し、学校へ向かう。
「紗希ちゃんおはよー!」
「…」コク
「昨日はありがとうね!今日も来る?」
「…」フルフル
「えーなんで… あ!じゃあ佳利奈ちゃんの家行っていい?」
「…だめ」
「えー」
あんな家に人を呼べるわけがない。まして、こんな幸せな家庭にいる子を。
そして放課後。
「紗希ちゃーん!どこー!」
探されている。
見つからないうちに帰らなくては。
そそくさと校門を後にする。
「…あ、みつけた」
「後つけちゃおっと!丸山特捜隊、いきまーす!」
-
今日は早く帰れた。
そう安心してドアノブに手をかける。
「さーきーちゃーん!」
この声は…佳利奈ちゃんだ。
なんでここに…
「えへへ、つけてきちゃった!おじゃましてもいいかな?」
「…だめ!」
その時。
ガチャッ、とドアノブの音がした。
「うるせえな!家の前で騒ぐんじゃねえよ!」
「ってお前か…そっちは誰だ?」
「あい!友達のさかぐちかりなさんです!」
「…ほお。まあ入れや」
「おじゃましまーす!」
「だめ!!」
佳利奈ちゃんの服を引っ張り、逃げようとした。
しかし、父親の力には適わない。
無理矢理玄関へ引きずられ、ドアは閉められてしまった。
「あい?」
「折角お友達が来たんだから、歓迎しないとな」
「ありがとうございます!昨日のお返しかな?」
「昨日…?」
…まずい。
咄嗟に佳利奈ちゃんの口を塞ごうとしたが、間に合わなかった。
「お前、昨日アレと何してた」
「えーと、うちでウルトラメンのDVD見て、ごはん食べて…」
「へぇ… 腹を空かせた父親を放っておいて友達のお家でご飯ねえ」
「…このクソガキ!」
思いっきり顔面を殴られた。
「…え?」
佳利奈ちゃんはきょとんとしている。状況が呑み込めないようだ。
「てめぇ、家に置いてやってるだけでもありがたいと思えよなあ」
また顔面。
「友達なんか作って、家のことは放ったらかしかよ!いいご身分だなお前は!」
3発目。さすがに立っていられなくなり、倒れる。
「…」
「紗希ちゃん!だいじょうぶ!?」
「…にげて」
「だめだよ!友達だもん!」
その心遣いが今は痛い。体の痛みよりも、ずっとずっと痛い。
「へぇ、随分と仲がよろしいようで」
-
「うあぁっ!いたいっ!」
「お前はアレと違っていい反応するなあ…楽しいよ」
佳利奈ちゃんが何度も殴られている。
助けたいが、顔を殴られたせいか身体が動いてくれない。
「あぅ!もうやめっ…!」
「もうやだぁあ!!」
「お前殴ってるとスッキリするなあ。アレは反応してくれないからつまんねえんだよ」
何とか体を動かし、床を這って父親に近づく。
足を掴み、力の限り引っ張った。
「てめぇ!何しやがる!」
思いっ切り転ばせてやった。
「…いまのうちに、にげ…」
まずい、意識が朦朧としてきた。
父親が酒瓶を振り上げているのがぼんやりと見えた。
そして後頭部を思いっきり殴られ、気を失った。
-
気がつくと、真っ白な部屋にいた。
私、死んじゃったのかな?佳利奈ちゃんは無事かな?
「…き」
声が聞こえる。聞き慣れた声。
「…紗希ちゃん!」
この声は、佳利奈ちゃん。
よかった。無事だったんだ。
「よかったあ…」
「ほんとうに、よかった…」
「よがっだぁ…」
佳利奈ちゃんが泣いてる。
母親と別れたあの日が一瞬頭をよぎった。
「…なかないで」
佳利奈ちゃんの頭を撫でる。
「あいぃ…」
「紗希ちゃん、いきててよかったぁ…」
佳利奈ちゃんは私を抱きしめてくれた。
よく見たら、佳利奈ちゃんも包帯を巻いている。
そんな体で、私を思いっ切り抱きしめてくれている。
「…ごめん、まきこんで」
「ううん、勝手について行ったのがわるいから…」
佳利奈ちゃんの腕に力がこもる。
正直、凄く痛い。
母親に抱きしめてもらったあの日は心が痛かった。そして大切だったものを無くした。
今は体は痛いけど、心はあったかい。
大事なものを無くさなくて済んだから。
佳利奈ちゃんの優しさを感じるから。
「…佳利奈ちゃん」
「…あい?」
「…ありがとう。」
「…こっちこそ」
-
みぽりん助けて!
-
目を覚ましたと聞いて医者が駆け付けてきてくれた。
話によると、佳利奈ちゃんの悲鳴で他の部屋の人が警察に通報してくれたそうだ。
父親は逮捕されたと言われた。
正直、ほっとした。
だけど、今回は友達を巻き込んでしまった。取り返しがつかない。
佳利奈ちゃんのお母さんにも、お兄さんにも合わせる顔がない。
…許してもらえるわけがないけど、退院したら謝りに行こう。
「…紗希ちゃん?お見舞いに来ました。」
誰だろう。
「大丈夫?うちの佳利奈が迷惑をかけてしまったみたいで…」
佳利奈ちゃんのお母さんだった。
申し訳なくて目も合わせられない。
「…ほんとうに、ごめんなさい」
俯きながら謝った。
「…紗希ちゃんは何も悪くないのよ。悪いのはあなたの父親。全く、実の子を虐待だなんてどうかしてるわ」
「でも、佳利奈ちゃんも怪我を…」
「あの子は丈夫だから。そりゃ親だから心配だけどね。」
「…ごめんなさい」
「もう謝らなくていいのよ。それより、少し話があるのだけれど…」
話というのは、簡潔に言えばしばらく居候しないか、ということだった。
「お父さんもいなくなって、一人暮らしなんて、できないでしょ。だから…」
「…それは、悪いです」
「いいのよ。一人くらい増えても大丈夫だから。」
「それに、佳利奈もお兄ちゃんもぜひって言ってるし」
「…少し、考えさせてください」
-
佳利奈ちゃんが丈夫というのは本当だった。
怪我もみるみる回復し、明日には退院だ。
私はもう少しかかるらしいけど。
「ねえ紗希ちゃん、屋上行こうか」
「…」コク
屋上。風が心地いい。
私と佳利奈ちゃんの二人だけ。
「…ほんとうに、いいの?」
「だいじょうぶ!元はといえば私が勝手に後をつけたせいだし」
「…じゃあ」
「えへへ、退院したら家族だね」
「…居候は、家族とは言わない」
「そうなの?」
「…でも、嬉しい。」
「じゃあ、まってるね!」
「…うん」
あの日と同じよく晴れた青空。
でも、あの日とは見え方が違う。
今では素直に、綺麗だと思える。
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そして、佳利奈ちゃんは退院した。
私もそろそろだ。
看護師さんやお医者さんも優しくしてくれた。
まるで、あの部屋での生活が夢だったような感覚に陥るほど。
そして迎えた、退院の日。
看護師さん達が見送ってくれた。
佳利奈ちゃん、お兄さん、佳利奈ちゃんのお母さんも迎えに来てくれた。
車に揺られて数十分。阪口家。ここでしばらくお世話になることになる。
「…おじゃまします」
「紗希ちゃん、ちがうよ!」
「…?」
「ただいま、でしょ?」
そうか。そうだよね。
もう家族なんだから。
今までとは違う、新しい気持ちで。
一呼吸置いて、はっきりと口にした。
「ただいま。」
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