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从 ゚∀从銀河鉄道車掌長の帰りを待つようです

1 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:35:24 ID:OUAA5tbg0

0 銀河ステーション

1 銀河鉄道

2 銀河の星屑

3 銀河のどこか

4 銀河の果て

5 銀河鉄道の夜

6 銀河鉄道車掌長の帰りを待つ

2 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:37:26 ID:OUAA5tbg0
紅白参加作品です。
エロと暴力描写が少しだけあります。
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を参考にしています。

3 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:46:54 ID:OUAA5tbg0

0 銀河ステーション

4 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:47:39 ID:OUAA5tbg0
世界が回転していた。
スピードを保ったまま右カーブに対して殆ど垂直に柵に突っ込んだトヨタ・クラウンアスリートはボンネットが潰れながらも跳ね上がった。
私の乗るトヨタ・クラウンアスリートは柵を容易に越えて回転しながら道路から落ちた。勢いを失わないままぐるぐる回って車体は落ちる。
眼下には山の斜面に木々が広がる。道路から随分と高さがある。トヨタ・クラウンアスリートが回る。世界が回る。私も回る。
きっとこの高さでは助からない。この凄惨な事故では助からない。回りながら私は冷静に考えていた。
まるで走馬灯のように二十年間の思い出が駆け巡る。いやこの場合は本当に走馬灯だ。
落下しながら回転を続けるトヨタ・クラウンアスリートのように私の人生が凄まじいスピードで駆け巡った。

どうしてこうなったのだろう。間もなく地面に到達する。トヨタ・クラウンアスリートは叩きつけられて大破する。私の身体は潰される。
幼少期。小学生。中学生に高校生。そして大学生。私のこれまでが現れては消える。目まぐるしく駆け巡る。
もっとこうしたかった、あれをやり残した、あの時ああしていれば、そういう後悔は尽きないしもう取り戻せない。
ただ今この選択だけは間違っていなかった、とだけ思った。世界が暗転した。トヨタ・クラウンアスリートが地面に叩きつけられる。
フロントガラスが粉々に砕けて車体は大きく湾曲し圧縮されて私の身体は潰される。衝撃と共に意識が飛


『銀河ステーション』


どこかでそう聞こえた気がした。

5 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:49:19 ID:OUAA5tbg0

1 銀河鉄道

6 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:50:21 ID:OUAA5tbg0
目を覚ますと私はベンチに座っていた。木製のくたびれたベンチだ。
ここはどこだろうとあたりを見渡すとどうやら駅のようだった。プラットホームに簡素な駅舎が見える。
私の座っているベンチはプラットホームにぽつんと置かれていた。駅名標もなければ駅員の姿もない。
駅員どころか私以外に利用客もいないようだった。背景そのものが全体的にぼやけている。
どこかのローカル線にありがちな小さい駅に何故か私はいるようだった。

私は何故このような駅にいるのか。ベンチに座っているのなら列車を待っているのか。
ここは一体どこの駅なのか。目を覚ます前に私は眠っていたのだろうか。
何一つ思い出せなかった。ただ唯一、

从 ゚∀从「ハインリッヒ…」

自分の名前だけを思い出す事が出来た。ハインリッヒ。それが私の名前だ。

駅の背景は相変わらずぼんやりとしながらも薄暗い。ガス灯が弱々しくプラットホームを照らしているしきっと夜なのだ。
他の利用客が入ってくる事もなく駅員が出て来る訳でもなくそのまま座っていると遠くから物音がした。
線路を見るとぼうっと光が現れる。それは次第に大きくなった。ベンチを立ち上がる頃にはそれが列車の前照灯だと気がついた。
列車の姿は次第に大きくなって全景が見えてくる。機関車一両に客車が四両引っ張られている。列車は速度を落としながら駅に進入した。
ゆっくりと制動がかけられて列車はプラットホームに停まる。客車のドアが開かれて一人の女性が出てきた。
制服を着ていて彼女が乗務員だと分かる。

川 ゚ -゚)「どうぞ」

それは私に向けられた言葉だった。プラットホームに私以外の乗客はいない。私はこの列車に乗るために駅で待っていたのだろうか。
促されるままに客車に乗ると扉が締められる。女性車掌が合図を出すと列車は駅をおずおずと発車した。

川 ゚ -゚)「こちらにどうぞ」

女性車掌に車内へと案内される。女性車掌は長い髪を一つに束ねていて二十代後半に見える。
引き戸を開けて客車の中に入った。ボックスシートが並んでいる。その中に乗客が三名座っていた。
三人の男女はそれぞれ若いように見える。二十代ぐらいの女性と、まだ十代であろう幼い少女が向かい合って座っている。
通路を挟んだ反対側のボックスシートに前髪の長い陰鬱そうな二十代ぐらいの男性が座っていた。

7 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:51:44 ID:OUAA5tbg0
从 ゚∀从「ここは…」

川 ゚ -゚)「ここは銀河鉄道です」

女性車掌に促されて私はその乗客たちの元まで歩く。十代ぐらいの少女においでおいでと促され隣に座った。

ノパ⊿゚)「はじめまして、わたしはヒート!」

(゚、゚トソン「私はトソンと言います」

十代ぐらいの少女と二十代ぐらいの女性がまず名乗った。

('A`)「俺はドクオ」

向かい側に座る陰鬱そうな男性が続く。

川 ゚ -゚)「私はクーです。 この銀河鉄道で車掌長をしています」

从 ゚∀从「銀河鉄道…」

川 ゚ -゚)「ご自分の名前は思い出せますか?」

名前。そうだ。

从 ゚∀从「名前は、ハインリッヒ…」

川 ゚ -゚)「ハインリッヒさん。 それ以外に何かご自身の事で覚えている事はありますか? 年齢、出身地、趣味、職業だとか…」

从 -∀从「ええと…あれ…」

やはり、名前以外に何一つ思い出せない。

从 -∀从「何も…自分の名前しか…」

8 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:53:33 ID:OUAA5tbg0
名前以外に、何も覚えていない。何も思い出せない。自分が何者なのか、どうしてあの無人の駅で座っていたのか。

('A`)「まぁ、標準的だな」

川 ゚ -゚)「ここにいる全員が貴方と同じように自分が何者なのか思い出せないんです。 名前しか分からない」

クーもボックスシートに座った。

川 ゚ -゚)「落ち着いて聞いて下さい。 貴方も、私たちも、既に死んでいる可能性が高いんです」

从 ゚∀从「は…?」

クーの表情は至って真面目だった。他の三人も。

从 ゚∀从「死んでいるって」

川 ゚ -゚)「この銀河鉄道は例えるのならば現世と天国までの中継地なんです」

ノパ⊿゚)「成仏するまでのね!」

('A`)「あながちその表現間違ってないよな」

(゚、゚トソン「この銀河鉄道の乗客はみんな何らかの理由で死んでいます。 そしてその記憶、生きていた時の記憶を失っている」

川 ゚ -゚)「私たちは自分の記憶を探しているんです。 自分が何者だったのかを」

从 ゚∀从「どうしてそう分かるんですか?」

9 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:55:48 ID:OUAA5tbg0
川 ゚ -゚)「この銀河鉄道の乗客は失った自分を取り戻すと消えるんです。 何人もそうして消えていきました。 本当にまるで成仏するかのように」

ノパ⊿゚)「今のわたしたちは浮遊霊みたいなものなんじゃないかなぁ」

川 ゚ -゚)「私たちは失った自分を取り戻すためにこの銀河鉄道で旅をしているんです」

自分が死んでいる、そう言われても実感はなかった。まぁ記憶が何もないから当然ではある。
私がどうしてあの無人駅でこの銀河鉄道とやらを待っていたのか、それは今の説明で納得出来た気がした。
彼女たちが嘘を言っているようには見えない。きっとそうなのだろう。

从 ゚∀从「じゃあ記憶を取り戻したら天国に行けるんですか?」

(゚、゚トソン「それは分からないのです。 記憶を取り戻して消えていった人とはもう会えませんから」

('A`)「まぁ天国やら地獄やらがあるなんて分からないけどな…ただ現にこうして死んだ後の中継地みたいなところにはいる訳だ」

確かに私も死後の世界なんて大して考えた事はなかった。天国や地獄、そういう言い伝えは殆ど信じていなかった。そんな気がする。
人間は不可解なものを何でも非現実的なものの責任にする。死後の世界だって生きているうちは誰も知らないのだから正解なんてないだろう。
きっと死んだ後には何もない。息を引き取った瞬間に全てが終わりその先には何もない。ぼんやりとそんな風に思っていた。

('A`)「もっとも天国と地獄があったとしても俺たちは生前の記憶がないからな。 ものすごい罪人で地獄行きの可能性もあるよな」

ノパ⊿゚)「まーたそういうひねくれたことを言う。 ドクオはまぁひねくれた人生だっただろうね」

('A`)「うるせー、お前だって分かんねーぞ」

(゚、゚トソン「ヒートさんは元気な高校生で間違いないと思いますけど」

('A`)「まぁその感じで女子大生とかだとちょっとアホすぎてヤバいわな」

ノハ^⊿^)「そうでしょ!」

(゚、゚トソン「ヒートさん褒められてないですよ」

みんな仲がいいように思える。

从 ゚∀从「皆さんもうここでは長いんですか?」

10 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:57:19 ID:OUAA5tbg0
川 ゚ -゚)「ここにはカレンダーや時計がないので性格な日にちは分かりません」

もしやと思い左腕を見ると腕時計がはめられていた。しかし動いていない。
中途半端な時間で止まっている。二時四三分。午前か午後かは分からない。

(゚、゚トソン「でも私はおそらく一ヶ月、ヒートさんは三週間ぐらいかと」

('A`)「俺は一週間だな」

川 ゚ -゚)「私は恐らく三ヶ月ほどいます」

自嘲気味にクーは笑う。

川 ゚ -゚)「もう随分と長くいます。 この車掌長という仕事もかつてここにいた人から引き継いだものです」

从 ゚∀从「車掌長とは?」

川 ゚ -゚)「この銀河鉄道には運転士がいないんですが乗客が揃うと不思議と駅を発車します。 それ以外は手動なのでドアを開けたりします。
     あと貴方のように銀河鉄道に乗り込んだばかりの人に説明をしたり、そんなところです」

('A`)「まぁ真面目なクーさんには適役だよな」

川 ゚ -゚)「この車掌長という仕事自体、この銀河鉄道に長く乗っている人が代々引き継いできたようなので」

(゚、゚トソン「本当は早く記憶を取り戻して旅を終えられるといいのですけどね」

从 ゚∀从「旅…」

川 ゚ -゚)「ええ、この銀河鉄道は色んな街をまわる旅をしているんです。 その街は誰かの記憶のなかにある街で、記憶のヒントがあります」

('A`)「そうして記憶のヒントから自分を見つけ出すとめでたく成仏って訳だ」

(゚、゚トソン「ハインリッヒさんも早く自分を見つけられるといいですね」

从 ゚∀从「はい…」

11 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:58:38 ID:OUAA5tbg0
自分の生きていた記憶を失うなんて、なんて恐ろしい事なのだろう。これまで考えた事もなかった。
どこで生まれどのような親のもとでどのように育ちどんな風に生きてきたのか、それが分からない。
ドクオの言う通り罪人かもしれない。もしかしたら誰かに殺されて生を終えたのかもしれない。
何も分からないのだ。何も。

川 ゚ -゚)「大丈夫ですよ。 最初は誰でも不安になります」

私の気持ちを読み取ったかのようにクーが微笑んだ。

川 ゚ -゚)「街で記憶を拾ううちに徐々に思い出していきます」

从 ゚∀从「街…」

川 ゚ -゚)「銀河鉄道は一日一回ずつ街に停車します。 私たちはその街で自分の記憶を探すんです」

从 ゚∀从「この後も?」

川 ゚ -゚)「今日はもう街から出発したところなので、明日ですね。 街から街へ移動する間に、ハインリッヒさんのように新しい乗客を乗せる事もあります」

('A`)「なんだか補充してるみたいで不思議だよな。 誰かが記憶を取り戻して消えるとそのうち新しい誰かが記憶を失って乗り込んでくる」

(゚、゚トソン「この銀河鉄道には絶えず乗客がいるのですよね?」

トソンの言葉にクーは頷く。

川 ゚ -゚)「一体どれだけ続いているのかは分からないんですがこの銀河鉄道は絶えずそういう記憶を失った乗客が乗って旅をしているようなんです」

ノパ⊿゚)「ハインリッヒさんは二十代って感じだよ」

从 ゚∀从「ヒント少ないなぁ」

(゚、゚トソン「見た目ぐらいしかヒントはありませんからねぇ」

12 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 09:59:48 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「ドクオみたいにザ・根暗って感じだとなんとなく生前の想像出来るんだけどね」

('A`)「うるせーな否定しきれねーわ」

三人と話しているうちにクーが全員にコーヒーを持ってきてくれる。これも車掌長の仕事の一つだという。
車掌長というよりはアテンダントのような気がした。紙コップに入ったホット・コーヒーを飲みながら窓の外に目を向けた。
窓の外に広がるのはどこかの街の沿線の景色だった。星の下で家々の光が続いていた。まるで銀河だった。
大小様々な星々が燦然と輝いていた。銀河鉄道の名の通り、銀河を進んでいる。

(゚、゚トソン「綺麗ですよね」トソンが笑う。「死んで、死んだ後だというのに不思議な世界に迷い込んだ気分です」

从 ゚∀从「実際自分はまだそんな気分ですよ」

トソンとドクオはクーから受け取ったコーヒーをそのまま飲み、ヒートはスティックシュガーとフレッシュミルクも受け取っていた。
二つとも投入してマドラーでかき混ぜると全く違う色になる。ヒートはそれをふうふうと息をふきかけて慎重に口をつけた。

(゚、゚トソン「そうそう、新しく乗客としてやって来た方に、まだ出会ったばかりの私たちを客観的にどう見えるか訊いたりしているのです」

コーヒーカップを大切そうに両手で包みながらトソンが言い出した。

(゚、゚トソン「自分の記憶を取り戻すための参考になればと」

从 ゚∀从「なるほど」

(゚、゚トソン「なんでもいいのです、感じたままで」

从 ゚∀从「己のインスピレーションに正直になっても?」

(゚、゚トソン「勿論です」

まずトソンの姿をよく見てみた。髪は上品なパール調のヘアゴムで低い位置で一つに纏められている。
ボーダーのカットソーにダーク・ブルーのフレアスカートを合わせている。ウエストのリボンベルトが可愛らしい。

从 ゚∀从「トソンさんは二十代半ば、学生の頃は図書館の司書が夢だったけれど今は物流会社の営業。 趣味はやっぱり読書、みたいな」

13 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:01:18 ID:OUAA5tbg0
('A`)「本当に己のインスピレーションに正直じゃねーか。 なんて具体的な」

(゚、゚トソン「いいのです、嬉しいです。 確かに図書館の司書は夢だったのかもしれません。 たまに本を読みたいなぁと思う時がありますから」

ノパ⊿゚)「じゃあ次はわたし!」

ヒートが元気よく手を上げた。身長は百五十センチにも満たないだろう。ヒートも髪を一つに纏めているけれどトソンとは対称的で位置が高い。
活発そうな見た目とは裏腹に髪を纏めるシュシュは随分と可愛らしいものだ。服装はグレーのパーカーにデニムのショート・パンツ。
パーカーはだぼっとしている。身長の低いヒートには少し大きくて余計に幼さを目立たせてしまっている気がする。

从 ゚∀从「ヒートちゃんはやっぱり中学生か高校生かな。 ソフトボールとか運動部で活躍してると思う。 クラス対抗球技大会とかでは最強の助っ人みたいな」

ノパ⊿゚)「あっなんか当たってる気がする! 思い出せないけど!」

(゚、゚トソン「ヒートさんが運動部で活躍しているのは間違いないと思います。 足が速いですしいつも元気ですし」

ノハ^⊿^)「そうだよね!」

('A`)「うるさいもんなぁ。 クラスでもまぁうるさかったんだろうなぁ」

ノパ⊿゚)「ドクオみたいなザ・根暗とはぜったい喋ってなかっただろうね」

('A`)「うるせえこっちからお断りだ」

ノハ-⊿゚)「べーだ」

(゚、゚トソン「ではドクオさんを」

ドクオを見る。年齢は老け顔のために三十代に見えるけれどきっと実際は二十代なのだろう。
陰鬱そうな見た目を作り出す長い癖毛の前髪。思春期を迎えても一度も手入れをした事がなさそうな自由に生え放題の濃い眉毛。
痩せ型で筋肉というものがまるで感じられない。むしろなんだか不健康そうだ。服装は上下ユニクロの黒のスウェット。

从 ゚∀从「いや…その」

ノパ⊿゚)「いいんだよ! 正直に! 己のインスピレーションに正直に!」

14 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:03:47 ID:OUAA5tbg0
从 ゚∀从「え、じゃあ…老け顔だけど本当は二十代、学生時代は休憩時間になるとクラスの片隅で趣味の合うオタク友達とぼそぼそ話をして過ごす。
      プライドだけは高くて自分を正当に評価してくれる環境に置かれていないと思い込みせっかく就職した会社も辞めてニート生活に突入。
      パソコンで就活するからと言い張って自室に閉じこもり深夜アニメをリアル・タイムで見てTwitterで実況するフォロワー三百人程度のニート」

(#'A`)「なんだよそれ! なんで具体的かつ悪口テイストなんだよ!」

ノハ^⊿^)「ハインリッヒさんたぶんそれ合ってる! それぜったい合ってるよ!」

(゚、゚トソン「すごいですね、この短時間でここまで正確に人物像を観察出来るとは…」

(#'A`)「分かんねーだろ!? 理系大卒本社採用エリートとかかもしんねーだろ!?」

ノパ⊿゚)「夢見んな」

ヒートがげらげら笑ってトソンが肩を震わせて笑ってドクオはやってられないとばかりに天を仰いだ。

('A`)「じゃあ最後はハインリッヒだ」

从 ゚∀从「え、私?」

('A`)「そりゃあそうだろ、まだ自分の事何にも分かんないんだろ?」

从 ゚∀从「まぁ、うん」

私はどう見えるんだろう。窓に映った自分を見てみる。
グレーのタンクトップにデニムのショート・パンツ。白のレースガウン。
髪は癖っ毛なのか毛先が無造作にハネている。

('A`)「ビッチだな」

从 ゚∀从「は?」

('A`)「ビッチ」

从 ゚∀从「は?」

15 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:05:08 ID:OUAA5tbg0
('A`)「ビッチだろお前胸元どんだけはだけてんだよつーか胸でけーな!」

(゚、゚トソン「ドクオさんそれはハインリッヒさんの胸が豊かなのでタンクトップをこう押し上げているだけで」

('A`)「あとショート・パンツも超短いしパツパツじゃん? 足ほぼ全部出してんじゃんビッチだよビッチ。 あと胸でけーな!」

ノパ⊿゚)「なんか童貞らしい感想だね」

(#'A`)「ど、童貞かどうか分かんねーだろ!!!」

あぁでも、言われてみればそういう女性に見られる格好かもしれない。露出度が高いのは事実だ。
ビッチなんて言葉に明確な定義なんてものはないのだけれどレッテルというよりは分かりやすい言葉ではある。
自分は生前本当にビッチと呼ばれる女性だったのだろうか

(゚、゚トソン「気を悪くしないで下さい、ドクオさんはきっと女性に慣れていない人生だったのでまともな感想を持つ事が出来ないのです」

('A`)「おいトソンさんさらっと毒舌だな」

ノパ⊿゚)「ごめんね、ドクオは女子と付き合った事がないからちょっと派手な女の人を見るとすぐにビッチだとか言っちゃうの。 かわいそうだよね」

('A`)「お前だって男子と付き合った事絶対ないだろ」

ノパ⊿゚)「分かんないよ〜女子陸上部のエースでイケメンの彼氏いたかもよ〜〜〜?」

('A`)「大体お前みたいな脳筋ゴリラ女子に彼氏は出来ません〜。 後輩女子にキャーキャー言われるだけで男は寄って来ません〜」

ノパ⊿゚)「はぁ〜? だれが脳筋ゴリラなんですかぁ〜〜〜???」

从 ゚∀从「ほんと仲いいんですねぇ」

16 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:06:12 ID:OUAA5tbg0
(゚、゚トソン「ずっと同じこの銀河鉄道で時間を共にしますから。 仲間みたいなものです。 記憶を取り戻して消えていく時は随分と寂しく感じられます」

トソンは本当に寂しそうに目を伏せた。もう何人も見送っているのだろう。
三ヶ月ほどこの銀河鉄道に乗っていると言っていたクーはもっと多くの人を見送ってきたはずだ。

川 ゚ -゚)「ハインリッヒさん」

そのクーが紙コップを回収がてら私のところへ来た。

川 ゚ -゚)「車内を案内します」

車掌長であるクーに車内設備について案内してもらった。客車は四両あって食堂車、客車、寝台車二両と続く。
今までいたのはボックスシートのある客車だ。寝台車にはトイレとシャワーもあった。最後部にはラウンジもある。
シャワーは一つしかなく今は男性がドクオ一人という事もあって女性から先に入るのだという。
私もクーに使い方を教えてもらってから入る事にした。狭いながらも脱衣所があって服を脱いでいく。

途中でふと鏡で自分の顔を見た。自分の顔だというのにどこか気の強そうな印象を受ける。
自分は何者なのだろうか。どこで生まれてどのようにして生きて、どう死んだのか。
他でもない自分の事だというのに分からないのはもどかしい気がした。それでも思い出せない以上はどうしようもない。

下着も脱いでしまって鏡の前に立った。等身大の私。何一つ覆い隠すもののない裸の私。それでも自分が何者なのかは分からない。
記憶のない自分がどうしようもなく無力なのだと感じる。きちんと私は自分を見つける事が出来るだろうか、と思う。
あまり考え込んでも仕方ない、シャワーを浴びようとドアを開けようとする。だけどそこで違和感を覚える。一瞬何かが目に入る。
鏡の前に戻る。違和感の原因を見つける。背中だ。服を脱いでしまった私の背中。大きな入れ墨が彫られている。
背中を覆う大きな入れ墨。私は暫くそのまま立ち尽くしていた。私は本当に、何者なのだろう。



翌朝着替えて客車へ向かうと乗客三人が揃っていた。本当に夜が明けたらしく、外の景色は明るい。
朝陽が降り注ぐどこか知らない街を走っている。知らない家、知らない店舗、知らない道路、知らない山が車窓を構成する。
私が起きてきたのを見てクーがホット・コーヒーを持ってきれくれた。今日のクーは制服ではなく私服を着ている。
ロングニットカーディガンにチュールスカート。クーはスタイルが良く脚が長いからよく似合っている。

川 ゚ -゚)「街に出る時に制服では変ですから」

17 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:07:36 ID:OUAA5tbg0
从 ゚∀从「それなら普段からきちんと制服を着なくてもいいのでは?」

川 ゚ -゚)「なんだか落ち着くんですよね、制服が」

もしかしたら生前は制服を着る職業に就いていたのかも、とクーは冗談めかして笑った。
クーさんなら銀行員とかやっていても不思議ではないですねとトソンが言う。

川 ゚ -゚)「街に出る前に説明する事が幾つかあります」

自分の分のホット・コーヒーを手にしてクーもボックスシートに座った。

川 ゚ -゚)「これから行く街はどこかの街です。 この中の誰かの縁のある街かもしれないし、全然関係のない街かもしれない」

私は頷く。

川 ゚ -゚)「そして実際の街とは異なります。 あくまで現実の街を模倣・再現した街のようです」

('A`)「どんな人に訊いても俺たちを知っている奴はいないんだよな」

ノパ⊿゚)「ゲームでいうNPCみたいなものだよね」

('A`)「NPCって何の略だっけ」

ノパ⊿゚)「ノンプレイヤー・キャラクター」

ノンプレイヤー・キャラクター、と私は繰り返す。

('A`)「要は通行人に自分の事を訊いても誰も知らないし誰も答えてくれないんだよ」

ノパ⊿゚)「自分で見つけなきゃいけないんだよね」

18 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:08:52 ID:OUAA5tbg0
(゚、゚トソン「自分の記憶ですからねぇ」

ノパ⊿゚)「確かに」

そういえばまだでしたね、とクーが切符を手渡した。

川 ゚ -゚)「フリー切符みたいなものです。 この銀河鉄道に乗車している以上はいつでも乗り降りが出来ます」

('A`)「どこまでも行けるんだよな、この切符」

(゚、゚トソン「本当は早く自分が見つけられればいいのですけれどね」

銀河鉄道が徐々に速度を落としていく。ゆっくりと制動がかけられる。
大きな川に架けられた鉄橋を渡る。川を挟んだ両側に住宅地が広がっている。比較的近くに山が迫っている。
どこの街だろう。何という街だろう。私の知っている街だろうか。記憶を呼び戻す事の出来る街だろうか。
長いプラットホームに入る。隣には私鉄らしき列車も停まっていて大きな駅のように見える。
やがてゆっくりと確実に速度を落とし、銀河鉄道は駅に到着した。車掌長クーがドアを開扉する。

川 ゚ -゚)「行きましょう」

クーを先頭に銀河鉄道を降りる。駅名標を見るとまるで靄がかかっているように文字は読み取れなかった。
路線名も時刻表も文字が見えない。まるでそこだけモザイクをかけているように隠されている。

(゚、゚トソン「あぁ、文字は読み取れないのですよ」

川 ゚ -゚)「どこの街か分かるものは見えないんです。 ◯◯駅、◯◯信用金庫、◯◯スタジアム、◯◯タワーといったように隠されてしまうんです」

トソンの言葉をクーが補足した。

从 ゚∀从「なるほど、簡単にはいかないんですね」

階段を上がると自動改札機が並んでいる。頭上には大きな提灯が吊り下げられていた。
大きな提灯には何か文字が書かれているけどそれも見えない。駅名が書いてあるのだろう。
切符をICカード専用機ではない自動改札機に投入して出場する。コンコースには多くの人が行き交っていた。
高校生が多く見受けられる。どっちに行きましょうか、とクーが訊いてヒートがなんとなくこっち、と階段を降りる。
駅舎を出るとペデストリアンデッキに出た。直下にはバス・ターミナルがある。駅前は商業ビルが幾つか建ち並んでいる。
やや都会だと感じた。それでも完全に都会ではない。少し大きなターミナル駅といったところだろう。
上半分がオレンジ色に塗られたバスが発車していく。

19 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:10:08 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「あ、お城あるよ」

ヒートが指差した方を見る。小高い山に城が見える。

(゚、゚トソン「行ってみましょうか」

('A`)「城は街の顔だからな」

ペデストリアンデッキから歩道に降りて城を目指す。
英会話イーオン、タイトーステーション、ミスター・ドーナツ。街の名前とは関係のない店舗の名前ははっきりと読み取れる。
T字交差点には高校があってそこから駅でも見かけた制服の高校生が出てきていた。女子のスカートは随分と短い。
線路沿いの坂を進むと城へ繋がっているらしい小道が別れる。欧米系の外国人観光客の姿も見える。

ノパ⊿゚)「なんだか遠足みたいだね」

('A`)「確かにな、城ってのは初めてだし」

上り坂を進むと開けた場所に出る。山の上に建つ天守閣を下から見上げる事が出来る。
登ってみたいですね、というトソンに全員が賛同する。自撮り棒で記念撮影をする中国人観光客を横目に天守に入った。
クーが全員分の入館料を払って中へ進む。階段を上がっていくと城の歴史などの解説が並んでいるもののやはり城の名前は読めなかった。
それでも応永二十四年、北条氏などというワードは見る事が出来る。

(-、-トソン「応永…北条…どこだったか思い出せそうなのですけれど…」

トソンは唸っていたけれど私もドクオもヒートも全く思い当たらなかった。

ノパ⊿゚)「お城なんてぜーんぜんわかんない」

('A`)「安心しろ俺だって分かんねーから」

階段を登り切ると天守閣の展望デッキに出た。
安全のためのフェンスが設けられているけれど街そのものが三百六十度見渡す事が出来る。
ヒートが歓声を上げて身を乗り出した。百円で数分見られる望遠鏡の隣でふんふん鼻を鳴らしながら景色を見ている。

20 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:11:28 ID:OUAA5tbg0
(゚、゚トソン「気持ちいいですねえ」

ノパ⊿゚)「確かに」

銀河鉄道を降りた駅とその駅前の様子がよく見えた。やはり中規模のターミナル駅だ。
駅を囲むようにして市街地が続く。ビルが多くそれなりに栄えている事が分かる。
反対側にまわると城のすぐ近くまで海が広がっていた。この街は海沿いの街だったのだ。
それでも背後には山が迫っている。海と山が近い。挟まれた土地ながら栄えている。

ノパ⊿゚)「思い出したなって人いる?」

('A`)「俺は全然」

(゚、゚トソン「私も自分のいた街ではないように思えます」

川 ゚ -゚)「私も、同じだな」

ヒート、ドクオ、トソン、クーが順に首を振った。
ハインリッヒさんは?とトソンに促されるも私は上手く答える事が出来なかった。

何か、何かが、引っかかる気がした。
市街地の向こうの山、海の手前で分岐する高速道路のジャンクション、どこかで見た気がした。
どこかで、いやそれはすぐ最近だったような気もする。なんとなく、なんとなくだ。
なんとなく、この街は初めてではない気がする。

ノパ⊿゚)「もしかして、何か思い出してる?」

从 ゚∀从「そうなのかもしれない…」

商業ビルが集まった駅前、城から見渡せる海、遠くに続く山々、市街地のすぐ近くまで迫る山、H型の跨線橋、
その跨線橋の下を何かが通っていく。ドーム型の前面ガラスのある白く丸い車体がゆっくりと走っていく。

从 ゚∀从「ロマンスカー…」

ふと私は呟いた。ロマンスカー? そうだ、あれはロマンスカーだ。

21 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:12:26 ID:OUAA5tbg0
从 ゚∀从「あ…」

まるで連想するみたいに、それは不意に浮かんできた。浮き上がってきた。

从 ゚∀从「小田原だ…」

ノパ⊿゚)「え?」

从 ゚∀从「ここ、小田原だ」

小田原。神奈川県小田原市。小田原城。相模湾。JR東海道本線、小田急線、他。
ここは小田原だ。

川 ゚ -゚)「小田原…」

何かを考えるようにクーが呟いた。

(゚、゚トソン「小田原とは、やっぱりあの小田原ですか」

('A`)「じゃあ、ここはお前の街なのか?」

从 ゚∀从「私の街?」

('A`)「出身地とか、住んでいる街とか、そういう関係があるのか?」

从 ゚∀从「いや…」

そこまでは思い出せなかった。そしてそれを想像する事は出来なかった。
この街のどこかに自分の家があり、生まれた病院があり、通った小学校がある、それは想像出来なかった。
イメージが出来なかった。浮かんでこなかった。私という人間が存在した街ではないように思えた。
それでも私はこの街を知っていた。何らかの形でこの街に来た事がある、そんな気がした。

22 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:14:32 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「それでも銀河鉄道に来て次の日に街が思い出せるって最速じゃない?」

('A`)「あぁ、すぐに思い出して成仏しちゃうかもな」

从 ゚∀从「そうなのかなぁ」

それでも、それ以上は思い出せなかった。
天守から降りて小田原城址公園を出てお堀を隣から駅の方まで繁華街を歩いてみたけれど新たに思い出せる事は何もなかった。
そこはただの小田原だった。それ以上に何もなかった。ただ繁華街がありただ人々が行き交っていた。
そこにはもう私を見つけられるものはなかった。自分のルーツに関するものはなかった。
私以外の皆も何かを思い出せた様子はなく、ハインリッヒの一人勝ちだなとドクオがぼやくだけだった。

夕暮れが近づき駅に戻った。切符を通してホームに入ると銀河鉄道が待っている。

川 ゚ -゚)「気を落とす事はありませんよ」

少し落ち込んだ私にクーが声をかけた。

川 ゚ -゚)「ゆっくり探せばいいんです」

車掌長クーの出発合図と共に銀河鉄道は駅を発車した。
いかにも古そうな車体は発車の際に四方で軋んでいる気がする。
駅を出て小田原城が見えてからすぐトンネルに入って景色は失われた。

从 ゚∀从「その、記憶を取り戻して消えていく、成仏していくってどんな感じなんですか?」

ノパ⊿゚)「なんというか、さらさら〜って光みたいになって消えていく感じ」

('A`)「あーそれが正しいな。 一瞬でポンッと消える訳じゃあないよ」

从 ゚∀从「そんな感じかぁ」

(゚、゚トソン「旅を続けていればいつかは取り戻す事が出来ますよ。 気長に旅を続けましょう」

23 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:15:09 ID:OUAA5tbg0
すぐ夕暮れを終えて夜を迎える。車窓には家々の灯りと銀河が広がった。
時折踏切を通り過ぎて警報音が過ぎ去っていく。赤い警報灯が尾を引いて闇夜に消えていく。
銀河鉄道は知らない街から知らない街へ走る。知らない街の駅を通過していく。

ふと暗い山を見て思い出した。
小田原城から見えた、市街地の向こうの山。あれは箱根の山々だ。
どうして思い出したのだろう。箱根。でもそれ以上は何も続かない。
箱根。私はそこで何かあったのだろうか。

そろそろ眠る頃合いになって寝台車へ移った。寝台車は狭いながらも個室になっている。
小さな階段を上がるとベッドがあって天井から湾曲した大型ガラスの窓が目を引く。
外の灯りが眩しくて昨夜はカーテンを閉めて眠ったけれどなんとなくカーテンを開けた。
銀河鉄道は大きくカーブをしながら走っていた。雲もなく月と星々がきらきらと輝いていた。
海沿いを走っているようで暗い海にも星々が反射して光っていた。
その遥か遠く、大きな曲線を描く向こうに幾つもの集中した光が見えた。
きっと大都市があるのだろう。大都市は色とりどりの大小様々な光を放っていた。
その大都市を背に銀河鉄道は星々に照らされた海沿いの線路を走る。
本当に、銀河鉄道なのだと思った。

24 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:15:36 ID:OUAA5tbg0

2 銀河の星屑

25 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:16:20 ID:OUAA5tbg0
わたしがこの銀河鉄道に乗ってからそろそろ一ヶ月ぐらい経つと思う。
カレンダーもないし時計もないしスマホもないから正確じゃあないんだろうけどだいたいそのぐらい。
銀河鉄道での生活もずいぶんと慣れた。寝台列車に乗ったのはたぶん初めてだと思うけど快適だ。
もちろん生きている時の記憶がないんだから本当のことは分からないんだけど。

自分はたぶん高校生ぐらいだと思う。そして運動部のはず。
シャワーに入るたびに思うんだけどまぁまぁ筋肉質な身体だと思う。
クーさんやトソンさんみたいな女性!って感じの女性といるとなおさらそう思う。
この前乗ってきたハインさんもすっごい女性って感じ。いい身体をしてらっしゃる。
もうハインさんが乗ってきてもう一週間ぐらい、すっかりみんなと仲良くなってドクオいじりも毎日している。
クーさんふつーに美人だしトソンさんも儚い系美人だしハインさんはどこか遊んでる系で美人。
わたしだけちんちくりんな感じはある。たぶん一人だけ十代だろうし。

ノパ⊿゚)「ハインさん馴染んだよね」

从 ゚∀从「え、そう?」

隣に座るハインさんが首をかしげる。かわいいなぁ。
四人がけのイスにわたしとハインさん、向かい側にトソンさんというのがお決まりの配置。
それで通路を挟んだ反対側の席にドクオ。車掌長の仕事がない時とかはクーさんもトソンさんの隣に座る。
一両まるごと四人がけのイスがずらずらずら〜っと並んでるけどだいたいこうやって一緒に座っている。

ノパ⊿゚)「でももう一週間ぐらい経つもんね」

(゚、゚トソン「そうですね、ちょうど一週間ぐらいではないかと」

クーさんはしっかり者のお姉さん、トソンさんはふわふわほわほわちょっと不思議系お姉さん。
ハインさんは明るいお姉さんだけどたまにびっくりするぐらい冷たい顔で外の景色を見ている時がある。
なんとなく、死ぬ前に色々あったんじゃないかと思う。わたしだって何があったか分からないけれど。

26 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:17:07 ID:OUAA5tbg0
銀河鉄道に乗ってからのこの一ヶ月でわたしは四人見送った。
わたしより先に乗っていた人もいたし後から乗ってきた人もいた。
死んだ理由は事故が三人、殺されたのが一人だった。殺された、というのはびっくりした。
でも自分だって殺された可能性がゼロじゃあない。どんな可能性だってあるんだ。
クーさん曰く不慮の事故で死んだ人が一番多いらしい。殺されたのも数人いるらしい。
逆に病気だった、という人は殆どいないそうだ。予期せず死んだ人、というのが多い。
要は予期せず死んで現世に思い残しが強い人がこの銀河鉄道に乗っているんじゃないかと思う。
怨恨が強く成仏しきれない人なんだろう。それこそよく言われる地縛霊みたいな幽霊みたいなものだ。
そもそもこの銀河鉄道じたい現世と天国の中継地みたいに言われているけれどわたしたちは幽霊みたいなものなんじゃないか。
でもけっきょく記憶を取り戻さないと答えなんて分からない。生きているうちに天国や死んだ先の世界があるのかなんて分からなかったみたいに。
記憶を取り戻したら成仏して消えちゃうんだから分からないままかもしれないけどね。

川 ゚ -゚)「そろそろだね」

クーさんが私服に着替えて戻ってくる。間もなく駅に着くみたいだ。
これで何度目の街だろう。ハインさんは初めての街でさっそく思い出していたけれどわたしはピンときた試しがない。
どの街を歩いてもあぁここはわたしがいた街じゃあないな、となんとなく分かる。何も思い出が落ちていないからだ。
記憶を取り戻して消えていった人たち曰く、思い出が落ちているのだそうだ。それを拾うと記憶を取り戻すきっかけになる。
トソンさんはそれを銀河の星屑を拾うみたいですね、と言っていた。無数の銀河の星屑から自分を見つけるのは難しい。
夜になると銀河鉄道は銀河のなかを進む。家の灯りが銀河に見える。そのどこかに自分の家があるはず。銀河の星屑が。

川 ゚ -゚)「行こうか」

銀河鉄道が駅に到着する。けっこう大きめの駅だ。線路がいっぱいある。
いつも通り駅名標の文字は見えなくなっている。
改札を通って駅を出ると駅前はビルがいっぱいあった。高いビルもある。
ひときわ背の高いビルには何かマークが掲げられていた。なんだろう、あのマーク。
なんだか見たことがあるかもしれない。

ノパ⊿゚)「あのマーク…」

('A`)「あぁ、家紋だな」

ノパ⊿゚)「家紋…」

27 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:18:48 ID:OUAA5tbg0
(゚、゚トソン「あれは徳川家の家紋ですよ」

('A`)「さすがトソン先生」

(゚、゚トソン「からかわないで下さい」

駅前の大きな道路には横断歩道がなかったので地下道に入った。
地下道を出るとやっぱりそこそこ都会らしくビルが続く。色んなお店がある。

从 ゚∀从「だいぶ都会じゃん」

('A`)「だねぇ」

(゚、゚トソン「確かに最近の街では一番都会のようですね」

そのまま歩いて行くと右手に石垣が現れた。お堀みたいなものもある。

(゚、゚トソン「お城があるのでしょうか」

川 ゚ -゚)「そうみたいだね、立派な石垣だ」

('A`)「行ってみようぜ」

レトロな建物を越えて進むと石垣が切り開かれて広い道が続いていた。
地名らしき文字は読めないけれどどうやらお城の公園らしい。
でも公園をぐるぐる歩いてもこの前みたいな立派なお城は見えなかった。
天守とかいうお城本体はもう残っていなくて周囲の石垣や門が保存されているようですとトソンさんが説明する。

('A`)「天守がないんじゃあつまんないな」

(゚、゚トソン「そんな事を言うものではありませんよ」

('A`)「へいへい」

从 ゚∀从「あの時は小田原って分かったけれどここは何も思い出すものはないなぁ」

そりゃあお城で毎回思い出せば苦労しないぜとドクオが笑う。うるせーよとハインさんに頭をはたかれた。

28 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:19:55 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「あれ、誰だろ」

途中で像を見つけた。戦国武将的な格好で左手にはなぜか鳥がとまっている。

ノパ⊿゚)「鳥つかいかな」

('A`)「なんで鳥つかいが像になるんだよ鳥とかいすごすぎだろ」

(゚、゚トソン「あれですか、多分ですが徳川家康ですね」

ノパ⊿゚)「へぇ〜」

徳川家康かぁ〜なんて思いながらその像を見上げていると頭の中で何かがよぎった。
それはとても急にやって来た。一瞬だった。駆け抜けていった感じだった。
でもそれはわたしの頭の中に残っていた。
わたしは小学生でみんなとお弁当を食べていた。
ビニールシート。
一年生と六年生。
二年生と五年生。
三年生と四年生。
一年生の頃はすっごくお姉さんに見えた六年生に連れて行ってもらった。
六年生の頃にはちっさくてかわいい一年生を連れて行った。
小学校からバスに乗った。広場で並んだ。像を見た。徳川家康像。

ノパ⊿゚)「あぁ」

遠足だ、小学校の遠足。一年生と六年生の遠足は合同と決まっている。
一緒に行った遠足。一年生と六年生は毎回恒例の駿府城。駿府城。

ノパ⊿゚)「駿府城だ…」

ここは駿府城だ。天守はなくて門とかは残っているけどそんなにお城って感じはない。
覚えていた。いや思い出した。急に思い出した。この徳川家康像で。

29 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:20:56 ID:OUAA5tbg0
('A`)「じゃあここはお前の知っている街なのか?」

ノパ⊿゚)「たぶん…」

初めてだ。幾つもの街を旅してきて初めて知っている街に来た。
じゃあもしかしたらここが、わたしが生まれて育った街かもしれない。
わたしがいた街なのかもしれない。遠足で行ったのならきっとそうだ。

ノパ⊿゚)「わたしの街…」

川 ゚ -゚)「やっと思い出せたな、ヒート」

クーさんは嬉しそうだ。トソンさんも。
もしかしたら、もしかするとわたしはここで記憶を取り戻すのかもしれない。

あぁ、もしかしたらここで旅が終わるかもしれないんだ。
どうしよう、どうしようたって準備とかもないんだけれど。心の準備的なのかな。

(゚、゚トソン「他に何か覚えていないのですか?」

ノパ⊿゚)「どうだろ…」

公園を歩いてみる。でもそれほど新発見はない。わたしを先頭に進む。
門から公園を出る。石垣沿いの道を歩く。なんとなく自然と道を選んでいる。
大きなビルに出る。バス・ターミナルと駅がある。駅。わたしはそこから列車に乗らないと、と思った。

ノパ⊿゚)「乗っていい?」

クーさんが頷く。あのフリー切符はどの交通機関だって乗れる。
改札口を通ると行き止まり式のホームがある。ちょうどタイミング良く列車が入ってくる。

ノパ⊿゚)「え」

30 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:22:07 ID:OUAA5tbg0
ギラリと光った列車のヘッド・ライトを見た瞬間身震いが止まらなくなった。
汗が全身から吹き出して寒気がして立っていられなくなった。

川 ゚ -゚)「どうした? 大丈夫?」

座り込んだわたしをクーさんが支える。

(゚、゚トソン「顔色がとても悪いです」

ノハ;-⊿-)「なんでだろ…わかんない…」

幾つも訪れた街で列車は何度も見た。それで体調を崩したことなんてない。
それでも駅のホームに入ってきた列車にはとても恐怖心を感じた。
あぁ、これは恐怖心だ。どうしてかあの列車に恐怖心を覚えた。

(゚、゚トソン「やめますか?」

ううん、と首を振る。

ノハ;゚⊿゚)「乗るよ」

なんとかクーさんとトソンさんに手を引いてもらって列車に乗った。始発駅でガラガラだったから座らせてもらった。
列車は駅を出るとはじめはビルの合間を走る。そのうち車窓は家ばかりになる。

川 ゚ -゚)「体調は? 良くなった?」

ノハ-⊿-)「うん…」

だいぶ落ち着いた気がする。汗もひいたし震えも収まった。

31 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:23:18 ID:OUAA5tbg0
('A`)「お前さ、多分何かを思い出しかけてるんだよ」

ノパ⊿゚)「やっぱり、そうかな」

('A`)「あぁ、じゃなきゃおかしいだろ」

乗ったはいいもののどこで降りようか。ドア上の駅一覧表を見ても当然ながら駅名は全部隠されて読み取れない。
駅と駅が短いらしくちょっと走っては駅に着いて停まる。それでもそのたびに乗客は少しずつ入れ替わる。
どんな駅にだって人がいるんだ。どんな街にだって。この街にも、その駅でも、人はいる。

ノパ⊿゚)「わたし、消えちゃうんだよね」

('A`)「そりゃあ記憶を取り戻したらな」

ノパ⊿゚)「だよね」

川 ゚ -゚)「いい事なんだよ、それは。 ここはいつまでもいていい場所じゃあないんだ」

('A`)「長い事いる車掌長さんが言うと説得力あるなぁ」

从 ゚∀从「ほんっとひと言余計だよなぁこのニートは」

きっとわたしはさみしいんだ。銀河鉄道に乗っていた時間はもうけっこう長いし居心地だって良かった。
クーさんやトソンさん、ハインさんとも仲良くなった。ドクオとだって。
銀河鉄道は現世と天国への中継地だという。だから長居していい場所じゃあない。
そんなことは分かっていたし早く自分を取り戻したいと思っていた。
でもいざ消えてしまうかも、と思うとさみしい。

ノパ⊿゚)「あ…」

車窓に滑らかにカーブを描くビルが見えた。赤いロゴが輝いている。
赤いロゴ。文字は読めない。でも見覚えがある。覚えている。
ここで降りてみたい、と思った。

32 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:24:46 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「ここで降りていい?」

川 ゚ -゚)「あぁ」

ちょうど列車は駅に着くところだった。ホームから構内踏切を渡って駅を出ると駅前には特に何も目立つものはない。
線路の向かい側にさっき見た赤いロゴのビルがあるけれどわたしの足は自然と反対側に向かった。
車も通れないようなペイントされた路地に入る。そうだ、ここは近道だった。駅からの。
どうして分かるんだろう。覚えているからだ。ここに一度来たことがあるからだ。
路地が終わって大きな道路を渡ると大きな更地に出る。更地には何もない。
奥には電波塔みたいなヘンテコなビルが建っている。
わたしはその更地の前で立ち止まった。

('A`)「なんだよ、何もないじゃんかよ」

ノパ⊿゚)「ううん」

次の瞬間景色が変わった。何もない更地には幾つもの色とりどりのテントが設けられて人で溢れていた。
電波塔みたいなビルの前にはガンダムが立っていた。等身大ファースト・ガンダム。

('A`)「なんで急に…それになんだあの等身大ガンダムは」

覚えている。わたしは見ている。この等身大ガンダムを。

ノパ⊿゚)「静岡ホビーフェア」

('A`)「静岡…」

ノパ⊿゚)「うん、ここは静岡だ。 わたしは小学生の時にこの等身大ガンダムを見に来たんだった」

今は更地になったこの場所も当時は連日賑わっていた。土日には人でごった返していた。

33 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:25:41 ID:OUAA5tbg0
('A`)「俺…覚えてる…そうだよ静岡だ…等身大ガンダムが見たくて見に来たんだ」

ノパ⊿゚)「そうなの? じゃあどこかで会ってたかもね」

何年前なんだろう。でもわたしは小学生だった。
今はおそらく高校生のはずだし、五年以上は経っているんだろう。

ノパ⊿゚)「そっか、静岡か」

口にするとそれは蘇る。そうだ、わたしは静岡で生まれて静岡で育った。
市街地から離れて静清バイパスも越えた先の安倍川近く。
お父さんとお母さんの三人家族。清水におじいちゃんとおばあちゃんの家がある。
男子はみんなサッカーをやっていたしわたしも混じってよくサッカーをしていた。
いつもポケモンは一ヶ月遅れていた。キテレツばっかり再放送していた。
ここは静岡だ。わたしの街だ。

ノパ⊿゚)「あれ…わたし全然消えない、思い出したのに」

クーさんが悲しそうに首を振る。

川 ゚ -゚)「ヒートはきっとまだ自分の最期を思い出していない」

ノパ⊿゚)「最期…」

今までわたしが見送ってきた人たちはみんな自分の最期まで思い出していた。
どうして死んだのか。どんな最後の瞬間だったか。どんな思い残しがあったか。
わたしはまだそれを思い出していない。だから、消えないんだ。

从 ゚∀从「最期って、自分の死んだ状況まで思い出さないといけないのか?」

川 ゚ -゚)「そうなるね」

34 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:26:36 ID:OUAA5tbg0
从 ゚∀从「自分が死んだ状況なんて大概思い出したくないものだろ、生前の記憶とかは楽しい記憶とかがあるだろうけど」

クーさんが頭を振る。

川 ゚ -゚)「それでも思い出さないといけない」

ハインさんが言葉を失う。
そりゃあそうだ、死んだ状況なんて悲しいものばっかりだ。
わたしが銀河鉄道で見てきたのはふいに事故で死んだ、怨恨で殺された、そんなのばっかりだ。
家族に看取られながら幸せに老衰で世を去った人なんて銀河鉄道には乗ってこない。
何かしら思い残しがある人しか銀河鉄道には乗ってこないのだから。たぶんわたしも。

ノパ⊿゚)「自分のことは思い出せたんだけどな…」

わたしが思い出したのはわたしという人間のいわゆるステータスだ。
静岡県葵区安倍口出身。当時はまだ葵区ではなかった。高校も市内の県立高校だった。
本当は浜松とかの私立からも声がかかっていたのだけれど家の家計的に私立は難しかった。
市内で親に負担をかけることなく通える範囲での強豪校がそこだった。陸上部の強豪校。
陸上部。そうだ、わたしは陸上部だった。エースだった。女子のエースだった。

ノパ⊿゚)「陸上部…」

浮かんできた単語を繰り返す。陸上部。わたしは陸上部だった。
幼い頃から走るのが好きだった。近所の安倍川沿いはいいランニングコースだった。
どうして忘れていたんだろう、陸上とともにわたしは生きてきたようなものだったんだ。
小学生の頃から足が速くて運動会やリレーではわたしはいつもヒーローだった。
男子よりも速かった。それは中学校に上がっても変わらなかった。むしろ進化していた。
浜松の陸上の強豪校から誘いかかったりもしたけれど私立に行く余裕はなかった。
年末年始だって構わず走っていたのに。

(゚、゚トソン「何かまた思い出しましたか?」

35 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:27:46 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「うん、いくつか」

またあの列車に乗りたい、と思った。まだ行くべき場所がある。そんな気がする。

ノパ⊿゚)「駅に戻っていい?」

川 ゚ -゚)「あぁ」

等身大ガンダムを背に駅に戻る。また車も通れないようなペイントされた狭い路地を通る。
東京のお台場で展示されてから静岡ホビーフェアのためにやって来た等身大ガンダム。
当時わたしは小学生だった。クラスの男子はその話でもちきりだった。
ふだんサッカーばっかりでアニメなんて見ない男子ですら等身大ダンガムには目を輝かせていた。
お父さんがガンダムが好きで家族で行ったんだった。お父さんは子供のようにはしゃいでいた。
等身大ガンダムではアホみたいに写真を撮っていたしガンプラとかプラモデルの展示の珍しいやつを食い入るように見ていた。
お父さんはガンプラとかプラモデルとかが好きだったんだ。お母さんからは意味わかんないって言われ続けてたけれど。
お小遣いをためてちまちま買っては組み立てていた。タミヤとかバンダイとかわたしでも名前は覚えてしまった。

路地を出るとすぐ線路に出る。あの赤いロゴのあるビルが見える。
そうだ、あれはバンダイのビルだ。赤いロゴはバンダイのロゴだ。BANDAIって書いてあるんだった。

どうして忘れてしまっていたんだろう。お父さんがプラモ好きだってことぐらい当たり前だったのに。
わたしが陸上なしでは生きていけないってことぐらいすごく当たり前だったのに。

ノパ⊿゚)「陸上なしでは生きていけない…」

何かひっかかった。でも分からなかった。

从 ゚∀从「また列車に乗って大丈夫か?」

ノパ⊿゚)「うーん、見ないようにしてみる」

列車が入ってくる。目を閉じる。でも吐き気が急にこみ上げてくる。
耳を手で塞いでやり過ごす。たぶんクーさんが腕を引っ張って案内してくれる。
席について目を開けてみるともう列車は駅を出ていた。

36 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:28:52 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「ありがと、大丈夫だった」

川 ゚ -゚)「良かった」

線路は次第に上り坂になり国道一号線を跨いで新幹線とJRを一気に越える。貨物のヤードも見えた。
JRを越えたら列車を降りるから。そんなことを誰かに教えられた。それを思い出した。
すぐ列車は駅に着く。この駅だ。この駅でわたしは降りたんだ。

ノパ⊿゚)「ここ…」

駅名標はやっぱり読めない。でもなんとなく長い駅名というのは分かる。
漢字で六文字ぐらい。たぶん地名じゃなかった。わたしでも覚えられたのだから。
駅を出るとまるでエスコートするみたいに石畳の道が続いている。
石畳の道をまっすぐ歩くと地下歩道があってその先で公園みたいなところに出た。

('A`)「これ野球場じゃないか?」

ノパ⊿゚)「野球場?」

大きな建物はゆるやかにカーブしている。円形らしい。たしかに野球場と言われれば納得できる。
途中で案内板がある。文字は読み取れないけれどイラストはきちんと見えた。
ドクオの言うとおり目の前にあるのは野球場だった。ここは大きなスポーツ施設が集まっているらしい。
硬式野球場、軟式野球場、サッカー場、テニス場、アリーナ体育館。そして陸上競技場。
文字がなくたって赤茶色のトラックのイラストだけで陸上競技場だと分かる。
わたしはその陸上競技場へ進む。入り口はなぜか開いていてそこから中に入る。
メインスタンドから全体が見える。400mが8レーン。天然芝のサッカーフィールド。芝のバックスタンド。
わたしは立ち尽くす。ここはわたしのすべてがあった場所だ。わたしがすべてを懸けた、懸けていた場所だ。

ノパ⊿゚)「ここ…草薙だ…」

静岡県草薙総合運動場陸上競技場。小笠山でやらない時の静岡県陸上競技選手権大会の会場。
わたしがすべてを懸けた場所。



わたしは幼い頃からバカみたいに安倍川沿いの堤防を走っていたおかげか高校二年生になると陸上部の女子エースになっていた。
本当に走ってばっかりだった。男子に混じってサッカーをやってみたりしたけれどけっきょくはずっと走っていた。
走るのは孤独だ。自分のペースをタイムを突き詰めるのならば一人で走るほかない。孤独な一人旅だ。
当然苦しいし辛い。何度も吐きそうになったし何度か吐いた。楽しいランニング程度なら良かったのに陸上は違う。
走っている時に音楽は聞かなかった。走っている時に好きな音楽を聞いていると走っていない時ですら辛く感じるようになった。
それでも草薙の富士山をバックに電光表示盤の一番上に自分の名前を表示させる日を夢見て走りまくった。

37 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:29:43 ID:OUAA5tbg0
そんなわたしは陸上一本だったからろくに恋愛なんてしたことなかった。別にいいやって感じだった。
高校には青春は今だけ!って強迫観念みたいなのがあったけれどそれよりも陸上だしそもそも部活で忙しくてそれどころじゃあない。
でもそれは同じ陸上部で一年二年同じクラスの友達のしぃからしてみればとんでもなくありえないことだった。
高校生活は今しかない青春がナンタルカを延々と聞かされた。

ノパ⊿゚)「だって陸上でそんな余裕ないし」

(*゚ー゚)「だってじゃない! もう二年生なんだよ!」

しぃはぷりぷり怒った。しぃは顔もかわいいし動きもかわいい。怒るとよく手足をじたばたさせる。
人懐っこいし誰とも仲良くできるし裏であーだこーだ言うこともなかった。
きっと男子からモテるんだろうなぁとは思っていたけれど実際モテた。
何人からか告白されていたし何人かと付き合っていた。
わたしがそういうことが一切ないまま陸上漬け高校生活を送っている間にしぃの彼氏はころころ変わった。

(*゚ー゚)「わたしはね、後悔したくないの」

しぃは指をたててよくわたしに演説していた。

(*゚ー゚)「しなかった後悔よりもした後悔!」

しぃとは高校に入ってから出会った。わりとすぐ友達になっていつしか一番の友達になった。
わたしはそんなに友達がいない。陸上ばっかりだしそんなに遊びに行かないしトレンドにも乗り遅れる。
しぃは友達が男女問わず多かった。中学から継続も高校からの新規も多かった。人望があるんだろうな。

陸上部としてのしぃは正直微妙だった。中学では一番だったらしいけれどうちの高校では下から何番目か。
高校に入ってからも成長して三年生のタイムを次々と抜いちゃったわたしの背中をすごいね!すごいね!と上機嫌で叩いた。
二年生になってから乗りに乗ったわたしは遂に三年生のタイムを全部抜いてしまった。部最速となってしまった。

38 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:31:03 ID:OUAA5tbg0
(*゚ー゚)「ヒートはもううちの高校では敵なしだね」

ノパ⊿゚)「やめてよ、三年に恨まれてそう」

(*゚ー゚)「大丈夫大丈夫、わたしが守ってあげるから」

ノパ⊿゚)「しぃになにができるっていうのさ」

(*゚ー゚)「え〜じゃあTwitterの裏アカウントで擁護してあげる」

ノハ-⊿-)「いらね〜Twitterやってね〜」

なんでわたしとしぃは仲良くなったんだろう。しぃから話しかけてきていつの間にか仲良くなった。
まぁしぃには誰とでも仲良くなれるというもはや特殊能力みたいなものもあるしそんなに不思議じゃあない。
そんなしぃも二年生の春からぴたっと彼氏がいなくなった。聞けば告白は基本受けていたけれど今は断っているのだという。
まず全部受け取っとったのかい。

(*゚ー゚)「ちょっと恥ずかしいんだけどさ」

ノパ⊿゚)「なにさ」

その時わたしはしぃとマックにいてマックシェイクを飲んでいたはずだ。
マックのポテトが全サイズ150円で当然ながらLサイズを頼んでいた。

(*゚ー゚)「好きな人ができて」

ノパ⊿゚)「へぇ、珍しいね」

(*゚ー゚)「うん、自分から好きになったのって初めてで」

ノパ⊿゚)「うん…うん?」

なんとしぃは告白されると付き合ってそのたびに相手のことを好きになっていた。
自分から恋をしたことが一度もなかったのだ。自分から好きになって告白したことなんてなかった。
全部他人から与えられた恋だった。これほど多くの恋愛をしておきながら。かわいくて人懐っこいがゆえに。

39 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:32:09 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「生きてる世界が違う」

(*゚ー゚)「同じ静岡だよ」

ノパ⊿゚)「そうじゃなくて…それで? しぃはその好きになった人にどうするの?」

(*゚ー゚)「どうするのって…やっぱり告白するよね?」

ノパ⊿゚)「わたしに訊くなよ」

しぃは恋愛についての相談をする相手をおおいに間違えていた。
なんせ恋愛経験なし交際どころか男子を好きになったことすらない陸上漬けの十六年を送っているわたしだ。
まだそこらの女子中学生に相談したほうがマシだと思う。

ノパ⊿゚)「その人ってわたしが知ってる人?」

(*゚ー゚)「うん。 …誰にも言っちゃダメだよ」

ノパ⊿゚)「あ、誰かまで教えてくれるの…そういう話は人とまずしないから大丈夫だよ」

(*゚ー゚)「そっか」

それからしぃは三十秒ほど指を触って考えて覚悟してから口を開いた。
わたしはむしゃむしゃポテトを食べていた。

(*゚ー゚)「ギコ君なの」

ノパ⊿゚)「あぁ〜…」

ギコ君は同じ二年生で同じ陸上部に所属している。そして男子二年のエース。
身長は175センチあるし(しぃ談)たしかにイケメン。当然女子に人気ある。
サッカー部にカッコいい男子はいっぱいいるけれどギコ君も負けていない。

40 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:34:45 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「ギコ君って彼氏いないっぽいよね、見たことない」

(*゚ー゚)「そうなの! そうなの! やっぱりいないよね? 見たことないよね?」

同じ陸上部だし彼女いる男子はそういう姿をよく見る。部活終わるのを待ってたりだとか、一緒に帰るところとか。
ギコ君が特定の女子と一緒にいるというのは見たことがなかった。そういう話も聞いたことがない。
それでも他校にいるというのならもう分からない。あんまりそういう人はいないけれど。
ギコ君とは同じ学年だし同じ部活だしちょくちょく喋る。しぃも喋っているはずだ。

ノパ⊿゚)「訊いてみれば?」

(*゚ー゚)「そんっっっなに簡単に言って! それがどれだけ大変なことか!」

ノパ⊿゚)「えーじゃあわたし訊いてみようか」

(;*゚ー゚)「えええええ!? なんで!?」

ノパ⊿゚)「えっだって気になるんでしょ、しぃ。 わたし別に訊けると思うけど」

(*゚ー゚)「え…でも…いいの…?」

ノパ⊿゚)「友達だし」

(*゚ー゚)「はぁぁぁヒートが友達で良かった…!」

女子女子してるしぃはかわいい。

次の日の部活終わりでギコ君に会って話しかけた。しぃは近くの物陰でこっそり聞いていた。

ノパ⊿゚)「ギコ君って彼女いないの?」

(,,゚Д゚)「なんだよ急に」

41 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:36:11 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「めっちゃいそうなのにいないじゃん」

(,,゚Д゚)「うるせーな余計なお世話だよ。 いねーよ」

ノパ⊿゚)「好きな人とかいないの?」

(,,゚Д゚)「…いねーよ」

なんだよ、とギコ君は呟いた。
おーいいないってーとしぃに声をかけてやりたいところだけど我慢した。

ノパ⊿゚)「ギコ君も陸上漬けの高校生活なんだなぁ」

(,,゚Д゚)「俺も?」

ノパ⊿゚)「いやわたしもそんな感じだから。 ヤバいよね、余裕ないよね」

(,,゚Д゚)「まぁな」

ノパ⊿゚)ノ「まいいや、ありがと、じゃあね〜」

それからしぃのほうにすたすた歩いていったけれどしぃはバレるバレる!と走っていった。
ちょっと先で合流していないって!いないって!とまた背中を叩かれた。とりあえずおめでとうと言っておく。

告白は何度もされたことのあるしぃは果たして告白できるんだろーか、そのわたしの不安は見事に的中する。
それからなんと二ヶ月経ってもしぃは決心したにも関わらず告白できずにいた。ただしぃとギコ君は一緒にいる時間は増えた。
部活終わりに一緒にコンビニでダベったりするようになった。なぜかわたしも付き合わされた。
これじゃあ好きって言ってるようなものじゃんってわたしですら思ったし実際そんな噂もちょっと流れてきた。
いくらギコ君が人気イケメンとはいえしぃならな〜という声もあったし、しぃを良く思っていない女子は色々言っていた。
ギコは気づかない鈍感なのかそれとも気づいているのかそれも分からなかった。

42 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:37:31 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「ねぇしぃ、いい加減告白しなよ」

しぃはいつまでも告白できずうんうん唸っていた。

(*゚ー゚)「だって…断られたら、こわい」

そうだ、しぃはあれほど告白されてきたのに自分から告白したことがない。
だから思いを伝えて断られて傷つくのがとても怖いのだ。まぁわたしもないけれど。
だけど告白はそういうものだろう。100パーセント確実な告白なんてない。
誰しも玉砕することを覚悟してでも勇気を出して相手に思いを伝えているんだ。
だからしぃだって勇気を出さなきゃいけない。まぁわたしには経験がないけれど。

ノパ⊿゚)「でも告白しなきゃ進まないよ。 待ってるだけじゃあダメなんだよ」

(*゚ー゚)「でも…」

ノパ⊿゚)「でもじゃあないよ、好きな人いないって訊いてから二ヶ月か、二ヶ月なんだよ。 ギコ君に好きな人できててもおかしくないよ」

(*゚ー゚)「それはヤダ、ヤダ」

ノパ⊿゚)「じゃあ勇気を持って。 覚悟をして」

(*゚ー゚)「…じゃあ?」

ノパ⊿゚)「なに?」

(*゚ー゚)「選手権で出る種目で優勝して?」

ノパ⊿゚)「あのさぁ…そういうのは男子と約束するものだと思うんだけど」

(*゚人゚)「おねがい」

ノパ⊿゚)「まぁ3000ずっと練習してきたし、ついでにいいけれど…」

(*゚ー゚)「うん、約束だよ!」

43 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:38:38 ID:OUAA5tbg0
別にその約束が功を奏した訳ではないのだけれどわたしは七月の県陸上選手権大会の女子3000mで優勝してしまう。
まさかの県高校新記録、大会新記録のダブルレコード。夏の草薙陸上競技場はどっと沸いた。
富士山をバックに電光表示盤の一番上にはわたしの名前がカタカナで誇らしく表示されていた。
夢が叶った瞬間だった。三年生どころか二年生で達成してしまった。
インタビューまでされるほどだった。ローカル・ニュースで見る自分は恥ずかしかった。

しぃは約束のことなんか忘れてすっごく喜んでくれたしギコ君もすごく喜んでいた。

(,,゚Д゚)「やったな!」

めっちゃ強く肩を叩いて賞賛してくれた。ふつーに痛かった。
触られるのも嬉しそうに話しかけてくるのも初めてだからびっくりした。
同じエースだしギコ君の出る男子1500m予選は第2日目だったしわたしの優勝で興奮していたんだと思う。

(,,゚Д゚)「お前ならやるって思ってたけどまさか大会新まで出すとはな!」

ノパ⊿゚)「わたしもそこまでって感じだったしちょっとびっくり」

(,,゚Д゚)「すごいよお前は、普段黙々と練習していたかいがあったな!」

見てたのか、でも同じ陸上部だし誰が頑張っている誰が頑張っていないっていうのはよく分かる。

(*゚ー゚)「すごいよ〜〜〜ヒートすごいよ〜〜〜感動しちゃったよ〜〜〜」

しぃは大会が終わった後でもしみじみ言った。大会から三日経っていた。
ようやくそこでわたしは約束を思い出していた。正直忘れていた。

44 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:41:32 ID:OUAA5tbg0
ノハ^⊿^)「じゃあ約束どおり、ギコ君に告白しようね」

(*゚ー゚)「あっ」

しぃも思い切り忘れていた。

(;*゚ー゚)「そうだっっった…」

ノパ⊿゚)「ね、頑張ろう」

(;*゚ー゚)「う、うん、うん」

ノパ⊿゚)「いつ告白する?」

(;*゚ー゚)「き…近日中」

ノパ⊿゚)「なにそれ」

(;*゚ー゚)「心の準備が…」

えへへとしぃは誤魔化した。

その日もしぃとギコ君は部活後にコンビニでダベりわたしも当然付き合わされていた。
校門を出るとすぐにバス停があるのだけれどバス停一つぶん歩くと高校最寄りのコンビニがある。
静清バイパスのすぐ下にあるファミマは帰りに乗るバス停が目の前にあってダベるにはうってつけの場所だ。
しぃはチョコレート・フラッペを、ギコ君はアイス・カフェラテを、わたしはアイスキャラメル・ラテを飲んでいた。

(*゚ー゚)「でもヒートはすごいよね、ニュースにも出てたし」

ノパ⊿゚)「ローカル・ニュースだよ」

(,,゚Д゚)「それでも大したものだろ、新記録だしな」

なにわたしの話なんかしてるんだ。
しぃもギコ君もわたしに話を振ってくる。いいから早く告白しちゃいなさいなとしぃを睨むけどすっと逸らされる。
あんにゃろ。

ノパ⊿゚)「あ、ごめん、ちょっと電話出るね〜ごめんね〜」

45 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:42:34 ID:OUAA5tbg0
着信がきたフリをしてファミマの裏手にまわった。そのままたっぷり十分近く二人きりにしてやる。
さぁ観念して告白しやがれ。心理戦に付き合わされるこちらの身にもなってほしいものだよ。
ファミマの裏手まで来ると二人の話し声は聞こえない。頭上の静清バイパスを車がびゅんびゅん飛ばしているから尚更だ。
目の前に静清バイパスの側道が走っていてそこも交通量はそこそこある。

ノパ⊿゚)「頑張れ、しぃ」

わたしは恋愛なんていい。それよりも大事なものがある。
ぐ、と爪先に力を入れて風を切るイメージをする。
わたしはもっともっと速く走れる気がする。もっともっと速くなりたい。
ずっと陸上漬けで走り続けた人生だった。これからだってそうだ。
東京の大学に進んで実業団に入る夢だってある。
その夢は新記録という形でわたしの実力が証明されたことで目標に変わった。

さて十分経ってそろそろバスの時間もあるし戻ることにした。
さっそく手でも繋いでいればいいのにとか思う。
うん分かったじゃあね〜なんて電話を切る演技をしながら二人のもとに戻った。

ノパ⊿゚)「おまたせ〜」

(*゚ー゚)「あ、ヒート、おかえり」

(,,゚Д゚)「もうすぐバスの時間だぞ」

(*゚ー゚)「バス少ないよね〜もうちょっと多くならないかな〜」

飲み終わったものをゴミ箱に返しながらそんな話をする。
えっ、何も変わってなくない? しぃまさかこの機会すら逃したの? 

目で追うと視線に気づいたしぃがごめんてと手をあげた。
なんてこった! この意気地なしめ!
あれだけ男子に告白されてあれだけ恋愛をしてきたしぃが自分から踏み出すことがこれほどできないだなんて!

46 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:43:15 ID:OUAA5tbg0
呆れ返りながらアイスキャラメル・ラテを飲み干した。二人はもう青信号になった横断歩道を渡り始めている。
新静岡駅方面のバス停はファミマの反対側の道路にある。バスは大体一時間に二本しか走っていないので乗り過ごすと痛い。
ゴミ箱に空き容器を捨ててから先を歩く二人を追った。そこで異変に気づいた。左から何かが迫ってきていた。
大きなダンプカーだった。静清バイパスの方から走ってきていた。
そのダンプカーがスピードを落とすことなく突っ込んできた。
ダンプカーの方は赤信号だ。横断歩道は青信号だ。
でもそんなことは関係なくダンプカーが突っ込んでくる。
二人は話に夢中で気づいていなかった。
わたしだけが気づいていた。
いつの間にか走り出していた。
わたしの足なら間に合うと思った。
二人を突き飛ばして助けられる。
鞄を投げ捨てて二人へ走る。
ダンプカーが止まる様子はない。
間に合う。
間に合う。
間に合う。
二人の背中にぶつかる。
二人を前方に突き飛ばす。
ほら、間に合った。
そう思った瞬間わたしは強烈な何かに巻き込まれた。



わたしが目覚めた時、そこが病院であって、わたしがそれまで眠っていて、両足の感覚がないことに気がついた。
そうして次に、自分の両足がなくなっていることに気がついた。

47 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:43:51 ID:OUAA5tbg0
あのダンプカーの運転手は無呼吸症候群で当時意識を失っていた。
時速60キロあまりで赤信号の交差点に進入して交差する道路から入ってきた車と接触して電柱に激突し信号機をなぎ倒してようやく停車した。
しぃとギコ君はほぼ無傷だった。わたしに突き飛ばされたときにアスファルトでかすり傷を負ったぐらいだった。
そしてわたしは二人を突き飛ばした後にダンプカーの225mm17.5インチのタイヤに両足を潰された。
泣き叫ぶしぃをなだめながらギコ君が震える手で救急車を呼び意識のないわたしは救急搬送された。
命は助かったけれど下半身は切断されわたしの陸上人生は眠っている間に終わってしまった。

意識の取り戻したわたしの枕元でお母さんはただただ泣き続けてお父さんは唇から血が出るんじゃないかってぐらいに噛み締めて我慢していた。
お前はよくやった、二人の命を救ったんだ、絞り出すようにお父さんは言った。どうしてそんなことをしたんだ、と責めることはしなかった。
顧問の先生や陸上部のみんなも病室に来てくれた。わたしの足のない姿を見て顧問はあらためて絶望して部員のみんなは泣いた。
自分たちの記録を抜き去ってしまったわたしのことを面白く思っていなかった三年の先輩たちも私のもとで泣いた。

48 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:44:20 ID:OUAA5tbg0
そしてしぃとギコ君も病室に来てくれた。というか毎日来た。しぃはもうずっと泣いていてごめんね、ごめんね、と謝り続けた。
どれだけ謝ったってもうヒートの足は戻らないと泣いた。でも悪いのはしぃじゃあないよとわたしは言った。
ダンプカーが突っ込んできたから。わたしが二人を突き飛ばさなければ二人は轢かれて死んでいたかもしれないから。
わたしの咄嗟の判断で間に合う、助けられると思ったから。その判断は半分正しくて半分間違っていたのだけれど。

ギコ君も何度もわたしに謝り、お礼を言った。泣くことを我慢していたけれど目は真っ赤だった。
どれだけお礼を言っても尽きないしどれだけ謝っても取り返しがつかないとギコ君は悔やんだ。

でも実際そうだ。もうこうなってしまった以上は取り返しがつかない。
ぐちゃぐちゃになったらしい両足を切り落とさなければわたしは生きていない。
ダンプカーに轢かれそうになった二人を突き飛ばさなければ二人は生きていない。
突然突きつけられた選択だったとはいえ仕方のないことだった。
また同じ状況になったとしてもわたしは飛び出して二人を助けたと思う。
目の前で二人が死ぬところを黙って見ているなんてわたしにはできない。

49 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:44:51 ID:OUAA5tbg0
なくなってしまった両足はなんだか現実味がなかった。
現実なのだけれど、あ、なくなっちゃったんだ、みたいな感じだった。
入院生活もどうも現実味がなく代わる代わる来るお見舞いの人たちと話すことで忙しいとすら感じていた。
でもある日久しぶりに外の空気が吸いたいな〜となってお母さんに頼んで連れ出してもらった。
病院のすぐ近くに駿府城公園があってお母さんに車椅子で押してもらった。
駿府城公園には小学校の一年生と六年生の時に遠足で行ったことがあった。
そこでランニングをしている人を見かけていいな〜久しぶりに走りたいな〜と思った。
それがきっかけだった。もうわたしは走れないんだ。自分の足で走ることはおろか歩くことすらできないんだ。
急に涙が溢れて止まらなくなった。もうわたしの陸上人生は終わったのに。とめどなく涙が溢れた。
もう安倍川沿いの堤防を走ることも草薙陸上競技場で走ることもできない。もう自分の新記録を更新することもできない。
もう大学に進んで実業団に入るという夢も叶えられない。もう風を切って走ることはできない。
もう高校にも行けないしバスに乗ることも出来ない。一人で列車にも乗れないし一人でコンビニにも行けない。
もう何もできないんだ。今乗っている車椅子にこれからずっと乗り続けるしかない。
もう走ることはできないんだ。あれだけ好きだったのに。走ることだけの人生だったのに。
いつまでも涙は止まらなかった。お母さんに背中をさすってもらっても止まらなかった。

いざ現実を受け入れるとわたしはこれからどうすればいいんだろうとぼんやり考えるようになった。
もう高校に通うことはできない。それなりの設備のある学校に移るしかない。
でもわたしの生きがいはもう取り戻せない。もうどうしようもない。走れないのだから。
陸上だけの人生。いつも走ってきた毎日。それらはもう何の意味もない。
わたしに何の未来があるのだろう。走ることだけが取り柄でそれ以外に何か秀でているものなんてない。
料理が上手なわけでも手先が器用なわけでも記憶力がいいわけでも計算が早いわけでもない。
勉強がすごくできるわけでもない。恋愛だってろくにしたことがない。
走れないわたしに一体何の価値があるんだろう。

50 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:45:45 ID:OUAA5tbg0
陸上部のみんながやがて来なくなった。それでもしぃとギコ君は何度も何度も訪れた。
しぃは病室に来てはごめんねごめんねとめそめそと泣いていた。
ギコ君は陸上部はヒートがいなくなってからどうだとかそういう話をした。

でもわたしはうんざりしていた。
もう取り戻せないのに謝られても仕方がなかった。
もう走れないのに陸上の話なんてされても仕方がなかった。

ノパ⊿゚)「ギコ君、もういいよ」

ある日わたしは切り出した。その日はしぃがいなくてギコ君だけだった。
わたしだけが入院している個室には夕暮れが差し込んでいた。とても静かだった。

ノパ⊿゚)「もうわたしは走れないんだし、構わなくていいよ。 ギコ君だって練習があるじゃん。 次の男子エースなんだし」

切り出すには勇気が必要でギコ君の顔を見られずわたしの足があった方を見ていた。

(,,゚Д゚)「でも」

ノパ⊿゚)「いいの、だってキリがないじゃん」

本当はみんなから忘れられたくなかった。
陸上部のみんなが来なくなって、県記録保持者が走れなくなって興味を失って、わたしは忘れられていく。
もう学校には行けないし学校でもヒートさん可哀想だったよねと何度か言われて忘れられていく。
それが本当は怖かった。
でも逆にいっそ早くわたしのことなんて忘れてほしいという相反する気持ちもあった。

51 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:46:52 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「ギコ君はやっぱり申し訳ないって気持ちがあるから。 でもそれはギコ君を縛っちゃってるんだよ」

(,,゚Д゚)「違う」

ノパ⊿゚)「ううん、わたしはいつまでもギコ君を縛っていたくない。 こうしていつも来てくれるけれどもう縛りたくない。
     もういいんだよ、ギコ君。 気にしないでいいんだよ。 ギコ君は練習に戻らなきゃ」

(,,゚Д゚)「違うんだよ!」

ギコ君が大きな声を出してわたしは肩をびくっとさせた。
本当にびっくりしてギコ君を見ると泣いていた。初めて見るギコ君の涙だった。

(,,゚Д゚)「…そういう申し訳ないって気持ちだけで来てたんじゃない」

ノパ⊿゚)「え?」

(,,゚Д゚)「俺は、お前が好きだったんだ」

ノハ;゚⊿゚)「え? え、えっと、そんな慰めみたいな」

ギコ君がわたしの肩を掴んだ。真剣だった。

(,,゚Д゚)「そうじゃない。 ずっとお前が好きだったんだ。 こうなるんだったら、早く言えば良かった」

いやいや、違うよ、ギコ君を好きなのはしぃなんだよ? わたしじゃなくて、

(,,゚Д゚)「いつかお前に好きな人とかいないのって訊かれたことあっただろ。 あの時はびっくりしたけど、あの時に言えば良かったんだ…」

どうしよう、思ってたのと違う。ギコ君はわたしが好き? しかも前から?
どうしよう、どうしよう、こんなことになるなんて。

何か物音がした気がした。でももう何も聞こえなかった。静かな夕方の病室だった。
ギコ君には今こんな状態だからあんまり考えられない的な言葉で返事を濁した。
分かった、とまた目を真っ赤にしてギコ君は帰っていった。

52 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:47:43 ID:OUAA5tbg0
それから三日間、しぃもギコ君も来なかった。
お母さんは仕事を辞めてわたしに付き添ってくれた。
これからは本当の意味でお父さんとお母さんがいないと生きていけない。
車椅子では家の玄関を上がれないし二階のわたしの部屋にも行けない。
バリアフリーの家へリフォームすることを考えているのだという。
手術費入院費そしてリフォームといったいどれだけのお金がかかるんだろう。
自分では何もできない。それを痛感させられる。あれだけ誰よりも速く走れたのに。

お母さんが一度家に帰ってからしぃが来た。今日は泣かずにたまには外に行かない?と誘ってきた。
わたしもずっと病室にいるのは苦痛だったから喜んで連れ出してもらうことにした。
毎日のように走っていたわたしにとってずっと同じ部屋で寝ているというのはとにかく退屈で仕方なかった。
そういう話をするとじゃあたまには遠出しようよとしぃは車椅子を押してくれた。
セノバから静鉄に乗った。しぃにギコ君の話はしなかった。できるわけがなかった。

ノパ⊿゚)「静鉄に乗るのなんか久しぶり」

(*゚ー゚)「わたしも〜」

ノパ⊿゚)「どこまで行くの?」

(*゚ー゚)「ん〜秘密。 とりあえず、JRを越えたら列車を降りるから」

線路は次第に上り坂になり国道一号線を跨いで新幹線とJRを一気に越える。貨物のヤードも見えた。
県総合運動場駅に着くと駅員が折りたたみスロープ板を持って待っていた。

ノパ⊿゚)「ここ…」

(*゚ー゚)「うん、草薙」

53 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:48:47 ID:OUAA5tbg0
草薙には車でしか来たことがなかった。でも駅からも近かった。
スロープから草薙陸上競技場のメインスタンドへ入る。
メインスタンドから全体が見える。400mが8レーン。天然芝のサッカーフィールド。芝のバックスタンド。
ここはわたしのすべてがあった場所だ。わたしがすべてを懸けた、懸けていた場所だ。

ノパ⊿゚)「あぁ…」

もうわたしはここを走ることはない。ここを走ることはできない。
正確にスタートを決めて風を切りレーンを駆け抜けることはない。
富士山をバックに電光掲示盤の一番上にカタカナで名前を刻むこともない。

どうしてしぃはわたしをここに連れてきたんだろう。
草薙はわたしがもう二度と触れることのできない陸上の象徴のような場所なのに。
しぃは何も言わなかった。静かに車椅子を押して進んだ。わたしは栄光の日々を鮮明に思い出していた。
胸が詰まり途方もない絶望感に襲われた。

(*゚ー゚)「どう?」

ノハ-⊿-)「どうって…」

(*゚ー゚)「思い出す?」

ノパ⊿゚)「うん、思い出すよ」

(*゚ー゚)「そっか」

しぃはわたしの乗った車椅子を押しながらスロープを降りた。
もと来た道を戻る。と思いきや駅の近くでしぃは曲がった。

54 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:50:35 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「どこへ行くの?」

(*゚ー゚)「ちょっとね」

車椅子は心なしかゆっくりと進む。

(*゚ー゚)「ねぇ」

ノパ⊿゚)「なに?」

(*゚ー゚)「ヒートは嘘をつていたの?」

ノパ⊿゚)「え?」

(*゚ー゚)「嘘をついていたんでしょう」

ノパ⊿゚)「え、何の話?」

(*゚ー゚)「ごまかさなくてもいいんだよ」

ノパ⊿゚)「ごまかしてなんかないよ」

(*゚ー゚)「ううん、わたし、この前聞いちゃったんだ」

ノパ⊿゚)「この前…」

あの時の物音。気のせいではなかった。しぃはいた。あの時あの場所にいた。

(*゚ー゚)「わたしバカみたい、ギコ君が…」

しぃはその先を言えなかった。わたしも口を開けなかった。

(*゚ー゚)「ねぇ、ヒートは知っていたの?」

55 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:52:03 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「え?」

(*゚ー゚)「ギコ君が、その…その、ヒートが、ヒートを好きだって、ヒートは知っていたの?」

ノパ⊿゚)「え、違うよ、わたしは知らなかった。 初めて聞いた」

(*゚ー゚)「嘘だよ」

ノパ⊿゚)「嘘じゃない…」

(*゚ー゚)「嘘」

車椅子は踏切に差し掛かった。県総合運動場駅の反対側にある車も通れない小さな踏切。

(*゚ー゚)「ヒートはずっと騙してたんだよね、わたしの気持ちを知りながら。 笑ってたんだよね」

ノパ⊿゚)「違う…」

(*゚ー゚)「笑ってたんだよね、笑ってたんでしょう、他の子みたいに、あのビッチって」

ノパ⊿゚)「違うよ…」

踏切の警報音が鳴る。赤い警報灯が光る。

(*゚ー゚)「ヒートなんか友達にならなければ良かった」

背後にいるしぃの顔は見えない。そんな表情をしているか分からない。

(* ー )「ヒートなんて、いらない」

いきなり世界が九十度傾いた。わたしは線路の正面を向いていた。
しぃはさっさと歩いて踏切から出ていった。追おうと車椅子に手をかけるも車輪はレールとアスファルトの隙間にがっちり嵌っていた。

ノパ⊿゚)「え」

56 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:53:02 ID:OUAA5tbg0
遮断器が降りる。
しぃはどんどん遠くへ歩いて行く。
車も通らない踏切には車も自転車も人も来ない。
警報音が鳴る。
警報灯が光る。
車輪に力を入れてもびくともしない。
車椅子は動かない。
車輪はがっちり嵌って動かない。
警笛が聞こえる。
一度鳴らされ今度は大きく鳴らされる。
列車が来ている。
わたしが嵌っているレールを走ってくる。
急制動がかけられる音と大きな警笛が響く。
身をよじらせて車椅子から滑り落ちた。
身体がアスファルトに叩きつけられる。
逃げなければ。
でも走り出せない。
足がないから自分で走り出せない。
自分で歩いて逃げることができない。
列車が迫る。
間に合わない。
誰よりも速かったのに。
間に合わない。
逃げ出すこともできない。
間に合わ



ノハ;⊿;)「そっか…」

わたしはいつの間にか泣いていた。
静岡県草薙総合運動場陸上競技場。小笠山でやらない時の静岡県陸上競技選手権大会の会場。
わたしがすべてを懸けた場所。
クーさんとトソンさんとハインさんとドクオの前でわたしは泣いていた。

ノハ;⊿;)「わたし死んじゃったんだ…」

57 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:54:54 ID:OUAA5tbg0
自分の手を見る。輪郭はぼやけて光の粒になってさらさらと消えていく。
まるで銀河の星屑みたいだ。自分が消えていく。これでわたしは完全に思い出したんだ。生い立ちから、最期まで。
これで、消えるんだ。成仏するんだ。

ノハ∩⊿∩)「ごめんね…こんな終わり方だなんて思わなかった」

('A`)「なんでお前が謝るんだよ」

从 ゚∀从「そうだよ」

ノパ⊿゚)「まーね」

銀河鉄道は楽しかった。そういえばまた普通に足があって歩けていたんだし。
そうと分かればもうちょっと自分の足で歩いて走ることを堪能したのに。足を失ってから願い続けたことだったのに。

ノパ⊿゚)「みんな、元気でね。 わたしみたいな終わり方じゃないといいね」

(゚、゚トソン「ヒートさん」

いつだって優しいトソンさんは言葉を探そうとしている。
でもあんな終わり方を迎えてそれを思い出して消えていくわたしを慰める言葉なんてもうないんじゃないかな。

58 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 10:55:48 ID:OUAA5tbg0
ノパ⊿゚)「今までありがとう」

川 ゚ -゚)「あぁ、ありがとう、ヒート」

今まで何人もの人を見送ってきたクーさんは落ち着いている。
クーさんはきっと自分よりヒートの方が早く自分を取り戻せる、と言っていたけれどその通りになってしまった。

ノパ⊿゚)ノ「じゃあね」

もうみんなの姿が見えなくなる。わたしは真っ白な世界にいる。
わたしはもうすぐ消えるんだ。自分の全てを思い出したから。
でも、こんな終わり方なら思い出さない方が良かった。忘れたままの方が幸せだった。
せっかく忘れたままでいられたのに。思い出さなくていい記憶を失っていられたのに。
それに、もっとみんなと銀河鉄道で旅をしていたかったな。

59 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:48:44 ID:46GSU23E0

3 銀河のどこか

60 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:50:06 ID:46GSU23E0
銀河鉄道は大きな鉄橋を渡っていた。
眼下には大きな川が流れている。これまで幾つ大きな川を渡ってきただろう。
ボックスシートの向かいにはクーが座っている。反対側にはトソンとハインリッヒ。
ヒートがいつも座っていた窓際の席は空けられている。ヒートが消えてからもう五日ほど経った。
初めて銀河鉄道の乗客が消えたのを見たハインリッヒはショックだったらしく元気がなかった。

確かにヒートの死因は悲惨なものだった。更にヒートは死んだ時の状態ではなかった。
ヒートは事故で両足を失っていたにも関わらず両足を取り戻した状態で銀河鉄道に乗車していた。
銀河鉄道には死ぬ直前の状態で乗っているものだと思われていた、と古参のクーも語っている。
今来ている服装だってそうだ。だからヒートのケースは初めてだと車掌長たるクーですら驚いていた。
例外もありうるのだ。

まぁ死因がどうであれ一緒に銀河鉄道に乗っていたいわば仲間が消えれば誰だって寂しく感じるだろう。
まして一番うるさかったヒートが消えたのだからだいぶ静かになったと言ってもいい。

('A`)「静かだなぁ」

川 ゚ -゚)「そうだね」

もう何度この話をしただろう。

川 ゚ -゚)「やっぱり寂しい?」

('A`)「別に」

61 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:50:57 ID:46GSU23E0
大きな鉄橋を渡り終えると車窓の景色は厩舎、工場、住宅街へと移る。
線路はやがて高架になり大きくカーブすると駅が見えてきた。

川 ゚ -゚)「行こうか」

銀河鉄道が駅に着く。
とても広い面積のある駅前広場に出るとペデストリアンデッキが半円を描くように左右に伸びていた。
階段が設けられていてバス乗り場やタクシー乗り場に続いている。
駅前広場はとても綺麗で清潔に感じられた。機能的に設計されている。

ただ、その駅前広場の真新しさには引っかかるものがあった。
駅周辺はビルが多く繁華街である事が見て取れる。駅自体も大きなターミナル駅だ。
それなのに駅前ロータリーはまるで全部作り変えたように真新しい。

ペデストリアンデッキを歩いて駅前広場から進む。すぐ近くには高層ビルや新しいビルが目立つ。
しかし路地に目を向けると栄えているように見える駅前の通りとは景色が異なっていた。
そびえ立つ高層ビルのすぐ隣のエリアは狭い商店がずらっと並んでいた。ここは繊維問屋街らしい。
しかし殆どの店舗が昼間にも関わらずシャッターを閉めている。幾つかのアーケード街があったがどこも同じ状態だ。
繊維問屋街は完全なシャッター街になっていて駅が近いのをいい事に路上駐車の車ばかりが並んでいる。
駅前は新しく造り替えられたらしいのに少し裏路地へ行くとまるで街が死んでいるように思えた。

(゚、゚トソン「駅前は華やかだったのに随分と寂しいところですねえ」

从 ゚∀从「ギャップがすごいな」

62 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:52:16 ID:46GSU23E0
そのまま歩くと再びアーケード街に出る。ドン・キホーテと高島屋があってそこが随一の繁華街のようだった。
でも通り沿いにあるドン・キホーテや高島屋から一歩アーケード街に踏み込むとまたシャッターを閉めた店が目立った。
営業をしている店舗も多いがシャッターを閉めている店舗が多い。ビルの解体工事をそこらへんでやっている。
アーケード街の入り口はどこも立派な造りなのにその中は随分と空っぽのように感じる。

(゚、゚トソン「なんだかここも寂れていますねえ」

从 ゚∀从「入り口こそ派手なアーケードなのに尻すぼみだな」

('A`)「なんだっけ、竜頭なんとか」

从 ゚∀从「竜頭蛇尾な」

繁華街の象徴であるはずのアーケード街は老人ばかりだ。歩いているか自転車か乳母車を押している。

川 ゚ -゚)「きっとここは、かつてはもっと栄えていたんだろう。 大きな繁華街だったはずだ」

从 ゚∀从「じゃなきゃあんな立派なアーケードはないわな」

(゚、゚トソン「何らかの理由でここまで衰退したといったところでしょうか」

衰退した街。そう表現するのが確かに正しい。
老人ばかりでまるで若者がいない。ドン・キホーテぐらいにしかいないし、そのドン・キホーテにすらも老人は多い。
しかし俺はその頻繁に車の行き交う大きな交差点の角を陣取るドン・キホーテを見ながら違和感を覚えていた。
ここはドン・キホーテじゃなかった、そう思った。どうしてだろう、ここにあるのは紛れもなくドン・キホーテのはずだ。

63 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:53:16 ID:46GSU23E0
川 ゚ -゚)「どうした?」

('A`)「いや…」

(゚、゚トソン「何か引っかかりますか?」

('A`)「いや…うん、そうだな、違和感みたいな」

川 ゚ -゚)「違和感?」

从 ゚∀从「お前それって、思い出しかけてるんじゃないか? ヒートみたいに」

ヒートみたいに、ハインリッヒの言葉で五日ほど前の景色が蘇る。
何もない更地に突如出現した等身大ガンダム。東静岡駅前に展示されていたもので、俺もどうやら当時見に行っていていた。
あれはヒートが過去の記憶を一部取り戻したからだ。現在では更地の場所にかつて等身大ガンダムが立っていた事を思い出した。
そしてその過去はヒートの記憶通り再生された。それがあの等身大ガンダムだ。

('A`)「そうなのかな」

ドン・キホーテ。
オープンして、喜んで行ったような気がする。うちにもドン・キホーテが出来た、そんな風に喜んだ気がする。
何もない廃墟だったのがドン・キホーテになって人が戻ってきた、誰かがそう言っていた気がする。
それはどこのドン・キホーテだった? 廃墟がドン・キホーテになった? 誰がそう言った?

64 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:54:03 ID:46GSU23E0
('A`)「えっ」

顔を上げるとドン・キホーテは廃墟になっていた。
店舗はとっくに引き揚げて解体される事もなく建物だけが残っていた。
薄汚れたビルには文字が書かれている。それはいつも通り読み取れない。それなのに俺には分かった。

('A`)「メルサだ…」

MELSA、ドン・キホーテが入る前はメルサだった。

('A`)「ここ…岐阜か」

交差点の方に視線に戻すとカーブした線路を路面電車が走ってきた。
今のドン・キホーテが建つメルサの前、かつての徹明町のカーブを路面電車が走り抜ける。
そうだ、岐阜だ。ここは岐阜だ。岐阜の柳ヶ瀬だ。路面電車が駅から走っていて岐阜で一番の繁華街だった。

从 ゚∀从「おい、急に景色が変わったぞ」

川 ゚ -゚)「ドクオ、お前が思い出したのか」

('A`)「あぁ…」

ヒートの時と一緒だ。何をきっかけにして思い出すか分かったものじゃない。
とりあえずここが岐阜市であり、かつての一番の繁華街の柳ヶ瀬である事、それは思い出せた。
急に線路と共に現れた路面電車は名鉄岐阜市内線だ。道路の渋滞の原因とされ一方的に悪者にされて廃止になった。
邪魔な路面電車が廃止され道路が広くなる事により交通がスムーズになるかと思いきや待っていたのは街そのものの衰退だった。
市民の足だった路面電車がなくなってしまって、街は一気に廃れてしまった。

65 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:54:43 ID:46GSU23E0
('A`)「なぁ、あの路面電車に乗れると思うか?」

川 ゚ -゚)「乗れると思うぞ」

アスファルトに緑色のペイントがされただけの徹明町の電停から路面電車に乗る。
車内に入ると無性に懐かしいと感じた。そして小さい頃によく乗ったような気がする。
路面電車が廃止されたのは何年前だっただろうか。まだ子供だっただろうか、もう大人だっただろうか。
それでもメルサがなくなる頃にはとっくに路面電車は消えていたはずだ。

('A`)「時系列がぐちゃぐちゃだな」

路面電車に乗るうちに記憶が少しずつ蘇ってくる。
まだ路面電車が走っていて綺麗になる前の岐阜駅前。
アナログ放送時代には37チャンネルだった岐阜テレビ。
執拗なまでの買物番組に日曜昼のなんでも鑑定団の再放送。
なんでも鑑定団再放送で必ず流れる古今珍品情報流通センターのCM。
一方通行の国道二五六号線と金華山ロープウェーと岐阜城とリス村。
映画を見るために連れて行ってもらった柳津のカラフルタウン岐阜。
記憶が交差する。入り混じる。
まだ島田紳助が司会をやっていたなんでも鑑定団の再放送を見ていたのは父親のはずだ。
それなのに父親の顔がきちんと思い出せない。

66 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:55:38 ID:46GSU23E0
路面電車は道路と共に上り坂に差し掛かる。前方には橋が見える。
大きなアーチ橋に路面電車が入ると、ふっと外が暗くなった。
急に夜を迎えた橋の向こうでは何かが光る。

从 ゚∀从「あ、花火だ」

川の向こうに見えたのは花火だ。夜の川に大きな花火が浮かぶ。
次の電停で路面電車を降りて渡ったばかりの橋を戻る。
堤防沿いの道路は交通規制が敷かれて歩行者天国になっていた。
屋台が並び浴衣姿の人が多く歩いている。

(゚、゚トソン「花火大会のようですね」

進めば進むほど人が多くなり歩きづらくなる。花火が大きく見える。
この先に打上場があるらしい。人混みに巻き込まれながらまた大きな橋に出た。
金華橋だ、と思った。人混みに混じって記憶も混じる。
駅前から伸びて長良川に架かる三つの橋。忠節橋と金華橋と長良橋。
誰かとこの金華橋の近くで花火を見た。長良川花火大会の花火を見た。まだ幼い頃に見た。
規制された道路の真ん中を歩ける非日常感。立ち並ぶ屋台とレンタル発電機の駆動音。
リバーシブルレーンの金華橋通り。三人で見た花火。まだ家族が三人だった頃。三人。
一人は父親だ。何故か顔は出てこない。そしてもう一人は、

('A`)「かーちゃんだ…」

どうして忘れていたのだろう。どうして忘れる事が出来たのだろう。
一際大きな花火が打ち上がる。炸裂する花火と遅れて爆発音が響く。



俺は小さい頃からいつも劣等感に悩まされ続けてきた。
小学校では運動が苦手だっただけでノロマ扱いされたしよく馬鹿にされた。
64やPS2みたいなゲーム機だって家にはなかったから誰も家に来なかった。
皆がゲームボーイアドバンスで遊んでいる時もまだゲームボーイカラーだった。
中学校では部活に必ず入らなければいけないくせに運動部しかなかった。
一番運動しなくてもよさそうだと思って卓球部に入っても学年で一番下手なのは明白だった。
顧問は俺の面倒を見ようともしなかったし下級生からは笑われぞんざいな扱いをされた。
高校受験では第一志望の公立に落ちて私立に行く事になった。家からまぁまぁ近かったけどひどい高校だった。
パンフレットでは綺麗な体育館の写真が載っていたけれど新しく綺麗なのは体育館だけで校舎はボロかった。
内申点が26あれば合格出来るとネットに書かれていただけあって通っていた生徒のレベルは案の定のものだった。
陰キャラだった俺は何度かカツアゲされた事があったけど幸いにもイジメのターゲットになる事はならなかった。
高校卒業時に進学する気力はなかったけどろくな就職先もないから専門学校に進学した。
就職率の高さを謳っている学校で自分もいい会社に就職出来ると信じていたけどそれは思い違いだった。
何社何十社受けてもなかなか採用を貰えなかった。早々に内定を得て就活を終え遊ぶ同期が羨ましかった。

67 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:58:07 ID:46GSU23E0
俺は正当な評価を受けていない。いつからかそう思う事が多かった。
運動が出来ないだけで、足が遅いだけで、ゲーム機を持っていないだけで。
卓球が下手で下級生にも勝てないだけで、一回きりの試験に失敗しただけで、面接が苦手なだけで。
正当な評価を受けていない。下に見ている。もっと受け入れられたっていいはずだ。認められていいはずだ。
劣等感は強まるばかりだった。どうして自分だけがこんなに苦しい思いをしなければいけないのか。

それに俺は地元が好きではなかった。田舎らしい田舎、岐阜。
名古屋に遊びに行っては都会に憧れた。出来れば東京、最低でも名古屋の企業に就職したかった。
でも受からなかった。後々考えれば当たり前だ。田舎に暮らして専門学校を出ただけでそれほどの資格も持っていない。
東京や名古屋に憧れながらもたった一つの企業からも内定は貰えなかった。時間だけが経過していった。
専門学校進学時に買ってもらったスーツはいつまでも慣れなかった。まさにスーツに着られている感じだった。
ネクタイは一人では上手に結べなかった。朝に家を出る前に結んでもらってから一日触らないよう崩れないよう注意した。
いつまでも内定をくれる企業はなくクラスでも半分ほどが内定を貰ったところで方向転換をせざるを得なかった。
就職出来ないのではどうしようもなく、やむなく地元の企業も受ける事にした。そうして地元の企業からようやく内定を貰った。
一つの企業から内定を貰って、俺は燃え尽きた。就きたい職種でもなかったけどもうスーツも着たくないし履歴書も書きたくなかった。
結局クラスの四分の一は就職出来なくて卒業前に自主退学させられていた。だから就職率が高いんだと気がついた。

68 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:58:34 ID:46GSU23E0
俺が内定を貰ったのは地元のスーパー・マーケットだった。地元密着型の名のもとに岐阜県内にしか店舗がない。
だから県内から出る事はない。出来れば東京、最低でも名古屋と意気込んでいたのにこのザマだ。
入社してから半年は研修期間で青果や精肉、レジなど各部門を経験させられた。
次から次へ覚える事がいっぱいで頭がパンクしそうだった。

研修期間が終わるといよいよ店舗へ配属された。仕事は本当にきつかった。
拘束時間が長かった。開店時間に二時間前には行かないといけないし閉店後も仕事は山ほどある。残業がとにかく多い。
思っていた以上に肉体労働で牛乳を乗せた台車は全然動かない。バックヤードは凍えるんじゃないかというぐらい寒い。
店舗の社員数は限られているから人間関係は面倒だった。レジのパートには派閥があるしお局のババアもいた。
お局のババアとなると自分みたいな新入社員よりもよっぽど発言力があってよく指示されていたし嫌味も言われた。
大手なんかではないし給料は大して良くない。残業代もそもそも残業時間があやふやで期待出来なかった。
仕事が終わらないが故の残業は残業時間とはならなかった。それでも閉店後にあっさり帰れる日など存在しなかった。

69 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:59:05 ID:46GSU23E0
朝起きて会社に行き帰って寝る生活が続くようになった。寝るために家に帰っているようなものだった。
撮り溜めたアニメを消化する余裕もなかった。周回遅れになって視聴を諦めた作品も多かった。
中学生の頃にマガジンで連載されていた魔法先生ネギま!のアニメを見たのがきっかけだった。
初めて見る深夜アニメでビデオに録画した。他にも深夜アニメがあると知って録画するようになった。
極上生徒会、D.C.S.S、魔法少女リリカルなのはA’s、ローゼンメイデン・トロイメント、灼眼のシャナなど。
その年だけでそれらを見て深夜アニメにハマり順調にその道を進むようになった。
それなのにもう今期アニメを追う余裕などなかった。唯一の趣味ですら楽しむ時間はなかった。

中学生の頃はぼんやりとアニメ関係の仕事に就きたいと思っていた。
声優になってみたいしマンガを描いて自分の作品がアニメ化されれば、と妄想したりした。
でも実際のところ声は普通でぼそぼそとしか喋れないしマンガを描く画力などなかった。
自分は特に何も秀でていなかった。ただただ普通だった。長点を聞かれても見つけるのが難しかった。
スーパー・マーケットの仕事は言ってしまえば特殊な技術などいらない。
ただ計算が最低限出来て肉体労働がある程度出来ればいい。
目立った特技も技術も資格も持ち合わせていない俺にはある意味打ってつけだった。

70 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 12:59:41 ID:46GSU23E0
それでもいつからか、辞めてしまいたいと思うようになった。
朝早くに出勤する時、バックヤードで身体が冷える時、重たい台車を引っ張る時、遅くまで残業する時。
急に休んだバイトの代わりにレジに入る時、休日出勤をした時、家に帰って遅い夕食をとってからすぐ寝ないといけないと気がついた時。
辞めたいという気持ちは日に日に強くなっていた。辞めたい、辞めてしまいたい。でもせっかく入った企業だ。
でも本当は東京や名古屋に出たかった。田舎を出たかった。この会社にいても異動は県内に限られる。
でも転職なんてこのご時世に上手くいくはずがない。たった数年で辞めた人間を雇ってくれる会社なんてない。

それでも少し楽しみな事も出来た。二年目の春にレジのバイトで入ってきた女子高校生に同じ趣味の子がいた。
高校指定の鞄にキュゥべぇのキーホルダーがついているのを彼女の帰り際に見つけた。
それについて話しかけようか三日ほど考えてから思い切って話しかけた。
反応は良いものでまずキュゥべぇの魔法少女まどかマギカについて話し合った。
ちょうど自分が会社に入る間近に放送していたアニメ作品だ。
これほどアニメについて語れる女子がいるなんて、と嬉しくなった。

71 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:00:11 ID:46GSU23E0
彼女は高校二年生で近くの公立高校に通っていた。
中学半ばから深夜アニメを見るようになった。はじめは美男子系アニメから入ったという。
なんでも中二の時に戦国BASARAのアニメを見てどハマりしたらしい。
2009年はけいおん!のアニメが放送されて時代を席巻した年だった。

彼女は見た目こそとても地味だった。髪はあまり艶がなく顔立ちも良いとは言えない。
額にはニキビが出来ていてオシャレ感のない実務的なメガネをかけている。
制服のスカートは規定そのものでいつも白いソックスを履いている。
登下校にも出退勤にも使う自転車には名前が油性ペンで書かれている。
全く好みではなかった。ただ三次元での好みというのは自分でもよく分かっていなかった。
二次元での好みならすぐに挙げられるけどそれは三次元のリアルのものとは違う。
その二次元の好みのキャラクターとは違ったけど彼女の事が気になり始めた。
アニメの話をしていると楽しかった。オタクだという事は職場では秘密にしていたけど彼女には打ち明けた。
体育会系が多いスーパー・マーケットでオタク趣味などまず打ち明ける事は出来ない。
彼女とだけはそういう話が出来た。仕事の合間にアニメの話を出来るのが楽しみになった。
あの作品がいい、あそこの作画がすごい、あの監督はダメだ、あの声優の最新シングルは神だ、色んな話が出来た。
彼女がシフトに入っている日は嬉しく、彼女がシフトに入っていない日はつまらなかった。

72 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:00:41 ID:46GSU23E0
三ヶ月ほどしてからこれは恋なのでは、と気づいた。
恋をするのは初めてではない。中学生の頃に幼馴染みに、高校の頃に同じクラスの女子に。
でもそれを本人にはおろか他人に喋った事がなかった。失恋するのはとても怖かった。
そもそも恋愛感情を抱いたところでどうすればいいのかなど分からなかった。
でももう俺も社会人なんだ、と思った。今までと一緒ではいけない、と感じた。
ネットで色んな情報を収集して散々考えた挙句にアニメショップに誘おうと決意した。
外食はしないので食事に誘おうにも情報不足だしさすがにいきなり食事では敷居が高い。
それに比べてアニメショップなら自然だ。名古屋まで出なくても岐阜駅前にアニメイトもある。
そう決心してからタイミングが合わないと理由をつけて二週間ほどかかってようやく彼女にその話をした。
きっと入社試験の面接の時より緊張していた。声は上擦ったしろくに顔も見れずに足元を見て喋った。
彼女からは空いている日があれば、と言われた。じゃあ空いている日が分かったら教えて、と言って別れた。

73 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:01:18 ID:46GSU23E0
先輩社員からお前あいつの事狙ってんのか、と笑いながら肩を叩かれたのは一週間ほど経ってからだった。
俺はどうして、という思いで上手く答えられなかった。でもアニメショップに行きましょうはねぇよ、と先輩は他の先輩と笑った。
そんな事まで知られている、と唖然とした。どうして知っているんですか、とやっと訊くとお局がべらべら喋ってたよと教えてくれた。
お局とはレジのパートのお局のババアだ。社員にはそのままお局と呼ばれている。でもどうしてお局が。
狼狽えていると先輩が事の顛末を喋り始めた。あの彼女が同じバイトに俺に付きまとわれていると相談したらしい。
彼女が俺に話しかけられているのは何人のバイトに見られていたらしくすぐに話は広まった。
会計客がいない暇な時間は隣のレジとおしゃべりする事は日常茶飯事だ。そうしてバイトからパートに話が行く。
そうしてお局にも届く。パートのおばさんはとにかくおしゃべりで噂好きだしお局のババアはまさにそれらの象徴だ。
そうして社員にもその話が伝わった。俺が彼女に付きまとっている、アニメショップに誘った。

74 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:01:43 ID:46GSU23E0
俺がオタクだという事は隠している事だし彼女だけに打ち明けたのに、裏切られた気分だった。
一緒にアニメショップに行きたくないのなら断ればいいのだし何も他人に話す必要はないのに。
俺は別にそんなにオタクでは、と弁明すると何言ってんだお前見た目から完全にオタクじゃねーかと笑われた。
陰キャラ丸出しだしオタクオーラがやべーよ、アニメ見て萌え〜とか言ってるんだろ、と先輩たちで盛り上がる。
オタクであるという事はしっかり隠してきたつもりだからショックだった。見た目がそんなに悪いんだろうか。
まぁあいつもオタクって感じだよな、暗いし芋っぽいよなぁ、髪なんかボサボサだしな、女子で天パはさすがに親恨むわ〜、と先輩たちは続ける。
彼女の悪口だった。俺はただはぁと愛想笑いをするほかなかった。どうやら失恋らしかった。

仕事での唯一の楽しみがなくなって一気に気持ちが萎えた。辞めたいという気持ちが積もり続けた。
恥ずかしい思いをして先輩たち社員からもパートからもバイトからも笑われている気がした。
彼女とは話さなくなった。彼女は別に変わった様子もなく普段通りだった。自分だけが傷を負っていた。
こんな店にはいたくない、そう強く思った。棚卸しで深夜近くまで帰れなかった日にそれは決意に変わった。

75 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:16:17 ID:bJFYI/gU0
親父には言いづらく、夕食の時にかーちゃんに話した。
仕事終わりでいつも夕食は二十二時近い。毎日かーちゃんが俺のぶんだけ温め直してくれる。

('A`)「俺さ、仕事辞めようと思うんだ」

J( 'ー`)し「あぁ、そう…やっぱり仕事が辛い?」

かーちゃんは朝早く家を出て夜遅く帰ってくる俺を心配していた。

('A`)「身体が持たないよ。 一生このままなんて無理だ」

J( 'ー`)し「でも将来は店長とかチーフになるんでしょう」

('A`)「それでも今と変わらないよ。 スーパーはダメだ、どこもブラックだよ」

J( 'ー`)し「でもドクオ見てると確かにそう思うねぇ」

彼女と気まずくなったから、その話はしなかった。そんな恥ずかしい話は出来ない。

('A`)「とにかく辞めたいんだ。 ちゃんと働くから」

J( 'ー`)し「でもお父さんはいいって言うかしらね…」

76 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:17:25 ID:bJFYI/gU0
我が家のパワー・バランスは当然ながら親父が中心だった。
かーちゃんは親父に逆らう事は出来なかった。親父に歯向かうのを見た事がない。
何でも親父が言えばはいはいと従う。

J( 'ー`)し「日曜日にでも話してみたら?」

('A`)「うん」

気乗りはしなかった。俺は親父が苦手だった。
無愛想だし口数が少ないし家庭に興味を持っているのか怪しいと思っていた。
県内の中小企業で働いていて土曜日にも必ず出勤している。
週一回の休みである日曜日には寝ているか釣りに出かけている。
幼い頃からどこかに連れて行ってもらった記憶があまりない。勿論家族旅行など一度もなかった。
中学生ぐらいの時から元々少なかった会話が殆どなくなった。
今は俺が朝早く夜遅い事も相まって最後にいつ喋ったかですら思い出せない。

日曜日に親父はいつも通りぎふチャンでなんでも鑑定団の再放送を見ていた。

('A`)「あのさ」

(´・_ゝ・`)「ん」

CMの間に話しかけたのにひどく素っ気ない返事に感じられた。

('A`)「俺さ、仕事辞めようと思うんだよね」

77 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:18:23 ID:bJFYI/gU0
ようやく親父が振り返る。
中太りで髪も薄くなってきている。こんなに老けていたっけ、と思った。

(´・_ゝ・`)「なんで」

('A`)「勤務が辛すぎるんだ。 朝は早いし夜は遅い。 身体が持たないんだ」

(´・_ゝ・`)「はじめはみんなそんなもんだろ」

('A`)「幾つになったって変わらないんだ。 スーパーはどこもそうなんだ。 業界がダメなんだよ」

(´・_ゝ・`)「選んだのはお前だろ」

('A`)「だから失敗したんだ。 どこでもいいから内定って思ってたからスーパーでも大丈夫って思った。 けど違ったんだ」

(´・_ゝ・`)「辞めてどうするんだ、転職なんて今は無理だろ」

('A`)「探すよ、バイトしてでも探す。 とにかく今のままじゃダメだ」

(´・_ゝ・`)「無理に決まっているだろ。 馬鹿な事を言うな」

78 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:18:52 ID:bJFYI/gU0
CMが明けて親父はテレビに視線を戻した。話は終わり、という意思表示のようだった。
親父には俺がどれだけ苦しみ悩んでいるか分からないのだ。無関心なのだ。腹ただしく、悔しかった。
どうして一人息子の将来を案じる事が出来ないのか。真剣に考えようとしないのか。
俺は決心した。もう成年なのだし社会人なのだし自分で生き方ぐらい決められる。

翌週辞表を提出した。居心地の悪い職場と別れられる事にとてつもない開放感があった。
アニメショップに行きましょうとからかう先輩たち社員やバイトの女の子に手を出しちゃダメだヨとわざわざ言ってくるお局のババアを見なくても済む。
あれ以来自分から話しかけようともしない根暗の彼女の顔を見なくても済む。
先行きの不安などなく清々しい開放感ばかりが占めていた。

79 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:19:24 ID:bJFYI/gU0
かーちゃんに報告するとじゃあ転職頑張らなきゃね、と発破をかけてくれた。
親父に言うとそうか、とだけ言って中日新聞に視線を戻した。
一人息子の転職という大きなイベントよりスポーツ面の方が大事らしかった。

転職は難しかった。ハローワークなんてところには行きたくなくて転職サイトで探した。
ことごとく書類審査で落ちた。あのスーパー・マーケットには一年半しか勤めていなかったのが大きなマイナスポイントらしかった。
俺は専門学校まで行ったにも関わらず取得した資格がとても少ない。新卒採用時になかなか内定がもらえずにそれは痛感している。
あっという間に失業保険の降りる九十日を過ぎてしまった。焦らなくてもいいんだよとかーちゃんは言ってくれたけどさすがに焦る。
転職活動を続けながらもとりあえず無収入を避けるためにバイトを始めた。自宅マンション近くのサークルKだ。
レジも発注もやっていたし覚えやすいと思った。でもコンビニエンス・ストアとスーパー・マーケットでは勝手が違う。
主婦が大多数を占めるスーパー・マーケットとは違いコンビニエンス・ストアの客層は老若男女に散らばる。
客はひっきりなしに来るし信じられないほどに頭の悪い客も多い。接客業がいかにストレスの溜まる職種かよく分かる。
また仕事を教えるはずの先輩バイトのフィリピン人は要領を得ずこれにもやる気を大いに削がれた。
バイトだしスーパー・マーケットに辞表を出す時とは比べ物もならないほどあっさりと辞めた。

80 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:19:49 ID:bJFYI/gU0
それ以外にも居酒屋やファミリー・レストラン、ファストフード店など飲食店のバイトも試したがどれも長続きしなかった。
飲食店は向いていないと強く思った。特に居酒屋はダメだ。店舗に店長である正社員は一人しかいなくて他はバイトだ。
店長である正社員は自分以外の店長代理を任せられるバイトを育てられないと休みが取れないから必死だった。
一ヶ月以上の連続出勤で情緒不安定になりバイトにとにかく当たり散らした。客の前でも平気でバイトを叱責した。
体育会系ばかりでとても俺がいるところではないと思った。

そうこうしている内にスーパー・マーケットを辞めてあっという間に二年が経っていた。
転職活動をしていると公言しつつもたまに転職サイトを眺めるぐらいだ。まとめサイトを見ていた方がよっぽど楽しい。
自分でも今はフリーターを言われても仕方ないな、という諦めはあった。

81 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:20:41 ID:bJFYI/gU0
そんな頃、急に親父に話があると言われた。土曜日にバイトから帰ってきたところだった。
親父から話しかけてくるだけでも珍しいのに話がある、というのは本当に珍しい事だった。
自分が転職活動をしていると言いつつもフリーターが長い事についてだろうか。

(´・_ゝ・`)「座れ」

リビングには親父とかーちゃんが先に座っていた。
三人で座るなんていつぶりだろう。

(´・_ゝ・`)「離婚する事になった」

座った途端に親父がそう告げた。

('A`)「は…?」

意味が分からなかった。理解出来なかった。頭が追いつかなかった。
かーちゃんは黙って俯いていた。

(;'A`)「え…嘘だろ?」

(´・_ゝ・`)「嘘じゃない。 離婚する」

82 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:21:48 ID:bJFYI/gU0
(;'A`)「な…なんで」

俺が正社員を勝手に辞めたからか?
転職活動をすると言いつつも長くフリーターを続けているからか?
それらで二人の意見が割れて揉めたのか?
幾つも頭に浮かんだ。でも違った。

(´・_ゝ・`)「俺にはもう一つ家庭がある」

(;'A`)「…は?」

本当に意味が分からなかった。
かーちゃんを見るとやはり黙ったまま俯いていた。

(;'A`)「どういう意味だよ?」

(´・_ゝ・`)「そのままだ。 俺にはもう一つ家庭がある。 嫁にしたい女と子供がいる」

(;'A`)「はぁ…?」

(´・_ゝ・`)「見るか」

スマートフォンを差し出された。写真が表示されていた。
親父と知らない女と知らない子供だった。
女は三十代半ばといったところ。子供はまだ幼児だ。

83 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:23:10 ID:bJFYI/gU0
(´・_ゝ・`)「これがもう一つの家庭だ」

それはまさに家族写真らしい家族写真だった。そう認めざるを得なかった。
それに親父は笑っていた。こんな風に笑う人だったか、と思った。
それくらい長い事親父の笑った顔を見ていないと思った。

(´・_ゝ・`)「それでな、俺はこっちを本当の家庭にしようと思う」

('A`)「本当の家庭…?」

(´・_ゝ・`)「分からないか」

親父はスマートフォンをしまった。

(´・_ゝ・`)「母さんとは別れる。 お前は俺の子供ではなくなる。
      俺はこの人と結婚する。 この子が俺の子供だ」

この人、と写真の知らない女を指差した。この子、と写真の知らない子供を指差した。

(;'A`)「な…何言ってんだよ」

(´・_ゝ・`)「もう決まった事だ」

(;'A`)「そんな、俺たちはどうなる? 俺とかーちゃんは」

(´・_ゝ・`)「もういい」

もういい。その言葉が重くのしかかった。もういい。

84 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:24:34 ID:bJFYI/gU0
(;'A`)「だって、それは浮気してたって事じゃねーかよ、いつの間に」

(´・_ゝ・`)「毎週土曜日は向こうの家庭で過ごす日でな」

毎週土曜日。土曜日も仕事に出かけていた。
日曜日はなんでも鑑定団の再放送を見るか寝るか釣りに出かけていた。

(;'A`)「い、いつから」

(´・_ゝ・`)「五年ぐらい前だな」

五年、言葉を失う。五年も前から。五年もの間。俺が専門学生の頃から。

(;'A`)「お、おかしいだろ、かーちゃんもなんか言えよ!?」

J( 'ー`)し「そうねぇ」

かーちゃんがようやく顔をあげた。

J( 'ー`)し「もう、どうしようもない、かねぇ」

(;'A`)「なんで諦めてんだよ!?」

(´・_ゝ・`)「母さんとはもう話し合ったんだ。 答えは出ている。 このマンションのローンはきちんと払う」

85 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:26:26 ID:bJFYI/gU0
(;'A`)「そんな…」

かーちゃんはいつだって親父の言う事に従ってきた。言いなりだった。今回だってきっとそうだ。

(;'A`)「それに俺だってまだ二十四だぞ」

(´・_ゝ・`)「もう立派な社会人だろう。 自立するんだな」

(;'A`)「そんな、あまりにも勝手すぎるだろ! 家庭を築いておいて、途中で放り投げるなんて」

はぁ、と大きく親父はため息をついた。心底面倒くさいといった様子で。

(´・_ゝ・`)「失敗だったんだよ」

('A`)「失敗?」

(´・_ゝ・`)「本当は家庭を築くつもりなんてなかったさ」

('A`)「なら今からでも」

(´・_ゝ・`)「違う、ここ、うちだ、この家庭を築くつもりなんてなかった」

('A`)「はぁ…?」

(´・_ゝ・`)「今風に言うとできちゃった婚か、なぁ母さん」

かーちゃんはまた俯いたまま黙っていた。

(´・_ゝ・`)「お前はできちゃった婚で生まれちまったんだよ。 堕ろせって言ったのに母さんそういうところは強情でなぁ」

堕ろせ? 俺を? 俺を堕ろせ?

86 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:27:08 ID:bJFYI/gU0
(´・_ゝ・`)「世間体もあるし仕方なく結婚したんだよ。 今思えば無理にでも堕ろさせれば良かった。 あの頃に戻ってやり直してぇなぁ」

言葉が見つからなかった。浮気をして、俺とかーちゃんを捨てて、これほど堂々としている。
罪悪感というのがまるで感じられない。そして俺はもはや存在意義すら問われている。

(´・_ゝ・`)「あぁ、因みにさっきのあの子、あれは俺の子だ。 あれで決心がついた。 子供ってのはかわいいな」

親父が立ち上がる。話はもう終わりといった顔で長く息を吐いた。

(´・_ゝ・`)「お前には期待してなかったよ」

無愛想だし口数が少ないし家庭に興味を持っているのか怪しいと思っていた。
でも本当に興味がなかった。親父にとってここは本当の家庭ではなかった。ここは社会的な家庭の方で、本当の家庭は写真の向こうにあった。



程なくして親父とかーちゃんの離婚は成立して親父は家を出ていった。
元々それほど物の多い人間ではなくそれほど荷物は減らなかった。
服や釣り具、そして駐車場から親父の通勤用のトヨタ・イプサムがいなくなった。

87 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:28:27 ID:bJFYI/gU0
口座引き落としの自宅マンションのローンはつつがなく支払われた。
それでも一家の大黒柱を失った事には変わりなく家計は一気に苦しくなった。
もっと稼げるバイトにしたかったものの自分に向いている仕事はなかなか見つからなかった。

J( 'ー`)し「ごめんね、こんな事になって」

夕食時にかーちゃんがぽつりとそう言った。

('A`)「かーちゃんが謝る必要はないよ、あいつが悪いんじゃないか」

J( 'ー`)し「でもかーちゃんがしっかりしていればこんな事にはねぇ」

('A`)「全部あいつが身勝手なのが悪いんだ」

J( 'ー`)し「ドクオは優しい子だねぇ」

かーちゃんがパートをしているコメダ珈琲は七時から二十三時まで営業している。
親父はもういないし俺もバイトに出ている事が多いから夕食の準備が必要なくなりかーちゃんは閉店までシフトに入るようになった。
帰ってくるのは二十四時に近い時もある。それでもかーちゃんは疲れた顔もせずに洗濯を始める。
本当は俺もそういうのを手伝うべきなのだろうと思っていたけど自分で料理や掃除や洗濯をした経験はなかった。

88 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:29:10 ID:bJFYI/gU0
それから数ヶ月後に不注意で俺は怪我をした。酒に酔った帰りに電柱を蹴り飛ばして右足を負傷してしまった。
翌日目覚めると右足親指がとても痛い事に気がつき見ると内出血で紫色に変色していた。
バイトを休んでかーちゃんにタクシーで病院に連れて行ってもらった。こういう時に車がないと不便だ。
結果は右足親指の骨折で全治一ヶ月だった。石膏のギプスを作ってもらって包帯をぐるぐるに巻かれた。
松葉杖なしでも歩けるけど仕事は出来ない。

J( 'ー`)し「仕方ないねぇ、仕事は休みなさいね」

('A`)「まぁこの足じゃそうだよな…」

J( 'ー`)し「ゆっくり治しなさいね、無理に動かすと長引いたり変なふうにくっついたりするんだから」

幸いにも今のカラオケ店のバイトは客も店員もパリピでいい加減うんざりしていたので辞めた。
一ヶ月の休養に入る事とした。バイトをとっかえひっかえ、ずっと働いてきたしたまにはゆっくり休むのも悪くないだろう。
まるで学生の頃の夏休みみたいだと思った。

89 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:29:50 ID:bJFYI/gU0
せっかくなのだし、と溜まっていたアニメの消化に取り掛かった。
スーパー・マーケットの正社員時代と比べればある程度は時間に余裕があるものの、今期の視聴作品数は昔と比べると随分と少ない。
それに忙しくて見られなかった時期のアニメ作品の中にも話題になった作品があっていつか見たいと思っていた。
いい機会なのでそれを一気に消化しようと思った。ブルーレイ・ディスクに録画した作品を消化して録画していなかった作品はネットで見た。
ゲームも買ったまま積んでいくばかりだった。それらの消化に取り掛かった。

また朝早くに起きる必要がなくなり就寝時間もずるずると遅くなっていった。典型的な夜型になりつつあった。
とはいえかーちゃんが帰ってくるのは最近ではすっかり二十四時が基本になったしその時間で夕食にすると都合がいい。
昼間は近くのコンビニなどに買いに行った。たまに買い物がしたくなればバスで岐阜駅に出る。名古屋まで出る事もあった。
かーちゃんはパートで出ているので家には自分一人、本当に学生時代の夏休みにようだった。
学生の時と比べると働いているので金があるということだ。食べたい時に好きなものを買った。
起きたい時間に起きて食べたい時間に食べて寝たい時間に寝る。最高の時間だった。
面倒なマニュアルもない。小言しか言わない店長もいない。全く意味のない伝統もない。
ろくに意思疎通も出来ないフィリピン人もいない。体育会系の先輩もいない。
タバコの番号すら言えない馬鹿な客もいない。バイトを怒鳴り散らすブラック社員もいない。
最高だった。ずっとこのままでもいいと思った。

90 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:30:36 ID:bJFYI/gU0
足は一ヶ月ほどで直った。レントゲンを撮るとしっかりとくっついていた。
休む名目はなくなった。でももう朝に起きる事は出来なくなっていたしまだ未プレイのゲームが積まれていた。
もう少し休みたい、と俺は言った。

('A`)「疲れちゃったんだ。 あいつの事とか、職場の事で」

J( 'ー`)し「そう…仕方ないよねぇ、ずっと働いてたもんねぇ」

('A`)「だから、ちょっと休むよ」

J( 'ー`)し「うん、休むといいよ」

人間は楽な方へだらだら堕ちていくものだ。
病院で完治しましたと言われてから更なる休養を決めて一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、半年が過ぎた。
休養生活に身体はすっかり慣れていた。四時頃に寝て十四時に起きる。アニメもリアルタイム視聴が可能となった。
気に入った作品は原作を購入した。積んでいたり前々から興味のあったゲーム消化も進んだ。
一年が過ぎるとさすがに貯蓄がなくなってきた。かーちゃんに毎月少しずつ貰うようになった。
一時的援助だと言うとそうだねとかーちゃんは笑った。

91 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:31:08 ID:bJFYI/gU0
しかし自分でも稼ぎたいのは当然である。稼ぐ方法を幾つか思案した。
アニメ作品の感想などで構成されるまとめサイトを作ってはどうかと考えた。いわゆるアフィリエイトサイトだ。
広告収入で稼ぐ事が出来るし俺は元々アニメ作品の感想を回ごとにTwitterにアップするほど几帳面に更新が出来る。
しかしサイト作りは思いの外難しいらし断念せざるを得なかった。プログラミングに関する知識が足りていない事を痛感した。

ゲームのプレイ動画の実況を行う事も視野に入れ、名古屋に出て品定めを行った結果ヘッドセットを購入した。
流行りのゲームで幾つか実況動画を作成編集しニコニコ動画にアップロードした。
しかし再生回数はどれも百すら越える事はなかった。コメントも動画一つにつき二、三件だった。
YouTubeにもアップロードを行ったが再生回数は二、三十ほどだった。一ヶ月ほど続けたが増える様子はなかった。
上手くいかないものだ、と思った。皆俺の事を見ていない。正当に評価していない。
これまでの人生で何度も感じてきた劣等感だ。俺はやはり正当な評価を受けていない。
ゲーム機を持っていないだけで、運動が出来ないだけで、一回きりの試験の得点が良くなかっただけで。
俺は正当な評価を受けていない。不当な扱いを受けている。我慢こそしているものの許しがたい事態ではないだろうか。

92 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:31:36 ID:bJFYI/gU0
俺は恨んだ。正当な評価をしない社会を。正当な評価の出来ない人間たちを。
俺を認めなかった同級生たちを。俺を落とした企業の人事担当者を。俺を笑い者にした先輩社員たちを。
俺を蔑ろにしたレジバイトの彼女を。俺の噂話を喜々として振りまいたパートのお局のババアを。
俺にろくに教える事の出来ないフィリピン人のバイトを。俺に怒鳴り散らしてストレス発散をするブラック社員を。
俺を本当は堕ろしたかったと言い切った親父を。

社会が悪い。俺は社会の被害者だ。
あんまりじゃないか。これまで社会に虐げられてきた。あんまりだ。
出来れば東京、最低でも名古屋に出たいという夢もあった。
好きなアニメ作品に関わるような仕事もしたいという夢もあった。
それなのに俺は社会に虐げられている。圧倒的弱者だ。骨折もして休養せざるを得なくなっている。
俺は被害者だ。

93 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:33:01 ID:bJFYI/gU0
休養期間に入ってから数年が経った。だらだらと過ごしただけなのにあっという間だった。
結局何かをした訳でもない、本当にただアニメを見てゲームをしただけだった。
何かをなす事もなく時間だけが過ぎていった。当然ながら途中で貯金も尽きた。
その話をするといつか返してくれればいいよとかーちゃんは金を貸してくれた。

J( 'ー`)し「ドクオには辛い思いをさせたからねぇ」

また新たに一万円札を手渡しながらかーちゃんは言った。

J( 'ー`)し「私がもう少ししっかりしていればねぇ」

('A`)「しっかりしていても変わらなかっただろ」

俺はプレイ中のゲームがどうにもこうにも攻略出来ず二時間ほど八方塞がりの状態でイライラしていた。

('A`)「かーちゃんは昔からあいつの言いなりだったじゃねーかよ。
    あいつもクズだけどかーちゃんが何も言わなかったのがあいつをつけあがらせたんだよ」

J( 'ー`)し「そうかねぇ…」

('A`)「そうだよ」

俺は手元だけを見ていてかーちゃんの顔を見ていなかった。

94 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:33:46 ID:bJFYI/gU0
('A`)「かーちゃんはあいつの奴隷みたいなものだったよ。 捨てられる時も」

返事はなかった。俺は鼻を鳴らした。

('A`)「俺さ、たまに思うんだよ。 なんで俺って生まれてきたんだろうって」

J( 'ー`)し「え…」

('A`)「生まれてきたのに歓迎されなかった訳だろ。 どうして生まれてきたんだろうって思うんだ」

J( 'ー`)し「あの人は仮にそうだったとしても…私は嬉しかったんだよぉ、ドクオが生まれてきてくれて」

('A`)「どうだか」

俺は最後までかーちゃんの顔を見なかった。かーちゃんはどんな顔をしていただろうか。
その時の俺は一万円札の使い道について考えていただけだった。

95 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:34:48 ID:bJFYI/gU0
その次の日、俺はいつもより少し早く十三時ぐらいに目が覚めた。
正確には電話の音で目が覚めてしまった。いつから鳴っているのか、ずっと鳴り続けていた。
固定電話などほぼかーちゃん宛てにしかかかってこない。時折離婚した事を知らずにあいつ宛てにかかってくる。
この時間ではかーちゃんはパートに出ているので当然出ないし俺は電話が嫌いなのでまず出る事はない。
それなのに電話は諦めが悪くずっと鳴っていた。何度もかけ直してきていた。
あまりのしつこさにコードを引っこ抜いてやろうと思ったけど、不気味なものも感じていた。
ここまで執拗にかけてくるというのはよっぽどの用事があるのだろう。
それこそかーちゃんの親戚に何か異常時でもあったか。でもかーちゃんの両親はとっくに亡くなり兄がいるだけだ。

('A`)「めんどくせ…」

誰かが危篤でかーちゃんに電話をかけたけど勤務中はであるため携帯電話はきっとロッカーの中だろう。
繋がらないので家の固定電話にかけてきている、その可能性もあるなと思った。
面倒だな、とつくづく思ったもののあまりにもしつこいので仕方なく出る事にした。

96 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:35:30 ID:bJFYI/gU0
('A`)「もしもし」

あ、もしもし!?と電話の向こうの誰かが半ば怒鳴るように答えた。
かーちゃんのパート先の社員だった。まくし立てるように社員は告げた。

『今日どうされたんですか? 出勤されてないんですけど、欠勤するならそう連絡を下さい』

('A`)「出勤してない?」

『そうですよ、七時からシフトに入っているのに、本当に困りますよ』

('A`)「えっと、ちょっと分かんないです、携帯に連絡してみます」

『こっちからも携帯にかけてるんですけど繋がりませんよ! お願いしますよ』

うるさいなと思いつつ電話を切る。
どうしてかーちゃんは出勤していないんだろう。この自宅マンションからパート先までは自転車で数分と近い。
途中で事故にあったというのも考え辛い。とりあえず電話してみるか、と携帯電話からかーちゃんにかける事にする。
かーちゃんに電話をかける事なんて普段はないので着信履歴にすら残っておらずアドレス帳から呼び出す必要があった。
電話をかける。コール音がする。しかし同時に別の音がする。振動音だ。
振動音。俺は顔を上げた。振動音はかーちゃんの部屋から聞こえた。

('A`)「おいおいマジかよ」

97 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:36:19 ID:bJFYI/gU0
まさか今の時間まで寝過ごしたのか? アホすぎる。もう十三時半だ。
それか携帯電話だけ部屋に忘れただけかもな、と思いつつかーちゃんの部屋のドアを開けた。
かーちゃんは寝間着のまま寝ていた。本当に寝ていた、と思って携帯電話の通話発信をやめた。
こんな時間まで寝過ごすなんてと呆れた。社員さんカンカンだぞ、と起こさなければいけない。
目の前まで来てかーちゃんが布団の中ではなく布団の上で寝ている事に気がついた。
しかも普段と逆側に寝ていて枕が足元にある。なんだかおかしい。

('A`)「かーちゃん」

身体を揺すってみた。それでも起きない。

('A`)「かーちゃんってば」

無理に身体を起こさせた。そして俺は異変に気がついた。
かーちゃんの目は開かれていた。それでも微動だにしない。
口からは泡を吹いたのか布団に垂れていた。

('A`)「は…?」

98 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:36:59 ID:bJFYI/gU0
意味が分からなかった。
何度か揺り動かしてもかーちゃんは起きなかった。
目を開けて泡を吹いたまま動かなかった。
俺はそこでようやく気づいた。寝ているのではない。倒れている。
かーちゃんが倒れている。意識がない。

(;'A`)「え、ええっ、嘘だろ」

救急車、救急車を呼ばないと。
気が動転していて携帯電話を持っているのに固定電話まで走った。
110と119、一瞬迷って119にダイヤルする。火事ですか、救急ですか、と訊かれてかーちゃんが倒れているんですと叫んだ。

七分後には通報を受けた救急車が急行して自宅マンション下に着いた。救急隊員により速やかにかーちゃんは運ばれていく。
俺も救急車に乗った。様々な措置が施されていた。心筋梗塞、と聞こえた。聞いた事はあったけどそのような症状か分からなかった。
倒れてからどれほど時間が経っているのか訊かれたけど分からないと首を振った。
病院に着くと救急救命センター入口と書かれた赤い看板がある部屋にかーちゃんは運ばれていく。
俺は室外の椅子で待つよう言われた。スウェットのまま出てきたので居心地が悪かった。
暫くしてから電話をしなければ、と思った。幸いにもかーちゃんの携帯電話も持ってきていた。
外に出てかーちゃんのガラケー携帯電話を開くとパート先から職場から恐ろしいほどの着信が来ていた。
かけ直すと先程の社員が出た。

('A`)「あ、さっき電話もらった息子ですけど」

99 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:37:39 ID:bJFYI/gU0
『息子さん!? それで本人は!?』

('A`)「あの、それが、倒れていたんです」

『はぁ? 倒れていた?』

('A`)「今病院なんですけど、なんか救急車の人は心筋梗塞だとか言ってました」

『心筋梗塞』

突然社員の声が固くなった。

『分かりました、また何か分かったら連絡を下さい』

('A`)「はぁ…」

電話を切ってから、かーちゃんの親戚にも連絡した方がいいだろうと思った。
両親はもういないけどかーちゃんの兄、フィレンクトさんがかーちゃんの生まれ故郷の旧高富町に住んでいる。
かーちゃんのアドレス帳にはちゃんと連絡先が保存されていた。かーちゃんの携帯電話も持ってきたのは正解だった。
フィレンクトさんは地元で医者をやっている。凄腕らしく有名医者らしい。しかし医者とは思えないほど口が悪くて正直苦手だった。
昼間に出るだろうか、と心配したけど五コールで出た。

100 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:38:24 ID:bJFYI/gU0
『おう、どうした』

('A`)「あ、フィレンクトさん、俺ドクオです」

『ドクオか、あいつの携帯からどうしたんだ』

('A`)「あの、それが、さっきかーちゃんが倒れて」

『倒れた? 今病院か?』

('A`)「はい、病院の救急救命センターってところです」

『症状は? 何で倒れたか分かるか?』

('A`)「救急車の人は、心筋梗塞だとか…」

『心筋梗塞だと!』

フィレンクトさんが叫んだ。

『すぐ行く、病院を教えろ』

病院名を告げるとフィレンクトさんは返事もせず電話を切った。

101 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:39:48 ID:bJFYI/gU0
フィレンクトさんはものの二十分ほどで病院に着いた。車で飛ばしてきたらしい。
数年ぶりに会うものの何の感慨もなかった。

(‘_L’)「経緯を教えろ」

('A`)「えっと、かーちゃんのパート先から電話が来てて、かーちゃんが出勤していないし携帯も繋がらないって」

(‘_L’)「何時だ」

('A`)「十三時過ぎだよ」

(‘_L’)「それで」

('A`)「俺もかーちゃんの携帯にかけてみたんだ。 そしたら部屋からバイブ音が聞こえて、見に行ったらかーちゃんが倒れていた」

(‘_L’)「あいつは何時に出勤する予定だったんだ」

('A`)「えっと、七時開店でいつもは六時半より前に着くようにしている。 五時半ぐらいに起きるらしいから」

(‘_L’)「なに、じゃあ少なくとも六時台に倒れていたんじゃないか! それで発見が十三時だと!?」

ようやく俺は理解する。布団の上で倒れていたのは、かーちゃんは起きてからきっとすぐに倒れたのだ。

102 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:40:49 ID:bJFYI/gU0
(‘_L’)「お前が電話に出たんだな? じゃあお前は今日ずっと家にいたのか」

('A`)「うん…」

(‘_L’)「何してたんだ? 気づかなかったのか?」

('A`)「ずっと寝ていたから…電話がずっと鳴ってたから起きたんだ」

正直に話すとフィレンクトさんは怪訝そうに俺を見た。

(‘_L’)「お前いま何やっとるんだ? スーパーを辞めたとはあいつに聞いたが」

('A`)「えっと、転職で…でも転職がうまいこと決まらないから今は暫定的にフリーターみたいな感じ、かな…」

もう転職サイトを見なくなって何年経っただろう。自覚はあったものの、自分はニートだとは言いたくなかった。

(‘_L’)「ふん、フリーターねぇ」

呆れたようにフィレンクトさんは俺を見た。
かーちゃんが正直に俺の近況について話したらフィレンクトさんに怒られるだろうと思った。

103 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:42:45 ID:bJFYI/gU0
でもその心配は必要なかった。かーちゃんはもう目を覚まさなかった。
死因は心疾患、急性心筋梗塞だった。後々分かったのが過労死だったという事だ。
かーちゃんはここ最近毎日のように七時から二十三時までのシフトに入っていた。
さすがに働きすぎだと同僚から窘められたそうだが構わないのだと聞く耳を持たなかったという。
かーちゃんは二十四時ぐらいに帰ってきてから夕食を作っていた。
夕食後に洗濯機を回してその間に前日に干した洗濯物を取り込み畳んでアイロンをかけていた。
洗濯が終わった洗濯物を干してから風呂に入り眠る。五時半には起きて朝食を作り化粧をして出勤していた。

フィレンクトさんに正直に話すと数発殴られた。かーちゃんはともかくあいつにも殴られた事がなかったのでびっくりした。
話すうちに齟齬があって働いていない事も認めざるを得なかった。

フィレンクトさんが葬儀の手続きをした。
俺はその間どうして良いか分からず帰ってきた自宅マンションで立ち尽くしていた。

(‘_L’)「なんだお前、喪服の準備ぐらいしておけ!」

(;'A`)「も、喪服って…」

(‘_L’)「喪服も分からねーのか! 本当にあいつの旦那はクズだったがお前もどうしようもねえな」

違う、俺はあいつとは違う、そう言いたかった。でも言い返せなかった。

104 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:44:09 ID:bJFYI/gU0
葬儀はあっという間に終わった。ドラマで見るような光景だった。あいつは来なかったし呼ばなかった。
焼香の時に誰もが同情の念をこめて俺を見た。かーちゃんが離婚してあいつに捨てられたのを知っていた。
そして今度は俺一人だけ残される事を憐れんでいた。俺が働いていなかった事までは知らなかった。
火葬場でかーちゃんは焼かれて言われるがまま俺は骨を拾った。骨は脆く木製の大きな箸で慎重に掴まなければならなかった。
骨壷にどんどん骨が収められた。こんな小さな骨壷にかーちゃんの全てが入るのだと思った。
かーちゃんの骨は生まれ故郷の旧高富町の一族の墓に入る事になった。

(‘_L’)「お前はどうするんだ」

全てが終わってから最後にフィレンクトさんは俺を自宅マンションに送り届けた。

(‘_L’)「これからどうするつもりなんだ」

(;'A`)「お、俺は…その…」

(‘_L’)「自分で決めろよ。 お前は本来もう一人前の大人なんだ。 自分の身の振り方ぐらい自分で決めろ」

そう言ってフィレンクトさんは帰っていった。自宅マンションに俺だけが残された。静かだった。

105 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:45:01 ID:bJFYI/gU0
絶望感しかなかった。
あれだけ熱心に見ていたアニメもあれだけ夢中でプレイしたゲームも気にならなかった。
あれほど俺の中に巣食っていた劣等感はどこかに消え失せてしまった。
社会に対する怨みも姿を潜めた。あいつに対する怒りの火も消えてしまっていた。
ただただ絶望感しかなかった。俺のせいだ。ようやく気づいた。俺のせいでかーちゃんは死んだ。
これからどうやって生きていけばいいのだろう。俺は何も出来ない。
寂れた地元を出て出来れば東京最低でも名古屋に住みたいと思っていたのに俺は一人では何も出来ない。
食事も作れないし洗濯も出来ないし掃除も出来ない。何も出来ないのだ。資格だって持ってないし技術もないし家事も出来ない。

ふとかーちゃんとの最後の会話を思い出した。

かーちゃんは昔からあいつの言いなりだったじゃねーかよ。
あいつもクズだけどかーちゃんが何も言わなかったのがあいつをつけあがらせたんだよ。
かーちゃんはあいつの奴隷みたいなものだったよ。 捨てられる時も。
俺さ、たまに思うんだよ。 なんで俺って生まれてきたんだろうって。
生まれてきたのに歓迎されなかった訳だろ。 どうして生まれてきたんだろうって思うんだ。

106 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:46:41 ID:bJFYI/gU0
気がつけば俺は泣いていた。なんであんな事を言ったのだろう。
俺はかーちゃんが憎かった訳じゃあない。俺を正当に評価しない社会が憎かった。俺を捨てたあいつが、親父が憎かった。
かーちゃんはいつも俺を助けてくれていた。そんな当たり前の事は分かっていた。でもかーちゃんがいるのは当然の日常だった。
かーちゃんが食事を作ってくれるのも洗濯してくれるのも掃除してくれるのもお小遣いをくれるのも当たり前でありがたいとは思わなかった。
誕生日や母の日に何かをやった事もない。でももう取り返しがつかない。もう全てが遅い。かーちゃんはもういない。
ただやり場のない怒りをかーちゃんにぶつけてしまった。そのままかーちゃんは死んでしまった。

どうしてあんな事を言ったのだろう。
どうして顔も見なかったのだろう。
どんな顔をしていたのだろう。
あんな事を言いたかったんじゃない。
かーちゃんに会いたい。
かーちゃんに会って謝りたい。
生んでくれてありがとうと言いたい。

自宅マンションの窓を開ける。
ベランダから下を見下ろす。
かーちゃんに会えるだろうか。
俺は、俺はただ、



(;A;)「かーちゃんに、謝りたかっただけなんだ…」

かーちゃんと見た長良川花火大会の花火が涙で霞む。
かーちゃんと行ったメルサ跡地に出来たドン・キホーテが霞む。
かーちゃんに何度も乗せてもらった路面電車が霞む。

(;A;)「俺はただ、かーちゃんに謝りたかった…」

107 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 13:48:02 ID:bJFYI/gU0
身体が消え始めていた。

( A )「悪いな…俺、しょうもないクズだったわ…」

トソン、ハインリッヒ、クー。そしてヒート。
この銀河鉄道での時間は楽しかった。
ハインリッヒめ、お前の俺に対する第一印象は殆ど合っていた訳だ。

川 ゚ -゚)「さようなら、ドクオ」

( A )「あぁ、じゃあな」

三人の姿が見えなくなった。俺は消えていく。
死後の世界の天国か地獄があるかなんて分からない。
俺みたいなクズはきっと天国には行けないだろう。
でもあの銀河鉄道から見えた銀河でかーちゃんに会えたなら。
俺はかーちゃんに謝りたい。銀河のどこかで会えたなら。

108名無しさん:2017/08/22(火) 14:01:01 ID:ZNRWjZ6.0
キッっっっつ…

109名無しさん:2017/08/22(火) 14:22:42 ID:kSqC/Emg0
2人とも救われない…

110 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:44:31 ID:5RxNQgt.0

4 銀河の果て

111 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:45:18 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「銀河の果てはあるのでしょうか」

いつかクーにそう訊いた事があります。
窓の外いっぱいに銀河が広がっていました。

(゚、゚トソン「線路には必ず終わりがあるものです。 この銀河はどうなのでしょう」

銀河鉄道の線路はまるでどこまでも続いているかのようです。
終着駅などないかのように街から街へ走り続けています。
どのような山や海沿いを走っていても必ず集落があります。人の営みがあります。
どのような場所にもその家々は闇夜に明かりを灯していてこの銀河を構成しているのです。

川 ゚ -゚)「どうだろう。 終わりはあるのかな」

銀河鉄道に長く乗っていたクーですら終着駅というのは見た事がないようでした。

わたしが銀河鉄道に乗り込んだ時にいた人はもうクーだけになりました。
その頃のクーは先代の車掌長からその任を引き継いだばかりでした。
車掌長というのは長い間銀河鉄道に乗っている人が代々受け継いでいるものだそうです。
わたしももう恐らく一ヶ月半ほど乗っていて、クーの車掌長の仕事を手伝ったりする事もありました。
手伝える仕事というのは寝台車のベッドメイキングや掃除など。
もしクーが旅を終えるようならば、わたしが車掌長を引き継ごうとも思っていました。
クーとの付き合いは長く今では友人も同然なのです。

112 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:46:00 ID:5RxNQgt.0
今はクーとハインリッヒさん、そしてわたしの三人だけになりました。
ヒートさんが旅を終えた時のハインリッヒさんはとても悲しそうでした。
それでもドクオさんの時にはしっかりと見届けていました。
この銀河鉄道に乗車しているのはみんな何らかの理由で死んだ人で、しかも良くない死に方をしているのです。
不慮の事故であったり、誰かに殺されたり。ドクオさんの場合は強い思い残しを抱いたままの自殺でした。

ハインリッヒさんは銀河鉄道に乗ってから初めて訪れた街で少しばかりの記憶を取り戻しましたがそれきりでした。
クーは未だ何も、と首を振ります。わたしも自分の事で思い出した事はまだありません。
ただ海を見ると何故か懐かしい思いをするのです。わたしは海の近くに住んでいたのでしょうか。

銀河鉄道は減速を始めました。間もなく駅に着くようです。
これで一体いくつの街を訪れたのでしょうか。もう数え切れません。
はじめは今回こそ見つけてやるぞと鼻息荒くホームに降り立ったものでしたが最近はそうでもありません。
銀河鉄道での時間は楽しいものです。ハインリッヒさん、そしてクーと一緒にいられるのなら。
このままでも良いのでは、と思う事もあるのです。

川 ゚ -゚)「さぁ、行こうか」

(゚、゚トソン「はい」

113 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:46:51 ID:5RxNQgt.0
降りた駅は二面四線でそれほど大きい駅とは言えませんでした。
駅舎を出るとそれなりの駅前ロータリーがあります。
ビルがいくつか経っていてまだ新しいタワーマンションもありました。
ただ真新しいタワーマンションの先にはずいぶんと寂しい商店街がありました。
またまさしく区画整理再開発の真っ最中といった様子で道路が途中ですっぱりと途切れています。
何もない更地にぽつぽつと新築の一軒家が建てられていてその近くまで舗装されたばかりのアスファルト道路が伸びていました。

駅前は少し寂しい雰囲気ですし少し歩くと再開発の真っ最中でタワーマンションだけが浮いているようでした。
ロータリーの規模を見ても決して単なる地方の駅ではなくそれなりに大きなターミナル駅のような気がします。
せっかくなので再開発が行われているエリアを歩きます。取り壊されている古い建物もあれば新築の家もあります。
広かった新しい道路も最後には古くてきゅっと先をすぼめたように狭くなり、やがて歩道付きのしっかりとした道路に出ました。

川 ゚ -゚)「どっちに行く?」

从 ゚∀从「うーん、あっちかな」

クーが聞いてハインリッヒさんが答えました。

川 ゚ -゚)「どうしてあっちなんだ?」

从 ゚∀从「下り坂だからね」

川 ゚ -゚)「全く」

114 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:47:28 ID:5RxNQgt.0
確かに道路は緩やかに下り勾配になっていました。
そのまま進んでいくと脇から線路が合流して道路の中央を走ります。路面電車でしょうか。
そう話していると前方から列車がやって来ました。それは四両編成の普通の列車でした。
普通の列車が道路の真ん中を走っているのです。実に奇妙な光景でした。
お寺の鐘の音のような警笛を慣らしながら四両編成の列車は道路を悠々と走っていきました。

从 ゚∀从「なんだここ、すっげーな…」

また進むと次第に市街地へ入ったようで雑居ビルなどが多くなりました。
アーケード商店街もありましたがそこもずいぶんと寂しいものでした。
道路に面したドラッグ・ストアは閉店してしまったらしく手入れもされず荒れていました。

今度は後ろから四両編成の列車がやって来ました。
わたしたちは歩道を歩いていますが近くて威圧感を覚えます。
自動車用の信号機で律儀に止まり、青になるときちんと発車していきました。
その列車がもう少し先で大きく曲がっていくのが見えました。
ビルも多くなり、また駅があるのかもしれません。

从 ゚∀从「駅だ」

115 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:48:07 ID:5RxNQgt.0
その先にあったのはやはり駅でした。
道路の中央を走っていた線路は急に向きを変えて高架の駅舎へ吸い込まれていきます。
歩道橋から高架の駅に入ります。駅の反対側はペデストリアンデッキになっていて、景色が見えました。
駅の先には海が広がっていました。ペデストリアンデッキからはその海がすっかり見渡せました。

川 ゚ -゚)「海だな」

ここはどうやら海沿いの駅のようでした。ペデストリアンデッキの終端から降りて海に向かって歩きます。
海沿いは公園のようになっていました。風が吹き付けて気持ちがいいです。

从 ゚∀从「…なんか海にしては狭くないか?」

ハインリッヒさんがそう漏らしました。確かに、海にしては少し狭い気がします。
左右には山が視界の奥まで広がっています。水平線などは殆ど見えません。
そして右手から白い船がやって来ました。わたしたちのいる右側には船着き場があります。
どうやら遊覧船のようです。日の丸の旗と星条旗がはっきりと見えました。

(゚、゚トソン「あれは…ミシガン」

そう呟いてから、自分でも気がつきました。

116 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:49:15 ID:5RxNQgt.0
从 ゚∀从「えっ?」

(゚、゚トソン「ここは…海ではありません」

川 ゚ -゚)「トソン」

クーはもう察したようでした。寂しそうにわたしを見ました。

(゚、゚トソン「ここは、琵琶湖です」



綺麗な夕焼けでした。琵琶湖の湖面にも光の筋が走っていました。
浜大津駅から続くペデストリアンデッキを降りてわたしたちは茜色に染まった琵琶湖を見ていました。
本当に見事な夕焼けでした。遮る雲は一つもなく空気も澄んでいて、夕焼けは琵琶湖や街を染め上げていました。
あまりにも綺麗な夕焼けだったのでわたしはこの夕焼けを忘れる事はないだろうと思いました。
そしてまさかのまさか、本当に忘れる事のない夕焼けになったのです。

爪'ー`)y‐「トソン」

隣で夕焼けを見ていたフォックスさんが妙に真面目な顔でわたしの方を向きました。

(゚、゚トソン「なんでしょう、すっごく綺麗ですね」

爪'ー`)y‐「あぁ、すごく綺麗だ」

(゚、゚トソン「こんな綺麗な夕焼けは初めてです。 また見られるといいですね」

爪'ー`)y‐「あぁ。 これからも君と一緒に見たい」

117 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:50:33 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「え?」

爪'ー`)y‐「結婚しよう。 君の事は必ず幸せにしてみせるよ」

(゚、゚トソン「え」

彼の手には箱に入った指輪がありました。
夕焼けに照らされて曲線が艶かしく光りました。

(゚、゚;トソン「え、ほ、本当ですか」

全く心構えが出来ていませんでした。それは明確なプロポーズというやつでした。

(-、-トソン「は、はい、よろしくお願いします」

わたしは深々と頭を下げました。真っ赤に燃える夕焼けがわたしの赤い頬を上手に隠してくれる事を祈りました。

爪'ー`)y‐「そっか、良かった、あぁ良かった」

彼もまた安堵したように深々と息を吐きました。そして、わたしの手を取りました。

(゚、゚トソン「こちらこそ、よろしくお願いします」

後々聞かされたのが、彼はあの場でプロポーズするなどと全く考えていなかったという事でした。
あの時の琵琶湖に浮かぶ夕焼けがあまりにも綺麗だったので咄嗟に踏み切ったのだと語りました。
おかげでわたしはあの夕焼けを忘れる事が出来なくなったのです。

118 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:50:59 ID:5RxNQgt.0
わたしとフォックスさんはお付き合いを始めて一年半ほどになります。
友人の紹介で出会いました。あまり異性とのお付き合いの経験がなかったわたしにとって新鮮な経験ばかりでした。
彼はわたしの四つ歳上で京都市内の企業に勤めています。わたしの住む大津市のお隣、草津市に住んでいます。
大津市は県庁所在地のわりには京都に近すぎるという皮肉な理由で現在ではあまり栄えていません。
彼とのデートも京都が殆どでした。どれも楽しい思い出です。

わたしは生まれも育ちも大津市で、勤務先も同じ大津市内にあります。
幼い頃から本を読むのが好きで、そのまま書店に就職しました。
毎日自宅近くに駅がある京阪石山坂本線で職場である書店が入っているパルコまで通っています。
書店の少ない大津市街地において最大規模を誇る書店であり取り扱う数もとても多いのです。
検品、荷解き、陳列、整理、発注、返品、在庫管理、レジ、POP作りと仕事は山ほどあります。
タイトルがどうしても思い出せないお客様と一緒に目当ての本を探したりもします。
荷解きの際には意外と体力勝負なのだと実感させられます。
それでもPOPを作る時などは本を好きだという気持ちを再度確認出来ます。

119 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:51:46 ID:5RxNQgt.0
彼と結婚すれば、草津市にある彼の実家に住む事になります。
一度ご挨拶に伺った事があるのですがとても良いご両親でした。
更に草津市からこの京阪石山坂本線沿いにある書店に通う事も充分可能です。
でもわたしの部屋にある膨大な量の文庫本は彼の家に持ち込んでいいものでしょうか。
昔から本屋だと言われ続けてきたわたしの部屋には文庫本が壁一面を覆い尽くしています。
もはや自分でも何冊あるのか分からないのです。とにかくわたしは本を捨てられない性格なのでした。
彼との結婚は嬉しくとも本たちとの決別は耐え難い、などと陳列しながら考えているとお客様に声をかけられました。

( "ゞ)「あ、あのう、て、鉄道雑誌は、どどちらでしょうか」

三十代ほどの男性でした。

(゚、゚トソン「こちらです。 よろしければご案内します」

( "ゞ)「あ、よ、よろしくお願いします、はい」

お客様を鉄道雑誌のコーナーにご案内しました。
鉄道雑誌は幾つもの出版社から出され、内容も新型車両の乗車インプレッションから撮影地紹介、鉄道模型まで多岐にわたります。

(゚、゚トソン「こちらになります」

( "ゞ)「あ、ありがとうございます、はい」

120 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:53:19 ID:5RxNQgt.0
そのお客様が再び声をかけられたのはそれから数日後の事でした。

( "ゞ)「あ、あのう、この前は親切に、ど、どうもすみません」

はじめわたしは何の事だか分かりませんでした。
一日に何度もご案内をするのでそれほど印象に残らない方では覚えていなかったのです。
わたしがきょとんとした顔をしていたのでしょう、お客様は慌てて付け加えました。

( "ゞ)「あ、あの、数日前にてっ鉄道雑誌に案内してもらった者です、ええ、はい」

(゚、゚トソン「あぁ、先日の」

ようやくわたしは合点がいきました。

( "ゞ)「こ、ここの書店は鉄道雑誌が多くて、その、いいですね。 こ、ここ、ここの書店は、初めて来ました。
    て、鉄道ジャーナル、鉄道ダイヤ情報、鉄道ファンの大手三誌しか置いていないような書店も、結構あります。
    ぼくはその、鉄道ピクトリアルのような、とても掘り上げて紹介するような専門的な雑誌も好きなんです」

(゚、゚トソン「先日は初めていらっしゃったのですか」

121 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:55:05 ID:5RxNQgt.0
( "ゞ)「は、はい、ぼくは、草津市に住んでいます。 職場は高島市にあってですね、大津駅からその、送迎のバスが出ています。
    大津駅の方はあまり書店がありませんので、全体的に寂れていますしね、平和堂もなくなってしまいました。
    ぼくはその、鉄道雑誌が好きなものですから、そういえばパルコに紀伊國屋書店があったなと。
    とても大きい店舗ですし、鉄道雑誌も多いですし、いいですね」

(゚、゚トソン「草津にお住まいなのですか、わたしの知人も草津に住んでいます」

( "ゞ)「はい、ぼくの最寄り駅は南草津駅なんですか、新快速も停まります。
    立命館大学のキャンパスがありますしJRの社員寮もあるんです。
    とても発展していますしまだまだこれからも発展する駅です。
    だから、草津駅と南草津駅の両方に新快速を停める事に反対意見もありますが、ぼくはそうではないと思います」

(゚、゚トソン「なるほど」

( "ゞ)「南草津駅にも書店はあるんですが自分は京阪が好きで石山坂本線の近くを散歩する事もあります。
    ここもそのついでに鉄道雑誌があるかなと思って立ち寄ってみたんです。 鉄道雑誌が多くていいですね。
    鉄おもも子供向けではありますがなかなか舐めてはいけないマニアックな雑誌なんですよ。
    あとRail Magazineがあるのもいいですね。 WEB版の今日の一枚はよく楽しんで見ています。
    鉄道雑誌は同じように見えて結構方向性が違うものなんですよ。
    ダイヤ情報、通称DJと言うんですけどね、DJは臨時列車の時刻表などが掲載されています。
    鉄道ファンは車両の詳細な記事などが多いです。 新型車両の乗車インプレッションなどが多いです。
    鉄道ジャーナルは王道といった感じですね」

122 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:56:18 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「お詳しいのですね」

( "ゞ)「い、いえいえ、ぼくはその、鉄道ファンなものですから、鉄道雑誌はよく読みます。 
    色々な特集が組まれていますし、ローカル線の特集などでは是非その路線を旅してみたいと思います。
    新線開業レポートでは建設段階の内部の貴重な写真などもありとても勉強になります。
    ぼくは、その、いわゆる撮り鉄というものをやっていますので撮影地紹介なども活用しています」

(゚、゚トソン「撮り鉄さんなのですか」

( "ゞ)「はい、ぼくは京阪が好きなのでよく撮りに行きます。石山坂本線もよく撮りますよ。
    石山坂本線はラッピングが多くバリエーションに富んでいるので撮影していて飽きない路線だと思います。
    浜大津三井寺間の併用軌道も絵になりますし琵琶湖をバックに雄大な写真を撮るのもいいです。
    最近ではけいおんですとか中二病でも恋がしたいですとか響けユーフォニアムのラッピングも走り注目を集めました。
    その、じょ、女性ですと、ちはやふるのラッピングが走りました。 実写映画化もされて有名になりましたね。
    ぼくはマザーレイク号が好きだったのですが運行を終了してしまいました。 残念です」

その時後ろからあのう、と中年女性のお客様に声をかけられました。

123 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:57:26 ID:5RxNQgt.0
( "ゞ)「あ、じゃ、じゃあぼくは、これで」

男性は急に立ち去っていきました。



わたしは自宅マンションの本の山を見てうんうん唸っていました。
大きな本棚には隙間なくびっちりと文庫本が並べられています。
本棚に入らなくなった文庫本はその脇に高く積まれています。
これを嫁ぎ先に持っていくのは明らかに無理な話です。
しかしこれらの本と別れるというのもとても辛い事です。

(゚、゚トソン「お母さん、本は置いていっていい?」

('、`*川「冗談じゃあないよ」

お母さんは半分笑いながら言いました。
フォックスさんからプロポーズを受けた事をお母さんには報告しています。
お父さんには今度フォックスさんが挨拶に来ると伝えたところ何かを覚悟した顔になっていました。
あれからお父さんずっと動揺していのよとお母さんは教えてくれます。

(゚、゚トソン「本との別れは辛くて」

('、`*川「わたしたちは一人娘との別れだというのに本だけ残すとはね」

お母さんはわざと意地悪な言い方をしてまた笑いました。

124 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:58:31 ID:5RxNQgt.0
('、`*川「まぁでもあなたがいなくなってもこの部屋はそのまま取っておくつもりだからね」

(゚、゚トソン「ほんとう? じゃあちょくちょく帰ってくる」

('、`*川「お嫁さんはちょくちょく帰ってくるものじゃあないのよ」

(゚、゚トソン「ごもっともです」

お母さんお父さんには申し訳ないのですがこの本の山をこのまま残していけるのなら心置きなく嫁ぐ事が出来るというものです。

('、`*川「それにあなたがいなくなってもこの部屋を使うつもりはないからね」

この自宅マンションには十数年前にお父さんが購入したもので、お父さんとお母さん、わたしの三人が住んでいます。
わたしが嫁いでいくと二人になってしまいます。

(゚、゚トソン「別に物置にでも使ってくれればいいのに」

('、`*川「もう実質的に物置みたいなものじゃないの」

(゚、゚トソン「なんと失礼な」

部屋はとても綺麗に整頓するよう心がけています。
ただ本を捨てられない性格故に、本だけは壁にうず高く積まれているのです。

125 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 14:59:27 ID:5RxNQgt.0
('、`*川「まぁベッドとかもこのままだから、本当に帰ってきたくなったらいつでも帰ってきなさい」

(゚、゚トソン「うん」

この部屋も、数々の文庫本も、全部が思い出です。
そのまま取っておけるのなら、それほど嬉しい事はありません。



わたしが勤務する書店は県内唯一のパルコの中にあり若い人が比較的多かったりします。
若い世代をターゲットに制作された恋愛映画などが公開されてヒットすると原作小説も漏れなく売り上げが伸びます。
時代を席巻する人気俳優の起用が決まると必ずその人気俳優の帯が巻かれて店頭に並べられます。
映像化コーナーと銘打たれた映画化ドラマ化原作小説は店に入って一番はじめの目立つ場所に置かれているのです。

126 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:01:06 ID:5RxNQgt.0
わたしが勤務する書店は県内唯一のパルコの中にあり若い人が比較的多かったりします。
若い世代をターゲットに制作された恋愛映画などが公開されてヒットすると原作小説も漏れなく売り上げが伸びます。
時代を席巻する人気俳優の起用が決まると必ずその人気俳優の帯が巻かれて店頭に並べられます。
映像化コーナーと銘打たれた映画化ドラマ化原作小説は店に入って一番はじめの目立つ場所に置かれているのです。

ぼくは明日、昨日のきみとデートする。はじめ見た時には不思議なタイトルだと思いました。
今店頭に置かれているのは去年冬に映画が公開された作品の原作小説で異例のロングヒットとなっています。
映画は福士蒼汰と小松菜奈の主演で制作されて、今はその二人が表紙となったデザインのものも並んでいます。
お隣の京都が舞台で叡山電鉄や京阪電鉄が登場するなど馴染みやすい作品でこの書店でもたくさん売れています。
既に百万部を越えるミリオンヒットとなり、あまり当たり作品が多くないらしい宝島社文庫では売れ筋商品となっています。
十代や二十代など、若い人が購入層の多くを占めますが中年女性やサラリーマンの方も買われます。

元々この作者は電撃文庫などから本が出ていたライトノベル作家ですが、この作品で知名度が一気に上がりました。
当作品の人気にあやかり作者の過去に電撃文庫から刊行されたライトノベルに加筆改稿しタイトルも変え、
同じ人気イラストレーターにアニメキャラクターではない表紙を書いてもらい発売するとたいへんな売り上げを見せました。
元ライトノベルがデザインを変えてこれほどの売り上げを誇るのは珍しいケースです。

その作者のコーナーの整頓をしている時に「あ、あの」と背後から声をかけられました。

127 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:02:29 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「あぁ、この前の」

( "ゞ)「は、はい」

先日の三十代ほどの男性のお客様でした。

( "ゞ)「あ、あの、な、名前をお伺いしていないと思いまして、ええ」

(゚、゚トソン「わたしのですか? わたしはトソンといいます」

( "ゞ)「と、トソン、あ、すいません、トソンさん、トソンさんというのですか」

(゚、゚トソン「はい」

( "ゞ)「そうですか、あの、ぼくはデルタといいます、えっと、草津市に住んでいます。
    最寄り駅は南草津で立命館大学のキャンパスもあり新快速も停まります。 JRの社員寮もあります。
    えっと、トソンさんは、どちらにお住まいなのですか」

(゚、゚トソン「わたしは大津市内に住んでいます。 石山坂本線で通勤しています」

( "ゞ)「あっ、そうなんですか、大津市内ですか、石山坂本線ですか。 ここは石場駅が近いですものね。
    ぼくも石場駅で降りています。 石山坂本線はラッピング車両が多くて楽しいですね。
    ぼくは京阪の本線の方が好きなのですが石山坂本線も好きです。
    今日は比叡山坂本ケーブルのラッピングでした。 旧特急色も好きだったのですが終わってしまいました」

(゚、゚トソン「京阪にお詳しいですね」

128 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:03:44 ID:5RxNQgt.0
( "ゞ)「あ、はい、そうなんです、ええ、小さい頃から京阪電車が好きでよく乗りに連れてもらっていました。
    本線の方が好きで、特に特急列車が好きです。 昔はテレビカーといってテレビが設置されていたのです。
    テレビカーは京阪電車の顔と言っても過言ではないでしょう。 そしてダブルデッカーです。
    ダブルデッカーの車両に乗車券だけで乗れるのです。 これは全国でも珍しい例です。
    関東などではグリーン車といってダブルデッカーは有料になります。 しかもグリーン料金は高いのです。
    そもそも関東の列車はロングシートばかりでクロスシートの車両は極めて少ないのです。
    それに比べて関西はクロスシートが多い傾向にあります。 でも関東よりJRと私鉄の競合は激しいものです。
    大阪京都間でもJRと阪急、そして京阪が競っています。 速達性ではJRの新快速が群を抜いています。
    阪急も速達性において特急で対抗していますが王者たるJRの新快速には叶いません。
    京阪はというと速達性ではJRにも阪急にも完全に負けています。
    京橋から七条までノンストップの快速特急洛楽も運転されていますが速達性ではやはり劣ります。
    京阪が力を入れているのは快適性なのです。 他者では特急料金を取られるような快適な車両に乗車券だけで乗れるのです。
    エレガント・サルーンこと8000系やコンフォート・サルーンこと3000系は京阪特急の主力です。
    特に8000系の座席は素晴らしいですしダブルデッカーからの景色は格別です」

(゚、゚トソン「8000系という車両があるのですか」

( "ゞ)「あ、はい、あります、えっと」

デルタさんは鞄から携帯電話を取り出しました。ソニー・エリクソン製のいわゆるガラケーと呼ばれるものでした。
わたしもスマートフォンに変える前はソニー・エリクソン製を使っていたので少し懐かしく思いました。

129 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:04:48 ID:5RxNQgt.0
( "ゞ)「えっと、これが8000系です」

デルタさんがその携帯電話で撮ったとおぼしき写真を見せてくれました。

( "ゞ)「こ、これは出町柳駅で折り返しの際に撮影しました。 京阪特急は基本的に本線から鴨東線の終点である出町柳駅まで直通運転を行います。
    特急などは出町柳駅に到着すると降客終了後にドア閉扉をして転換クロスシートを転換させます。 そして乗車位置に移動するのです。
    出町柳駅は観光客がたいへん多いため降りる客と乗車を待つ客の流れを分ける必要もあったのです。
    ですが今年に入って位置移動は廃止されました。 これは位置移動廃止前日に撮影した写真です。
    乗車を待つ客の姿も入れて位置移動があった事を残す写真に仕上げました」

(゚、゚トソン「あ、この電車知っています、乗った事がありますよ」

( "ゞ)「本当ですか、8000系は京阪電車、京阪特急の顔ですからね、いい車両です。
    今年の夏からはプレミアムカーという車両も連結して走るそうです。 是非乗ってみたいです。
    ぼくは京阪中之島線開業の時も当日乗りに行きました。 当時は快速急行を走らせたり期待の大きい路線でした。
    今では利用客が伸び悩み普通ばかりになってしまいました。 中之島線は鉄道空白地帯に造られましたが効果はそれほどだったようです。
    便利な大阪市営地下鉄との接続があまり良くないという点もあると思います。 大阪市営地下鉄はとても便利ですからね。
    本数も多いですし路線も多くネットワークが充実しています。 この先民営化が予定されていますけども」

130 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:05:39 ID:5RxNQgt.0
ミセ*゚ー゚)リ「トソンさん、ちょっと」

同僚のミセリさんが棚の向こうから声をかけました。

( "ゞ)「あ、じゃあ」

とデルタさんは今日も足早に去っていきました。



『ねぇ、仕事の件はやっぱり考え直してくれないのかい?』

電話の向こうでフォックスさんはその話題を持ち出しました。

(゚、゚トソン「考え直さないですよ。 仕事は続けます」

『どうしてそんなに意固地になるかなぁ』

(゚、゚トソン「意固地ではありませんよ」

『意固地じゃあないか、別に仕事を続ける必要はないんだよ』

(゚、゚トソン「必要がなくともわたしが続けたいのです」

131 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:06:25 ID:5RxNQgt.0
フォックスさんはわたしと結婚した後は仕事を辞めても大丈夫だ、とはじめに言いました。
やんわり断っていると辞めた方がいい、続ける必要はない、お嫁さんは辞めるものだよと論調が変わっていきました。
彼はわたしに仕事を続けてほしくないようなのです。そして彼の家、すなわち両親もそう考えているそうです。

『お母さんも仕事は辞めればいいじゃないと言っているんだよ』

(゚、゚トソン「それでもわたしが続けたいのです。 好きな仕事なのですから」

彼の家は由緒正しき家柄で、ご両親もお嫁さんは仕事を辞めて家事に集中すべきという考えを持っているようです。
わたしとしてはこのご時世ですし女性は結婚すれば仕事は辞めるものという価値観は古いと感じます。
これについてはわたしのお母さんも同じ意見ですが自分が主張すべきではない、と言われてしまいました。

『だってお茶会だとか色々あるんだ、仕事をしていたら大変だろう』

(゚、゚トソン「それはお休みの日にお願いしたいと思います」

『全く意固地だなぁ、そんなに書店の仕事がいいものなのかなぁ』

(゚、゚トソン「はい、とても」

132 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:07:28 ID:5RxNQgt.0
何より書店員はとてもやりがいのある仕事ですし、大好きな本に囲まれている幸せな生活なのです。
雑誌は重いですし荷解きは大変です。それでも就きたかった仕事なのです。
それなのに結婚したからといってその仕事をみすみす手放してしまうのはあまりにももったいない事です。

『ぼくは心配だなぁ』

それに彼が辞めさせたがっているのにはもう一つ理由がありました。
彼はとても嫉妬深く、また独占欲が強いのです。お付き合いをさせていただく内にそれを理解しました。
極論ではと思うのですが彼はわたしが自分以外の男性と話しているのすら気に入らないのだそうです。
わたしは書店員ですので多くのお客様に案内をしたり接客をしたりするのですがそれすらも嫌だというのです。
結婚してしまえばあまり外に出してもらえないのでは、という危惧をしているぐらいです。

(-、-トソン「心配は無用ですよ。 ただの書店員ですから」

『そうかい、でも考えておいてくれよ。 ぼくもお母さんもやっぱり辞めてほしいのだから』

(-、゚トソン「はい、一応は」

電話を切り部屋の壁を覆い隠す文庫本の山を眺めました。
この本たちと別れるのも辛いのに、書店すら辞めてしまったらきっと辛いでしょう。



( "ゞ)「あ、とトソンさん、こん、こんにちは」

(゚、゚トソン「デルタさん。 こんにちは」

133 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:08:52 ID:5RxNQgt.0
デルタさんは数日に一度、書店を訪れるようになりました。
わたしの姿を見かけると声をかけていただきます。

( "ゞ)「きょ、今日は、大津駅から歩いて上栄町駅から京津線に乗りました。
    浜大津駅までの一駅でしたが、久しぶりの京津線でした。 あの区間は全国的にも珍しい併用軌道です。
    路面電車以外の併用軌道では、京津線の他に、江ノ電や熊本電鉄があります。
    過去には名鉄犬山線の犬山橋という併用軌道の橋もありましたが今は専用化されてしまいました。
    しかし京津線の800系は地下鉄・登山鉄道並の勾配・併用軌道を走るので日本でも唯一の存在です」

(゚、゚トソン「あの区間はやはり全国的に見ても珍しいのですね」

( "ゞ)「はい、はい、珍しいです。 とても珍しいです。
    更にあの区間の併用軌道は国道ですので更に珍しいです。 最近は注意喚起のペイントがされて少し景色が変わってしまいました。
    大津駅から上栄町駅の方に歩いて併用軌道を浜大津駅まで歩くのも楽しいです。 毎時四本運転されていますので見物出来ます」

(゚、゚トソン「いつも大津駅からいらっしゃるのですか」

( "ゞ)「あ、はい、ぼくの職場は高島市というところにあります。 大津駅から送迎バスが出ているので毎日大津駅まで通勤しています。
    ぼくの家の最寄り駅は南草津駅なのでJR琵琶湖線で毎日大津駅まで行きます。 ここに来るのは帰りですね。
    大津駅からJR琵琶湖線に乗り膳所駅から京阪石山坂本線に乗り換えるパターンが多いです。
    上栄町駅まで歩いて京津線に乗り浜大津駅から石山坂本線に乗るという手法もあります。
    帰りは石山坂本線に乗り膳所駅または石山駅でJR琵琶湖線に乗り換えます。
    膳所駅はここから近いですが新快速は石山駅にしか停まりませんので石山駅での乗り換えが多いです。
    あと南草津駅に新快速が停車する事で草津駅との連続停車となり南草津駅の新快速停車を疑問視する声もありますが全くの的外れなのです。
    南草津駅は発展が着実に進み乗降人員も順調に増えました。 二◯十四年には遂に草津駅の乗降人員を越えたのです!
    二◯十五年も南草津駅の方が乗降人員が多く、なおかつその差は広がっています。 これからも差は広がるものと思われます。
    南草津駅は今や滋賀県の駅で一番乗降人員の多い駅に成長したのです。 新快速停車を疑問視する声は的外れなのが証明されています」

134 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:11:07 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「高島市でどのようなお仕事をされているのですか」

( "ゞ)「あ、えっと、仕事ですか、それはですね、産業廃棄物の回収スタッフです。 事務所が高島市にあるのです。
    病院や企業などに収集車で向かい廃棄物を回収します。 それを処理施設や一時置き場のヤードに持っていきます。
    収集車は中型車ですので、中型免許がなければいけません」

(゚、゚トソン「中型免許をお持ちなのですか」

( "ゞ)「はい、はい、そうなのです、中型免許を持っているのです。 中型免許がなければいけない仕事なのです。
    ぼくは入社後に中型免許を取得しましたが一発で試験をパスしたので社長から褒められました。
    お母さんもよくやったと言ってくれました。 中型免許があるからこそ仕事が出来るのです。
    普通の人は普通免許しか持っていないようですがぼくは中型免許を取りました」

(゚、゚トソン「すごいですね、わたしは普通免許しか持っていませんしAT限定です」

( "ゞ)「あっそうですか、そうですかAT限定ですか、収集車はMTです、MTで運転をします。
    AT限定では運転する事が出来ず採用にもMTが運転出来る方と書かれています。
    最近はAT限定で免許を取る方が多いそうですがぼくはMTで普通免許を取りました。
    確かに今ではATの車が主流ですがスポーツ・カーなどはMTです。 AT限定では運転出来ません。
    MTの運転が出来、かつ、中型免許がぼくの仕事には必要なのです」

135 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:12:15 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「大変なのですか」

( "ゞ)「ええ、はい、産業廃棄物は幾つもあります、廃油、汚泥、廃プラスチック、燃え殻、様々です。
    また事業系ゴミも取り扱っています。 店舗、工場、病院、学校などから出る事業系ゴミも回収します。
    重い物を運ぶ時は大変ですが中型免許を持っていないと出来ない仕事のため任せられる人は限られています。
    自分は十八年勤務しており無遅刻無欠勤で優良社員として社長から表彰されています。
    年末年始やお盆、休暇取得日以外は月曜日から金曜日まで、週に二回は土曜日も出勤します。
    毎朝最寄りの南草津駅からJR琵琶湖線に乗り大津駅から送迎のバスに乗ります。
    十八年間これをきっちり続けています。 辞める人が多いので優秀だと社長から言われています。
    会社には学校からの紹介で受けさせていただきました。 お母さんからもよくやっていると言われています。
    また収集車で回るので地理にも詳しくなります。 琵琶湖周辺の道路はすっかり記憶しています」

(゚、゚トソン「琵琶湖周辺を走れるのはいいですね、琵琶湖を見ていると落ち着きます」

( "ゞ)「そうですか、琵琶湖はいいですよね、とても大きいし落ち着きます。
    鉄道撮影においても琵琶湖はとても魅力的な場所であるといえます。
    湖西線や北陸本線で琵琶湖をバックに撮影出来る撮影地は有名です。
    石山坂本線でも琵琶湖をバックに撮る事が出来ます。
    ぼくも雄大な琵琶湖を背景に入れて撮影する事があります。
    車体ばかりの編成写真にならず琵琶湖で撮ったのだと分かるようになるべく背景を多くしています」

136 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:13:20 ID:5RxNQgt.0
ミセ*゚ー゚)リ「トソンさーん」

ミセリさんがわたしに手を振って呼びました。

ミセ*゚ー゚)リ「店長が呼んでるよ〜」

( "ゞ)「あ、じゃあ、ぼくはこれで、はい」

デルタさんは今日は鉄道雑誌コーナーには立ち寄らず店を後にしました。



ミセ*゚ー゚)リ「トソンさん迷惑なら迷惑って言わなきゃいけないんだよ」

あるお昼休憩中にミセリさんが切り出しました。
わたしは何の事か分からずきょとんとしてしまいました。

ミセ*゚ー゚)リ「あの人だよ、最近二日三日に一回は来てトソンに話だけする人」

(゚、゚トソン「あぁ、デルタさん」

ミセ;*゚ー゚)リ「えぇ〜なんで名前知ってるの。 さすがに頻度多いよあの人」

(゚、゚トソン「そうなのでしょうか、常連さんだと思っていました」

137 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:14:39 ID:5RxNQgt.0
ミセ*゚ー゚)リ「はじめは申し訳程度に電車の本買ってたけど最近はトソンさんに話すだけ話して帰っていくよ」

(゚、゚トソン「そうなのですか、鉄道雑誌の場所を訊かれたのを覚えているのですが」

ミセ*゚ー゚)リ「それにトソンさんがシフト休みの日さんざん店内をうろうろして女性店員の顔を見てまわっていないって確認したらさっさと帰っていくんだよ。
      渡辺さんって髪縛ったら後ろ姿がトソンさんに似てるって話を前にしたでしょう、渡辺さん一度あの人に間違えられた事があるんだって」

(゚、゚トソン「本当ですか」

ミセ*゚ー゚)リ「うん、急に馴れ馴れしく話しかけられてびっくりして振り向いたらあの人で向こうもびっくりして何か吃って逃げていったって」

(゚、゚トソン「そんな事が」

ミセ*゚ー゚)リ「しかも途中で遮られないと二十分も三十分も話しているでしょう。 あれじゃあトソンさん仕事にならないし営業妨害だよ」

(゚、゚トソン「少し厳しくはありませんか」

ミセ*゚ー゚)リ「厳しくないよ、トソンさんがいい人すぎるんだよ。 トソンさんはこの人はダメって切り捨てられないの、性格めちゃくちゃいいから。
      みんなもまたトソンさん付きまとわれてるって言ってるよ」

(゚、゚トソン「付きまとわれている」

138 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:15:30 ID:5RxNQgt.0
そう考えはしませんでした。
最近よくいらっしゃる常連さんとばかり思っていました。

ミセ*゚ー゚)リ「みんなにもあいつが来たら助けてあげてって言ってあるから」

確かにここ最近はミセリさんをはじめ同僚の方々が途中で声をかけていただきます。
デルタさんはいつも話が途切れたりするとそそくさと帰ってしまいます。

(゚、゚トソン「悪気がある方には見えないのですが」

ミセ*゚ー゚)リ「悪気がないからたちが悪いんだよ」

(゚、゚トソン「そういうものなのですか」

ミセ*゚ー゚)リ「とにかくああいうオタクはどうせ訳分かんないんだからてきとうにあしらわなきゃダメ」

(゚、゚トソン「はい」

139 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:16:09 ID:5RxNQgt.0
この職場はミセリさんをはじめ優しい人ばかりです。
それもこの仕事を辞めたくない理由の一因なのでした。
これほど同僚に恵まれているのに、好きな仕事なのに、辞めるなんてやはり考えられないのです。



それから数週間は自然を装いミセリさんをはじめとした同僚の方々が割って入るようになりました。
デルタさんが来店すると目配せをしてわたしに話しかけると電話が来ているなどとわたしを呼び会話を断ち切りました。
また来店が確認させるとバックヤードに一時的に避難するよう指示される事もありました。
さすがにやり過ぎなのでは、と思いましたが誰もこの措置に疑問を口にする人はいませんでした。
こうして数週間が過ぎてデルタさんと会話する回数も著しく落ちました。

しかし、久しぶりにデルタさんと会話をする日は唐突にやって来ました。
ある金曜日、勤務を終えて一人で社員用通用口から出るとデルタさんの姿がありました。

( "ゞ)「あ、ど、どうも、お久しぶりです、はい」

わたしはさすがにびっくりしました。社員用通用口のある裏口も通りに面しているので交通量がありますがもう夜遅くです。
書店の入るテナントビル自体の営業時間が終わっていてひっそりとしていました。

(゚、゚トソン「えっと、どうしたのですか、この時間に」

140 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:17:04 ID:5RxNQgt.0
( "ゞ)「え、えっと、その、たまたま通りかかって、はは、奇遇ですね」

(゚、゚トソン「そうなのですか」

( "ゞ)「あ、お仕事、終わった感じですか?」

(゚、゚トソン「はい、終わったところです」

( "ゞ)「あ、そうですか、そうですか終わったところですか、奇遇ですね、はい」

デルタさんは周囲をきょろきょろと見ていました。

(゚、゚トソン「どうなさいましたか?」

( "ゞ)「い、いえ」

よく見るとデルタさんの後ろには車が停まっていました。

(゚、゚トソン「車でいらっしゃったのですか」

( "ゞ)「え、あ、はい、そうです、あの、今から出かけませんか」

(゚、゚トソン「えっ、今からですか?」

141 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:17:55 ID:5RxNQgt.0
( "ゞ)「は、はい、是非行きましょう、ドライブでも、あ、食事か、なんなら食事でも、どうです」

(゚、゚トソン「えっと、さすがに遅い時間なので」

( "ゞ)「え、いや、是非、是非行きましょう、せっかくですから、是非行きましょう」

デルタさんがわたしの手を取り引っ張りました。
思ったより強い力でわたしは驚きました。

( "ゞ)「どうぞ、ほら、どうぞ、遠慮なさらないで」

言われるがまま引っ張られるように助手席に乗せられました。
デルタさんは運転席に回りキーを差し込みます。

( "ゞ)「いやぁ、良かった、良かったです、行きましょう、はい」

エンジンを起動して発進させました。
後ろを確認せずウインカーも出さなかったのでトラックと接触しそうになりました。

( "ゞ)「全く危ない、危ないな、トラックなんて乱暴者ばかりだ、本当に迷惑だ」

(゚、゚トソン「デルタさん、この車は」

( "ゞ)「あぁ、トヨタ・ラウムです」

142 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:19:00 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「デルタさんの車なのですか」

( "ゞ)「いえ、父の車です。 ぼくは車を所持していないのでこうして父の車を借ります。
    ぼくの家は車庫が一台ぶんのスペースしかないためこれ以上は所持出来ません。
    父はこの車で通勤していますがぼくはJRと送迎バスで通勤します。
    お母さんは買い物は近くのスーパーへ自転車で行きます。
    自転車でじゅうぶん行ける範囲のところにスーパーがあるのです」

(゚、゚トソン「どこに行くのですか」

( "ゞ)「ええと、ドライブにでも行きましょう、ええ、最近はあまり会えなかったので」

デルタさんが運転するトヨタ・ラウムは浜大津駅を通り過ぎ国道一六一号線に入りました。
途中で左折すると横目にJRの大津京駅が見えます。
そのまま道路を走り高速道路のようなところへ入りました。

(゚、゚トソン「遠くへ行くのですか」

( "ゞ)「遠くではないですよ。 西大津バイパスと湖西道路を使います。 ぼくの使う送迎バスも通る道です。
    湖西道路は比較的料金の高い道路でしたが国と県が買収して無料開放されました。
    名神高速道路京都東インターチェンジから続く西大津バイパスと合わせて琵琶湖西側の重要なルートです」

143 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:19:54 ID:5RxNQgt.0
高速道路のような道に入ってからトヨタ・ラウムは一気に加速しました。
片側二車線の区間が終わり対面通行になるまで右側の車線の車線を走り続けました。
暫く走るとインターチェンジを降りて道の駅と書かれた脇道へ入りました。

( "ゞ)「着きました」

道の駅は琵琶湖畔にありました。展望デッキに出ると夜の琵琶湖に浮かぶ琵琶湖大橋が綺麗に見えました。
暗い湖面に琵琶湖大橋の照明が光の柱のように映っています。
日中の琵琶湖大橋を見た事はありましたが夜の琵琶湖大橋は初めてでした。

(゚、゚トソン「綺麗ですね」

( "ゞ)「ええ、とても綺麗なのです、はい」

そのまま暫く展望デッキで琵琶湖大橋を眺めていました。
展望デッキは人気がなく静かでした。琵琶湖大橋を行き来する車の音ばかりが聞こえました。
デルタさんがあまり喋らない、と思いました。見ると、顔を真っ赤にして俯いています。

(゚、゚トソン「どうしたのですか」

( "ゞ)「い、いえ、その」

デルタさんは俯いていた顔をがばっとあげました。

( "ゞ)「あの、ぼ、ぼくと、お、おお付き合い、して、いただけませんどぇ、で、でしょうか」

144 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:21:10 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「え」

急にかしこまった態度でデルタさんは言いました。

(゚、゚トソン「あ…」

あぁ、デルタさんが抱いていた感情はそれなのか、とわたしはようやく気づいたのです。
考えてもいなかったのです。

(-、-トソン「えっと、ごめんなさい」

( "ゞ)「えっ?」

意味が分からない、といった顔でデルタさんは固まりました。

(-、-トソン「ごめんなさい、お付き合いは出来ないです」

( "ゞ)「え、えっ、だ、ダメですか、ダメなのですか、ど、どう、どうしてでしょう、是非、その、お付き合いをと、思ったのですが、はい。
    ぼくと、その、トソンさんは合うと思います。 はい、合うと思うのです。 そう思った、というか確信、確信ですね、確信しています。
    ええと、ぼくはあまりそのう、恋愛、に疎いものですから、お母さんからもいい加減そういう人を見つけなさいとも言われていました、はい。
    トソンさんはとても親切ですし、何より話が合います。 とても良い事です。 きっとお付き合いするべきだと思いました。
    お母さんに話したら是非その人がいいと言ってくれました。 なので、ええっと、ええっと、お付き合い、お付き合い出来ればと、是非」

145 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:22:55 ID:5RxNQgt.0
(-、-トソン「申し訳ありません」

( "ゞ)「え、ええ、どうしてでしょう、何故でしょう、ええ、分からないです。 話も合うし、いいと思うのですが。 ううん。
    ぼくは中型免許を持っているので産業廃棄物の回収スタッフを任されています。 後輩に教える事もあるのです。
    普通免許のMTかつ中型免許を持っていないと就けない仕事です。 MTを運転出来なければいけないのです。
    AT限定ではこの仕事には就けません。 ぼくはMTで普通免許を取りましたし中型免許も一発で試験をパスしました。
    社長からも一発での試験クリアを褒められたのです。 十八年無遅刻無欠勤という事でも社長から褒められました。
    会社の人たちからもさすがだ、と言われました。 回収先の人からもいつもご苦労だと言われます。
    そういう仕事に就いているのです。 三十人ほどの会社ですが頑張っています。 えっと、どうしてでしょう」

(゚、゚トソン「申し訳ないのですが、わたしには婚約者がいるのです」

( "ゞ)「婚約者…?」

デルタさんはその言葉を呟き、飲み込むまでに多くの時間を要しました。
呆然とした後、次第に表情は険しくなっていったのです。

( "ゞ)「こ、婚約者、婚約者がいるのですか、ではお付き合いしている人がいるのですか、そういう事ですか。
    そういう事ですか、そういう事ですか、ああ、なんていう事だ。 お付き合いしている人がいる、婚約者がいる。
    ああ騙された、騙された、ぼくは騙された、騙されたぞ、なんという事だ、騙された! なんという事だ、信じられない」

146 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:23:57 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「デルタさん」

( "ゞ)「最悪です、信じられない、がっかりだ、そんな人だったとは。 お付き合いしている人がいて婚約者がいるだなんて。
    ああ裏切られた! 裏切られた、裏切られたぞ。 よくも裏切ったな、畜生! トソンさん、よくも裏切ったな。
    返して欲しい、今まで貴方に使ったお金を返して欲しい。 あの紀伊國屋書店で使ったお金、そして京阪線の運賃だ。
    あの書店までいつも京阪石山坂本線を使っていた、その運賃を返して欲しい。 無駄だったのだから。
    京阪膳所・京阪石山または上栄町・浜大津から石場までは一七◯円だ。 毎回一七◯円往復三四◯円払っているんだ。
    近江鉄道バスで大津駅から大津署前までは二一◯円だった。 それらを合算すると大きい額になるぞ」

(゚、゚トソン「デルタさん、落ち着いて下さい」

( "ゞ)「いいや許さない、ダメだ、許さない、ぼくは裏切られたんだ! ああ、また裏切られた。 また裏切られた!
    ぼくはいつだって女性に裏切られてきた、あなたもぼくを裏切った! 信じていたのに、最悪だ、なんんという事だ。
    いつもいつもみんなぼくを裏切る、いつも! 嘘をついて嘘をついてぼくを裏切るんだ、何度も裏切るんだ。
    ああもうたくさんだ、たくさんだ、たくさんだ! 乗ってくれ、車に乗ってくれ」

(゚、゚トソン「あ、あの」

( "ゞ)「乗れと言っているんだ!」

デルタさんが取り出したのは小型のナイフでした。
わたしは驚き身体がすくみました。
ナイフを向けられた経験などなかったのです。

147 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:27:13 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「はい、乗ります、乗りますのでそれを仕舞って下さい」

トヨタ・ラウムに戻り言われた通り助手席に乗りました。
デルタさんも運転席に戻りフロントドアポケットにナイフを置いて車を発進させました。

( "ゞ)「これは護身用ナイフで中学生の頃から絶えず毎日持ち歩いている。 自分の身は自分で守らなければいけない。
    横暴なトラックドライバー、頭の悪い取引先、人を下に見ている先輩などにいつかこのナイフを用いる必要があると思う。
    ぼくは暴力的な措置に出る事だって出来るのだ。 彼らはそれを知らない。 愚かなので知らないのだ。
    彼らはぼくがナイフを持っている事も知らないのだ。 ぼくはナイフを持っている。
    このナイフがあれば勝てる。 ナイフとはそういう武器なのだ。
    小遣い稼ぎに駐車違反を切る馬鹿な警察官にも勝てる。
    もっと違法な無断駐車路上駐車の車があるのに愚かな彼らは楽な方の駐車違反を切る。
    自分たちも路上にパトカーを停めておくくせに自分たちの事は棚にあげる。
    素知らぬ顔でふてぶてしい態度で駐車違反を切る。 まるで自分たちが神であるかのように振る舞う。
    ああ馬鹿ばかりだ。 愚かな人間ばかりだ。 ぼくは苦労ばかりだ。 ああ、不公平だ」

(゚、゚トソン「どこへ向かっているのですか」

( "ゞ)「あなたには反省する必要がある。 人を騙し、裏切った反省をする必要がある。
    書店員でありながらあるまじき行為だ。 許されざる行為だ。 ぼくは反省を促したい。 反省すべきだ。
    自分の行いを振り返り反省するべきだ。 反省が必要だ」

148 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:28:02 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「わたしは」

( "ゞ)「言い訳なんて聞きたくない! 聞きたくない、喋るな、汚らわしい、ああ汚らわしい、不浄だ、ああ。
    無駄口を叩いたら、刺すぞ、刺したら終わりだ、ナイフで刺したら終わりだ。 分かるだろう、ナイフだぞ。
    喋ったらナイフで刺す。 きっと刺すぞ。 刺したらもう終わりだ、もう終わりなんだから。 刺すぞ、終わるぞ、ええ」

トヨタ・ラウムは夜の道路を突っ走りました。
先程の道路を進んでいるようで北上すればするほど市街地から離れて車が減っていきました。
わたしは喋る事が出来ず黙っていました。デルタさんはぶつぶつ呟きながら指でハンドルを叩いていました。
やがてずっと走ってきた道路を外れて暗く狭い道路に入りました。そのまま進むと不意に琵琶湖が現れました。
琵琶湖沿いの狭い道を走ると鉄板の高い壁がヘッド・ライトに照らされました。
周囲には民家もなく寂しいところです。デルタさんが車から降りて入り口の鍵を開けました。
重い扉を開けて再び車に乗り込み中へ入ります。

( "ゞ)「降りろ」

命じられるがまま降りるとそこはヤードのようでした。
長机、パイプ椅子、電気ストーブ、アナログテレビ、卓球台、洗濯機、ソファーなどがトヨタ・ラウムのヘッド・ライトに照らされます。
どれも壊れていたり、傷ついていたり、汚れていたりしました。恐らく全部捨てられたものなのです。物の墓場だと感じました。
きっとここは、デルタさんが勤務する会社の廃棄物を置いておくヤードなのでしょう。

149 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:28:50 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「ここは、会社のヤードですか」

( "ゞ)「う、うるさい、関係ないだろう、喋るなと言ったはずだろう」

デルタさんがナイフを向けます。あまりに近くまで向けられたので思わずのけぞりました。

( "ゞ)「怖いだろう、ナイフは怖いだろう、暴力の象徴だからだ。 みんな見くびっているがぼくは暴力の象徴を持っている。
    いつだって彼らに制裁を加える事が出来るんだ。 歩け、まっすぐ歩くんだ」

ヤードのすぐ背後には琵琶湖がありました。
置き方がずさんなのか廃棄物の幾つかが斜面を転がって湖面近くまで落ちてしまっていました。

( "ゞ)「そこだ」

デルタさんは仰向けに置かれている長細い金属のようなものを指し示しました。
それは勤務先の書店の更衣室にもあるような業務用のスチールロッカーでした。
汚れているしドアは曲がっていています。

( "ゞ)「入れ」

(゚、゚トソン「えっ」

150 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:29:47 ID:5RxNQgt.0
( "ゞ)「入れ! 命令を聞け、ナイフを持っているのだぞ、言う事を聞け」

(゚、゚トソン「ごめんなさい、ナイフはやめて下さい」

ナイフを背中に向けられたままわたしはスチールロッカーに入りました。

( "ゞ)「そのまま仰向けになれ」

スチールロッカーの内部はそれほど汚れていませんでした。
ちょうど人が一人入れるぐらいのサイズでわたしが入ると頭と天井が五センチほどしかありません。
するとデルタさんは扉を閉め、シリンダー錠の鍵もかけました。

( "ゞ)「まるで棺桶だ。 そこで反省するんだ」

(゚、゚トソン「そんな」

( "ゞ)「反省をするんだ、自分の過ちについて。 お前はぼくを裏切った、裏切ったんだ」

(゚、゚トソン「それは裏切った訳ではありません、そのような話はしていませんでした」

( "ゞ)「言い訳をするな!」

スチールロッカーが何か金属製の棒のようなもので殴られました。
衝撃と音がスチールロッカーに響き渡ります。
思わずわたしは手で耳を塞ぎました。

151 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:31:15 ID:5RxNQgt.0
( "ゞ)「言い訳をするな! 婚約者がいるんだろう、付き合っている相手がいるんだろう!
    ぼくはお前に裏切られたんだ、騙されたんだ! 騙しやがって、糞、よくも騙しやがって!
    みんなぼくを騙すんだ、みんなぼくを裏切る、お前はそんな事はないと思っていたのに! 思っていたのに!
    よくも、よくも騙しやがって、畜生! 絶対に許さないぞ、許さないぞ!」

激昂するごとにデルタさんはスチールロッカーを金属製の棒のようなもので殴りました。
鼓膜が破れるのではと思うほど凄まじい音が響きわたしは必死で耳を塞ぎました。
暫くすると音がやみましたがまだ頭がぐらぐらしていました。

( "ゞ)「そこで反省するんだ。 自分の罪について考えろ」

デルタさんがそう言うと足音が遠のいていきました。
まさか、と思うと重い扉が閉められる音がして、次に車が遠ざかっていく音がしました。
取り残されました。鍵のかかったスチールロッカーの中です。
誰か、と大きな声を出してみましたが何の反応もありません。
音がないのです。民家からのテレビの音、通行人の話し声、車の往来、そういう音が一切ありませんでした。

152 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:31:42 ID:5RxNQgt.0
一人きり、スチールロッカーの中で眠る事も出来ずわたしはぼんやりしていました。
ドアは足元が少し曲がって開いていましたしそれほど息苦しくはありませんでした。
鍵がかかっている扉は押しても押してもびくともしませんでした。
スチールロッカーは人が一人ようやく入れるぐらいの大きさなので体勢を変える事も叶いません。
それに明日も出勤なのです。もしこのままここで一夜を過ごすような事になれば、出勤はとうてい間に合いません。

そしてわたしはフォックスさんの事を思い出しました。今晩も電話をすると彼は言っていました。
わたしの携帯電話は鞄ごとトヨタ・ラウムの助手席に置いたままです。もうそろそろ電話をかけてくる頃でしょうか。
一向に電話に出ないわたしを不審に思ってわたしの家に電話をかけるでしょうか。
あまりにも帰りが遅いのできっとお母さんとお父さんも心配しているはずです。
急な成り行きとはいえ職場の前からトヨタ・ラウムに乗った時にお母さんに連絡しておくべきだったのです。
人気もなく入り口が施錠されているスチールロッカーの中なかでは誰にも助けを呼べません。
誰も気づいてくれないのです。そう思うと急に絶望感が襲ってきました。
いま、わたしをどうにか出来るのはデルタさんしかいないのです。

153 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:32:09 ID:5RxNQgt.0
フォックスさんとの電話は週に一、二回でした。
毎日ではまるで高校生のカップルみたいだよ、と彼は笑っていましたが電話のたびに仕事がどうだったとか他愛もない話をたくさんしました。
今は無料通話アプリがあるので通話料金を気にする事なく電話が出来ました。時間を忘れて話してしまう事もありました。
仕事を辞めないのかという会話は億劫でしたが彼との通話は楽しいものだったのです。

あぁ、話がしたい。フォックスさんに会いたい。
スチールロッカーの中でわたしは思いました。
こんな状況なのに。いえ、こんな状況だからこそ、きっと彼に会いたいと思うのです。

154 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:33:25 ID:5RxNQgt.0



どこかで重たい音がして目が覚めました。そしてわたしは眠っていた事に気がつきました。
このような環境でも人は眠れるのです。しかしずいぶんと浅い睡眠で、また身体も悲鳴をあげていました。
スチールロッカーの外からは僅かに光が差し込んでいました。朝になったのです。本当に一夜を過ごしてしまったのです。

重たい音の後に、車の音がします。きっとデルタさんです。

(゚、゚トソン「デルタさん、ここから出して下さい」

( "ゞ)「起きていたのですか」

声の主はやはりデルタさんでした。

(゚、゚トソン「わたしは今日も出勤なのです。 それに、両親も心配しています」

( "ゞ)「そんな事はどうでもいいのです。 反省はしたのかですよ」

(゚、゚トソン「反省ですか」

( "ゞ)「だから、その、ぼくと、そのう、付き合う気に、なりましたか?」

155 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:34:30 ID:5RxNQgt.0
(゚、゚トソン「まだそのような事を仰っていたのですか、わたしには婚約者がいるのです。 申し訳ありません。 デルタさんとはお付き合い出来ません」

( "ゞ)「な…」

デルタさんは絶句しました。

(゚、゚トソン「そしてここから出して下さい。 わたしは帰らなければなりません」

( "ゞ)「反省していない…」

(゚、゚トソン「え?」

( "ゞ)「どうして反省していないんだ、どうして一晩もあって反省していないんだ?
    人を騙して、裏切っておいて、反省もしない、なんていう事だ、信じられない、ありえない。
    どうしてダメなんだ、どうしてダメなんだ、糞、どうしてだ、どうして上手くいかなかった」

(゚、゚トソン「デルタさん」

( "ゞ)「うるさい! うるさい、うるさい…うるさい、畜生、ふざけやがって。
    ふざけやがって! お前なんていらない、こっちから願い下げだ。
    これほど機会を与えたのに、裏切った反省をするチャンスまで与えたのに。
    いらない、もういらない。 いらないよ」

156 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:35:32 ID:5RxNQgt.0
スチールロッカーが動きました。砂の上を少しずつ動いています。
デルタさんが押しているのです。次第にスチールロッカーが傾き始めました。
その先にあるものをわたしは思い出しました。

(゚、゚トソン「デルタさん」

( "ゞ)「お前なんていらない」

スチールロッカーは完全に傾きました。一気に加速しました。
斜面を滑り落ちていきます。衝撃が走ったと思うと足元が水に浸かりました。
そのまま水かさが増していきます。沈んでいるのです。琵琶湖にスチールロッカーが沈み始めていました。
沈むと共に急速に水かさが増していきます。足元の曲がった扉から入り込んできます。
足まで浸かり腰まで浸かり胸まで浸かり首まで浸かりました。鍵のかかった扉は押しても開きません。
スチールロッカーは沈んでいきます。水が顎に触れたかと思うと一気に顔を覆いました。
口から鼻から水が入り込んできます。程なくして呼吸が出来なくなり苦しくなります。
もがいても空気は得られず扉は開きませんでした。苦しい。苦しい。

フォックスさん。



船着き場から琵琶湖汽船ミシガンが出港していきました。
まるであの日見たような夕焼けが琵琶湖の上に浮かんでいました。
自分の手を見ると消えつつあります。星屑のように身体は消えてきます。

(゚、゚トソン「これで…終わりですか」

157 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:36:43 ID:5RxNQgt.0
川 ゚ -゚)「トソン」

わたしはクーに笑いかけました。そしてハインリッヒさんに頭を下げます。

(-、-トソン「ハインリッヒさん、どうかクーをお願いします。 クーは強くしっかりした人に見えますが、きっと弱い一面もあります」

从 ゚∀从「分かったよ、トソンさん。 クーの事は任せて」

(-、-トソン「ありがとうございます」

そしてクーに向き直りました。

(゚、゚トソン「クー、わたしは貴方とならば銀河の果てまで行こうと思っていました。 でも、ここでお別れですね」

川 ゚ -゚)「あぁ、トソン…一緒にいた時間は、あまりにも長かったな」

(゚、゚トソン「はい、楽しい時間でした。 本当にお世話になりました。 クーも旅を終えられる事を祈っています」

158 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 15:37:41 ID:5RxNQgt.0
川 ゚ -゚)「ありがとう」

(゚、゚トソン「ありがとうございました」

二人の姿が見えなくなります。
琵琶湖も、湖面に浮かぶ夕焼けも、琵琶湖汽船ミシガンも、見えなくなりました。
わたしは親不孝者です。親より先に旅立つなど、お母さんとお父さんには申し訳ない事をしました。
ミセリをはじめ同僚の方々にも心配をしていただいたのに迷惑をかけてしまいました。
そしてフォックスさん。あの夜、電話が繋がらなくて彼はどう思ったでしょうか。
心配したでしょうか。怒ったでしょうか。悲しんだでしょうか。
心配していたら、怒っていたら、悲しんでいたら、わたしはそっと彼の隣に立ちたい。
でもそれはもう叶わないのです。

ずっと忘れていたくせに、と言われてしまうかもしれません。
でも、やはり会いたいです。フォックスさんに会いたいと思うのです。

159名無しさん:2017/08/22(火) 16:29:11 ID:kSqC/Emg0
デルタがちゃんと捕まったかが気になる
それにしても作者博識だな

160名無しさん:2017/08/22(火) 18:05:24 ID:3EMocCK60
非常に面白い!
でも>>40の最初の行でヒートがギコ君"彼氏"いないっぽいって言ってて笑った

161名無しさん:2017/08/22(火) 19:40:32 ID:G/KtAGJU0
死ぬほど鬱になりつつここまで一気読みしてしまった

162名無しさん:2017/08/22(火) 20:04:47 ID:QPKeOWFI0
読み進めるほど死にたくなるけど読むのを止められねぇ

163 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:34:44 ID:AxsdikKc0
>>160
ほんとっすわ…ホモォ…

164 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:35:24 ID:AxsdikKc0

5 銀河鉄道の夜

165 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:36:05 ID:AxsdikKc0
トソンが旅を終えてから三週間ほどが経った。その間、私とクーは二人きりだった。
新しく乗客として乗ってくる者はおらず、私たちも特に記憶を取り戻す事は出来なかった。
二人きりになると急に寂しく感じられた。銀河鉄道は機関車に四両も客車を連結しているのに乗客は今やたった二人だ。
私はクーと色んな話をした。記憶を少し取り戻した最初の街以来全く新しく思い出せた記憶はなかった。
その代わりクーに銀河鉄道に乗り込んでから出会った人たちの話をしてもらった。
もうクーは四ヶ月から五ヶ月はこの銀河鉄道に乗っているらしい。私も気がつけば一ヶ月以上は乗っている。

銀河鉄道の乗客はやはり何か強い思い残しがありながら死んでいった人ばかりだった。
これまでクーが見てきた数十人はそれぞれ何か思い残す事があった。
私が見届けたヒート、ドクオ、トソンの三人もそうだ。
ヒートは友人に裏切られて殺された。
ドクオは母親の急死に絶望して自殺した。
トソンは自分に片思いする客に逆上され殺された。
きっと私にも、クーにも、そういう過去があるはずなのだ。

166 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:37:13 ID:AxsdikKc0
クーが紡ぐ乗客たちの物語は、ある意味ではドラマだった。
ダブル不倫の末に殺された者、親から虐待を受けて死んだ者、大事故に巻き込まれて死んだ者。
この銀河鉄道の乗客はいずれにせよ死んでいる。その死に方は人それぞれである意味ではドラマチックでもある。

客車のボックスシートに二人で向かい合って話し、夜になると一緒に同じ寝台で眠った。
二人の時間は長かった。

从 ゚∀从「クーはすごいよね、私はこの一ヶ月で本当に自分を取り戻せるのかなっていよいよ不安になってきたのに」

川 ゚ -゚)「私はもう諦めに近いのかもね。 ここまで長い事自分を思い出せないのだから」

銀河鉄道はどこまでも走った。トソンの言っていた銀河の果てというのは本当に存在しないのではないだろうか。
乗客全員が自分の記憶を取り戻すまで銀河鉄道は走り続ける。街から街へ旅をし続ける。そんな気がした。
全員が旅立つその日まで、銀河鉄道は黙々と走り続けるのだ。

167 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:41:03 ID:AxsdikKc0
そしてどちらかが記憶を取り戻して旅を終えるという事は、どちらか一人を銀河鉄道に残すという事だった。
私は銀河鉄道にクーだけ残して旅立つのも、私だけ一人銀河鉄道に取り残されるのも、恐ろしかった。

川 ゚ -゚)「優しいね、ハインは」

その事を話すとクーは笑った。

川 ゚ -゚)「でもね」とクーは続ける。「いつかは旅立たなくてはいけない」

从 ゚∀从「それは分かってるけど」

川 ゚ -゚)「ここはずっといていい場所ではないんだよ。 私が言うのもあれだけど」

クーと離れたくない。
いつしかクーは私にとってそれほど大きい存在になっていた。
クーを残すのも、クーがいなくるのも、それは辛い事だ。
銀河鉄道にずっと乗っていていい訳じゃあない。ここは終末の楽園でもなんでもないのだ。
二人でいたい、記憶を取り戻したい。私の望みは相反していた。

168 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:41:54 ID:AxsdikKc0



銀河鉄道が到着したのはとても大きな駅だった。長いホームが横にもずらっと並んでいる。
階段を降りて改札口へ出ると人の多さに驚かされた。縦横無尽に人が行き交っている。
私鉄への乗り換えが幾つもある。一体どれほどの路線が集まるターミナル駅なのだろう。
階段を上がると駅前ロータリーに出る。やはり大きな駅だ。
バス・ターミナルには何台ものバスが連なり駅前には大きなビルが建ち並んでいる。
地上に上がったばかりなのにすぐに地下街への階段もある。
数十台が待つタクシーをよそにロータリーを歩いて駅前の通りに出た。
大きな商業ビルや雑居ビルが並んでいる。駅前ロータリーの外にまで色とりどりのバスが待機列を作っている。

横断歩道を渡っていた時だった。クーが立ち止まった。
片側一車線の通りにも雑居ビルが続いていた。
交通量はあまりないようで荷降ろしのトラックや据え付け前の観光バスが路上駐車をしていた。
トヨタ・ハリアーが路上駐車を避けるように車線をはみ出して走っていった。

169 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:42:45 ID:AxsdikKc0
どうしたの、と言おうとしたところで急な違和感に襲われた。
下半身だ。下半身が熱い。そして気がつくと私は駅前の通りではなくどこかのベッドの上に寝かされていた。
足が大きく開かれていた。身動きが出来なかった。開いた足を男が覗き込んでいた。
気持ち悪い、と思った。追い払おうとしたが身体は動かない。声も出ない。
男は顔を私の股間に埋めた。犯される、と咄嗟に思ったが違った。男は何か器具を持っていた。
真面目な顔で男はその器具を私の秘部に入れた。脂汗が出た。何かを入れられている。
違う。出されている、と思った。何を? 出されている。器具を使って何かを秘部から出している。
器具はよく見ると鋏だった。男は私の秘部から鋏で何かを切りながら搔き出していた。
男が私の秘部から出てきた何かを手に取る。鋏で切り搔き出した何かを手に取る。その何かが見えた。

それはばらばらの出来損ないの胎児だった。

川 - )「うぅっ!」

気がつくと隣でクーが吐いていた。横断歩道の真ん中で真っ青になりながらアスファルトに吐いていた。
そこはもうベッドではなく駅前の通りだった。私はべったりと汗をかいて立ちすくんでいた。

从 ゚∀从「…クー?」

170 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:43:36 ID:AxsdikKc0
慌ててクーに駆け寄った。クーは顔面蒼白だった。
彼女が吐瀉物を踏んでしまわないよう慎重に身体を起こした。

从 ゚∀从「大丈夫? どうしたの」

クーは首を振る。そして小さな声で「戻ろう」と言った。

从 ゚∀从「戻る? 銀河鉄道に?」

川 ゚ -゚)「うん、戻ろう。 横になりたい」

私はクーに手を貸してもと来た道を戻った。
クーがこのように体調を崩すのは初めて見た。

銀河鉄道にとんぼ返りして寝台にクーを寝かせて水を飲ませた。
十分ほど横になると、クーはもう大丈夫だからと起き上がり、出発合図を送り銀河鉄道を発車させた。
銀河鉄道は大きなターミナル駅を出て行く。車窓には暫くビル街が続いた。
それほど大きくはない都市の場合、駅を出るとすぐに長閑な風景が広がっている事が多い。
しかしここは本当に大きな都市であるらしくビル街が途切れてもずっと住宅街が続いていた。

171 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:44:19 ID:AxsdikKc0
クーが戻ってきてクロスシートに座った。

从 ゚∀从「もう大丈夫?」

川 ゚ -゚)「大丈夫、ごめんね」

从 ゚∀从「どうしたの、一体」

川 ゚ -゚)「ううん、よく分からない」

あのベッドの上で足を開かされて秘部から胎児を掻き出されたイメージについては切り出さなかった。
見てはいけないものを見たような気がした。それほどにおぞましく、悲しいイメージだった。
きっとクーも見たのだろうし、あれを見たからこそクーは嘔吐したのだと思う。
でも私はそれについてクーに問いかけるような事はしなかった。

ふと、車窓に顔を向けるクーの頬に何かが光るのに気がついた。
それは涙だった。クーは車窓を眺めながら涙を流していた。
音もなく、声もあげず、ただ静かに泣いていた。

从 ゚∀从「クー…泣いているの」

172 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:45:05 ID:AxsdikKc0
川 ゚ -゚)「あぁ、本当だ。 どうしてだろうね」

慌ててクーは涙を拭って笑った。それは弱々しいものだった。明らかな強がりだと分かった。
クーは強くしっかりした人に見えますが、きっと弱い一面もあります。
トソンが最後に残した言葉を思い出した。クーは今、何を思っているのだろう。

日が暮れ車窓には夜の街が映る。
平地に線を引き、海を埋め立て、山を切り開いて、それぞれの家が建っている。
一つ一つの家の灯りが幾つも集まって銀河が形成される。
銀河鉄道は夜を走る。終着駅もなく走り続ける。



翌日到着した駅はやや大きい駅だった。到着したホームの隣には私鉄の駅がある。
駅を出るとペデストリアンデッキに繋がっていた。駅前にはビルやマンションが建ち並ぶ。
振り返ると駅舎そのものは簡素な造りで駅ビルらしきものは見当たらなかった。
屋根のあるペデストリアンデッキをまっすぐ歩くと大きなビルに吸い込まれていく。
正面には入り口があってどうやら駅前型百貨店のようだった。ただその隣に通路が続いている。
覗いてみると券売機と改札口があり、ビルの中に駅があるらしかった。

从 ゚∀从「乗ってみようか」

173 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:45:49 ID:AxsdikKc0
改札口を通ると行き止まり式二面一線のホームがあった。
乗車ホームと降者ホームに分かれている。車止めの上にはシチズン製の時計があった。
屋根はドーム型になっていて妙に古めかしく趣がある。
待っていると二両編成二つを繋げた緑色の列車が入ってきた。
まず降者ホーム側のドアが開き降客が済んでから乗車ホーム側のドアが開いた。
発車まで数分あったものの車内はそれなりに混んでいて座席はすぐに埋まった。
たまには立って乗るのも面白いね、などと言いながら私とクーは窓際に立った。

列車は住宅地を走り、途中の交換駅で多くの乗客が降りた。
その駅からも多くの乗客が乗り込んでまた車内は混雑した。
列車は駅を出ると道路の中央に線路が敷かれている併用軌道を走り始めた。
トソンが記憶を取り戻した大津市の光景に似ていた。
併用軌道が終わり再び住宅地に入った。軒先が線路ぎりぎりにある。
家のすぐ裏手を線路が走っているし、線路からしか出入り出来ない門がある家もある。
ふと線路がカーブして住宅地を抜けた。視界が開けた。車窓いっぱいに海が飛び込んできた。
線路は海沿いを走っていた。青く晴れ渡った空と雄大な海。綺麗だ、ではなく、懐かしい、と思った。

174 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:47:17 ID:AxsdikKc0
懐かしい、あぁそうだ、懐かしいんだ。駅が見える。駅の先にある踏切にはカメラを持った観光客がたくさんいる。
スラムダンクに登場する聖地として有名な踏切で平日でもたくさんの観光客が列車との写真を撮ろうと待ち構えている。
最近では中国でもスラムダンクが放送されたらしく中国人観光客が多くなったと聞いた。
鎌倉高校前駅、鎌倉高校前踏切。ここは江ノ電だ。



私の住まいは神奈川県藤沢市にあった。新湘南バイパス藤沢インターチェンジの裏手にある。
裏手は小高い山でゴルフ場になっている。新湘南バイパスの往来が夜でも聞こえる場所だった。
住んでいたのは古びたアパートだった。2DKのアパートに母親と二人で暮らしていた。
父親ははじめからいなかった。母親曰く途中で出ていったそうだ。
最寄りの保育園を経て最寄りの小学校と中学校に通った。
高校も別に近くの高校で良かったのだけれど母親がせっかくある程度勉強が出来るのだからとより偏差値の高い公立高校を勧められた。
確かに成績は常に良かったし、当時は素行だってそれほど悪くはなかった。入試を難なくクリアしてその海沿いの高校に通い始めた。
神奈中バスで藤沢駅まで出て江ノ電で通学するというルートで、観光でしか乗った事のなかった江ノ電で通学出来るのは楽しかった。
腰越駅を出ると視界いっぱいに海が広がる。いつもその海を見るのが好きだった。

175 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:47:46 ID:AxsdikKc0
私は母親があまり好きではなかった。
私を育ててくれたのは他ならぬ母親だったにも関わらず、あまり家にいない母親があまり好きではなかったのだ。
母親は水商売をしていて、昼過ぎまで眠っていて、夕方になると出かけていった。帰ってくるのは朝だった。
私は朝起きると母親が起きないようにこっそり準備をして静かに家を出た。
夕食は母親が作り置きしたものを温め直して食べた。私はいつも一人だった。

母親はたまに家に男を連れ込む事があったし、男の家や男とホテルに泊まってくる事もあった。
私はその場面に出くわす事があったし、もっとひどい場面に出くわす事もあった。
母親はどうやら私の父親とは結婚すらしておらず、これからもする気はないようだった。
ただセックスをしたり泊まったりする関係の男は何人かいた。

176 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:48:16 ID:AxsdikKc0
私はいつも孤独だった。アパートばかりの場所で近所付き合いのようなものは存在しなかった。
母親の出身地は富山県で頼れる親戚なんてものもいなかった。
私はいつも一人で食事をして一人で時間を過ごし一人で眠り一人で起きて学校に行っていた。

それでも母親は曲がりなりにも私を育ててくれたのだ。それは感謝すべき事だと後々気づく事になる。
幼い頃の基準なんて単純なものだ。休みの日にどこかに連れて行ってもらった記憶もあまりない。
八景島シーパラダイスにも東京ディズニーランドにも連れて行ってもらった事がない。
運動会や授業参観には来てくれたがお母さんが若くて綺麗だと同級生に言われたのは途中までだ。
色んな言葉を覚えた同級生からは水商売の母親が来たぞ、と囃し立てられた。
私は水商売の娘と呼ばれるのが本当に嫌だった。母親には来てほしくないと思うようになった。
母親が水商売をしている事を恨んだ。水商売なんてしているから私はこんなに辛いのだと思った。
言うまでもなく母親が水商売をしていたのは自身の生活と私を育てるためだ。
でも私にそんな事は理解出来なかった。ただただ母親を恨んでいた。

177 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:49:07 ID:AxsdikKc0
高校は小学校中学校から少し離れた隣の市にある公立高校だったから、新しい人間関係を築く事が出来た。
これまでの小学校中学校の人間関係はいったんリセットされた。自分の母親が水商売をしていると知っている人は誰もいない。
まるでそれだけで新しい自分に生まれ変わった気分だった。女子の友達が出来たし男子からは羨望の眼差しを向けられる事になった。
私の身体は小学生から中学生にかけて成長して年齢とは似つかわしくないぐらいに大人びたものになっていた。
あの母親の遺伝である事は明確で、中学生当時私を蔑んでいた男子もすれ違いざまにセーラー服を押し上げる胸を盗み見ていた。
高校では私の母親の事情を知る者はいないので男子からはよく声をかけられた。いかに彼らが身体目当てだったかは視線で分かる。

しかし私はその男子からの好意、羨望の眼差しに対して満更ではなかった。不遇だった中学生までとは違うのだ。
男遊びは激しくなり学校の男子と何人そういう行為をしたか途中で数えなくなった。
カッコいい先輩でも私ならば手にする事が出来た。化粧の仕方は母親から技術を盗んでいた。
胸元が開けた服を着れば男子の視線は喋っている途中でも必ず胸元に落ちた。

178 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:49:32 ID:AxsdikKc0
そうしているうちに女子の友達は減っていたけれど逆に仲の良い女子の友達は確立していった。それだけでじゅうぶんだった。
その仲の良い友達の一人で、稼ぎやすいバイトをしている、と話し始めた子がいた。私は金欠気味で確かにお金が手っ取り早く欲しかった。
内容は簡潔に言えばごく簡単な援助交際のようなものだった。指定されたホテルに出向き、本番行為はなく例えば手や口だけでするというものだった。
その子曰く、管理しているのは他校の先輩OBで、とても優しく気の回る人で、客も承認制で乱暴な行為に及ぶものはいないとの事だった。
仲の良い友達の多数はさほど迷わず参加を表明した。私もとても軽い気持ちで参加した。

その簡単な援助交際を管理しているという他校の先輩OBにも会わせてもらったが身なりをきちっとした明るい人だった。
まぁ後々考えれば女の子に対価以上の行為や乱暴をしないようにと脅しをかけられるのも、後ろに暴力団がいたからだろう。
彼のような若い素人が一人で切り盛り出来るとは思えないしきっと売り上げを流していたのだろう。
見た目で女の子が萎縮してしまう暴力団員とは違ってソフトな物腰の若い彼は女の子の窓口となる事が出来る。

179 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:49:58 ID:AxsdikKc0
間接的ながら暴力団と関わる事となったとはいえ、私は全く後悔していなかった。本当に手っ取り早く稼げたのだ。
指定されたホテルに出向き、制服に着替えて手でしごくだけ。男が果てれば事務所に帰ってマージンを引いた売上金を受け取って終わり。
マージンは五割だった。それでも月に何度も仕事に入ればそれなりの収入になった。アルバイトなんてしなくていい、と思った。
管理していた他校の先輩OBは藤沢駅近くに事務所を構えていた。そこには私のような女の子が頻繁に出入りしていた。

高校生というだけでブランド力はすごかった。私服でホテルに出向き制服に着替えると男は喜んで興奮した。
男が私の制服姿で興奮して喘ぎながら私の手の中で射精する事は、気持ち悪いとは思わなかった。むしろ可愛いとすら思った。
こんな大の大人が、私で興奮して射精している、そう考えると楽しいとすら思うようになった。それは天職だよと仲間には笑われた。
殆どの女の子は気持ち悪いと感じていて、中にはずっと吐くのを堪えながらギリギリでやっていると笑いながら言う子もいた。

180 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:50:21 ID:AxsdikKc0
私は次第にもっと稼ぎたいと欲が出るようになった。口でするサービスに移った。
手でするサービスから料金は一気に跳ね上がり、マージンを差し引いてもすごい額になった。
更に口に出されたそれを飲み干せば追加料金ももらえる。性病リスクなどがあっても私にとって抵抗はなかった。
同じ高校の男子とそういう事をしても飲んで欲しいと言われればいつも飲んでいた。
それを話すと仲間内でいよいよ天職だよと褒められるようになった。私なんかゲロっちゃうと笑われた。
管理している他校の先輩OBからはそれなら本当に本番行為もしてみるかと訊かれた。
料金表を見せてもらうと恐ろしい額だった。高校生相手にセックス出来るならこれほどの額を払うのかと驚いた。
マージンを差し引いてもかなりの額が入る。これを月に何度も行うと、とんでもない額になる。

完全に私は麻痺していた。普通に働かなくても身体を使えば異常に稼げるという現実に麻痺していた。
お金が欲しかったし、もう普通にアルバイトで働くなんて考えられなかった。

181 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:51:24 ID:AxsdikKc0
遂に私は本番行為OKになった。最初はさすがに緊張したけれど、慣れればなんて事はなかった。
むしろ自分で動かなくても相手が勝手に動いてくれるので楽だった。
さすがに本番行為となれば制服は脱いでしまうのにそれでも男は興奮していた。
制服さえ脱いでしまえばただの女の裸なのに、現役高校生という肩書きはすごいと改めて感心した。

私の月の収入は恐ろしい額になりそれ相応の高いバッグを買うようになった。
母親はそのバッグなどを見ても私がどうやって稼いでいるかは問い質さなかった。
多分気づいていたのだろう。母親は水商売で稼ぎ、娘は援助交際で稼ぐ。
きっと、男が喘いで射精するのも気持ち悪いと思わないところなども、遺伝のもたらすところなのだろう。
仲間に天職と言われたのも、その遺伝によるものなのだ。

182 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:51:48 ID:AxsdikKc0
私は高校を卒業して大学に進学した。
大学もそれほど行きたいという気持ちはなかったものの母親が行くべきだと言った。
母親は大学どころか高校中退という学歴で、それに対して随分コンプレックスを持っていると話した事があった。
国公立なら学費を払えるから、と言われて私は国公立を目指した。そして見事に合格した。
いわゆるキャンパス・ライフは楽しかった。高校とは比べ物にならないほど開放的で面白かった。
それでも何のアルバイトをしているの、と新しく出来た友人に訊かれると適当にごまかすしかなかった。

高校を卒業すればあの仕事はもう出来ないと思っていた。
でも管理している他校の先輩OBは意外そうに言った。制服を来て学生証を見せればまだ数年は高校生という事で行けるよ、と。
どうやらそうやって高校卒業後も高校生と偽って働く女の子は多いらしい。清純そうな見た目の子も好まれるけれど派手なギャルっぽい子も好まれる。
ある程度髪を染めたりしていても今の高校生自体が派手で髪を染めているから偽る事が出来る、らしかった。
正直これほど稼ぎやすい仕事はないのでありがたく私は続ける事にした。
わざわざ学生証を見て学校に在籍しているか問い合わせる者などいない。
大学に通いながら帰りに高校生の格好をして援助交際をする日々が始まった。
個人の制服は事務所ロッカーに置いておけたし洗濯だって管理する他校の先輩OBがやってくれた。

183 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:52:29 ID:AxsdikKc0
全てが順調だった。国公立の大学に進学し、そこでも男子にちやほやされて、仕事も続けられて恐ろしい額を稼ぐ。
そんな私の生活の終焉は、大学一年目の冬だった。

その日の客はタカラさんといって、三回目の指名だった。
一回目、二回目と紳士的な態度で嫌な気持ちはなかった。
指定されたラブ・ホテルはフロントにいつも人がおらず、他の客に出くわす事もほぼないので目線を気にしなくていいところだった。
部屋に着きタカラさんに出迎えられ事務所に到着を告げる旨の連絡をした。

从 ゚∀从「よろしくお願いします」

( ,,^Д^)「よろしく」

手順としてはシャワーを浴びてから、制服に着替えて出て来る、というものだ。
いつも通りに制服の入った鞄を持ってシャワーに入った。
しかし突然ドアが開かれた。驚いて振り返るとタカラさんともう一人男がいた。
タカラさんに羽交い締めにされて男に目隠しをされ口に猿轡を詰め込まれた。
どちらかに担ぎ上げられ部屋を出るのが分かった。タカラさんがフロントクリア了解と言うのが分かった。
エレベーターで下る音がした。外に出たのが空気で分かった。何かの上に乗せられスライドドアが閉まる音がした。車だ。
車。拉致される。精一杯抵抗したが逆に殴られた。とにかく殴られた。気を失いそうになった。殺されるのかと思った。
あまりにも徹底して殴られるので抵抗が完全に出来なくなった。とにかく殺されたくはなかった。
目隠しと猿轡をされて手足を拘束されてそのまま私は車でどこかに運ばれた。
タカラさんを含め車内には男が三人乗っているのが会話で分かった。
一人が部屋に隠れていてもう一人が車で待機していたのだろう。

184 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:53:31 ID:AxsdikKc0
客は承認制で危ない事はないはずなのに、と私は思った。しかしもう遅い。
私は拉致された。



連れてこられたのはどこかの室内だった。他の物音はしない。
目隠しと猿轡をされ手足には拘束具が取り付けられたまま、私はベッドにうつ伏せに寝かされた。
身につけていた服も下着も脱がされ犯されると思ったが違った。背中を激痛が襲った。

从 ∀从「んっ!」

鋭利なもので背中を切られている感触だった。カッター・ナイフなどで線を描くように傷つけられている。
何をされているのか分からなかった。ただ激痛だけが背中を走った。

从 ∀从「んん〜っ!」

あまりの痛みに悶えた。悲鳴をあげようにも猿轡のせいで声は出ない。
暴れようにも手足は拘束具でがっちりと抑えられている。
カッター・ナイフや剃刀で肌を切られるような痛みとたわしで身体をこすられるような痛みは七時間ほど続いた。
あまりにも長い時間は永遠のようにも感じられた。

185 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:54:49 ID:AxsdikKc0
「よし」

タカラさんの声がした。

「はぁー大したもんだ」

「さすが職人芸っすねぇ」

二人の男が感嘆する。

「取ってやれ」

目隠しと猿轡を取り外されてみたのはどこかの見知らぬ部屋だった。
恐らくアパートの一室。タカラさんと二人の男が私を見下ろしていた。
タカラさんは満足そうに私の背中の写真を撮っていた。

( ,,^Д^)「いい出来だ」

从 ゚∀从「な…何を」

( ,,^Д^)「ん? 見せてやるよ」

携帯電話を見せられる。そこに映っていたのは私の背中に彫られた大きな翼の入れ墨だった。

186 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:56:48 ID:AxsdikKc0
从;゚∀从「え…うそ…」

(・∀ ・)「単色だとやっぱりはえーな」

ホ ゚ーン「えーでも綺麗なシンメトリーっすよ。 両翼!的な」

(・∀ ・)「なんで飛行機っぽくなってるんだよ」

私は絶望でいっぱいになった。これほどの入れ墨なんて、もう元には戻せない。

从;゚∀从「い、いやだ…」

( ,,^Д^)「もう彫っちまったもんはどうしようもねーよ」

タカラさんが笑う。

( ,,^Д^)「しっかしお前殴りすぎだろ、顔腫れてるじゃねーか」

(・∀ ・)「仕方ねーだろ、最初は徹底的にした方がいいんだよ。 女はバカだから身体で教え込まなきゃ分かんねーの」

ホ ゚ーン「わぁー斉藤さんマジ鬼畜っすねぇ」

( ,,^Д^)「まぁいいや、そろそろやろうぜ、お待ちかねだろ」

ホ ゚ーン「待ってました〜!」

187 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:57:33 ID:AxsdikKc0
彼らは順番に私を犯した。抵抗するとやはり殴られてすぐに私は抵抗をやめた。
抵抗しなければ彼らは自由に私を犯した。口を開かせて肉棒をねじ込み挿入すれば尻を叩きながら乱暴に突いた。
荒々しい行為は完全に性欲処理ためだけのものだった。性欲処理だけのためにセックスするのは初めてだった。
誰かが突いている間は、別の誰かがビデオ・カメラで撮影していた。写真も何枚も撮られた、もはや私に抵抗する気力はなかった。
せめて避妊してほしかったのに彼らはコンドームを着けずお構いなしに膣内に射精した。

( ,,^Д^)「おい、意識あるか」

全員が終わるとタカラさんが私の頬を叩いた。

( ,,^Д^)「風呂に入れ。 あとこれ飲んどけ」

渡された錠剤はアフターピルだった。それまであまりの乱暴ぶりだったため私は安堵してしまった。

( ,,^Д^)「あと逃げようなんて思うなよ、見張ってるからな」

本当に見張りをつけられ私はシャワーに向かった。
斉藤さんと呼ばれた男はしっかり私についてきて監視した。シャワーを浴び始めてもドアを開いて私の身体を見ていた。

(・∀ ・)「いやーやっぱいい身体してんなぁ」

私は答えずにシャワーを浴びた。秘部に指を入れて精液を搔き出した。
鏡に映る顔は殴られすぎてひどく腫れていた。

188 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:58:31 ID:AxsdikKc0
(・∀ ・)「やっべーまた勃ってきたわ」

そう言うと男は私に抱きついてきた。胸を揉みしだき、勃起した肉棒を尻にこすりつけた。
有無を言わさず男は挿入して私は壁に手をついたままそれを受け止めなければいけなかった。

( ,,^Д^)「おいおいお前何やってんだよ、見張りしろつったけど二回戦しろとは言ってねーよ」

ホ ゚ーン「ギャハハ、斉藤さん中学生っすか」

(・∀ ・)「うるせーよ」

私は風呂でも犯されて、ようやくシャワーを浴びて部屋に戻された。
男たちはソファーに座って何かを飲んでいた。

( ,,^Д^)「とりあえず座れよ」

促されるがまま私はベッドに座った。

( ,,^Д^)「まぁとりあえず言わなくても分かると思うけどさ、俺らお前を拉致したんだわ」

189 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 20:59:56 ID:AxsdikKc0
从;゚∀从「わ、私をどうするつもりですか」

( ,,^Д^)「まぁね、大人しく言う事を聞いていれば悪いようにはしないよ。 傷つけもしない」

从;゚∀从「家に帰して下さい」

( ,,^Д^)「はぁ?」

从;゚∀从「家に帰して下さい」

(・∀ ・)「ほら言ったじゃん、女ってバカだから感情論でしか物事考えらんないのよ。 呼ぼうぜ、やっぱり」

( ,,^Д^)「そうだな、仕方ない。 お前が選んだんだからな」

そう私に言うとタカラさんはどこかに電話した。三十分ほどで、五人の男が部屋にやって来た。
バスタオルを巻いた状態でベッドに座る私を見つけて男たちは笑った。
がっちりとした体形で獰猛そうな男ばかりだった。

(`∠´)「こいつっすか、すげぇいいじゃないっすか。 顔めっちゃ腫れてるけど」

ホ ゚ーン「戦犯斉藤さんで〜〜〜す」

(`∠´)「ひっでー美人が台無しだよ」

190 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:01:00 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「おい、好きにしていいぞ」

(`∠´)「えっマジなんすか?」

( ,,^Д^)「マジだよ。 中出してもいいから。 足りてないみたいだからさ」

(`∠´)「マジっすか! あざっす!」

五人は順番にシャワーを浴びて本当に順番に私を犯した。
獰猛そうな見た目通り荒々しく身体が壊れるかと思った。
一度出しただけでは飽き足らず再度体位を変えて行為に及んだ。
途中からタカラさんたち三人もまたセックスに参加した。
終わった者はソファーに座って飲み物を片手に乱交を見て楽しんでいた。
ずっとビデオ・カメラが回されていたし飲み物を片手に携帯電話でも写真を撮られた。
膣内にも顔にも髪にも射精されて自分と男たちの汗にまみれて私はどろどろになった。
何度も荒々しく突かれて何人もの相手をさせられて秘部は熱く痛んだ。
ようやく終わった時には心から安堵した。

(`∠´)「マジ最高っした」

( ,,^Д^)「また来いよ」

(`∠´)「マジっすか〜タカラさん一生ついていきますよ」

( ,,^Д^)「やっすいなーお前らよー」

満足して男たちは帰っていった。部屋には最初の三人が残った。

191 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:02:28 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「さぁ、もう一度さっきの話をしようか。 大人しく言う事を聞いていれば悪いようにはしないよ。 どうする?」

(・∀ ・)「別に毎日あいつら呼んだっていいしあいつらみたいな奴はいくらでもいるんだからな。 一日何十人相手させてやってもいいぜ」

私は力なく首を振った。もう喋る事すら辛い。

(・∀ ・)「それに今の動画や写真をばら撒いてもいいんだぜ? そうだな、TwitterでもYouTubeでも、そこらのエロサイトでもいいぜ」

ビデオ・カメラで撮影した動画を再生する。画面の中で私は挿入され尻を叩かれ身体をよじらせながら喘いでいた。
部屋中に私の喘ぎ声が響いた。見たくない、聞きたくない、と思った。あまりにも情けなかった。

(・∀ ・)「世に出た動画は一生消えないからな〜ずっと街であっあの乱交ビッチ女だって指さされるんだぜ」

从 ∀从「それは…いやです…」

( ,,^Д^)「そうだな、そうだよな、嫌だよな。 じゃあ言う事聞いてくれるな」

从 ゚∀从「何をすれば、いいんですか?」

( ,,^Д^)「まぁお前がやっていたような仕事だよ。 男の相手をしてもらう。 簡単だろう」

从 ゚∀从「男の相手…」

192 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:04:24 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「ほら、誓約書だ。 どうせ印鑑なんて持ってないだろうから、指印でいいわ」

紙とペンと朱肉を差し出された。内容はタカラさんに従い反抗しない、だとかそういうものだった。
ボールペンによる手書きで書かれたものだった。滅茶苦茶な内容だったけれどこれ以上反抗する気力はなかった。
指の精液をティッシュペーパーで拭いてペンで名前を書き、指印を押した。手渡すとタカラさんは満足そうにした。

( ,,^Д^)「そうそう、最初からそうすればいいんだ。 言う事を聞いていればいい」

(・∀ ・)「女は黙って言う事聞いてりゃいいんだよ、手間かけさせやがって」

( ,,^Д^)「あとは大学の休学届は保証人の捺印がいるから無理か、とりあえず母親に家出するって連絡しろ」

从;゚∀从「え?」

( ,,^Д^)「そりゃあそうだろう、いくら水商売やってるような母親でも娘が急に帰ってこなくなると不審に思うだろ」

从; ∀从「え、なんで」

( ,,^Д^)「なんで母親が水商売やってるか知ってるかって? お前の店の学生証を見せて高校生である事を証明するってシステムはセキュリティ的にダメだな。
      どうせ卒業後の女を偽装高校生として働かせるのなら卒業した他の学生の学生証なりを入手して見せたりすればいいんだ。 そしたら源氏名も使える。
      本名晒して援助交際なんてセキュリティ甘すぎる。 名前が分かればいくらでも調べられれるんだよ。 なぁ、ハインリッヒ。
      藤沢市立辻堂保育園、藤沢市立明治小学校、藤沢市立明治中学校、神奈川県立鎌倉高校卒業、横浜国立大学在学のハインリッヒさん」

193 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:08:59 ID:AxsdikKc0
私は震えが止まらなかった。絶望的な気持ちになった。

(・∀ ・)「今の出身校と在学中の大学の門と壁にさっきの写真をプリントアウトして貼ってやってもいいんだぜ?
     中学校の同級生に母親が水商売やっていたあの子は今は大学生なのに高校生の格好して援助交際やってますって教えてもいいんだぜ」

从 ∀从「いや…やめて…」

(・∀ ・)「嫌だよな? 嫌だよなぁ? 母親が水商売やってるのすら嫌だったもんなぁ、それが自分が援助交際なんだからなぁ?
     あんな大乱交してる写真バラ撒かれたらお前の人生は終わりだぜ、あの母親ももうあそこには住めないぜ。
     あの新湘南バイパスの藤沢インターから降りてきたところの脇にあるボロいアパートにいられなくなっちゃうな」

从 ∀从「いや…」

( ,,^Д^)「じゃあ連絡しないと。 家出します、探さないで下さい、私はお母さんの事が嫌いでした…と。
      お前は昔から母親が好きじゃあないって言ってたらしいなぁ、家出するって言えばお母さんは納得しちゃうよなぁ。
      本人が娘から好かれていないって気づいてたはずだからなぁ。 お前は今から最高に親不孝な娘になるんだよ。
      でも迷惑はかけたくないだろ? そうだよな? じゃあ連絡しないとな」

194 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:10:24 ID:AxsdikKc0
私は取り上げられていた鞄から携帯電話を差し出されていた。
電話帳から母、とだけ事務的に書かれた番号を呼び出した。
涙が止まらなくなった。そうだ、私は親不孝者だったのだ。
唐突な暴力と、これからの絶望と、これまでの後悔で、私は涙が止まらなくなった。

(・∀ ・)「はぁ〜女ってすぐ泣くんだよな。 泣けばいいと思ってる。 泣けばなんとかなると思ってるんだ。 女はいつだって他力本願だ」

( ,,^Д^)「電話が無理ならメールでもいいぞ。 早くしろよ」

震える手でメールを打った。途中何度も打ち間違えて時間が経った。
じれったくなったタカラさんが画面を覗き込んだ。

( ,,^Д^)「そうそう、そして私はお母さんがずっと嫌いでした、って書くんだよ。 そうすれば母親も諦める」

从;゚∀从「そ、それは…」

( ,,^Д^)「書くんだよ、ほら。 実際嫌いだっただろ? 正直に書けばいいんだよ」

从;゚∀从「でも…」

( ,,^Д^)「書けよ」

195 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:11:25 ID:AxsdikKc0
髪の毛を掴まれて携帯電話を落としそうになった。書きます、書きます、と言って続きを打った。
母親の心を徹底的に打ち砕く内容だった。タカラさんは内容を確認して送信した。
送信は完了した。もう後戻りは出来ないのだと思った。

( ,,^Д^)「じゃあ、これから仲良くやろうな」

これが地獄の始まりだった。



タカラ曰く、ターゲットを探すべく身分を偽りあの援助交際を管理する他校先輩OBの客となっていたという。
そして家庭環境などを総合的に吟味して私が選ばれた。一番問題なく社会から切り離せるだろうと。

私はもう一度目隠しをされて別の場所に移送された。
そこはマンションだった。1LDKでリビングがあり、寝室があり、トイレがあり、風呂があった。
私には足輪を嵌められてリビングを基準としてロープが結ばれた。
ちょうど基準から一番遠くにある玄関には手が届かないようになっていた。

196 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:11:51 ID:AxsdikKc0
私は鞄などの荷物を奪われて新しく彼らが購入した服や下着を充てがわれた。
Tバックのような卑猥な下着から中学生ぐらいが身につけそうな子供っぽい下着もあった。
客のニーズに合わせるのだという。セクシー系が好きな客にはTバックを、ロリコン気味の客には子供っぽい下着を。
寝室のベッドにはローション、拘束具、猿轡、ローターが用意されていた。
まさにセックスのための部屋だと思った。

私は顔の腫れがなくなってから、毎日そこで客の相手をした。一日に多い時は六人も相手をした。
それでも同時に彼ら八人の相手をするよりはましだったし、休憩も与えられた。
一人当たり二時間が当てられている。客が来ると彼らは入れ替わりで部屋を去りどこかで時間を潰していた。
二時間の間に私は客とセックスをして、時間が余れば一緒にシャワーを浴びたりもう一度する事もあった。
当然ながら料金は全て彼らに持って行かれた。タカラ、斉藤、ポーンのいずれかが部屋には在中していた。
彼らはこの部屋に泊まる事も多く、その時には必ず私とセックスをした。彼らとセックスをして私の一日は終わった。
休憩時間などで私はタオルやシーツ、自分や彼らの服や下着などを洗濯した。
食事は出前ばかりで私は買い物にも行かせてもらえなかった。足輪は一度も外されなかった。

197 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:12:17 ID:AxsdikKc0
客はひっきりなしにやってきた。客観的に見れば繁盛していると言えた。
どういうルートで客集めをしているのか分からなかったけれど現役大学生または現役高校生として売り出しているようだった。
十九歳に中出し出来るなんて、と感嘆する客も入れば高校生にこんな事が出来るなんて、と喜ぶ客もいた。
フィニッシュはオプションで自由に選べるようになっていた。勿論膣内での射精が一番高価だった。
それ以外にも顔にかけたり口に出したり様々だった。でも多くの客が一番高価な膣内での射精を選んでいた。
いくらアフターピルを飲んでいるからといって不安でたまらなかった。こんなに毎日飲んでいたら効き目がなくなると思った。
吐き気を催す事も多くなったけれど吐いたら薬の効果がなくなる。余分には与えないと言われていたので必死に溢れる唾を飲み込んで耐えた。

数週間経つと少し慣れてきた自分がいた。人間はどのような環境でも慣れてしまうのだ、と驚いた。
携帯電話は取り上げられたままだったものの、休憩時間にはテレビを見る事が出来た。
彼らと共に食事をする事もあったし、共にテレビを見る時もあった。
彼らは常に暴力と恐怖心で私を支配する訳ではなく、時には優しく接した。
出前のメニューは大体選ばせてもらえたし、仕事に支障が出るかもと言うと好きな化粧品などをネット通販で購入してくれた。

198 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:12:42 ID:AxsdikKc0
マンションから一切出る事が許されなかった私だったけれど、洗濯物を干すためにベランダに出る事は出来た。
ベランダから見える風景はまるで知らない街で、スカイツリーや東京タワー、横浜ランドマークタワーなど分かりやすいものもなかった。
それでもある程度都会なのだし、それほど長距離移動していないようだったから、横浜か東京だろうと思った。
結構高いところだな、と思ったので洗濯物を干しながら階数を数えるとここは十一階だった。飛び降りたらまず死ぬだろう。
ここから飛び降りてしまうのが唯一逃げ出せる方法なのかな、と思ったけれど足輪にロープが繋がっているので宙ぶらりんになるだけだった。

もし逃げればお前のセックスをして精液を中出しされている写真や咥えている動画を流失させると繰り返された。
背中の入れ墨を鏡で見せられてこんな背中じゃあもう社会復帰も出来ないぞ、とも脅された。
海にもプールにも温泉にも入れない、会社の更衣室で着替える事も出来ないと延々と言われた。
社会的立場を奪われる、というのは未来に対する深い絶望を私に植え付けた。
もしこの環境から脱してもこの背中の入れ墨は一生消す事は出来ない。
私は背中に化け物を背負った。それは深い絶望だった。底なしの絶望だった。

199 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:13:06 ID:AxsdikKc0
客の性癖は様々で、制服のスカートをめくって子供っぽい下着が見えただけでひどく興奮して勃起していた者もいた。
そのような客の時には私は髪を高い位置で結んでハイソックスを履いて高校生であるように振る舞った。
本物の高校生に中出し出来るなんて、と譫言のように繰り返しながら制服に顔を埋めにおいを嗅ぎながら客は射精した。

客層もばらばらで、若い人もいれば中年もいた。ただ中年層が一番多かった。
中年の客は私にセックスを教え込んだ。中年の客曰く私のセックスはまだ若いのだという。
拉致される前もそれなりの数のセックスを経て自信はあった私は自分がまだ井の中の蛙だった事を知った。
同級生や先輩など同じ高校生を多く相手にして私は自信を持ってしまっていた。そんなものは青臭いセックスだと一蹴された。
中年の客は私にねっとりとしたフェラチオを教え込み、絡みつくようなセックスを教え込んだ。女は寝ているだけだと思ったら甘いと怒られた。

彼らもそれに気がついてお前順調に成長したな、と笑った。相変わらず彼らとのセックスはビデオ・カメラで撮影された。

200 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:13:51 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「お前は俺の見込み通りだったな、立派なセックス・マシーンになってきているよ」

从 ゚∀从「あんまり嬉しくありません」

(・∀ ・)「うるせーな、お前みたいな身体だけでセックスしか能がなくて他に何か特技や得意分野がないビッチは男を悦ばすしかねーんだよ」

ホ ゚ーン「斉藤さんマジ鬼畜っす〜」

タカラは体格が良くナイフのように細い目には威圧感がある。
斉藤は背が高く口が悪いものの人一倍性欲は強い。
ポーンは一番年下らしく使いっ走りをよく任せられている。
数ヶ月も共に過ごすとそれぐらいは見えてくるようになった。
そして恐らく二十代後半から三十代前半。定職には就いていないだろう。
私を使って荒稼ぎしたお金で豪遊しているようだった。

从 ゚∀从「仕事ってされてないですよね」

夕食に配達されたドミノ・ピザを食べながらそう訊いた事がある。
全員が揃っていたし、ピザにはバドワイザーだ、いやハイネケンっすよ、と斉藤とポーンが言い争っていた。

201 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:15:33 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「あぁ、そうだよ。 これでこんだけ稼げるんだから定職なんて就かないでしょ」

从 ゚∀从「でも後ろに暴力団とかいるんじゃないですか?」

( ,,^Д^)「あぁ、お前がいたあそことは違うよ。 ここは完全に俺らだけ。 だから絶対に目立たないように徹底してんだよ」

(・∀ ・)「さすがにバレたらトンズラしないとヤバいわな。 暴力団の下部組織のシマ荒らしてるようなもんだし」

ホ ゚ーン「さすがに斉藤さんも暴力団は怖いんすね」

(・∀ ・)「ったりめーだろ、無理だろ」

从 ゚∀从「あの藤沢のところはやっぱり暴力団が後ろにいたんですか」

( ,,^Д^)「当たり前だろ、あのガキは女子高生に怪しまれず接するための緩衝材だよ。 絶対に自分たちは姿を出さずにピンハネだけしていくのさ。
      報酬五割って事で金に飢えてるアホな女子高生を飼ってる訳だ」

(・∀ ・)「お前みたいな金に目がくらんだ親不孝者のバカな女子高生がたくさんいたおかげで結構稼いでいたらしいな、あそこは」

202 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:16:22 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「まぁもっともお前が拉致られたってのが噂で広まったらしく大半は辞めちまったらしいけどな。
      まぁ一度そういう道に踏み入れた人間はもう真人間には戻れないさ。
      手コキだけしてお小遣い稼ぎしてた奴も自分は本番してないしセーフだって思っててももう汚い人間なのさ」

そうか、私は汚い人間なんだ。私は急にそれを悟った。
何百人という男の肉棒を咥えて精液を浴びて注ぎ込まれて私はすっかり汚い人間になってしまった。
シャワーをいくら浴びてもボディソープでいくら身体を洗っても私は汚い人間だ。
そう思うとどれだけ手を洗ってタオルで拭いても手に精液がついている気がした。私は汚い人間だ。



ヤバいっすよ、とポーンが言いながら部屋に入ってきたのはとある夜だった。
何だよ、とタカラが急かすとあいつ多分警察にも捜索願い出してますよ、と言って鞄から紙を見せた。
タカラが舌打ちをする。トイレから出てきた斉藤が何だよ、と紙を見てクソ、と毒づいた。

( ,,^Д^)「お前の母親は思っていたより娘思いだったな」

タカラが紙を私に見せた。失踪人探しのビラだった。私を探すビラだった。
探しています、と大きな文字で書かれ、高校卒業時の写真、名前、年齢、身長、行方不明時の服装、携帯電話はオフなどと書かれていた。
服装はグレーのタンクトップにデニムのショート・パンツ、白のレースガウンと私が最後に家を出た日に来ていたものが詳細に書かれていた。
母親はどうせ私の服なんて見ていないだろう、と思っていた。最後に見た服装をしっかりと覚えているなんて思わなかった。

203 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:17:26 ID:AxsdikKc0
ホ ゚ーン「藤沢の駅前で配られてました」

(・∀ ・)「あんまりにも帰ってこないから遂に動き出したって感じか」

( ,,^Д^)「携帯電話の電源は切ってあるし最後に電源を切ったあのアパートも俺たちの足がつかない場所だ。
      こいつを一度も部屋から出していないし出前の対応もさせていない。 ベランダの洗濯もずっと見ている奴はいないだろう」

ホ ゚ーン「客は」

( ,,^Д^)「全員にはじめ誓約書を書かせてあるし自分もやましい事をしてるんだから自分からチクる奴はいねーだろ」

ホ ゚ーン「ここ藤沢からは遠いっすからね」

母親が私を心配している、そう思うと胸の奥が痛んだ。
あのメールへの反応が気になっていた。返信が来たかもしれないし着信があったかもしれない。
あの後すぐに携帯電話の電源は切られてしまって知る事は出来なかった。
それならそれでいい、面倒な足枷が外れたと安堵しただろうか。どうしたのだろうか、と心配しただろうか。
私はお母さんがずっと嫌いでした、という文面を見てこっちから願い下げだ、と携帯電話を放っただろうか。心を痛めただろうか。
それとも、泣いただろうか。今まで薄々感じていて、遂にはっきりと意思表示をされて涙したのではないだろうか。
そう考えると胸が張り裂けそうになる。いくら脅されたからといって、どうしてそんな文を送ってしまったのだろう。

( ,,^Д^)「暫く様子を見ろ」

ホ ゚ーン「了解っす」

204 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:19:16 ID:AxsdikKc0
ただ日に日に彼らの顔は険しくなっていった。
私を寝室に追いやって話をしていたが会話を盗み聞きする事は出来た。
失踪人探しのビラは掲示板や電柱にも貼られるようになったという。大学に貼られているのだそうだ。
偵察役を任されているポーンはそう報告した。二人は唸った。

( ,,^Д^)「やるしかねーか」

タカラが呟いた。

( ,,^Д^)「一度引き込めるかやってみよう。 ダメなら、分かるな」

斉藤が舌打ちをし、ポーンが息を漏らすのが分かった。

彼らのセックスはいつも以上に荒々しいものだった。やはり彼らとのセックスは性欲処理のために使われた。私は久しぶりに手足を拘束された。
ローターをずっと入れられたまま、乳首を洗濯鋏で挟まれたまま行為に及んだ。私が絶頂を迎えてもローターが引き抜かれる事はなかった。
私が絶頂に達していようが漏らしていようがお構いなしに私を犯した。斉藤は普段客受けが悪いといって抑えているのに私を殴って犯した。
髪の毛を引っ張られながら後ろから突かれてベルトで尻が真っ赤になるまで叩かれながら膣内に射精された。
終わってから私の秘部にローターを突っ込んだまま酒を飲んだ。ソファーで酒を飲みながらローターで延々と絶頂を迎えて悶える私を見物した。

( ,,^Д^)「なんでも上手くいくとは限らねーな」

205 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:20:49 ID:AxsdikKc0
ホ ゚ーン「まぁここまで好調すぎたんじゃいっすか」

( ,,^Д^)「まぁそうかもな」

いい加減飽きたのか私の喘ぎ声がうるさく感じたのかタカラがローターを引き抜いて拘束具を取った。

( ,,^Д^)「風呂入れ。 まだまだ明日からもある」



その日は珍しく休みだった。彼らは三人で出かけていった。
あいつらが後で来るから、今日はそれが仕事だ、とタカラに言われた。
そのあいつらというのが誰かは分からなかったし、何時に来るのかも分からなかった。
彼ら三人が全員で出かけてこの部屋で私一人になるのは初めてだった。
もしかして逃げ出せるのでは、と思った。部屋を色々と調べた。
電話はないし携帯電話も奪われている。どこを探しても外部と連絡を取れそうなものはない。
壁を強く叩き続けたり、ベランダから助けてと大声で叫び続ければ誰かが通報してくれるのではと思った。
窓際に寄って愕然とした。子供が誤って解錠しないよう売られているウインドロックが取り付けられロックに触れないようになった。用意周到だった。
壁を強く叩いても誰にも気づいてもらえず、彼らが帰ってきて傷ついた壁を見たら一体どんな仕打ちを受けるだろう。そう思うと怖かった。
彼らの私を人間とは思わないかのような暴力は私に絶大な恐怖心を植え付けている。そして私はそれに抗えない。

午後になって、玄関が開いた。彼らが帰ってきたのかと思えば違った。
あいつら、とタカラが呼んだ男たちで、誓約書を書かせるために私を犯した五人だった。

(`∠´)「久しぶりっすね、タカラさんから今日は好きにしていいって言われてるんで」

開口一番そう告げられた。休みなどではない、また立て続けの五人を相手しなければいけなかった。

206 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:22:00 ID:AxsdikKc0
そして今日は異様で、五人立て続けではなく、はじめから五人での乱交状態だった。
獰猛そうな男たちの性欲は相変わらず凄まじいものだった。次々から犯され穴という穴にねじ込まれた。
息をつく間もなく口には肉棒を突き込まれて吐きそうになると思い切り尻を叩かれた。
乳首にローターをセロハンテープで貼られて後ろの穴まで容赦なく挿入してきた。
まさに全身でセックスをしていた。五人を同時に相手させられ気がおかしくなりそうだった。
乳首に貼られたローターと繰り返し突き込まれる肉棒で私は絶頂を繰り返しベッドは汚れていった。
その時、玄関が開いた音がした。慌ただしく帰ってきたような音が聞こえた。そして寝室のドアが開かれた。

从 ゚∀从「えっ」

私が見たのは目隠しと猿轡をされた母親だった。

ζ( ー *ζ「んんっ!」

目隠しと猿轡を取られて母親が目を開いた。
五人の男に犯される私の姿が目に入った。

ζ(゚ー゚*;ζ「は、ハイン…!」

从;゚∀从「お、お母さん…」

見ないで、と思った。こんな汚れた私の汚れた姿を見られたくない、そう思った。

(`∠´)「タカラさん、やっぱ最高っすよ! こいつの吸い込みっぷりヤバいっすよ」

(・∀ ・)「おいおいおめーらなに後ろまで使ってんだよ、百年はえーわ」

207 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:23:25 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「お母さん、お探しの娘さんはこちらですか?」

母親は立ち尽くしていた。涙が流れていた。
私は目を背けたかったけれど感動の再会だろ、と男に頭を持ち上げさせられた。

( ,,^Д^)「娘さんにはこのように誓約書もいただいております」

母親に私の署名と指印のある手書きの誓約書が提示された。

( ,,^Д^)「という事でして合意な訳です。 娘さんは元気に暮らしているんですよ」

ζ(゚ー゚*ζ「…ふざけないで」

母親はタカラを睨んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「そんなものが有効だと思っているの? 警察に言うわ! 娘は返してもらう!」

( ,,^Д^)「お母さん」

208 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:25:53 ID:AxsdikKc0
ζ(゚ー゚*ζ「警察に通報するわ! ふざけないで、拉致監禁に強姦よ、お前たち全員刑務所行きだわ!」

( ,,^Д^)「お母さんってば」

ζ(゚ー゚*ζ「この子は私のたった一人の大切な娘なの、たった一人の、それをよくも」

( ,,^Д^)「お母さん、ちょっと」

ζ(゚ー゚*ζ「この人でなしでも! 娘を返してもらうわ、今すぐ警察に

母親が倒れる。タカラさんが殴った。

( ,,^Д^)「やっぱりダメか、やるぞ」

(・∀ ・)「仕方ねーな、本当に女って感情論でしかもの喋れねーわ」

ホ ゚ーン「そっすね」

寝室のドアが閉められる。

从;゚∀从「待って、お母さん、お母さん!」

(`∠´)「おいおい、俺たちはまだイッてないぜ」

209 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:26:31 ID:AxsdikKc0
男たちに手足を掴まれる。暴れると顔を殴られた。殴られても私は抵抗した。暴れた。
苛立った男に首を締められて失神しそうになった。拘束を取り付けられてなおも犯された。
お母さん。タオルを口に詰め込まれながらも私は叫んだ。お母さん。お母さん。お母さん。

行為が終わり拘束具を解かれると乳首に貼られたローターを剥がして汚れた身体のまま寝室のドアを開けた。
そこには母親も彼らもいなかった。どこに行ったの、と男たちに訊いても何も答えてくれなかった。
男たちは順番にシャワーを浴びると帰っていった。私は一人部屋のなかでうずくまった。
涙が止まらなかった。お母さん。私はどうしてこれほどに愚かなのだろう。
この子は私のたった一人の大切な娘なの、お母さんの言葉を反芻する。
私は親不孝者だ、どうしようもない、親不孝者だ。

210 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:27:34 ID:AxsdikKc0
深夜になって彼らは帰ってきた。お母さんは、と訊いても何も答えなかった。
しつこく訊くと斉藤にひどく殴られた。そして荒々しいセックスが始まった。
散々犯されて傷つけられた。彼らの乱暴なセックスは一度では終わらず夜明け近くまで続いた。
私は痛みに耐え続けた。膣と身体の痛みは張り裂けそうな胸の痛みよりはましだった。



私の身体はあまりにも乱暴に扱われて、傷だらけになっていた。
やりすぎたな、とタカラが呟いた。暫く仕事は休みになった。
母親について訊くと猿轡をされて寝室に半日以上放っておかれた。
彼らは熱心にニュース番組を見ていたが、やっぱり大丈夫そうだなと斉藤が漏らした。

211 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:28:29 ID:AxsdikKc0
半月ほどが経って、初めて私を外に連れ出すとタカラが言った。
普通の服に着替えさせられ、目隠しをされてパーカーのフードを深く被せられた。
拘束具はされなかったけれど両脇をがっちりと固められて部屋を出た。

( ,,^Д^)「よし、歩け。 そこで右だ」

マンションの監視カメラを意識して不自然にならないようタカラが指示した。
エレベーターで降りると車に乗せられた。拉致された時のように寝かされず、シートに座らされた。

( ,,^Д^)「よし、行くか」

運転手はタカラのようだった。
声の位置からして、助手席に斉藤、後部座席には私とポーンが座っていた。

ホ ゚ーン「普通に座らせておいても大丈夫っすかね」

(・∀ ・)「後部座席はスモークあるし大丈夫だろ。 一応変な気起こさないように見とけよ」

ホ ゚ーン「了解っす。 変な気起こさないよな、なっ!?」

ポーンが私の肩を叩く。私ははぁとだけ頷いた。

212 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:29:31 ID:AxsdikKc0
車は暫く発進と停車を繰り返したあと、止まらなくなった。会話から察するに高速道路に乗ったらしい。

ホ ゚ーン「やっぱり高樹町から三茶まで渋滞してんすね」

( ,,^Д^)「三茶は上り勾配だし交通量増えるから一気に混むんだよなぁ」

(・∀ ・)「まぁ東名入ったら渋滞ないみたいだしよ」

高樹町、三茶、東名、あまり位置関係は掴めなかった。東京から東名高速に入ろうとしている事だけは分かった。
一時間と少し走るとそろそろいいだろ、と目隠しを外された。久しぶりに部屋とベランダから以外の景色を見た。
車は高速道路を走っていて、トンネルを抜けると西湘バイパス、箱根ターンパイク、箱根新道と書かれた看板が現れた。
箱根新道と書かれた道路へ車は進み、信号のない急勾配の山道に入った。

( ,,^Д^)「いやぁいいねぇ、登りの加速が違うよ」

(・∀ ・)「2.0のターボだからな」

高級車らしく、車内はとても綺麗でセダンなのに広々としていてゆとりがある。高そうだと思った。
座っているシートも革張りのものだった。

(・∀ ・)「いいなぁ、下りは俺だからな」

ホ ゚ーン「えーじゃあ俺はいつっすか」

(・∀ ・)「お前は海老名からな」

ホ ゚ーン「そんな〜」

三人はいつもと違って上機嫌だった。
まるで新しい玩具を与えられて喜ぶ子供のようだった。

213 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:30:37 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「よし、休憩しようぜ」

道の駅箱根峠と書かれた駐車場に車を入れた。
勾配の途中に木造の建物があって随分と高低差がある事が分かる。
降りて車を見ると大型のセダンだった。車体は輝いて高級車に見える。
木造の建物の裏は展望デッキになっていて眼下に広がる湖とその奥にある山々が見えた。
ここが箱根峠ならばあの湖は芦ノ湖だろう。奥にある山々は箱根の山々だ。

ホ ゚ーン「天気いいっすね〜」

(・∀ ・)「帰りはMAZDAターンパイクで行こうぜ」

( ,,^Д^)「運転手に任せるよ」

彼らとこうして外出してのんびりと時間を過ごすのは初めてだった。
ずっと監禁されていたのだし、変な気分だった。どういうつもりなのだろう。
ただのドライブならば三人で行けばいいし、私を一人あの部屋に残してもウインドロックをすればどうせ助けも呼べない。

从 ゚∀从「あの、なんで私外に出してもらえたんですか」

車に乗り込んでから思い切って訊いた。
復路は運転手が斉藤で助手席にタカラが座り、後部座席は往路同様私とポーンだった。

214 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:32:42 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「まぁ気まぐれではあるよな、お前を外に連れていくのは色んなリスクがある」

でもなぁ、とタカラは笑った。

( ,,^Д^)「この車の事もあるし、記念に見せておこうと思ってな」

斉藤が車を発進させる。力強いトルクでぐんぐん加速していく。

从 ゚∀从「記念…」

( ,,^Д^)「あぁ、まあな」

車はもと来た道を戻り、途中から違う道路に入った。
斉藤は一時停止標識を無視して加速しつつ合流する。

ホ ゚ーン「斉藤さん一時停止違反で捕まったりするのマジでないっすよ」

(・∀ ・)「うるせーな分かってるよ」

( ,,^Д^)「椿ラインは意外とカーブがエグいから飛ばしすぎんなよ」

215 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:33:53 ID:AxsdikKc0
斉藤が言っていたMAZDAターンパイクの入り口を過ぎる。
道路は山の中を何度も曲がりくねくねと進む。交通量は往路の道路と比べると極端に少ない。
途中カーブの膨らんだスペースのところに車を停めた。

(・∀ ・)「ここらへんか」

( ,,^Д^)「明るいと全然分かんねーな」

ホ ゚ーン「あっでもあの石碑みたいなの見覚えありますよ。 ここで間違いないっす」

( ,,^Д^)「だとよ。 おい、ここらへんだ」

タカラが私に向かって言った。

从 ゚∀从「ここらへん…?」

( ,,^Д^)「あぁ、お前のお母さんが眠ってるの、ここらへんだ」

从;゚∀从「え…?」

216 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:35:16 ID:AxsdikKc0
意味が分からなかった。呆然としてしまった。

(・∀ ・)「まぁ手でも合わせとけや」

ホ ゚ーン「斉藤さんマージ鬼畜っすわ〜ぜってー地獄落ちるわ」

(・∀ ・)「るせーよお前を殺すぞ」

ホ ゚ーン「ひえーやっぱ殺した人が言うと説得力あるなぁ〜」

( ,,^Д^)「バカ、お前も含めて全員共犯だろ」

ホ ゚ーン「確かに〜」

最悪だ。最悪の結末だ。
殺された? 母親が? 殺された?

从;゚∀从「こ、殺したの…? お母さんを…?」

217 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:36:36 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「引き込められばと思ったんだけどありゃあ火に油だったな、失敗したわ」

失敗?

(・∀ ・)「ほんとバカな女ほどヒステリックになるんだよな、最期までうるさかったなぁあの年増」

最期まで?

ホ ゚ーン「そう言いつつもったいないしたまにはババアともヤッてみるって言い出したの斉藤さんっしょ〜マジで死姦始めたのはドン引きでしたよ」

死姦?

(・∀ ・)「意外とすぐならオナホールだと思えばイケるんだよ、新しい発見だわ。 人生日々勉強」

( ,,^Д^)「似合わねー事言うなよ。 しかし斉藤あれは本当にひいたぞ」

(・∀ ・)「仕方ねーだろ、俺だって生きてるうちにヤりたかった訳よ。 でもああして殺さなきゃいけなかったんだしさ」

从;゚∀从「お…お母さんは…」

218 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:38:26 ID:AxsdikKc0
( ,,^Д^)「あ? あそこらへんで眠っているよ。 でも深夜に土掘って死体埋めるのドラマみたいだったな」

(・∀ ・)「でも見つからなさそうな場所にうまい事埋めたしな。 大丈夫だろ、こんなところじゃ」

ホ ゚ーン「深夜だから一台も通んなかったっすけど昼間でも一台も通んないっすもんね。 しかも結構奥まで行ったし」

(・∀ ・)「おい、別れは済んだか? 今生の別れだぞ」

( ,,^Д^)「いや今生の別れってもう死んでるから」

ホ ゚ーン「斉藤さん凡ミス〜」

(・∀ ・)「っせーな」

斉藤が車を発進させる。石碑のあるカーブの膨らみが一気に遠ざかった。

( ,,^Д^)「あ、あとこの車な、トヨタ・クラウンアスリートって言うんだ」

从 ゚∀从「トヨタ・クラウンアスリート…」

(・∀ ・)「そう、トヨタ・クラウンアスリート。 女でもクラウンぐらい知ってるだろ」

219 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:39:57 ID:AxsdikKc0
ホ ゚ーン「本当はAudiとかベンツが良かったのに」

( ,,^Д^)「バカ、やっぱり国産車だろ」

ホ ゚ーン「オッサン趣味っすよ、MINIとかの方がカッコいいっすよ」

(・∀ ・)「そんなのはどうでもいいんだよ、お前のお母さんとの交渉が残念ながら決裂してまぁ眠ってもらってからな、お前の家に行ったんだよ。
     本当はキャッシュ・カードの暗証番号が知りたかったんだけど死人に口なしって言うだろ。 家の鍵はあったからものの試しにな」

( ,,^Д^)「ほんと、ものの試しだな。 あんなボロアパートに金目のものなんて絶対ないって言ってたしな」

ホ ゚ーン「せめてあの女の貴金属どこかで転売すればなんとかって感じでしたもんねぇ」

(・∀ ・)「それがドンピシャだったんだ。 日光甚五郎煎餅の空き缶あったの覚えてるか? あの通帳とか印鑑入ってる空き缶だよ。
     なんとその底に分厚い封筒があって、まさかと中身を見たら現ナマ四百万! たまげたね、マジでいい臨時収入になった」

( ,,^Д^)「おかげでこの夢のトヨタ・クラウンアスリートを中古とはいえ買えたんだよ、いつかはクラウン、ってな」

220 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:41:39 ID:AxsdikKc0
(・∀ ・)「しかもその封筒にはな、学費、とだけ書いてあったんだよ。 泣けるよな〜こんな親不孝者のバカ娘のために学費四百万!
     まぁあんな水商売やりながら娘を大学まで行かせるんだからな、本当にお前は親不孝者のクズだよ」

ホ ゚ーン「かぁ〜斉藤さんマジ鬼畜っすわ〜どんな畜生でも斉藤さんには勝てねえ〜」

(・∀ ・)「うるせえお前も箱根に埋めるぞ」

ホ ゚ーン「ひぇ〜ご勘弁を〜」

私はもう言葉が出なかった。あぁそうか、お母さん車になっちゃったんだ。
当たり前の事を忘れていた。大学の学費を出してくれていたのは他でもないお母さんだ。
大学も、高校も、中学校も、小学校も、保育園も、学費は他ならないお母さんが出してくれた。
出勤前に夕食を作っておいてくれたのもお母さんだ。私をこれまで育ててくれたのはお母さんだ。
それなのに。

私はお母さんがずっと嫌いでした。

この子は私のたった一人の大切な娘なの。

私は取り返しのつかない事をした。
もうお母さんはいない。
謝る事も出来ない。
もう取り返しがつかない。

221 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:42:46 ID:AxsdikKc0
後は何があるのだろう?
私は急に不思議な気持ちになった。
もうお母さんがいないのに、これ以上どうするというのだろう?
乱交セックスを収めた動画や写真が世に出回るのが怖い?
背中に彫られた入れ墨のせいで社会的立場を失うのが怖い?
お母さんに感謝する事もなく謝る事も出来ずもう永遠に会えないというのに、それらが何になる?

これまでの恐怖心が一切消えた。それは生に対する執着心の消滅を意味していた。

トヨタ・クラウンアスリートはMAZDAターンパイクに入り下り坂を猛スピードで駆け抜けていた。
やりすぎだ、とタカラに窘めながらも斉藤は華麗なハンドルさばきでカーブを曲がりきった。
山間部を走る道路の前方に車は一台もなく斉藤はアクセルを踏み込みトヨタ・クラウンアスリートは一気に加速する。
カーブに差し掛かる。視界が一瞬開ける。谷の上だった。
私の行動はあっという間だった。彼らは全員油断していて私に注意を払っていなかった。
後部座席から身体を伸ばした私は長い右カーブでハンドルを掴み思い切り左に切った。

(・∀ ・)「バカ野…

声は途切れた。

222 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:43:57 ID:AxsdikKc0
世界が回転していた。
スピードを保ったまま右カーブに対して殆ど垂直に柵に突っ込んだトヨタ・クラウンアスリートはボンネットが潰れながらも跳ね上がった。
私の乗るトヨタ・クラウンアスリートは柵を容易に越えて回転しながら道路から落ちた。勢いを失わないままぐるぐる回って車体は落ちる。
眼下には山の斜面に木々が広がる。道路から随分と高さがある。トヨタ・クラウンアスリートが回る。世界が回る。私も回る。
きっとこの高さでは助からない。この凄惨な事故では助からない。回りながら私は冷静に考えていた。
まるで走馬灯のように二十年間の思い出が駆け巡る。いやこの場合は本当に走馬灯だ。
落下しながら回転を続けるトヨタ・クラウンアスリートのように私の人生が凄まじいスピードで駆け巡った。

どうしてこうなったのだろう。間もなく地面に到達する。トヨタ・クラウンアスリートは叩きつけられて大破する。私の身体は潰される。
幼少期。小学生。中学生に高校生。そして大学生。私のこれまでが現れては消える。目まぐるしく駆け巡る。
もっとこうしたかった、あれをやり残した、あの時ああしていれば、そういう後悔は尽きないしもう取り戻せない。
ただ今この選択だけは間違っていなかった、とだけ思った。世界が暗転した。トヨタ・クラウンアスリートが地面に叩きつけられる。
フロントガラスが粉々に砕けて車体は大きく湾曲し圧縮されて私の身体は潰される。衝撃と共に意識が飛



从 ;∀从「思い出したよ…全部…」

あの小田原城から見えたのは箱根の山々だった。お母さんが眠る箱根の山だ。
私は忘れていた。幸福にも全て忘れていた。そして残酷にも全て思い出した。
でもこれはどうしようもない、変えようのない現実であり過去なのだ。
私の過去。私の人生。私は思い出した。

223 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:46:05 ID:AxsdikKc0
从 ;∀从「クー」

私の身体が消え始めていた。江ノ電の車内で、私の身体が光の粒になって消えていく。

从 ;∀从「クー…クーを、一人にしてしまう」

私は泣いていた。取り戻した記憶の悲しみ。そしてクーを銀河鉄道に一人取り残すという悲しみ。

从 ;∀从「消えたくないよ…クーとずっといたかった…クーを一人にしたくなかった」

ううん、とクーは首を振る。

川 ゚ -゚)「それは違うよハイン、ハインは全部思い出したんだ。 自分を、記憶を取り戻した。 喜ぶべき事だよ」

从 ;∀从「でも、でもクーは」

川 ゚ -゚)「うん、私は銀河鉄道で一人になる。 でも記憶を取り戻せない私には、仕方のない事なんだ」

私はクーの手を握った。感触はもう半分ほどしかなかった。

224 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:47:32 ID:AxsdikKc0
从 ;∀从「ねぇ、もしも生まれ変わりとかがあるなら、次こそ私は真っ当に生きたい。 そしてまたクーに会いたい」

川 ゚ -゚)「うん」

从 ;∀从「だからクーも生まれ変わって、私と出会ってほしい。 わがままだけど…またクーに出会いたい」

川 ゚ -゚)「うん。 また会おう」

从 ;∀从「待ってるから」

川 ゚ -゚)「うん。 ハイン、待ってい

クーの姿が見えなくなった。光に包まれていた。
死後の世界はあるのだろうか。あったとして、こんな私は天国に行けるのだろうか。
そういえばお母さんは私が幼い頃に人は死んだらお星様になるんだよ、と教えてくれた。
お母さんはお星様になっただろうか。私はお星様になれるだろうか。
私は銀河鉄道の車窓から見えた銀河の星の一つになれるのだろうか。
クーが銀河鉄道の夜に見る、一つの星に。

意識が遠のいていく。
でもそれは沈んでいくというより、浮かび上がる感じだった。

225 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:48:38 ID:AxsdikKc0

6 銀河鉄道車掌長の帰りを待つ

226 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:49:28 ID:AxsdikKc0
私が目を覚ましたのは白い部屋だった。
暫くしてどうやらそこが病院であると気がついた。
もしや生まれ変わったのか、と思ったけれどどうやら違うようだった。
目を覚ました私に気がついて看護師がどこかにすっ飛んでいった。

後に医師や警察から聞かされた話を総合すると、
私と彼ら三人を乗せたトヨタ・クラウンアスリートはMAZDAターンパイクにてクラッシュ、柵を越えて高架下に転落。
直後付近を通りかかったライダーが大破した柵を確認し警察に通報、神奈川県警による捜索で高架下に転落したトヨタ・クラウンアスリートを発見した。
乗員全員が救急搬送されたものの彼ら三人は死亡、私だけが奇跡的に一命をとりとめた。
私は五十日ほど意識不明の状態だった。

227 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:50:02 ID:AxsdikKc0
意識を取り戻したと聞いて警察が事情聴取に来たものの、あの事故はハンドルミスとして処理されているようだった。
しかし私は行方不明届が出されていてそちらの聴取も行われた。私は全てを喋った。
藤沢で援助交際をしていた事、彼らに拉致監禁されていた事、多くの客と行為をさせられた事、お母さんが殺され埋められている事。
あの石碑の近くだと私は覚えていて差し出された地図で説明をした。後日捜索が行われてお母さんの死体が土の中から見つかった。
私は入院していたし一ヶ月半も意識不明状態だったために一人で歩く事すら出来ず葬儀には参列出来なかった。
葬儀は富山県から連絡を受けて駆けつけた親戚が執り行ってくれた。顔も知らないその親戚は母の兄だそうだ。
事情を聞いても辛かったな、と私に言うだけで責めるような事はしなかった。私はベッドでただただ泣いていた。

彼ら三人は容疑者死亡のまま書類送検となった。
あのマンションは東京の淡路町・小川町の駅前にあった。彼らの痕跡を徹底的に調べて客やあの獰猛な男たちを追うという。

228 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:50:28 ID:AxsdikKc0
時間の経過と共にどうしてもあの銀河鉄道が気になった。私は死んでいなかった。
あの銀河鉄道で旅をしていた期間と同じ五十日あまり意識不明となっていた。
あの銀河鉄道は、夢だったのだろうか。いつしかそう思うようになった。
意識不明の間にずっと夢を見ていたんです、そんな事を医師に言っても信じてもらえないだろう。
あの銀河鉄道はあまりにも非現実的だった。しかしその反面リアルだった。
ヒートも、ドクオも、トソンも、そしてクーも、夢の中の登場人物だったのだろうか。
クーと二人で過ごしたあの長い時間も、夢だったのだろうか。

もやもやして仕方なかった。でも何も裏付けるものはなかった。
クーと生まれ変わったらまた出会おうと約束したのに。
私は生きていた。死んでいない。
クーは夢の中の登場人物に過ぎないのだろうか。
会いたいと思った。クーに会いたい。夢を見れば会えるのだろうか。
だけどどれほど眠っても銀河鉄道の夢を見る事はなかった。
もどかしくて仕方がない。だけど、どうしようもない。

229 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:52:49 ID:AxsdikKc0
そんな風に時間が過ぎて、リハビリをしながらの入院生活が三ヶ月経った頃、来客がやって来た。

リハ*゚ー゚リ「あの、ハインさん、来客が来てるんですけど」

从 ゚∀从「来客?」

何故か申し訳なさそうに受け持ちの看護師が病室にやって来た。

リハ*゚ー゚リ「なんでも会えば分かるって強引に来ちゃって」

从 ゚∀从「え、なんか怖いんですけど」

すると廊下から男が顔を出した。私は飛び上がりそうになった。

('A`)「よう」

あのドクオだった。



('A`)「びっくりしただろ」

看護師が去っていった後に、ドクオはベッド脇のパイプ椅子に座りにやりと笑った。

从;゚∀从「な、なんで」

('A`)「お前夢の中の登場人物のはずじゃ、的な?」

从 ゚∀从「何故分かる」

('A`)「仕方ない仕方ない、俺も最初はそう思った」

230 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:54:18 ID:AxsdikKc0
それは正真正銘ドクオだった。あの陰鬱そうな顔、癖っ毛の前髪、手入れもした事がなさそうな太い眉。
服はさすがに上下黒のユニクロのスウェットではない。

('A`)「お前どのぐらい向こうにいた? 俺は三週間だったからリハビリ二ヶ月近くかかったわ。 筋肉って使わないとすぐ衰えんのな」

从 ゚∀从「えっ、向こうって?」

('A`)「決まってんだろ、銀河鉄道だよ」

本当にあるんだ。私は、嬉しくなった。

从 ゚∀从「あるの? 銀河鉄道が?」

('A`)「そうだな、簡単に言おうか。 あの銀河鉄道は死んだ人間が乗客として乗り込んでくる、という前提だっただろ? まずその前提が違ったんだ。
    銀河鉄道に乗っていたのは意識不明になった人間だった」

从 ゚∀从「意識不明になった人間」

('A`)「俺も家から飛び降りて意識不明の重体だった。 お前も意識不明だっただろ?
    意識不明の間、俺たちはあの不思議な銀河鉄道に乗っていたんだ。 そして銀河鉄道で自分の記憶を取り戻す事は成仏でも何でもない。
    現実世界で目を覚ますのさ」

从 ゚∀从「あ…」

('A`)「お前もあの銀河鉄道で自分の記憶を取り戻したんだろ? 消えたと思ったらこの病院で目が覚めたって感じだろ?」

从 ゚∀从「うん」

('A`)「な、あそこは先人が自分は死んだと思い込んだから誤解が受け継がれちまったんだ。 自分は死んだ、記憶を取り戻したら旅の終わりって。
    でも実際は違った。 全員生きていた。 記憶を取り戻すと現実世界に帰ってくる。 これが答えだ」

从 ゚∀从「じゃあ」

('A`)「あぁ、ヒートは生きてる。 トソンも、クーも恐らく生きてる」

231 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:55:24 ID:AxsdikKc0
私は涙が止まらなかった。
ドクオが生きている、ヒートが生きている、トソンが生きている、そしてクーが生きている。存在している。同じ世界に。
嬉しかった。夢だったのではと、あの二人の長い時間を否定しそうになった。もう会えないのだと思った。
でもクーは生きている。この世に、存在している。

('A`)「何も泣くなよ」

从 ;∀从「だって…あれ、ドクオはどうしてその答えにたどり着いたの」

('A`)「ヒートの最後があっただろ、あれもし現実なら新聞とかに残るはずだって思って調べたんだ。 そしたらヒット。
    静岡市駿河区の静岡鉄道静岡清水線の踏切で女子高生が車椅子の同級生を残し人身事故、これらが出てきた。
    これであぁあの銀河鉄道はパラレル・ワールドだかなんだか知らないけど本物だったんだって。
    こんな事誰に言っても信じてもらえないし当事者同士でしか分かんないけどな」

从 ゚∀从「ヒートには?」

('A`)「会ったよ。 会って真相を伝えた。 はじめ俺を見たらお前みたいな反応してたよ」

从 ゚∀从「そっか、元気そうで良かった」

('A`)「俺の後はどうなったんだ?」

从 ゚∀从「先にトソン、後で私が記憶を取り戻したよ。 新しい乗客は私が消えた時にはいなかった」

クーはきっと一人でまた江ノ電に乗って銀河鉄道に戻ったはずだ。そう考えると心が傷んだ。

232 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:56:34 ID:AxsdikKc0
('A`)「そうか、早いところトソンを見つけて教えてやりたいな」

从 ゚∀从「そうだね」

('A`)「どんな感じだったんだ、お前とトソンは」

私は自分とトソンの取り戻した記憶、過去を簡潔に話した。
同じ銀河鉄道で旅をしたドクオに自分の汚れた過去を話すのは苦ではなかった。

('A`)「ははぁ、お前ビッチじゃねーか」

从#゚∀从「お前っ、お前よくこの流れでそんな事が言えんなオイ!」

('A`)「悪かったって。 しかし胸でけーな」

从#゚∀从「反省してんのかオイ」

('A`)「嘘だ嘘。 そうか、トソンは大津か」

从 ゚∀从「あれ、お前はなんで私の居場所が分かったんだ? 私が藤沢出身って先に消えたお前は知らないだろう」

('A`)「お前が初めて行った街、小田原で記憶を少し取り戻しただろう。 それで近辺で記事を調べたんだ。
    そしたらヒット、MAZDAターンパイクのクラッシュ事故で三人死亡の記事にお前の名前があったんだよ。 ハインリッヒさん重体って」

从 ゚∀从「なるほどな…でもなんで病院まで分かったんだ」

233 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:57:51 ID:AxsdikKc0
('A`)「俺の親戚がちょっと有名な凄腕医者だって覚えてるか」

从 ゚∀从「うん」

('A`)「ちょっとしたパイプみたいなものがあってね、調べてもらったんだ。 トソンは分からなかったけど、お前とヒート、クーは分かった」

从;゚∀从「えっ?」

私はまた飛び上がりそうになった。

从;゚∀从「クーの居場所を知っているの…?」

('A`)「あぁ、分かるぜ。 治ったら行くか」

从 ゚∀从「行く。 絶対に、行く」

('A`)「俺まだクーのところには行ってないんだ。 もう目覚めてるか、まだ銀河鉄道に乗っているかは分からないけどな。
    じゃあクーはお前に託すよ」

ドクオは携帯電話からクーのいる病院名と住所をメモに書き写した。
私はそれを大切に受け取った。

从 ゚∀从「ドクオ、本当に助かったよ。 ありがとう。 全部夢だったんじゃないかって諦めかけてた。 ドクオが来なければ分からなかった」

234 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:58:35 ID:AxsdikKc0
('A`)「どうも。 俺もクズだったから、これぐらいはするさ」

从 ゚∀从「ドクオそんなにクズじゃあないよ」

('A`)「クズだよ。 でももう過去には戻れない。 先に進むしかない。 そうだろ?」

从 ゚∀从「うん。 未来があるんだから、先に進む」

('A`)「だな」

私は多くを失った。お母さん、時間、社会的地位。でもそれらはもう取り戻せない。
後悔はする。後悔はするけれど、後悔しているだけではどこにも進めない。
確かにこの身体では、海にもプールにも温泉にも入れない、会社の更衣室で着替える事も出来ない。
それでも私はこの入れ墨を十字架として背中に背負う。過去の罪は消えない。消えない罪はここにある。
十字架を、消えない罪を背負いながら、私は生きていく。生きる事と未来へ進む事は、同じ事だ。



JR東海道線で横浜駅まで乗り、横浜駅から東急東横線に乗り換える。
クーが入院しているのは横浜だった。私はクーが嘔吐したあの日を思い出した。
大きなターミナル駅、幾つもの私鉄への乗り換え口、バス・ターミナル、あそこは横浜駅前だった。
あそこはきっとクーの街だったのだ。クーはあのイメージを見て嘔吐し、そのまま自分の街を後にしてしまった。

235 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 21:59:28 ID:AxsdikKc0
四ヶ月に及ぶリハビリの末に私は退院した。身の回りの整理をして私は横浜を目指した。
私が現実世界に帰ってきてから四ヶ月。クーはもう記憶を取り戻して目覚めているだろうか、それともまだ銀河鉄道に乗っているだろうか。
東急東横線の急行に乗り日吉駅で降りる。駅前の花屋でプリザーブド・フラワーを買い日吉駅から東急バスに乗り換えた。
病院は小高い丘の上にあり、乗ってきた路線バスの終点だった。三階建ての決して大きくはない病院だ。
面会時間は十五時からだった。バスに二十分ほど揺られてちょうど十五時になろうとしていた。
受付まで来て、果たして面会に通してもらえるだろうか、と心配になった。ドクオみたいに押し切るべきだろうか。
案の定受付けでクー様ですか、そちらの患者様の面会は…と断られてしまった。
どうしよう、そう思った時に声をかけられた。

( ‘∀‘)「あのう、うちの娘に何かご用でしょうか」



クーの母親はガナーさんといった。
元は美人であったはずなのに、明らかにやつれて老け込んでしまっていた。
私はクーの古い友人です、と自己紹介した。銀河鉄道で会いました、と言っても信じてはもらえない。

从 ゚∀从「クーさんが大変な事になっていると人づてに聞きまして、居ても立ってもいられなくなって来ました」

( ‘∀‘)「そう、それはありがとう…もう最近ではお見舞いに来る人はめっきりいなくなってね」

从 ゚∀从「クーさんは、まだお目覚めではないのですか」

( ‘∀‘)「えぇ、まだ…」

236 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 22:00:40 ID:AxsdikKc0
病室に着いた。ドアが開けられる。個室にはベッドが一つ。恐る恐る近づいた。
そこで眠っていたのは、クーだった。痩せ細っているけれど、紛れもなくクーだった。

从 ;∀从「あ…あぁ…」

手を握り、私は嗚咽した。クー。生きていた。存在していた。また出会えた。クー。

(; ‘∀‘)「それほど娘と仲が良かったんですか」

ガナーさんはさすがに驚いているようだった。

( ‘∀‘)「ごめんなさいね、貴方の事は初めて見たから」

从 ゚∀从「ごめんなさい、取り乱してしまって…本当に、古い友人なんです」

座って下さい、とガナーさんに椅子を勧められた。

从 ゚∀从「あの、もし差し支えなければ、クーさんがどうして意識不明になってしまったか、お聞きしてもよろしいですか」

( ‘∀‘)「そうですね…恥ずかしいお話なのですけれど、それほどクーと仲の良かった貴方なら…」

ガナーさんはクーの髪をなでた。

( ‘∀‘)「この子のご職業はご存知でしたか」

从 ゚∀从「いいえ」

237 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 22:02:20 ID:AxsdikKc0
( ‘∀‘)「この子は鉄道会社で乗務員をしています。 車掌ですね。 日吉まで東横線に乗ってきたかと思いますが、あの東横線の車掌です」

从 ゚∀从「クーが車掌…」

( ‘∀‘)「それで、この子は職場恋愛をしたんです。 相手は運転士でした。
      そして相手は妻子ある人でした。 この子は本気でした。 でも相手は多分本気ではなかった。
      妻とは離婚するとクーには言っていたそうですが、なかなか踏み切る気配は見られなかった」

いったんガナーさんは区切った。唾を飲み込んだのが分かった。

( ‘∀‘)「この子はその相手との子供を身籠ったんです。 そしてそれを相手に告げた。
      妊娠したとなれば、このままの状態を続けられないだろうと思ったのでしょう。 でも違った。
      相手は怖気づいて妻に全てを話したのです。 妻は怒り狂い相手を叩きのめしクーの元に押しかけました」

またクーの髪をなでる。幼子をあやす様に優しくなでた。

( ‘∀‘)「この子はとにかく殴られました。 罵声を浴びせられました。 この人でなし、ビッチ、泥棒猫、淫乱女…。
      そして本人は何が何でも産むと決めていた子供を、半ば強制的に堕胎させられてしまったのです」

あの横浜駅前で見たイメージ。あれはやはり人工中絶手術のものだったのだ。

( ‘∀‘)「この子は相手との関係が終わった事などよりも子供を殺してしまった罪悪感にずっと苛まれていたようなのです。
      遺書にはその事ばかり綴られていました」

从 ゚∀从「遺書」

( ‘∀‘)「はい。 この子は睡眠薬を一気に大量に飲んで自殺を図りました。
      意識不明となって、もう随分と時間が経ちます」

238 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 22:03:22 ID:AxsdikKc0
从 ゚∀从「そうだったんですか…」

あの人工中絶手術のイメージは、クーの記憶の一部だった。だからクーは吐いた。

( ‘∀‘)「お恥ずかしい話ですが私はこの子の地元の長野の方に住んでいて、この子のそれらについて何一つ知らなかったのです。
      自殺を図り病院に入院している、と連絡を受けた時は愕然としました。 遺書で全てを知ったのです。 もう…」

ガナーさんが声を詰まらせた。

( ‘∀‘)「本当に、本当にもう長い時間が経ちます。 訪れる人も減って、世間からこの子が忘れられていくような気がして…」

从 ゚∀从「大丈夫です、クーさんは絶対に目覚めます」

( ‘∀‘)「それはどうもありがとう…」

从 ゚∀从「いえ、気休めなんかではないんです。 これを見て下さい」

私は鞄から封筒を取り出してガナーさんに手渡した。

从 ゚∀从「言ってなかったんですが私は交通事故で四ヶ月前まで一ヶ月半に渡り意識不明の状態でした」

病院から退院時に渡されたその封筒には診断書、手術証明書、退院証明書などが入っている。
ガナーさんは驚きそれを見た。目が見開かれた。

239 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 22:04:41 ID:AxsdikKc0
从 ゚∀从「私は一ヶ月半の意識不明の状態から目覚めました。 四ヶ月に及ぶリハビリを終え、こうして一人で歩けるようになりました。
      ガナーさん、クーさんもきっと目覚めます。 私のように元気に歩ける日が必ず来ます。 私が証明します。 信じて下さい」

ガナーさんの目から涙が溢れた。一度溢れるともう止まらなくなる。

( ;∀;)「あぁ…」

ガナーさんは泣いた。顔がぐしゃぐしゃになるまで泣いた。

( ;∀;)「あ、ありがとう…本当にありがとう…勇気づけられました」

从 ゚∀从「いえ。 ですから気を強く持って下さい」

( ;∀;)「はい…。 ごめんなさい、見苦しいところを、少し顔を洗ってきてもいいですか」

从 -∀从「ええ、どうぞ」

「この子を、クーをよろしくお願いします」

ガナーさんが病室から出ていく。
私は痩せ細ったクーを見た。

240 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 22:05:56 ID:AxsdikKc0
从 ゚∀从「本当は、薄々気づいているんじゃないのかな」

クーは人工中絶手術の記憶の一部を見て嘔吐した。すぐに銀河鉄道に戻りたいと言って、自分の街を出ていった。
そしてクーは静かに涙を流していた。音もなく、声もあげず、ただ静かに泣いていた。
もし、本当は自分の記憶にうっすら気づいていて、知るのが怖くて、気がつかないふりをしていたら。
そのせいでずっと、銀河鉄道に乗り続けているとしたら。

いつかは旅立たなくてはいけない。ここはずっといていい場所ではないんだよ。

クーはそう言っていた。でもそれに一番気づいているのはクー自身ではないだろうか。
旅はいつか終わるものだ。クーだっていつかは自分の旅を終わらせなければならない。
自分の過去を受け止め、後悔し、未来に歩み出さなければいけない。
強いクーが、実は一番弱かったのかもしれない。トソンの言葉は当たっていたのかもしれない。

从 ゚∀从「だからさ、早く帰って来いよ」

クーがいつか長い長い銀河鉄道の旅を終えた時、私はそばにいてあげたい。
長い旅から帰ってきたクーを、おかえりと私は出迎えてあげたい。

だから私は待とう。いつまでも待とう。
私はここで、銀河鉄道車掌長の帰りを待つ。



从 ゚∀从銀河鉄道車掌長の帰りを待つようです

241 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/22(火) 22:06:55 ID:AxsdikKc0
投下終了です。
読んでいただいた方ありがとうございました。

242名無しさん:2017/08/22(火) 22:30:27 ID:pP3qRVIA0
ハルレヤ

243名無しさん:2017/08/22(火) 23:43:59 ID:ZNRWjZ6.0
乙…

244名無しさん:2017/08/22(火) 23:53:02 ID:ort8RpO20
乙 やるせないな…… 皆少しでもこれから先幸せになれるといいな

245名無しさん:2017/08/22(火) 23:53:55 ID:/b8rfxYw0
最後にタイトル回収か


246名無しさん:2017/08/23(水) 00:13:28 ID:k5t1Fqtg0
あんたすげーよ

247 ◆lWV9WxNHV.:2017/08/23(水) 00:15:03 ID:9vpMeDws0
今回誤字脱字誤AA脱AAが多いです申し訳ないです…

>>40
ノパ⊿゚)「ギコ君って彼氏いないっぽいよね、見たことない」

ノパ⊿゚)「ギコ君って彼女いないっぽいよね、見たことない」

>>172
川 ゚ -゚)「あぁ、本当だ。 どうしてだろうね」

川 ; -;)「あぁ、本当だ。 どうしてだろうね」

>>187
私は答えずにシャワーを浴びた。秘部に指を入れて精液を�惜き出した。

私は答えずにシャワーを浴びた。秘部に指を入れて精液を搔き出した。

>>237
相手は怖気づいて妻に全てを話したのです。 妻は怒り狂い相手を叩きのめしクーの元に押しかけました」

相手は怖気づいて妻に全てを話したのです。 妻は怒り狂い相手を叩きのめしこの子の元に押しかけました」

>>239
「この子を、クーをよろしくお願いします」

( ;∀;)「この子を、クーをよろしくお願いします」

になります

248名無しさん:2017/08/23(水) 00:52:53 ID:apE2s3Hw0
乙!面白かった!
>>10の性格も誤字かな

249名無しさん:2017/08/23(水) 08:53:36 ID:Yy9onQSU0
結局ヒートってどうなったんだろう?
多分一番酷いことになってるよな…

250名無しさん:2017/08/23(水) 15:50:27 ID:Kd2Y/c7M0
読み終わった
泣きそう

251名無しさん:2017/08/24(木) 05:48:16 ID:YmNJcusM0
知ってる街ばかりでそういう意味でも楽しめた
やっぱ1の作品はすきだなぁ

252名無しさん:2017/08/24(木) 07:02:45 ID:0vs0m05.0
このストーリーと救いのあるエンド……最高だな

253名無しさん:2017/08/24(木) 20:11:24 ID:74n0JquM0
ヒートのその後は一番気になるな
希望が見えてるといいけど

254名無しさん:2017/08/25(金) 15:27:14 ID:3Gtk/F5M0
これやべえ(言語能力喪失)
銀河鉄道の設定もキャラの過去も上手く作られてる
ドクオとかデルタのとこはいろいろな意味で読むのが
キツかったけどどのキャラも幸せになって欲しい……
東海道線を上っていくのかと思ったがどうなんだろう
ハインが箱根だしなぁ
とにかく良かった 盛大な乙を送りたい

255名無しさん:2017/08/25(金) 21:53:32 ID:B19LMllo0
描写が細かくてすごく感情移入した
おつでした

クーが戻ったらみんなで鉄道旅行してほしい

256 ◆TflJu3mvXc:2017/08/27(日) 01:00:00 ID:G0UZLwe.0
【業務連絡】

主催より業務連絡です。
只今をもって、こちらの作品の投下を締め切ります。

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http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1500044449/295

257名無しさん:2017/08/29(火) 22:43:22 ID:PyKgDvec0
なんていうか凄い作品だよ本当、乙

258名無しさん:2017/09/07(木) 12:29:51 ID:IlcUxZcc0
引き込まれて一気読み。。。 乙


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