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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第二部
1
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 22:56:59 ID:mD7lT.ng0
今までのまとめはこちら
Boon Roman様
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
第七話からの始まりです。
2
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 22:58:40 ID:mD7lT.ng0
この世界には魔人がいる。
人の身体に、動物の身体を有する、
どこから来たかもわからない種族。
これは人と魔人との間で揺れる
人間たちの物語。
.
3
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:00:13 ID:mD7lT.ng0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆
第二部
戦士と魔女の章
☆
.
4
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:01:19 ID:mD7lT.ng0
.
――第七話――
――荷台の先生と鉱山町――
BGM 『風の憧憬』(クロノ・トリガー)
http://www.youtube.com/watch?v=adf8qQPo4m8
※お好みでどうぞ
.
5
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:03:34 ID:mD7lT.ng0
気がついても、ブーンはすぐには目を開けなかった。
車輪の振動が心地よく伝わってきていて、すっかりまどろんでしまっていたからだ。
陽光の温もりを肌に感じる。
小春日和だ。これもまたいい塩梅で、絶妙に眠気を助長してくれる。
季節は変わり目。
もう少ししたら、本格的に冬が到来する。
木々は枯れ、雪も降るだろう。眠りにつくように、世界が静まり返るのだ。
頭のなかに情景が思い浮かんだ。
鉱山町である故郷の冬景色。
名前はイオカ。
ラスティア国のはるかに南に位置する町だ。
――っと、今はラスティア国じゃないんだっけ。
6
:
同志名無しさん
:2014/02/01(土) 23:05:00 ID:naB1menU0
こっちきたんだ。まってた
7
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:05:12 ID:mD7lT.ng0
かつての暮らしが想起される。
まだお城に来る前のこと。
鉱山町は、冬場には休みがちになる。
山の雪により、雪崩を警戒する必要が生まれてくるからだ。
採掘できるときにだけ、動く。それでひたすら石を掘る。
父親も、その鉱夫のひとりだった。
採掘以外にも手を出していたと思うけど、そろそろ休みが増えるんじゃないか。
そうであってほしいものだ。
父親が働いている間、母はいつも家で待っていた。
掃除をして、料理をして、
それに加え、ブーンの世話までしていたことに、改めて驚嘆してしまう。
母の苦労がブーンに理解できるようになったのは、ラスティア城に来てからのことだ。
8
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:06:23 ID:mD7lT.ng0
衛兵学校に通う間、ブーンは寄宿舎に暮らしていた。
なかなかそこでの生活に慣れなかったことを、今でもブーンは苦々しく覚えている。
それでも、寮監や食堂があり、同じ生活をする仲間がいる分だけ負担は少なかったのだろう。
母親の苦労とは、比べものにならない。
彼女は家の管理も、料理も、子育ても
父がいない間は全てひとりで切り盛りしていたのだから。
母親の元へ帰ったら、とびきり感謝しなくちゃならない。
かなり前から、ブーンはそう思っていた。
そう、彼は今、帰路についている。
もうラスティア城下町にいる必要もない。
実技のせいでいつ卒業できるかわからなかった、あの衛兵学校なんてものも、
今ではすっかりすっかり無くなってしまったのだから。
9
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:07:29 ID:mD7lT.ng0
衛兵――
何度か思い出しているこのフレーズを、改めて考えてみる。
自分は衛兵見習いとして、ラスティア城にやってきた。
そして、いろんな出会いをしてきた。
( ・∀・)
まず、モララーのことを思い出した。
ブーンの胸に痛みが走る。
モララーとは、衛兵学校に入ってすぐに助けてもらった恩があった。
それから交流しているうちに、憧れを抱くようになった。
あんな風に強い意志を持ち、それでいて明るくたくましい人に、自分もなりたいと思ったから。
だけど、彼は死んでしまった。
三ヶ月ほど前に、南の山で魔人に殺されたからだ。
10
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:08:39 ID:mD7lT.ng0
あの事件のことは今でも覚えている。
あのあと友人のツンと泣き通したことも、モララーの葬式のことも、印象に残っている。
それだけ強い衝撃を、僕に与えていたんだ。
だけど、後にブーンは、自分が何も知らなかったことを知ることになる。
('A`)
誘ってきたのは、ドクオという衛兵だった。
ラスティア城下町のレジスタンスとして、モララーとともに暗躍していた人だ。
ブーンは彼と話し、モララーのもう一つの面を知った。
人は魔人に頼らずに、自分の力で生きていくべきだ――それが彼の思想だったんだ。
( ゚∀゚)ノパ⊿゚)lw´‐ _‐ノv
ブーンはレジスタンスと協力し、魔人絡みの事件を解決する協力をするようになった。
モララーの、そしてレジスタンスの持つ考え方にすっかり感化されていたのだろう。
そしてその根底には、モララーを殺した魔人という種族に対する恨みがあったのかもしれない。
11
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:10:07 ID:mD7lT.ng0
だけど、葛藤は思いの外早く訪れた。
ξ゚⊿゚)ξ
寄宿舎で友人、ツン。
ある月の映えた夜に、ブーンは彼女から秘密を打ち明けられた。
この世界は、敵と味方に分けられない。
そのことを痛感したブーンだが、回り出した歯車は止めるわけにはいかなかった。
割り切れない気持ちを抱えたまま、レジスタンスによるモララーの剣奪還作戦が敢行されることとなった。
新嘗祭の夜に、作戦は結構された。
方々でラスティア城の上階を目指す中、ブーンは一人、デレの部屋にたどり着く。
そこで、デレの日記を手に入れた。
12
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:11:23 ID:mD7lT.ng0
その、あとのこと。
部屋に突然、衛兵がやってきた。
部屋を開けてしまったブーンは、王女がいないことを突き詰められた。
責任の追求はすぐに行われた。
ブーンはレジスタンスのことなど何も言えないでいた。
状況はわからないまま、彼は牢屋に入れられた。
そして――
「そろそろ起きろよ」
( -ω-)そ
飾り気のない呼びかけが、耳に飛び込んできた。
思考が現実に引き戻される。
薄目を開くと、まず陽光が直撃する。
眩しさで手を広げ、時間をおいたら、ようやく光景が見えてきた。
13
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:12:24 ID:mD7lT.ng0
lw´‐ _‐ノv「よ」
少女の手が控えめに上がる。
( ^ω^)「ああ……シュールかお」
見知った顔。
妙に、胸に安堵が広がった。
牢屋に入って彼女を見かけたときも、同じ気持を抱いていた。
シュールはあの夜、衛兵に捕まっていたらしい。
彼女は魔人を見たという話をしていたが、衛兵は聞く耳を持たなかったという。
lw´‐ _‐ノv「おらおら、またぼんやりしてんな」
(;^ω^)「ああ、うん。ごめんだお」
ブーンは苦笑いをして、首をぐるぐると回した。
無理な体制で眠っていたせいで、ポキポキと不吉な音がなる。
目を瞬かせて、この場所を確認した。
14
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:13:34 ID:mD7lT.ng0
木を組まれて作られた、簡単な作りの荷台の中。
埃っぽさが、鼻を刺激する。
乗組員は、ブーンとシュールの他、指で数える程度。
共通点は――お城の囚人だったこと。
昨晩、ブーンとシュールは突然お城の牢から移動させられ、ここに押し込められた。
どうやら囚人は全員開放されるらしい。
城主が変わったことで、政策も変わったのだと、口早に説明された。
慌ただしく追い出されたが、それ以外は丁寧だった。
行き先は自由に選べたくらいなのだ。
行きたいところで降りるように。それが囚人に与えられた、あまりにも優しい命令。
旧国政の残り物を、とっとと処分したいのだろうと思われた。
15
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:14:56 ID:mD7lT.ng0
lw´‐ _‐ノv「そろそろ次の町に到着するってよ」
( ^ω^)「……そうなのかお?」
lw´‐ _‐ノv「先生がそう言っているのさ」
先生――
シュールが呼ぶこの人物と、ブーンは、牢屋の中で出会っていた。
元々学者だったらしく、博識で、物腰柔らかで……そのくせどこか風変わりな囚人だ。
この車にも同乗している。
顔を動かして探すと、すぐに先生は見つかった。
よれよれの茶色いコートが目立ったからだ。
ブーンの視線に気づくと、すぐににこりと微笑んでくれた。
16
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:16:47 ID:mD7lT.ng0
( ^ω^)「……先生、ここはどの辺なのですかお?」
窓から見える景色程度では、当然わかるはずもない。
自分の居場所くらいは確認しておかないと、落ち着かない。
その意味で質問すると、先生はこくりと頷いた。
何かに答えるときの、先生の癖だ。
きっと学者のときから染み付いたものなのだろうと思われた。
先生はゆっくり、口を開いた。
( ゚д゚ )「ここはね、シスカの町というんだ。アイトネ山脈の北の麓にある、牧草地帯に栄える町だよ」
教え諭すような口調。
学者だからなのか、それとも元来その喋り方なのか。
とにかくそれは、『先生』という呼び名にぴったりだった。
☆ ☆ ☆
17
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:19:49 ID:mD7lT.ng0
牢屋の中で出会ったときから、先生は落ち着いていた。
だからこそ、ブーンには、先生が他の囚人とは違う異質な存在に見えた。
先生は捕らえられたことに狼狽するブーンを相手に、そっと諭してくれた。
( ゚д゚ )「大丈夫、きっと僕らの処罰は保留されるよ」
もちろんすぐに信じることができたわけではない。
ブーンも初めのうちは、軽く耳に入れておく程度だった。
だけど、結果として、先生の言うとおりになった。
本来ならすぐ処罰がくだされるはずなのに、ブーンたちはいつまでも牢屋に放置されていたのである。
荷物検査さえもしないまま。おかげでブーンは、デレの日記を全て読むだけの時間を得た。
( ^ω^)「どうしてわかったんですかお?」
しばらく時間を置いてから、ブーンは先生に質問した。
18
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:20:44 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚ )「前々から、北のマルティア国がラスティアの領土を狙っているという噂はあったからね。
お城の王女が錯乱している、この混乱を付け狙って、マルティア側から交渉を進めているに違いない。
ラスティアの国王は、囚人になんか構っていられないだろうってことさ」
先生の説明は的を射ていた。
それで、保留となることを見ぬいたのもすごいが
この話題について、ブーンにはもうひとつ、気になるポイントがあった。
(;^ω^)「……錯乱?」
どうしてデレが錯乱していることになっているのだろう。
そこに、何か策謀が潜んでいる気がしてならなかったのである。
( ゚д゚ )「ああ。衛兵たちの会話を盗み聞きしたんだけど、どうやらマルティア国からのプレゼントである白馬を殺したらしいんだ。
どうしてそのような凶行をしたのかはわからないけど、マルティア側にとってはこの上ないチャンスだろうね。
ラスティアの弱点が降って湧いてきたようなものだから」
(;^ω^)「…………」
19
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:21:45 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚ )「ん、どうしたんだい?」
(;^ω^)「……えっと」
そのときにはすでに、ブーンは日記から全容を知り得ていた。
マルティア国から、人を拐かす魔人が潜んでいたこと。
もしも先生が言うとおりなら、デレは錯乱などしていない。
錯乱しているという流言が広まっているだけだ。
おそらく、マルティア国のせいで。
やや逡巡してから、彼は全てを先生に打ち明けた。
(; ゚д゚)「……」
さすがの先生も、このときばかりは動揺したように見えた。
彼の視線は一旦ブーンから離れる。
20
:
同志名無しさん
:2014/02/01(土) 23:23:29 ID:IB6NwBKI0
きたー!!
支援!
21
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:24:11 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚)
( ゚д゚ )
しかしどうやら、話し相手を見据えることは彼のポリシーらしい。
真剣な顔つきを携えて、彼はブーンに口添えした。
( ゚д゚ )「この話、他の人には言うんじゃないぞ」
( ^ω^)「え?」
( ゚д゚ )「この国はおそらく強くマルティアの影響をうけるだろう。
あそこは積極的に魔人を受け入れる国だ。国民もその恩恵を受けることになる。
その中で、『魔人は敵だ』などと宣ってみろ。ただじゃ済まないぞ」
22
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:26:04 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚ )「この話は、お前と私の秘密にしよう」
(;^ω^)「な、なるほど……」
先生の凄みに、ブーンは圧倒される。
決して言ってはならない。
ブーンはデレの日記を、自らの荷物の一番奥底に仕舞いこむことに決めた。
lw´‐ _‐ノv「あ、私聞いちゃったんだけど」
(;^ω^)「黙っていてくださいおね」
lw´‐ _‐ノv「がってん」
こうして改めて、デレの日記の伝えた事実は、三人だけの秘密となった。
23
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:27:03 ID:mD7lT.ng0
それからブーンも、衛兵たちの噂話に耳を傾けるようになった。
先生の情報収集を見習ってのことだ。
ブーンは、お城の城主が変わったことを知った。
かつての城主ショボンの義妹、レモナという人らしい。
また、国名も変わったことを知った。
ラスティア国が、マルティア国に取り込まれたからだ。
交渉の後、この土地はマルティアの一地域、ラスティア領と呼ばれているようになったらしい。
国民の反発は思いの外少なかったとも聞いた。
( ゚д゚ )「きっとね、前国王の政策にはみんな不満があったんだ。
お城から魔人を追い出して、他の町でも必要最低限の魔人だけを受け入れるという政策についてね。
それに対して、マルティアは積極的に魔人を活用し、人の下に敷くことで治世を安定させている」
( ゚д゚ )「それぞれの国王の思惑は違えども、国民からしたら、生活が楽かどうかの違いが一番の争点だ。
つまりはね、世の中は魔人の受け入れに喜んでいるのだろう。
かつての魔人嫌いな国王のことなど、そのうち誰も気にしなくなってしまうだろうね」
外に出て、町をしばらく歩いてみて
ブーンはこのミルナの推測もまた、正しいことだと感じるようになった。
☆ ☆ ☆
24
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:28:43 ID:mD7lT.ng0
/ヾ∧
彡| ・ \ 「あっしは休憩を取るんで、自由に行動していてくださいな」
彡| 丶._)
シスカの町の入り口で、数人の囚人を降ろした後、
荷台を牽く魔人はそう提案してくれた。
馬の鬣と馬の足。その気になれば人の姿になれるらしい。
今は仕事で、この姿。
( ゚д゚ )「いいんですか?」
/ヾ∧
彡| ・ \ 「お城からの命令は、城下町から出せってことだけでしたしね。
彡| 丶._) それに、あっしだってもう疲れちまったんでさあ。積み荷は軽いほうがいい」
この言葉に、ブーンたち以外の囚人は歓喜する。
町を歩いて行く彼らを見ていると、きっともう誰も戻ってこないような気がしてならなかった。
その場に残ったのは、ミルナとブーンとシュールだけ。
25
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:29:37 ID:mD7lT.ng0
lw´‐ _‐ノv「あんた適当だね」
/ヾ∧
彡| ・ \ 「ひひ、そりゃどうも」
彡| 丶._)
町の入口。荷台牽きの魔人は顔をぶるぶると振って嘶いていた。
もうしばらくはここから動かないという意志表示だろう。
( ゚д゚ )「ふむ。さて、どうする君たち」
先生がふたりを振り返る。
( ゚д゚ )「何なら、食事でも奢ってあげるが、どうだろう」
lw´‐ _‐ノv「お金あるのかい?」
( ゚д゚ )「ああ。使うことも無かったしね」
にやりとして、彼は懐に腕を突っ込む。
なかなか豪勢な、ジャラジャラという音が、ブーンたちを刺激した。
26
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:30:58 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚ )「まさか……酒場を選ぶとはね」
お店を選んだのはシュールだった。
どうしてもここがいいと、彼女が主張してきて
目を向いていたミルナも、反対しにくくなってしまったのである。
中に入って席についてからも、ミルナはどこか引っかかるという表情をしていた。
lw´‐ _‐ノv「何か言いたいのか?」
( ゚д゚ )「君ら未成年だけど、いいのかなと思ってね」
lw´‐ _‐ノv「酒は飲まないけど、構わないよ。むしろ前まで酒場を経営していたくらいだ。かえって落ち着くぜ」
( ゚д゚ )「…………牢屋にいたときから思っていたけど、君は随分フランクなんだね」
lw´‐ _‐ノv「おう」
27
:
同志名無しさん
:2014/02/01(土) 23:32:01 ID:1TPG6l4w0
お、こっちでやるのね
支援!
28
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:32:03 ID:mD7lT.ng0
朝の酒場にはそれほど賑わいはない。お酒の臭いもあまりない。
その様子が、どこかかつての『三匹のカエル』を思い出させた。
レジスタンスの隠れ家。
シュールや、他の仲間達のいたお店。
( ^ω^)「…………」
ブーンは言葉少なくなっていた。
また、思い出に浸り始めていたからだ。
レジスタンスで出会った人たち。
誘ってくれたドクオ、競いあったジョルジュ、リーダーのヒートのこと。
あの新嘗祭の夜で、別々の道に進んだっきり、彼らとは音信不通になっていた。
果たしてあそこからうまく逃げられたのだろうか。
捕まっていたら囚人になっていたはずだ。だけどブーンは彼らを見ていない。
それなら、今はどこへ?
29
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:33:10 ID:mD7lT.ng0
lw´‐ _‐ノv「ブーン、注文は?」
( ^ω^)そ「え! あ……」
意識がまた現実に戻る。
突きつけられるメニュー表に、ようやく目を通す。
lw´‐ _‐ノv「……またぼーっとしてんのか」
(;^ω^)「すまないお」
答えて、急いで視線を動かせる。
どんな食べ物があるのか知りたいだけなのに、妙に気持ちがかき乱される。
どうしても、思い出がブーンを邪魔しているからだ。
いや、これは思い出なんていう優しい言葉をつけていいものじゃない。
じゃあこれは、なんといえばいいんだっけ……
これは――
30
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:34:11 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚ )「……心残りがあるんだろうね」
前置きもなく、先生が言う。
なんて的確な言葉なんだろうと、ブーンは思わず息をつまらせた。
もはや心を読まれているんじゃないかと疑いたくなる。
それだけ、自分があからさまに動揺していたということだろうか。
メニューを一旦、テーブルに置く。
(;^ω^)「……そりゃあ、ありますお」
ぼそぼそと答え、それからメニュー表に目を戻す。
ミルナはすぐには言葉を続けなかった。
適当に選んだのは、遅い朝にちょうどいい、軽量のサラダとスープだった。
むしゃむしゃ食べるシュールの横で、ブーンと先生はしばらく動かないでいた。
ようやくブーンが手を伸ばした時に、先生はそっと口を開いた。
( ゚д゚ )「それじゃ、これからどうしたいんだい?」
31
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:35:42 ID:mD7lT.ng0
(;^ω^)「……」
ブーンは口を噤んでしまう。
( ゚д゚ )「もしも例の秘密のことが絡んでいるなら、大丈夫。
ここでは小さい声なら、多分聞き取れないだろうしね。
いつまでも抱え込んでいたらしんどいだろう?」
マルティアの秘密について言いたいのだろう。
でも、今はそのことじゃない。
ブーンは力なく首を横にふる。
言葉を、慎重に選んでいった。
(;^ω^)「どうしていいか、はっきりとは決まっていないんですお。
とりあえず故郷に帰りますけど……それから僕は、どうしたらいいか」
それは、デレの秘密を知る前から悩んでいたことだ。
32
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:38:20 ID:mD7lT.ng0
(;^ω^)「……僕はもう、よくわからないんですお。何が敵で、何が味方なのか。
レジスタンスには協力していたけど、だからそういう意味では魔人と敵対していたけど。
そこから先についてはまだ何も、考えていない状態ですお」
(;^ω^)「それで、もう疲れたっていう思いはあるんですお。頭では理解しているんですお。
もしこれから先も魔人と立ち向かうなら、マルティアなんていう大国を相手にしなければならないですお。
そんなの、一般人にすぎない僕がやっていいことじゃないですお。もっと使命感に満ちた人がやるべきなんですお」
例えばモララーさんのような……名前が出かかるのを、飲み込む。
ミルナにはわからないというのもある。
でも、それ以上に、今はその名を口にしたくなかった。
こうして逃げようとしている自分が、モララーを真っ向から裏切っているような気がしたからだ。
自分に期待してくれていた、あの勇敢な男のことを。
33
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:39:39 ID:mD7lT.ng0
できればもう、このまま引っ込んでしまいたい。
なのに、思い出がそれを邪魔してくる。
ζ(゚ー゚*ζ
モララーのことに付随して、王女のことまでイメージされた。
ブーンにとっては追い打ちでしかない。
どうしてなのかは、すぐにわかった。
彼女の日記に、ブーンの名前が綴られていたからだ。
34
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:41:48 ID:mD7lT.ng0
名前がある理由。
それは、彼女は助けを求めていたからではなかったのか。
自分がデレと出会ったのは、たった二回のことだ。
それなのにどうして頼られるのか、それはわからない。
得体は知れない。
だけど自分は呼ばれている。
その声を、無視していいものなのか。
迷いが、答えを出させない。
期待があるのはわかるが、でも戦いたくない理由もある。
ξ゚⊿゚)ξ
魔人はツンの仲間だからだ。
友達を傷つけるわけにはいかない。
だけど、
それなら自分はどうすればいいんだ。
35
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:42:46 ID:mD7lT.ng0
(;^ω^)「…………」
ここにきて、彼は完全に沈黙してしまう。
眉根を寄せて考えこむ。
すぐに答えが出せないことくらいわかっている。
どれだけ悩んでも、悩みきれないもの。
先生の視線を感じる。
突き刺すような、鋭い目線。
先生はいつもそんな目をしていた。
それが、とても重かった。
ブーンはやはり喋れない。
わずかに首を横にふるだけ。
それしかできなかったのだ。
36
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:43:59 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚ )「…………私もね、いろんなことが決まっていないんだ」
沈黙は、ミルナから破られた。
( ゚д゚ )「もう元の学者という職業には、戻れそうにない。
西のテーベの、さらに西、メティスに私の家はあるのだけど、果たして無事でいるのかどうか。
それに第一、やりたいことがはっきり決まっているわけじゃない」
ブーンは顔を上げて、彼の顔を見た。
対するミルナは、どこか窓から見える空の果てを眺めている。
とても遠いものを見る目だ。
( ゚д゚ )「君は敵か味方かと悩んでいるけど、私にはもはやその考えすらない。
どこにも所属していないからだ。憎い人もいないけど、守りたい人もいない。
それは自由ではあるけれど、とても不幸なことだとも私は思うんだ」
物静かな口調が、憂いを帯びる。
泣き出すわけでもなく、喚くわけでもない、染み入るような哀愁の衣。
ミルナの目が、再びブーンに向けられた。
いつものように、真剣な目。本気でブーンの意見を聞こうとする目。
37
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:45:14 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚ )「……さて、どうだろう。ブーンくん。
いいやつとか、悪いやつとか、そんな一方的な価値観はこの際捨てて考えてご覧」
( ゚д゚ )「君には守りたい人や、助けたい人はいるのかい?
もしいるならば、それが君の、君だけの、目的となるんじゃないのかな」
( ^ω^)「…………」
今度の沈黙は、さっきとは違った。
ブーンの脳はしっかりと働いていた。
守りたい人はいる。
たくさんいる。
故郷に待つ母だって、もちろん守りたい人に入るだろう。
それから、敵になるなと懇願してきた友人もいる。
愛する人を失い、ひたすら助けを待つ亡国の王女もいる。
( ^ω^)「助けたい人は、いますお」
38
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:46:11 ID:mD7lT.ng0
( ゚д゚ )「では、そのために何が必要だと思う?
何が自分には足りないのだと思う?」
足らないもの。
なんだろう。
立場も、味方も、捨てて、考えてみる。
なんだろう。わからない。
自分は何も知らないから。
知らない。
ああ、そうか。
それが答えなんだと、ブーンは気づく。
39
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:47:13 ID:mD7lT.ng0
( ^ω^)「僕は、まだまだ知らないことがたくさんありますお。
助けたくても、何したらいいのかわからないんですお。
きっとこの世界は、どこか根本的なところで、歪んでしまっているんですお」
( ^ω^)「だから、もっと……少しずつでもいいから、世界を見て回りたいんですお。
この世界に何が足らないのか、何がおかしいのか、それを知るために」
途中から、すらすらと言葉が続けられた。
今思いついたことだというのに、どうしてだろう。
不思議な心地を、彼は感じていた。
先生は相変わらず、目を細めてブーンを見ていた。
( ゚д゚ )「それが、君の出した答えなんだね?」
( ^ω^)「……はいですお」
40
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:48:39 ID:mD7lT.ng0
( -д- )
ブーンの言葉を受けて、ミルナは目を閉じる。
一見するとただ、黙ってしまったように見えたが
ブーンは彼の口元が、僅かに緩むのを確かに見た。
やがて、先生はブーンに声をかけた。
( ゚д゚ )「非常に君らしい答えだと、私は思うよ」
そういって、彼は指を一本突き立てる。
何事かと思い、ブーンは目を瞬いた。
( ゚д゚ )「もしよければ、私も君についていっていいかな?」
思わぬ提案に、ブーンは目を丸くする。
( ゚д゚ )「まず、君はイオカに向かうんだろう?
君の家まででもいい。一緒に向かってみていいかな。
目的もなく放浪するよりは、ずっと有益な気がするんだ」
41
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:52:56 ID:mD7lT.ng0
(;^ω^)「えっと……」
ブーンは急いで考えを巡らせる。
果たして自宅に招いていいのか。
何か問題はないか。
(;^ω^)「……あんまりおもてなしとか、できないかもしれないですお」
それが、まっさきに思い浮かんだ恐れだった。
ミルナはきょとんとして、それからふっと笑みを漏らす。
( ゚д゚ )「誰がそんなもの気にするものか。
ただここまでの縁で提案しているにすぎないんだ。気楽に考えてくれよ」
lw´‐ _‐ノv「うん、私も良い提案だと思うな」
シュールがそれに便乗する。
さっきまでのんきに食事をしていたのに、いつの間に話を聞いていたのだろうか。
lw´‐ _‐ノv「なあ、ブーン。私もついていくよ。
私は正直故郷に碌な思い出が無くてさ。これからどうしようかなって考えていたところなんだよね」
42
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:55:34 ID:mD7lT.ng0
( ^ω^)「故郷って……そういえばどこなんだお?」
lw´‐ _‐ノv「ムネーメの町。実はドクオたちと同じなんだよね」
(;^ω^)「……もう通り過ぎてるじゃないかお」
lw´‐ _‐ノv「やー、イオカにはどんな料理があるんかね、先生」
動揺しているブーンをよそに、シュールは先生に語りかけた。
相変わらず馴れ馴れしい口調だが、先生はもう慣れたらしく、気軽に彼女の問に答えている。
( ゚д゚ )「漁港もあったはずだ。君は内陸育ちだから、海鮮はあんまり味わったこと無いんじゃないかな」
lw´‐ _‐ノv「ご明察! 楽しみですなあ! ははは」
賑やかな声が、ブーンの耳に飛び込んでくる。
反論する気持ちも失せてしまう。
ブーンの頬の筋肉が、弛緩していった。
漁港は確かにある。
ブーンにも馴染み深い話だ。
( ^ω^)「秋の魚もまだ採れるはずですお。
早いうちにいけば間に合いますお!」
気前よく言って、サラダを頬張る。
43
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:56:55 ID:mD7lT.ng0
lw´‐ _‐ノv「いいことを聞いたぜ。あのお馬さんに頑張ってもらわにゃ」
( ゚д゚ )「彼も魔人だし、今日中には山を越えて、明日にはイオカに着くだろうな」
( ^ω^)「楽しみですお!」
国とか、真実とか、難しい話はひとまず置いておくことにする。
ブーンの頭には、また情景が思い浮かんでいた。
自分が生まれ育った町、母の待つあの家のことを。
ひとまずはそこに帰ろう。
それから世界を見ていこう。
いろんな人を救うために。
ブーンはそう、決断した。
☆ ☆ ☆
44
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:57:54 ID:mD7lT.ng0
酒場を出て、すぐのことである。
(-@∀@)「号外だよ〜〜〜!!」
俊足の青年が、ブーンたちめがけて駆けてきた。
(-@∀@)「ほい、あなた方もどうぞ!」
一面だけの新聞が、素早く三人に手渡された。
それを受け取ると、ブーンは「あれ?」と首を傾げる。
( ^ω^)「あなたラスティア城下町にもいませんでしたかお?」
(-@∀@)ゞ「親戚が世界中にいます!」
(;^ω^)「ああそう……え!?」
(-@∀@)「それでは、失礼しまっす!」
45
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/01(土) 23:59:22 ID:mD7lT.ng0
疑問を晴らす隙も与えぬまま、新聞配達の青年は道を行ってしまう。
仕方なく、視線を新聞に向ける。
大きな見出しから、テーベ国の国政の話題だとわかる。
昨日テーベの王族が、秘密の会合を行っていたらしい。
思えば、こうして普通に他国のニュースが入ってくるようになったのも国政の変化を表していた。
ショボン前国王は、自らの内政を擾乱させないため、他国の魔人絡みのニュースを検閲していたのである。
この事実は、国王が変わると同時に全国に発信され、ショボンの信用の失墜の助長を招いていた。
国王が変わった今、検閲する者もいなくなり
他国のニュースがやすやすと手に入る状況となったのである。
とはいえ、この記事の内容は決して魔人に対して穏やかなものではなかた。
ラスティアの西に位置するテーベ国。
その何よりの特徴は、徹底した魔人排除の政策である。
46
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:02:22 ID:MTxFZEDQ0
特に現女帝ハインの力は絶大で、テーベ国内の魔人たちに甚大なる影響を与えていた。
国の南部に、テーベ国とラスティア領間を横断する雄大なアイトネ山脈があるのだが
テーベ国中の魔人たちは、その山脈に押し込められることになっていたのである。
ハインの強権が、かつてのラスティア国王ショボンのそれを凌駕するものであることが、このことからうかがい知れた。
さらに最近、ハインが更なる魔人排除政策を進めているらしかった。
自然に暮らしている魔人すらも、追いだそうとしているのではないか、そんな噂が立ち昇っているくらいだ。
記事の真ん中に、現王族の写真が飾られていた。
例の女帝ハインは、写真のど真ん中で、瀟洒な椅子にふんぞり返っている。
最近撮られた写真らしい。まだ若いハインの豊かな髪と、顔が裂けるくらいの笑みが印象的だった。
ハインはまだ女帝に就任して間もない。
とはいえ、小さい頃からハインが飛び切り人を引っ張る力を有していることは
ショボンが検閲を敷く前から、すでにラスティア領の人たちにまで知れ渡っていた事柄だった。
一人残らず追い出すなんてことが、果たして可能なのかはわからない。
しかし他ならぬハインならばやりかねないのではないかというのが、人々の噂するところである。
47
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:05:30 ID:MTxFZEDQ0
国のことはひとまず置いておくと考えた矢先、こんな記事を目にするとは。
どことなく嫌な気分になったブーンは、新聞を折りたたもうとする。
しかし、
( ^ω^)「……ん?」
と、ブーンは気づく。
写真の隅の方に、よく知る顔を見た気がした。
何度と無く見返して、それが勘違いでないとわかる。
(;^ω^)「こ、これは!?」
慌てて、シュールを振り返る。
(;^ω^)「シュール! これ、これ!」
lw´‐ _‐ノv「なんだよもう、騒がしいな」
48
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:06:51 ID:MTxFZEDQ0
顔を顰めながらも、シュールの目がブーンの指を追う。
彼が指していたのは、写真に映るひとりの男。
シュールもよく知る人のひとり。
_, .,_
( ゚∀゚)
どことなく不機嫌そうな顔をした知り合いが、そこにいた。
lw´‐ _‐ノv「なんだ、ジョルジュか」
(;^ω^)「ええ!? 反応薄くないかお!?」
49
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:07:55 ID:MTxFZEDQ0
lw´‐ _‐ノv「ん、ああ。お前知らなかったのか」
(;^ω^)「……ジョルジュがテーベの人ってことは聞いていたけど」
lw´‐ _‐ノv「そうそう。テーベのな、ハインの弟だ」
(;^ω^)「…………」
( ゚ω゚)「ええええええええええええええええええええええええ!!」
lw´‐ _‐ノv「幼い頃から修行の一環でこっちの家に育てられていたんだとさ」
(;^ω^)「でも、あいつ初めて会った時魔人と仲よかったお!」
lw´‐ _‐ノv「嫌ってるのはハインとか、統治している人たちだしな。
ジョルジュはかっこいいのにほいほいついていく奴だし、親元離れていたからかえって好き勝手できたんじゃねえの」
50
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:08:44 ID:MTxFZEDQ0
(;^ω^)「じゃあ、そのあと家族ぐるみで魔人嫌いになったって話は……」
lw´‐ _‐ノv「育て親のことだろうなあ」
(;^ω^)「……あ、あいつは、本当に王族なのかお。テーベの」
lw´‐ _‐ノv「うん」
(;^ω^)「レジスタンスなんかやってていいのかお!?」
lw´‐ _‐ノv「いやだって、レジスタンスっつー組織の親母体がテーベみたいなもんだし。
あれ、ただの魔人嫌いな奴らで集まろーぜーって会だしな」
(;^ω^)「……僕あいつ叩いたりしたことあったんだけど」
lw´‐ _‐ノv「つついただけだろ。平気平気」
(;^ω^)「お……おお…………」
51
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:09:26 ID:MTxFZEDQ0
lw´‐ _‐ノv「質問はもういいか?」
(;^ω^)「はあ」
何を言っても、ここの写真の中にジョルジュがいる以上
彼がテーベの王族であることに変わりはないのだろう。
テーベの女帝の弟。
そんな雲の上のような人物と、今まで接していたなんて。
というよりも、ブーンには
ジョルジュのような男が真面目に王族をやっている姿が、さっぱり想像できないでいた。
( ^ω^)そ「あ」
そうか、だから不機嫌そうなのか。
些細なことだが、この顔はその証拠だろうと、ブーンは気づいた。
52
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:10:35 ID:MTxFZEDQ0
( ^ω^)「……あいつは今何やっているのかお?」
lw´‐ _‐ノv「さあね。私は知るわけない」
( ^ω^)「そりゃそうおね」
ジョルジュはテーベにいる。
それじゃ、他の人達はどうしているのだろう。
ジョルジュが匿ったりしたのだろうか。
疑問ばかりは思い浮かぶも、答えはわからない。
彼はまだ、どこまでも、外の世界に出てきたばかりだったから。
☆ ☆ ☆
53
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:11:52 ID:MTxFZEDQ0
国の南に聳える、アイトネ山脈を越えた先。
小さな麓町の宿で、一行は一泊した。
翌日の出発も穏やかなものだった。
日が十分に登ってから、町を後にしたのである。
どうやら荷台牽きの魔人は、とことん無理をしたくないらしい。
切り立った山が目立ち始める。
鉱山に使われる山々だ。
鉱夫と思われる人たちとも擦れ違うようになった。
父親と同業の人たちだ。
見知った光景に、ブーンの期待が、ふつふつと湧いてくる。
54
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:13:22 ID:MTxFZEDQ0
( ゚д゚ )「ブーンの父親は、石の採掘だけで暮らしているのかい?」
( ^ω^)「うーん、それ以外にも、採掘から加工、貿易にまで手を出していますお」
( ゚д゚ )「ほほう、手広いんだね」
( ^ω^)「父ちゃんは器用なんですお」
言って、「そうだ!」とブーンは胸元からペンダントを取り出した。
(*^ω^)「このペンダントも、作ったの父ちゃんなんですお!」
誇りに満ちた口調で言う。
赤い輝きが特徴的な、涙の形をした宝石だった。
機会があれば、つい人に見せたくなるのである。
55
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:14:22 ID:MTxFZEDQ0
( ゚д゚ )「おお、これは綺麗だね。
あいにく僕は石のことには疎いんだ。どういった種類の石なのかな?」
( ^ω^)「それは……よくわからないんですお。
僕が出発する直前に、父ちゃんが採掘場で見つけたらしいんですお。
それをかーちゃんに渡して、それをかーちゃんが僕にくれて……」
( ^ω^)「どうも、とーちゃんはもっとこの石のことを研究するって息巻いていたらしいんですお」
ブーンにとっては、父親との思い出もまた懐かしいものだった。
あの研究はうまくいっているのだろうか。
その話もしてみたいものだと、ブーンは望みを抱いた。
更に更に、道を行く。
大きな礫の目立つ坂道を、魔人が一歩一歩踏みしめていく。
前にはもう山は見えない。すべて通り越してきたからだ、
景色が、変わる。
56
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:15:21 ID:MTxFZEDQ0
視界に飛び込んできたのは、青く澄んだ海原だった。
遥かに遠くに伸びる空との境目、間断なく波立つ水面、入り乱れる白い筋。
遠のいているはずの太陽の光が、幾度も反射し増幅され続けている。
陸地では決して見えない、大地を包む雄大な存在の証。
( ^ω^)「おお……」
胸が温かく満たされていく。
自然と叫びがこみ上げてくる。
(*^ω^)「おおおおおお!!」
それだけの力が、この光景にはあった。
57
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:16:07 ID:MTxFZEDQ0
/ヾ∧
彡| ・ \ 「叫んでも急がねえっすからね! 疲れてんすから」
彡| 丶._)
(;^ω^)「あ、はい。わかってますお。前向いてくださいお」
lw´‐ _‐ノv「安全第一だわ」
☆ ☆ ☆
58
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:17:23 ID:MTxFZEDQ0
イオカの町は急斜面に建物が密集して構成されていた。
切り立った崖だった場所に港が発展したからこその形状である。
海から見れば、大きな地面の壁に家々がはりついているかのように見えるそうだ。
この形は自然が作り上げたものだが、漁業や貿易に出ている人からすれば、
海の上から自分の家がすぐに見つかるこの形は、ありがたいものなのかもしれない。
石の町であるがゆえに、建物の多くが地元で採掘された石を用いている。
建築で用いられる砂岩は、白を基調にした落ち着いた色合いを特徴としており
それにより作られる家々も、町並みも、乱れのないシンプルな美しさを醸し出していた。
その家の一つが、ブーンの家であった。
ブーンたち一行は、すでに玄関前に到着している。
/ヾ∧
彡| ・ \ 「これで到着ですかい。三人共ここで降ろしていいんすよね」
彡| 丶._)
( ゚д゚ )「構わないよ」
( ^ω^)「ありがとうございますお」
59
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:18:20 ID:MTxFZEDQ0
荷台牽きの魔人は、鬣を揺らしつつ、軽やかな足取りで去っていった。
( ゚д゚ )「いきなり訪ねたら、お母さん驚いてしまうかな」
lw´‐ _‐ノv「先にブーンが交渉してくれよ」
(;^ω^)「ここまで来ておいて、追い出したりはしないお。きっと」
言いながら、シュールの申し出を承諾する。
家の、やや大きめの玄関。
石を運び込めるようにと、父親が設計したものだ。
胸が高鳴っているのがすぐにわかった。
ブーンは呼吸を整える。
60
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:19:05 ID:MTxFZEDQ0
別に三人で帰ってこなくても、母親は驚いてしまうだろう。
僕が突然帰ってくることも伝える暇はなかったのだから。
とはいえ、ラスティア城が陥落したことも知っているはずだ。
その事件を、母はどんな思いできいていたのだろう。
自分のことを、ひょっとしたら大層心配してくれていたんじゃないだろうか。
急に申し訳ないことをした気分になる。
早く声をかけてやろう。そう思い、玄関の扉をノックする。
返答は、なかなか返ってこなかった。
( ^ω^)「……あれ?」
もう一度、玄関をノックする。
さらにまた、と腕を上げたところで、ようやく物音が聞こえてきた。
61
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:19:52 ID:MTxFZEDQ0
ああ、良かった。
ちゃんと中にいるようだ。
ブーンは胸を撫で下ろす。
玄関の扉が、カチャリと音をたてた。
J( ー )し
俯いてはいるが、紛れも無い母の顔。
ブーンはすぐに腕をのばそうとする。
だけど、程なく動きをやめる。
違和感を感じたからだ。
62
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:20:38 ID:MTxFZEDQ0
( ^ω^)「かーちゃん?」
J( ー )し「……う、うう」
呻きながら、彼女の身体が屈み込まれる。
J(; ー )し「すいません、今少し、体調が……」
途切れ途切れの言葉。
母の異変に、ブーンは息を呑む。
(;^ω^)「かーちゃん、かーちゃん!」
呼びかけるが、対する母は苦しそうに呻くばかり。
病気なのだろうか。
いったいどうして、こんなことに?
63
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:21:22 ID:MTxFZEDQ0
(;^ω^)「かーちゃん、僕だお!」
J( ー )し「……その、声は」
反応があった。
母の首が、僅かに持ち上がる。
J(;'ー`)し「ブーン……ブーンなのかい?」
震えながらも、彼女の目は確かに息子をとらえていた。
ブーンはいくつか大きく頷く。
( ゚д゚ )「おい、大丈夫か?」
後ろで待っていた先生たちが声をかけてくる。
64
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:22:10 ID:MTxFZEDQ0
(;^ω^)「かーちゃんが病気みたいなんだお! 家の中に運ぶから手伝ってくれお!」
それから、再び顔を母に向ける。
(;^ω^)「かーちゃん、どうしてこんなふうになるまで放っておいたんだお。
とーちゃんは何やっていたんだお」
J(;'ー`)し「……ああ、あの人はね」
母の言葉が、また大きく震え始める。
病気のためばかりではない。心の底からの震えが、声に乗っかっているように思われた。
(;^ω^)「どうしたんだお? まさかとーちゃんに何かが……」
嫌な予感がブーンの脳を満たす。
母を放って置かなければならない事情があったというのか。
今、父はどこにいるというのだ。
65
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:23:00 ID:MTxFZEDQ0
J(;'ー`)し「あの人ね、帰ってこないんだよ」
弱々しい言葉が続く。
J(;'ー`)し「もう三ヶ月も、テーベに行ったっきりなんだよ」
これが、ブーンの守りたいと望んだ人の
状況を知る第一歩となった。
.
66
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:23:35 ID:MTxFZEDQ0
.
――第七話 終わり――
――第八話へ続く――
.
67
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/02/02(日) 00:24:24 ID:MTxFZEDQ0
今日はおしまい。
それでは。
68
:
同志名無しさん
:2014/02/02(日) 06:20:17 ID:F9SvBtb20
こっちに来たんだな
乙!
69
:
同志名無しさん
:2014/02/02(日) 07:58:34 ID:vAKk2aOE0
きになるわー
70
:
同志名無しさん
:2014/02/02(日) 08:15:22 ID:GdWXcJWg0
昨日まとめ読み返したばっかりだ!
ヒャッハー
71
:
同志名無しさん
:2014/02/02(日) 11:12:03 ID:jn.gesYI0
やっときたか
読み直してくる
乙
72
:
同志名無しさん
:2014/02/02(日) 19:15:36 ID:kfbPKLlk0
続きが気になる
期待!
73
:
同志名無しさん
:2014/02/02(日) 21:45:40 ID:QBrvgNdw0
良いところで切るね
乙でした
74
:
同志名無しさん
:2014/02/09(日) 21:31:19 ID:QhmN5Z4c0
乙でした
75
:
同志名無しさん
:2014/03/20(木) 23:47:09 ID:ogDta5W.0
そろそろかしら
76
:
同志名無しさん
:2014/03/24(月) 12:25:32 ID:DnfHE7sM0
生きてる−?
77
:
同志名無しさん
:2014/04/12(土) 00:07:37 ID:qljIC0CQ0
楽しみにしてる作品の一つなんだが、なかなかこないな…
78
:
同志名無しさん
:2014/04/14(月) 23:29:08 ID:A4NhNXjo0
支援
79
:
同志名無しさん
:2014/04/30(水) 23:16:41 ID:YWLcViko0
そろそろか
80
:
同志名無しさん
:2014/05/09(金) 15:31:42 ID:0utA6LG.0
まだかなー
81
:
同志名無しさん
:2014/05/12(月) 23:15:18 ID:t4D1XJbg0
もう来ないんかな…残念すぎる
82
:
同志名無しさん
:2014/05/15(木) 01:04:07 ID:1/LzyLoo0
作者曰く、もうブーン系は完全に止めたらしいです
83
:
同志名無しさん
:2014/05/15(木) 03:01:57 ID:SpmkHtz2O
止めたんならしかたねえか、今後はなろうを時々覗いてみるとするか
84
:
同志名無しさん
:2014/05/17(土) 01:54:54 ID:Vydqr16I0
えー、やめちゃったの!?
これ好きで楽しみにしてたのに
85
:
同志名無しさん
:2014/05/17(土) 03:00:30 ID:AG7kypccO
>>84
小説家になろうで続き読める可能性はあるよ
86
:
同志名無しさん
:2014/05/17(土) 23:49:03 ID:EWgo09Ro0
>>82
ソース
87
:
同志名無しさん
:2014/05/18(日) 17:10:33 ID:ezURAmN.0
辞めるなら辞めて良いからせめてスレ削除依頼は出せよ
88
:
同志名無しさん
:2014/05/24(土) 03:28:01 ID:Nyq7QZAQ0
続きこれこないの?!
めちゃ面白かった分残念…
89
:
同志名無しさん
:2014/05/24(土) 03:34:30 ID:Rmy9iid60
最後は最も深き迷宮に1000人の勇者たちと突入して魔人王を倒しましたとさ。
めでたしめでたし
90
:
同志名無しさん
:2014/05/29(木) 20:45:40 ID:s5tD7huw0
晒しage
91
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 22:52:48 ID:Lka8Sok.0
第八話、投下します。
92
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 22:58:03 ID:Lka8Sok.0
.
――第八話――
――羊の記憶と鉄の街――
.
93
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 22:58:41 ID:Lka8Sok.0
昔ながらの煉瓦造りの家のことを思い出していた。
波打つ特有の黒い屋根瓦、そこから突き抜けた煙突から白い煙が音もなく這い出ている。
植物だけを燃やしたあとの、人間の身体を素通りする健やかな煙が、はるか遠くを揺蕩う雲と同化し霞んでいく。
初夏の暖かい季節の頃だった。
そよ風に撫ぜられて牧草が波打っている。
足元で緑の水面が騒いでも、柵の中の羊たちはまったく動じることがなかった。
白い柵に囲われた、乳白色の体毛の塊は、もうじき訪れる羊毛の刈り入れ時を待ち続けているばかりだ。
彼は手に持った木の枝を手のひらにぴしりと叩きつけた。
気持ちの良い光景に呆けてしまいそうになっていたのだが、仕事があることを思い出し、自らに気つけをしたのである。
牧草地の羊を小屋に集めなさい。
じきに嵐がやってきますから。体調のすぐれない彼の母親はそういって、羊をけしかける道具を彼に与えた。
彼は不満を言わなかった。
羊を見るのは楽しかったし、身体を動かすのも悪くない。
この街にはたくさんの牧場があり、広い空間を有していたが、少年である彼にとっては少し物足りない場所でもあったのだ。
94
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 22:59:42 ID:Lka8Sok.0
青く広がる空を見上げると、これから嵐になるなんて到底信じられなかったが、よく山々の方を見てみれば、山頂が笠を被っていた。
その背後には白い雲の壁がせりあがっている。数年ながらも培った感が、彼の背筋をぴんと伸ばさせた。
木の枝を今度は地面に振り下ろす。ぴしりと、また小気味よい音が響く。
追って叩いて、ようやく羊が走り出す。
小さな脚を必死に前後させていくが、スピードは遅く、力の有り余る彼には比べるべくもない相手だった。
一匹、二匹、三匹とあっという間に脇の小屋に入れていく。
近くを歩いていた羊を入れ終わり、牧場の隅に静まっている羊たちに狙いをさだめた。
距離があり、それぞれバラバラにはびこっているので手間がかかった。
上空の雲は流れを加速させていた。
彼は額に汗を流しながら木の枝を振るい続けた。
行って、戻って、小屋に押し込める。その繰り返し。
95
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:00:41 ID:Lka8Sok.0
柵を挟んで森と隣接しているところに羊が数頭集まっていることに途中から気づいていた。
寄りあって草でも食んでいるのかと彼は首を傾げた。
他の羊を入れ終わり、最後の仕上げとばかりに羊たちの元へと駆けていく。
羊が顔を下に向けていないとわかり、ますます疑問がわく。
その黒ずんだ横顔の、しわがれた皮膚すら見える場所に辿り着き、彼は脚を止めた。
柵の向こう側に人がいることに気づいたからだ。
('A`)「君は……」
彼が口にすると、彼女の方も目を合わせた。
羊に伸ばされかけた手が途中で止まり、羊が不思議そうに喉を鳴らす。
揺れた声が場に響き、勢いを若干ました風にかき消される。嵐は着実に近づいていた。
96
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:02:07 ID:Lka8Sok.0
彼女は腕を曲げて自らの長髪を抑えた。
風による膨らみをしぼませて、彼女の輪郭がより鮮明になる。
白磁の肌の中で、紅の唇がやんわりと弧を描いていた。
川 ゚ -゚)「やあ、久しぶり」
彼女の挨拶は、重みのまるでないごく自然のものだった。
だけど彼は表情を固くしたまま、ゆっくり羊の背中に手を伸ばした。
体毛に埋まる手が、羊の体温を感じ取る。
('A`)「うちの羊に何かようか?」
かつて、それこそ十何年か前は、彼ももっと柔らかく彼女と接することができた。
特別彼が彼女を嫌うエピソードがあったわけではない。
森に住む大人たちと草原に住む大人たちは相いれない空気があり、年を経るにつれてその空気が彼女と彼の関係をも浸食しただけのことだった。
川 ゚ -゚)「ただ可愛がっていただけだよ。すまないね」
彼女は笑んだまま、羊を相手に手を振った。
('A`)「あんまり触れると、また大人たちに睨まれるぞ」
97
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:03:48 ID:Lka8Sok.0
羊を叩きながら、彼が言葉を零す。
目の焦点は合わせないままだが、彼女は頷いてくれていた。
川 ゚ -゚)「仕方ないさ。動物の方から寄ってくるんだ。避けようがないよ」
('A`)「近づかなければいいだろう」
川 ゚ -゚)「それは……つれないね」
('A`)「帰ってくれ」
ぴしりと、彼は言い放った。
鞭が最後の羊を追い立てた。
とことこ走り出す羊の背を、彼は意味もなく見つめ続けていた。
川 ゚ -゚)「そう、ごめんな」
彼女が踵を返す音がした。草を踏み分けていく音も、はっきりと。
98
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:05:24 ID:Lka8Sok.0
羊が小屋に吸い込まれていくと、彼の目は行き先を失った。
遠雷の音に弾かれて、彼女のいた場所を振り向いた。
木陰のずっと向こう側で、長い髪を靡かせる彼女の後姿を見た気がした。
口を開こうとして、閉ざす。何も言うことなんてない。
家へ向かう道すがら、彼の頭の中では、最後に聞いた彼女の言葉が反芻されていた。
顔を見ていなかったのに、彼女の伏した双眸がこびりついて離れなかった。
☆ ☆ ☆
.
99
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:07:13 ID:Lka8Sok.0
( ФωФ)「うたた寝ですかな。ドクオ殿」
声を掛けられて、夢から急に引き戻される。
夢で見ていた牧草よりはるかに強烈な、陽射しの明るさを感じた。
薄目を開いて声を掛けた人の顔を見る。
('A`)「ロマネスクさん、か。ああ」
思考が自然と整理をはじめ、ドクオは目を瞬かせて伸びをした。背後の石造りの壁に、両方の親指が当たる。
テーベ城のお城の中、階段の踊り場に添えられたベンチ。
('A`)「あんまり陽射しが気持ちいいんでな」
窓から差し込む光を手のひらで遮り、ドクオが言う。
( ФωФ)「冬晴れですな。もっとも外はやや肌寒いですが」
100
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:08:12 ID:Lka8Sok.0
('A`)「外に出たのか?」
( ФωФ)「ええ、訓練場で特別の指導官を頼まれましてね。なに、ラスティアにいた頃の仕事と同じ要領ですよ」
数か月前に滅んだばかりの国の名前に、ドクオの胸がどきりとする。
その表情を読み取って、ロマネスクが鼻を鳴らしてみせた。
( ФωФ)「国が無くなろうと、ラスティア国は確かに存在し、私はそこに仕えていたのです。
忠義のあったお相手の名前を言うのに、ためらう理由がありますか」
流れるように言ってのけるロマネスクに、ドクオは舌を巻いた。
これほど易々と忠義を述べる男には感嘆するしかなかった。
( ФωФ)「ドクオ殿は、今は用は無いのですかな」
ロマネスクが話題を変える。ドクオは「ああ」と生返事を返した。
('A`)「今日傭兵になる手続きを終えたところだ。
俺はロマネスクさんと違って下位の衛兵だったから、特別な処置は無し。一週間後からはテーベのために兵隊になるよ」
ラスティアに忠義を誓う男に失礼な言い方ではないだろうかと自ら思い、身を強張らせたが、ロマネスクは特に言及はしなかった。
彼の中ではすでに一様の葛藤は終えてしまったのだろう。
101
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:09:10 ID:Lka8Sok.0
( ФωФ)「それでしたら、場内を散策しましょうぞ」
提案に、ドクオは簡単に乗った。
来たばかりのお城のことには興味があったし、何より暇であることは嘘偽りのない真実だった。
石を丁寧に積み重ねた城の中身は、道幅が広く、見通しの良い作りとなっていた。
時折見える大部屋の多くは二階、三階への吹き抜けになっており、開放感に溢れている。
それが圧迫感の絶えなかったラスティア城との大きな違いだった。
扉を開いて外に出ると、秋晴れの陽光が二人にかぶさってきた。
さして強いわけでもない。もうじき冬が来る時期の、ささやかな温かさ。
敷石でできた道を歩いていると、傭兵たちの掛け声が聞こえてきた。
精力的な大声だ。
ドクオにとって懐かしくもあり、また同時に、その勢いの良さがラスティアの衛兵とは大きく異なっていることに気づく。
('A`)「威勢がいい」
庭の向こう側、厩舎をいくつか通り越した先に、訓練場と思しき屋根が見えた。
窓だってしっかり閉まっている。
それなのにかけ声が聞こえるとなると、相当気合を入れて声を張り上げていることになる。
102
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:09:58 ID:Lka8Sok.0
( ФωФ)「そうでしょう。私も訓練を受け持って痛感しましたよ」
ロマネスクが早速くいついて来る。目の色が輝きを増していた。
( ФωФ)「好戦的な国という評判はかねてよりありましたが、ここまで士気が高いとは。
魔人に頼らないという方針が定まっている分、傭兵たちの気概も高いのでしょうね。不思議な力に頼るわけにいかないのですから」
それならラスティア城直下の衛兵たちも同じだ、とドクオは口にしようとして、やめた。
盛んに喋るロマネスクに水を差すわけにはいかない。
それに、テーベが国全体をかけて魔人を排斥する国であることは周知の事実だった。
魔人に頼らない度合いが違う。この国ではどこにいても、魔人と協力することはできないのだ。
('A`)「魔人、そういえば、あんたにもついていたんじゃないのか?」
( ФωФ)「双子の魔人のことですかな。彼らは山に預けてあります」
('A`)「山?」
( ФωФ)「アイトネ山脈。テーベとラスティアの大地に跨る険しい山々のことですよ。
テーベ国に入国する際には、魔人は全員その山の簡易施設に収容されるのです。
魔人嫌いな国王が他国との折り合いをつけるために設けた急ごしらえな制度ですよ。
それが今まで崩れることなく続けられているのだから、国王の魔人排斥教育は順調に浸透していっているのでしょうな」
103
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:10:45 ID:Lka8Sok.0
ロマネスクは肩を竦めて、お城の上階を仰ぎ見る。
( ФωФ)「とはいえ、その教育を始めた国王も既に亡くなり、大して議論も経ないままに粗暴で有名な国王の娘が女帝となって君臨した。
かねてより戦術に長けた人物でしたので軍人からの不満は少なかったらしいですが、国民全員がすんなり受け入れたわけでもないでしょう」
('A`)「国の頭が入れ替わる時期に混乱はつきものだ。
女帝……ハインと言ったか、そいつは何か国政に変化でも起こしたのか」
( ФωФ)「大まかな仕組みに変更はないようですが、聞いたところによると、依然と比べてより厳格な規律に変わりつつあるとか。
特に魔人政策では顕著ですな。旅行者などが連れている魔人を一律にアイトネ山脈に押し込める政策も女帝になってからのこと。
かつてはそれぞれの街の施設に預ければ事足りていたのに、煩わしいことをさせてくれますな」
('A`)「ハイン女帝は先代よりも自分を優秀な統治者だと見せたいんだろうな」
( ФωФ)「違いないでしょう。しかし理念は無いと見える。
女帝には今のところお父上の影しか見えていないご様子です。
理念なき厳格さは国民の生活を縛りうる。今後のテーベの情勢はあまり明るいものではないかもしれませんな」
('A`)「軍人が女帝批判か?」
ドクオの口の端が吊り上がる。対するロマネスクの口も、同じような笑みを浮かべていた。
( ФωФ)「とんでもない。仮にも幹部として雇ってもらっている身で出過ぎた真似はしませんよ。
ただ、生粋のテーベ国民というわけでもありませんからな。私の忠誠のお相手は未だラスティアのショボン国王にありますゆえに」
('A`)「ショボンは忠誠を誓うほどの相手だったのか?」
とドクオはまた笑みを含んでいう。
ところが、ロマネスクは笑わなかった。
104
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:11:43 ID:Lka8Sok.0
( ФωФ)「ドクオ殿は知らないだけです。あのお方の苦労を。
魔人を城内に抱え込みつつ、事なきように情勢を切り盛りする。並大抵のことではありませんよ。
対内的にも対外的にも、国の抱える暗部を隠してきたのです。もしも混乱を曝け出してしまえば魔人はおろか、他国からも攻め入られかねませんからな。
結果としてラスティアは陥落しましたが、あのお方の尽力が無ければもう5年は早く、あの国は魔人の国と化していたことでしょう」
わずかながら、ロマネスクの語気からは熱が感じられた。ドクオは笑うのをやめ、口を閉ざした。
二人は庭園へと差し掛かった。長い垣根が同心円状に重なり合う形をしている。
一見すると迷路のようだが、細かく道も敷かれていて渡り歩くのに苦労はしない。
中央には巨大な噴水が見えた。見上げるほどに大きい。
燃え上がる炎のようにも、滴り落ちる水の雫にも見える複雑な構造をした大理石のオブジェが、特有の艶めかしい光沢を放ちつつ、水の噴出場所に並べ立てられていた。
吹き上がる水は見ている間にも上昇と下降を繰り返し、散水の形式も数秒おきに切り替わる。
はるか昔より物造りの国として栄えてきたテーベという国の、自然さえも操ろうとする強固な精神の象徴としての噴水。
その見事な出来栄えは他国に住まうドクオの耳にも届いていた。
('A`)「ロマネスクさん、あんたはどうして魔人を取りつかせたんだ。衛兵の身分じゃ扱いにくかっただろうに」
噴水の傍のベンチに腰掛け、ドクオが問いかける。
ロマネスクは腰をかけつつ、「それですか」と唸った。
( ФωФ)「順番が逆ですな。私は元々あの魔人を引きつれていました。子どもの頃からの付き合いなのですよ」
105
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:12:51 ID:Lka8Sok.0
('A`)「だったら、むしろ、どうして衛兵に?」
( ФωФ)「もちろん国をお守りしたかったというのもあります。剣術にも自信がありましたからね。
それに……あの魔人たちが平和に生きられる国を作りたかった。
何の偏見もなく、奴隷扱いもされない、山にも押し込められない国を、お作りしたかったのですよ」
噴水を見つめるロマネスク。
その視線が、ただ噴水の水のうねりばかりを観察しているわけではないことは、ドクオの目にも明らかだった。
もっと遠くの、届かない何かを見つめる薄ぼんやりとした視線に見えた。
('A`)「それは、あの双子と仲間だったから?」
( ФωФ)「友達と言ってもいいかもしれません。子どもながらに、別の生き物だと言われるのが不思議でしたよ。
耳が変わっているほかは変わりなく、言葉だって通じるのに、親や周りの大人たちは魔人とばかり遊ぶ私をあまり良くは思っていなかった。
それが悔しくもあり、私の気持ちをむしゃくしゃもさせました。
衛兵になるときに魔人を手放そうとしなかったのも、その反抗心からですよ。思い返すと子どもっぽくて恥ずかしいですがね」
('A`)「いや……」
ドクオの言葉が、一旦途切れる。
続きを待っていたロマネスクは、首を傾げつつ、「どうしました?」と聞いてきた。
106
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:13:48 ID:Lka8Sok.0
ドクオは唇を軽く内側で噛んでから、言う。
('A`)「恥ずかしいことなんかじゃねえよ」
ロマネスクから反らした目は、危うげに揺らめきながら噴水へと向かっていった。
形が動いているのを捉えつつ、焦点を合わせようともしない。
ドクオの目もやはり、噴水を見ているわけではなかった。もっと遠くの、昔の景色を眺めていた。
昔話の中のロマネスクと同じように、魔人と仲良くなろうとしていた一人の少女のことをおぼろげに思い出しながら。
☆ ☆ ☆
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107
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:14:50 ID:Lka8Sok.0
鉄の匂いが香る街、それがテーベ国城下町に対してドクオがまず抱いたイメージであった。
家の壁、軒先の雨樋、道行く人の衣服の腰回りや靴のつま先までもが鋭い鋼の光沢を放っている。
遙か昔、魔人がこの世界に出現する以前より、この国では鉄工業が盛んに営まれていた。
いたるところに鉄をあしらう風習はその時代の名残である。
先代の国王が蘇らせ、現代のハイン女帝が徹底させた、鋼鉄を使いこなすテーベ国の矜持の象徴。
しかしドクオにとっては、鉄分を多く含んだ空気を充満させる原因でしかない。
人よりも大きなドクオの鼻には、魔人の匂いを嗅ぎ取る特別な資質が備わっていたが、それは何も魔人ばかりに過敏に反応してしまうというわけではない。
尋常とは異なる匂いすべてに対し、ドクオの鼻は効いてしまう。
テーベ国の鉄の匂いもまた、ドクオに強い印象を与え続けている。印象は連想を生む。
冷たく、固く、血を舐めたときに舌の付け根にこびりつく感触。
ドクオが抱くそれらの連想は、魔人を一挙に蔑み街から追い出したテーベ国の鬱屈した歴史の暗部を醸し出しているのかもしれなかった。
('A`)「できることなら、ここには長居したくはないな」
曇り空の元から、雨粒が落ちてきて、ドクオは自然と足を早めることになった。
街を歩くこと数十分、雨が頬を湿らせる中、ようやく目的の建物へとドクオはたどりついた。
108
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:16:09 ID:Lka8Sok.0
三匹の生き物が飛び跳ねる、見覚えのある看板を見上げつつ、呟く。
('A`)「よくもまあ、急拵えで構えられたものだ」
開こうとするとドアが軋み、必要以上の大きな音が出る。
肝を冷やすドクオ。
そこへ、声が届けられる。
ノパ⊿゚)「よう! おかえり、ドクオ!」
歯切れのいい、女性の声。
ヒート。ドクオの仲間であり、ともにラスティアから亡命してきた女性だ。
幼い頃から知っているハスキーな声に、ドクオの胸が温まる。
収まるべき場所に収まったような安心感。ゆるむ頬を感じつつ、後ろ手で扉を閉めた。
('A`)「古い建物なのか?」
ノパ⊿゚)「だいぶ年期が入っているみたいだね。二階もあるけど、埃だらけでひどいものさ。
今日は一日中掃除をしていたくらいだよ。明日もまだ続きをしなきゃならない」
('A`)「すまないな、手伝えなくて」
109
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:17:21 ID:Lka8Sok.0
ノパ⊿゚)「何いってるのさ。あんたはどうせ戦うことしか芸がないんだ。
精一杯この国で傭兵として働いて、お金を稼いで『三匹のカエル』の糧になってくれなきゃ困るよ」
('A`)「ずいぶん言ってくれる。それに、そこは生活の糧にとか、もっと言い方があるだろう。
別に酒屋を繁盛させるために働いているわけじゃないんだぞ」
ノパ⊿゚)「いや、これが一番だよ。ここは三匹のカエル。レジスタンスの集会場。それを存続させることは、立派な目的だろ?」
ドクオが口を開こうとして、やめる。のりだそうとした体が中途半端に傾いた。
ノパ⊿゚)「なに?」
('A`)「いや・・・・・・目的って何だろうって思って。
ここでレジスタンスを続ける意味なんて、ないわけだし」
かつての自分たちは、ラスティア城下町で魔人に対抗するべくレジスタンスを形成していた。
しかしこのみるものすべてが反魔人の国で、レジスタンスの活動が必要となるものなのか、怪しいところである。
その意味で、ドクオは首を傾げ、ヒートの返答を待った。
ノパ⊿゚)「なんだ、そんなの決まっているだろ。またみんなと集まる為さ。このお店がなけりゃ会うのにも一苦労だろ?」
ヒートが、あっさりと言ってのける。
110
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:18:59 ID:Lka8Sok.0
('A`)「レジスタンスの仲間達のことか?」
ノパ⊿゚)「そうだよ。みんな、きっとあたしらと同じさ。
だったら集まらなきゃならない。途方に暮れているときにこそ寄り添って、気兼ねなく、頼りになってあげるのが仲間だからな」
浅黒い肌とは対照的に、真っ白い歯をのぞかせて、ヒートは大きく笑みを浮かべた。
腕を組んで堂々と言い放つその様に、ドクオは目を白黒させてしまっていた。
('A`)「ああ、そういえばおまえがリーダーなんだっけ」
ノハ#゚⊿゚)「なんだよ、忘れていたのかよ!」
ヒートの鋭い拳が飛びかかる。
身を翻したドクオは、そのまま屋内へと進んでいく。
背後でヒートがわめいていてが、黙ってぐいぐい進んでいった。
('A`)(仲間、か)
口元が、またゆるむ。さっきヒートと相見えたときと同じように。
頼りになるかはわからない。しかし気づくと頬がゆるむ。どうやら気兼ねなくなるのは確かなようだった。
☆ ☆ ☆
111
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:20:11 ID:Lka8Sok.0
テーベ国、ハルバリ港町。
城下町よりアイトネ山脈を挟んで数十キロ南にいくと見えてくるこの街で、男が一人さまよっていた。
夕暮れよりテーベに入国した彼は、船から下りるやいなや飛び出して、
船員、管理棟、漁船の運転手、桟橋に並んでいた釣り人達などを捕まえて、質問をぶつけ続けていた。
( ;ω;)「僕の父親知りませんかおーーー!!?」
( ;゚¥゚)「し、知るか! なんだおまえ」
( ;ω;)「えっと、あっと、その」
ピピー
<゚Д゚=>「こら! そこの不審者、おとなしくこっちにこい。すでに通報をいくつも受けているぞ!」
( ;ω;)「お!?」
流れるような仕草で、警官達が男を取り押さえる。
男は泣きわめいたが、残念ながら発せられる言葉は言葉の形をなせないでいる。
一見すると気がおかしくなっているようで、遠巻きにいたギャラリーも身を一歩引いて観察を続けていた。
その実、ただ単に男は緊張と焦りで言葉を紡げなくなっていただけだったのだが、
そのことが判明するのは警察に囲まれてのたっぷりとした事情聴取を受けてより後のことになる。
残念ながら、今のブーンはいいわけもできず、ずるずる警察に運ばれていくばかりとなっていた。
男の名はブーンといった。
112
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:20:58 ID:Lka8Sok.0
数時間後。
( ;ω;)「解放されたお・・・・・・おお」
<;Д;=>「お父さん、見つかるといいな」
( ;ω;)「ありがとうございますお、うう」
警察署の入り口前で、ブーンと警官が涙を流して、別れを述べた。
<;Д;=>「それにしても、お母さんがいきなり倒れるなんて、ショックだったろうに」
( ;ω;)「そりゃもう、ええ、まさか一人でいるなんて思ってもいなかったんですお」
頭を振って、ブーンがいう。
( ;ω;)「本当はとーちゃんも一緒に暮らしていたはずなんですお。かーちゃんの面倒をみるために。
それがどうして、テーベから帰ってこないのか、まったく不思議ですお」
<;Д;=>「うんうん。きっとどこかで迷子になってるんだ。
俺も調べておくから、おまえも聞き込みがんばるんだぞ」
( ;ω;)「はいですお!」
<;Д;=>「うん、うん・・・・・・聞き方、気をつけるんだぞ。
いきなり詰め寄ってもだめだからな」
( ;ω;)「は、はいですお」
113
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:23:53 ID:Lka8Sok.0
警察署を背に、ハルバリの夜をブーンは歩いていった。
宿の手配はすでに警察署の協力によりされている。今はそこへ向かえばいい。
本格的に父親を探すのは明日からになりそうだ、ブーンは心の中で計画を練る。
しかし、うまくは続かない。
心の隅っこで、ずっと母の姿が映っていた。
玄関を開けたとたんに倒れた彼女。すっかり細くなってしまった体を抱え上げたときの感触。
口から漏れる息に紛れて、聞こえてきた母の願い事。
J(;'ー`)し「お父さんを、探しておくれ」
それが、ブーンがテーベ国に入国した理由であった。
☆ ☆ ☆
.
114
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:26:17 ID:Lka8Sok.0
倒れた後、母親はすぐにブーンが手配した救急車に乗り、病院へと搬送された。
ブーンと一緒にいたシュールとミルナも一緒に病院へと向かい、母の容態の回復を祈ったが、その日のうちには結論が出なかった。
いったん家に帰ったブーンたちは、一晩中、眠い目をこすりつつも母の無事を願っていた。
幸い、母親は翌日の昼には、ベッドの上から会話ができる程度の力が回復した。
急いで病院に駆け込み、ブーンは母親に飛びかからんばかりに身構えて、看護師たちに捕まり、危うく病院を追い出されかけた。
母がしゃべれない状態でいたら、やはり追い出されていたと思われた。
( ^ω^)「かーちゃん。とーちゃんずっとテーベにいるのかお?」
J( 'ー`)し「ええ。鉱物資源をはこびにいったっきり。いったい今頃どこで何をしているんだかねえ」
(;^ω^)「早く帰ってくるように伝えるお! でないとかーちゃん、これから大変だお。病気がますます悪くなっちゃうお」
J( 'ー`)し「ええ? でもねえ、どうやって言ったらいいものか、伝えようがないからねえ」
115
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:27:03 ID:Lka8Sok.0
(;^ω^)「それは・・・・・・うう」
ブーンはベッドの隅にひざを突き、うなったが、答えはすぐには浮かばなかった。
そのかわり、母親の方から、「そうだわ」と提案が出てきた。
J( 'ー`)し「ブーン、あなた、お父さんを探してきてくれないかしら。きっとテーベのどこかにいると思うから」
(;^ω^)「えええ!!」
肯定も否定もする前に、まずブーンは驚いた。
(;^ω^)「で、でも、僕テーベに行ったことないお。それに、どこにいるかもわからないし」
J( 'ー`)し「顧客リストなら家にあったわ。それをみて、手がかりにしなさいな」
(;^ω^)「そうかお・・・・・・いけるならそりゃあ、今すぐにでも行きたいお。でも」
ブーンの視線がためらいがちに母に向かい、反らされる。
母が小首を傾げ、「ブーン?」と呟いた。
116
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:28:06 ID:Lka8Sok.0
(; ω )「かーちゃんは今、病気なのに、僕が行ったら、また独りになっちゃうお。それじゃよくないお」
ブーンの迷いが、空気に乗って、漂う。母親もブーンも、続ける言葉を見失ってしまっていた。
沈黙を、破ったのは全く別の声だった。
lw´‐ _‐ノv「そんな悩みなら、おやすいご用だぜ」
(;^ω^)「シュール?」
小柄な少女は、いつになく毅然とした表情で、自らの胸にどんと拳を打ち付ける。
lw´‐ _‐ノv「大丈夫さ、ブーン。おまえのかーちゃんの面倒、私がみておいてやるよ」
( ゚д゚ )「それなら、私も手伝おう」
と、さらにその脇の男が添える。
117
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:28:49 ID:Lka8Sok.0
(;^ω^)「ミルナ先生も!?」
( ゚д゚ )「こうみえても家事は得意だよ。だてに一人で世界を巡っちゃいないさ」
高らかに笑うミルナ。それに乗じてシュールも笑う。高らかではないにしても、気持ちのいい笑い声で。
lw´‐ _‐ノv「なあ、ブーン。行ってこいよ。あたしはあんたの仲間なんだ。
仲間が困っていたら助ける、それが私たちレジスタンスの教訓なんだよ」
( ^ω^)「そんなのあったのかお」
lw´‐ _‐ノv「ヒートが山ほど作っているよ。100くらいある」
(;^ω^)「は、はあ」
J( 'ー`)し「行ってきなさいな、ブーン」
話が落ち着いたところを見計らって、母親が言った。
ほんのちょっとの言葉に、息子を見つめる温かな視線をつけて。
118
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:30:03 ID:Lka8Sok.0
J( 'ー`)し「あたしなら、大丈夫。
きっとあなたが帰ってくるときまで元気でいるわ。
お父さんにも、これだけ放っておかれた分の怒りをきっちりぶつけるまで、死んでも死にきれないわよ」
根拠のない言葉。だけど、それを聞いただけでも、
もうブーンの心の中では、急速にいいわけする気持ちが萎んでいった。
結論を下すのに、長い時間はかからなかった。
( ω )「ありがとうだお、かーちゃん」
伏せていた顔を、一気に母の方へと向ける。
( ^ω^)「必ずとーちゃんを見つけて、つれてかえるお! 待っててくれお、かーちゃん」
☆ ☆ ☆
.
119
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:31:34 ID:Lka8Sok.0
( ^ω^)「とは言ったものの、手がかりが薄いお」
夕方から夜に変わろうとする時刻。
警察が用意してくれた簡素な民宿の一部屋で、小さな紙をみながらブーンはぼやいた。
父が残してくれた鉱物資源の顧客リスト。
母の口振りでは、リストの中には父が訪れた場所が克明に刻まれているかのようであったが、
実際には業者の名前がおおざっぱにかかれているだけであり、テーベの地理や市場の状況に詳しくないブーンにとっては意味のつかみづらいものとなっていた。
ハルバリにある業者の名前は宿の人に聞くとして、それでもわからなければあちこち街を回ってみるしかない。
目的はあっても、宛のない散策。考えるだけでも大変な道程だ。
( ^ω^)「それでも、やるしかないお」
紙をしまい、ブーンは宿の窓を開けた。
秋の夜の、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。
120
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:32:51 ID:Lka8Sok.0
遠くに虫の声がする。
漁港の街をすこしはずれた、閑静な場所。
窓から下の家々が密集する場所には、ぽつりぽつりと酒屋の明かりが見えた。
あのどこかに父親がまぎれこんでいないかと思いブーンは目を凝らしてみたが、めぼしい人影は見つからずじまいであった。
(;^ω^)「うう、思ったより冷えたお。閉めるかお」
窓の取っ手に手を伸ばそうとした、そのとき、目の端に気になる影をみた。
( ^ω^)「お?」
屋根の上、と思い、目を向けるも、気になるものはもうなくなっている。
( ^ω^)「気のせいかお?」
首を捻りつつ、窓の鍵を閉める。喧噪はますます遠ざかる。静かな部屋にただひとり、ブーンは静かにカーテンを閉め、明日のための準備を始めた。
121
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:35:43 ID:Lka8Sok.0
その、ほんの数十メートル先。
( ゚゚)「・・・・・・」
物陰から、頭がひとつ飛び出した。
目出し帽をかぶっており、たとえ間近にみたとしても、真っ黒い人としか思えなかっただろう。
その人が、ブーンのいる部屋の窓をじっと見つめていた。
カーテンがかかっているにもかかわらず、強烈な視線を浴びせているが、口を動かすわけでも、攻撃をするわけでもない。
しばらくして、目線をそらし、その人はまた屋根の上に移動する。
音もなく屋根を飛び跳ねるその姿を、見た者は誰もいなかった。
.
122
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:37:22 ID:Lka8Sok.0
.
――第八話 終わり――
――第九話へ続く――
.
123
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/20(日) 23:39:55 ID:Lka8Sok.0
今日はおしまい。
それでは。
124
:
同志名無しさん
:2014/07/21(月) 00:08:17 ID:f7ki2dvU0
乙乙
125
:
同志名無しさん
:2014/07/21(月) 13:35:48 ID:EhFTjHIsO
待ってたよ、続き楽しみだ
126
:
同志名無しさん
:2014/07/21(月) 23:34:23 ID:NM/UANMs0
来てたあああ!乙!
127
:
同志名無しさん
:2014/07/22(火) 22:18:46 ID:O8d9uqL60
まじか
待ってた、乙
128
:
同志名無しさん
:2014/07/23(水) 22:25:25 ID:R0..7gOk0
来てたひゃっふう!
乙
もう1話からどっぷりなんだからな!
129
:
同志名無しさん
:2014/07/25(金) 00:32:12 ID:x7yycQCE0
待ってた甲斐があった
130
:
同志名無しさん
:2014/07/25(金) 22:46:14 ID:Oin4R.3s0
移動してたの知らなかったよ!おつ!
ほんと情景がきれいだよなぁすごい好きだ
131
:
同志名無しさん
:2014/07/27(日) 12:53:25 ID:dSoG4Dio0
いつの間にかきてたー
132
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:15:33 ID:tEPGnWxg0
第九話、投下します。
133
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:16:28 ID:tEPGnWxg0
.
――第九話――
――磔刑場と逃避行――
.
134
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:17:22 ID:tEPGnWxg0
剣と剣の交わる音が凛と響きわたる。
刀身が訓練場の地面に突き刺さる。
先ほどまでその柄を握っていた男の顔が驚愕で歪む。
この一連の動作を、ドクオは何度も目で捉えていた。
訓練の一環で模擬試合を初めてから、もう十人以上は相手をしてきている。
('A`)「腰が甘い。大声を出せばいいってもんじゃないぞ」
ドクオは自らの模擬剣を鞘に納める。
相手の男は小刻みにふるえている用にも見えた。
それでも最後には「ありがとうございました」と言えただけ、肝は据わっていたと言える。
ようやく休める、と思った瞬間、別の声がドクオの耳をついてくる。
< ゚ _・゚>「ドクオさん、次は俺の相手を!」
< ゚д゚>「いいやオレだ! 抜け駆けするな!」
< l v l>「こんなやつら放っておいてくださいよ、ドクオさん」
135
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:18:17 ID:tEPGnWxg0
正直に言えば、ドクオの頭の中には辟易の二文字が浮かんでいた。
元より注目を集めたがらない性格だ。
訓練の場でも、つねにいわれたことを忠実にこなし、スタンドプレーをする活気のある連中とは距離を置いて過ごしてきた。
無駄な力を使うよりも自らの技術を磨く方が良いという信条があったからだ。
しかし、高まった技術は今、異国の訓練場で注目の的になっている。
感情をなるべく表に出さず、相手の太刀筋に的確に対処し、防御の薄い隙をつく。
どんな相手に対しても淡々と攻略していく。
そんなドクオの姿が、直情的なテーベの傭兵には不可思議で、得体の知れない強さを秘めた存在に見えているらしい。
('A`)「すまん、ぶっ通しだったから疲れているんだ。少し休ませてくれ」
< ゚ _・゚>「なにをおっしゃいますか! それくらいのハンデがあってようやく対等というもの、いざ尋常に勝負!」
< ゚д゚>「よし、オレもいくぜ!」
< l v l>「自分も!」
(;'A`)「お、おい」
136
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:19:03 ID:tEPGnWxg0
三対一、いくら技術力があろうとも、数的優位をくつがえすことは難しい。
気を配らなければならない事柄が三倍に膨れ上がるのはもちろんのこと、相手の隙はそれ以上になくなってしまうものだ。
疲れている体にっは堪えるだろう。ドクオは唇を舐める。
かといって、引き下がるつもりもなかった。
戦闘を学んできたという自負もある。
ラスティアの衛兵であったときに磨いた技術で、渡り合ってきた自信もある。
何より、自分の友の姿が思い浮かばれる。
モララー、おまえならどうするよ。
137
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:20:06 ID:tEPGnWxg0
ごく自然と、頭の中で質問をしていた。
答えが直接返ってくるわけではない。
頭の中に浮かんでいる彼は、ぼんやりとして、頼りない。だけど、強い目をしている。
死してなお、未だに忘れることのできない力強い目。
('A`)「やれってか」
ドクオの口の端が、にいっと持ち上がる。
柄を持ち上げ、切っ先を三人全員に次々と向けていく。
('A`)「こいよ」
血がたぎる。熱が生じ、思考が相手に集中する。
土煙がわずかにたちのぼり、それと同時に、ドクオの足が踏み込まれた。
138
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:21:03 ID:tEPGnWxg0
( ФωФ)「お元気そうですな、ドクオ殿」
(;'A`)ゼエゼエ「ろ、ロマネスクさん」
見知った姿を見つめるも、すぐに頭を下げてしまう。
座っているものに後頭部を預け、空を仰ぎ見る。
青い空。その下に、人が累々と積み上げられていた。
その山のひとつにドクオは寄りかかっていたのである。
( ФωФ)「何十人という傭兵を相手によくぞここまで。体力がありますな」
(;'A`)「ばかいえ、とっくに限界超えてるよ。こいつらが元気すぎるんだよ」
親指を後ろに荒く持っていく。
指された兵士の山は、当然誰も死んでいない。
模擬剣で死者など滅多にでない。
そのかわり全員が気を失っていた。
139
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:22:03 ID:tEPGnWxg0
( ФωФ)「テーベの民は挑戦が好きですからな。ドクオ殿もさぞ気に入られたことでしょう」
(;'A`)「そんなこと言われても嬉しくもないわ」
( ФωФ)「ははは、そうですか?」
ロマネスクが奇妙に言葉を捩って笑う。
( ФωФ)「先ほどのドクオ殿の顔、ずいぶんと楽しそうでしたよ?」
ドクオの呼吸が、一瞬止まる。
笑っていた、のか? 自分が、戦闘で?
なぜだろう、と疑問に思ったとき、不意にまたあの友の顔が思い浮かんだ。
('A`)「そう、か」
歯切れの悪い返事をする。
言おうとする言葉を、一端の見込み、別のことを言う。
('A`)「いったいいつから見ていたんだよ。ていうか見ていたなら助けろよ」
( ФωФ)「いやはや、あんな猛烈な戦闘に加わってなどおれませぬな」
高らかに笑うロマネスクに、うっかりつられて、ドクオも鼻を鳴らす。
そういえばあいつもずっと笑っていたな、なんて、思い出しながら。
☆ ☆ ☆
140
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:23:03 ID:tEPGnWxg0
今は亡き戦友のことを思い返すと、必ず彼の笑っている姿が浮かんだ。
何かにつけて不適に笑むのが彼の癖であった。
戦っている最中でも、口論をしている最中でも。
相手をくってかかるかのようなその態度に、ドクオとて憤りが全くなかったわけではない。
バカにするなと殴りかかったこともある。
長らく彼とともに過ごして、彼が常に笑っているわけではないことはドクオにもわかってきた。
たとえば、辛かったり、悲しみを感じているときはさすがに彼は笑わない
。楽しい気持ちを持ちうる場合でのみ、その楽しみを何倍にも増幅させるための無意識の所作として、彼は笑っているにすぎなかった。
彼との模擬演習の中で本気を出す楽しみを経験して、ようやくドクオにもその心情が理解できるようになった。
この国の傭兵との模擬演習を笑っていたというのが本当ならば、自分はきっと楽しんでいたのだろう。
その気持ちは嘘ではないだろう、とドクオは感じた。
自分の中には獣がいる。
剣をふるえば目覚め、空気を切り裂く音に耳を澄まし、ほとばしる汗や血飛沫で喉を潤そうとする獣だ。
その獣を飼い慣らせば平穏は遠ざかるだろう。
しかし忌避はもうかなわない。
自分は戦いを覚えてしまっているから。
遙か昔にあの種族を憎んだときから芽生えた火種が、いつまでも心の奥底で踊り続けているのを感じるから。
141
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:23:59 ID:tEPGnWxg0
( ФωФ)「あれは何でしょうな」
隣で歩いていたロマネスクが指を指し、ドクオの視線もその先へと移る。
お城の南側に突き出た、例の迷路の広場。中央の噴水の前に人だかりができている。
近寄ることは難しかったが、注目を集めているものがなにであるかはすぐに理解できた。
十字架だ。
噴水に背を向けて、一本の鋼鉄製の十字架がその胴体を地面に突き刺し凛然とそびえている。
凝った意匠はほとんど施されていない。
無骨な鉄棒が縦と横にぶつかりあい、組み合わさっているだけで、重厚というより他ない物々しさを携えている。
組み合わさる箇所、鉄と鉄の接合点に、人が吊されていた。
.∧ ∧
(# ;;- )
手足は鉄に結わえ付けられている。
足の裏は出っ張りに乗っているので、肩がはずれて落ちることはない。
殺すための磔ではないのだろう。
吊し、人前に出すことだけが目的の、見せ物としての磔だ。
142
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:24:59 ID:tEPGnWxg0
周りにいる人々のざわめきから、そのはりつけられている人物が罪人であることはわかった。
いったいどのような罪状で、といえば、それはすぐに悟ることができた。
罪人の耳には、しなだれた獣の耳がついていたからだ。
猫か何かの、一見すればかわいらしい特徴的な箇所は、遠くからでも目を背けたくなるほどに傷つき、爛れていた。
鞭で打たれたあとか、刃物で切りつけられたあとだ。
( ФωФ)「昨夜につかまったみたいですよ。お城に襲撃しようとしたレジスタンスです」
ロマネスクが耳打ちする。
( ФωФ)「もちろん、あなたがたのレジスタンスとは違いますよ。あれは魔人のレジスタンスです。この町のどこかにでも潜んでいたのでしょうな」
('A`)「魔人がどうしてそんなことを」
( ФωФ)「いつの時代も、どこの国でも、不満をもつ人が集まり抵抗勢力が生まれます。
この国は魔人には冷たい国だ。魔人たちが勢力を集め攻撃的行為にでるのもいたしかたのないことでしょう」
143
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:25:57 ID:tEPGnWxg0
('A`)「しかし、それではあまりに・・・・・・虚しいな。結局戦い続けてしまうなど」
思いついた言葉は、確かに心から浮かんだ言葉であった。
それにも関わらず、口に出して言ったとたんに、ドクオにはその言葉がまるで自分とは別の人間が言った胡散臭い宣伝文句のように聞こえた。
('A`)「いや、すまない。軍人がいっていい言葉じゃないな」
虚しいなんて、なにを子どものようなことを言っているんだろう、と心で自分を謗る。
( ФωФ)「しかし、大切な言葉ですよ」
ドクオはその言葉には答える気になれなかった訓練の続きをしようと呼びかけ、賛成したロマネスクを連れて静かに広場から遠ざかろうとする。
一回だけ、気になって磔台を振り返った。
捕まっている人物の姿が目に映る。
傾きかけた強力な陽光に照らされて、文字通り視界に罪人の影が焼き付く。
144
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:26:48 ID:tEPGnWxg0
.∧ ∧
(#゚;;-゚)
目が、合った。
(;'A`)「うっ!」
あわてて目を伏せる。
(;'A`)「いくぞ、ロマネスク」
口調が、自然と強くなる。
脳裏に映る光景を打ち消したくて、首を振る。
だけど景色は消えようとしない。
白く光る瞳をみた。
まっすぐに、自分をにらみつける目。
誰かを恨むときにするための、目。
☆ ☆ ☆
145
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:27:46 ID:tEPGnWxg0
「三匹のカエル」の扉を開いてすぐに、皿か何かが割れる甲高い音が響いてきた。
何事かと思って足を踏み入れると、荒れている店内の様子がよく見えた。
ひっくり返ったテーブルや椅子が乱雑に広がり、食器類の転がっている場所もある。
お客の姿は見えない、と思ったが、カウンターに近い位置に誰かがしゃがみ込むのを見つけた。
('A`)「ヒートか?」
確認する。
しかし返事はなく、代わりにコーヒーカップが投げ込まれてきた。
とっさにドクオはしゃがみこむ。
コントロールの悪いのが幸いして、コーヒーカップは放物線を描き、床にぶつかって砕け散った。
「おまえもこの店の仲間だな!」
テーブルの向こう側に隠れた陰が言う。
キイキイ響く女の声だ。
「出ていけこのやろう。よくもオレを騙したな!」
146
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:28:34 ID:tEPGnWxg0
('A`)「何の話だ。俺は特に襲われる筋合いはないぞ」
「いいや、このお店の仲間のあんたも敵だ! おとなしく立ち上がってとっとと・・・・・・ぎゃっ」
甲高い声が濁って途絶える。
金属のぶつかる鈍い音が空気を震わしていた。
ノパ⊿゚)「やっと静かになったな、こいつめ」
立ち上がると、フライパンを持ったヒートがたっていた。
カウンターから身を乗り出して、ドクオに手を振ってくる。
ノパ⊿゚)「こいつを運ぶのを手伝ってくれよ。店は閉めないと」
147
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:29:23 ID:tEPGnWxg0
('A`)「いいけど、いったい誰なんだ」
ノパ⊿゚)「知らないよ。ただの客さ」
疑問はあったが、言い切られてしまったらしかたがない。
ドクオは倒れている人陰へと歩み寄った。
('A`)「・・・・・・こいつは」
.∧ ∧
(* ∀ )
転がっていたのは、小さな少女だ。
その風貌の中で、頭から生えた二つの獣の耳が際だって見えた。
☆ ☆ ☆
148
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:30:32 ID:tEPGnWxg0
ノパ⊿゚)「魔人のレジスタンスってのがあるらしいんだ」
ヒートが教えてくれる。
('A`)「人間に対抗する組織、か。噂は聞いたことがある」
先刻のロマネスクとの会話を思い浮かべながら答えた。
ノパ⊿゚)「そう。あの子、このお店がレジスタンスだって噂だけを聞いてきたんだろうね。
まさか人間側のレジスタンスなんて思わずに、気を許して耳をはやしちゃった」
('A`)「それで騙された、と。迷惑な話だ」
少女は今、店の奥の小部屋に入れられている。
倉庫として利用している部屋だ。
備蓄の食糧や保存された食器類も置かれているが、ひとまず勝手に割られたり壊されたりはしていないと思われた。
もしも暴れていたらもっと派手な音が聞こえてくるはずだ。
149
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:31:22 ID:tEPGnWxg0
ノパ⊿゚)「きっと安心する場所が欲しかったんだよ」
ヒートが少女を哀れんだ。
('A`)「そんなの、人間だって同じだろう」
ノハ;゚⊿゚)「そりゃそうだけど、この国では魔人の方が立場は下、見つかっただけで捕まってしまうんだよ・・・・・・」
歯切れの悪いヒートの言葉に、ドクオは首を傾げた。
('A`)「同情しているのか? あの魔人の子に」
ノパ⊿゚)「うーん・・・・・・だって、何も悪いことしていないんだよ? それをわざわざ通報するのか?」
('A`)「それがこの国のルールだ」
150
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:32:11 ID:tEPGnWxg0
ドクオが言うと、ヒートが顔を向けてきた。
目つきがやや鋭くなって、ドクオの眼を突き刺してくる。
ノハ#゚⊿゚)「何堅いこと言ってるんだよ」
声色から、憤りがありありと伝わってくる。
ノハ#゚⊿゚)「国が決めているからって、なんだ。ドクオはどうしたいのかを言えよ。
お前、何も悪さをしていない魔人でさえも誰も彼もとっつかまっちまえばいいと本気で思っているのか? 違っただろ? あのとき姉さんがいなくなったのは」
(#'A`)「あいつは今関係ないだろ!」
反射的に、強い声が出てしまう。
無理やりに思い出されてしまった影が、頭の中に刻まれる。
ヒートの言葉が途切れ、目には躊躇いの色が見えた。
151
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:32:46 ID:tEPGnWxg0
重たい沈黙が訪れる。
ドクオは肩を落として、ため息をつく。
(;'A`)「悪い、大声出して」
ノハ;゚⊿゚)「いや、いいよ。ごめん。こっちも悪かったから」
ドクオとヒートが向かい合う、その直後、扉の向こうから何かの落ちる音が聞こえてきた。
少女がいる部屋の中だ。
ヒートが鍵を使い、扉を開く。
崩れ落ちたパンの束の前で、少女が立ち尽くしていた。
ヒートが息をのみ、ドクオが「お前!」と怒鳴る。
(;*゚∀゚)「ご、ごめん! ちょっと、びっくりしちゃって」
少女が首を振って弁明する。
と、同時に、気の抜けるような音がする。
顔を赤らめている少女の胃袋が、ものほしさに震える音。
152
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:33:39 ID:tEPGnWxg0
ノパ⊿゚)「お腹すいているのか?」
ヒートが聞くと、少女は小さく頷いた。
ノパ⊿゚)「いいよ。パン食べな。ほら」
棚の中にあるパンを一つ摘んで、少女に渡した。
途方に暮れた様子の少女だったが、逡巡ののちにパンを手にする。
ヒートがうなずき、少女の顔に安心が広がった。
ヒートがドクオを振り返る。
ノパ⊿゚)「いいだろ? 魔人だろうとお腹はすくんだから」
(;'A`)「ああ・・・・・・」
頷くよりほかなかった。
☆ ☆ ☆
153
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:34:25 ID:tEPGnWxg0
部屋に椅子を運んできて、少女とドクオが座り込む。
ヒートは店を片づけに出かけた。
倒されてはいたものの、致命的に壊れてしまったものは少なく、店を構えるのに問題はなさそうだと言っていた。
少女はパンを食べ終えようとしていた。
最後のひとかけらを指で押し込み、口を膨らませてかみ続ける。
最後の一口を大事に味わっている様子だった。
('A`)「あまり食べられなかったのか?」
パンにかじりつく様があまりに必死だったから、ひもじい思いをする姿が逆に思い浮かんだ。
少女はドクオをちらりと見て、首を前へと傾ける。
(*゚∀゚)「一緒に暮らしていた親戚の人がいたんだけど、政府に連れて行かれちゃったから。一人で生きていくしかなくて。
二人でやってきていたものを全部一人でやらなくちゃだから、暇がなかったんだ。パン、本当にありがとう」
154
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:35:37 ID:tEPGnWxg0
('A`)「お礼ならヒートに言ってくれ」
(*゚∀゚)「うん、言うよ。でもあんたもこの店の人なんだろ?」
('A`)「そうだ」
(*゚∀゚)「だから、ありがとう」
少女が、今度ははっきりと頭を下げた。
ドクオに対する感謝の念が、確かにこもっている。
(*゚∀゚)「話、だいたい聞こえていたから」
('A`)「ああ」
155
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:36:37 ID:tEPGnWxg0
そういうことか、とドクオは納得する。
自分が魔人を通報するかどうかで迷っている話を聞いていたのだ。
そして今を持ってしても、ドクオは彼女を通報していない。
それらすべてを統合して、少女は感謝を述べたらしい。
(;'A`)「別に、まあなんだ。悪いことしてないんだから通報することもない」
いってから、これじゃそのままヒートの言葉だと気づいて頭をかいた。
少女の口元も緩んで、笑みが浮かんだ。
耳があろうとなかろうと、目の前にいるのはただのひとりの少女でしかなかった。
156
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:38:18 ID:tEPGnWxg0
(*゚∀゚)「なあ、あいつってどういう人なんだ?」
(;'A`)「え!?」
いきなりの質問で、ドクオは頓狂な声を出してしまった。
(;'A`)「な、なんのことだ?」
(*゚∀゚)「あの女の人の、お姉さんなんだろ? 昔何かあったみたいだけど」
少女の口がますます緩んで、いやらしく弧を描いた。
さっきの話を耳にしただけで、どれだけ興味を抱いたというのだろう。
暴れまわっていた時とは似ても似つかず、愉しげな瞳をドクオに向けている。
(;'A`)「いや、あのな・・・・・・別におもしろい話でもないぞ」
(*゚∀゚)「いいじゃないか、聞かせてよ。魔人とも関わってくるんだろ?
どうしてオレが通報されずにすんでいるのか、気になる。教えてよ」
157
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:39:04 ID:tEPGnWxg0
矢継ぎ早に言葉が続き、説明を要求される。
ドクオは参って、店の方に目を向けたが、ヒートはまだ来そうになかった。
またひとつ、頭をかく。
('A`)「簡単に、だぞ。もうずっと昔の話なんだから」
ドクオはすでにどう話そうかと思案を始めていた。
参ったとはいっても、適当に話したくはない類の昔話だったからだ。
目の前の少女の目が、愉快そうに煌めいている。
すっかり興味津々らしい。
自分よりも一回り幼い人に注目されるというのは、いい気分でもあるのだけれど、不安もある。
自分の話が決して人を喜ばせる話ではないとわかっているから。
何より少女が魔人であれば、きっといい思いのしない話だから。
158
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:41:10 ID:tEPGnWxg0
('A`)「あいつっていうのはな、俺の幼馴染みのことだ」
遠い昔、牧場がいくつもあった町。
もう何年も訪れていないというのに、これから話そうとするその町の光景が、瞼の裏側にありありと思い起こされた。
そこがドクオとヒートと、ヒートの姉の故郷だ。
羊がいて、のどかで、平和で、人々は何よりも安全に生きたいと思っていた。
だから、彼女は次第に敬遠されるようになった。
('A`)「あいつは魔女と呼ばれていたんだ」
そして、ドクオは昔を語り始めた。
☆ ☆ ☆
159
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:42:20 ID:tEPGnWxg0
ブーンの父親探しの日々は続いていた。
港町を出て市場、住宅地、工場、オフィス街、川縁丘の上森の裾山の麓、人の姿が目に付けば勢い込んで足を向けた。
地元の警察にも父の相貌を教え、鉱石の貿易でテーベに来たが、もう何ヶ月も戻っていないことを伝えた。
協力体制はすでに敷かれているが、今のところ芳しい成果は出ていない。
しかしたとえ空振りの日々がいくら続いても、何度落胆しようとも、諦めずに聞き込みを続けた。
目を閉じれば倒れた母の姿が浮かぶこともあった。
弱り切った母が、ブーンに訴えかけてくる。
実際父が戻ったところで母がすぐに快方に向かうわけではないだろう。
父に会いたいというのは母の希望でしかない。
それでも、それが母の望みだからこそ、ブーンは諦めずに力を尽くし捜索を続けられたのである。
160
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:43:10 ID:tEPGnWxg0
(;;・∀・;;)「鉱石の商人のことかい」
( ^ω^)「知っているんですかお!」
待ちに待った言葉は、捜索を初めて一週間後にようやく聞くことができた。
町外れの工場の局長は、図体は大きかったものの、ブーンの質問を静かに聞き、人差し指をピンと上へ突き立てた。
(;;・∀・;;)「いや、オレも直接見たわけじゃねえんだがよ、たしか外国からきた鉱石商が裏でどえらい仕事を任されたらしいって噂だ。
もしかしたらそれがあんたの父親かもなと思ってな。
なんでも急に連れて行かれたって言うし、もしも家族がいるってんなら、まだまともに連絡取れてないのもありうるってもんよ」
( ^ω^)「ちょこっと手紙送るくらいはしてくれてもいいんじゃないですかお」
(;;・∀・;;)「甘いよ、おまえ。相手は政府だ。
この国の政府はおっかねえぞ。血気盛んで抑圧的。秘密だってきっといくつも抱えている。
その秘密のどれかに、そいつも関わっちまってるとしたら、手紙だって悠長に送れやしねえさ」
(;^ω^)「そんな」
161
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:44:02 ID:tEPGnWxg0
(;;・∀・;;)「まあ、なあに。噂だ噂! とにかく行ってみる価値はあるんじゃねえのか」
( ^ω^)「行くって、どこに?」
(;;・∀・;;)「なんだ、わかってなかったのか」
男は大げさに腕を振り、カカと笑った。
(;;・∀・;;)「そりゃおまえ、政府のお膝元、テーベの城下町に決まっている。
もうじき年の瀬に向けたハイン女帝の式典があるから、そこでどうにかこうにか話しつけてみたらいいだろう」
(;^ω^)「そんな簡単にいくかお!」
ちらりと、脳にラスティア城侵入の記憶が浮かぶ。
しかしすぐにブーンは記憶を否定する。
あのとき計画を組んだのはレジスタンスの面々だ。
ブーンひとりで、他国の、それにラスティアよりも遙かに厳重なテーベ城の守りを破れるはずがない。
162
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:44:54 ID:tEPGnWxg0
(;;・∀・;;)「とにかく、オレが教えられるのはそれくらいなもんだ。
それにしても、たかが鉱石商がお城に案内されるとはなあ。いったい何をもってきていたんだか」
男は上を見上げて夢想する。
ブーンがぼやいたが、もはや反応もしてくれない。
仕方なく、短くお礼を言って、ブーンは工場を後にした。
何はともあれ、初めて手堅い情報が手に入った。
警察にもこの件を伝えれば、どんな人がお城に招かれたのかもはっきりするだろう。
父の特長と照らし合わせ、特定が出来次第、お城に向かおう。
ブーンは頭の中で簡単にスケジュールを組んだ。
それにしても、確かにただの商人がお城に招かれるなんて変わっている。
ブーンは工場長の最後の言葉を想起し首をひねった。
163
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:45:41 ID:tEPGnWxg0
まさか父の商売が国家にとって重要な意味を持っていたわけでもあるまい。
個人経営の小売業など市場の中のほんの小さな要素だ。
政府が仲間として迎え入れたところで経済的効果が生まれるとは考えにくい。
となれば、誘われた理由は商売とは別のことなのだろう。
父がテーベ国にとって嬉しい発見でもしたか、あるいは抹消するべき秘密を知ってしまったか。
抑圧的なテーベ国の政府の噂を何度も耳にしている。
さっきの工場長もそう言っていたし、実を言えば今日に至る前でもさんざんにたような噂を耳にしている。
テーベの政府に逆らうと大変な目に遭う。
城下町の地下には幾多の拷問器具が眠っており、重罪人は容赦なく苦しめられ命を奪われる。反社会的行為を行えば戸籍ごと消されてしまう、などなど。
中には怖がらせることが目的であろう与太話も多数散見されたが、ブーンには基本的に疑うことを知らない人間だった。
噂話を真に受けに受けたブーンは、父が人知れずこの世から消されるシナリオを今再び想像し、歩きながら身震いした。
164
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:46:43 ID:tEPGnWxg0
工場のそばから大型の馬車に乗り、商店街へと戻ってきた。
港町との境目に、ブーンの泊まる宿がある。
まだ夕暮れ時ではあったが、一端帰って休み、頭の中を整理したいと考えていた。
雑踏を分け、喧噪に耐えつつ進む。
テーベの商店街の活気は猛烈だった。
政府関係者がこぞって攻撃的なので、国民にもその精神が乗り移ってしまっているのかもしれない。
端から聞けば罵声にも受け止められかねない怒鳴り声が店の軒先から響き、ブーンは小さく跳ねた。
よく聞いてみると値下げ交渉がヒートアップしたに過ぎなかったようだった。
小売店の並ぶ通りを抜け、大型の家具や工場製品を専門に扱う店の並ぶ道へでる。
人混みはいくらかましになった。
ここを抜ければ小さめの住宅地へ繋がる。
昔からこの地域に暮らしていた人たちが、商店街の発展とともに隅の方へと押しやられたと聞いている。
ブーンが泊まるホテルは、そうした昔ながらの住人が経営する民宿から成長したものであった。
商店街から外れた場所に位置しているのもそうした理由からだ。
165
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:47:46 ID:tEPGnWxg0
日は一気に傾く速度を増した。
道の端に並ぶ電灯が次々と光り始める
。商店街の喧噪はもはや背後の遙か向こう。
ブーンの前には、暗がりへと続く一本の道が延びている。
無意識のうちに歩くスピードがあがっていく。
一週間を過ごしたとはいっても、まだまだなれない土地だ。
暗がりから突然悪漢にでもおそわれるのではないかという恐怖がつきまとう。
だから、突然耳に悲鳴が飛び込んできたときも、ブーンは飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
もちろんその悲鳴はブーンの出したものではない。
目と鼻の先にある路地の方からだ。
淡いオレンジの光が漏れ、人影が数名見えていた。
「なんだよお、少しさわっただけじゃねえかよお」
166
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:48:57 ID:tEPGnWxg0
品のない撫で声がする。
男がこういう声を出すときは、女性を引っかけるときだと相場が決まっている。
暴力的なものではないと察し、ブーンは拍子抜けをした。
とはいえ無用に関わるべきではない。
ブーンはそう判断し、なるべく路地の先を見ないようにして前に進んでいった。
淡い光が近づいてくる。人物の影が嫌でもはっきり見えてくる。
「待ってくれてもいいんじゃないの」
「良い店連れてってやるからよ、大丈夫金なら心配しなくて良いから」
「行きません! 離してください」
二人の男のだらけた声の後に、女性の澄ました声がする。
夜道に目を凝らしていたブーンの脳に、微かな引っかかりが生まれた。
どこかで聞いたことがある、ような――
167
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:50:31 ID:tEPGnWxg0
想像し、もしかしてと思い至った瞬間、ブーンの肌に鳥肌が立つ。
あれほどまでに避けていた路地に顔を出し、相手を見やる。
息をのんだ。
(;^ω^)「ツンかお!?」
ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・え?」
見知った少女は、丈の長い外套を羽織っていた。
フードを目深に被っていて、眉より上はよく見ることが出来ない。
しかしそれより下ははっきり見える。
雪のような白い肌はほんの数ヶ月前と変わってこそいないが、夜の電灯を反射してかつてないほどに際だって見えた。
168
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:51:22 ID:tEPGnWxg0
(;^ω^)「ツン、どうしてここに」
呟きつつ、ブーンは彼女に手を伸ばす。
ところが彼女は、開いていた口を噤むと、踵を返して路地の奥に走り出してしまった。
彡 l v lミ「あ、おい待てよ!」
ツンに絡んでいた男の手が、乱暴に彼女のフードに触れる。
ツンは激しく首を振って抵抗した。
フードが舞い、彼女の頭が露わになる。
暗がりに広がる純白のウサギの耳。
ξ;゚⊿゚)ξ「しまった!」
ツンが慌てて頭を押さえ込む。男たちは目を見張った。
169
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:52:02 ID:tEPGnWxg0
彡 l v lミ「おい、今の」
( l v l) 「ひょっとして魔人の・・・・・・」
言い終わる前にツンが再び道を駆けだしてしまった。
(;^ω^)「ツン!」
ブーンも慌てて走り出す、が、その途中で男たちを振り返る。
(;^ω^)「ええと、あれはその、魔人とかそういうのじゃなくて、僕たち劇団をやっているんですけど、その中で彼女はウサギの役をやっているんですお。
だけど練習がハードすぎて逃げ出しちゃったんで追いかけていたんですお。まったく参っちゃいますおね、ははは。それじゃ!」
男たちが呆気にとられているうちに、ブーンはツンの後を追った。
すでに彼女の姿は見えない。
とにかくひたすら、闇雲に走り抜けていくしかない。
170
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:53:04 ID:tEPGnWxg0
背後を何度か確認するが、男たちは追っ手は来なかった。
自分の嘘が通用したのか、あるいは端から警察にでも駆け込んだか。
ブーンはきっと後者だろうと捉え、なおさら足を早めた。
いくつもの路地を折り曲がった先に、白いあの耳が煌めくのを見た。
(;^ω^)「ツン!」
急いで曲がる。直線上に彼女の背中が見える。
(;^ω^)「僕だお、ブーンだお! 逃げる必要はないお! もう安心して」
ツンの足が、止まる。ブーンの胸に安堵が広がる。
ξ゚?゚)ξ「止まって!」
駆け寄ろうとした矢先に、ツンの制止がかかる。
地面を蹴り出そうとした足が中途半端な形で止まる。
ツンとの距離は依然として数メートルはあった。
171
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:54:14 ID:tEPGnWxg0
(;^ω^)「ツン・・・・・・どうしてこの国にいるんだお。魔人にとっては、ここはすごく住みにくいんじゃないのかお」
ξ゚⊿゚)ξ「もちろんよ」
ツンがブーンを振り向いた。
まっすぐに、真剣な顔つきでブーンを見つめてくる。
真一文字の唇が、とげとげしく開閉した。
ξ゚⊿゚)ξ「魔人とわかった瞬間に連行された人をもうたくさん目にしたわ。耳を出したらアウト。
他の魔人と話しているのを見られても疑いは避けられない。だから私はここでいっつもフードを被っているわ。
どこでどんなことで興奮して耳が出てしまうかわからないから。うん、そうね、ここは魔人にとっては危険すぎる」
( ^ω^)「だったらなおさら、どうしてここに」
ブーンは眉根を寄せ、首を傾げた。
ツンが自分に向ける真剣な目線の意味がわからないでいた。
せっかくの再会を喜ぶわけでもなく、まるで自分に怒りでも向けているかのような視線だった。
ξ゚⊿゚)ξ「私の夢、覚えている?」
質問が返ってくる。
172
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:55:25 ID:tEPGnWxg0
ブーンはいつの日か見た地球儀を思い出した。
ツンがラスティア城にくる際にもらったという地球儀。
不慣れな人間の言葉で書かれた世界の地名。
( ^ω^)「世界中をまわってみたいって、言っていたお」
おずおずとブーンが答えると、ツンは大きくうなずく。
ほんの少しだけ頬がゆるんだ気がしたが、すぐに表情からは消えてしまった。
ξ゚⊿゚)ξ「今、かつてラスティアだった領土内の魔人たちがお城の近くに集められているらしいの。これがどういう意味かわかる?」
( ^ω^)「えっと・・・・・・」
突然の問いかけに、ブーンは動揺しながらも答えを見つけようとした。
( ^ω^)「魔人を政府のそばに抱えておきたいのかお。その、協力してもらうために」
ξ゚⊿゚)ξ「そうね、国王とか領主とか、身分の高い人たちのそばに置きたいのでしょうね。協力も、見方によってはそう。
でも、果たしてそんなに優しい言い回しが的を射ているかしら。私たちは人間に命令されたら逆らえない性質を持っているのよ?
まるで人間の奴隷になることが運命づけられているかのように」
173
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:56:24 ID:tEPGnWxg0
遙か向こうでサイレンの音が聞こえた。
警察が有事の時に鳴らす警鐘だ。
十中八九、ツンに対しての通報があったのだろう。
さっきの男たちはやはりブーンの見破ってしまったのだ。
一旦とぎれた言葉を、再びツンが紡いでいく。
ξ゚⊿゚)ξ「マルティアの国王は魔人を酷使することで有名だったわ。
そんな人物の思想が反映された国じゃ、魔人は人間の奴隷として扱われるに決まっている。
だから私は逃げてきたの。テーベ国の方が、隠れてさえいれば自由でいられるだけましなのよ」
ツンがブーンに背中を向ける。
ブーンは「あっ」とよろうとしたが、ツンが再度制止をかける。
ξ ⊿ )ξ「来ないで。私に近づけば、あなたは疑われるわ。処罰なんて受けたくないでしょう」
「それに……」と、彼女が小さく続ける。
空気が張りつめた。
真剣な目に、軽蔑の光がちらついている。
174
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:57:15 ID:tEPGnWxg0
思わず身構えるブーンに、ツンは容赦なく言葉を投げかけた。
ξ ⊿ )ξ「嘘をついていたんでしょう? 私には味方すると言っておきながら、レジスタンスの味方もしていた。
きっとブーンのことだから、あっちこっちに優柔不断でいるうちにどっちつかずになってしまったんでしょうけど。
でもだからといって私を騙していたことに変わりはないわ」
言い訳のひとつも許さない強い口調が続く。
ブーンは何を言うこともできなかった。
ツンの言うことに寸分の狂いもなかった。
自分はツンの味方であろうとした。
レジスタンスの仲間であろうともした。
たとえ国がなくなり、あの夜の作戦が無駄に終わったとしても、その事実だけがいつまでも残りつづける。
ツンの言わんとする軽蔑の深さを感じ、冷や汗を流して立ち尽くしているしかなかった。
ξ ⊿ )ξ「勘違いしないでほしいんだけど、ブーンのことが嫌いになったわけじゃないの。そういう性格だってことは良く知っている。
だからこそ、これ以上あなたと関わりたくない。きっと、あなたには何をすることもできないと思うから」
175
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:58:04 ID:tEPGnWxg0
辛辣な言葉が胸に突き刺さってくる。
耳を覆いたくなる衝動を、必死になって堪えた。
ここで言葉さえ避けてしまえば本当の意味での負け犬になってしまう。
それだけは避けたくて、ツンの一言一言を聞き取っていった。
ξ ⊿ )ξ「それじゃ、さよなら。もう私に近寄らないで」
ツンが駆けだしていく。
ブーンは一歩送れて、足を出そうとするが、最後の言葉が耳に響き、動きを止める。
自分はツンに近寄れない。
自分はツンの味方になりきれなかったのだから。
176
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:58:53 ID:tEPGnWxg0
サイレンの音がさらに強く響いてくる。
さっきよりも明らかにブーンの方へ近寄ってきている。
よほど正確な情報が手にはいったのか、警察はツンの後を確かに追っていた。
「こっちだ!」と遠くで声がする。「こっちにいったはずだ! 仲間が一人いた」
仲間、きっと自分のことだ。
そう気づいて、ようやくブーンも走り出した。
ぼけっと突っ立っていたら自分も捕まってしまう。
ツンの姿は、もう見えない。
路地を二、三度折れても、あの金色の髪も、耳を隠す大きめのフードも見あたらない。
(;^ω^)「ツン・・・・・・そんなの、嫌だお」
近寄るなと言われたって、どうしたって追い求めてしまう。
走った先に彼女がいてほしいと願ってしまう。
177
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 19:59:53 ID:tEPGnWxg0
彼女に会って、謝らなくてはならない。
その想いがブーンの脳内を満たし、足を必死に動かした。
鉄製の路地を駆け抜ける為、足がすぐに痛みを発する。
筋肉痛になるのは当然。
下手したらそのうち転んで怪我をするかもしれない。
それでも懸命に太股を前につきだし、前を見つめて腕を振るう。
息はあがっていく。
苦しくなるのが手に取るようにわかる。
お城に幽閉されている間から、大して運動することが出来なかった。
たるんでいた自分の肉体を呪った。
もっと危機感をもって、衛兵見習いの訓練と同じようなトレーニングを続けていれば、ツンに追いつけたかもしれないのに。
彼女に謝ることが出来たかもしれないのに。
178
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:00:39 ID:tEPGnWxg0
夜の道の先で、サーチライトが空に灯った。
警察が導入したものだろう。
魔人を捉えるべく、夜の空が浮かび上がる。
雲の多い空だ。
隙間から星が覗いている。
光に照らされ、申し訳なさそうに淡い光を放っている。
人影が、屋根の上に飛び上がった。
ブーンは息をのんで目をこすった。
瞬きの後にも、落下する人影が見えた。
179
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:01:33 ID:tEPGnWxg0
落ちているのかと最初は思った。
しかし影が屋根へと着地し、走り始め、目的を持った落下であるとわかった。
ライトで逆光になってしまっている。
それでも、二人いるのがかろうじてわかった。
一人が先導し、一人が腕を捕まれて引っ張られている。
後者の髪型に見覚えがあった。ツインロールの棚引く様が、会いたいと切望した彼女の姿を想起させる。
(;^ω^)「どうして・・・・・・そんなところにいるんだお」
闇夜に溶けるその影に向け、呆然となった口から言葉がこぼれ落ちた。
☆ ☆ ☆
180
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:02:29 ID:tEPGnWxg0
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと! どこまで行くの!」
ツンは叫んでいた。屋根の上を腕を引かれて走りながら。
普段の自分なら絶対に出来ない速度での走り。引かれている手が悲鳴を上げる。
乱暴な扱いだが、必死にくらいついていった。
警察の声がすでに耳に届いている。屋根から落ちれば牢屋行き。恐怖が意地を生み、力を生んだ。
( ゚゚)「もう少しだ」
前をいく人が言う。黒い体に似合わず澄んだ声を発してくる。
ブーンと分かれた直後にその人と出会った。
とっさに別の路地へ逃げようとするツンの腕をつかみ、「ついてこい」とだけ言ってきた。
あとは強引に、気づけばツンは空を跳び、屋根の上に躍り出ていた。
181
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:03:11 ID:tEPGnWxg0
人間のなせる業じゃない。
きっとこの覆面の人も魔人なのだろうとツンは思っていた。
しかしそれにしては違和感がある。
覆面の人には獣らしい耳が見えない。
屋根を飛び越える運動をいくつも続けていれば、自然と興奮して、野生の象徴である耳が髪の隙間から出てきてしまうものなのに。
( ゚゚)「踏み込め」
覆面の人が言う。
目の前には、時計台がそびえ立っていた。
まさか、と鳥肌を立たせるツンの前で、覆面の人が深く腰を屈める。
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょ、ええ!?」
ツンの体が空中に浮遊する。手をつかむ覆面の人が思い切り高く跳んだのだ。
星空が一気に近づいてきて、屋根の上にようやく足がついたかと思うと、また覆面が足をはじけさせる。
今度は一気に、下へ。
182
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:03:45 ID:tEPGnWxg0
低い屋根の家々の向こう側には崖があった。
夜なのでよくは見えないが、確実に長い距離を落下することになる。
ツンの心臓が跳ね上がる。
こらえていた悲鳴がこだまする。
目を閉じても、空気を切り裂く感触がはっきりと肌で感じられた。
真っ暗な世界で、頼れるのは前の人の腕だけ。
決して離すまいとして、思いっきり手に力が入る。
覆面は何かを蹴った。崖から飛び出していた岩だろうか。
体の跳ぶ角度は変わるが、空中を動くことに変わりはない。
再び何かを蹴る。
少しずつ下へ向かっていくのを感じる。
ツンの悲鳴はもう枯れていた。
音もなく、口を開けて空気を漏らす。ますます下へと向かっていく。
183
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:04:25 ID:tEPGnWxg0
( ゚゚)「ついたぞ」
という声がしたと同時に、ツンの両足が地に着いた。
おそるおそる目を開けるも、真っ暗で何も見えない。
ξ;゚⊿゚)ξ「どこ?」
( ゚゚)「アジトだ。警察も知らない、工場跡地の奥深くさ」
覆面の人がツンの手を引いて前をゆく。
夜の星の光が弱々しく周りを照らしていて、慣れてくるとだんだん状況が見えてきた。
ツンは岩に囲まれた場所にいた。
そびえる岩の肌に、覆面の腕がそっと触れた。
岩の扉がスライドする。
ツンは息をのんで目の前で起こる不思議な現象を見つめていた。隠し扉の類だろうか。
暖かい光が、ツンと覆面を出迎えてくれた。
184
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:05:01 ID:tEPGnWxg0
ξ;゚⊿゚)ξ「どういうことなの、これは?」
愕然として、ツンが聞く。
覆面の人が小さく笑う。
( ゚゚)「困っている魔人を助けるのが私の仕事だ」
そのとき「私」という一人称を聞いて、初めてツンは、覆面が女性だと感じた。
彼女の腕が顔に触れ、顎の下から覆面を持ち上げる。
真っ黒い目出し帽がめくれ、一気に顔が晒される。
思いの外長い髪が飛び出し、流れるように広がり落ちていく。
185
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:06:57 ID:tEPGnWxg0
ξ;゚⊿゚)ξ「あなたは誰なの?」
整った彼女の顔に目を見張りながら、ツンが聞いた。
彼女がツンに顔を向ける。
横顔からも感じられた静謐さと妖艶さが、正面を向けられたことでますます強く感じられた。
人間としても魔人としても、どこか現実味を欠いた印象を受ける顔だった。
彼女の口が、微笑みを添えて、小さく開く。
川 ゚ -゚)「みんなは私を魔女と呼んだよ」
彼女の言い回しは、ちょうど遠くの城下町で、一人の兵士が話し始めた物語の冒頭によく似ていた。
186
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:08:03 ID:tEPGnWxg0
.
――第九話 終わり――
――第十話へ続く――
.
187
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/07/27(日) 20:10:09 ID:tEPGnWxg0
今日はおしまい。
それでは。
188
:
同志名無しさん
:2014/07/27(日) 20:10:46 ID:6F/kTSMo0
うぉお乙
189
:
同志名無しさん
:2014/07/27(日) 21:23:42 ID:TCtEO.z20
乙乙
190
:
同志名無しさん
:2014/07/28(月) 12:09:28 ID:rOcf2wlM0
乙、来るの早かったな
次も楽しみにしてる
191
:
同志名無しさん
:2014/07/30(水) 20:41:42 ID:stWSEH0k0
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
192
:
同志名無しさん
:2014/08/02(土) 23:04:13 ID:AOzI3xz20
乙
なんで魔女なのか気になるぜ!
193
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:40:17 ID:VxwyPiKA0
投下します。
194
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:40:54 ID:VxwyPiKA0
.
――第十話――
――戦士の話と魔女の話――
.
195
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:41:38 ID:VxwyPiKA0
ムネーメの町というのが、ドクオの故郷の名前だった。
ラスティア国西部にある麓町だ。
高原地帯でもあり、古い時代から放牧が盛んに行われる地域でもあった。
山裾ではある程度の高さごとに土地が均され、段々になっており、その一段ごとに広々とした放牧場が配置されている。
見た目ではおおらかだが、その実高さ、広さ、草の質や柵の形状などは町の農業に携わる役人によって慎重に管理されていた。
野放図に放牧を行えば、羊たちはみるみるうちに草を食い尽くし、山を裸にしてしまうからだ。
放牧場の片隅に、小さな家がぽつりと佇むことが多かった。
その土地の管理人、つまりは牧場主の家だ。
一日中羊の管理をするのが仕事なので、放牧場のすぐそばに建てる必要があった。
羊飼いたちはその小屋に住み、羊を守り育てる。
ストレス無く歩き回り食事ができる環境を整え、
自然災害や野生動物が来たら小屋に隠して守り、
羊毛を剃り、蹄を研ぎ、諸々の世話をする。
単調だが、休んでばかりもいられない仕事だ。
まだ少年だった頃のドクオも、両親から言われるがままこの仕事の手伝いをしていた。
196
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:42:29 ID:VxwyPiKA0
初めて鞭を手にしたのは五歳のときだった。
羊を追い立てるための道具なのだが、ドクオはそれを羊相手に振るうことがどうしても気軽にできなかった。
('A`)「だって、こんなの当てたら痛いよ」
顔を青ざめて言い訳をした。
両親は笑ったが、ドクオは笑われることに不服だったため、機嫌を損ねた。
彼は容易く傷つけたくないと思うほど、羊のことが好きだった。
幼少期からずっとそばで暮らしていたから、自分でも無自覚のうちにその生き物に愛着を抱いていた。
緩慢な動きでしか動かず、表情もつねに眠たげで、
近寄っても逃げたりせず、嫌な顔もせず、
抱きついてようやく身を竦ませる生き物に対し、ドクオは最も親しい友人として接していた。
197
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:43:22 ID:VxwyPiKA0
逆に言えば、羊以外の交友関係はあまり好ましいものとは言えなかった。
その原因が自分の気弱な性格であることを、五歳にしてすでにドクオは自覚していたが、
かといって自分からその性格を変えようと躍起になることはなかった。
なにせ、家に帰れば羊がいるのだ。
無理して人とつきあうことはないと納得するのは、ごく自然な流れであった。
しかし、人である以上は他人といくらかの関わりを持つことは避けられなかった。
いくら嫌だと思っても、両親は無理矢理彼を連れてご近所に挨拶をさせた。
来年には幼稚舎に入るので、早いうちから友達を作らせてあげようと両親も必死だったのだろう。
さすがにそこまでの想いをドクオは汲み取ることができず、他人の家に上がってもひたすら身を縮めて空ばかりを眺めていた。
「ませてますね」とどこかの親に言われて両親が苦笑いしていたことが、どうしてか大人になってからも朧気ながらに記憶に残っていた。
そんな彼を前にして、奇異の目を向けてこない家がひとつだけあった。
彼の放牧場に出入りしている薬屋の家だ。
198
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:44:00 ID:VxwyPiKA0
その家の庭にはたくさんの樹木や草が育成されていた。
ちょうどスミレが咲き誇る時期で、スギナ、ナズナ、ゼンマイなども茂っている庭だった。
鬱蒼と地面を覆い尽くす様は、放牧場ではなかなかお目にかかれないものだから、ドクオの印象にも強く残っている。
その印象をさらに強めてくれたのが、彼の真向かいで庭を見つめていた少女の姿だった。
川 ゚ -゚)「・・・・・・」
歳は自分と同じだと、薬屋の話から知った。
自分と同じ幼稚舎に入る予定になっていることもわかった。
そして彼女が憂いを帯びた瞳を外に向ける様子から、彼女が自分と同じ種類の悩みを抱えていたのだということも、
もう少し大きくなってから、わかった。
199
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:44:41 ID:VxwyPiKA0
('A`)「久しぶり」
幼稚舎で彼女を見つけて、すぐに挨拶をした。
川 ゚ -゚)「え?」
あろうことか、彼女はドクオの姿を忘れていた。
そもそも見てもいなかったのだろう。
他人に対する関心が、気の毒なほどに薄い少女だった。
彼女の名前はクーと言った。
そのときから、ドクオは彼女に語りかけるようになった。
もっとも、大して長く話すことは出来なかった。
長い時間口を動かし続けることをクーが拒んだからだ。
200
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:45:19 ID:VxwyPiKA0
食事のとき以外で彼女が歯を見せるほど口を開くことはまずなかったし、幼稚舎において誰とも口を利かない日さえあった。
放っておけば目は自然と外へ流れ、雲の流れを追ったり木々の軋みを眺めたり。
幼稚舎の先生たちが手を焼いているのが、遠目からでもよくわかった。
とはいえ、ドクオもドクオで、クー以外の人と長く話が出来なかった。
男同士で頭を空っぽにして遊ぶことは出来たものの、体力はふつうの人よりも少なく、すぐにダウンして幼稚舎の片隅に座り込んでいた。
同じ場所にたいていクーもいたから、そこで簡素な雑談をして過ごしていた。
幼稚舎において、クーとドクオがお互いに唯一の話し相手になるまでに、大した時間はかからなかった。
か細く、静かで、孤高な関係。
それは学舎へと入学してからも連綿と、むしろ周りの同調意識にあらがううちにますます強固に繋がった。
数年が、穏やかに過ぎた。
201
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:46:02 ID:VxwyPiKA0
牧場とともに暮らす町の日々では派手なことは起こらない。
ラスティア城下町や商売の盛んな港町とは違い、ここでは諍いも少なく、変化も起きなかった。
多少の雰囲気の違いを羊たちは大いに嫌がる。
羊たちが嫌がれば顧客たちから非難を買う。
だから羊が嫌がるような変化を、牧場を営む人たちは嫌っていた。
この町の規律とモラルはごく自然のうちに羊たちを頂点としてもうけられていたのである。
その保守的な町のルールは、ドクオが12歳になる頃、さらに厳しくなった。
羊たちが襲われる事件が起きたからである。
事件の現場は山間だった。
放牧されていた羊の姿が忽然と消えたとの通報が町警察に入り、熱心な捜索の末に、川岸にばらけて広がる毛皮付きの肉片を発見した。
見つかった羊の残骸はほんの数頭分だったが、羊飼いの証言を信じるとすれば所持していた羊の5分の1を失ったという。
肉片のちぎれ具合から、狼のような鋭い牙を持つ生き物に食べられたのだろうという推測がたった。
ムネーメの町の牧場主たちはこぞって自らの柵の中に羊を放り込み、その柵を有刺鉄線で括り付けた。
警備用の犬を購入し、牧場の周囲に配置した人もいた。
202
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:46:45 ID:VxwyPiKA0
ドクオの家では出費を控えるため、父と母と、ドクオがやや少な目に、代わり代わりに夜番をすることになった。
いくら歳が二桁になったといっても、夜を子どもに任せるのは危険だという配慮がなされていた。
しかし、それでも番をしなければならない夜はやってきた。
牧場の隅に急設置した物見櫓に灯りを灯し、月明かりを頼りに羊たちに目を凝らした。
闇に慣れれば近くにいる羊たちの体勢まで見分けることが出来た。
遠すぎると確認は困難になったが、騒ぎがあれば気づかないこともない距離だった。
その日は寒い晩だった。
空の星を眺めるにしても、首を伸ばせば寒気に襲われ、首を竦ませざるを得ない寒さ。
あらかじめ用意しておいた毛布にくるまって、目を細めながら羊たちを見守っていた。
風が吹き、灯りが大きく揺れた。
身を竦め、目をこすったドクオ。
203
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:47:25 ID:VxwyPiKA0
そのとき、遠くで羊の鳴き声を聞いた。
昼間なら何気なく聞き流してしまう弱々しい震えは、夜になるともの悲しい雰囲気を携える音となった。
闇夜に紛れた羊が無駄に鳴くことはない。
狼を含めた危険な野生動物に襲われる危険性が増すからだ。
慎重な生き物がその危険を冒して鳴くということは、何かが起こっている証拠でもあった。
鳴いた羊は櫓から離れた牧場の隅にいるようだった。
森の木々の下に、青白い光に照らされた羊毛の固まりが見えた。
微かに移動しているようにも見える。起きていることは間違いなかった。
櫓から降り、羊に駆け寄る。
羊は歩いていたが、追いつくのは難しくなかった。
204
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:48:18 ID:VxwyPiKA0
羊の横に、人影が見え、ドクオの足が止まった。
('A`)「クー」
川 ゚ -゚)「ああ、こんばんは」
夜だから夜の挨拶をする、それ以外の意味がまるで見いだせない種類の応対の仕方だった。
どうして夜なのに余所の家の牧場にいるのか、羊を連れて何をしているのか、質問する意義を失いかけさせるような素っ気なさだった。
川 ゚ -゚)「ここの羊に会いたくなったんだ」
羊毛に添えた彼女の手が、しみこむように埋もれた。
205
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:49:02 ID:VxwyPiKA0
('A`)「夜中じゃなくてもいいだろう」
川 ゚ -゚)「昼間は学校にいるじゃないか。牧場に遊びにいくのも、あの騒ぎの後じゃ躊躇われる。だから夜に忍び込んだんだ」
('A`)「言ってくれれば、入り口から入れたよ」
川 ゚ -゚)「そんなことをすれば、ドクオは怒られるんじゃないか?」
('A`)「平気だよ。あの人たち、俺のこと怒るの慣れてないから」
誇張でもなんでもなかった。
ドクオは親に逆らわない程度の息子以上の存在であろうとしなかった。
度重なる大人数の人間同士との無味乾燥な繋がりあいに辟易していたドクオは、家族との間で交流することにさえ疲れを感じていた。
川 ゚ -゚)「私の親と似たようなものだな」
('A`)「そうなのか?」
川 ゚ -゚)「家族は疲れるよ。外交は妹にまかせきりだ。あいつはにぎやかなことが好きだからな。
今度ここへ連れてきてやるよ。粗野なようでいて、案外口は固いから」
206
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:54:51 ID:VxwyPiKA0
数日後、クーは妹を連れてきた。
クーと会った時と同じような、晴れた月夜の晩だ。
ノパ⊿゚)「こんちは!」
('A`)「・・・・・・夜だよ」
ノパ⊿゚)「そっか! 羊どこ!」
そこらにいっぱい、とドクオが指を指し、クーの妹であるヒートが矯正をあげた。
ぎょっとしたドクオが慌ててその口を塞いだ。
口が固くとも、開けたときにうるさければ意味はない。
('A`)「似てねえな」
寝ぼけている羊に大の字で飛びつくヒートを眺めながら、ドクオは脇にたつクーにぼやいた。
207
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:55:18 ID:VxwyPiKA0
川 ゚ -゚)「だがいいやつだ。私の邪魔をしないからな」
クーが胸を張って言ってのける。
本気で言っているのだから恐れ入る、とドクオはため息をついた。
('A`)「俺は、邪魔じゃない?」
川 ゚ -゚)「もちろんさ。むしろ有益だ。私がこの生き物とふれあえる時間を作ってくれている」
('A`)「そりゃどうも。本当に羊が好きなんだな」
川 ゚ -゚)「彼らも邪魔をしないからな。彼らは彼らの時間の中で生きている。
周りを生きる人間たちがいかに忙しく駆け回り、彼らの毛を剃って縫い合わせ、仲間の肉を削ぎ落としたとしても、羊たちは自分たちのリズムで歩み続けている。
彼らは誰かに干渉しない。だから、私は羊が好きだ」
どこか遠くの牧場で犬が吠えていた。
空には丸い月が浮かんでいる。
羊たちの体毛は夜の雲のような灰色に染まっていた。
208
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:56:05 ID:VxwyPiKA0
閑静な夜に、ドクオとクーは並んでいた。
彼女の頭の中は羊のことでいっぱいらしかった。
牧場で羊に囲まれた彼女を想像した。
どれだけ熱心に想像力を働かせても、そこに彼女以外の人がいる様をドクオには想像することが出来なかった。
それから幾日かして、彼女は学舎に来なくなった。
くる必要がなくなったのだろうとドクオは納得した。
彼女は人間に馴染めないと常日頃から感じていたのだ。
クーという存在はあっという間に学友の頭から取り払われてしまった。
クーがいなくても、学舎の中では平然と前と同じような日常が送られていた。
ドクオというちっぽけで地味な生徒が一人、話し合いの相手を完全に失った程度の変化があっただけだ。
彼女とドクオが隣り合って話し合う場所はただ夜の牧場のみとなった。
209
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:56:39 ID:VxwyPiKA0
夜の番が始まって一年が過ぎ、二年が過ぎ、さらに幾年かが過ぎた。
羊を襲う狼は捕まらず、月に一度程度の割合で被害を町にもたらした。
しかしその被害は日増しに規模を縮め、躍起になって狼を捉える苦労よりも日常を穏便に継続する努力の方が報われると考えられるようになった。
やがて町の人は狼を捕まえるのを諦めた。
片手で数えられるほどの羊が月に一度いなくなるだけのことだ。
それは羊を生け贄として捧げられるようなものだ。
町の羊を消滅させるには至らない。
夜の番を続ける牧場も少なくなった。
ドクオの両親はまだ番を続けていたが、そろそろ区切りをつけてもいいのではないかとほのめかすことも多くなった。
数日の後に、ドクオの番を今月いっぱいで終わりにするとの知らせがあった。
ドクオは無感動を装って両親に頷いたが、その胸中には焦燥が生まれていた。
次の夜番の日に、クーと出会い、経緯を話した。
210
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:57:10 ID:VxwyPiKA0
川 ゚ -゚)「夜に会うのは終わりだな」
ドクオが想像することを忌避した事物の帰結を、クーが淡々と述べた。
感情が乗っているとは思えなかった。
この数年のうちに、彼女はますます表情を出さなくなった。
言葉を発するとき以外で顔の筋肉が動くことはなかったと思われた。
淡くほほえむ程度の意思表示はあったものの、
大声をあげて笑うことも、空を見上げて悲しそうにうめくことも、世の中の人間に行き場のない恨みを告げることもなかった。
すべては淡い頬の翳りでしかなかった。
集団を避けて基本的に家の敷地内でうごめく生活を続けるうちに、
表情を酌み交わして伝わりあうようなコミュニケーションの素質が彼女の内側で風化してしまったらしかった。
('A`)「休みの日の昼間なら会えるぞ」
ドクオが提案すると、首を横に振られてしまった。
そんなことをする気など毛頭ないのだろう。
211
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:58:04 ID:VxwyPiKA0
彼女は夜だからこそ牧場に来て、自分に会ってくれているのだとこのとき初めてドクオは気づかされた。
自分は彼女にとって邪魔ではないにしても、真っ当な色彩の下で遭遇したいと思える人ではなかったのだろう。
彼女の頭の中は羊でいっぱいだった。
そこに自分の入り込む余地がないことをすでにドクオは理解していた。
行き場のない胸の痛みが思考の主題目となる道を絶ち、微細な疼痛として誤魔化すように努めるしかなかった。
川 ゚ -゚)「羊には会いに来るよ。大丈夫、君の邪魔にならないようにする」
そう言って、彼女はドクオから離れていった。
それを見届けていると、彼女との間隙がこれから先も広まる一方である気がしてきて、胸の痛みがかつてないほどに迫り出してきた。
たまらずドクオはうずくまった。
深く荒れた息を吐いて、前を見れば、すでにクーは闇に紛れてしまっていた。
夜風が羊の鳴き声を運んできた。
夜を切り裂く鋭い声は、羊にしては珍しい声色だった。
それが、羊の断末魔の声であったことを知ったのは翌日のことだった。
212
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:58:47 ID:VxwyPiKA0
狼による羊襲撃事件は再び活発化し、人々の口々に噂が交わされた。
被害は地道に広がり、ニュースにも華やかさを増した。
夜に狼と遭遇したと言い張るものもいたし、山に大勢の狼の群が潜んでいると噂を垂れ流すものもいた。
噂は噂で勝手に膨張していたのだが、衝撃の度合いで言えば町役場が公的に発表した推測に勝るものはなかった。
城下町の高名な学者を呼んで調査をした結果、の正体が魔人である可能性が高いと発表したのである。
経緯を解説した文書には被害を受けた羊の傷跡から推測される攻撃角度や襲撃の時間から予想される行動パターンの非野生性などに触れていた。
高名な学者はその名に恥じぬ綿密で科学的な調査をしたのだろう。
根拠を得た主張には箔がつく。
町の人たちは町役場の発表を全面的に支持し、敵の退治に協力しようと意気込んだ。
213
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 19:59:57 ID:VxwyPiKA0
協力体制が築かれた後はテンポよくことが運んだ。
もとより広くはない町だ。
悪事を働くものを監視する目がたくさん入れば、犯行現場を見つけるのは容易い。
町の少年団から、狼型の魔人を森でみたとの一報が入り、警察をはじめとする男たちは沸き立った。
その日の晩のうちに討伐部隊が森へと押し入り、朝がくる前に魔人の集団を見つけて捕まえ、牢屋へと運び込んだ。
町の誰もが経験したことのない実に迅速な討伐劇だった。
捕まった魔人は全員で4人いた。
町の牢はひとつの施設しかなかったので、その中の四隅に隔離され、門を何重にも張り巡らされた。
魔人の力では出てこれないだけの防御にするのはもちろんのこと、外から魔人が現れても破かれないようにするためだった。
集落の跡地から、魔人の仲間が他にいることが察せられたらしい。
町の厳戒態勢は継続された。
町の男たちはますます気合いを入れ、夜がくるたびに得物をもって外へと繰り出し、森を散策した。
魔人の残党の残り香がないか血眼になって探りを入れ続けた。
214
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:00:29 ID:VxwyPiKA0
その中で、ドクオは捜索活動に参加しなかった。
親から羊の面倒を見るように釘を刺されていたこともある。
それに、自分から躍起になって敵を探そうという気にもなれないでいた。
血生臭いことはしたくない。
第一、彼の思考は未だにあの夜の晩に去っていった幼馴染が支配していた。
彼女が学舎にきていないことは学友なら誰でも知っていた。
陰は薄くとも忘れているわけではなかっただろう。
しかしその後の彼女のことを知るものはあまりいない。
彼女は家の敷地を歩くようになった。
そして時折、夜中にふらっといなくなり、夜明け前にいつの間にか帰ってくる生活を送っている。
薬屋がドクオに教えてくれていた内容であり、ドクオはこの知らせを聞いて、気が気でない思いに駆られた。
215
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:01:08 ID:VxwyPiKA0
クーがいなくなった晩、ドクオは羊の悲鳴を聞いた。
それからクーは表舞台に立っていない。
毎晩どこかへと去っていき、人目につかぬように帰ってくる。
一方狼も夜に襲撃してくる。狼の正体は魔人であるという。
まさかクーが魔人なのでは、と考えたこともあったが、すぐにドクオは首を横に振った。
薬屋はどう見ても人間だった。
人間から魔人が生まれるのかはわからないが、これまで接してきて自分がそのことに気づかないなんてとてもドクオには考えられなかった。
それでも、全く関わりがないとも言い切れない。
毎晩出かけているのであれば、どこかで狼と遭遇してしまっている可能性だってある。
それなのにクーは今でも無事でいる。ただし誰とも話さないままに。
216
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:02:41 ID:VxwyPiKA0
ドクオの考えが、次第に一つの形となった。
たとえ自分のとこが眼中にないとしても、少なくとも、彼女が俺と初めてまともに話してくれた人であることに変わりはない。
その人のことをよく知りもしないまま、疑いの心を持ったままで過ごしていくなんて、耐えられない。
だから、クーと会いたい。面と向かって、気持ちをぶつけあっての話がしたい。
たとえ時間がかかってもいい。俺は彼女を見つけたい。
その想いを抱え続けていた、ある夜、いつもの番をしているときのことだ。
牧場のそばの森で何かがうごめくのに気づいた。
ドクオは俊敏に櫓を降り、森へ向けて駆けだした。
迷いのない一途な走りとなり、彼は森の木々の間へと突入した。
217
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:03:18 ID:VxwyPiKA0
青白くか弱い月光の下では、森の中はよりいっそう鬱蒼して見えた。
何気なく見ていた白樺の表皮、木々の隙間を駆け抜ける晩秋の風の音、遠くで息づく獣たちの吐息。
気にもしないはずのものたちが、暗がりに紛れてはびこっていた。
それらすべてに物怖じするほどの年齢ではなかったものの、ドクオの不安は綯い交ぜとなって心のあちこちに張り巡らされた。
枝垂れた樹木をかき分け、地面が落ちくぼみ岩の隆起した頼りない道を進んださきに、開けた場所が目に映った。
黒い小さな影をみつけ、ドクオは近くの岩影に身を潜めた。
それは狼にしか見えなかった。
体から生えている毛は乱れて垂れ下がっている。
吐息は匂いが伝わりそうなほどに深い。
ドクオに向けられていた背中には白い十字の文様が浮かび、後頭部とおぼしき場所には二つの耳が月に照らされて震えていた。
数秒間、ドクオはその背中を見つめていた。
町の人に狼の居場所を教えることも忘れ、危ないからと逃げ出すことも忘れ、
目の前の弱った獣の背中を何か特別な証であるかのように、音も立てずに見守っていた。
218
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:03:53 ID:VxwyPiKA0
獣の息と虫の声が響く草影で、クーの姿が瞼の裏に浮かんだ。
遠くで彼女の声を聞いた気がした。
曖昧な想起が現実の感覚にすり寄ってくる。
声がまた聞こえた。
紛れもなく彼女の声だと気づき、ドクオは立ち上がった。
見た瞬間、獣も立ち上がった。
獣だと思っていた影が二足でたち、それが自然ならざる存在であると瞬時に理解できた。
('A`)「逃げろ、クー!」
声だけがきこえる彼女に叫び、足下に転がる石を掴んだ。
手のひらにぎりぎり収まる大きさのそれを無理矢理握りこめた。
219
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:04:29 ID:VxwyPiKA0
川 ゚ -゚)「ドクオか!」
と、声がした。
獣が発したものではないことは明らかだった。
彼女はやはり魔人ではなかった。それがわかっただけでもよかった。ドクオの心から、迷いがたち消えた。
腹の底から音を発し、石を獣めがけて振り抜いた。
あたれば確実に無事ではすまない石が、自分の身体と直結している気がした。
かつて誰に対しても出したことのない強烈で、恨みがこもった拳だった。
攻撃は獣のとがった鼻に直撃し、獣がうずくまるのが見えた。
ドクオは身体をもういちど構え、真下に倒れた獣の頭にねらいを定め、腕を振り上げた。
川;゚ -゚)「やめろ!」
彼女の声がした。
意味を理解するのには遅く、すでにドクオの攻撃は魔人へと一直線に伸びていた。
220
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:05:14 ID:VxwyPiKA0
それでも、一瞬の躊躇いが生まれたのだろう。ドクオの攻撃は勢いを殺した。
魔人の頭に当たるはずだった一撃が、逸れて、空間を空回りする。
魔人の瞳の赤い輝きが見えた。
鼻に焼けるような痛みが走り、ドクオは目を閉じて身体を仰け反らせた。
狼の爪で一撃を食らったらしい。
手をふれようとしても、生温かい液体がほとばしるばかりで一向に鼻に触れることができなかった。
あまりの痛みに感覚が麻痺しているのだと感じた。
痛くて、熱くて、たまらず膝を突いた。
地面との衝撃で身体がぶれ、浮いた瞼の隙間から星空が見えた。
221
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:06:08 ID:VxwyPiKA0
空気は澄んでいて、光がよく届いていたが、まもなくその景色は赤黒い血に染まった。
川;゚ -゚)「ドクオ! ドクオ!」
彼女の声がした。
あれだけ会いたいと願った彼女はすぐそばにいるのに、彼女の姿をまともにみることができない。
ドクオの思考は痛みと悔しさにぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、真っ逆様に混沌へと向かっていった。
最後に草の感触があった。
青臭い匂いを想像したが、どうにも鼻が機能せず、もがいているうちに深い眠りに襲われてしまった。
数日後、町の救助隊に発見され搬送された病院にて鏡を見、
はじめて自分の鼻が削ぎ落とされたことを知った。
222
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:06:45 ID:VxwyPiKA0
入院中、ひっきりなしにドクオは警察の取り調べを受けた。
鼻を失ったけが人相手に容赦のない質問が浴びせられた。
警察はよほど余裕がなかったのだろう。
クーのことをなるべくなら言いたくなかったが、
残念なことに警察はとうにクーが魔人と接触をしていることを知っているらしかった。
知らなかったならば一般人だ。
ドクオはその一般人の一人に過ぎなかった。
クーと狼の魔人の話を説明した後、警察の追求は終わり、ドクオの身の回りに静寂が訪れた。
時折両親が見舞いにきてくれたが、できることなら静かにして欲しいと頼んだ。
唯一会いたいと思える人を失った今、とにかく一人になりたかった。
223
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:07:24 ID:VxwyPiKA0
クーは町からいなくなった。
狼の魔人もいなくなり、羊たちが襲われることもなくなった。
町に平和が訪れたといってもよい。
この数年に及んだ受難の日々は人々の口外に膾炙した。
昔話だ。昔の、とある魔女の話。
ドクオが大人になり、関係者の多くが町から離れた今でも、その昔話は語り継がれているという。
☆ ☆ ☆
224
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:08:10 ID:VxwyPiKA0
(;*゚∀゚)「終わり、なのか?」
つーがこわごわと聞いてきて、ドクオは素直に頷いた。
無駄な脚色もほとんどなく、自分が経験した過去をあらかた説明し終えていた。
(*゚∀゚)「だったら、なんだか中途半端だ」
つーが素っ気なく言い切ってしまう。
ドクオは否定せず、鼻を「ふん」と鳴らした。
('A`)「当たり前だ。作り話じゃないんだから。現実に起きたことに決着がつくなんて滅多にない」
(*゚∀゚)「それでも、気になる。結局クーって人は何をしていたんだ。魔人と仲間だったのか?」
('A`)「真実はわからない。町の人たちはそうだと決めてしまったけどな」
225
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:09:01 ID:VxwyPiKA0
(*゚∀゚)「あんたは、どう思ってるんだよ」
つーの詰問が、ドクオの耳の奥まで入り込んできた。
すぐには答えず、ゆっくり時間をかけてから、唇を舌で湿らせた。
('A`)「もしもできるのであれば、クーと会って話したい。あいつの本音を聞くまでは死んでも死にきれない」
そして、とドクオは続ける。
('A`)「あいつと会うのを困難にしちまった、魔人が憎い。俺たち人間に害をもたらすような存在を生かしておけない。それが俺の本音だ」
(*゚∀゚)「魔人の全員が悪い奴じゃない!」
畳み掛けるように、つーが声を出した。
仲間内を必死で弁明しているように思えた。
ドクオは「もちろん」と頷いた。
226
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:09:49 ID:VxwyPiKA0
('A`)「そんなことはわかっている。だからお前にパンを与えた。
前の軍隊にいたときも、人に襲い掛かる魔人以外は攻撃していない。
個人的に恨みがましく思うことはあったが、あくまで内面での話だ。表だって魔人の全てをを抑え込もうとしてはいない」
(*゚∀゚)「それでも、いい気はしないよ……」
('A`)「いい気、悪い気、なんて、言いだしたらきりがないぞ。
誰だって誰かを気に食わなく思っていることはあるだろう。それと同じだ。
大丈夫。ここは平気だ。理由もなく魔人を攻撃したりすることはない」
(*゚∀゚)「本当か?」
真っ黒で、真っ直ぐな瞳がドクオを見据えてきた
。ドクオの返答が、一瞬、止まる。
本当に魔人を憎んでいないと言い切れるかといえば、不可能だと思った。
227
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:10:28 ID:VxwyPiKA0
自分は魔人を憎んでしまっている。
あのとき、魔人がクーに近寄ってさえいなければクーはいなくならなかっただろう。
魔人さえいなければ。
どうしてもそう考えてしまう自分がいた。
軍隊に入り、レジスタンスに入り、魔人を討伐することを知らず知らず目指している自分だっていた。
それなのに、この場でつーに大して易々と肯定を述べていいのか咄嗟にはわからなかった。
表だって憎まなければいい。
ドクオの脳裏にひとつの妥協が生まれた。
悪い魔人だけ討伐すればいいという、これまで何年も思い浮かべていた妥協。
それが、純真な子どもに対する返答の根拠としてせり上がり、ドクオに言葉を与えた。
228
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:11:07 ID:VxwyPiKA0
('A`)「約束する」
空虚さを極力感じさせない言い方をしたつもりだった。
つーの顔から険しさが消え、ドクオは自分の声色が目的を果たしたことを知った。
ほっとしている自分に気づき、胸の奥がちくりと痛んだ。
でも、いいのだ。ドクオは自分に言い聞かせる。
魔人の子に、恨みをぶつけるのはよくない。倒したいと思える魔人だけを恨めばいい。
恨んで、倒して、そうしていつの日かクーと再会したい。
たとえ彼女が魔人の仲間であるとしても、確かめるまでは諦めたくない。
それだけがドクオの望みであり、魔人と敵対する理由であった。
229
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:11:46 ID:VxwyPiKA0
ノパ⊿゚)「片付け終わったよ」
部屋のドアが少し開き、ヒートが顔を覗かせた。
ノパ⊿゚)「つーちゃんにも、できあいの料理作ってあげるよ。お腹空いているだろう?」
(*゚∀゚)「本当か! 本当に本当か!」
飛び跳ねながら、つーがヒートに駆け寄ってくる。
ちらりと見ただけでも、どれだけの飢えを抱えていたのか一目でわかる表情をしていた。
やはりつーを恨む理由は無い。
そのことがわかり、無性に安堵の念がドクオの中で広がった。
☆ ☆ ☆
230
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:12:20 ID:VxwyPiKA0
川 ゚ -゚)「そうして私は人間との暮らしを捨てた」
遠くの隠れ家で、クーが一しきりの長い話を終え、一息ついた。
真向かいにはツンが座っていた。
手元のホットミルクを置いて、クーの喉のあたりを見つめていた。
ξ゚⊿゚)ξ「酷い、話ですね。クーさんのことを勝手に悪者にしちゃうなんて」
川 ゚ -゚)「まあな、私は本当に何もしていない。私はこう見えても真っ当な人間だ。
あのムネーメの町での事件だって、狼型の魔人の群れが、飢えをしのぐために牧場にお邪魔しただけだったのだ。
私はそれに加担をしていたわけでもない。ただ魔人が森で倒れているのをみつけ、介抱していただけなんだ」
クーはクーの目線から、あの夜ドクオと魔人が出会ったときのことを話していた。
231
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:12:57 ID:VxwyPiKA0
狼の魔人は弱っていた。
そこへドクオが現れて、攻撃を加えていた。
ドクオが優勢にも見えたが、魔人の本気の力を出されれば形成は逆転していただろう。
あのときクーが参上しなければ、ドクオの命だって危うかった、とクーは推測していた。
川 ゚ -゚)「しかし、魔人だって理由もなく牧場を襲っていたわけじゃない。
彼らは餓死寸前だった。餌の数が減り、人間に殺される仲間も増えた。生き抜くためには餌のための捜索範囲を広げざるを得なかった。
彼らは自分の本能で人を襲ってはいない。ただ生きる場所がほしかっただけだ。それすら閉ざしてしまうというのなら、人間はあまりにも傲慢すぎるよ」
ξ゚⊿゚)ξ「でも……実際には魔人は町の人に恨まれてしまった。それに、クーさんだって巻き添えで。それって、悔しくないんですか?」
ツンが言葉を重ねた。
ツンの頭の中では、ひたすら魔人であることを隠し続けていた自分の半生が流れていた。
232
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:14:25 ID:VxwyPiKA0
耳を引っ込めるようにいつも我慢をしてきた。魔人であることがわかれば必ず酷い目にあってしまっていたから。
クーだって、人間にせよ、魔人と近い距離にいることを明かしたくなかったはずだ。
その制約を、いったいどうとらえて堪えているのかを知りたかった。
川 ゚ -゚)「悔しいさ。でもな、それは人間への悔しさじゃない」
クーが首を横に振り、手元のカップから水を一口飲んだ。
川 ゚ -゚)「私は、私のふがいなさが悔しいんだ。
あのとき、魔人は人間を怖がっていた。私以外の人間が近寄れば、すぐに攻撃してしまうほどに緊張していたんだ。
私は町から出ていかなくてはならなくなった。私の友人が鼻を削がれたからだ。傷つけてしまった彼のそばでのうのうと生きることなんてできないからね」
そして、とクーは続ける。
川 ゚ -゚)「たとえ私が人間を離れ、魔人といくら仲良くなっても、彼らが人間を憎んでしまえば、最後には争いが待っている。
それではだめなんだ。私が私の友人と会えなくなったように、見知らぬ誰かと誰かが引き裂かれるなんて、あってはならない悲しいことだ」
233
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:15:12 ID:VxwyPiKA0
川 ゚ -゚)「できることなら魔人の人間に対する恨みを少しずつ変えていきたい。
魔人が人間を恐れず、堂々と人間と対等に話し合える世界を作りたい。大きすぎる夢物語かもしれないが、私は本気だ」
かつて、同じ町に暮らしていた友人の姿が浮かんでいた。
話したことこそ少なかったが、忘れることはできなかった。
自分が唯一気兼ねなく話せた友人、ドクオ。
いろんな人間に会い、そのほとんどすべてに軽蔑を送って終わったけれど、彼に対しては蔑もうとは思えなかった。
彼は自分と同じ立場にいる人だと思ったからだ。人になじめず、社会からどこか浮ついていた彼に、同族としての意識があった。
自分と同じ人を責め立てるのには勇気がいる。
自分の弱点を見つめる覚悟がいる。
そんなものをクーは持ち合わせていなかったし、それにわざわざ弱点を知ろうとも思わなかった。
クーがドクオに抱いていたのは、近づきすぎず、どことなく近しいところを感じる、穏やかな関係性だった。
だからこそ、その彼と今簡単に会うことができない現状に不満があった。
234
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:16:11 ID:VxwyPiKA0
あの夜の晩は彼を傷つけてしまった以上、逃げてしまうしか方法が無かった。
そのことを、後に何度も思い返し、何度も悔やんだ。
ドクオとの友人関係を急速に過去のものとし、すべてを忘れようとした。
しかしどうしても後悔の念が離れない。
ドクオと別れの言葉を交わせなかった悲しみが、あの夜の森を走っていた時からずっと潜んでいて、年を経るについれて急速に拡大した。
不安で震え魔人の少女に対して、昔話をこうして話すことができたのも、その思いの拡大のなせる業であった。
川 ゚ -゚)「さて、長話は終わりだ。この隠れ家にはいくつか部屋が余っている。君をそこへ案内しよう」
手を打ち鳴らしてクーが告げると、ツンがきょとんとした瞳を向けてきた。
ξ゚⊿゚)ξ「……いいの?」
川 ゚ -゚)「もちろん。困っている魔人を助けるのがこの隠れ家の目的だ」
235
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:16:52 ID:VxwyPiKA0
ξ-⊿-)ξ「そう、ね」
眠い目をこすりながらツンが立ち上がった。
ξ-⊿-)ξ「すっかり眠くなっちゃったから、お言葉に甘えることにします。
本当に、ありがとう。この国にきて初めてよ。こんなに温かいホットミルクをいただけたのなんて」
川 ゚ -゚)「お望みならいつでも作ってやろう」
クーは微笑みかけながら、立とうとする。
すると、その脚に何かがぶつかった。
脱いだばかりの特殊なブーツがそこにあった。
靴底にばねが仕込まれてあり、地上から高い屋根の上などに上っていくことができる。
クーにとっては懐かしい代物だった。
かつてクーの妹が面白がって考案した落書きのような図案を念頭に、試行錯誤して作り上げた発明品なのである。
236
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:18:15 ID:VxwyPiKA0
妹とともに、昔のことがまた思い出される。
そして、自分の願望も。
自らの持つ大きな望み。魔人が安心して暮らせる世界。
そのために、社会に潜む魔人たちから、人間が敵ばかりでないことを説いていきたい。
争いを忌避する世の中にし、戦わずして話し合いを終わりにしたい。
魔人が何事もなく溶け込んだ世界、自分がもう魔女と呼ばれることのない世界の中で、
もう一度ドクオに会いたい。
本音の、一番の根幹を、今一度クーは噛みしめていた。
237
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:19:24 ID:VxwyPiKA0
.
――第十話 終わり――
――第十一話へ続く――
.
238
:
◆MgfCBKfMmo
:2014/08/03(日) 20:20:11 ID:VxwyPiKA0
今日はおしまい。
それでは。
239
:
同志名無しさん
:2014/08/03(日) 21:46:02 ID:noGowcLc0
乙乙
クーとドクオが一緒に居るときの雰囲気好きだ
240
:
同志名無しさん
:2014/08/03(日) 23:49:32 ID:V6.vza/Q0
乙乙
241
:
同志名無しさん
:2014/08/03(日) 23:49:57 ID:xRTzmXcc0
乙
最近ペース早くて嬉しいです
242
:
同志名無しさん
:2014/08/04(月) 01:40:06 ID:iVrf6tSs0
うぉいうぉいうぉい!!!
きてんのかああああ!!!!
やめたとか言ってたからもうここ見てなかったよおおお
乙!!最高すぎるぜ!
243
:
同志名無しさん
:2014/08/04(月) 17:02:50 ID:eIgFQniM0
乙
どの話も面白いなー
244
:
同志名無しさん
:2014/08/14(木) 22:53:34 ID:tkBGIHAo0
毎回スゲー楽しみにしてるよ!
245
:
同志名無しさん
:2014/08/15(金) 12:55:15 ID:RhwyaGBU0
やっぱり噂は信用ならんな
今回も面白かった!乙!
246
:
同志名無しさん
:2014/08/18(月) 09:55:35 ID:UVvAAuCc0
完結させてくれる事を心から祈っている!
247
:
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:2014/08/29(金) 22:10:00 ID:CNaiEJ7.0
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250
:
同志名無しさん
:2014/09/25(木) 13:02:40 ID:twyd7Q0c0
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251
:
同志名無しさん
:2014/10/26(日) 13:48:32 ID:VmMqJC3A0
まだかな?待ってるよー
252
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:00:26 ID:JEn9IXCs0
いきます
253
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:01:17 ID:JEn9IXCs0
.
――第十一話――
――式典と内なる獣――
.
254
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:02:11 ID:JEn9IXCs0
夜が明けて、冷え込んだ朝がやってきた。自室で目覚めたドクオは、いやに眠気が強く残っているのを感じた。
おぼろげな頭で振り返り、昨夜なかなか寝付かないつーに付き添っていたら眠る時間が遅くなったのを思い出した。
そのつーはというと、食事処の方にいて、すっかり回復した体力を誇示するかのように店の隅で体操をしていた。
平和な様子に、ドクオの口から何とも曖昧な溜息がもれた。
(*゚∀゚)「おはよう、ドクオ。元気ないのか?」
('A`)「いや、元気だなと思ってな」
軽く会話をかわした後、つーは朝のうちにここを出ることを告げた。
もう体力も回復しているのだから、長居するわけにもいかないとのことらしい。
(*゚∀゚)「それに、魔人のあたしがここにいたってことが見つかると危ないだろうしね」
つーはそんなことをいう。そのあまりにもからりとした物言いがドクオの耳にこびりつく。
255
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:02:54 ID:JEn9IXCs0
('A`)「そんな気遣い……するなよ」
少しだけ言いよどんだ。
目の前にいるつーが魔人であること、自分が魔人を憎んでいること。
そのふたつを秤にかけて、心の中が不安定になる。
本当は魔人なんて心の底から嫌いなんだ。
そう打ち明けてしまいたくなるのをぐっとこらえる。つーが無害で、子どもであることを自分に言い聞かせる。
そうして無理やり、心の中の天秤を傾かせた。
('A`)「お前は何も悪いことしていないんだから」
ドクオがそう言ったとたん、つーの顔がぱあっと明るくなった。
目が爛々と輝いて、ありありと嬉しさが伝わってくる。
(*゚∀゚)「ありがとう。ドクオ。あたし、そんなこと人間に言われたの初めてだよ」
つーの声が高くなった。
256
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:03:35 ID:JEn9IXCs0
(*゚∀゚)「あたし、勘違いしていたかもしれない。人間ってもっとずっと自分勝手で酷い奴らだと思っていた。
何もしていないのにあたしたちを虐めてくる奴ばかりなんだと思っていた」
(*゚∀゚)「でも、あんたみたいな人もいるんだな」
そう言って、つーはドクオに歩み寄ってきた。見上げる視線を向けてくる。
一瞬溜めて、口を開いた。
(*゚∀゚)「あたし、ここを出るときは堂々とするよ。胸を張って出てやるんだ。ごく普通の、人間の客と同じように」
目の端で煌めいたものを、つーは咄嗟に手の甲で拭った。
その腕に半ば隠れながら、恥ずかしげな笑みが見える。
そこにはまるで邪気がなかった。
不意につーが、ドクオの脇を走り抜けた。
(*゚∀゚)「ちょっと荷物を整理してくるよ」
そう朗らかに言ったつーの姿が、奥の部屋へと消えていく。
後にはひとり、ドクオが残る。
表情は失われている。
胸の内はまた不安定になっていた。
あんなふうに微笑まれただけで受け入れてしまいそうになる自分を、昔の自分が諌めてくる。
頭の中でぐるぐると、種々の価値観が静かにぶつかりあっていた。
☆ ☆ ☆
257
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:04:26 ID:JEn9IXCs0
テーベ城の訓練場では、いつものように傭兵たちが声を上げて鍛えていた。
太陽も高く昇っているが、気温が低いことには変わりない。
それでも傭兵たちの熱気は高く、隅の方で混じっていたドクオは感心する思いだった。
今訓練しているのは、一週間後のテーベの式典に備えた警備である。
式典とは、テーベの栄光を確認し、今後の躍進を約束するための儀式である。
当日はテーベ国王、すなわちハインも表に出てくるため、相応の警備が必要となるのだ。
ハインの役割は式典のメインイベントである大講和会の主宰である。
お城の前に設置された講和のための高台に乗り、集まった民衆にテーベの今後の展望を説く。
その目的は、国の政策目標を国民に広く知れ渡らせることだった。
事実、テーベ国で行われている政策のほとんどが国民の大多数の支持を基盤として成立している。
なによりもまず国民の感情を大切にする、という心情が代々国王たちに受け継がれてきたのだ。
女帝ハインもその系譜であり、なおかつ歯に衣着せぬ物言いから国民からの信頼が厚かった。
傭兵たちの訓練にも熱が入る理由であった。
その熱気の中、ドクオは自分の身体がふらつくのを懸命に堪えていた。
258
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:05:10 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「寝不足ですかな、ドクオ殿」
休憩時間に入り、ロマネスクが声を掛けてきた。
('A`)「よくわかったな」
( ФωФ)「動きがいつもより鈍っているように見えましたゆえ」
そう言うと、その大きな目がぎょろっと光る。
人間ではあるものの、その鋭さは獣のようだ。
そんなことをドクオ思い、魔人と戦う俺たちにはなんだか皮肉だと苦笑しながら首肯した。
('A`)「見抜かれるとはお恥ずかしい限りです」
( ФωФ)「いえいえ、たまたま気づいたというだけのことですよ。観察するのが趣味でしてな」
そういって、しばらく丸っこい笑いが続いた。ドクオもつられて笑みを返す。
しかし、すぐにロマネスクは元の真顔に戻った。
( ФωФ)「しかしドクオ殿ともあろう方が、日中の活動を損なうほどに睡眠を怠るとは珍しい。
昨晩は何か、特別に眠れない事情でもあったのですかな」
259
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:06:45 ID:JEn9IXCs0
ドキン――と心臓が高鳴った。
ドクオの顔から笑みが消し飛ぶ。
つーの顔が思い浮かんだ。
言うわけにはいかない、と咄嗟に心に強く言い聞かせる。
昨夜の一連の出来事をすべて説明してしまえば、彼女が魔人だということもわかってしまう。
魔人であることを隠して説明しようにも、見ず知らずのつーを一晩匿った理由が取り繕えるか。
すぐには思いつかなかった。
気まずい沈黙が続く。
ロマネスクの鋭い眼光は、動くことなくドクオを見据えている。
ドクオはとにかく舌を動かすことにした。
(;'A`)「面倒な客がいたんだよ。ひどく酔っぱらっていて、夜遅くまでどんちゃん騒ぎをやっていたんだ。
閉店だって言ってもなかなか帰らないから対応するのに手間取ってしまったんだよ」
慌てつつの説明だったが、理には適っているだろう。
そうドクオは思っていたのだが、ロマネスクはすぐには目を離さなかった。
それどころか、ますますその目が見開かれる。
( ФωФ)「なんと、ドクオ殿は」
何を言われるのだろうか、とドクオは身構える。
ロマネスクは一瞬溜めてから、言葉を続けた。
260
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:07:26 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「お店、居酒屋にお住まいなのですかな」
そういえば、言っていなかった。
ドクオはがっくりと肩を落とす。
('A`)「ああ、そうなんだ。連れが経営に当たっているんだよ」
疑いの視線ではないことがわかって、気が軽くなった。
('A`)「俺もたまに接客するんだ。今回みたいな面倒な客の相手もする」
( ФωФ)「なるほど、それで夜遅くまで。いやはや、そうとは知らず不躾なことを聞いてしまいました」
ロマネスクは丁寧に頭を下げてきた。
261
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:08:21 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「ドクオ殿もお連れ様も祖国が無くなってしまっています。さぞや苦労もおありでしょう。
どうぞ、普段の生活でお困りのことがありましたら私に言ってください。できるかぎり協力しましょう」
話題が逸れたことを感じ、ドクオはひそかに安堵した。
('A`)「ああ、ありがとう。でもそんなに困窮しているわけでもないよ。
しいていうなら、いつかうちに食事にでも来てくれ。その方が連れも喜ぶから」
( ФωФ)「ふむ、心得た。早速日取りを調整してきます」
ロマネスクは微笑みを浮かべて踵を返した。
ドクオはほっと息をつく。
と、そこへ突然ロマネスクが振り返ってきて、ドクオはぴんと背筋を伸ばした。
(;'A`)「な、何か」
262
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:09:03 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「いえ、多少失礼ながら申しておきたいことがありましてな。
私、こう見えても食事に行くお店は綺麗であってほしいと常々願っております。
どうぞ日取りが決まりましたら、なるべく丁寧に掃除をするように取り計らってもらいたいのです」
( ФωФ)「もちろん普段から念入りに掃除されているとは思うのですが、さらに念入りにです。
なにせこう、観察が好きなものですから、ついつい床にゴミがありますと目についてしまうのですよ。
こういうなりをしていて恐縮なのですが、特に猫の毛などが苦手でしてな。見つけてしまうとその日一日、食事の味もわからなくなるほどになってしまうのです」
( ФωФ)「いや、これは余談ですな。余計なことをべらべらと、良くない私の癖です」
ロマネスクは頭を下げた。
ドクオは冷や汗をかきながらそれに応えた。
帰ったら掃除を徹底させよう。
ドクオは胸の内でそう誓った。
☆ ☆ ☆
263
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:09:49 ID:JEn9IXCs0
ところ変わって、テーベの南、ハルバリ港町。
夕日が海に沈みゆく。
橙の光をいくつもの貨物船が横切っていき、海に切れ目が入る。
貿易で栄えるテーベの国の海の玄関である港町。
世界中から様々な物資が取り寄せられ、国中へと運ばれていく。
朝から晩までひっきりなしに船に乗って運ばれてくるのは、木材、鉄鉱石を中心とした物資だ。
魔人に頼らないこの国は多様な材料を必要としており、一日中あらゆる国からそれらの品が運ばれてくるのである。
ブーンはその様子を波止場から実に半日は見つめていた。
「やれやれ、こんなところにいやがったか」
背後から声を掛けられる。
聞いたことのある声だ。
「波止場に見知らぬ若者がいるって聞いてよ、特徴を聞いてもしやと思ったんだ。
まったく、こんなところで何やってるんだよ」
264
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:10:28 ID:JEn9IXCs0
ブーンは振り返らずに口を開いた。
( ^ω^)「……僕が悪かったんですお。その子がどんなに辛い思いをしているのか、わかってなかったから」
つぶやきにかぶさるように、カモメが鳴き、船の笛が鳴った。
日暮れが近い。後ろに広がる港町では、慌ただしく船乗りたちが出歩いていた。
( ^ω^)「詳しいことは何も教えてくれないまま、彼女はどこかへ行ってしまったんですお」
( ^ω^)「それから一日経ちましたけどどうしても、何も思い浮かばなくお。
いったい僕に何ができたのだろうと、ずっとずっと考えてしまったお」
( ;ω;)「本当に、うう、僕は、僕はどうしたら……」
(;;・∀・;;)「ああ、わかるわかるぞそういうの」
話を聞いていたのは、先日出会った浅黒い肌の工夫だった。
265
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:11:05 ID:JEn9IXCs0
(;;・∀・;;)「女の心なんぞ、男にはわからないものなのさ」
( ;ω;)「うう……おっさん! わかってくれるかお!」
耐え切れず、ブーンは男に飛びつきそうになる。
男は「おいおい」と笑いながらブーンを止めた。
(;;・∀・;;)「泣きつくんじゃねえよ。そんなことしたって何にもならねえぜ。
その、ツンちゃんだったか。その子が行っちまったのは仕方ねえことなんだよ」
ブーンがツンと別れたあと、ブーンは一晩中泣いて過ごした。
朝になっても泣き止まず、散々な顔をして外をふらつきあるいていたら、工夫と再会することになった。
海を眺めることを提案したのはこの工夫だった。
(;;・∀・;;)「波を見ていれば自然と心が落ち着くさ」
そう言われて、半信半疑で波止場にやってきて、必死になって波と睨めっこをした。
日暮れの今になるまでずっと。
266
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:11:55 ID:JEn9IXCs0
( ;ω;)「おっさん。じゃあ僕はどうしたら」
縋る思いで口にするブーンに、男は毅然と首を振ってみせる。
(;;・∀・;;)「過ぎちまったことはしかたねえ。それはもう考えちゃなんねえよ。
去った女は帰ってこない。かー、辛いねえ!」
無論、ブーンはツンの正体を男に打ち明けてはいない。
男に対しては単純に女の子と喧嘩したという体で話してある。
そのせいなのか、工夫の方も妙に乗り気で相談に乗ってくれた。
(;;・∀・;;)「とにかくできないことはもうできない。
今はできることの方を考えるんだ。ほら、お前さん確かテーベには目的があったんだろう」
( ;ω;)「お、そういえば……」
267
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:12:39 ID:JEn9IXCs0
ツンのことでいっぱいだった頭に、唐突に別のイメージが浮かんだ。
故郷で倒れた母のこと、その母から頼まれたこと。
自分がテーベに来た理由。
( ^ω^)「父ちゃん! 僕、父ちゃん探していたんだお!」
すっかり忘れてしまっていた。
頭を切り替え、昨日の男との話を思い出す。
ブーンの故郷からテーベまで、鉱石商人が一人城下町に向かっていた話を。
(;;・∀・;;)「城下町にいるんだろ」
その情報を言ってくれた本人が、ブーンに確認してきた。
(;;・∀・;;)「それに、あそこなら情報が集まりやすい。
その子のことも、勝手に耳に入ってくるかもしれねえぞ」
アドバイスがブーンの背中を押してくれる。
268
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:13:33 ID:JEn9IXCs0
( ^ω^)「おっさん、ありがとうだお……」
何よりもまず礼が口をついて出てきた。
(;;・∀・;;)「良いってことよ。さ、ぼやっとしてねえでさっさと準備しねえか。俺も手伝ってやるからよ」
( ^ω^)「いいんですかお?」
(;;・∀・;;)「おうよ。困ってるやつには手を差しのべるのが俺の信条よ」
そういうと、男は屈託なく笑った。
その様子があまりにも快活で、ブーンは目を見張り、それから笑いが込み上げてきた。
テーベの城下町。
そこに自分の父がいる。
そして、もしかしたらツンのこともわかるかもしれない。
微かな希望を胸に、ブーンは自分の行き先に思いをはせていた。
☆ ☆ ☆
269
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:14:33 ID:JEn9IXCs0
数時間後、ハルバリ港町北郊外。
採掘場の奥の奥、岩の間にクーの隠れ家はあった。
ξ゚⊿゚)ξ「クーさん。本当にすぐに移動するんですか」
出入り口付近に出てきていたツンが、傍らに立つ女性に質問した。
川 ゚ -゚)「そうだ。昨夜は羽目を外し過ぎた。人間たちにも私のことが噂になってきているからな」
話している間にも、ツンの後ろの入口から大勢の黒い影が出てくる。
みな、クーに保護されていた魔人たちだ。
魔人を集めたのはクーだった。
テーベの国のどこの街でも、いまや魔人であるとばれた途端に逮捕される恐れがある。
その現状を打破するべく、この港町で人間に捉えられそうになっていたところを保護し、逐一この岩場へと運んできていたのだ。
ツンを助けたのもその活動の一環であった。
270
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:15:46 ID:JEn9IXCs0
ξ゚⊿゚)ξ「でも、どこへ行くんです」
川 ゚ -゚)「アイトネ山脈だよ。この国で唯一魔人が無事に住まうことのできる場所だ。
逮捕された魔人たちも、さして容疑がないようであれば全員があの山に押し込められることになるんだ。
一度山に入ったら最後、二度とテーベの他の街へ降りることはできない。麓には警備隊が常駐しているから脱走もできやしないんだ」
ξ;゚⊿゚)ξ「そんな……つまりアイトネ山脈全体が魔人たちにとっては牢獄ってことですか」
顔を青くするツン。
それをみて、クーは穏やかに首を横に振った。
川 ゚ -゚)「いや、あの山は旧ラスティア領にまで続いていて、そこへ移動するのには問題は無いんだ。
もっとも、マルティア国となってから最近ではあまりいいうわさは聞かないがね」
その言葉をきいて、ツンはほっとすると同時に、不安にもなった。
マルティアのことは聞きしに及んでいる。魔人を酷使するという国家体制であることをツンも良く知っていた。
ξ゚⊿゚)ξ「できるなら……マルティアにもあまり行きたくはないのですが」
わがままだなと思いつつも、ツンは思ったことを口にしてみた。
普通の人ならば嫌な顔をされるだろうが、クーにはなんとなく言ってもいいと思えた。
271
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:16:46 ID:JEn9IXCs0
事実、クーはあっけらかんとした表情で答えてくれた。
川 ゚ -゚)「そうなったら、逃げるしかないな」
簡潔で明瞭な返答。
クーが基本的にそのような話し方をすることを、ツンはすでに学んでいた。
ツンの頬が緩む。
そのような歯切れのいい性格が、すでにツンの中では好ましい対象として映っていた。
良い人に巡り合えた。
新しい国にきてから、不安続きの日々を送ってきていた。
正体を見破られそうになり、慌てて逃げ出すことも一回や二回どころではなかった。
安心できる場所なんて、見つかりはしないと思いかけていた。
しかし、クーのような人もいる。
真剣に魔人の身を案じ、手を差し伸べてくれる人もいる。
きっとそうは多くないはずだ。だからこそ、この出会いを大切にしたい。
この人についていこう。
クーの姿がわかってくるにつれ、自然とツンはそう思えるようになった。
272
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:17:53 ID:JEn9IXCs0
そのとき、隠れ家の入口から誰かがツンに歩み寄ってきた。
背の低いその影に気づき、ツンは目を向ける。
.(〆 ヽ)
从;´ヮ`从ト
それはツンの見たことのな少女だった。
丸い獣の耳があるので魔人であることはわかる。
よほど疲れているのか、歩いている間もふらついてしまっていた。
川 ゚ -゚)「その子は旧ラスティアから逃げてきたみたいなんだよ。今日の朝にここについたばかりなんだ」
クーはそういうと、少女の頭にそっと手のひらを載せた。
青白く緊張した少女の顔に、さっと緩みが広がっていく。
ξ゚⊿゚)ξ「ラスティアから……この子がそう言っていたんですか?」
川 ゚ -゚)「いや、その子は喋れないみたいなんだ。
旧ラスティアからは毎日のように魔人の民が逃げてきていて、この子はそのうちの一人だったんだ。
国境付近の村で独りで彷徨っていたところを私が保護してきたんだよ」
273
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:18:40 ID:JEn9IXCs0
ξ゚⊿゚)ξ「独りで、ですか」
となると、親はいないのだろうか。
暗い想像をしてしまいそうになる。
かわいそう、と思わず言いたくなる。
だけどそんな言葉をかけただけではほとんど意味がないだろう。
逡巡してから、ツンは膝を屈めて少女を見つめた。
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト ?
ξ゚⊿゚)ξ「せーの」
ξ゚⊿゚)ξ グググ
ポンッ
274
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:19:36 ID:JEn9IXCs0
/ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「ほら」
.(〆 ヽ)
从*´ヮ`从ト ホワアアアア
/ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「よしよし、笑ってくれた」
少女の髪を撫でると、温もりが伝わってきた。
寒い冬の風が吹きすさぶ中でも、そこには確かに温かみがあった。
この子も当然生きているのだ、そんなことにツンは思いをはせていた。
川 ゚ -゚)「そろそろ行くぞ」
クーが切り出し、ツンは頷く。
クーが保護していた魔人たちは十数名に及ぶ。
その全員を引き連れて、一行はハルバリを抜けていく。
275
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:20:38 ID:JEn9IXCs0
道中、ツンは一度だけ振り返った。
/ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「ブーン……」
心残りがないわけではなかった。
思っていることをそのままにしてぶつけてしまって、それで本当に正しかったのか。
もっと掛けてやれる言葉があったのかもしれない。
このまま喧嘩別れをしたままなのだろうか。
一抹の不安を抱えながら、ツンは視線を戻す。
迷っている場合じゃない。
今はひとまず、前へ向かおう。
悩むのはそれからでいい。
そして、ツンは再び歩み始めた。
アイトネ山脈へと続く獣道を、闇夜に紛れてひっそりと。
☆ ☆ ☆
276
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:21:29 ID:JEn9IXCs0
まだ年号に西暦が使われていた頃、テーベは工業が盛んな国だった。
古くよりアイトネ山脈付近の地下で炭層が発見されており、13世紀頃にはすでに細々と採掘がおこなわれていた。
その石炭の利用価値が一気に高まったのは、18世紀後半より世界中で起きた製鉄の開始からだ。
石炭産出国であるテーベは率先して製鉄技術を磨き、改良を重ね、効率化を進めていった。
もしも何事も起きなければ、テーベは工業先進国として世界をリードする立場にあることができただろう。
だが、その「何事か」は起きてしまった。
300年前、この世界に魔人が現れ、人間たちに無償の労働力と不思議な力を提供してしまったのだ。
鉄を求めていたはずの人たちは、魔人によりその需要が満たされてしまった。
テーベの保有する大量の石炭は、その国外においては一気に価値の低い石ころとなった。
その状況を見かねた当時のテーベ国政府は、ある決断をした。
このままでは、主要産業である工業そのものが無価値になる。
積み重ねてきた石炭採掘の費用を賄うことができないばかりか、財政基盤が揺らいでしまう。
最悪の場合、負債に押し潰されて国家そのものが機能しなくなってしまうだろう。
国内だけでもいいから、魔人の力に頼らない国づくりをしよう。
それが元々の思想であった。
全ては国を、国民を守るためだったのである。
277
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:22:16 ID:JEn9IXCs0
300年間、その意志は国王に代々受け継がれてきた。
どの国王も自分の立場を自覚し、責任をもってその決まりを守ってきた。
少しでもテーベ国の工業を阻害しようとしたり、不思議な力を用いた奉仕を行ったら、即刻逮捕されることになる。
テーベ国内に入ることができる魔人は特別な許可を持った者か、戦争難民だけ。
この決まりが厳格化され、やがてテーベ国内の街中を魔人が歩くことすらままならなくなった。
その魔人たちへの迫害を背景に、工業市場をテーベ国内においてのみ維持し続けた。
他の国では工業の需要がほとんどない。そこを逆手にとって、材料資源を大量に輸入することに成功した。
だから、テーベ国の風景は隣国のラスティアとは大きく違う。
街は鉄の塀で囲われており、家々も灰色のコンクリートでできている。
海沿いや平野の広い工場地帯では煙突が立ち並び、途切れることなく排煙を吐き出し続けている。
テーベの空はいつでも白くぼやけていた。
だけど、テーベの多くの国民はそのことを誇りに思っていた。
自分たちの出した煙が空を覆う。その結果できた製品たちで生活がより豊かになる。
空の白さは、言ってみれば自分たちの頑張りの現れだ。人はその気になれば空だって変えられるんだ。
そうしてテーベの国民たちは、自分の力を信じて前へ前へと発展してきたのであった。
278
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:23:23 ID:JEn9IXCs0
その日の空も、やはり白みがかっていた。
テーベ国城下町、城前の大広場。
大きな噴水を取り囲んで、庭園に収まり切れないほどのたくさんの国民たちがいる。
年に一度の式典は、いつも熱気ある国民たちが集まってきていた。
テーベ城城主、ハイン女帝はお城の二階にある広いバルコニーから広場を見下ろしていた。
从 ゚∀从「いいねえ! 盛り上がってるねえ!」
上気した顔を曝け出し、諸手を上げて高らかに叫んでいる。
すでに楽隊の演奏や名誉国民への祝辞といった式典の催し物は一通り行われ終えていた。
残っているのは、ハイン主宰による国民への講和だけだ。
そこへ、バルコニーの隅の椅子に腰かけていた者から声がかかる。
(;゚∀゚)「姉ちゃん、みんなが見てる前で無駄にはしゃぐなよ」
ハインの弟、ジョルジュがため息交じりに忠告した。
ハインは振り向き、フンッと鼻を鳴らした。
279
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:24:46 ID:JEn9IXCs0
从 ゚∀从「みんなが盛り上がっているところで盛り上がるのに何の問題もないだろうよ。
そんなことよりジョルジュ、もっと前へ出て来いよ。久しぶりに帰郷したんだ。みんな見たがっているぜ」
(;゚∀゚)「や、やだよ! こんな派手な服で人前なんか出られるか!」
ジョルジュの着ている服は、赤を基調とした煌びやかな王族の服だ。
黒と黄ののストライプが幾筋も縦に伸びていて、袖口や襟元では白い綿が柔らかく膨らんでいる。
保温には抜群の格好だが、如何せんキラキラしすぎていて、ジョルジュはまともに鏡をみるのも嫌だった。
それ以前に、王族の立場で前に出るというのが気に入らない。
ラスティア国へと移り住んでいたのも、元々はテーベ城での生活に嫌気がさしたことが始まりだった。
たまたまテーベ城に来ていたラスティア国在住の親戚に事情を説明し、家出の手伝いをしてくれるように頼み込んだのである。
280
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:25:43 ID:JEn9IXCs0
ラスティア国の親戚の家を訪ねて数日後にはもうテーベからの使者が来てジョルジュを連れ戻そうとしたが、ジョルジュもまた必死に抵抗した。
親戚もジョルジュに理解を示し、匿う手助けをしてくれたため、使者はどうすることもできず国王にまで相談する騒ぎとなった。
当時の国王、つまりジョルジュの父親は話を聞き、王族間でのごたごたを世間に広めるわけにもいかず、やむなくジョルジュの家出を修業と称して認めることになった。
城へと帰宅することを促されだしたのは三年前に国王が逝去し、ハインが女帝となってからだ。
唯一の肉親である弟をいつまでも好き勝手にさせておくのを良しとしなかった。
ジョルジュはのらりくらりとハインの連絡をかわし続けていた。
しかし、ラスティア城陥落のためにハインに大義名分ができてしまった。
テーベから使者がすぐに旧ラスティア領に入ってジョルジュを見つけ出し、保護を名目としてテーベ城へと連れていくことを主張した。
ラスティアの衛兵として訓練を修業と言い換えていたジョルジュには、もうその主張に抵抗するだけの理由が無くなってしまっていた。
その結果、今こうしてジョルジュは城に連れ戻されている。
派手な服装を身に纏って顔を赤らめながらジョルジュは口を尖らせた。
(;゚∀゚)「つうか姉ちゃんは恥ずかしくないのかよ」
从 ゚∀从「はあ? なんだよ、文句あるのかよ。綺麗だろうが」
281
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:27:05 ID:JEn9IXCs0
ハインは見せつけるように身体をひらりと翻す。
陽光を燦々と反射させるその服装は、襟元からマントの裾まで余すところなく金色に輝いていた。
金粉を塗した特注の鎧である。金の下は純度の高い鋼鉄であり実用性も兼ね備えている。
髪色の金とも相まって、ハインの全身はもはや黄金の塊に他ならなくなっていた。
( ゚∀゚)「眩しいからこっち見るな。ほら、はやく講和終わらせろよ」
从 ゚∀从「おう。後ろのカーテンの傍には立つなよ。使うから」
ハインが指を差したのは、バルコニーへの出入り口に張られた黒く分厚いカーテンだった。
広いバルコニーの入口を完全に覆い尽くし、城内が見えなくなっている。
普段はもっと薄手の白い絹のカーテンが張られているのだが、この日はなぜか朝から黒のカーテンに代わっていた。
たぶん何か見世物があるのだろうな。
ジョルジュは予想し、そうとわかればなるべく邪魔にならないようにと椅子を端の方へ寄せた。
282
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:28:15 ID:JEn9IXCs0
階下から、司会の声が拡声器を通して聴こえてきた。
講和の時間の始まりを告げている。
从 ゚∀从「んじゃ、いっちょ行ってくるわ」
ハインはジョルジュにウインクをして、バルコニーの先へと歩み出た。
執事がひっそりと出てきて、ハインに拡声器を渡す。
目つきの鋭くなるハインの横顔が、斜め後ろ側にいるジョルジュからも見えた。
姉が仕事を始める時の癖だ。
ハインは切り替えの上手い人だ。そうジョルジュは思っている。
若くして、しかも女性で国王となれたのも、切り替えの早さからくる世渡りの上手さ、そして真剣になったときの圧倒的な精神力があったからだ。
『女帝』などという呼び名がハインに対してあてられているのも、公務上の並々ならぬ威圧感を皆が感じているからこそ浸透している。
283
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:29:18 ID:JEn9IXCs0
ジョルジュにとって、ハインは強い姉であった。
それが今やテーベ国を代表する強者のシンボルと化している。
すごいことだ、とはもちろん思う。尊敬する気持ちもなくはない。
だけど、時折その感情に混じって、若干の怖れが混じることもあった。
姉が何を考えているのか、よくわからない。
前から変わっている人だとは思っていたが、帰ってきてからは特にそう感じるようになった。
近づこうにも、あまりにも距離がかけ離れている気がして、結局触れられないでいる。だからつい怖れてしまう。
国民を見下ろして声を張り上げ始めたハインの、威風堂々たる黄金の背中を見つめながら、ジョルジュはその遠さを改めて実感していた。
☆ ☆ ☆
284
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:30:23 ID:JEn9IXCs0
広場への入場は1000人で打ち止めだったのだが、入って来ようとする国民はまだ大勢いた。
警備に当たっている傭兵たちも国民に武器を振るうわけにはいかず、その身体でもってバリケードを築いていた。
最も警備を当てられているのが入口付近の混雑地帯だ。
ハインの講和が始まったこともあり、漂っていた興奮が一挙に滾り始めていた。
(;'A`)「多いな……」
ドクオが警備を担当していたのも入口付近であった。
熱気に満ちた人々を相手に両手を張る。またその目では不審な動きが無いか絶えず観察を繰り返す。
ドクオの背後にそびえるテーベ城からは、拡声器を通しての講和が続いた。
从 ゚∀从「テーベ国の興隆の中心にはつねに国民の労働がある」
ハインが話すときだけ一瞬静けさが広がり、それが終わると相槌を打つ声がいくつも折り重なって聞こえ、大気を震わせる。
从 ゚∀从「人が努力しなければ、何もできない。人が努力するからこそ、人が暮らせる街ができ、活動するための道具ができ、身を守るための武器ができる。
人は自分の手であらゆるものを作り出すことができる。誰の助けを借りるでもなく、自らの知恵と力を組み合わせれば、いくらでも国を豊かにすることができる。
それがこの国の最も目指すべき目標だ。私もこの考えに従うことを第一に考え、行動している。みんなも同じだろう?」
285
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:31:24 ID:JEn9IXCs0
賛同の声が一気に沸き立つ。
(;'A`)(人間が中心ってことか。魔人への強い抵抗があるのも納得だ)
テーベ国民の結束は固い。熱気はあるが、ハインの言動に反対しようとするものは見えなかった。
顔を見てみても、みな心からハインに賛成であるように見える。
誰もかれも、自分たちで未来を切り開こうという意志がある。
ここ数日テーベで暮らしていているドクオにも、もうその意志は伝わっていた。
从 ゚∀从「人間の活動に限界はない。
今日はそのことを証明する、ある発明品をみなに打ち明けたい。これは他のどの場所でも発表していないものだ。
まず第一に国民のみんなに見てもらい、その偉大なる意義を十二分に感じていただきたい。では、見てくれ」
民衆から熱気と、どよめきが浮かんだ。
ドクオも気になって首だけを背後に回した。
ハインはバルコニーの脇に避けていく。
その奥、バルコニーの黒いカーテンが、合図とともに一気に端へと引っ張られた。
薄暗い室内が、突如明るく照らされ、中にあるものを照らす。
286
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:32:59 ID:JEn9IXCs0
その場の誰も、それが何なのかわからなかった。
見えたのは、金属でできた何か。横に伸びていて、緩やかな弧を描き、中央部分には楕円形の薄い何かが三枚付いている。
ハインと見比べても、その背丈を少し超える程度の高さだ。
みなが沈黙していた。
ハインは上機嫌な様子で鼻を鳴らしている。
変化が訪れた。
先端についていた楕円の板が、くるくると回りだす。
あっという間に目にもとまらぬ速さになり、残像が重なって円形の板があるように見えた。
空気を切り裂く音がする。
それがゆっくりと外へと向かってきた。
誰もが固唾をのんで見守っている。
从 ゚∀从「……行け!」
それが合図だったのだろう。
前進していた物体は、速度が上がったと見えた途端、一気にバルコニーにせり出してきた。
☆ ☆ ☆
287
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:33:50 ID:JEn9IXCs0
(;゚∀゚)「なにこれ、なにこれ!?」
ジョルジュは椅子にしがみつきながら叫んでいた。
(;゚∀゚)「なにこれなんだよなんなんだよ! 姉ちゃん! なんかでかいのでてきたんだけど!」
从 ゚∀从「ゆっくり見てな。あと下手に触るとふっとばされるから気をつけな」
(;゚∀゚)「はあ? どういうことだよ」
ジョルジュの目と鼻の先で、その物体は移動していた。
目の前に突如として出てきたのだから、ジョルジュの驚き様も相当なものだった。
しかし間近のジョルジュとて、その正体は皆目わからずにいる。
( ゚∀゚)(なにか銀色に光る、鉄の、大きな、乗り物?)
そう思ったのは、物体の中央に、誰かが座っているのが見えたからだ。
ゴーグルを被り、厚い服装を着込んでいる。
288
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:34:57 ID:JEn9IXCs0
( ^^ω)
テーベ城の中でその姿を見たことがあった。いつも顔が崩れそうなほど朗らかに笑っている中年の男だ。
ハインが招いた客人だと話は聞いていたが、その実どんな人物なのかはジョルジュも知らされていなかった。
( ^^ω)「君!」
男がびしっとジョルジュを指差してくる。
(;゚∀゚)「は、はい!」
思わずはきはきと返事をしてしまう。
男は目を細めて言った。
289
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:35:46 ID:JEn9IXCs0
( ^^ω)「そんなところにいたら危ないホマ!」
(;゚∀゚)「は?」
きょろんとして、それから「いやいや」と首を振る。
(;゚∀゚)「俺だって居たくてここに居るわけじゃ――うわ!」
物体の前身が加速している。
バルコニーの床がバリバリと音を立ててめくれている。
高欄に先端が当たっているのもお構いなしで進み続け、いよいよもってそれを壊し始めてさえいる。
(;゚∀゚)「な、なんなんだよ! もう!」
叫ぶ声にはもう誰も答えてくれなかった。
☆ ☆ ☆
290
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:36:58 ID:JEn9IXCs0
落ちる――と誰かが叫んだ。
危ないとの声も重なった。
バルコニーを進み続けた物体の影が民衆の上にかぶさってくる。
誰からともなく逃げ出し始める。
そして――
それは宙に身を投げた。かと思うと、そのまま空中を進んでいった。
微塵も落ちる気配を感じさせず。
叫び声が諸々の場所で上がり、やがて驚嘆へと変わっていく。
その上を、物体は通り過ぎていく。何にも邪魔されないまま、民衆を、噴水を越え、入口付近も通過する。
(;'A`)「なんだ、あれは!?」
いつの間にか、ドクオも民衆と同じように息をのんでいた。
目を見開いて、空中を通過するそれ。
見上げれば、それはまるで鋼鉄でできた巨大な鳥のようにも見えた。
291
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:38:01 ID:JEn9IXCs0
人々の歓声がどんどん高くなる。驚嘆の声と怒涛のような拍手が重なり、広場とその周囲を埋め尽くして止まらなかった。
その物体は広場を通り越し、お城の敷地の訓練場付近にある広場まで迂回したところで木々に隠れて見えなくなった。
从 ゚∀从「私はあれに『飛行機』と名付けた」
興奮冷めやらない民衆相手に、ハインの講和が降り注ぐ。
从 ゚∀从「文字通り、空を飛行する機械だ。
テーベ中の工場主の知恵を借り、協力してもらって、ようやく完成した、れっきとした人間の発明品だ」
ハインの声が一層高くなる。
広場の熱気もここ一番の盛り上がりをみせていく。
そして、ハインが続けた。
292
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:41:14 ID:JEn9IXCs0
从#゚∀从「魔人がこの世界に来航して300年、他の国ではすっかり奴らの力を借りる一方になってしまった。
しかし、私は今証明した。人は空を飛ぶことができる。ほかの何者の力を借りずとも、自分の力であの大空を悠然と飛び回ることができる。
この300年、我々の進化の時間は止まっていた。あらゆる可能性の芽をつぶし、ただ怠惰に生きることを良しとして生きてきてしまっていた」
从#゚∀从「今こそ時計の針を動かすときだ。人の手で何ができるのかを、この国だけに及ばず、全世界に向けて発信する。
魔人など、我々には要らないのだ。この世界はもとより人間の世界、人間の土地だ。その人間の生活に、勝手に入り込んでくるような奴らなど、追い出して――」
そのとき、ハインの頬に痛みが走った。
从 ゚∀从 !
勢いの乗っていた言葉が不意に途切れた。
民衆のどよめきがバルコニーにまで伝わってくる。
293
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:42:26 ID:JEn9IXCs0
ハインは慌てず、静かに自分の頬に指先を触れた。
赤い血。
叫び声が聞こえ、顔を上げた。
広場の向こう側、入口付近にて大きな動揺が走っている。
(;゚∀゚)「姉ちゃん! あれ!」
ジョルジュがハインの後ろの室内を指差した。
ハインは目を向け、そこに矢が刺さっているのを確認する。
294
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:43:37 ID:JEn9IXCs0
(;゚∀゚)「ボウガンだよ! 誰かが姉ちゃんを撃ったんだ! 隠れて!」
从 ゚∀从「……へえ」
ジョルジュが慌ててハインに詰め寄り、その背中を押していく。
ハインはバルコニーから室内へと入っていった。
矢は上向きで壁に突き刺さっている。
地上の遠方から撃ったようだ、とハインは推測した。
入口付近の騒ぎからみても、そこに射手がいたのだと考えるのが妥当だろう。
背伸びをすれば矢に届いた。
壁から引き抜いたそれは、鋼鉄の鏃を取り付けてあり、重さからみても並の弓では放つことのできない代物だった。
295
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:44:17 ID:JEn9IXCs0
从 ゚∀从「魔人、か」
矢を見下ろしながら、ハインはつぶやく。
弓を握る手に力がこもる。
鋼鉄製の矢が、みるみるうちにひしゃげていく。
从 ゚∀从「おもしれえじゃねえの」
ボキンッと音が響き渡り、鋼鉄の矢が粉々になって床に散らばる。
それを見下ろすハインの顔に、顔を真っ二つに引き裂きそうなほどの大きな笑みが浮かんだ。
☆ ☆ ☆
296
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:45:10 ID:JEn9IXCs0
まず臭気があった。
久しく嗅いだことのなかった、魔人の匂い。
人混みに紛れるハンドボウガンはドクオにも見つけられた。
入口付近に群れ固まっていた人々の頭から、ハイン目がけて掲げあげられていたのだ。
(;'A`)「あぶねえ!」
ドクオが叫んで飛び掛かっていく。
ほかの場所からも異変に気付いたらしい傭兵の声があがった。
動揺する群衆の合間を抜け、相手に掴みかかろうとする。
ボウガンを持った腕に手を伸ばす。が、相手もするりとドクオの手を避ける。
矢が放たれたのはその瞬間だった。
297
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:46:00 ID:JEn9IXCs0
人々の悲鳴が耳を劈く。
(;'A`)「やめろ!」
躍起になって怒鳴り飛ばす。
その声に驚いたのか、相手がよろめくのが見えた。
今だ――とドクオは飛び掛かっていく。
相手の袖に掴みかかり、一気に地面に叩きつけた。
悲鳴があがる。相手の声だ。女らしい。
('A`)(あれ?)
心のどこかで引っかかる。
298
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:46:40 ID:JEn9IXCs0
他の警備員たちも集まってきて、取り押さえ始めた。
伸びてくる腕の隙間から、地面の泥に塗れたその顔が見えてくる。
耳が、見えた。
同時に、ドクオの脳裏を驚愕が巡る。
∧ ∧
(* ∀ )
それはほんの一週間前に別れた、あのつーの顔だった。
☆ ☆ ☆
299
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:47:53 ID:JEn9IXCs0
ハインの講和はやむなく中断された。
ハインの傷自体は軽いものだったが、民衆の動揺が大きすぎて、穏便に講和を行える保障がなかったのだ。
闖入者が魔人であることについては戒厳令が敷かれた。
魔人を怖れる人々の間に無暗な不安が広がるのを防ぐためだ。
もっとも、実際にあの現場には大勢の人が立ち会っていた。完全に防げるなんて、政府の側も思ってはいないのかもしれない。
(* ∀ )
彼女は城の地下の牢獄に閉じ込められていた。
両手と両足に枷を嵌められ、鎮静剤を打たれ、簡素なベッドの上にぐったりと眠っているようだった。
300
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:48:42 ID:JEn9IXCs0
从 ゚∀从「こいつか」
自分を襲った敵を直々に見にくるなんてめったにないことだ。
実際傭兵隊の長官や政府高官はこぞってハインを止めようとした。
しかしハインはどうしても見たいといってきかなかった。
自分の命を狙った魔人のこと。そして、もうひとり。
从 ゚∀从「お前が見つけたんだって?」
('A`)「はい」
最初に敵を捕らえた傭兵を連れてこい、との要望が出されたので、ドクオも一緒に牢獄まで足を運んでいた。
ハンドボウガンを見つけたこと、人混みをかいくぐって敵を掴まえたこと、自分の後から他の警備たちも一斉に飛び掛かったことを簡単に説明する。
从 ゚∀从「お手柄だったな。お前が叫ばなけりゃ今頃私の顔はドーナッツだ」
301
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:49:38 ID:JEn9IXCs0
物騒な話をしながらも、その口角は吊り上がったままだ。
爛々と輝く目には狂気さえも感じる。
隣で立っているだけなのに、ドクオの脇の下にじっとりとした汗が流れた。
从 ゚∀从「ドクオ、こいつの処理はお前に任せるとしよう」
ハインに言われ、ドクオは了解する。
捕まった魔人たちの処理は様々だ。
例えば城に侵入した魔人は広場にて磔刑となり、その後アイトネ山脈へと放たれる。
そこには魔人だけが暮らす居住区があり、一度そこへ運ばれたらもう街へ降りてくることはできない。
('A`)「…………」
見知った者を磔刑に処すのは気が引けた。
どうにかして、身体は無事のままアイトネ山脈へと運ぶ手立てはないか。
しかし、ハインの頬に傷を負わせた以上はそのような軽い罰はおよそ認められないだろう。
302
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:50:45 ID:JEn9IXCs0
从 ゚∀从「どうした?」
('A`)そ 「いえ、どう処理するか考えていただけであります」
この子のことを知っていると勘付かれるわけにはいかない。
たった一晩の繋がりであろうと、魔人と関わっていたとわかれば、この国において肩身が狭くなってしまう。
それはドクオだけでなく、同居人であるヒートの生活をも脅かすことになる。
从 ゚∀从「そうか。あっさり死刑にするものかと思ったんだがな」
ドクオの心臓が跳ね上がる。
ハインは目を細めて、頬に出来た傷跡を指先で撫でていた。
303
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:51:49 ID:JEn9IXCs0
殺すべきか。
ハインに傷を負わせたというのは、この国においては大罪なのではないか。
国民感情にも配慮し、ここは問題の魔人を死刑に処すべきなのか。
浮かびかけたイメージに背筋が凍りそうになる。
なんてことを考えているんだ、と自分をしかりつけた。
平静をつくろいながら、ドクオは自分の意見をのべる。
(;'A`)「陛下。この子はまだほんの子どもであります。
それに、この子が単独であんな大胆な犯行に及んだというのも考えられません」
('A`)「陛下を射殺する計画を伝え、ハンドボウガンを渡したものが必ずいるはずです。
無暗にこの子を殺してしまえば、情報を断ち、魔人たちの感情を逆なですることにも繋がりかねません。
ここは生かしておき、穏便に事情を聞きだし、時期を待ってアイトネ山脈へと連行するべきだと思います」
304
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:53:18 ID:JEn9IXCs0
从 ゚∀从「ドクオは好戦派ではないなんだな。傭兵にしては珍しいな」
じとり、とまた脇を汗が流れる。
カラカラに乾いた唇を舌で湿らせ、ドクオは応えた。
('A`)「私は元々ラスティア城に仕えていた衛兵です。先頃の戦火の際に落ち延びてきた身。
できればもう、余計な血は見たくないのです。どうかご理解いただきたい」
从 ゚∀从「なるほど、ラスティアの。
そうか。ではロマネスクと知り合いの元衛兵というのはお前のことなんだな」
ロマネスクはハインと面識があるらしい。
ありがたい思いを噛み締める。
('A`)「ロマネスクさんのことはよく存じております。私が亡命する際もお世話になりましたから」
从 ゚∀从「ふむふむ。彼のことはよく知っている。信頼できる男だ」
305
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:54:03 ID:JEn9IXCs0
ハインは大きく頷いて、それから腕を組んで息を吐いた。
从 ゚∀从「いろいろ聞いてすまないな。思えばもうすでに、今回はお前に任せると言ってしまっていた。
お前の考えを尊重しようか、ドクオ。私は自室に戻るから、夕刻までには答えを聞かせてくれ」
('A`)「はい!」
敬礼をし、ハインを見送る。
金色の鎧を物々しく動かしながら、ハインは牢獄の重い扉を押し開けて出ていった。
薄暗い牢獄に、ドクオはひとり残された。
自分も外へ出よう。
と、思ったところで立ち止まった。
306
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:54:53 ID:JEn9IXCs0
「ドクオ」
と声をかけられたからだ。
慌てて牢屋の中に目を向ける。
(* ∀ )「……やっぱり、ドクオだ」
つーが薄く目を開いていた。
('A`)「……起きていたのか」
(*゚∀゚)「いま、気づいたところだよ。いてて」
つーは上半身をゆっくりと持ち上げる。
肩を奇妙に動かして、鎖を動かし、首を傾げる。
307
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:55:46 ID:JEn9IXCs0
(*゚∀゚)「あれ、動かない。ああ、なんか嵌ってるのか」
つーは目の高さまで枷を持ち上げ、引っ張っていた。しかし当然そんな程度でははずれはしない。
困惑する目が、懇願するめに変わり、ドクオへと向けられた。
(*゚∀゚)「なあドクオ。取ってくれよ。動けないんだよ」
ドクオは口を開かなかった。
まっすぐに彼女を見つめたまま、首を横に振る。
(*゚∀゚)「なんでだ? 鍵とかないのか?」
('A`)「確かにない。けど、それ以前に出ちゃだめだ」
ドクオは牢屋に顔を寄せた。
鉄棒が鼻の先に触れそうになる。
308
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:56:41 ID:JEn9IXCs0
独特の臭気が漂っている。
ドクオだけが感じることのできる臭気。
目の前に見えるつーは魔人なのだと、ドクオの頭に刻まれる。
('A`)「いいか、よくきけ。お前は今罪を問われているんだ。女帝のやつを襲った罪だ。
だけど運が良かった。その処理の担当が俺になったんだ。安心してくれ。
今からお前がなるべく傷つかないような方法を考えるから――」
(*゚∀゚)「なんであたしが罪に問われているんだ?」
きょとんとした瞳がドクオをさしてくる。
('A`)「なんでって、お前が女帝をボウガンで狙ったからだろ。まさか忘れているわけじゃないだろうな」
(*゚∀゚)「うん。狙った。でも悪いことじゃないぞ」
309
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:57:36 ID:RU0MHexA0
なにを言い出すのだろう。
ドクオは訝しく思ってつーを見つめた。
その目線に気づいたのか、つーがたどたどしく説明をした。
(*゚∀゚)「あたし、お前とわかれたあとに本物の魔人のレジスタンスに会ったんだ。
それで、ハインっていうこの国の偉い奴が魔人を虐めようとしているって聞いた」
(*゚∀゚)「虐めって悪いことだろ? だからボウガンを渡されたんだ。
もしも講和の中で魔人を虐めるようなことを言ってたら、撃ってくれって頼まれたんだよ」
つーの目には聊かの曇りもない。
そのことが逆に、彼女の説明の正しさを証明していた。
310
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:58:20 ID:JEn9IXCs0
この子は何も知らないまま、犯罪の片棒を担がされたんだ。
そう気づくと、ドクオの胸中に憤りが渦巻きだした。
('A`)「なあ、つー。悪いが、それでも女帝のことを撃っちゃだめだったんだ。
どこだって、人を殺しちゃいけないんだよ。ボウガンで狙うのもだめだ」
自分が言っているはずなのに、その言葉はまるで別の誰かが言っているかのようだった。
こんなに偉そうに教え諭せるような自分じゃない。ドクオはそれを重々承知していた。
わかっていながらも、そう言わざるをえなかった。
だって、つーは子どもだから。
魔人だけど、子どもで、暗い胸の内なんて打ち明けてしまったら、きっとひどいショックを受けるから。
だから嘘をつくんだ。それは悪いことじゃないんだ。
これくらいの嘘、誰だってつく。
311
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 22:59:01 ID:JEn9IXCs0
つーが身を捻って、ドクオの元へと寄ってきた。
巨大な芋虫のように、上半身と下半身を器用に前後させながら向かってくる。
牢屋は狭い。
すぐに鉄棒付近まで寄ってくることができた。
つーがドクオに顔を近づけてくる。
(*゚∀゚)「でも、ハインはさっきあたしを殺そうとしていたよ?」
ドクオの呼吸が詰まった。
嫌な汗が流れるのを感じながら、ドクオは首を横に振る。
('A`)「……聴いていたのか」
(*゚∀゚)「あの人、声大きいんだもの」
312
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:00:03 ID:JEn9IXCs0
この子はいくつなのだろう。
ふと、そんなことが気になった。
背丈こそ小さくて、10歳程度かと思ったが、本当はもう少し大人びているのかもしれない。
そう思いたかった。
(*゚∀゚)「ねえ、あたしを殺そうとしていたんだよね? はっきりそう言ったよね?」
鉄棒に這うようにして、つーの上半身が、その顔が、ゆっくりと登ってくる。
目いっぱい背を伸ばしたところで、動きが止まった。
(*゚∀゚)「ごめんねドクオ」
313
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:00:52 ID:JEn9IXCs0
つーの服装はボロボロだった。
捕まってからそのままなので、あちこちに泥がついている。警備たちも看守も、洗ってくれなかったらしい。
汚れたままでは嫌だろうに。できることなら、すぐにここで洗ってやりたいくらいだ。
(*゚∀゚)「嘘ついちゃってごめんね。起きていたのに、寝ていたフリなんかしちゃって」
枷は分厚い。だが鍵穴が見える。
看守に頼めば鍵くらい貸してくれるだろう。牢屋から出すわけじゃないんだから。
あんなふうに両手両足縛られていたら、誰だって嫌だろう。つーは女の子なんだ。こんな窮屈な仕打ちはかわいそうだ。
(*゚∀゚)「ね? 嘘ついたらいけないんだよね。だから謝らなきゃいけないんだよね。
そうしないと、悪い子になっちゃうから。死んでもいい子になっちゃうから」
俺が枷をはずしてやろう。
その両手と両足を自由にしよう。
そうしたら、この子は俺を許してくれるはず。
314
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:01:53 ID:JEn9IXCs0
(*゚∀゚)「こっち見てよ、ドクオ」
顔を上げた。
心臓が早鐘を打ってる。
いつの間に打ち始めたのか、もう身体の奥から吐き出してしまいたいくらい疼いている。
つーと目が合った。
とても純粋な真っ黒の目。
それは今まで見てきたどんな猛者の睨みよりも恐い深遠な闇を湛えていた。
つーは笑っていなかった。
口元だけ歪めたまま、見開いた目でドクオを見ている。
昨日築けたと思った信頼は、もう跡形も無くなっていた。
315
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:02:38 ID:JEn9IXCs0
(*゚∀゚)「ドクオも嘘をついているよね?」
言った覚えはない。
つーのいる傍で、魔人を嫌っていることなど口にしたことはない。
それには細心の注意を払っていた。この牢屋の中でもだ。
だから、つーは知らないはずだ。
なのに否定の言葉が出てこない。
どうしても、口が動こうとしてくれなかった。
(*゚∀゚)「ドクオ、謝ってよ。ごめんなさいって言ってよ。そうすれば悪い子にならないよ」
('A`)「……無理だ」
絞り出した声は、情けないくらいに掠れていた。
脳裏にはずっと昔の光景が浮かんでいた。
316
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:03:46 ID:JEn9IXCs0
自分に襲い掛かってきた獣の爪。
それきり二度と会うことのなかったクー。
魔人のせいで一番の親友を失った。
以来、戦いに明け暮れることで埋めてきた。
自分の中に何かが欠けているのを必死に埋めたくて、魔人を憎み続けてきた。
いったいどうしてそれを無かったことにできるというんだ。
この場で何も言わなかったのは最後の良心だった。
つーにだけは聞かせたくない、脳内に何度も警告をだし、言葉を断った。
ドクオは黙った。
もうつーの顔も、身体も見たくない。
立ち去ろう、としたとき、つーが言った。
317
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:04:35 ID:JEn9IXCs0
(*゚∀゚)「謝らないんだ」
吐息がその口から洩れる。
(* ∀ )「じゃ、敵だ」
('A`)「え?」
((゚A゚)) !!
直後、牢屋中が震えはじめた。
つーが、渾身の力を込めて唸り声を上げ始めたのだ。
318
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:07:27 ID:JEn9IXCs0
壮絶な叫び声が響き渡る。
獣の耳をはっきりと立たせている。
その顔にはもう笑顔はない。
檻の中には獣がいた。
言葉などもう通じない、ただ一匹の荒ぶる獣。
(;'A`)「う、うおお」
ドクオは自分の剣に手をかけた。
このまま騒ぎ続けていては、誰かが来てしまうかもしれない。そうなれば、良くない。
つーの印象が必要以上に悪くなるのは避けなければならないからだ。
この子を守りたいならば、黙らせないと。
319
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:08:30 ID:JEn9IXCs0
剣を抜いた鞘を、利き手に握りしめる。
一瞬、心に考えが浮かぶ。
('A`)(これを、今持ち替えてしまえば)
剣と鞘を見比べる。
鞘だけで殴れば傷はつかない。
そう思っているのに、まだ両手の得物を離せない。
('A`)(剣を刺せば、こいつは死ぬんだ)
わずかな躊躇い。
つーの唸りと叫びが、耳の中で膨らんでいく。
320
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:09:34 ID:JEn9IXCs0
決心はついた。
腕を振り上げ、つーを見据える。
こいつは魔人だ。俺の知らない魔人なんだ。
そう心に言い聞かせ、一気に腕を――振り下ろした。
☆ ☆ ☆
321
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:10:39 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「顔色が優れないようですな。ドクオ殿」
傭兵の休憩室で寝そべっているところに声を掛けられた。
ロマネスクの黄色い目が、降り注いでくる。
今、そのなんでも見透かすような目を見つめるのは体力的にもしんどかった。
('A`)「ああ、面倒な相手だったから」
椅子の背もたれに寄りかかり、ロマネスクに隣の席を勧めた。
しかしロマネスクは小さく首を横に振った。
( ФωФ)「私はまだ少しやることがあります。
式典が中断したのですが、ハイン陛下がまだ国民にお伝えしたいことがあるとのことでしてな。
今夜は他の政府の要人たちと交えて式典の臨時開催日を決めているところなのですよ」
322
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:11:18 ID:JEn9IXCs0
('A`)「へえ」
話されていることが全て、とても遠いことのように感じられた。
式典があったのがずっと遠いことのように感じられる。
けど実際には、中断してからまだほんの数時間しか経っていない。
今はようやく日が暮れたところなのだ。
広場にはもう人はいないだろうが、街中はざわついているだろう。
ヒートの店でも、きっと。
( ФωФ)「そうだ。ヒートさんのお店ですがな」
('A`)「え?」
323
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:12:08 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「私はなかなか日が決められないのですよ。
その代り、ジョルジュ殿が行きたがっておりましてな。今度話を聞いてやってくだされ」
('A`)「ああ、ジョルジュか」
この城にいることは知っていた。
ここはあいつの家だ。ハインの弟なのだから、式典のときにもどこかにいたのかもしれない。
ラスティア城下町にいたころを思い出した。
レジスタンスの仲間たちがいた。
何もかもが懐かしい。もうはるかとおい昔のことのような気がする。
みんなで集まって、魔人が悪さしないようにと監視をしていた。
なのに、と考えたところで、頭が痛くなった。
魔人のことはしばらく考えたくない。
324
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:13:04 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「そういえば、あの捕まえた魔人のことですが」
思っていた矢先に、話を振られ、ドクオは息を詰まらせた。
ロマネスクが「おっと」と口を出してくる。
( ФωФ)「すみません。そんなに顔色を青くさせるつもりではなかったのですが」
(;'A`)「ああ、いや、いいよ」
ドクオは髪をかき上げて、呼吸を整えた。
ロマネスクが探るような視線を向けてくる。
( ФωФ)「やはり気にされておるのですかな」
325
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:13:50 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「あの子、気絶していたようですが」
それを聞いて、ドクオは頷いた。
('A`)「ああ……剣を見てびっくりしたようでね」
つーは今、牢屋の中で眠っている。
ロマネスクが見たのは、ドクオが出てからあとのことだ。
つーが気を失うのを、ドクオはちょうど目にしていた。
そういうと、ロマネスクが若干顔を緩ませた。
( ФωФ)「ふむ、魔人とはいえまだ子どもということですかな」
笑い声がそのあとに続く。
326
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:14:30 ID:JEn9IXCs0
ロマネスクの頭の中では、さぞや純粋そうな魔人の子どもが怯える様が浮かんでいたのだろう。
剣をみただけで怯えてしまうような、小さな女の子。
傍から見たら確かにそうだ。
近くに寄ってもそうは変わらない。
確かにつーは純粋だった。あれは子どもだからこその純粋さだったのだろう。
だけど、ドクオは笑えなかった。
事実は、少しだけ違っていたのだ。
327
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:15:54 ID:JEn9IXCs0
何もつーは、剣を見ただけで気絶したわけではなかった。
ドクオは剣をつーに向かって確かに振るっていた。
その剣が顔に当たる直前、つーは目を見開いて気絶したのであった。
殺されると思ったのだろう。
そこまでしないとつーは黙ってくれなかった。
不安が極地に達して、どんな言葉も聞き入れてくれない状態になってしまっていたのだ。
いや。
ドクオは心の中で自嘲する。
何を言っているのだろう、俺は。
328
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:16:33 ID:JEn9IXCs0
ドクオは自分に言い聞かせた。
責め立てるように強く。
お前は剣を振るったのだ。鞘ではなく剣の方を。
つーを確実に殺すために。
気絶したのはたまたまだ。
運が良くて、人殺しにならずに済んだ。
それで俺はこんなにほっとしているんだろう。
力が抜けて、休憩室で寝そべるくらいに。
329
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:17:55 ID:JEn9IXCs0
日が暮れて、窓の向こうに夜が広がっている。
帰宅するものも出始めている。
ヒートも家で待ってくれているだろう。
でもしばらくは動きたくなかった。
俺は人殺しになりかけた。
戦争に出る覚悟は衛兵の頃からできていた。
だけど、今日やったのは無抵抗の子ども相手のことだ。
あれは人殺し以外の何物でもない。
俺はいつからこうなってしまったのだろう。
330
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:18:48 ID:JEn9IXCs0
( ФωФ)「ドクオ殿、やっぱり休養が必要みたいですな」
ロマネスクの声がする。
自問自答の繰り返しから逃れるべく、遠く感じていたそれに耳を傾けた。
ロマネスクはドクオを見つめていた。
( ФωФ)「目が充血しておりますよ。そうとう疲れているみたいだ。
目つきも強すぎてよくない。そのままでは――」
「まるで獣のようですよ」
331
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:20:06 ID:JEn9IXCs0
獣。
その通りだ、とドクオは思った。
自分の中には獣がいる。
戦いたいと思っている自分がいて、その奥に、徹底的に何かをつぶしたい自分がいる。
自分はいつか人を殺すだろう。
内なる獣を鎮めない限り、絶対にそのときがくる。
そんな漠然とした確信が、ドクオには生まれていた。
332
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:20:49 ID:JEn9IXCs0
.
――第十一話 終わり――
――第十二話へ続く――
.
333
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/03(土) 23:21:36 ID:JEn9IXCs0
今回はここまで。
それでは。
334
:
同志名無しさん
:2015/01/03(土) 23:47:02 ID:8foRveiU0
乙乙
335
:
同志名無しさん
:2015/01/05(月) 01:27:59 ID:9vwqpQCM0
おつ
336
:
同志名無しさん
:2015/01/05(月) 11:19:20 ID:yTSLvZ9o0
来てたか、乙!
337
:
同志名無しさん
:2015/01/05(月) 21:24:18 ID:P.HwCUVU0
昨日読み始めたら投下来ててめっちゃビビった
乙乙
338
:
同志名無しさん
:2015/01/09(金) 16:24:33 ID:pwaba0PM0
乙!今回も楽しかったよ!
339
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:37:15 ID:55DzrIzg0
はじめます
340
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:38:06 ID:55DzrIzg0
.
――第十二話――
――赤と黒――
.
341
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:39:06 ID:55DzrIzg0
姉、クーのことに関する記憶をヒートはあまり持っていなかった。
活動的なヒートと、物静かで厭世的だった姉とは、話題も合わなければ経験も違い、考え方も大きく違っていた。
だから、一緒に何かしたという思い出がほとんどなく、姉は姉だけど自分とは別の世界の人、と思っている節もあった。
とはいっても、仲が悪いわけではなかった。
ヒートは姉を好きだった。それはお世辞でもなく、嫌いでないから好きなのだろうという消極的な推測でもない。
まったく趣向が合わなくとも、どこか心の深いところで共通のものをもっていると感じて、
この人と自分には同じ血が通っているのだと直感させられることが、姉と過ごした短い年月の最中に何度かあった。
とある童話を教えてくれたのも姉だった。
ムネーメの町――当時姉と一緒に暮らしていたあののどかな田舎町――の昔話だと姉からは聞かされたけれど、
姉がいなくなったあとに大人たちに聞いてみたら誰も知らなかった。だからひょっとしたら、あの話は姉の作り話だったのかもしれない。
その童話は『三匹のカエル』という題名だった。
クーは自分で作ったお話を、自分が作ったとは思ってほしくなかったようだ。
表に自分を曝け出すことを極端に嫌う姉ならば、それもありえない話ではない。
342
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:39:53 ID:55DzrIzg0
姉のことはよく知らない。
すぐそばにいた時間が確かにあったのに、親しくなることができなかった。
時間が経ち、姉のいた時代が遠ざかれば遠ざかるほど、そのことを悔やむ気持ちがヒートを苛んだ。
だから、残っている記憶は貴重だった。
ほんのわずかな思い出でも、それは姉と一緒にいた大切な時間だからと、いつからか何度も思い返すようになった。
そうしないと、本当の意味で姉が遠くに消え去ってしまう気がしたのだ。
店の看板に掲げた『三匹のカエル』は、姉の童話に由来する。
ヒートと姉以外でわかる人などいない創作話だ。その内容も実はレジスタンス活動にはおよそ似つかわしくない。
それでも、誰もわからないことをいいことに、ヒートはこっそり高々とその看板を軒先に吊るしておいた。
お店に人がいない昼間の静かな時間帯には、時折その看板を見上げて姉のことを思い出した。
そうすると、嬉しさと寂しさが大人しく混じり合った気分になる。
その些細な感覚が、ヒートはとても好きだった。
ラスティアでも、テーベでも、その感覚は共通だった。
343
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:40:38 ID:55DzrIzg0
テーベに構えた新しい『三匹のカエル』では、普段なら夕刻からまばらに人が来始める。
テーベの人たちは働きづめで、ラスティアと比べると食事の時間がやや遅い。
だけど、その日はお店の扉が早めに開いた。
OPENの札を提げたばかりの扉から入ってきたのは見覚えのある二人だった。
ノパ⊿゚)「……やあ」
目にするのは久しぶりなので、挨拶が妙にぎこちなくなってしまう。
ふたりのうちの片方が口を開く。
( ゚∀゚)「なんだよ、元気ねえな」
344
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:41:21 ID:55DzrIzg0
久しぶりのその顔は、ほとんど変わりないようで、相変わらずのふてぶてしい笑みを浮かべていた。
( ФωФ)「ジョルジュ様、あまり荒い言葉を使ってはなりませんよ」
傍らに立っていたもう一人の男はロマネスクだ。
もうひと月以上前に、ラスティア城でヒートは彼と対峙した。
もっとも、二人とも王族や傭兵らしい姿はしていない。
黒いウールのフロックコートに白の長ズボン、装飾の少ないロングブーツ。
工場で作られたらしいそれは、織目までもがきっちりと揃えられた上質な品だ。
ノパ⊿゚)「その服装は目立たないためなの?」
( ゚∀゚)「そうだよ。王族の格好で出歩いていたら大騒ぎになっちまうからな」
345
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:42:05 ID:55DzrIzg0
そういいながら、ジョルジュはハットをくるくると指先でつついて回してみせる。
ヒートは目を細めて感想を述べた。
ノパ⊿゚)「黒と白だけなんて随分シンプルなもんだ。むしろ目に留まりそうだけど」
( ゚∀゚)「この国だと普通なんだよ。それより、お前の方こそどうなんだよ。
ラスティアの酒場で働いていたときと同じ服装じゃないか」
ジョルジュはそういうと、ヒートの仕事着を指差した。
彼女は今、明るい赤の髪を頭巾で覆い、ふっくらとした薄緑色のワンピースの上に丸いエプロンを締めている。
普段の生活では軽装を好むのだが、店員としては丸みを帯びた服装にしたがるのがヒートの趣味だった。
( ゚∀゚)「向こうだと普通だけど、こっちの人から見ると古臭い感じだぞ。童話の中から出てきたみたいだ」
ノパ⊿゚)「案外そういうのが受けるんだよ。ほっと一息つけるとかでさ」
とやかく言われるのを面倒に思って、ヒートはさらりと受け流した。
346
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:42:51 ID:55DzrIzg0
ノパ⊿゚)「店は閉めようか?」
わざわざ人目につかないように気を配っているのなら、客ともあまり近づきたくないだろう、とヒートは思案を巡らせた。
( ゚∀゚)「いいのかよ?」
( ФωФ)「お邪魔になるようでしたら早めに切り上げますが」
ノパ⊿゚)「いいって。むしろゆっくりしていってください」
玄関へ向かい、『CLOSE』の看板を提げる。
振り返ると、ジョルジュが物珍しそうに店内を見回していた。
( ゚∀゚)「内装が前と似ているな」
単純な感想なのだけど、素直に言っていることが伝わって、ヒートも嬉しく思った。
347
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:43:31 ID:55DzrIzg0
ノパ⊿゚)「うん。なんとなく揃えたくなってね。
前よりも少し小さいけれど、空き物件がすぐに見つかったことのほうがありがたいんだ。文句は言えない」
( ФωФ)「しかし、こんなに立派なお店を持っているとは知りませんでしたな」
ノパ⊿゚)「ロマネスクさんとは城下町に来てすぐに別れて、それから会っていなかったからね」
ヒートは、レジスタンスの仲間であるドクオはとともにラスティア国から亡命してきた。
そしてその亡命の手助けをしたのがロマネスクだった。
ラスティア城が陥落したとき、ヒートたちはロマネスクやその二人のお供に連れられて早々にラスティア城下町を脱出していた。
そのときはまだ、仲間であるブーンやジョルジュ、シュールの所在も不明であり、ドクオとともにもとの場所に戻ることを訴えたのだが
ロマネスクが頑なに首を振らなかったため、郊外の街で身を隠し続けることになっていた。
348
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:44:18 ID:55DzrIzg0
ラスティア城の裏で進行していた魔人や王女の話は、大方ロマネスクが教えてくれた。
モララーのことはドクオから話を聞く程度の知り合いだったが、それでも話は衝撃的な内容だった。
ましてや、友であるドクオは話を聞きながら一入の驚嘆をあらわにしていた。
やがて城から抜け出してきたジョルジュと合流し、シュールとブーンが牢屋に閉じ込められたことを知った。
助けに行きたいのは山々だったが、ロマネスクは「やめたほうがいい」と言った。
( ФωФ)「私たちはあのとき城の中にいました。もしかしたら誰かに見られていたかもしれません。
敵にしろ味方にしろ、魔人が中に潜んでいたことなどおそらく誰にも知られてはいけないはずの話。
私どもの存在は奴らにとって邪魔です。出ていくわけにはいきますまい」
だから好機を待ちましょう。
結局はその言葉にしたがい、ラスティア城を離れてジョルジュの故郷であるテーベへと向かうことに決めた。
349
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:45:03 ID:55DzrIzg0
国境には関所があった。
物の輸出入や旅行、再入国などを管理する出入り口だ。
外から入ってくるものは必ずその関所を通って許可を受けなければならない決まりになっている。
その関所で、王族であるジョルジュはなぜかすぐにテーベ国王直々の軍隊に出迎えられた。
ラスティアの混乱を聴きつけた女帝ハインが、ジョルジュの行動を先読みして待ち伏せを置いたらしい。
ジョルジュは心底不満そうだったが、ドクオやヒートに「また会おう」とだけ伝えて城下町へと向かってしまった。
関所では管理官が入国目的を質問してきて、ヒートは「仕事を探しに」と答えた。
関所を出ると、ロマネスクが一人で立っていた。
入ってきたときはお供が二人一緒だったので、不思議に思って聞いてみたら、「関所で阻まれた」と教えられた。
( ФωФ)「テーベは魔人の取扱いに厳しい国なのです。
たとえお供であろうとも一緒にいつづけるわけにはいかないのですな。残念ながらあの二人にはアイトネ山脈に一時住んでもらうことにしました。
テーベ側からは入れませぬがラスティア国側からは呼び寄せることも可能なようで、いずれ引き取りにいこうと思います」
ノパ⊿゚)「そこまでして入国するなんて」
とヒートは口にしたのだが、ロマネスクはしかたなしとばかりに首を振った。
( ФωФ)「最初からわかっていたことです。それに、彼らなら心配ない。剣術はまだまだだが、どんな場所でも生き抜くしたたかさがある。
それに、私はデレ王女からあなた方の手助けをするようことづけられているのです。こんなぐらいでは気にしてなどいられませんよ」
ロマネスクはそれ以上双子の話をしなかった。
350
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:48:35 ID:55DzrIzg0
テーベ城下町に入ると、ロマネスクはお城へと向かうことになった。
公の舞台から姿を消す前のデレ王女が、すでに紹介状を国軍へと渡していたらしい。
「また会いましょう」というロマネスクとわかれ、ドクオとともに城下町で生きていく方法を考えた。
別れ際、ロマネスクは手形をヒートたちに渡してくれており、まずはそれを資金に簡素なアパートの一室を借りることができた。
手形の金額は細々と生きる分には足りていたが、いつまでも他人のお金に頼り切るわけにもいかなかった。
二人は別々に仕事を探し始めた。
先にドクオが、テーベ城が傭兵を募集していることを知った。
傭兵とは国軍とは違い、有事のときに民間から雇い入れる兵士のことをいう。
戦争でもやるのかと最初は思ったが、よくよく広告を見ると式典に向けた身辺警護のためだとわかった。
剣に覚えのあるドクオはこの仕事ならやっていけると即断し、お城へと向かった。
採用試験の結果は合格。どうやらラスティア城での衛兵の経験がいきたらしい。
とんとん拍子で仕事が決まり、ドクオもまんざらではない様子だった。
とはいえ、ヒートは安心しきってはいなかった。
傭兵はあくまで臨時の軍事力だ。式典が終われば雇う理由も無くなってしまう。
安定させて収入を得るために、自分もまだまだ探し続けなければならない。
そこまで考えていた頃には、もうその頭の中にはテーベ国での『三匹のカエル』構想とでも言うべきものが固まっていた。
時間をかけて条件の良い空き物件を見つけ、手形の残金を使って内装を整え、ラスティアにあったお店と同じような木工の香りが漂う空間を作り出した。
ヒートのお気に入りの香りだ。一息つくと、ラスティア城での日々はもとより、さらに古いムネーメの田舎町での記憶が蘇ってくる。
森と草に囲まれた町。飛び跳ねて遊んでいた自分と、それをいつでも見つめてくれていた姉。それらを表すのに、テーベのモノトーンは淋しすぎた。
こうして、『三匹のカエル』はテーベ城下町に再び構えることになった。
351
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:49:16 ID:55DzrIzg0
ジョルジュは初めのうちこそ気を張っているように見えたが、ヒートと話していくうちに表情が和らいできた。
主な話題はラスティアでの思い出話だった。
レジスタンスという共通組織の中で過ごしていた分だけの話題があった。語りたくなるのも無理はない。
( ゚∀゚)「シュールやブーンは無事なはずだよ。姉ちゃんが無意味な捕虜を解放するようにって促したんだ。
運びだしている様子も新聞記者が写真に撮っていて世界中に伝えている。嘘なんかつけないはずだ」
ジョルジュが言ってくれたことに、ヒートは並々ならぬ安堵を感じた。
ノパ⊿゚)「よかった……あそこを出た時から、そればかりが気がかりで仕方なかったんだ」
シュールはヒートと同い年で、ムネーメの町での幼稚舎の頃からの幼馴染だ。
姉がいなくなってショックを受けていたヒートを精神的に支えてくれたのがシュールだった。
のらりくらりと生きることのできる人ではあったが、もしかしたらなにかあったのか、と不安でならなかった。失いたくはない人物だった。
ブーンについては、出会った期間は短いが、それでもヒートは彼を気に入っていた。
決して弱くない人物であったことは覚えている。何より、どこか姉と似ている部分があった。
ラスティア城に侵入したとき、その片鱗を見た気がして、やはりその身を案じてやまなかった。
そのふたりの無事が告げられた。ヒートは「良かった」と再度口にして顔を緩ませた。
352
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:50:01 ID:55DzrIzg0
( ゚∀゚)「姉ちゃんも人情に厚いやつだからな。マルティア国王のじいさんもあいつに強く訴えられたら何も言い返せなかったろうよ」
姉である女帝ハインのことを、ジョルジュはよく話に出した。
口ではひたすら怖いと言っていたが、その内心では憧れでも抱いているのだろう。
ジョルジュはひとしきり笑ったのち、ふっと笑みを絶やして眉を顰めた。
( ゚∀゚)「最近は妙に強気なのが気になるけどな……」
ハインが男気のある女性だということは他の国にいる人にも伝わっていた。
ノパ⊿゚)「どういう意味?」
と口に出してみたら、ジョルジュは曖昧に呻いて返した。
( ゚∀゚)「うまくいえねえけど、荒々しいというか、攻撃的というか。
魔人を見つけてはすぐに捕まえてアイトネに送り込むし、連中のレジスタンスを潰そうと躍起になっているみたいだし、正直なところ触れがたいな」
353
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:50:57 ID:55DzrIzg0
( ФωФ)「命を狙われては警戒するのもしかたないのではないですかな」
ロマネスクが指摘すると、ジョルジュは「そうなんだけど」と苦々しげに言いよどんだ。
自分の考えをうまくまとめられずにいるらしい。
ノパ⊿゚)「そういえば式典のときの傭兵もまだ解雇していないな。
ドクオもいまだにお城に通い詰めているよ」
( ФωФ)「彼はハイン殿に気に入られていますからな。あの式典のときに捕まえた魔人を見つけたのも彼ですから」
ノパ⊿゚)「え、そうなのか?」
( ФωФ)「ご存じないのですか? ドクオ殿は――」
ロマネスクが言おうとするのを、ジョルジュが横から「おい」と挟んできた。
目を見開いたロマネスクが口をすぐに手でふさいでしまう。
( ゚∀゚)「悪いな。ちょっと機密なんだ」
きょとんとするヒートに対して、ジョルジュがそう説明した。
354
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:51:33 ID:55DzrIzg0
ノパ⊿゚)「そうなんだ。ドクオもいろいろと巻き込まれているんだな。
だから最近やたらと忙しそうにしていたのか。ようやくわかったよ」
目を瞬かせながら、ヒートはそう納得した。
遅くに帰ってくるドクオは、彼女に自分の仕事のことをほとんど話していなかった。
ヒートとしても格別に聞きたいわけでもなかったので、むしろこの場でわずかでも帰りの遅い理由を聞けたのが嬉しかったりもした。
まさかその捕まった魔人というのが、ほんの数日前に『三匹のカエル』で保護したあの魔人の子であるだなんて、考えついてもいなかった。
ジョルジュとロマネスクだけがその話をドクオから聞いており、ジョルジュの制止はヒートの心境を予測しての配慮だった。
( ゚∀゚)「今日はドクオも早めに帰ってくると思うよ。姉ちゃんはマルティアを訪問しているから」
ノパ⊿゚)「マルティアに?」
( ゚∀゚)「そう。それもラスティア城」
355
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:52:23 ID:55DzrIzg0
ノパ⊿゚)「ええ?」
思わず声が高くなる。
あのお城から逃げてきた身としては、そこに入り込んでいくという話が奇異のことのように思えた。
( ゚∀゚)「アイトネ山脈のことで話し合いたいことがあるそうだ。あそこには炭鉱があって、工業を拡大させるには必要な場所なんだ。
近頃は工業の発展もますます伸びてきているから、石炭の採掘場所もなるべくなら広げたいってわけだよ。
ラスティア国があったときから当時のショボン国王と話し合いが続いていたんだけど、国も城主も変わっちまったものだから仕切りなおしているのさ」
ノパ⊿゚)「外交か……考えたこともなかったな。
あたしたちには遠い世界の話だと思っていたよ」
( ゚∀゚)「気づかないようでいて、世の中少しずつ変わってきているものなんだよ」
ジョルジュの言葉を耳にして、ヒートはずっと遠くのラスティア城で行われている会談に思いを馳せた。
しかし思いつくのはラスティア城の円錐形の外観ばかりだ。
中に入ったのはあの侵入の日の一度きりで、それも忍び込んでいたものだからあまり眺めてもいられなかった。
知らない場所で、よくわからないことが話し合われ、誰かが動き、やがて世界が変わっていく。
今も、どこかで。
☆ ☆ ☆
356
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:53:22 ID:55DzrIzg0
ヒートが『三匹のカエル』で話し合ったときから、一夜明けた日の夕方。
ハインはマルティアより帰国するとすぐに、お城の特別な棟へと足を運んだ。
日夜研究者が入り込んで工業的な実験に打ち込んでいる、研究開発棟と呼ばれている場所だ。
出迎えてくれた研究者は、少しも休んでいないというのに熱意を孕んだハインの姿を見て驚いた。
( ^^ω)「外交で疲れてはいないホマ?」
蝋燭の薄明かりで均等に照らされた廊下を歩きながら彼は質問をした。
すると脇に建つハインは鼻で笑った。
从 ゚∀从「どうしても、あの鉄の鳥を見たくて仕方なかったんだよ。
イライラしたときはあれを見ると落ち着くんだ」
357
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:55:06 ID:55DzrIzg0
口元を歪めてハインが笑う。
彼女は笑みを絶やさない。不機嫌であろうと口は弧を描く。
その口角が上がれば上がるほど、感情の高ぶりがわかる。今は頗る高くなっていた。
从 ゚∀从「マルタスニム、お前こそ、よくついてきてくれた。
連日の実験で疲れているだろうに」
( ^^ω)「僕は実験が好きですから」
軽やかにそう言ってのける姿からは、疲れは微塵も感じない。
研究の専門家というわけでもないのに大したものだとハインは感心した。
マルタスニムをテーベ城に誘致したのはほんのひと月半前のことだった。
それ以前から彼の噂は、彼が度々来訪する南の港町で広まっていた。
いわく、鉱石の知識に長けたやり手の商人がいる、との噂だ。
358
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:55:57 ID:55DzrIzg0
ハインはその噂をきき、港町に来ていた彼に使者をよこし、すぐにお城へと引き入れた。
期日の迫った式典に向けての実験に、どうしても鉄鋼についての新しい発想が必要で、可能性のあるものならだれでも呼んでいたのである。
マルタスニムはテーベ城の実験室にて日々研究に勤しんだ。
彼と同時期に呼び寄せられた研究者は幾人かいたが、最終的には並々ならぬ努力家である彼だけが残った。
以来、三日前の式典に間に合う結果を出してからも熱心に研究を続けている。
その彼が式典で成功させた発明とは、空を翔けたあの鉄の鳥の装甲についてのものだった。
鉄のような強度をもち、それでいて空を飛び回るのに支障がない物質を作れ。
そんな夢のようなお願いごとに対して、マルタスニムは実に献身的に応えた。
要望を聞いた彼はすぐに資材となるアルミニウムを集めて実験に取り組んだ。
目指したのは、鉄よりも軽く、それでいて十分な強度を持つ超合金だ。
式典に間に合うためには、一か月近く実験室にこもる必要があった。
359
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:56:37 ID:55DzrIzg0
从 ゚∀从「あの飛行機は見事だった」
式典が終わってから三日がすぎたが、ことあるごとにでていた言葉が、この場でもごく自然に漏れてしまう。
聞いていたマルタスニムは恥ずかしそうに頭をかいた。
( ^^ω)「運が良かったホマ。たまたまうまくことが運んでくれたホマ。
あとは女帝が支援してくれたからこそ、あれを完成させることができたホマ」
謙遜だ、とハインは思った。
おそらく、おおまかな構想はすでにその頭の中でできていたのだろう。
マルタスニムは多忙を極めたが、終わってみればその行動には聊かの無駄もなかった。
从 ゚∀从「お前、いつからあの合金について考えていたんだ?」
( ^^ω)「……発想自体はずっと前からあったホマ。毎日石に触って勉強していたら、思いついたホマ」
从 ゚∀从「そういうものなのか。だが、なぜ今まで再現しなかった?」
( ^^ω)「それは、資金も材料も十分に揃わなかったというのがひとつホマ。
あとは……必要がなかったホマ。あっちの国では魔人がいるホマ。わざわざ工業的な実験なんて、あまり奨励されないホマ」
360
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:57:33 ID:55DzrIzg0
魔人さえいれば生活は豊かになる。
その考えが浸透した世界で、わざわざ人間が汗水たらす必要はない。
マルタスニムが示していることは、ある意味真理をついているのかもしれなかった。
「それでも」と彼はつづけた。
( ^^ω)「周りがなんと言おうと僕は実験がしたかったホマ。だから忘れられなかったホマ。
考えるだけなら、いつまでだって自由だったホマ。それが今回ようやく実現できて、僕は幸せホマ」
マルタスニムは頬を赤らめてそう言った。
見た目こそ大人だが、身振りは子どもじみている。
夢を追い求め続けている人特有の純粋さが、彼を子どもらしく見せてしまっているようだ。
だけど、ハインはそれを欠点だとは思わなかった。
むしろ、裏表のない性格にはシンパシーさえあるくらいだった。
361
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:58:13 ID:55DzrIzg0
从 ゚∀从「いっそのこと、テーベに移り住んだらどうだ。そうすればいつまでも実験をさせてやる」
それは実は前々からマルタスニムの才能を見込んで考えていたことだった。
真剣味を出し過ぎれば答えづらくなるだろうと思い、わざと軽く口にしてみた。
マルタスニムは小さく笑った後に、首を横に振った。
( ^^ω)「もうしわけないのですが、私には妻子がおりますホマ。
息子が修行で衛兵の養成学校に行ってしまっているため、妻が今もひとり故郷で帰りを待っておりますホマ。
飛行機の量産のめどが立ちましたら、この国を去りますホマ。それはどうかご了承してくださいますようお願いしますホマ」
立ち止まって、マルタスニムは深々と頭を下げた。
二人は城の廊下の突当りに辿り着いた。
『実験室』の看板が垂れ下がっている。
マルタスニムにとっては見慣れた光景で、ハインも何度かその場所に足を踏み入れたことがあった。
中にはいり、電気をつければ、あの飛行機の姿が照らし出される。
悠然と空を飛んでいたあの荒々しいまでの力強さはなりをひそめ、鋼鉄の冷たさが静かに横たわっている。
362
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 19:59:24 ID:55DzrIzg0
( ^^ω)「無理な着陸をしたから尾翼に若干の損壊があるホマ。あとで修正するホマよ」
マルタスニムが消え入るように言った。自分が運転していた手前、怒られるとでも思ったのだろう。
ハインはとくに何も言わず、その艶のある機体に手を振れた。
ひやりとした感触がある。
なぞると表面のでこぼこ具合がよくわかる。冷たくとも、それは確かに人の手でつくられた物体だった。
从 ゚∀从「量産の目途はたっているのか?」
( ^^ω)「材料さえ用意しておけばあと少しホマ。作れる人を増やすためにも、僕もマニュアルを作っている最中ホマ」
从 ゚∀从「ありがたい。これはテーベにとって重要な武器となる。くれぐれもマルティアには知られないように、だな」
ハインはそう、念を押してくる。
マルタスニムは飛行機に注いでいた眼差しをハインに向けた。
363
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:00:03 ID:55DzrIzg0
( ^^ω)「……外交はうまくはいかなかったホマ?」
おそるおそるの質問だったのだろう。
声が萎みかけている。
その不安を消したいとばかりに、ハインは首を横に振った。
从 ゚∀从「そんなことはねえよ。五分五分だ」
言い切るハインの言葉には、一切の嘘がないようだった。
事実、それは勝ちでも負けでもなかった。
話し合いが行われたのは昨日のことだ。
マルティアに招かれたハインは、応接室でアイトネ山脈の処分の話を進めていた。
364
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:00:49 ID:55DzrIzg0
从 ゚∀从「ラスティアの頃のショボン国王との話し合いはほとんど終わっていたんだ」
椅子の背もたれに寄りかかりながら話している間も、苛立ちを抑えきれないでいた。
从 ゚∀从「ラスティアでは交通運搬業務における魔人の活動も認めている。
エネルギーとしての石炭の需要はほとんどない。
だから、テーベが国境を越えて地下資源を採掘するのも可能とすることが取り決められようとしていた。
それをいまさらとやかく言いだすのは、たとえ国が変わろうとも法理に反するとは思いませんか」
両手を広げて主張すると、金色の甲冑が音を立てて犇めいた。
利便性はほとんどないが、ただ相手を威圧するためだけに着るハインの勝負服だ。
テーブルの向かい側に座る聞き手は、その様子をほほえましそうに眺めていた。
見た目のふくよかさも相まって、心の底から穏やかな印象を受ける。
ゆったりと、相手もまた口を開いた。
|゚ノ ^∀^)「勝手に話を進めるのはよくないと思いますわ」
365
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:01:37 ID:55DzrIzg0
現在のラスティア城をおさめているのは、先王の義妹、レモナである。
彼女は旧ラスティア国の北方を治める領主だったのだが、このたびのショボンの失脚を受け、ラスティア城の城主に名乗り出た。
本来ならば犯罪人の血縁である彼女に声がかかるのは厳しいのだが、マルティア国王はこれをすぐに認めた。
このことから、マルティア国王はすでにレモナと懇ろな関係にあったのではないかと噂する者もいたが、真偽のほどは定かではない。
とにもかくにも、今レモナはラスティア城の王としてハインとの話し合いに臨んでいた。
|゚ノ ^∀^)「取り決められていた、とはいいますが、こちらにはなんの文書も残っていないのですよ。
単なる口約束が国際法上何の効力ももたないことはご存知ですわよね?
私としても、あなたの意見をそのまま鵜呑みにするわけにはいかないですわ」
从 ゚∀从「こちらには文書が残っていますよ」
ハインが顎を上げて告げた。
从 ゚∀从「そちらはあいにく紛失されたようですが、こちらの文書管理は優秀なのでね。
状態もきれいに保存されています。先王ショボンのサインも入っていますよ。これは疑いようのない事実です」
366
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:02:34 ID:55DzrIzg0
レモナの表情は、穏やかなままだった。
口の端がやや吊り上がったかと思うと、目がみひらかれて爛々とし、「それは」とつづけた。
|゚ノ ^∀^)「それはもう、この城とは何の関係もない人のサインですから」
レモナの声が木霊し、耳に痛い沈黙となる。
ハインはひくついた口を静かに動かした。
从 ゚∀从「そんな詭弁がいつまでも通用すると思っているのか」
広い会議室の壁にハインの声が跳ね返り、何倍にも膨張して響く。
レモナは口元の笑みこそ消さなかったが、目元の耀きは潰え、まっすぐハインを睨んでいた。
|゚ノ ^∀^)「納得いかない、といったご様子ですね」
从 ゚∀从「そうだ。こうまで馬鹿にされてはたまったものではないな」
367
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:03:16 ID:55DzrIzg0
ハインは腕をどんとテーブルに載せた。軽く置いたつもりだったが、その甲冑の重量もあって大きな音が出てしまう。
それをハインは気にすることもなく話を続けた。
从 ゚∀从「かつての話し合いを反故にする。そんなの、国家元首以前に倫理的に間違っているとは思えませんかね」
|゚ノ ^∀^)「倫理、ですか」
从 ゚∀从「ええ。正しい国は倫理に基づいてしかるべきです。権益ばかり追い求めていてはいずれ大きな損失を蒙ることになりますよ」
ハインはそう言い放つと、あとはレモナの視線に対抗して真っ向から睨みつけた。
一歩も引きさがるつもりはなかった。話し合いの存在も事実だし、レモナがなぜ今になってこの話を蒸し返そうとするのかわからないでいた。
|゚ノ ^∀^)「それでしたら、提案があります」
そう一言つけた。
368
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:05:56 ID:55DzrIzg0
|゚ノ ^∀^)「そちらの要求は呑み込めました。しかし私にも、もちろんアイトネ山脈にこだわりがあります。
いえ、もっというならば、アイトネ山脈に住まう人たちに興味があるのです」
遠回しな言い方だったが、ハインはすぐにぴんときた。
从 ゚∀从「魔人、か?」
返答を促したところ、レモナはこくりと頷いてみせた。
|゚ノ ^∀^)「そちらが求めているのはアイトネ山脈の土地。一方で私は彼らを求めている。
むしろ、私としてはあなたがたが無暗に魔人たちの住処を奪い、彼らの生活を損なうことがあるのではないかと恐れているのです」
|゚ノ ^∀^)「いかがです、ハイン様。私たちは互いに相反するようでいて、実は助け合える余地を残しているようにも見えますが」
レモナは上目づかいになり、ハインに答えを求めていた。
いいたいことはハインにもよくわかった。
二人は話し合い、アイトネ山脈の処分を折半することに決めた。
いわく、アイトネ山脈の資源はテーベのもの。魔人はマルティアのもの。
お互いの望むものが得られる構図だった。
やや間を置いてから、ハインは首肯し、話し合いは日が落ちる頃までに終結した。
369
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:06:42 ID:55DzrIzg0
( ^^ω)「魔人を手放すホマ?」
ハインの外交の話を聞き終えて、マルタスニムは率直にそう質問した。
从 ゚∀从「ああ」
( ^^ω)「てっきり拒否するかと思ったホマ」
从 ゚∀从「確かにマルティアの思惑にはまっている嫌な感じは拭えない。
だが、それを差し引いても魔人の存在は人間には害だ。私はそう確信している」
はっきりとした物言いに、マルタスニムは思わず身を反らせる。
それから慎重に言葉を選んで発言した。
370
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:07:18 ID:55DzrIzg0
( ^^ω)「ハインさんは、そんなに魔人が嫌いホマ?」
从 ゚∀从「好き嫌いの問題じゃないよ」
そっけなく言うと、ハインの顔はまた飛行機に向けられてしまった。
マルタスニムは納得のいかない顔をしながらも、ハインに声を掛けた。
( ^^ω)「僕は石が好きで、石を売ったり研究ばかりやってきた人間ホマ」
( ^^ω)「政治のこともさっぱりで、だけどそれで楽しんで生きてきたホマ。結婚して子どももできて、不満は無かったホマ」
「だから」と言ってはみたものの、そこから先をどう言っていいか難しくて、ついたどたどしくなってしまう。
( ^^ω)「だから、ハインさんのことは大変だと思うホマ。嫌いじゃないにしても、あまり一緒にいたくない人たちのことでとやかく考えなくちゃいけないなんて」
371
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:07:53 ID:55DzrIzg0
从 ゚∀从「大変、か」
繰り返して、ハインは微笑んだ。
心なしか、今までのどの笑みよりも柔らかいものにマルタスニムには見えた。
从 ゚∀从「そうだな。大変だ。先王の意志を引き継いだときから、私はなんでもかんでも考えなくちゃならなくなった」
マルタスニムはハインの横顔を見つめた。
飛行機の方には向けられているが、その目線はどこか遠いところで焦点を結んでいるみたいだ。
ほんのわずかだが、今の言葉にハインの本音が紛れている気がした。
マルタスニムは口を開こうとする。
と、そこへハインが掌を向けて制止させてきた。
从 ゚∀从「いや、待ってくれ。勘違いするな。私は自分の意志で魔人は避けるべきだと思っている」
372
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:08:32 ID:55DzrIzg0
ハインが今再びマルタスニムを見据えてくる。
从 ゚∀从「魔人は300年前に北の海からやってきた」
突然何を言い出すのだろうと、マルタスニムが目を見張る。
( ^^ω)「聞いたことがあるホマ。けど、おとぎ話ホマ?」
从 ゚∀从「真実だよ。300年の昔、北に浮かんでいたグレートブリテン島に魔人が現れた。それからすぐに大陸にも渡ってきて、一気に繁殖を始めた。
彼らは役に立った。労働力、軍事力、交通手段、家事手伝い、あらゆるものを熟す万能の奴隷になってくれた。
その便利さを拒否したのは、ここテーベ国を覗いて他にはない。みなが魔人の存在を歓迎し、生活の一部として受け入れた」
ハインは咳払いをして、話を続けた。
373
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:09:10 ID:55DzrIzg0
从 ゚∀从「この国が魔人を拒否したのは工業のためだ。ここは工業で発展した国。
魔人を拒否して以来、ほかの国がふしぎな力で賄っているものをすべて手作りで揃えてきた。
だから、未だに利便性で負けている面も多々ある。それに、工業化の反動で、他の国よりも山を削り、木を伐り、海を汚してきた」
从 ゚∀从「だが、私は思うよ。漸進的な歩みも、それに伴い環境を汚してしまう不器用さも、本来あるべき人間の発展じゃないのかってね。
確かに魔人ならもっと綺麗に手際よく処理してくれる。失敗だってたくさんしている。人が苦労する余地なんてない」
从 ゚∀从「だがそれがなんだというんだ」
从 ゚∀从「みんな魔人がきて、目がくらんでしまったのさ。
彼らがどうして現れたのかもわからないし、いついなくなるかもわからないのに、楽になる道を選び続けてしまっている。
このまま腑抜けていったら、いつか大きなしっぺ返しをくらうことになる気がしてならないんだ」
力強く語ったのち、息を吐いて、問いかけの言葉で結ぶ。
从 ゚∀从「だから、私は魔人を脅威だと思っている。なにか、反論したいことはあるか?」
374
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:09:52 ID:55DzrIzg0
指を差されて、マルタスニムはどきっとする。
ハインの言説に圧倒されていた。
自分が考えもしない観点から魔人を説明し、その脅威を伝えてくる。
やはり人前に立つ身分の人だけあってか、その語りには人を圧倒するだけの魅力が備わっていた。
マルタスニムは痺れた首を慎重に、横に振った。
( ^^ω)「あいにく、僕には政治的なことはわからないホマ。けど」
と、ここで首を止め、ハインを見つめた。
( ^^ω)「でも、ハインさんの考えていることはとてもよくわかりましたホマ。その考えについて反論はないホマ」
从 ゚∀从「『その考え』か。どこか別のところで引っかかっているのか?」
突き詰められて返答に窮す。
マルタスニムは目を泳がせたが、ハインの視線は依然として彼に突き刺さってきていた。
375
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:11:02 ID:55DzrIzg0
冷や汗をかきながらも、勇気を出してマルタスニムは口をこじ開ける。
( ^^ω)「確かに人と魔人は離れるべきかもしれないホマ。
だけど、彼らも生きているホマ。テーベの中でも、アイトネ山脈に居を構えている魔人が大勢いるホマ。
その彼らを簡単にうごかすことなんてできるホマ?」
テーベ国中の魔人が閉じ込められるというアイトネ山脈。
そのすべてが魔人の今の居住区だ。彼らは彼らで、閉じ込められた世界の中でひっそりと生きている。
アイトネ山脈から彼らを追い出すことは、彼らの日常を踏みにじることでもあるようにマルタスニムには感じられていた。
ハインは神妙な面持ちで頷いた。
从 ゚∀从「そうだ。きっと魔人からの反対の声は避けられないだろう。
それでも、やらなきゃならないことなんだ。人間が、人間として発展するために」
そして話は終わりとなり、ハインは実験室を後にする。
黒い影が遠ざかっていく。
マルタスニムはただひとり、沈黙した飛行機を眺めながら、どうすることもできずに立ち尽くしていた。
☆ ☆ ☆
376
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:11:46 ID:55DzrIzg0
テーベ鉄道。
漆黒の塗装がほどこされた、アイトネ山脈の北の麓町から城下町の工場地帯まで伸びている交通機関だ。
魔人の力を使わない機械による交通機関。それがあるのは、テーベ国の中だけでもこの鉄道だけであった。
構想自体はそれこそ300年前から存在はしていたのだが、誰も再現しようとはしなかった。
まず他国は魔人をつかって交通をしてしまっていた。
だからわざわざ鉄でできた車両でひとを運ぶ必要は無かった。
では国内だけでみれば必要なのではないかと思えるが、ここには難点がある。
実のところ、列車と、馬車などの昔からある他の移動手段とを比較すると、移動時間の差があまり大きくないのである。
馬車が自由にルートを選択できるのに対し、列車は決められたルートでしか動けず、しかも需要を考えれば線路を蛇行させざるを得ない。
その結果、馬車よりも長く距離を走らなければならなくない。加えて、山地を潜る際はスピードダウンが必要など諸々の事情がある。
仮に国の南端から北端へ移動するとしても、短縮できて一日程度というのが関の山だった。
このことから、製造コストや維持コストを鑑みて、金を費やすだけの価値があるかと疑問視する声が高く上がり、実現の目途が立たないでいた。
それが突然つくられることになったのは、30年前に就任した、先王――ハインやジョルジュの父親――の時代からだ。
377
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:12:35 ID:55DzrIzg0
先王は工業発展に殊更に重きを置く人物だった。
彼は、たとえ一日程度でも資材運搬や人の移動が短縮できるならば長期的にみて結果を招くという予想を立て、国内業者に鉄道新設を働き掛けた。
周囲の反対を押し切って、敷設工事は急ピッチで進められ、完成したのが20年前のことだ。
それ以来、テーベ鉄道は毎日毎時間アイトネ山脈の鉱山と城下町の工場地帯の間を行き来し続けている。
製造コストを短縮できた工場たちは次々と自分たちの発明に力を注ぎこむことができるようになった。
今となっては、先王の判断の正しさを疑う者はもうほとんどいない。
そのような事情から、テーベ鉄道は、テーベ国の工業発展のシンボルとなっている。
その始発となるアイトネ山脈麓の駅のだだっ広い構内で、ブーンは慌てふためいていた。
(;^ω^)「乗れないってどういうことだお!」
本日は列車の運行はありません。
駅の掲示板に大きな文字でそう伝えられていた。
378
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:13:22 ID:55DzrIzg0
周辺にも同じように、驚きと落胆の声を漏らしている人たちがたくさんいた。
ざわめきが大きくなりつつある中、人混みをかき分けるようにして駅員が皆の前に現れ、事情を説明し始めた。
軍隊が列車を貸し切ってしまっている。
決定されたのはつい昨日のことで、発表がかなり遅れてしまった。
今も往来の車両を占領して国軍と傭兵の部隊がアイトネ山脈に向かってきており、一般人の列車の利用は一日不可能となる。
要約すればこれだけのことを、駅員は種々の弁明の言葉を添えまくって伝えてきた。
人混みはこれで納得するわけもない。咎める対象が出てきたこともあり、ざわめきは大騒ぎへとなりかわりつつあった。
怒声や罵声が飛び交う中、身の危険を感じたブーンたちは外へと逃げてきた。
(;;・∀・;;)「軍隊か。珍しいな」
( ^ω^)「やっぱり普通じゃないんですかお?」
(;;・∀・;;)「列車が軍事利用できるって話は前々から言われていたさ。だけど本当に利用するのは今回が初めてだ。
決定も急だったし、どうもお城の方で慌ただしい動きがあるみたいだな」
379
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:14:13 ID:55DzrIzg0
そういって男は笑ったが、その表情の奥には隠しきれない不安な色がった。
すっかり行きずりでブーンとテーベ城下町に向かっていた彼は、つねに快活な表情を保っていたが、今回ばかりはとんだ災難だと思っているみたいであった。
( ^ω^)「いったい何で軍隊が動いているんですかお?」
(;;・∀・;;)「さあ、それはわからねえな。
マルティアと戦争でもやるっていうなら、もう宣戦布告の報せが来ているはずだ。
それが無いとなると……国内か。ああもう、なんだかおっかねえな」
男は首を振って自分の発言を切ってしまった。
ブーンは溜息をついて人混みを眺めていた。
遠くに離れてきたものの、喧噪は絶えない。誰にとっても予想外の出来事だったらしい。
( ^ω^)「列車が使えないとなると、どうすればいいんだお」
(;;・∀・;;)「そりゃもう、陸路よ。馬車を借りるなら急いだ方がいいぜ。殺到しているだろうから」
380
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:14:59 ID:55DzrIzg0
(;^ω^)「うう、せっかく早くて楽な旅ができると思ったのに」
(;;・∀・;;)「しかたあるめえよ。港を出てからふらりふらりと満喫しながら歩いて十日も経っちまったじゃねえか。
いくら歩きの旅だといっても、本当なら港町を出て三日もすれば麓町までついていたはずだぜ」
(*^ω^)「いやあ、そりゃテーベなんてはじめてですから。
ジャガイモ、ソーセージ、ビール……思わず堪能してしまったお」
(;;・∀・;;)「食べ物ばっかじゃねえか」
言っているとおり、港を出てから新しい街に入るたびにブーンは物珍しい食べ物に舌鼓を打っていた。
式典があった日、つまり今から三日前などは、周りの浮かれた雰囲気に流され、酔い潰れ、一日ベッドの上で唸り続けていたほどだ。
そこから頭が痛いのを抱えつつのっそりと足を進め、ようやく今日アイトネの麓町に辿り着いた。
テーベ城までは列車がある。それに乗ればあっという間に到着できる。
港町を出発する際にそんな話を男から聞かされ、初めての列車旅行に胸躍らせていた。
それが目の前まできて中止となる。仕方ないとは思いつつも、落胆の思いは消えなかった。
381
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:15:29 ID:55DzrIzg0
( ^ω^)「先は遠いお」
(;;・∀・;;)「なに、もうアイトネ山脈の北側まで来ているんだ。
馬車を掴まえて、途中で一泊すりゃ、明日の夕方には到着するさ」
( ^ω^)「お……」
男に励まされて、ブーンは顔を上げる。
歩くのは辛いが、目標までの道のりが示されると、いくらか気持ちが軽くなった。
はやく父親に会わなければ。
商人として入国し、それからテーベ城に招待されたとみられる父親。
仕事熱心な人なので、おそらく何やら熱中したくなるような研究対象でも見つけたのだろうとブーンは見当をつけていた。
だから母が病に伏せているのにも気づかないままなのだろう。
父親を呼び戻すたびに始めた旅は、引き伸ばされたが、もうすぐゴールであるのは確かだ。
382
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:16:28 ID:55DzrIzg0
荒れている人混みから離れていき、麓町の出入り口へ向かう。
馬車の貸し出し場は門を出てすぐのところにあり、すでに長い行列が形成されていた。
なんとかその最後尾に辿り着いたところで、はたと気づくことがあり、ブーンは街を振り返った。
背景として、アイトネ山脈の長い峰が聳えている。
深い山の森の中には、テーベ国にて捕らえられた数多の魔人たちがひっそりと暮らしているということは、すでにブーンも知っていた。
アイトネ山脈とテーベ城下町まで、列車に乗ればまる一日かかる。
そして、今日一日列車は使えない。
軍隊はひょっとして、アイトネ山脈まで来るというのだろうか。
思い浮かんだのは、ツンの顔だ。
383
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:17:16 ID:55DzrIzg0
彼女と出会ったのは港町だ。人の目から隠れるようにして生きていた彼女は、
その正体が明かされそうになり、見知らぬ仮面の人物に連れられて逃げていってしまった。
それから一度も見てはいない。しかしブーンはなんとなくだが、アイトネ山脈にツンもいるような気がした。
あそこは魔人の山なのだから。
(;;・∀・;;)「どうした?」
( ^ω^)「え? あ、いや」
頭を振って、考えを消す。
今は先を意足のが先だ。
そうはわかっていながらも、一度思いついた友の想像は、なかなか離れてくれなかった。
☆ ☆ ☆
384
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:17:49 ID:55DzrIzg0
川 ゚ -゚)「着いたぞ」
一行に向けて声をかけてくれたのは、アイトネ山脈の麓より広がる深い森に入ってから小一時間ほど経ってからのことだった。
濃い緑の葉を茂らせた木々が所狭しと並んでいる。一見すると森の中の、よくある無個性な景色のようだ。
だけど、目を凝らすと、奇妙な凹凸が緑の合間に見えてくる。
葉っぱの塊だと思っていたのが、実は枝にぶら下がった大きなボックスや、地面に貼られたテントの表面の模様だったりする。
擬製されているのだ。そうとわかると、その用途はおのずと見えてきた。
これらは魔人の住処なのだ。
アイトネ山脈に足を踏み入れた人間の目を欺くために隠されている場所。
ここは魔人たちの村といったところだろう。
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「……ここにいれば安全というわけなの?」
385
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:18:33 ID:55DzrIzg0
ツンがクーに問いかけた。
彼女に連れられるまま、やってきたのがこのアイトネ山脈の奥地だった。
川 ゚ -゚)「そうだ。時間が掛かってしまってすまない。
人目を避けるのに手間取ってしまった。特に三日前の式典の事件があってから随分と警戒が厳しくなっていた」
式典で女帝が魔人の襲撃を受けたニュースは、ツンたちの耳にも届いていた。
それまでも物陰に隠れつつ移動していたのが、その事件以降本格的に夜中にしか街中を移動できなくなった。
港町を出てから十日目の夕方になってようやく到着できたのには、それだけの苦労を積み重ねてのことだった。
赤みを帯びた木漏れ日がツンたちに差しこまれてくる。
港町の岩場から歩いてきた人たちに対して、クーは丁寧にそれぞれの住処に案内していく。
川 ゚ -゚)「ツン、すまないんだが」
半分ほどの人数がはけたところでツンの番となった。
386
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:19:09 ID:55DzrIzg0
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト
クーが示したのは、あの狸耳の女の子だった。
川 ゚ -゚)「この子は一人にするには幼すぎる。
一時的でもいい。一緒に住んでもらうわけにはいかないだろうか」
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「もちろんよ」
ツンは胸を張って答える。
道中でも、しゃべれないその女の子に対して一番に気を配っていたのはツンだった。
女の子の方も、ツンの答えを聞いてその顔に嬉しそうな笑みが広がり、それを見ていたツンもまた微笑んだ。
日が暮れてはいけないからと、クーは足早にツンたちへの案内を続けた。
387
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:20:01 ID:55DzrIzg0
木々の間を通り、深緑のマントを着た小さな人影を何人か見かけて、辿り着いたのは太い木の洞だった。
入口は人が一人潜れるほどの小さなものだったが、中に入ってみると意外に広い。
ベッドがあり、テーブルがあり、簡素な造りの箪笥が一つ。それでもまだひとり寝転がれるだけのスペースがある。
すでに誰でも暮らせるように用意されていたのだろう。
暖色の淡い光を放つ電球を灯して、クーはツンを向いた。
川 ゚ -゚)「今日はここに泊まるといい。そこから先は自分の住処を見つけるのでもいいし、ここに棲みついてしまってもいい」
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「え、でも、ここはクーさんの場所じゃないんですか?」
川 ゚ -゚)「ここはあたりをつけていた場所にすぎないよ。空き物件だな。
まだこの国に馴れていない君のような人を保護したら提供できるようにとっておいてあるんだ」
そこまでしないと保護したことにならないから、とクーは付け足した。
388
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:20:37 ID:55DzrIzg0
川 ゚ -゚)「私も今日はこの村にいるよ。疲れてしまったからな。
君ももう自由に動いていい。私は隣の木の枝にぶら下げたテントの中にいるから、用があったら声をかけてくれ」
「じゃあな」と簡潔に言うと、クーは出口から外へと出ていった。
一人残されたツンは、時間をかけてゆっくりとベッドに腰を下ろす。
疲れてはいた。
毎日隠れながらの旅。人目を避ける緊張感は予想以上に体力を奪っていた。
このまま寝てしまうことも簡単にできるだろう。
でも、それ以上に新しい場所にきたというのがツンの好奇心を刺激した。
元よりツンの好奇心は強い。旅に出て、いずれは世界を周りたいとさえ思っていたほどだ。
おまけにこの街にはテーベの国の人は近寄らない、魔人だけの街だと聞いている。
誰の目も気にすることなく歩き回れる。久しぶりの自由の予感に、ツンの胸中は高鳴っていた。
389
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:21:15 ID:55DzrIzg0
好奇心が疲れを消していく。
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「一緒に出掛ける?」
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト コクコク
同居人に了承を得て、ツンは早速動き出す。
木の洞からそろりと顔をだして、ツンはあたりを見回した。
冬の短い日はまもなく稜線の彼方に降りるだろうが、まだ一時間ほどの余裕があるみたいだ。
ツンはまず一歩を慎重に出すと、二歩目、三歩目と次第に力強く踏みしめながら進み出た。
390
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:21:50 ID:55DzrIzg0
目についたのは土色のテントの前に座っていた二人組だ。
切り株の傍に立っていて、片方が木の板をおさえ、もう一人が斧を振り下ろしている。
静けさが広がる村の中で、彼らのテンポのいい掛け声だけが大きく聞こえてきていた。
いくつかの木片ができたところで、抑えつけていた方の男が「もういいだろう」と口にした。
斧を持っていた男が独特に刃を備えたそれを地面におろす。
力を込めたようには見えなかったが、斧は地面にするりと差し込み、固定された。
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「あの、すいません」
話しかける好機に思えて、ツンは声を掛けた。
∧ ∧
( ´_ゝ`)「ん? なにかな、お嬢さん」
斧を持っていた方の男が、背伸びをした体制のまま顔をツンに向けてきた。
391
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:22:24 ID:55DzrIzg0
∧ ∧
(´<_` )「兄者、口説くまえに後片付けするぞ。日が暮れる」
∧ ∧
( ´_ゝ`)「声を掛けられたから答えただけだぞ、弟者。いいじゃないか少しくらい」
∧ ∧
(´<_` )「わかったから、はやく木片持て。斧もだぞ」
∧ ∧
( ´_ゝ`)「はいよ。すまんな、君たち。長い話はできないみたいなんだ」
やり取りの後に、兄者と呼ばれた彼の目線がまたツンの方へと戻ってきた。
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「忙しかったらいいですよ」
邪魔をしてしまったならごめんなさい、と口に出そうとするが、その前に兄者は「いやいや」と挟んできた。
∧ ∧
(*´_ゝ`)「あくまでも長い話だと、だよ。短い話、いや中くらいの話くらいなら弟者だって文句はないさ!
さあなんでも聞いてくれ。みたところお二人とも初めて見る顔だね。新入りかな? 聞きたいことは山ほどあるだろう。さあどうぞ」
392
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:23:25 ID:55DzrIzg0
ツンと女の子を交互に見ながら、兄者は口早に捲し立てた。
遠くで木片を持った弟者が舌打ちしたが、すぐに仕方なしというふうに肩を竦めてテントの中へと入っていった。
./ヽ、 /ヽ
(/ξ;゚⊿゚))「えっと、そんなどうしても聞きたいことがあったわけじゃないのです、ただ、なんとなくで」
∧ ∧
(*´_ゝ`)「なんとなく結構! いいじゃないですか。なんとなくで会話が弾むことだってありますよ」
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「じゃあ、お二人は何をしていたんですか?」
∧ ∧
(*´_ゝ`)「何をしていたか! なにをして、いた……えっと、その、なんだっけ」
∧ ∧
(´<_`#)「食器棚を作っていたんだろ、このバカ」
弟者が顔だけだして窘める。兄者はそれを全く意に介さない様子で「ああ、そうだった!」と手を叩いた。
∧ ∧
(*´_ゝ`)「昼間っから木の板を作って、丁度いい長さにして、これから組み立てるんだ」
393
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:24:04 ID:55DzrIzg0
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「木工ができるんですね」
∧ ∧
(*´_ゝ`)「そうさ! 俺は何でも作れるんだ。特に斧使いに関しては俺の右手に出る者はいるまい。木片なんていくらでも作ってやるのさ」
∧ ∧
(´<_`#)「てめえ、途中で何回も休んでいただろうが。あと設計したのは俺だ」
口をはさみながら、弟者が兄者の足元の斧を持っていく。
いつの間にやら大工道具や木片は全て片付いていた。弟者の手際の良さがよくわかる。
∧ ∧
(*´_ゝ`)「まあな。弟者もすごい。だけど俺の斧もすごい。あれはハルバードという斧で、武器としても一級品さ。
どうだい、せっかく来てくれたんだ。俺と弟者とで練習仕合でもしてあげようか」
∧ ∧
(´<_`#)「上等だ。五秒でのしてやる」
∧ ∧
(*´_ゝ`)「随分余裕がないなあ、弟者よ。レディーの前で青筋など立てるもんじゃないぞ。はやく斧を、あれ、どこだ」
きょろきょろと足元を見回して、斧がどこにもないとわかると、兄者は、「あれえ」と口にしながらテントの奥へと回ってしまった。
394
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:24:37 ID:55DzrIzg0
∧ ∧
(´<_` )「ここには女性が少ないものだから、兄者も興奮したみたいだ。アホの相手をさせてしまってすまなかった」
弟者が丁寧に頭を下げてきて、ツンは驚いて手を振った。
./ヽ、 /ヽ
(/ξ;゚⊿゚))「え? いえいえ大丈夫ですよそんな、謝らなくても」
∧ ∧
(´<_` )「いや、申し訳ない。ここへは今日きたのか?」
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「ええ。港町から歩きとおして、ようやく」
∧ ∧
(´<_` )「それか。さぞや疲れたことだろう。労ってやりたいのだが、今日はまだ作業が残っているんだ。
また明日にでもうちに来てくれ。もしも必要なものがあれば、すぐに作ってあげよう」
395
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:25:20 ID:55DzrIzg0
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「ありがとうございます」
礼を言って、ツンはその場を後にする。
振り返ると、弟者が兄者を掴まえて何やら説教をしているのが見えた。
顔立ちがとてもよく似ているところをみると、仲のいい双子のようだ。
また明日、と言われたことが、妙に心に残った。
歓迎されている。ささやかなものだが、それでもツンの経験上はあまりない温かなものだった。
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「ここは魔人の村なんだ」
思わず口にし、顔が綻ぶ。
話は聞いていたものの、人間の世界の中にある魔人だけの場所を実際に体感したのはこのときが初めてだ。
木漏れ日に包まれたツンの身体の中で、言いようのない充足感が芽生え、しっとりと満たしていった。
396
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:26:23 ID:55DzrIzg0
夜はすぐにやってきた。
星が覗く空の下、眠りにつこうかと女の子と話し合っていたとき、村のざわめきが伝わってきた。
何事かと思って二人で外に出てみると、いくつもの灯が目に映った。
村人たちが、それぞれに松明を持って外に出てきているらしい。
最も明るかったのは、村の入口だ。
みすぼらしい布を纏った魔人たちがまとまってそこに立ち尽くしていた。
「テーベ城に幽閉されていた魔人たちらしい」
と、人混みの中から聞こえてきた。
そう思ってみてみると、確かに個性のない灰色の布は囚人服のようにも見える。
彼らは怯えたように村人たちを見つめていた。
397
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:27:26 ID:55DzrIzg0
::(〆 ヽ)::
::从´ヮ`从ト::
不穏な空気を感じてか、女の子が震えはじめる。
ツンはその背中にそっと手を添えた。
./ヽ、 /ヽ
(/ξ゚⊿゚)ヽ)「戻りましょうか。なんだか、こわいわね」
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト コクコク
あまりよくない光景だ。
そう思って、ツンは女の子だけでも住処に戻そうとする。
と、そのとき囚人たちの中から一人、前に出てきた。
くすんで乱れた赤毛の下で、灯に照らされた双眸が鋭く輝いている。
∧ ∧
(*゚∀゚)「みんな……これは女帝からの通達だ。静かに聞いてくれ」
398
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:28:43 ID:55DzrIzg0
話し出して、その細々とした響きでようやく少女だとわかった。
とはいえ、そこには年相応の拙さは無く、見た目と言葉が相まって暗く重々しい雰囲気が滲み出ている。
少女は掠れた声を続けた。
∧ ∧
(*゚∀゚)「ここを出て、山脈を通ってマルティアに向かってくれ。今日か明日中にだ。
嫌だといっても、無理だ。明日にはここに火が放たれる。もう、ここにはいられないんだよ」
投げ捨てるような口調で、短く伝えられた内容に、誰の顔にも疑問符が浮かんでいた。
それから次第に驚きと、困惑の声が上がり始める。
混乱が堰を切ったように鳴り響き始めた。
立ち尽くす少女は顔色を変えない。
∧ ∧
(*゚∀゚)「どうすることもできないんだ。みんな、話を聞いてくれ」
か細いその声は、かろうじてツンの耳にも届いたが、それ以降は騒音に紛れて何も聞こえなくなった。
☆ ☆ ☆
399
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:29:27 ID:55DzrIzg0
連絡係に囚人を使う。
そんな案を作戦本部に出したのは、傭兵を統括する国軍の幹部だったそうだ。
反抗する魔人に襲われたくなくてそんな案を出したに違いない。
位はいくつも上の人だが、心根は臆病なのだろう。
列車内で作戦の概要を聞きながら、ドクオは口には出さず蔑んでいた。
これは戦争ではない。
しかし、避けようのない血がきっと流れる。
そんなことは、みんなわかりきっていることなのに。
テーベ城下町からアイトネ山脈の麓町までの特別列車には、兵士と魔人が別々の車両に詰め込まれていた。
ここにいる魔人はみな、テーベで囚人となった者たちだ。数は傭兵よりも多いが、鎖で両手を繋がれ身動きが取れない状態である。
通常の往来列車の通行はすでに超法規的措置で止められており、車両は二つの路線に乗ってアイトネ山脈方面へと向かっていた。
400
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:30:11 ID:55DzrIzg0
マルティアから帰国して一日しか経っていないハインから、国軍幹部に通達があったのは今朝早くのことだ。
一睡もしていないという話だったが、その見た目には微塵の疲れの色も見えず、民衆を率いて邁進する風格に満ちていた。
从 ゚∀从「アイトネ山脈から魔人を追い払う。今捕らえている魔人たちも、みんなだ」
石炭資源を巡るマルティアとの交渉を受けての作戦である。
簡単すぎる説明がわずかにあり、式典の日以降も雇われていた傭兵たちはすぐに呼び出されて出発した。
あまりに急な作戦に苦言を呈す兵士もいた。
しかし、ことドクオについて言えば、その唐突さを恨みもせず、黙々と準備に取り掛かっていた。
そのひたむきさが、魔人に対する復讐心ばかりをエネルギーとしていたかというと、少し違う。
そんな熱い感情が湧いているわけではなかった。
ドクオは達観していた。
自分の感情に揺さぶられるのがもう億劫になっていた。
401
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:31:03 ID:55DzrIzg0
黙々と作業をしながら、山の中で魔人を追い出していく自分の姿をぼんやり思い浮かべていた。
仕事の前にいつも行うイメージトレーニングの一環だった。
しかしその空想にはもう、魔人について考えるときにいつも浮上してくる、つーのことも、クーのことも、入り込んではこなかった。
夕方過ぎに麓町に到着して、アイトネ山脈へと囚人たちを送り出した。
ハインからの通達を伝えるために送り込まれていく彼らの中に、つーの姿を見かけた。
向こうは傭兵たちを眺めていたが、ドクオを見つけることはないまま、森の闇の中へと紛れていってしまった。
国の保護のもとに建てられた宿泊棟に着き、冴える目を無理やり瞑った。
明日のことを考えていた。
魔人たちとの交渉の結果が出るのは、明日の夕方過ぎと決まっていたのだ。
囚人の魔人が閃光弾を空へと放てば、交渉成立。
魔人たちはおとなしくマルティアの方面へと去っていく。
日が暮れ落ちるまでに答えが出なければ、交渉決裂。
魔人たちが潜む森に国軍と傭兵の連合部隊が大挙して押し寄せる。
402
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:31:45 ID:55DzrIzg0
ドクオの心は冷めていた。
それでも眠りにつけたのは遅い時刻だった。
翌朝が漫然とやってきて、簡易な訓練場で鍛錬をした。
傭兵の中には顔見知りもいたが、ほとんど会話をしなかった。
相手たちの方も、戦闘経験が薄いらしく、明日のことを想ってから緊張の顔をしていて言葉は少なかった。
昼は過ぎ、日が傾く。
粘り気のある時間が流れる。
ドクオは剣の準備をした。
細長い諸刃に、短く湾曲した柄。鍔は刃の側面に独特の弧の軌跡を描いている。
軍事力の発展も進むテーベではすでに銃も普及しつつあったが、
戦争そのものが盛んではないため、ラスティア由来のその剣を持つことに不自然さはほとんど無い。
磨き上げると鈍く輝く。
一か月ぶりに振りぬくと、空気を切り裂く音が鳴った。
403
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:32:59 ID:55DzrIzg0
予感はあった。
住処を奪われるなんて、魔人であろうと許せるはずがない。
だから、きっと戦うことになる。
刃を振るっていたら、血飛沫を帯びる自分が見えた。
一人静かにほくそ笑む。
('A`)「それが俺には似合いだろう」
陽の残光は赤々と照り、黒い稜線の果てに消えた。
404
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:33:31 ID:55DzrIzg0
.
――第十二話 赤と黒 終わり――
――第十三話 「君が為」と「君が為」 へ続く――
.
405
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/12(月) 20:34:23 ID:55DzrIzg0
今回はここまで。
それでは。
406
:
同志名無しさん
:2015/01/12(月) 21:52:59 ID:UW4T02mI0
乙!早いな
続きが気になる
407
:
同志名無しさん
:2015/01/13(火) 00:36:21 ID:aESphwu60
乙乙
408
:
同志名無しさん
:2015/01/13(火) 18:21:54 ID:Chh.Bc4A0
乙!!
409
:
同志名無しさん
:2015/01/14(水) 13:18:04 ID:TlxFH8Z20
おつ
410
:
同志名無しさん
:2015/01/14(水) 23:19:46 ID:FJPIzWzM0
久々にきたら更新してたー!やったー!おつ!!
ドクオがなんかやばくなってるな・・・
411
:
同志名無しさん
:2015/01/17(土) 14:48:46 ID:tI.WogUU0
乙乙
ハインの主張は単純明快で力強いなぁ
にしてもヒートがやけに落ち着いたお姉さんみたいになってて意外だった
キャラクターがいい感じに絡み合ってて考えさせられる
412
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:15:35 ID:aSLEuLGE0
投下します。
413
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:17:12 ID:aSLEuLGE0
.
――第十三話――
――「君が為」と「君が為」――
.
414
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:18:08 ID:aSLEuLGE0
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ ┃
┃ 『三匹のカエル』 ┃
┃ ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
.
415
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:19:16 ID:aSLEuLGE0
あるところにとても仲良しな三匹のおたまじゃくしがいました。
毎朝起きるとあいさつをし合い、
同じ池を泳ぎ、同じ草むらの虫を食べ、同じ蓮の葉の上で眠り、
そして同じ朝に目覚めます。
三匹でお互いを見つめながら話すこともありました。
「ぼくたちはとてもよく似ているね」
「みんな真っ黒で、頭が丸くて、尻尾が細いや」
「きっといつまでも一緒なんだ」
一匹がそう言うと、他の二匹が頷いて、それからみんなで笑いあいました。
彼らはみんな同じ姿であることがとても気に入っていたのです。
416
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:20:00 ID:aSLEuLGE0
ところが、ある日のこと。
一匹の身体に突然、黒い二本の出っ張りが生えてきました。
「おや、なんだいそれは」
「わからない。目が覚めたらついていたんだ」
その一匹は、生えてきたものをとろうとして池の石にぶつかりました。
しかし何も変わりません。
それどころか、ぶつかる痛みで悲鳴をあげてしまいました。
417
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:20:42 ID:aSLEuLGE0
他の二匹は怖がりました。
「僕たちにはあんなものないよ」
「あいつは、僕らと違ったんだね」
二匹はひそひそと話しあい、もう一匹を遠ざけるようになりました。
「ああ、みんないってしまった」
出っ張りの生えた一匹は、遠ざかる二匹の後姿を見つめ、大きな声で泣きました。
ところが、すぐにびっくりしてやめてしまいました。
自分の泣き声がこれまで聞いたこともないくらいうるさく、濁っていたからです。
418
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:21:19 ID:aSLEuLGE0
「いったい僕はどうしてしまったのだろう」
彼は途方にくれました。
蓮の葉に乗って、池に映る自分の姿を確かめてみました。
すると、いったいどうしたことでしょう。
彼の口は顔いっぱいに大きく広がっていて、長い舌まで生えていて
目は黒く大きくぎょろぎょろ動き、獣たちと同じような脚と手というものができていて
真っ黒だったはずの肌の色が緑へと変わっていたのです。
もはや元の彼とは全く違う生き物で、彼もそれが自分だとは信じられませんでした。
丸みを帯びた手で何度も何度も顔を撫でまわし、
ようやく自分の形が変わってしまったのだとわかりました。
419
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:22:09 ID:aSLEuLGE0
「これが僕の姿なんだ。僕は本当はこんな緑色の、大きな口の顔をしているやつだったんだ」
彼はそう言うと、途端に涙が溢れてきて、池の水にぽろぽろと零れ落ちていきました。
悲しくって悲しくって、大きな声でゲロゲロと泣きつづけて、それでも涙は止まりませんでした。
日が暮れる頃になって、ようやく涙は止まりました。
まだ泣きたかったのですが、もうどんなに頑張っても、真っ赤になってしまった目では泣くことができませんでした。
彼はもう、池に映るのが自分の姿だとわかっていました。
それを元に戻すことはできないともわかりました。
「もう自分はここにはいられない」
。
名残惜しそうに池を一度だけ見かえしましたが、
すぐに陸の森の方へ向いて、ぴょんぴょん高く飛び、振り返らずに出ていってしまいました。
420
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:23:03 ID:aSLEuLGE0
静まりかえった池の隅で、友達だった二匹が顔を出しました。
「行っちゃったね」
「あんなに高く飛べるなんて、やっぱり僕たちとは違ったんだよ」
二匹は怖がったり、笑ったりしましたが、すぐにしょんぼりとしてしまいました。
違うといっても、今まで友達だった彼が行ってしまったことは、悲しいことなのだとようやくわかったのです。
二匹は彼が座っていた蓮の葉の上に乗りました。
顔を上に向けて、口を目いっぱい大きく開けて、それから泣き始めました。
「帰ってきてよ」
「もう違うなんて言わないよ」
泣き声は池中に鳴り響きましたが、彼が戻ってくることはありませんでした。
421
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:23:52 ID:aSLEuLGE0
そのうち、泣き声が変わってきました。
声の音が大きくなり、ゲロゲロと濁ってきて。
二匹は、はっとして、お互いの顔を見つめました。
「あっ」
「その顔は」
二匹はお互いを指差しました。
そう、二匹とも指があったのです。
422
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:24:36 ID:aSLEuLGE0
緑色の肌、大きな口、丸い指先、長い脚。
何もかも、出ていった彼と同じでした。
彼は二匹と違っていたのではありません。
ただ二匹よりも先に、大人びていただけだったのです。
二匹のカエルは泣きました。
出せるだけの大粒の涙を零して、出せるだけの大きな声をあげました。
池の水や、陸地の草が、ざわざわと揺れ動きましたが
彼の姿はついに一度も見えないまま、夜が更けていきました。
今でも二匹は泣き続けています。
誰も見ていない池のまわりで、カエルたちの鳴き声が聞こえたら
それはきっと、あの二匹が、行ってしまった一匹を探し求めている声なのです。
★ ★ ★
423
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:25:49 ID:aSLEuLGE0
姉はよくお話を聞かせてくれた。
寝る前に、ベッドで一緒に横になって、せがむといつでも話してくれたのだ。
。
物知りな姉は、いくつも楽しい話を知っていて、話し方も上手で、
だからヒートは、姉が話してくれるときはいつでも胸をときめかせていた。
川 ゚ -゚)「おわり」
でも、このお話は、普段と趣向が違っていた。
ノパ⊿゚)「ひどい話だ」
川 ゚ -゚)「読み聞かせてもらっている身分で偉そうなこというもんじゃないよ」
424
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:26:29 ID:aSLEuLGE0
膝の上に寝そべる妹を、クーが優しく窘めてくる。
遠い昔の記憶。クーがまだ、ヒートの姉としてそこにいたころ。
ヒートはまだごく幼くて、このときのクーにも長く文句を言っていた。
ノパ⊿゚)「だって、悲しすぎるじゃないか。私はこんな暗い話は嫌だ!」
川 ゚ -゚)「はっきり言い過ぎだろう」
ノパ⊿゚)「じゃあ、おねーちゃんは好きなの?」
川 ゚ -゚)「ああ、好きな話だ」
姉がきっぱりと言い切って、ヒートは「ええ?」と、眉をぎゅっと寄せて不満を漏らす。
ノパ⊿゚)「意味わかんない! おねーちゃんはおかしい!」
425
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:27:05 ID:aSLEuLGE0
川 ゚ -゚)「はは、参ったね」
クーは口元を手で押さえて相好を崩した。
ノパ⊿゚)「これ、誰の話なの?」
川 ゚ -゚)「気になるか?」
ノパ⊿゚)「うん。いったいどんな奴がこんなひどい話を思いつくのか気になる」
川 ゚ -゚)「……ふふ」
クーが顔を前に傾けて、長い黒髪が顔にかかった。
表情は見えなくて、笑った口元だけが見えていた。
川 - )「きっと、どこかの昔話だよ」
クーがいなくなったのは、それから一週間後のことだった。
★ ★ ★
426
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:27:43 ID:aSLEuLGE0
あの話はクーの創作だ、とヒートは想っている。
そして今なら、その話をした気持ちもわかる気がする。
姉は静かで、何を考えているのか伝えない人だった。
魔人と出会っていたのも、誰にも知られずにいたことだったくらいだ。
姉は普通というものに馴染めなかったのだろう。
だから、他人を遠ざけてしまっていた。
姉は最初のカエルなのだろう。
みんなと同じように生まれてきたけど、
大した理由もないままに違くなって、避けられて、遠ざかった。
顔には出さなかったけど、その胸の内はいつも泣いていたのかもしれない。
お話の中のカエルと同じように。
427
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:28:39 ID:aSLEuLGE0
あの話を、ヒートは悲劇だと思っていた。
最初のカエルは友達と別れてしまったからだ。
だけど、姉がその話を好きと言った意味もわかる。
多分、あの最初のカエルは幸せなのだ。
だって最後には、友達が彼のことを思って泣いたのだから。
姉に、友達に当たる人はいただろうか。
彼女がいなくなったとき、彼女のために泣いた人はいただろうか。
仮に何人かいたとして、その人たちは彼女と同じだっただろうか。
あの話は、クーの願望だったのだろう。
自分のことを想ってくれる、自分と同じような人がいてくれたらいいという、とても小さく消極的な望み。
それが長い歳月をかけてたてたヒートの解釈だった。
428
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:29:32 ID:aSLEuLGE0
『三匹のカエル』の看板は、この童話をモチーフにしている。
姉との唯一の物語である、悲しい希望の物語。
ノパ⊿゚)「姉さん……」
お店の入口に立って、その看板を見上げていた。
時代は流れた。
クーはとっくの昔にいなくなり、ヒートはテーベの城下町にお店を構えている。
今日は朝から、姉のことを想っていた。
姉が魔人と会っていたからだろう。
魔人を討伐しようとする今日この日、ヒートは姉を思い返さずにはいられなかった。
429
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:30:12 ID:aSLEuLGE0
同居人であるドクオが鉄道に乗ってアイトネ山脈に向かったのは昨日のことだ。
今日の夜に突入か、撤退かの結論が下される。
陽が沈むまでに連絡が無ければ、ドクオたち兵士は明け方にアイトネ山脈の森へと入り込み、魔人の村を襲撃する。
ハインが決めたこの一連の討伐事業は、よそもののヒートには強行に過ぎると感じたけれども、
魔人のことを快く思っていないテーベの民からすれば特に批判するものでもなく、
マルティアと対峙するためには致し方ない犠牲とでも考えているかのようだった。
ヒートは魔人のことを好ましくは思っていない。
彼らはクーを連れ去った種族だからだ。
しかし、毛嫌いしているわけでもない。
でなければつーを助けたりはしない。
魔人とて、無暗に死んでいいわけじゃない。
人と同じだ。
ヒートは人に対しても魔人に対しても同様の正義を抱いているにすぎなかった。
430
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:30:57 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「ドクオ、今頃もう準備しているだろうな」
日が傾き、陽光は急速に光を失っていく。
三匹のカエルがくすんで見える。
ドクオは魔人を討伐に出かけた。
彼は魔人を憎む心がある。
急な仕事ではあったが、それほど嫌がってもいないのだろう。
でも、勝手に村を追い出すような行動が彼の信条に本当にあっているのだろうか。
数日前につーを保護した時も、ドクオは最終的にはつーと仲良く話せるようになっていた。
彼とて、魔人が嫌いと言い切れはしなかったのだろう。
いくらかの葛藤があったにせよ。
431
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:31:47 ID:aSLEuLGE0
ドクオは何かを気に病んでいた。
ドクオと一緒にいる期間は長い。
だから、何も言わない彼のことでもわかることがある。
彼は、ひどく思いつめている。
思い詰め過ぎて、心に重い蓋をすることで乗り越えようとしている。
無感覚になれば、思い煩うこともないから。
でもそれがいいとは限らない。
悩みから目を瞑ることがいつでも正しいわけじゃない。
無視し続けた痛みは、いずれドクオを必ず追い詰めていくだろう。
それがわかっていながらもヒートは、アイトネ山脈へと向かうドクオを止めることができなかった。
432
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:32:42 ID:aSLEuLGE0
ヒートがドクオと会うようになったのは、姉がいなくなってからだ。
姉の友達だと聞いていたから、どんな人なのか気になって自分から足を運んだのだ。
姉がいなくなってからも、すぐにドクオのところへ行った。
親には遊びに行くとだけ伝えていた。
だけど、本当は姉のことを探したかったからで、
ドクオと出会った瞬間に穏やかならざる口調で問い詰めた。
ノハ;⊿;)「ねーちゃんがどこにいるか教えてよ」
藁にも縋る思いだった。
そのとき、ドクオは躊躇いがちに首を横に振り、「悪いんだけど知らないんだ」と口にした。
('A`)「俺も知りたいくらいなんだ。なんで、あんなことになったのか」
それから、時間を見つけては、二人で会うようになった。
姉のことを良好に記憶してくれている、数少ない人だったから。
433
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:33:57 ID:aSLEuLGE0
姉を探す、と最初は掲げていたが、どうしても手がかりはなくて
しかたなく、「悪い魔人に立ち向かうグループを作ろう」という話になった。
lw´‐ _‐ノv「楽しそうなことしているな」
と、友人が一人入ってきてくれて、話は大きくなった。
やがて、町の集会所に似たような思想を持つ人々を見つけ、
交流を交わしているうちに支援をしてもらえることになり、正式に組織を作り上げる運びになった。
それがいってみれば、ラスティアでのレジスタンスの始まりだった。
以来ドクオとの付き合いは続いている。
434
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:35:15 ID:aSLEuLGE0
昨日のドクオは、沈黙そのものだった。
ノパ⊿゚)「早くから大変だね」
('A`)「……ああ」
ノパ⊿゚)「傭兵なのに随分人使い荒いや。この国は働き者が多いからって政府も調子に乗るのかもね」
('A`)「……ああ」
上の空になりかけの、ひどくぼんやりとした返事。
ヒートは溜息をついて、ドクオの顔を覗きこんだ。
鼻と鼻とがくっつくぐらい近づいて、ようやくドクオが身じろぎしてくれた。
435
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:36:07 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「何かあったんでしょ?」
彼は思い詰めている。
その理由を、ヒートは薄々気づいていた。
先日、ジョルジュとロマネスクが店に来た。
ハインがマルティアのラスティア城を訪問していた日だ。
そのときに、ジョルジュがヒートに何かを言おうとして、ロマネスクに止められていた。
あのときは気づかなかった。
しかし、二人が帰った後に、ドクオの態度が妙に落ち込んでいたのを思い出して、ピンと来るものがった。
もしかして、ドクオは何かに関わっているのではないか。
その漠然とした疑問は、テーベ城下町にて配達された朝刊に目を通しているときに瓦解した。
マスコミたちが捉えた今朝お城から護送される囚人たちの写真が載っており
そこに先日この店に来た少女、つーがいたのである。
436
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:36:55 ID:aSLEuLGE0
ご丁寧に、罪状まで簡単に載せられていた。
擾乱罪――それは国家の安定を揺るがす者に下される罪名。
あの子が捕まったのは、『三匹のカエル』から出ていって、朝刊が配られるまでの間のこと。
その間に国家を揺るがせるような罪があったとすれば、あの式典の日の襲撃に関わっていたと見るのが妥当だ。
お城に傭兵として勤めているドクオは、あの子と接触したのではないか。
ドクオはつーと打ち解けあえていたようにヒートには見えていた。
それなのに、そのつーが、自分の敵として現れてしまった。
だから、押し黙って、外界のことを考えるのをやめた。
ドクオなら、ありえることだ。
437
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:37:46 ID:aSLEuLGE0
ドクオは何も言ってくれなかった。
その内心でどのような葛藤が起きているのか、黙して語らず、塞ぎこむ。
('A`)「なんでもないよ」
答えはあまりにも素っ気なかった。
それがただの冷たさではないと、ヒートにはもうわかっていた。
単純なのだ、とヒートは思う。
なんでもひとりで抱え込む。
助けてやるよなんて口にしたら、絶対に頼ってなどくれはしない。
もはや言葉は彼の耳に届かなくなっていた。
だから何をすることもできないまま、彼をアイトネ山脈へと送り出すことになってしまった。
438
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:38:24 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「あのバカ」
思い出して、呟く。
苦しんでいるくせに何も言ってくれないことを恨む。
そして何も言えなかった自分を思い、苛んだ。
『三匹のカエル』の中に入る。
客はまだ来そうにない。
町全体がざわめいていて、悠長に外食を楽しもうとする人があまりいないのだろう。
ヒートは客席に座り、こめかみのあたりを手で押さえた。
肘をテーブルに置いて、じっと座る。
町は静かで、往来の人の控えめな足音と、時計の針の間断ない単調な音だけが届けられてくる。
何も言ってくれない人。
姉のクーも、その幼馴染のドクオも、その点で似通っている。
誰かといるより孤独が好き。
そして、ヒートの近くにいながら、何も打ち明けようとしてくれない。
ノハ ⊿ )「……バカにやがって。人をなんだと思っているんだ。
自分たちで勝手に自分に蓋をして、何もわかってくれないと決めつけて」
439
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:39:16 ID:aSLEuLGE0
ノハ ⊿ )「一緒の町にいて、一緒に暮らして、遊んでいたんだぞ?
あたしはあんたら二人とも好きなんだよ。どうしてそれをわかってくれないんだよ」
ノハ ⊿ )「バカやろう……」
窓の外が、暗くなる。
冷え込んだ風の鋭い音が鳴る。
こめかみを締める力が強くなり、指先が肌にくいこんで、暖炉の火が滲んで見えた。
うめくような呟きが震えを帯びて、そのうち音を失くしていった。
夜がしんしんと更けていく。
そこへ、からん、と音がする。
440
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:40:17 ID:aSLEuLGE0
しまった、とヒートは背筋を伸ばす。
お店は普通に開いているのだ。
目を拭って、商売の顔を作り上げ、一気に振り返る。
ノパ⊿゚)「ああ、すみません。いま案内しますから――」
軽やかな文句が飛び出したと思ったら、次の瞬間途切れてしまう。
知っている顔がそこにあって、口が閉じ、視界が相手にフォーカスされる。
ノパ⊿゚)「……なんで」
( ^ω^)「おお! 久しぶりだお!」
441
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:41:09 ID:aSLEuLGE0
丸みを帯びた童顔に、柔和な笑みと、驚きが浮かんでいる。
ほんの数日間だけ、行動を共にした少年が、腕を振ってヒートに迫ってきた。
(*^ω^)「いやあ、良かったお! 知っている名前のお店があるものだからもしやと思ったんだお!」
手を握られて思いっきり振られる。
ヒートもまた驚きに包まれていて、言うべきことも思いつかずに茫然と立ち尽くしてしまっていた。
ノパ⊿゚)「なんで、ここにいるんだよ。ブーン」
(*^ω^)「ちょっとした旅だお! 探している人がいて。そんなことよりヒートが無事でよかったお!」
屈託が、あまりにも無い。ブーンの存在が途轍もなく明るく思えた。
突如として、まったく別の空気を纏った人が現れて、ヒートの思考が混乱している。
(*^ω^)「ヒートが無事ってことは、他の人はどうなんだお? ドクオは? ジョルジュは?」
顔を興奮させながら矢継ぎ早にかけられる質問に、ようやくヒートは反応できた。
442
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:42:00 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「ドクオ……」
ついさっきまで思い悩んでいた名前。
触れられないでいたその人物のイメージが、強烈に脳裏に焼き付いてくる。
ノパ⊿゚)「……」
ノパ⊿゚)
ノハ;⊿;)「ふえぇ」
443
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:43:09 ID:aSLEuLGE0
それまで必死になって、顔を締め付けてまで堪えていたものを抑えつけられなくなった。
堰を切ったように涙が出て、気の抜けるような声まで出して、様々な感情がどうしようもなく溢れてきた。
Σ(;^ω^)「うおお!? どうしたんだお、ヒートさん!」
ブーンは見るからに狼狽していた。
そうはいっても、止められなかった。
堪える気持ちも、恥ずかしがる気持ちも無くなった。
ノハ;⊿;)「助けてくれ! ブーン! ドクオを、あの根暗なバカを止めてくれ!」
今まで言えなかったことが、このときになってようやく固まり、切望となった。
ブーンは動揺して目を瞬かせている。
444
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:44:27 ID:aSLEuLGE0
(;^ω^)「どういうことだお」
わからないなりに、真剣に。
ブーンはヒートの話に耳を傾けた。
高揚していて、話しはなかなかまとまらなかったが、それでも必死に説明した。
ドクオが傷心のまま、アイトネ山脈に向かい、魔人たちと戦おうとしていること。
このままでは、せっかく和らぎかけていた彼の心がまた深く閉じてしまうこと。
明快ではない。推測や、抽象的な表現も混じっている。
そもそも人の心など単純に説明できるものではない。
誰が何に絶望し、心を乱すかなんて正確にはわからない。
だけどどうしても不安がつきまとう。
その気持ちさえ伝わってくれば十分だった。
445
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:46:13 ID:aSLEuLGE0
ブーンは時間を置いたのち、大きく頷いてくれた。
( ^ω^)「事情はなんとなくわかったお。ドクオさんは大事な先輩だから、できることがあるなら助けたいお」
素直な言葉に、ヒートはまた涙ぐむ。
ノハ;⊿;)「本当ならそばにいるあたしが何とかしなきゃいけなかったのに、すまない。ブーン」
(*^ω^)「いえいえ、できることがあるなら喜んでやりますお! それが仲間ですお!」
ノハ;⊿;)「はうう! お前は本当にいい奴だな! ちょっと抱かせろやこんちくしょうめ!」
(;^ω^)「ちょ、おま!」
ヒートが伸ばしてくる手を、ブーンが器用に右へ左へと避けていき、ステップを踏んで遠ざかる。
店の中のテーブルを二つほど挟んで、ブーンはヒートと向かい合う。
(;^ω^)「落ち着いてくださいお。確かに助けたいですけど、大切なことを忘れていますお」
446
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:47:22 ID:aSLEuLGE0
ノハ;⊿;)「なんだよ。言ってみろよ。くだらないことだったら抱くぞ」
(;^ω^)「いやまあ、単純な話ですけど、いったいどうやってアイトネ山脈へ行けばいいんですお?
列車は朝にならないと動かないし、陸路だと一日半はかかりますお。 明日の明け方には間に合いそうもないですお」
ノパ⊿゚)「……あ」
現実的な壁を突き付けられた。
ドクオがアイトネ山脈へと向かったのは昨日だ。
今日の夕方ごろまでに襲撃するか撤退するかが決まる。ニュースによれば恐らく襲撃だ。
そして、夜が明けるのを待ち、明日の明け方には森への侵攻が始まる。
今、テーベの城下町から、明け方までにアイトネ山脈に向かう方法は、無い。
(;^ω^)「それに、僕の用事も急ぐ必要があるんですお。
あまり長い時間はかけられないんですお。申し訳ないけれど」
ノハ;゚⊿゚)「うう……」
447
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:48:09 ID:aSLEuLGE0
二人は眉根を寄せて考えを巡らせ、唸ったが、名案は簡単には思い浮かばなかった。
からん、とまた入口の戸が開く音がして、ヒートがすぐに立ち上がる。
うっかりするとお店を開いていることを忘れてしまう。
ノパ⊿゚)「いらっしゃいませ!」
入ってきたのは、大柄で色の黒い、見たことのない男だった。
(;;・∀・;;)「おう、ちょっと尋ねたいことがあるんだけどもよ」
と、話し始めた男の声は、「あ」という音に上書きされる。
(;;・∀・;;)「ブーン! ここにいたのかよおめえ」
448
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:48:55 ID:aSLEuLGE0
( ^ω^)「お! おっさん!」
男がブーンの元に駆け寄っていく。
ノパ⊿゚)「知り合いかい、ブーン?」
( ^ω^)「一緒に旅してきたおっさんだお」
(;;・∀・;;)「なんだ、ここはおめえの知り合いの店なのか」
男はヒートに顔を向けると「俺は黒マララーってんだ。よろしくよ」と挨拶をした。
気さくな男であるようで、面食らっていたヒートもおずおずと言葉を返す。
( ^ω^)「なんだ、おっさんそんな名前だったのかお」
(;;・∀・;;)「なんでえ、知らなかったのか」
ノハ;゚⊿゚)「名前も知らない人と一緒に旅してきたのか」
449
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:49:51 ID:aSLEuLGE0
(;;・∀・;;)「で、ブーン。旅の目的は果たせそうか?」
( ^ω^)「そのことなんですが」
ドクオという男のこと、彼を止めたいが移動手段がないこと。
込み入った事情を、ブーンはたどたどしく説明した。
(;;;・∀・;;)「おいおい、なんでそんなに抱え込んでいるんだよ。
親父さんのことはどうするんだよ」
(;^ω^)「でも、ドクオさんのことも見捨てるわけにはいかないお!」
(;;;・∀・;;)「でも、どうやって行くんだ」
(;^ω^)「それだお問題は」
そう言いあって、ブーンも、黒マララーも頭を抱え込む。
450
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:50:37 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「ん?」
と、ヒートが首を傾げたのは、黒マララーの手に紙が握られているのに気付いたからだ。
ノパ⊿゚)「なんですか、それ?」
Σ(;;・∀・;;)「ああ、これか」
黒マララーは紙を手元で広げ、ヒートに見えるようにした。
(;;・∀・;;)「なにかの広告だろう。道端に転がっていて、面白そうだから拾ってきたんだよ。
『公開実験』と書いてあるな。これは、何かの機械なのだろう?」
451
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:51:26 ID:aSLEuLGE0
紙の中央に載っていたのは、あの式典のときにみなを騒がせた空飛ぶ機械だ。
明日の午後に、お城の中庭で改良版の実験テストを公開する、とのことが大きな文字で端的に伝えられている。
名前は、確か――
「飛行機」
ヒートはそう思った。
だが、言ったのはヒートではなかった。
452
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:52:19 ID:aSLEuLGE0
声はヒートの真向いに立つブーンから発せられていた。
ノパ⊿゚)「なんだ、知っているのか?」
テーベの民でもつい三日前に知ったその名前をよく旅をしながら得ることができたものだ。
そんな単純な感心から声を掛けたのだ。
だけど、ーンは何も言わなかった。
( ゚ω゚)
目を見開いて、口をわなわなと震わせている。
453
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:53:03 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「ブーン?」
(;;・∀・;;)「おめえ、この機械知ってるのか?」
声を掛けられても、ブーンの視線は広告に突き刺さったまま。
ややあって、ブーンが口を開いた。
それはほとんど独り言のようなものであった。
( ゚ω゚)「どういうことだお。なんで、”それ”がここにあるんだお」
しんと、一瞬の沈黙が訪れる。
ノパ⊿゚)「おい、なんだよ。その言い方」
首を傾げながらヒートが言う。
454
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:53:58 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「まるでずっと前から知っていたみたいな言い方だな」
( ^ω^)「……知ってるお」
ノハ;゚⊿゚)「はあ? なに言ってるんだよ。
この機械はこの国でつい三日前に発表されたばかりのものだぞ。なんでブーンが知っているんだよ。
ブーンはラスティア生まれだし、機械にも縁がないだろう」
指摘されると、ブーンは勢いよく首を横に振った。
ますますヒートの顔に疑問が浮かぶ。
黒マララーにしても同じ。
二人に対して視線を飛ばし、慌ただしくブーンは口を開いた。
( ^ω^)「これは、とーちゃんの頭の中にあった機械だお。
僕はこの形をなんども見てきたお。とーちゃんの大切にしていたスケッチブックの中で」
455
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:55:31 ID:aSLEuLGE0
( ^ω^)「僕のとーちゃんは発明がしたがっていたんだお。
だけど発明なんてあまり歓迎されなくて、だから隠してきていたんだお」
( ^ω^)「そしてその機械がここにあるということは」
ブーンは黒マララーに顔を向ける。
( ^ω^)「黒マララーさん。僕らの推測は正しかったお。港町で話題になっていた商人は父ちゃんだお。
とーちゃんは確かにお城に招待されて、そこでこの機械を完成させたんだお。
この広告の写真がその証拠なんだお」
三人の視線が、一様に写真に集中する。
空を飛ぶ飛行機の姿を、下から写したモノクロの写真だ。
逆光で、飛行機は黒い影となっている。空を翔ける巨大な鳥のようにも見えなくもない。
456
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:56:20 ID:aSLEuLGE0
テーベの国の民が熱狂した発明品。
その完成にブーンの父親が関わっている。
新しい情報に、ヒートは目を瞬かせた。
何か言おうと思ったが、驚きが何よりも勝り、うまく形にならない。
その一方で、ブーンは今度はヒートを見据えていた。
( ^ω^)「ヒートさん。とてもいいことを思いついたお。
飛行機は空を飛ぶ機械だお。鉄道よりもずっと速くて、邪魔するものもいないお」
( ^ω^)「だから、この飛行機を借りてしまえば、ドクオさんを止めることができるかもしれないお」
提案は、突飛だった。
突飛すぎて、ヒートはまたも言葉を失ってしまう。
457
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:57:02 ID:aSLEuLGE0
ノハ;゚⊿゚)「は、はは」
無茶だ、とすぐに思った。
テーベ城はラスティア城よりも堅牢で、罰も厳しい。
侵入したことが判明したら、地下牢幽閉以上のことが待っているに違いない。
危ない所へ無理に行く必要も無い。
だけど、
ノハ*゚⊿゚)「よくもまあそんな面白いことを」
思いついてしまった発想はもう止まらなかった。
458
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:58:06 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「できるんだな? お前はこの飛行機の場所がわかって、盗めるんだな?」
( ^ω^)「……できるお。きっと、だけど」
( ^ω^)「ちょっぴりだけど、とーちゃんのスケッチブックに操作方法が書いてあったのを覚えているんだお。
それと全く同じなのかは勘でしかないけれど、試してみる価値はあると思うんだお」
言い直したブーンの言葉は、今までのどれよりも毅然としていた。
ヒートは鼻を鳴らし、それから大きく頷いた。
ノパ⊿゚)「やるしかない、か」
幸い、お城の国軍は今アイトネ山脈へと向かっている。
守りは手薄だ。
忍び込むのに絶好の機会ともいえる。
なにより、今まさにドクオが望んでいない戦いをはじめようとしている。
立ち止まっている暇はない。
459
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:58:48 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「よし、乗った!」
テーブルを手のひらで叩きつけ、高らかに叫ぶ。
ノパ⊿゚)「いくぞ、ブーン。準備をするぞ!」
( ^ω^)「はいですお!」
ブーンのまた、手のひらをテーブルに叩きつける。
良い音が鳴ったが、すぐにその顔がゆがむ。痛かったらしい。
笑い声がかぶさってくる。
(;;・∀・;;)「なんだか知らねえが、もう少し頼れるようにならなきゃな」
(;^ω^)「うう、まったくだお」
(;;・∀・;;)「しかし、まあ、面白そうじゃねえの。俺も手伝うぜ」
そして三人目の手のひらがテーブルを叩く。
460
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 16:59:30 ID:aSLEuLGE0
一夜限りの大勝負。
その日、『三匹のカエル』の入口には、またもや早々に「CLOSE」の札が提げられた。
☆ ☆ ☆
461
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:01:09 ID:aSLEuLGE0
魔人の村の広場には大勢の人が集まっていた。
すでに囚人の姿はないが、なくなったわけではない。
彼らはもう他の魔人から服を借りていて、魔人たちの中に紛れてしまっていた。
テーベ国軍へ向けての連絡は送らなかった。
昼にはもう決着がついていた。
魔人たちを取りまとめているクーは囚人たちと膝を突き合わせ、
テーベ国軍の要求に応じない結論を下していたのである。
連絡用の閃光弾は昼過ぎに川へと投げ込まれ、今はもう川底に沈んでいる。
今から急いで取りに行っても、もはや火が灯らないだろう。
もはや、平穏の選択は断たれてしまっている。
462
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:01:39 ID:aSLEuLGE0
魔人たちは、ふたつのグループに分かれた。
川 ゚ -゚)「国軍がやってくるとすれば明け方、人間が森を歩けるようになってからだ。
逃げる者たちはそれまでにマルティアへ向かってくれ。固まって歩いて、くれぐれもはぐれるんじゃないぞ」
川 ゚ -゚)「戦う者たちは準備を始め、仮眠を取るんだ。
夜が明ける前に目覚めてから配置を始める。
夜でも目の利く者は申告してくれ。大いに助けになるからな」
大勢の逃げる者たちと、少数の戦う者たち。
魔人たちの中心に立って指示を出しているクーは戦う側となることを決めていた。
この魔人の村に首長はいない。行き場を失った魔人たちが寄せ集められた集落に過ぎない。
その村人たちを先導する役割を、クーは率先して引き受けていた。
クーは人間である。
だけど、誰よりもこの村の魔人たちを支えている自覚があった。
なぜならば、この村を作り上げたのが彼女だったからだ。
463
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:02:19 ID:aSLEuLGE0
アイトネ山脈は300年の昔から、魔人の遺棄場として使われていた。
魔人に頼らないテーベの国策により、悪事を働いた魔人たちや、力を行使した魔人たちが捕らえられ、囚人として送られてきていた。
送られてきた魔人たちは、あまり群がろうとはしなかった。簡単な集落すら築こうとしなかったほどだ。
彼らはみな、隙を見つけてはかつてのラスティアの国土へと逃亡することしか考えていなかったのである。
アイトネ山脈に居を構えるわけではなく、どうせ逃げるのだから、群がる意欲もわかなかった。
時が経つにつれて、次第に魔人忌避の国策は厳格化し、アイトネ山脈に送られてくる魔人の数は上昇の一途を辿った。
特にハインの2、3代前からの治世では、魔人らしき姿を見つけた途端に捕らえられる事態にまで厳罰化してしまっていた。
数が増えるといっても、すんなりとラスティア国へ逃げられた頃は問題なかった。
アイトネ山脈は一時の通過点に過ぎずにいられたからだ。
そのラスティア国での事情が、十数年前に先王ショボンの治世がはじまったことで変わってしまった。
ショボンは魔人に頼り過ぎることを嫌い、
テーベの国政を参考に、ラスティア城下町にて魔人を忌避する政策を施行し始めたのだ。
464
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:03:03 ID:aSLEuLGE0
最初は城下町だけの試験的な政策だったのに、その気運がラスティア国土に蔓延し始め、
完全に取り除くわけではなくとも、魔人の移民を受け入れるのに複雑な手続きを要する国へと変わっていった。
アイトネ山脈から渡ってくる魔人たちも同様で、国境付近での関所を潜るのに日数が必要となり、
どうしてもアイトネ山脈で一時的に住まうだけの環境が求められるようになった。
魔人たちも、時流に乗ってすぐに寄り集まることができればよかった。
しかし、住処を作ること、村をつくるには諸々の努力と知識、忍耐、そして支え合おうという意識が無ければならない。
食物をわけあうこと、ルールを決めること……
生きるのにも精一杯な者たちが秩序だって行動するのは容易ではなかった。
場所、食糧、安心、生活に必要な要素がことごとく争いの材料となった。
怖れを抱いて逃げたくとも、テーベには戻れず、ラスティア国の門も狭い。
動けなくなった魔人たちは、いら立ちを募らせ、森の中の魔人の世界はにわかに殺伐となった。
465
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:03:47 ID:aSLEuLGE0
クーがやってきたのは五年前(303年)のことだ。
その頃には、魔人たちの争いはさらに激しくなっており、いつ大事になってもおかしくないほどだった。
川 ゚ -゚)「私は君たちを助けにきた」
それだけを淡々と伝えると、魔人たちの生活に様々な支持を繰り出し始めたのである。
魔人たちはみな不思議に思った。。
ただの人間のはずの彼女がなぜ自分たちを助けてくれるのか理解できなかった。
クーを拒否する人も大勢いて、彼女の傍で口汚くののしる者もいた。
それに対して、クーは何も言わなかった。
作るのが簡単な住処、育てやすい食料、安定しやすい掟……
ただ黙々と指示を出し、魔人に恩恵を与え続けた。
466
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:04:30 ID:aSLEuLGE0
魔人たちは、クーのような人に出会ったことは無かった。
人間であれば誰だって魔人を忌避するものだ、そう思い込んで生きてきたのである。
怖れ、動揺、不安、怒り、慣れない存在に対する穏やかならざる感情が森中に錯綜した。
その中で、クーはひたすら冷静でいつづけた。
もしもクーが暴れでもしたら反対もしやすかったのだが、
徹底して無抵抗な相手にとやかくいうわけにもいかなかった。
魔人たちはやむなくクーの存在を受け入れ、気が向いた者たちは彼女の指示に従うようになった。
すると、みるみるうちに暮らしが変わるのが手に取るようにわかった。
わずか一年で、村といえるだけの共同体が出来上がったのだ。
この成果に、魔人たちは大いに驚嘆した。
467
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:05:06 ID:aSLEuLGE0
完成された村にて、なぜあなたは私たちを助けてくれたのですか、とクーに聞いた者がいた。
すると、クーは少しだけ頬を緩めて、「私は魔人を助けたいんだよ」と言った。
川 ゚ -゚)「これからも私が、テーベ国中の魔人たちをここに集めてくる。君らを守るためだ。
ラスティア国への亡命も手伝うよ。人間の後ろ盾があると関所を通る許可は下りやすいんだ」
ラスティア国が魔人の受け入れ策を始めるのは、村の完成から一年後(305年)のことだ。
その時点でラスティア国に亡命するための手続きも簡素となり、村の存在意義も薄れてしまった。
しかし村は残り続けている。
308年の今日までも、魔人たちを受け入れつづけ、森中に発展し続けた。
この村ができたのはクーのおかげで、クーもまた、この村を最後まで支え続けることに決めていた。
だが、その最後のときが、唐突に訪れた。
ならば、自分で率いて守らなくてはならない。
クーは即座に決意し、魔人たちの前に出ることを選んだのであった。
468
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:06:09 ID:aSLEuLGE0
逃げる者たちが家へと戻ったのち、広場に残っていた戦う者たちに向かって、クーが声を張り上げた。
川 ゚ -゚)「戦う側の君たちも、自分たちがおよそ勝ち目のない戦いに挑むということを自覚してくれ。
この戦いは勝負じゃない。魔人たちの存在を、蔑ろにされている自分たちの苦悩を知らしめるための抗議だ」
川 ゚ -゚)「血を流すことは目的じゃない。危険を感じたらすぐに伏するんだ。生きることを捨てるな。
戦って、生きていたら、またいつでも抗ってやればいい」
魔人たちは静かになった。
単純な鼓舞ではないクーの言葉を一人一人噛み締めていた。
やがて戦う者たちもそれぞれの住処に解散となった。
灯もなくなり、あたりは夜に包まれる。
月の光がよく届いている夜だ。雲が少ない。
明日は朝から青空が広がることだろう。
469
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:07:06 ID:aSLEuLGE0
自分の住処がつるさっている木へと向かう、その途中
「クー」
と声を掛けてきたのは、隣の木の洞の中の人だ。
川 ゚ -゚)「ツンか」
ξ゚⊿゚)ξ「うん」
彼女の身体が月明かりの下に現れる。
470
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:07:36 ID:aSLEuLGE0
川 ゚ -゚)「君は逃げる側だろう? 早く寝ないか。明日の朝早くには行かないとだぞ」
ξ゚⊿゚)ξ「うん……」
ξ゚⊿゚)ξ「だけど、クーのことが気になって」
風の少ない夜だ。木々のざわめきもほとんどしない。
遮るもののない凛とした空気で、ツンの声がよく通ってくる。
ξ゚⊿゚)ξ「クーはどうして人間なのに魔人を守るの?」
471
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:08:19 ID:aSLEuLGE0
川 ゚ -゚)「種族にこだわりなどない。ここは私が作った村だ。ここの人たちのためならば戦うことを憚らない」
ξ;゚⊿゚)ξ「でも……どうして。相手はクーと同じ人間じゃない。同じ種族同士で殺し合うなんて酷いわ」
川 ゚ -゚)「殺し合いじゃないよ。もとより勝てるなどと思っていないさ。
ほんの少し脅しをかければいい。森に入ってきた奴らの鼻を明かしてやるだけだ」
ξ゚⊿゚)ξ「……クー」
ほんの少しの間を置いて、ツンが続ける。
ξ゚⊿゚)ξ「クーは人間が嫌いなの?」
梟の声がする。
昆虫のさざめきが足元から聞こえてくる。
夜は静かだが、静かの奥底に何かがいる。決して絶えない生命の音がする。
472
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:09:02 ID:aSLEuLGE0
クーは口を閉じていた。
無表情で、視線を揺らして、ツンではないどこか遠くを眺めている。
カエルの声がした。
村の近くには川が流れている。
その近辺で鳴いているのだろう。
晴れ渡る空にも、雨の気が混じっているのかもしれない。
川 ゚ -゚)「好きな人がいた」
不意に、クーが口にした。
473
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:09:58 ID:aSLEuLGE0
川 ゚ -゚)「人を避けて魔人とばかり付き合ってきてしまったけれど、諦めきれていないんだ」
川 ゚ -゚)「また彼と仲良くなりたい。
それがいつか叶うために、人間たちがが魔人のことを受け入れてくれる世の中になればいい。
そればっかり考えて、追い求めて、今まで生き続けてしまってきた」
クーが目を伏せ、ぎこちない笑みを口元に見せた。
話は願望のようなのに、その態度はまるで、自分を蔑むようで。
再び目を開いたクーの顔には、冷たい決意がにじみ出ていた。
川 ゚ -゚)「これは戦いなんだ。勝てないとわかっていても、どうしてもやめられない。
私は、だから、君たちを助け続けるんだよ」
クーは振り返り、自分のテントのある木へ向かっていく。
「おやすみ」とだけ言い残して。
474
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:11:28 ID:aSLEuLGE0
ξ゚⊿゚)ξ「そんな……」
言葉が詰まった。
翔ける言葉が見つからなかった。
この人に、私が何を言っても無駄だろう。
そう感じてしまったのだ。
その彼女の悲しみが、触れがたいほどに重いから。
☆ ☆ ☆
475
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:12:29 ID:aSLEuLGE0
深夜0時を過ぎた頃、仮眠を終えたブーンたちは立ち上がり、出発の準備を始めた。
その最中、ヒートが靴を持ってきてブーンに差し出した。
底が分厚い革製の靴だ。
汚れてはいるものの、ヒートが履くにしては大きすぎるほどの威圧感がある。
ノパ⊿゚)「これを作ったのはシュールなんだ」
( ^ω^)「あの人の? ただの靴じゃないんですかお?」
ノパ⊿゚)「とりあえず履いてみなって」
言われるがままに足を入れ、紐を結ぶ。
立ち上がるとすぐに違和感に気づいた。足の底から身体が浮き上がるような感触。
( ^ω^)「これって、あのラスティアで街中を駆けまわったときの」
懐かしい、数か月前の記憶が蘇る。
476
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:13:07 ID:aSLEuLGE0
ノパ⊿゚)「そうだよ。あのときあたしが履いていた靴だ。
ばねが仕込んであって、力を込めて跳べばそこらの屋根の上くらいあっという間に上ることができるんだ」
そういって、ヒートは自慢そうに鼻を鳴らす。
ノパ⊿゚)「ずっと昔、まだあたしが幼稚舎に通っていた頃から、簡単なのをシュールが作っていたんだ。
あれから少しずつ改良を加えていって、、より高く跳べるようにしていったんだ。大した奴だよ」
言いながら、思い出す。
あの頃にはまだ姉がいた。
ばねの靴を履いて、羊の農場を跳ねまわっていた。
とても懐かしい記憶。
口には出さなかったが、ふっと笑みが毀れた。
ノパ⊿゚)「さあ、あとはわかるだろう。テーベ城へ行くぞ」
477
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:13:58 ID:aSLEuLGE0
ヒートとブーンと黒マララーは、こっそりと城下町を移動した。
もう夜更けなので往来に人の姿は少ない。
深夜帯に営業している居酒屋の光や家屋の明りが、遠くの方でわずかに見えるだけだ。
テーベ城の周りも静かだった。
警備の兵隊もいくらかは残っているのだろうが、平時と比べればとても少ない。
聳え立つ塀の前に三人は並んだ。
(;;・∀・;;)「ブーン。お前の父親は、マルタスニムってやつでいいんだよな?」
黒マララーが言ったその名前は、チラシの中に書かれていた研究員の名前だった。
( ^ω^)「そうですお」
(;;・∀・;;)「よし、わかった。お前が行っちまったあとは、俺がそいつに会うよ。
そうすりゃ母親のことも伝えられるだろ」
478
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:14:38 ID:aSLEuLGE0
( ^ω^)「あ……ありがとうございますお!」
深々と頭を下げると、黒マララーは「いいってことよ」と鼻をかいた。
ノパ⊿゚)「さて、ブーン。チラシによれば発表の場所は広場の東だ。
飛行機もでかいんだ。そのあたりに置かれている可能性が高い。まずはそこにいくんだ」
( ^ω^)「承知してますお」
ブーンは屈んで、靴紐を握り、思いっきり締めた。
軽く引いてみても結び目が動かないことを確認し、勢いよく立ち上がる。
息を吸い込むと、冷たい夜気が肺を満たした。
時間だ。
(#^ω^)「行ってきますお!」
479
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:15:31 ID:aSLEuLGE0
一声叫び、足を踏み出す。
猛烈な反動が下から突き上げてくる。
もう片方の足も地面を蹴り、身体が完全に浮き上がる。
塀がみるみる迫ってくる。
三メートル、二メートル……眼前に広がる鋼鉄の壁。
自分の影が目の前に広がり、顔の先が黒で埋まり、
そして――
(#^ω^)(抜けたお!)
塀を挟んでヘアピンを描き、ブーンの身体が敷地の中へと降りていく。
地面に触れ、何度かバウンドして身体の内側が跳ね上がる。
480
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:16:21 ID:aSLEuLGE0
あたふたしながらも、次第に跳ね方が小さくなり、やがて足が制止する。
静かな空間。
冬枯れの立木に手をついて、自分がいる場所を確認する。
目の前に聳えるのは、テーベの巨大な鉄の城。
呼吸を整え、あたりを見回し、誰も自分を見ていないことがわかる。
とうとう入った。
喜びを今は抑えつけて、今一度足に力を込める。
( ^ω^)(まずは広場の東だお)
跳び去っていくその姿は、まさに闇に紛れるようだった。
☆ ☆ ☆
481
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:17:25 ID:aSLEuLGE0
明日は早いとわかっていながらも、身体がいうことを聞かなかった。
時計の針が1時を過ぎ、2時へと迫っているとわかっていながらも、目がさえてしまっていた。
('A`)「まったく」
自分で自分に呆れてしまう。
達観したと思っていた。
心の動揺も抑えつけたはずだった。
だけど身体が、性懲りもなく心に反抗してくる。
('A`)(外にでも出よう)
482
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:18:00 ID:aSLEuLGE0
軍事訓練場に併設されたこの宿舎は、駐屯兵が用いるものだが、よほど臨時の事態でない限り使われない。
だから管理は雑で、屋上への扉には鍵もなく、自由に出入りすることができた。
錆びたフェンスの向こう側に、月明かりに照らされた麓町が見える。
反対側にはアイトネ山脈が悠然と聳えている。
さほど高くはない場所だが、視界を邪魔するものもなく、眺めもいい。
晴れた空の下で見ればもっと良かったかもしれないが、月明かりの下でも悪くない。
ぼんやり星空を眺めていたら、出入り口の扉が開いた。
( ФωФ)「おや、ドクオ殿」
('A`)「なんだ。ロマネスクか」
示し合わせたわけでもないのに、屋上に集まるだなんて。
奇妙な感じに、表情が少しだけ柔らかくなる。
483
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:18:40 ID:aSLEuLGE0
('A`)「どうしてここに?」
( ФωФ)「いえ、私は夜はあまり寝ないんですよ。元来、睡眠は短くてよいのです」
大きく見開かれた目が月の光で青く輝く。
なるほどな、と思わず納得してしまう。
( ФωФ)「ドクオ殿は?」
('A`)「眠れなくてな」
ドクオとロマネスクは、その場にしゃがみこんだ。
寒さはあるが、風が無いので過ごしやすい。
空の星が満天に輝いている。
484
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:19:21 ID:aSLEuLGE0
('A`)「そういえば、あんたの魔人もアイトネ山脈にいるんだろ? どうするんだよ」
( ФωФ)「勤めている手前、戦わなくてはなりませんな。
しかし、根絶やしにするのが目的ではないゆえ、どさくさに紛れて逃がしても怒られはしないでしょう」
そういうと、ロマネスクは口の端をにいっと持ち上げる。
つかみどころのなさを象徴するような顔つきだ。
そういえば、ラスティアのときも魔王を騙し続けていたんだったな、とドクオは思い出た。
( ФωФ)「ところでドクオ殿。ひとつ聞いていいですかな」
ロマネスクは指を一つ伸ばして言う。
( ФωФ)「この戦いは何のために行うんでしょうかな」
('A`)「……マルティアの提案に応じるためじゃないのか」
魔人をマルティアに追いやって、代わりに石炭の山を得る。
数日前にハインが取り交わしてきた約束だったはず、とドクオは思ったのだ。
485
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:20:11 ID:aSLEuLGE0
( ФωФ)「それだけで、これだけの労力は割きますまい」
('A`)「確かに、兵力を送り込み過ぎだとは思うが……」
魔人の数がどれだけいるかは知らないが、
国軍や傭兵を使う必要が本当にあるのか、確かに不思議には思っていた。
不思議な力を持つとはいえ、契約を交わしていない魔人は、ただの獣の特徴を持つ身体が頑丈な人と変わらない。
それなのに、警備の兵まで極力割いて、この国内遠征に駆り出されている。
('A`)「じゃあ、なんなんだ」
( ФωФ)「パフォーマンスでしょうな」
486
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:21:06 ID:aSLEuLGE0
( ФωФ)「人間だけの力で、魔人たちに立ち向かえる。抑えつけることができる。大人しく力に甘んずる必要はない。
テーベがずっと体現してきた人間中心主義の、攻撃的な側面ですよ。我々はその最先端にいるわけですよ」
大袈裟に手を振って伝えられる内容に、ドクオは溜息で返した。
('A`)「なんだか、酷く遠い話に聞こえるな」
( ФωФ)「そうですかな?」
('A`)「ああ。戦場にいる俺たち兵士はそんな主義なんて考えちゃいねえよ。
まして俺は他国の民だったんだ。テーベの思想に思い入れなんてないさ」
この国には勢いがある。
自分たちでなんでもやろうとし、実行できる。
強い誇りがあるのは兵士だけを見てもわかったことだ。
その勢いは、渦中にいれば楽しいだろうが、傍から見れば近寄りがたい。
今一つ自分がテーベに馴染めないのも、そのせいだろう、とドクオは思った。
487
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:22:14 ID:aSLEuLGE0
( ФωФ)「では、なぜドクオどのは眠れないのですかな」
ロマネスクの問いが、ドクオの思索を引き留める。
( ФωФ)「どうでもいいと言いながら、心休まらない。そのあたりがどうも気になりますな」
相変わらず鋭いところをついてくる。
思わず固まったドクオは、ゆっくりとその顔をロマネスクに向けた。
('A`)「なあ、ロマネスク」
ドクオの視線がするどく尖る。
('A`)「あんた、要するに詮索好きなんだな?」
( ФωФ)「ははは、ついつい首を突っ込んでしまうんですよ。情報は大事ですからな」
488
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:23:16 ID:aSLEuLGE0
ロマネスクの笑い声が、澄んだ空気に広がっていく。
ドクオは呆れたが、その顔にもまた笑みが浮かんだ。
視界いっぱいの星空を眺める。
クーと会っていたのはいつだって夜だった。
あの頃の星空は、これよりもさらに綺麗だった。
昔のことに、思いを馳せる。
ささくれていた心が凪いで、静まっていく。
('A`)「好きだった奴がいたんだよ」
なんの抵抗もなく、自然と口に出していた。
489
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:24:10 ID:aSLEuLGE0
('A`)「だけど、魔人のせいであいつとは会えなくなっちまった。
俺は魔人のことを恨んでいる。悩んだこともあったけど、この気持ちは変わらない」
('A`)「俺はきっと、あいつに会いたいんだ。
魔人を倒し続けて、恨みを晴らして、その先にあいつがいやしねえかなって、ずっと願っている。
勝手な願いだけどさ」
ドクオは深く溜息をついた。
言ってしまうと、気分は少しだけよくなっていた。
('A`)「決めた。寝るよ」
( ФωФ)「おや、詳しくは教えてくれないのですかな」
('A`)「あのなあ」
('A`)「……また今度な」
490
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:25:32 ID:aSLEuLGE0
肩の荷が降りた気がした。
戦いが差し迫っているという状況は変わらない。
でも、もとより変わるはずのないことなのだ。
自分は戦うことを選んだのだから。
屋上の出入り口に足を進めていくと、ロマネスクもついてくる。
閉めるとき、また空が見えた。
満天の星。手の届きようもない数多の耀き。
その中で、流れ星がひとつ落ち、声を出す間もなく消えた。
☆ ☆ ☆
491
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 17:26:14 ID:aSLEuLGE0
休憩
492
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:25:17 ID:aSLEuLGE0
再開
493
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:25:54 ID:aSLEuLGE0
『研究開発棟』とそこの入口には書かれていた。
お城から渡り廊下が伸びている、細くて高い円柱形の建物だ。
広場の東側にあるのは正しかったが、思いの外建物が多く、見つけるのに一時間近くかかってしまった。
背を伸ばしたブーンの視線の先に、輝きがあった。
( ^ω^)「流れ星だお」
言い切った時にはもうその姿は無い。
けど、なんとなく幸先が良い気がしてくる。
あとひと踏ん張りだ。
ブーンは再び足に力を込めた。
入口には鍵がかかっていた。
だけど、それより高い位置にやってこれる侵入者は想定していなかったのだろう。
二階の窓に手をかけていくと、すぐに動かせる窓を見つけることができた。
494
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:26:52 ID:aSLEuLGE0
身体を滑らせて入っていく。
暗い廊下には月の光しか届いておらず、青く静かで、寒々としていた。
棟の中には人影はなく、散策するのに苦労は無かった。
一際暗くて長い一階の廊下の先に、『実験室』の扉はあった。
研究と容易に結びつくその単語を前にして、ブーンは直感していた。
扉を開き、中へと入る。
真っ暗かと思たが、そうではなかった。
青い光が上方から差し込んでいる。
部屋の中央に鎮座された鉄の翼を煌々と照らしていた。
( ^ω^)「これが……飛行機」
ブーンの脳裏に、白壁の港町にある自分の家の書斎が思い起こされた。
ブーンがその名前を知ったのは、その書斎にあった父マルタスニムのスケッチブックだ。
495
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:27:51 ID:aSLEuLGE0
高い火力で推進力をつけ、空気を切り裂き、その渦から揚力を得る。
走り書きのメモには専門的な言葉も含まれていたが、要するに空を飛ぶことだとわかると、途端に夢想が広がった。
荒い線でスケッチされた機体のフォルムが青空を行く姿を。
後に父に直接話を聞いて、あのスケッチのことを語り合った。
( ^^ω)「本当は作りたいのだけど、資金が無いし、世の中が求めていないホマ」
そう、寂しげに言っていたのを思い出す。
マルタスニムは根っからの発明好きだった。
テーベに渡って帰ってくるたびに、新しい機械細工を持ってきて、家の中を賑やかしてくれた。
仕事が忙しくてなかなか会えない父親だったけれど、熱心なその姿はブーンの憧れの的でもあった。
そんな父がテーベに来て、夢を現実に変えた。
母親をほったらかしにしたことに対しての憤りはあったものの、父のことを想うと純粋に喜びの感情が湧いた。
( ^ω^)「とーちゃん。おめでとうだお」
496
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:28:32 ID:aSLEuLGE0
ひやりとした金属にそっと手を振れ、呟く。
そうして、暫くの間感傷に浸っていた。
しかしいつまでも止まってはいられない。
そろそろいかなくてはと気持ちを切り替え、搬出経路を探す。
必ず外へこれを運び出す出口があるはずだ。
と、そのとき。
「それをどこへ持っていくつもりかな」
声が、部屋中に反響した。
( ゚ω゚)「お……」
497
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:29:32 ID:aSLEuLGE0
驚きのあまり、顔が固まる。
咄嗟に振り向くと、入口に光の塊があった。
いや、違う。眩しすぎて光っているのだ。
空気を震わせる声の主は、金色の鎧を纏っていた。
金色の髪をかき上げて、突き抜けるほど真っ直ぐな視線を向けてくる大きな女性。
その姿はもちろんブーンも知っていた。
( ゚ω゚)「女帝……ハイン」
从 ゚∀从「悪いが、夜が明けたらすぐに調整に入る。貸している暇などないんだよ」
ハインが一歩近づいてくる。
対するブーンは退こうとして、飛行機に阻まれる。
部屋の出入り口は見たところハインの出てきた方にしかない。
498
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:30:25 ID:aSLEuLGE0
逃げ道は見当たらなかった。
怖れがブーンの身体を駆け巡る。
ハインが醸し出す治世者のオーラが、ブーンに容赦なく襲い掛かってきていた。
身体が動かなくなる。
視線すら動かせず、ハインを見つめるよりほかなくなってしまう。
ハインは笑いを絶やさず、また一歩ブーンに近づいてきた。
从 ゚∀从「素晴らしい機械だろう」
ハインは黄金の諸手を広げながら、飛行機の機首を顎で指した。
499
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:31:14 ID:aSLEuLGE0
从 ゚∀从「アルミ合金の翼と胴体。その内部に搭載された蒸気機関が石炭由来の特殊炭素物質を効率よく取り込み莫大な動力を生み出す。
動力はプロペラに伝わることで推進力となり、主翼がとらえた空気の渦が機体を空へと導く。
無駄は無い。今テーベにある知識をすべて注ぎ込んで作り上げたものだ」
ハインが大きく息を吸い込んだ。
顔の笑みはますます大きく、広がる。
从 ゚∀从「テーベは石炭で大きく育った。火を操り、火と共に生き、暮らしを照らし続けてきた。
小型の蒸気機関を発明したことで、火の力を巨大なエネルギーとして活用する道が開けた。
そのとき、私は直感したんだ。世界が変わろうとしていると」
从 ゚∀从「だから世界中から新しい発想を、知識を、見つめては城に招待して、研究をさせた。
結果の一つがこの機械だ。機体の素材、エネルギーの伝導効率、最新の物理工学。
テーベが持ちうる技術の全てを寄せ集めて作り上げた結晶」
ス チ ー ム ・ パ ン ク
从 ゚∀从「これを嚆矢として、世界の技術体系は変わるだろう。『蒸 気 超 革 命』が始まるんだ。人の手による主体的世界の興りさ」
話を終えたハインが、両の手を下して、一息ついた。
500
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:32:27 ID:aSLEuLGE0
从 ゚∀从「いけないな。ここにいるとつい興奮してしまう。
お前はいったい誰だ。飛行機を見たくなる気持ちはわかるが、この研究室に一般人を入れるわけにはいかないんだ」
(;^ω^)「ぼ、僕はマルタスニムの息子ですお!」
ハインが語っている間に必死になって思いついた言い訳だった。
(;^ω^)「父の研究の成果を見たくて、テーベに入ってきて、ついここまで来てしまったんですお」
無理のある説明であることはわかりきっていた。
それでもなんとか、筋の通った言い訳をしなければ、何をされるかわからない。
ハインは大きく目を見開いた。
从 ゚∀从「なんと、息子だったのか! これはすまなかった」
501
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:33:07 ID:aSLEuLGE0
ブーンの方が、息をのむ。まさか納得してくれたのか。
(;^ω^)「あ、はいそうですお! そうなんですお!」
とにかくこれに乗るしかない。
ブーンは壊れたからくり人形のように首を縦にぶんぶんと振った。
从 ゚∀从「そうか。それは知らなかった。不審に思ってすまなかった。
ところで入口は閉まっていたんだが、どうやって入ったんだ」
(;^ω^)「鍵は父から借りましたお!」
从 ゚∀从「今も入口は閉まっていたんだが」
(;^ω^)「入ってから閉めましたお!」
从 ゚∀从「じゃあ、その鍵はどこへいった」
(;^ω^)「うっかり転んで窓の外へいっちゃいましたお!」
502
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:33:41 ID:aSLEuLGE0
ハインの追求がそこで止まった。
ブーンは冷や汗をかきながらも、真っ直ぐにハインを見つめ続けていた。
これで質問が終わりだろうか。
だとしたら、父をなんとか説得すればこの場を切り抜けられるかも。
そんな淡い期待を抱いた矢先。
从 ゚∀从「なら、私が今使ったばかりのこの鍵はなんだ。城の保管庫から持ってきたものなのだが」
腰に吊るされた輪っかから取り出される金色の鍵。
全身が金色なものだから、そこにあるなんて全く気付かなかった。
(;^ω^)「あ……あ……」
思考がぐるぐると巡っていく。
次なる言葉を探そうとする。
しかし掴みとれるものは見当たらない。
503
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:34:55 ID:aSLEuLGE0
从 ゚∀从「言っておくが、外は既に警備兵に見張られているぞ。
お前が外を歩き回っている姿を見た者がいたんだ。ピョンピョン跳ねまわっていたとか言っていたが、いったいなんのことだろうな。
まあいい。捕まえればわかるだろう。さあ、こっちへ来るんだ」
ハインの手がブーンへと迫ってくる。
終わった。
ブーンの頭の中で、あらゆる思考が消え失せ、その言葉だけが刻まれる。
ハインが一歩ずつ近づいてくる。
黄金の鎧の音が大きくなる。
頭が真っ暗になりそうで、ブーンは項垂れ、その場にしゃがみこんだ。
瞬間、怒号がした。
504
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:35:25 ID:aSLEuLGE0
( ^ω^)「え?」
再び顔を上げたときに見えたのは
从;゚∀从「ぐおお!!?」
と叫んで倒れ込むハインの姿。
鎧が勢いよく床にぶつかり、喧しいほどの金属の衝突音が部屋に響き渡る。
「へへ」と笑う襲撃者を、ブーンはようやく見ることができた。
( ゚∀゚)「よう、ブーン! 面白そうなことしてんじゃねえか!」
505
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:36:20 ID:aSLEuLGE0
( ^ω^)「じょ」
( ゚ω゚)「ジョルジュうううううううう!!!」
驚愕が、怖れも何もかも吹き飛ばしていく。
かつてブーンの仲間だった男。
その彼がテーベの王子だと知ったのはつい最近のことだ。
(;^ω^)「なんでだお! なんでここにいるんだお!」
疑問の叫びの終わりに、大きな機械音が聴こえてきた。
飛行機の機種の先にある壁に、亀裂が走り、横へスライドしていく。
( ゚∀゚)「お前を見つけた警備兵のいった特徴が、お前に似ていたからよ、もしかしたらと思ったんだ。
来てみたら、ねーちゃんに脅されている真っ最中じゃねえか。これは邪魔するっきゃないってね」
506
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:37:01 ID:aSLEuLGE0
ジョルジュはにやにやしながら、飛行機を指差した。
( ゚∀゚)「これに乗るんだろ? 搬出用のスイッチを先に押しておいたのさ」
(;^ω^)「動く壁、そうか。これで出すのかお」
( ゚∀゚)「広場を滑走路にして空へ繰り出すって計画よ。研究者も面白いこと考えるよな」
( ^ω^)「お、そりゃ僕の父親だお」
( ゚∀゚)「え?」
ジョルジュが口を開こうとするも、遮るようにハインが激しく呻きだした。
从#゚∀从「っあ゛あ゛あ゛あ゛!! ジョルジュ! てめえなにしやがる゛!!」
( ゚∀゚)「うっせーよバカ姉! こいつみたいな面白いやつ邪魔する方がどうかしているぜ!」
507
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:37:47 ID:aSLEuLGE0
从#゚∀从「ほー、私の邪魔をするというんだな。いい度胸じゃねえか。隙あらば城から逃げようとする臆病者のくせしてよお」
立ち上がったハインは、両腕をぐるぐると回しはじめる。
从#゚∀从「ひっさびさにキレたわ。キレちまったわ。姉弟喧嘩といこうじゃねえの」
( ゚∀゚)「望むところだクソ姉。近頃調子こいてるその精神へし折ってやるぜ」
ジョルジュは腰の鞘から練習用の木刀を取り出した。
端から、ハインを止めるにはこれしかないと思っていたのだろう。
武器を持っている不自然さを、ハインは気に留めるそぶりもない。
ジョルジュの目が、一瞬だけブーンに向けられた。
ブーンは頷き、飛行機へと飛びのる。
508
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:38:45 ID:aSLEuLGE0
从 ゚∀从「ん? あ!」
ハインが怒声を発するが、すでにブーンの身体はコックピットに収まっている。
(#゚∀゚)「よそ見している暇はねえぞクソ姉ぇ!」
叫び声の後に、およそ姉弟喧嘩には不釣り合いな金属音が響き渡る。
よほど恐ろしいことが起こっているに違いないが、ブーンは機内に集中した。
運転方法は、これまた父のスケッチブックの走り書きでしか知らない。
それでも、全く知らないよりマシだ。
( ^ω^)(やるしかないお!)
と、意気込んだそのとき、機体の影に誰かがいるのを見つけた。
( ^ω^)「お」
目を凝らすと、相手の目もまたこっちに向いていた。
( ^^ω)「しっ、ホマ」
509
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:39:35 ID:aSLEuLGE0
( ^ω^)「と」
(;^ω^)「と、ととととと」
驚きは尋常ではなかった。
何せその顔は、どう見ても
( ゚ω゚)「とーちゃん!」
(;^^ω)「静かにするホマ! ハインに聞かれたらおしまいホマ!」
喋ろうとするブーンに対し、マルタスニムが思いっきり首を横に振った。
510
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:40:13 ID:aSLEuLGE0
( ^^ω)「お前が何か無茶なことをやらかそうとしているのはわかったホマ。親として、お前に協力するホマ」
焦りながらも、マルタスニムの目は爛々としている。
( ^^ω)「今からイナーシャを回して燃料を着火させるホマ。
プロペラが回り始めたら僕がタイヤを引いて外に導くホマ」
父はそれだけ言うと、機体下部に取り付けられたハンドルをせっせと回し始める。
たくさんのことを言いたかった。
母のことはもちろん、この発明のこと、自分の今までの旅のこと。
だけど口に出すわけにはいかない。ここで話せば、ジョルジュの戦いも、父の暗躍も無駄になってしまう。
(;^ω^)(とーちゃん……)
壁の動きは止まっていた。
搬出口は大きく開き、外が見える。
溢れるばかりの星の輝きが、ブーンの行く手に広がっていた。
511
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:40:43 ID:aSLEuLGE0
後ろからジョルジュの悲鳴が聞こえてくる。
(メ;゚∀゚)「ちくしょう! 化け物みてえな強さしやがって!」
从#゚∀从「なんだ、へばったのか。情けないな」
(メ;゚∀゚)「は! うるせえ、黙ってろ!」
強がってはいるものの、ジョルジュの息は上がっている。
苦戦を強いられていることは言葉を聴くだけでも明らかだった。
(;^ω^)(ジョルジュ、助けてあげられなくてごめんだお)
機体が激しく音を立て始める。
背面部にある噴出孔から蒸気が吹き出した。動力伝導の合図だ。
プロペラの回転は加速度的に勢いを増し、あっという間に目で追えなくなる。
512
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:41:44 ID:aSLEuLGE0
( ^^ω)「タイヤを回すホマ。コックピットを閉めるホマ。振り落されないように」
その声がきこえ、言われた通りにコックピットの上部を引き出す。
音が急に遮られ、遠くなる。
機体が漸進をし始め、速度を表す計器のメーターが僅かに動き始める。
飛行機の速度については詳しくはわからない。
それは父にも予想できなかったのだろう。
鉄道よりも速いことは確実だが、間に合うのかはわからない。
足元を確かめるように何度か足でなぞる。
ラダーペダルがそこにある。踏み込むと尾翼が動く。
これと、手元にある主翼を操作するための操縦桿とで、飛行機の方向が決定される。
頼みの綱は、あのスケッチブックにあった走り書き。
信じるしかない。
それだけがブーンにできることだった。
513
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:42:33 ID:aSLEuLGE0
機体の全身が広場に出ると、速度はますます加速した。
後方に引き寄せる慣性の力を感じ、押し寄せる震動から主翼が空気の渦を捉えていることを知る。
はちきれそうな足元から、込み上げてくる浮揚感。
これから向かう場所では、魔人が追い立てられているという。
戦地には、ドクオがいる。
かつてラスティアで仲間だった男。
詳しい事情はわからない。
彼が追いつめられていることはヒートの説明でだけ、漠然と知ることができた程度だ。
それでも、彼が悲しんでいることは痛いほどに伝わってきた。
「助けてくれ」というヒートの言葉は、ブーンの耳の奥に響き続けている。
ブーンにとって、行動する理由はそれで十分だった。
514
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:43:05 ID:aSLEuLGE0
( ^ω^)「今、いきますお」
口に出して気を引き締める。
一際強く機体が揺れて、レバーを握る手に力がこもる。
いよいよだ、と身を構えた。
空が、近づく。
南方に聳えるアイトネ山脈へ向けて、ブーンの視界は一挙に高く広がった。
☆ ☆ ☆
515
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:43:44 ID:aSLEuLGE0
朝六時。
森への進軍は国軍の命令によってはじめられた。
分隊が形成されて、それぞれの隊が数分ごとに別々のルートで森へと侵入していく。
ドクオが森へ足を踏み入れたのは、全体の半分が森へと入り込んでからだった。
隊員たちは黙々と前進する。森の木々をかき分け、草を踏みしめ、土の道を。
昨夜の睡眠時間は三時間程度だが、もう眠気を感じない。
頭の中では、魔人を倒すことに集中していた。
たったひとつのことに気持ちを配れば、落ち着くことができた。
魔人は、敵だ。
ずっと昔からそうだったじゃないか。
あの日、クーと一緒にいるあの魔人に、襲われたあの日から。
516
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:44:51 ID:aSLEuLGE0
生まれ育ったムネーメの町。
羊飼いの息子として育ってきた自分を取り巻く環境は平凡そのものだった。
ちょっとだけ、人付き合いが苦手でいただけの、平凡な少年だった。
クーは友達だった。
初めて会ったときから、気が付けば彼女のことを考えていた。
自分に近い人だ、と思っていたから。
もう少し年をとって、思春期になるまで彼女がそばにいてくれたなら、俺の暮らしは違っていただろう。
こんなに戦いに明け暮れることなく、あの町で羊を追い立てながら、平和に。
想像が、現実の声でかき消される。
「止まれ」
と隊長が言うよりも早く、異変に気づくことができた。
517
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:45:42 ID:aSLEuLGE0
焦げ臭い。
そう思って視線を周囲に飛ばす。
そこへ、あちこちから弾けるような音が聞こえてきた。
「連中、森に火を放ったんだ!」
誰かが叫び、隊員たちはあたりをすぐに警戒し始めた。
火はもう見えている。
前方、左右、そして後方まで。
魔人たちが点したというのならば、周到に罠を張られていたということになる。
テーベ国軍が歩んでくるのを横目で見ていた魔人が、密やかに火をつけ、取り囲んできたのだ。
「撤退だ」
隊長が伝えてきた。
518
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:47:02 ID:aSLEuLGE0
「すでに前方の部隊からの連絡も途絶えた。
先に進めばさらなる罠が敷かれている危険性が高い」
来た道を引き返すうちに、森の熱気は高まって行った。
冬だというのに汗が吹き出し、なんど袖で拭っても収まりきらない。
山火事は広がり続けている。
魔人たちは、この山が石炭を抱えていることを知っているのだろうか。
もしも天然ものの石炭に引火すれば、火事の被害はアイトネ山脈の石炭採掘場を覆うことになる。
テーベ国側は大損害となり、魔人だけがマルティアに移る結果となる。
魔人たちはそこまで仕組んでいるのだろうか。
もしもそうだとしたら、思いついた奴はよほどテーベを恨んだ策士に違いない。
どんな奴だか見てみたいものだ、と少しだけ考え、目の前の危機にすぐ意識を戻す。
519
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:48:11 ID:aSLEuLGE0
火は強く、高く、大きくなった。
道が細まり、動ける範囲も少なくなってくる。
「危ない!」
と誰かが言った。
枝中に火を点した大木が、こちらへ向けて傾き始めていたのである。
「散開しろ!」
と叫んだのはおそらく隊長だ。
木がみしみしと音を立てて、隊の上へと被さろうとしてくる。
仲間たちは次々と去っていき、ドクオも元来た道を駆け戻った。
熱気が一気に高まってくる。
轟音と、枝の折れる無数の振動。
振り返れば、すぐそこまで大木の燃える枝が迫ってきていた。
520
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:48:31 ID:aSLEuLGE0
退路が断たれてしまった。
元の隊には戻ることができない。
(;'A`)「……これはちょっと、やばいかもな」
耳を澄ましたが、他の隊員たちの声はきこえない。
もしかしたら誰かが話しているのかもしれないが、すぐそばで火がはぜるものだからかきけされてしまっている。
やむなく、ドクオは火のない方を目指して足を進めつづけた。
熱い空気はどこも一緒だが、煙さえ吸わなければ動けはする。
吹き降ろしの風が吹いているため、煙は麓へと向かって流れていく。
避けるためには、森の奥へと行くしかなかった。
深く、深く。
521
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:49:58 ID:aSLEuLGE0
仲間とはぐれてしまったことはわかる。
今魔人に出くわしたら、少人数なら対処の仕方もあるが、大人数ならひとたまりもないだろう。
隠れて進むよりほかなく、ドクオの歩みは遅くなった。
火の音は遠くに聞こえている。
テーベ国軍の、連絡用の警笛の音が微かに聞こえる。
戦いの空気が遠ざかり、束の間の静寂と孤独感がドクオの身を包んだ。
切羽詰る状況だが、意識だけでも休めるときに休むのが、長期の戦いのコツだった。
ドクオは戦い続けてきた。
魔人を倒すため、ラスティアの衛兵となり、今はテーベの傭兵となっている。
魔人を憎み続けてきたのは、クーのためだ。
522
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:50:44 ID:aSLEuLGE0
彼女が魔人とともに姿を消してから、村人全員が彼女のことを『魔女』と呼ぶようになった。
あの子は魔女だったから、魔人と共に姿を消したんだ。
後に続く言葉は、罵倒や軽蔑、そして変わり者への辛辣な嘲笑。
ドクオは何も聞きたくなかった。
彼女のことを悪く言うのをやめさせたくて、けどなにもできなくて、耳を塞ぐことしかできなかった。
話を聞かないと決めてから、人付き合いがますます苦手になった。
それでも、クーのことを『魔女』などと蔑む連中と一緒になるくらいなら気にならなかった。
クーが悪く言われる原因は、魔人と一緒にいなくなったからだ。
だから魔人を憎み続けた。
あいつらがクーを連れ去らなければ、クーはあの町で平和に暮らせていただろうから。
523
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:51:22 ID:aSLEuLGE0
多少変わり者でも、いなくなりさえしなければ、何かしてあげることができたもしれなかったのに。
機会を奪ってしまった、魔人たちのことを、ひたすらに強く恨み続けた。
それが功を奏したのだろう。
ドクオは魔人を想定した戦いで好成績を収めた。
恨みが、力となり、ドクオに技術を身につける意欲を沸かせたのである。
クーのために、ドクオは強くなる道を選んできた。
その道は今もなお続いている。
森の深くへと続く道として。
☆ ☆ ☆
524
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:52:44 ID:aSLEuLGE0
作戦の遂行は村のテントから眺めることができた。
森の隅々から煙が上がるのを見て、「よし」と一言、成功を祝う。
クーは、まだ魔人の村にいた。
山火事を起こせば、この村も灰になってしまうだろう。
だから逃げる者を急いで送り出す必要があった。
朝早いうちに、ツンを含めて彼らはマルティアへと出発した。
後に残された戦う者たちも、火をつけること以上のことは指示していない。
あとは好きなように暴れて、好きなように逃げてくれ。
それだけしか言っていない。
テーベ国軍のことを嫌いなやつは襲い掛かっているだろう。
多少の攻撃でも、敵の狙いに損害を与えるはずだ。
525
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:53:35 ID:aSLEuLGE0
この戦いがただの国策ではなく、テーベのパフォーマンスであることをクーは見抜いていた。
テーベ国政府は魔人を狩りつくすことを革命の犠牲として表現しようとしている。
そんな横暴を許すわけにはいかない。
せめて、魔人たちの抵抗力を見せつけてやりたい。
石炭の山に火をつければ、あわよくば狙いの資源だって燃やし尽くせるだろう。
万が一を考えて恐れおののいている国軍を想像すると、笑いが込み上げてきた。
漏れた笑い声が、誰もいない村の空気に紛れる。
川 ゚ -゚)「独りか」
改めて実感する。
自分はずっと独りだった。
526
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:54:29 ID:aSLEuLGE0
生まれたのはラスティアの、ムネーメという田舎町だ。
他人と馴染むことができずに、塞ぎこんで、木や草ばかりを眺めていた。
騒がしい場所が嫌いで、人前に出るのも苦手で。
あの頃の時分は本当に孤独だった。
毎日生きていても緊張の連続で、心休まる時間がほとんどなかった。
その緊張を解してくれる人が、たった一人だけいた。
村で出会った、羊飼いの少年だ。
名前は確か、ドクオといった。
彼も、自分と同じように人を苦手としていた。
彼と話すことに抵抗が無かったのは、その苦しみをすんなりと理解できたからだ。
仲良くなった、と自分では思っている。
一緒に遊んで、牧場にまで足を運んで、夜中にこっそり訪ねたりして。
527
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:55:35 ID:aSLEuLGE0
その平穏な日々が、何後もなければずっと続いていたのかもしれない。
彼と一緒にもう少しだけ大きくなっていれば、そのうち自分にも自信がついて、胸を張って町を歩いていたかもしれない。
そんな折、自分が介抱していた魔人がドクオを襲う瞬間に出会ってしまった。
動揺している魔人を、クーは掴み止め、宥めつづけた。
その人は悪い人ではないと必死に訴え、なんとか魔人を静かにさせることができた。
傷つき倒れているドクオを見て、クーはにわかに怖くなった。
自分とかかわりのある魔人が彼を襲ったと、他人に知られたら、きっと町の人たちは大騒ぎするだろう。
弱者である魔人を憎んだまま、クーとドクオの間にも猜疑の壁が作られてしまう。
恐くなって、クーは魔人を連れて街を出ていった。
528
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:57:11 ID:aSLEuLGE0
景色の遠くから、光が届く。
森に潜んでいる仲間の魔人からの伝令だ。
『国軍の誰かが村へ向かっている』
監視役が見つけたのだろう。
クーは急いで手元の鏡を持ち、光の見えた方へ向ける。
『私が行く』
テントから飛び降り、弾力のあるブーツでバランスをとった。
ずっと昔から使っている特殊な靴だ。
厚い靴底にはばねがしこんであり、力を込めれば簡単に跳びまわれる。
まだムネーメの村にいたころに、妹の友達が作ってくれた発明品を、自分なりに改造したものだ。
今でもあの妹はこれでどこかを跳んでいるのだろうか。
当たり障りのない空想が浮かび、現実の火の音によって無残に掻き消されていく。
529
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:58:09 ID:aSLEuLGE0
火の手はすぐそばまで近づいている。
背負っていたリュックに手を突っ込み、ものを取り出した。
まず、二本でセットになった短剣だ。
テーベ国からくすねてきた特殊合金の刀身と、無駄な装飾を排した機能的な黒の鍔と柄。
もうひとつ取り出したのは、真っ白な仮面。
テーベ国に繰り出して魔人を助けるときはいつもこれを身に着けていた。
活動の都合上、どうしても顔を明かすわけにはいかなかった。
目を出す穴は十分に確保されているので、視界はそこまで狭まらない。
意気込んで、クーは歩き出した。
森の出口。何ものかが向かってきているという方へ。
ムネーメでのことをまた考えていた。
530
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 19:59:47 ID:aSLEuLGE0
町から出たクーの脳裏にはつねにドクオのことがあった。
彼の下から逃げ出してしまった自分をひたすら責めぬいた。
何度も何度も、自分にできることの答えを探し、
やがて、魔人についての理解を人々に及ぼさせる必要があると思い至った。
理解しなければ共存はありえない。
あまりにも遠い理想郷への幻想だが、それができなかったから、町に恐怖が広がり、ドクオは襲われてしまった。
あわよくば、また彼と会いたい。
争いがなく、魔人も人間も関係なく、静かに自然を愛せる場所で。
それがきっと、社会の、そして誰よりも彼と再会するためになると信じて。
双剣を握る手を意識し、皮肉だなと思った。
魔人を助けていく活動を続けているうちに、自然と刀剣を扱う技術が身についてしまった。
平和を望んでいるというのに、戦えなくては何も守れないのだろうか。
531
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:00:52 ID:aSLEuLGE0
火の音がどんどん近づいてくる。
深い森に焦げ臭いにおいが充満しているのがはっきりわかる。
木々の上方に、青い空が広がっていた。
舞い上る煙さえなければ、さぞかしいい天気だっただろう。
申し訳ないことをしたな、と心のどこかで呟き、気持ちはすぐに切り替わる。
人の気配がする。
もうすぐ先に、敵がいる。
情感を奥底へとしまいこむ。
戦わなくては、何も守れない。
心のどこかで呟いて、立ち尽くす木々の幹の間を歩きぬけた。
☆ ☆ ☆
532
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:12:04 ID:aSLEuLGE0
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☆
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533
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:19:12 ID:aSLEuLGE0
.
( ゚゚)「……」
.
534
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:21:18 ID:aSLEuLGE0
!
jしイ
ノ: :.:廴.ィ /{
/ : : : : : : :そ }/
ノ'⌒ヾ: : : : : 丶
}: : : : : : :.:ヽ }\
jし': : : : : : : : :.}ハ:.:.{
| ノ´:⌒ヽー-ミ: : :ノし: :.し イ
jし' : : : j -ミ: : : : :.、:.:}: : : : : ノ
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jし': : : : : :ノし': : : : /: : : : :.!/: :/: : { : : : /: :し':八 .ノしイし': : : : : : : : :.}ハ:.:.{
| ノ´:⌒ヽー-ミ: : :ノし: :.jし' : : : :j -ミ: : : : :.、:.:}: : : : : :ノ| ノ´:⌒ヽー-ミ: : :ノし: :.し イ
jし' : : : j -ミ: : : : :.、:.:}: :ノ': : : : :ノ: : : :`丶: : :ソ: : :./ jし' : : : j -ミ: : : : :.、:.:}: : : : : ノ
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/:ハ: : :ノ: : : :./ : : :ノし': : : : /: : : : :/: :/: : { : : : /: :し':八 .ノしイ : : :./ : : /: : : :}: :′ イ
ノし': : : : /: : : : :/: :/: : { : : : /: :し':八 .ノしイ: : : : }: :ノし': : : : /: : : : :/: :/: : { : : : /: :し':八 .ノしイ
535
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:22:05 ID:aSLEuLGE0
.
('A`)「……よお」
.
536
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:26:19 ID:aSLEuLGE0
┃
┃
┃
┃
┃
┃
・
・
・
:
:
:
|
☆
|
釗
!
537
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:33:56 ID:aSLEuLGE0
┏┓ ┏┓
┗╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋┛
┏╋────────────────────────────╋┓
┃| |┃
┃| 彼らは果たして、気づいただろうか |┃
┃| |┃
┗╋────────────────────────────╋┛
┏╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋┓
┗┛ ┗┛
┏┓ ┏┓
┗╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋┛
┏╋────────────────────────────╋┓
┃| |┃
┃| 今まさに、流れ星が流れたことに |┃
┃| |┃
┗╋────────────────────────────╋┛
┏╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋┓
┗┛ ┗┛
538
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:34:18 ID:aSLEuLGE0
真っ白い仮面をつけている。
背丈は自分より小さい。
深緑色のローブをまとい、体躯の詳細はわからない。
耳は無い。
魔人特有の匂いも、今は感じない。
煙で少し鈍っているのか。それとも魔人に加担する人間なのか。
どちらにしろ、仮面が味方でないことはすぐにわかった。
双剣を煌めかせると、ドクオの方へと跳びかかってきたからだ。
咄嗟のことだが、ドクオは片手剣を引き抜いて攻撃を受け止める。
刀身同士がぶつかり合う、澄み切った衝突音。
('A`)「あんた、敵なんだな」
言葉を投げかける。
539
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:34:53 ID:aSLEuLGE0
( ゚゚)「……」
間があった。
表情は仮面に隠れている。
何を考えているのかは読み取れない。
( ゚゚) コクリ
仮面の者は言葉を発さず、小さな頷きをしただけだ。
それが唯一の意思表示。
あとにはもう、隙がない。
下手に近づけば斬りかかってくる気配がする。
540
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:35:59 ID:aSLEuLGE0
ドクオは背筋を伸ばし、剣を両手で握りしめ、戦闘態勢を整えた。
熱気が頬を襲ってくる。
視線はぶれない。
目の前の仮面に神経を集中させる。
('A`)「なら、容赦はしない」
踏み込んで、地面を蹴り、真っ直ぐに跳んでいく。
俯き気味だった仮面がドクオを向いてくる。
敵の双剣もまた振りかかってくる。
ドクオも身を翻す。
541
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:37:25 ID:aSLEuLGE0
思考も情感も遠ざかる。
もう戻れない。
彼らが生きてきた戦いの世界は、今再び、その始まりを告げている。
.
542
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:40:05 ID:aSLEuLGE0
.
――第十三話 「君が為」と「君が為」 終わり――
ED「キミガタメ」
https://www.youtube.com/watch?v=9ZuMRqGAV8Y
――第十四話 戦士ドクオと魔女クー へ続く――
.
543
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/18(日) 20:40:47 ID:aSLEuLGE0
今回はここまで。
それでは。
544
:
同志名無しさん
:2015/01/18(日) 20:51:22 ID:6kTwaoEg0
乙乙
545
:
同志名無しさん
:2015/01/18(日) 21:06:05 ID:LpS/UwEY0
うわぁ……
続きが気になる乙
546
:
同志名無しさん
:2015/01/18(日) 23:04:22 ID:QyNi0Qj.0
ブーン間に合ってくれ
547
:
同志名無しさん
:2015/01/18(日) 23:25:03 ID:7HBE1lRg0
乙
ブーンが飛行機に乗り込むまでの、次々にいろんな人が助けてくれるシーンが好きだ
548
:
同志名無しさん
:2015/01/19(月) 14:19:21 ID:71GXS6Qg0
うぉぉ乙乙
549
:
同志名無しさん
:2015/01/21(水) 18:38:15 ID:hfrCirQY0
おつ
550
:
同志名無しさん
:2015/01/21(水) 23:33:05 ID:RYtX/y360
おーーー乙!
この出来事がどう終着するのか
551
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:00:43 ID:cnF.ZKJk0
はじめます
552
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:01:51 ID:cnF.ZKJk0
.
――第十四話――
―― 戦士ドクオと魔女クー ――
.
553
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:02:47 ID:cnF.ZKJk0
もう六時を過ぎていることが、コックピットに備え付けられた時計から読み取れた。
夜空の変化が著しい。黒から紺、そして朝焼けの橙へと目まぐるしく彩られていく。
散らばっている星々も、あと数分もすれば太陽の前に霞んで見えなくなるだろう。
夜が明けた。
西の方に雲がまとまっているが、上空は高く晴れている。
その抜けるような青空の中、ブーンの運転する飛行機は飛んでいた。
石炭を高密度に圧縮した固形燃料は、飛行機の貴重な動力源であり、機体の内部に大量に備蓄されている。
出発時の点火の後は、操縦手が足下にあるレバーによって逐次燃料を蒸気機関に送り込むことになっていた。
送り込む量については手探りで判断するしかなく、
最初のうちは速度が高くなりすぎたり、逆に低速すぎて機種が下を向いたりと蛇行を繰り返していたが
慣れてくるとなんとか前を向いて飛ぶことができた。
プロペラの回転も好調。
公開実験の直前だったので整備されていたのだろう。
三本羽根の高速回転の生み出す止めどない推進力が、機体を前へと進めていく。
554
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:03:26 ID:cnF.ZKJk0
技術革命は扱うエネルギーの拡大により引き起こされる。
熱エネルギーの変換を可能とする蒸気機関は、
その汎用性の高さ、材料のそろえ易さも相まって、生活に革新をもたらしうる技術だった。
人を空に飛ばしうる夢。
その最先端を、ブーンは今邁進していた。
( ^ω^)「お」
煌めきが一つ、見えた。
流れ星だ。
消えかけつつある夜の名残に、その儚い輝きがはっきりと見て取れた。
夜にも一度見ていることを思いだした。
願い事を今度は考えることができた。
というよりも、ずっと考え続けていた。
555
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:04:00 ID:cnF.ZKJk0
間に合いたい。
腹の底から力が湧く。
(#^ω^)「おおおおおお」
燃料をさらに機関に放り込む。
機体の揺れ、そののちの加速。
視界のずっと向こう側に、黒い影が見える。
アイトネ山脈が、長大にそびえ立っているのがよく見えた。
森の様子まではまだ判別することができない。
だけど、話によれば今頃はもう・・・・・・
556
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:05:10 ID:cnF.ZKJk0
(#^ω^)「速く、行くんだお」
レバーを握り、機体を調整する。
風の流れを振動で読みとる。
前へ、前へ、青空の中を、
ブーンは夢中で飛んでいく。
※BGM 『悲しき蒼穹を翔ける』※
https://www.youtube.com/watch?v=sIgkWDiQCdM
☆ ☆ ☆
557
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:06:05 ID:cnF.ZKJk0
太刀筋は鋭い。
迷いがなく、一心に自分の命を奪おうとしている。
所詮模造刀を使って行う訓練での相手とは気迫が違う。
受けるプレッシャーも段違いだ。
久しぶりの殺気に、ドクオは全身から吹き出す汗で呼応していた。
敵は双剣。
構えは一定ではない。
( ゚゚) スッ
剣を持つ手が自由に弧を描いている。
最初は顔の前に両方の剣を据えていたが、動き始めると身の翻りと連動して上下左右に揺れ動いた。
勢いを十全に活かしきる独特のスタイルだ。
訓練場ではまず見たことがない武器である。
それというのも、軍隊では規律を揃えるために、一部隊が同じ武器を携行するからだ。
558
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:06:56 ID:cnF.ZKJk0
癖のある双剣を使い手とする者など、現実の戦いではほとんどお目にかかれない。
個人よりも総体としての戦闘力に重きを置くテーベ国ではなおさらだ。
殺傷のためというよりも、戦いの象徴として、伝統芸能の舞踊の中にひっそりと息づいているような代物である。
それを使いこなす仮面の者の正体もまたわからない。
ローブに包まれてしまって体躯は確認できないが、攻撃の際に姿を見せる腕の白さと細さから、まだ若いしなやかな青年の印象を受けた。
とはいえ、それは未熟という意味ではない。
ドクオが戦い慣れていないスタイルだからいくらかハンデがあるのかもしれないが、それを差し引いても手練れである。
流れるような攻撃の組み立て方は付け入る隙を与えない。
('A`)「ふん」
連続する斬撃を片手剣で受け流し、地を蹴って身を引いた。
構えなおした剣先を仮面の方へ向ける。
相手は腰を引いて、上段と下段それぞれに剣を据えた。いずれの切っ先もまたドクオを向いている。
見慣れない構えは、獅子の伏せにも似て、古い東洋の武術を想起させた。
559
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:07:32 ID:cnF.ZKJk0
間が空いた。
ドクオは、右に、左に、と足を組み替え攻撃を誘う。
しかし仮面もドクオの動きに同調して、止まることなくつま先を組み替えてくる。
先に動揺した方が攻めいられるのは、洋の東西、戦法の新古を問わない道理である。
('A`)「やるじゃねえか」
声をかける、その口には笑み。
余裕がある、というのではない。
相手の意識の拡散と、自身の緊張を解すことが目的だ。
仮面は答えない。
それもまた反応のひとつ。
ドクオの隙を狙う意識を一瞬たりとも切りたくはないという意志の現れだ。
560
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:08:25 ID:cnF.ZKJk0
ドクオはなおも話しかけた。
('A`)「俺だってそれなりに技術はある。だからわかる。
お前の技は見事だ。軍隊にも所属せず、独学で身につけたというなら、相当のセンスだ」
先述のように狙いのある語りだが、内容に嘘偽りはない。
攻撃が続くのは、隙を狙うだけの観察力と瞬発力を兼ね備えているからだ。
無論、ドクオがわざと作りあげた誘いの隙もある。
それらの隙を仮面は必ずたたき、さらにこじ開けようとしてきさえしてきていた。
('A`)「傭兵にでもなれば、さぞや活躍したことだろう」
ドクオは口の端を吊り、「どうだ」と提案する。
('A`)「いっそのこと、本当に志願したらどうだ。俺と一緒に戦ってみないか」
561
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:09:30 ID:cnF.ZKJk0
当然のことながら本気ではない。
相手の意識を散らすふざけた語りの締め言葉だ。
気持ちなどこもっているはずもない。
だが、そのとき
( ゚゚) フッ
と、敵の笑う音がした。
とても小さく、そして思いの外澄んだ声で。
若いのは間違いない。
もしかしたら、声変わりも定かではない少年かもしれない。
反応が返ってくるとは思っておらず、ドクオは意外に思った。
それほど面白い話だと思ったのだろうか。
それとも一笑にふしただけか。
562
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:09:52 ID:cnF.ZKJk0
首を傾げる間は無かった。
( ゚゚)
首を心持下げ、ドクオに目を向けてくる。
無表情の仮面は腰を低めたかと思うと、間合いを詰めに飛び込んできた。
転じてきた攻撃の勢いは、さっきまでより速く、より鋭い。
('A`)「くっ」
右の双剣を払い、左の双剣には身を反らすことで対応する。
帷子に触れ、擦過のかすかな振動が伝わってくる。
反りを続け、右足を軸に、片手剣を横薙に振るう。
仮面の者は飛び退く。
剣の先はローブを掠めず空を切る。
563
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:10:30 ID:cnF.ZKJk0
あと半歩反応が遅ければ、先手は取られていた。
('A`)「・・・・・・惜しかったな」
ドクオは額にたまる汗の玉を腕で無理矢理拭いさった。
仮面に表情はない。
二つの穴から瞳の輝きが見えるだけだ。
目は口ほどにものを言うとはいうものの、知らない者の目からは、案外、表情はつかめない。
剣の柄を腰に寄せる。
動きを見極めるための待ちの姿勢。
('A`)「続けてこいよ。受けて立つ」
564
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:11:26 ID:cnF.ZKJk0
遠くで空気の爆ぜる音がする。
黒い煙が空のかなたへ立ち上っている。
火の手の気配が、すぐそこまで迫ってきていた。
もうじきここも火に包まれるだろう。
それまでに、決着をつけなければ逃げ遅れる。
ドクオは、今再び駆け出す仮面へと集中した。
( ゚゚)
近づいてくる瞳を見て、気づいた。
双眸が、潤んでいる。
565
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:12:08 ID:cnF.ZKJk0
('A`) ?
なぜ、と問う意識が若干の油断となる。
斬撃が二つ。
立ち止まる暇はない。
慌てて剣を動かす。
受け身を取ろうとする足が、もつれる。
ひとつは受け流した。
もう一つは。
☆ ☆ ☆
566
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:12:44 ID:cnF.ZKJk0
魔人たちが村を出たのは、夜が明ける直前だった。
アイトネ山脈の森の中、ゆるやかな坂を上り続けている。
半日も歩けば隘路に出て、関所へと到達するはずだ。
関所以外を通った場合は逮捕される。
もっとも、国境を抜けた先がマルティア国となった今の事情をツンは詳しくは知らなかった。
後方で爆発音が聞こえたのは、歩き始めて一時間もしたときだ。
見れば、煙が立ち上っている。
クーの仕掛けた作戦が成功したのだとわかった。
村を燃やす。
その決断をしたときも、クーは淡々としていた。
567
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:13:30 ID:cnF.ZKJk0
どうすればいいのかをずっと自分の内側で葛藤し続けていて、
口に出したときにはもう、そうせざるを得ないという結論を明確に下し終えていたのだろう。
そう、ツンは推している。
ξ゚?゚)ξ「クー・・・・・・」
人間と戦うという決意にも、ツンが問いかけたときにはもう揺らぎがなかったに違いない。
戦地へ赴くクーの後姿に、掛けるべき言葉も見つからなかった。
なんであんなに強くいられるのだろう。
ツンには、クーの落ち着きが不思議でならなかった。
仲間として出会えたことは嬉しかった。
一緒にいるうちに、彼女にも悩みがあって、葛藤しながら生きていることを知った。
魔人と人間の狭間で揺らいで、答えを見つけようとしている。
そして実際に行動まで起こしている。
568
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:14:16 ID:cnF.ZKJk0
クーを見つめるときはいつでも羨望を込めていた。
自分で考え、自分で行動する。
その生き方を目の当たりにして、一方の自分がひどく惨めに思えた。
自分は逃げ隠れをし続けている。
もう何年も、自分の姿を隠して、友達にも嘘をついて生きてきた。
ブーンには打ち明けたけれど、あれは例外中の例外だ。
人間の世界にいたものの、彼以上に親しくなれた人はいない。
秘密を打ち明けてもいいと思えた者は他に誰も・・・・・・
いや。
569
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:15:02 ID:cnF.ZKJk0
「いつか一緒に旅をしよう」
ずっとずっと昔、一人だけいた。
自分の気持ちを伝えた人が。
ξ゚?゚)ξ「いいの?」
「もちろんだとも。教えてあげたいんだ」
「この空が本当に、どこまでも続いているってことを」
570
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:16:15 ID:cnF.ZKJk0
ラスティア国の従者見習いになるよりずっと前の話だ。
そこにはたくさんの”できそこない”がいた。
不思議なコミューン。
作業の休憩時間に、芝生の上で、あの人は私たちに聖書を説いてくれた。
「メティス国教では、君たちは神の使いとされている」
「恩恵をもたらす者。常にそばにいてくれる者。そして奇跡を起こす者」
「じゃあ、どうして私たちは……」
あのときにはまだ彼女がいた。
二人で並んでお話を聞いていた。
571
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:17:01 ID:cnF.ZKJk0
私は外に憧れた。
あの人と一緒にどこまでも歩きたいと思った。
いつか。
「ようやく完成したよ」
手渡されたのは、ペーパークラフトの小さな地球儀。
あのコミューンの人たちと力を合わせて作ったものだ。
あのころはまだ新品で、何の落書きもなかった。
572
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:17:53 ID:cnF.ZKJk0
どんなに忘れようとしても忘れられないものがある。
それが地球儀、それがあの共同体。
「すまない」
と、あの人は言った。
思い描いた夢は、たとえ打ち砕かれたときだ。、
胸が苦しくなるから、忘れようと努めているのに、
感情が昂ぶるとついつい思い出してしまう。
573
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:19:12 ID:cnF.ZKJk0
顔を思い出す。
最後の朝は緑に包まれていた。
軍靴の音。
突きつけられた銃。
衛兵たちに捕らえられる間際になって、あの人は私に耳打ちした。
( ゚д゚ )「夢のことを、どうか忘れないでくれ」
先生のこと。
心の中で、いつまでも色褪せない記憶だ。
574
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:20:53 ID:cnF.ZKJk0
魔神たちは歩みを止めない。
火の手は次第に近づいてきていて、熱気も空気を漂ってくる。
ペースをあげないと飲み込まれる。
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト !!
足下にいた女の子が、突然立ち止まった。
ξ゚?゚)ξ「どうしたの?」
一行が先をゆくのに、女の子だけが取り残される。
ツンは急いで駆け寄った。
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト「・・・・・・♪」
575
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:21:55 ID:cnF.ZKJk0
軽やかな鼻息。
それが拍だとわかったのは、女の子が歌を奏でたからだ。
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト「月やあらぬ〜」
聞き慣れない音。
それは異国の言葉だった。
月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして
576
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:22:43 ID:cnF.ZKJk0
ξ゚?゚)ξ「・・・・・・歌?」
短い調べ。
流れるような歌の内容はわからない。
女の子はもう口を閉ざしてしまっている。
自分の頬に涙が伝うのを、ツン自身が驚いた。
意味が分からなかったのに、女の子の顔は悲しくて、それが悲哀の歌だとわかった。
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト
話していた姿がまるで嘘みたいに、何も言わない。
その視線は、立ち上る火のうねる柱を瞳に輝かせていた。
☆ ☆ ☆
577
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:23:24 ID:cnF.ZKJk0
油断した。
そう思ったときには、弾き飛ばされた剣を見ていた。
縦に回転し、地面に突き刺さる。
刃は折れなかったが、距離があいた。
ドクオと仮面から、ちょうど同程度に離れている一点へ。
双剣の閃きに気づき、ドクオは半歩距離を置く。
振るわれる刃を見切り、向きを変えてもう半歩。
剣からは遠ざかるが、安全は確保できた。
仮面は振り抜いた腕を戻して、また腰を低く構え直す。
武器を持たない相手にずいぶん慎重なことだ。
578
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:24:06 ID:cnF.ZKJk0
それか、気づいているのだろう。
武器がもうひとつあることに。
('A`)「しかたない」
腰に手を伸ばす。
できれば使いたくなかった、もう一つの柄。
手に入ったときから整備は怠らなかった。
汚れを拭き、刃を整え、ときどき振るって感触を確かめた。
表だって使うのははばかられて、いつも腰に提げるだけだった。
でも、今はそうも言っていられない。
('A`)「誉めてやる。俺の剣を弾き飛ばせたんだ。お前はおそらく、並のテーベ兵より強い」
('A`)「だが、ここからは俺も本気だ」
579
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:24:40 ID:cnF.ZKJk0
( ゚゚)
仮面は微動だにしない。
警戒心を消さないまま、ドクオをにらみつけている。
('A`)「借りるぞ」
小さく、告げる。
柄を握り、一気に引き抜いた。
真っ直ぐに伸びた、鋼の諸刃。
ドクオの背丈の半分以上も長い、大柄な姿。
鍔の中央で煌めく深紅の宝石。
('A`)「モララー」
580
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:25:13 ID:cnF.ZKJk0
振り下ろすと、空気が切れ、小気味よい音と共に風が舞う。
ラスティア城で奪い返した、もっとも親しき戦友の剣。
構えを変えた。
柄を右肩に引き寄せ、刀身を水平に近く傾ける。
基本の戦術は待ち。
よけいな足裁きはもう必要ない。
隙の前段階、攻撃の気配のすべてが起爆剤となる。
木々の崩落、火炎の熱、赤らんだ景色、
視覚情報は遠ざかり、真っ白の仮面のみが映し出される。
敵は動かない。
横にも動けず、剣を揺らさず。
581
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:26:03 ID:cnF.ZKJk0
張りつめた時間が流れた。
暴れる火の音が、近づく。
広場の端で、枝の折れる音。
火はもう、彼らを包み始めている。
倒木の振動が地に伝わる。
揺れ。
そして、仮面が地を蹴った。
旋風を思わせる回転でドクオへと飛びかかる。
双の剣が交互に舞う。
隙はない。
いや、ほんの少し。
582
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:26:49 ID:cnF.ZKJk0
見えた。
二つの剣の間隙。
(#'A`)(もらった!)
思考よりも速く動く。
赤い宝石が陽光を散らす。
鋼が、鋼とぶつかり、
そして――弾け飛んだ。
☆ ☆ ☆
583
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:27:36 ID:cnF.ZKJk0
煙があがっているのが見えたときから嫌な予感がした。
森が、燃えている。
あちこちから火柱が立ち上り、黒い煙を吐き、木々をなぎ倒している。
(;^ω^)「大変なことだお」
身体が震えた。
山火事は只でさえ鎮火に苦労する。
まして、山中に火が燃え広がっているとなれば、人の手でどうこうするのはほとんど不可能だ。
あの中に人がいるのならば、誰であろうと危険だろう。
(;^ω^)「ドクオさん・・・・・・」
高速の飛行機は間に合ってくれた。
森の上に鳥のようなシルエットが浮かぶ。
太陽を背にした飛行機の影だ。
584
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:28:25 ID:cnF.ZKJk0
速度を落とし、旋回する。
いつでも地面へ向かえるように。
速度が落ちれば機体は下がる。
動力の生きているうちに機種を持ち上げ、車輪をだし、地面に接触すれば、着陸は成功する。
あとは木に引っかかって損傷しないことを祈るだけ。
狙うのは広く開けた場所。
着陸に適するには、どうしても空間が必要だった。
旋回しながら、目を四方八方に巡らせた。
(;^ω^)「どこだお・・・・・・どこに降りればいいお」
ただ降りるだけじゃない。
ドクオがそばに行る場所じゃなければ意味がない。
どこか、人陰でもあれば。
585
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:29:07 ID:cnF.ZKJk0
( ^ω^)「お?」
目の端で、それを捉えた。
ある程度走ることのできる、理想的な広い空間。
木々の空けた場所。
その中央に、二人の影がある。
目を凝らし、
(;゚ω゚)「あれは・・・・・・まさか!」
誰だかわかった。
目を擦り、錯覚じゃないことを確認する。
586
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:29:40 ID:cnF.ZKJk0
意志は決まった。
(;゚ω゚)「うおおおおおお!!」
速度変化の影響で機体が揺れる。
重力に魂ごと吸い寄せられる。
震動が全身を打つ。
速度が落ちたら、機首を上へ。
(;゚ω゚)「あがれええええええええ!!」
主翼を操作し、空気をとらえ、機種を持ち上げる。
水平飛行でできたことが、重力にひかれることで途端に難しくなる。
587
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:30:31 ID:cnF.ZKJk0
レバーがミシミシと不穏な音を鳴らす。
それでも続ける。
汗がにじみ、吹き出し、視界を汚す。
(;゚ω゚)「ああああああ!!」
空が見えた。
機体が上を向いているから。
成功だ。
思うやいなや、すぐにホイールを引きずり出す。
588
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:31:16 ID:cnF.ZKJk0
地面が迫る。
(;゚ω゚)
絶叫がもはや声にならない。
音、
そして衝撃。
耐え難い震幅とともに、舞い上がった土煙がコックピットを覆いつくす。
飛行機は、そこへ、着陸した。
☆ ☆ ☆
589
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:31:57 ID:cnF.ZKJk0
短い剣、敵の双剣の片割れが、弧を描いて飛んでいく。
( ゚゚)「!!」
驚愕の瞳が、その後を追う。
これまでの慎重さに似つかわしくない、大きな隙。
「あ」と、仮面の声が漏れる。
自分の付中に気づいたのだろう。
敵の視線はドクオに戻り、残ったもう片方の剣を顔の前へ。
だけど。
('A`)「遅え」
言い放つのは、斬り込みと同時。
一度目は受けられた。
二、三と続け、仮面は下がる。
590
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:32:35 ID:cnF.ZKJk0
双剣は短剣と化した。
受け流すには頼りない。
四度目の斬り込み。
仮面の背が、木にぶつかる。
追いつめた。
さらに。
――五。
短剣が下から弾き飛ばされる。
591
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:34:32 ID:cnF.ZKJk0
仮面の目が大きく見開く。
揺れている。
('A`)「あばよ」
柄を真横へ。
刀身を水平に。
狙いは、首。
そのとき、音がした。
592
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:36:39 ID:cnF.ZKJk0
( ゚゚)「……やめろ」
か細く震えた、高い、声。
「……やめろ、ドクオ」
(゚A゚) !!
知覚が電流のごとく体内を駆けめぐる。
達観も、情感も、戦意も殺意も失意も、すべてが消える。
593
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:37:37 ID:cnF.ZKJk0
浮かぶのは、懐かしき顔。
何度も思い出して、何度もかき消してきた顔。
そんな。
身体が止まらない。
制止の意志が伝わりきらない。
剣の先が、真横に、そして
貫いた。
☆ ☆ ☆
594
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:38:11 ID:cnF.ZKJk0
青空に鳥が飛んでいる。
そう見えていたのが、近づいてきて、違うと気づく。
鳥よりもずっと大きく、ギラギラと光を反射してる。
ξ;゚?゚)ξ「あれは・・・・・・」
見たことのない機械の鳥が、広場に近づき、轟音とともに地面を滑っていった。
全体を上下に揺らしながら何メートルもすすんでいく。
やがて、木に激突して止まる。
ξ;゚?゚)ξ「なに?」
足下で女の子も震えている。
その肩を支えながら、ツン自身も震えていることに気づいた。
呆然としながら、見つめる先で、中から人が飛び出してきた。
手を振る男のその姿に、ツンは目を疑った。
595
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:38:43 ID:cnF.ZKJk0
ξ;゚?゚)ξ「ぶ、ブーン!?」
信じられなかった。
どうして彼が、今このタイミングで、こんなところに。
疑問が吹き出して抱えきれなくなる。
(;^ω^)「ツン!」
駆けつけてきた彼は、早速ツンに向かって頭を下げた。
(;^ω^)「お願いだお! 教えてほしいことがあるんだお!」
ξ;゚?゚)ξ「ちょ、ちょっと、待って! どういうことよ!」
596
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:39:17 ID:cnF.ZKJk0
ξ゚?゚)ξ「教えてほしいことなんて、こっちだってたくさんあるわよ!」
(;^ω^)「うん、うん。それはわかるお! でも僕はいそいでいるんだお!」
ξ゚?゚)ξ「だから意味わかんないって・・・・・・
ここ、もうすぐ燃えちゃうかもしれないの! 私だって速く行かなくちゃ」
あれが証拠と言うように、ツンは森のあちこちに視線を飛ばした。
立ちこめる煙の筋はすぐそばに幾筋もあり、今も発生し続けている。
熱も、音も、ほんの数分間足を止めているだけで倍増しになった。
歌を詠った女の子が再び動かなくなってから、ツンも彼女につきあっていた。
怖いとは想いながらも、放ってはおけなかったのだ。
597
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:46:41 ID:cnF.ZKJk0
女の子といえば、さっきまではずっと空を向いていた。
どんなに近くで爆発や崩落が聞こえても、じっと空を見据えてたたずんでいた。
ξ゚⊿゚)ξ「あれ?」
ところが、さきほどまでいた場所に女の子はいなくなっていた。
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト ツン
いつの間にか、女の子はブーンのそばにたち、その脚をつついている。
( ^ω^)「ん? あれ、君はどこかで・・・・・・」
ブーンが目を瞬かせている。
598
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:48:25 ID:cnF.ZKJk0
ξ゚⊿゚)ξ「知ってるの?」
声が思わず高くなる。
( ^ω^)「確か、そうだお! ラスティアで見かけたことがあったお」
女の子はラスティア国から逃げてきた。
クーが説明した内容と一致する。
( ^ω^)「あのときはすぐに目を逸らされたから、嫌われたのかとも思ったけど。
覚えていてくれたのかお?」
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト コクコク
恐がりな女の子が、素直に首肯する。
もしも知らない人ならば、もっと怯えていることだろう。
ξ゚⊿゚)ξ「本当、みたいね」
599
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:49:06 ID:cnF.ZKJk0
しばらくの空白が、また火の活動の音で埋められる。
こうしちゃいられない、とツンは息巻いた。
ξ゚⊿゚)ξ「で、あんた、なんでここにきたのよ」
前に、あんなに拒絶したのに、といいたくなるのを堪えた。
ブーンの様子からして、すっかりそのことが忘れ去られているほど焦っていた。
( ^ω^)「人を探しているんだお。傭兵の中に、僕の知り合いがいるんだお」
( ^ω^)「その人を止めなくちゃいけないんだお。名前は、ドクオ」
ξ゚⊿゚)ξ「ドク・・・・・・オ?」
聞き覚えがある。
どこかで聞いた。
つい最近。
600
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:51:23 ID:cnF.ZKJk0
ξ;゚⊿゚)ξ「それって、まさか」
クーが聞かせてくれた話。
彼女が一緒に過ごしていた人の名前。
その人が、傭兵?
ξ゚⊿゚)ξ「どういうことよ!」
( ^ω^)「へ? なにがだお!?」
ξ;゚⊿゚)ξ「ドクオって人、よく知らないけれど、傭兵なはずがないじゃない!
だって、あの人はクーの・・・・・・」
言葉が淀む。
クーの話し方、そして昨夜の受け答えから、推測はしていた。
ドクオはクーの想い人のはずである。
601
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:51:59 ID:cnF.ZKJk0
その人が、傭兵としてここにいる?
疑ったのは、まさかと思ったからだ。
だって、そしたら。
ξ;゚⊿゚)ξ「そんなの、嘘よ・・・・・・そんなわけ」
消え入るように口にする。
ありえない、とは言い切れない。
人はどんな生き方をするかわかったものじゃない。
602
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:52:29 ID:cnF.ZKJk0
きょとんとしているブーンをよそに、ツンは空を見上げた。
ξ;゚⊿゚)ξ「嘘でしょ、クー」
青空の向こうで鳥が羽ばたく。
この空の下でいったい何が起きているのか。
それはツンにもわからなかった。
☆ ☆ ☆
603
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:53:01 ID:cnF.ZKJk0
深い手応えがあった。
剣は確かに、敵の左肩を貫き、背後の幹に達している。
締め付ける肉の中、骨と思しき堅さに触れる。
( ゚゚)「あ・・・・・・かっ、あ」
やはり細く、高い音。
喉は刺せなかった。
気の迷いか、刀身の切っ先は脇に逸れてしまった。
腕を振り上げ、剣を抜き去る。
切り裂かれた肉片が地に落ちた。
鮮血が宙を舞い、ドクオの頬にかかる。
604
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:53:39 ID:cnF.ZKJk0
( ゚゚)「ーーーっ」
声ではなかった。
喘ぎと悲鳴の合いの子がその喉の奥から絞り出されてくる。
瀕死へ赴く動物が、肺の空気を漉し出す音。
仮面の腰が折れ、木を支えにしてずり落ちた。
尻が地面に落ちる振動にすら耐えられず、その首が撥ね、横に枝垂れる。
仮面がわずかに浮いていた。
隠れていた片側の髪が溢れ、乱れて下がっている。
ローブは肩からはだけていた。
身にまとっているのは木綿の簡素な衣服だ。
緑の上衣と短い焦げ茶の腰布が、収まり手を失った二つの鞘の括られた革のバンドで締め付けられている。
ズボンの生地は厚いが、他に装甲らしきものは見あたらない。
驚くほどの軽装備は動きのしなやかさを損なわないためのものだったのだろう。
崩れ落ちる全体の仕草は力もなく、朽ちかけの植物のようだ。
605
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:54:24 ID:cnF.ZKJk0
華奢な身体つきをしている。
肩幅も狭く、腕や脚は引き締まっているが、色は白く、幅は細い。
骨格と肉の付き方の根本からドクオと違う。
('A`)「女、なのか」
胸騒ぎはしていた。
さきほど声を聞いたときからだ。
俺の名前を知っている?
一瞬思ったその問いが、言いようのしれない予感を誘った。
身を屈める。
微動だにしない仮面と同じ高さに顔を持ってくる。
においをかいだ。
魔人のにおいがするが、仮面本人からのにおいではない。
魔人と接するだけの、人間のにおいだ。
606
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:54:59 ID:cnF.ZKJk0
音がでるほど、唾を飲み込む。
ドクオの右手が、仮面の隙間に向かう。
指を伸ばして、触れようとする。
と、そのとき。
手首に彼女の右手がしがみついてきた。
('A`)「うっ」
( ゚゚)「やめろ」
すごみはある。
が、か細い反抗だった。
( ゚゚)「やめてくれ・・・・・・頼む」
言葉の終わりが、裏がえり、掠れる。
泣いている女の声。
607
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:55:38 ID:cnF.ZKJk0
予感は肥大化してくる。
止められようとしている右手が、次第に前進する。
必死に止めようとしているから、震えが伝わってくる。
それでも指が伸びる。
仮面がわずかに横に振られる。
血が、また一筋。
( ゚゚)「ぐあっ」
濁った呻きで、力が離れる。
ドクオの指が白面に触れ、引っかかり、そして真横へはじいた。
隠されていた長髪が、一気に広がり静かに落ちる。
横顔が露わになった。
白い肌に、赤らみた頬、腫れた泣き目は堅く強く閉じている。
608
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:56:41 ID:cnF.ZKJk0
遠くで仮面が落下した。
川 - )「・・・・・・」
('A`)「お前」
まだ自信はなかった。
ドクオの手が触れようとする。
と、
川 - )「やめろっ!」
切り裂くような声で彼女が叫ぶ。
609
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:57:17 ID:cnF.ZKJk0
('A`)「クー」
とうとう、口にした。
疑問はすでに確信へと変わっている。
川# - )「違う!」
彼女はなおを目を閉じ叫んだ。
川# - )「違う、そんな名じゃない。その名で呼ぶな」
610
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:57:51 ID:cnF.ZKJk0
('A`)「なんで」
問いたいことが多すぎた。
喉の奥から、あまりにも大きい混濁したものがせり上がってくる。
見下ろしながら、ドクオの口は愕然と震えていた。
川# - )「なんで?」
クーの目が開いた。
虚空を見つめていたのが、ゆらりと、首を回してドクオに向けられる。
漫然としながら、ドクオを確かに見ている。
その口元が歪み、捻られていく。
川 ゚ ー゚)「く、は、はは」
閉じていた口が、震えながら開き、舌が踊る。
611
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:58:38 ID:cnF.ZKJk0
泣きながらも、笑っていた。
それもひどく、めちゃくちゃに。
川 ゚ ー゚)「なんで、だと? わかるだろ。なあ、おい!」
クーの首が前に飛び出し、額をつきだしてくる。
とっさのことによけられず、ドクオの額にぶつかって、ごつっと鈍く響く。
('A`)「な!」
目を瞬いて、下がろうとする。
だがそのドクオの顎にクーの右手が伸び、鷲掴みにして、引き寄せてきた。
不格好に屈んで、彼女の顔と相対する。
目はもう閉じておらず、火の灯りを受けて赤く揺らめいている。
川 ゚ ー゚)「君と私は、敵なんだ。そうなってしまったんだ! それ以外に何があるというんだ」
612
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:59:09 ID:cnF.ZKJk0
クーはひときわ高く口の端を持ち上げた。
川 ゚ ー゚)「君は驚いているようだな。私の正体を知って、愕然としている。
当然の反応だ。私だなんて思っていなかったんだから」
ドクオの顎はさらに引かれた。
目線の高さが同じになる。
「だけど」と、クーは続けた。
川 ゚ ー゚)「私はすぐに気づいたんぞ。この場所で君を見て、すぐにな」
川 ゚ ー゚)「君は傭兵となり、魔人を討ち取る側にいる。
経緯は知らないが、それが君の選択だった。そういうことなのだろう」
('A`)「それならどうして、戦うのを――」
やめなかったんだ、と問おうとしたが、
顎を掴む手に力が入り、ドクオの言葉は痛みで途切れた。
613
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 22:59:55 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「私が魔人の味方だからだよ。
私は私の意志でこの途を選択してきた。悔いはない。今更動揺などしてたまるか」
川 ゚ -゚)「動揺するなら、それは、余計な情だ。
今の私には必要のないものだ。だから――」
川;゚ -゚)「ぐっ」
歯噛みして、左手をかばう。
傷口から流れる血はすでにいく筋にもなっている。
顔色も悪い。
クーの意志は目に見えて弱りつつある。
ドクオは寄った。
川;゚ -゚)「止まれ」
614
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:01:49 ID:cnF.ZKJk0
('A`)「黙れ」
クーの左腕をつかみ、水平に引き延ばした。
川;゚ -゚)「あ、があぁぁっ」
悲鳴が上がる。
それを無視して、ドクオはポケットから救急テープを取り出し、すばやく巻き付けていく。
クーがもだえた。
ドクオから逃げようと必死に喚きたてる。
('A`)「じっとしてろ」
川;゚ -゚)「触れるな!」
('A`)「死ぬぞ」
川;゚ ー゚)「……いいさ、それでも」
615
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:02:21 ID:cnF.ZKJk0
クーが小さく息を吐く。
「見ろよ」とでも言うように、右手で広場を指し示した。
あたりはもう火の海だ。
木の枝はすべて燃え、止めどない猛烈な熱風が二人を包み込んでいる。
空は青いが、直に火の赤と煙の黒に染まるだろう。
川;゚ -゚)「どのみち死ぬんだ」
('A`)「死ぬもんか」
川;゚ -゚)「死ぬさ。この火をみればわかるだろ。手当しようと、しまいと、変わらない」
('A`)「死なねえっつってんだろ」
結び目を作る手つきが荒々しくなり、クーがまた悲鳴を小さくあげる。
ドクオは吐き捨てるように言う。
('A`)「死なせてたまるか。やっと、お前に会えたってのに」
616
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:02:58 ID:cnF.ZKJk0
テープが固定される。
クーはドクオを見て、つぶやいた。
川;゚ -゚)「君は、いつからそんなに頑固になったんだ」
('A`)「年取ったんだ。俺も、お前も」
ドクオは手早く針と糸を用意した。
('A`)「仮の縫合だ」
川;゚ -゚)「できるのか?」
('A`)「歯、食いしばれ」
抗議をさせる隙を与えず、ドクオはクーの腕に針を突き刺した。
かみ合わせた歯の隙間から悲鳴が漏れ聞こえてくる。
617
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:03:32 ID:cnF.ZKJk0
川;゚ -゚)「――っ!」
背を幾度も反らしながら、クーは耐えた。
火の囲いが高くなる中、作業は続いた。
縫合を終えた腕をドクオは持ち上げ、肩に担いだ。
クーの横に収まり、木に寄りかかる。
暫くの間、動かず、クーの傍に寄り添っていた。
痛みで喘いでいたクーの呼吸が次第に落ち着いてくるのがわかった。
川 ゚ -゚)「……下手、だな」
掠れた声でクーが訴えた。
川 ゚ -゚)「もっと痛みを抑える縫い方があったはずだ」
618
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:04:03 ID:cnF.ZKJk0
('A`)「戦場じゃそれで十分なんだよ」
息を吐くと同時に言う。
('A`)「死ぬよりましだろ」
横目でクーに目をやる。
向こうはドクオを見ていなかった。
川 ゚ -゚)「自分で刺したくせに」
口をあまり動かさないで言ってくる。
('A`)「それは・・・・・・」
頭をかいて、言葉を探したが、金脈はなかった。
619
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:04:33 ID:cnF.ZKJk0
('A`)「俺には俺の立場があった。仮面がお前だとも気づかなかった。
刺したのは、だから、不可抗力だ」
クーから目を逸らし、ため息混じりに口にする。
間が、また少し、空いた。
川 ゚ -゚)「後悔してるか?」
('A`)「・・・・・・」
川 ゚ -゚)「私だとわかっていたら、刺さなかったか?」
クーの視線が向いているのを感じる。
少しだけ時間をおいた。
きっとクーはいつまでも見ている。
そうわかったので、ドクオは肩を落として目を向けた。
('A`)「そうだ、と言ったら?」
620
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:05:08 ID:cnF.ZKJk0
「それは卑怯」と、クーが笑う。
彼女の柔らかい微笑みをはじめて見た。
出会ってから、初めて。
川 ゚ ー゚)「でも、そう言ってくれたなら」
クーの頭が肩にかかる。
髪が鼻先をかすめ、においが漂う。
魔人のにおいがしみついている。
だけど、その奥に、彼女のもあるのを初めて感じた。
クーが言う。
川 ゚ ー゚)「嬉しいな、ドクオ」
621
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:05:51 ID:cnF.ZKJk0
クーの右手が、ドクオの右手に触れる。
覆い被さるようにして、指と指との間が埋まる。
ずっとそれを聞きたかったんだ。
今頃になって気づくなんて。
俺もだよ、と言おうとして、ドクオの喉は詰まった。
黙り込むドクオを相手に、クーは何も言わなかった。
これまでの話をしたい気持ちはあったのだけど、できなかった。
伝えたいこと、考えたいこと、聞きたいこと、
言いたいことがあまりにも多すぎてまとまらなかった。
お互いどこですれ違ったのか。
どうしてこの森で刃を向け合ったのか。
知りたかったのに、
迫り来る火の光景はすべての回想を無に帰すほど熱く猛っていた。
622
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:06:23 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「逃げなくていいのか」
('A`)「いい」
川 ゚ -゚)「置いていってもいいんだぞ。私はお前を恨まない」
('A`)「そんなことしたら、俺は俺を恨み続ける」
川 ゚ ー゚)「・・・・・・ははは」
クーの頭がさらにもたれかかってくる。
動かない左手を伸ばしたまま、ドクオの胸に身を寄せる。
鼓動が伝わってくる。
血を流していても、死が近くとも、関係なく心臓は動く。
二人の姿は、もう抱擁と同じだった。
623
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:07:00 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「邪魔か?」
('A`)「全然」
川 ゚ -゚)「良かった。あまり慣れていないんだ」
('A`)「俺もだ。そんな暇がなかった」
川 ゚ -゚)「会っているうちに、もっとすればよかった」
('A`)「・・・・・・」
川 ゚ -゚)「ドクオ」
('A`)「なんだ」
624
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:07:37 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「私はいつも、君のことが頭から離れなかった」
('A`)「そうか」
川 ゚ -゚)「君のためになりたかった」
('A`)「俺も」
川 ゚ -゚)「え?」
('A`)「お前のためだった。全部」
川 ゚ -゚)「・・・・・・」
625
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:08:07 ID:cnF.ZKJk0
('A`)「クー」
川 ゚ -゚)「なに?」
('A`)「謝りたい」
川 ゚ -゚)「そう」
('A`)「このままじゃ、頭も下げられない」
川 ゚ -゚)「それならば、絶対に離れない」
('A`)「・・・・・・?」
626
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:09:48 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「必要ないんだ。そんなもの」
('A`)「じゃあ」
川 ゚ -゚)「?」
('A`)「顔が見たい」
川 ゚ -゚)「なんだ、こんなときにそれか」
(;'A`)「いや待て。違う。顔を見たいだけなんだ」
627
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:10:26 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「本当に?」
('A`)「本当に」
川 ゚ -゚)「・・・・・・」
('A`)「・・・・・・」
川 ゚ -゚)「ドクオ」
('A`)「なんだ」
628
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:11:12 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「君はまさか、本当に慣れていないのか?」
(;'A`)「なっ」
川 ゚ ー゚)「変わり者だな」
('A`)「・・・・・・そっちこそ」
川 ゚ -゚)「信じているのか?」
('A`)「!!」
川 ゚ ー゚)「ふふふ」
('A`)「……実際、どうなんだよ」
629
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:11:51 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「口では言わんぞ」
('A`)「くっ」
川 ゚ -゚)「さあ、どうする」
('A`)「・・・・・・・・・・・・クー」
川 ゚ -゚)「ああ」
('A`)「顔、見せてくれ」
630
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:12:25 ID:cnF.ZKJk0
本当に慣れていなかった。
ドクオにも、
普通のそれが歯型の残るようなものではないことはさすがにわかった。
クーは笑って、ドクオも苦笑して。
そして二人は、死を覚悟した。
631
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:13:35 ID:cnF.ZKJk0
火は目の前だ。
草の焦げるにおいがする。
景色は赤い。
蒼穹も飲み込まれた。
思い残すことはもうない。
下手に生きていたら、またすれ違うかもしれない。
お互いに罪を抱くくらいなら、今この場でともに火に焼かれよう。
二人はそう取り決めた。
632
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:14:13 ID:cnF.ZKJk0
川 ゚ -゚)「できるだけ、こうしていたい」
('A`)「死ぬまでこうしてやる」
クーを囲う腕に力を込めた。
彼女が首を振る。
川 ゚ -゚)「もっと」
('A`)「骨になっても、魂になっても、抱いてやる」
川 ゚ -゚)「離さないで」
('A`)「離れない」
633
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:14:49 ID:cnF.ZKJk0
川 ー )
クーが笑った気がした。
でも、錯覚かも知れない。
クーの身体が、前触れもなく倒れかかる。
力が抜けていくようだ。
左腕の付け根から鮮血がほとばしる。
所詮は付け焼き刃だったのだ。
縫合は、その役目を終えたと言わんばかりにちぎれて飛んだ。
634
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:16:01 ID:cnF.ZKJk0
もう、いいと思った。
このまま炎に包まれて死んでも、一向に構わない。
会いたいと思っている人と出会えた。
たとえ敵としてであっても、今ここに倒れている彼女は、紛れもなくクーだ。
なら、いいじゃないか。
もう戦う意味はない。
満足が、ドクオの胸中を内側から穏やかに舐めた。
力尽きたクーが、苦しげな呼吸を零す。
その背に触れて、ドクオは口にする。
('A`)「このまま、燃え尽きるまで、お前と一緒にいてやる」
思い残すことはもうない。
635
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:16:40 ID:cnF.ZKJk0
ドクオはクーの背中を摩った。
せめて最期の時は、痛みが薄まるように、なんども。
クーがドクオに視線を向けた。
不安定に揺らしながら、それでも芯は曲げずにドクオを見る。
川 ー )「ドクオ」
掠れて細く、消え入るようで。
間近の日の爆ぜる音に、簡単にもみ消されてしまえる声。
話そうとしている。
命の灯火は鎮まりへ向かっている最中で。
('A`)「ああ」
クーに顔を寄せた。
636
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:17:55 ID:cnF.ZKJk0
クーの頬が、堅く強ばる。
力を失っていた青い顔が、急に苦悶へと変わる。
どうしたのだろう。
ドクオは首を傾げる。
しばらく待って、
クーの喉が声を発した。
川 д )「死にたくないよ」
637
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:18:58 ID:cnF.ZKJk0
弾けるように、ドクオは身を起こした。
今のは。
(;'A`)「クー?」
返事はない。
クーは目を閉じている。
今のは、本音だ。
心臓が跳ねあがり、強く脈を打つ。
痺れていた感覚が戻ってくる。
熱い。
息苦しい。
クーは今なんと言った。
638
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:19:32 ID:cnF.ZKJk0
死にたくない。
生きたい。
それが本音。
俺は、なんて。
(;'A`)「クー! おい、クー!!」
639
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:20:17 ID:cnF.ZKJk0
叫んで呼ぶ。
返事はない。
それでも続ける。
痛感した。
彼女の姿を見ているうちに、対抗することをおそれていた。
なんて、バカな。
俺はまた、本音を隠して。
( A )「起きろよ、なあ、起きてくれ」
640
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:21:20 ID:cnF.ZKJk0
涙がようやく頬を伝った。
(;A;)「ごめん、ごめんよ、クー。俺、お前のこと、わかったつもりでいたのに」
(;A;)「お前はずっと本音を明かしたかったんだ。そうなんだろ、クー」
クーは目を覚まさない。
呼吸はある。
だがとても小さい。
萎みつつある火種に急いで風を送り込むように、ドクオは声を掛け続けた。
声も、腕も、すべてが震える。
火炎はもう、目の前にある。
☆ ☆ ☆
641
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:22:15 ID:cnF.ZKJk0
最初に反応を示したのは女の子だった。
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト「!!」
と、手をばたつかせてブーンとツンに知らせたのである。
着陸してから、ドクオを陸から探し続けていた。
ブーン一人だったころよりも目は増えたが、依然として捜索は終わらず、森も燃えはじめていて長居はできない。
そう思っていた矢先の兆候に、興奮せざるを得なかった。
(;^ω^)「見つけたのかお!?」
ξ゚⊿゚)ξ「どこ?」
女の子は一点を指し示す。
火に包まれた木々の隙間に、広い野が見える。
642
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:22:58 ID:cnF.ZKJk0
遠くの木陰に、人が二人。
寄り添って座っているのがかすかに見えた。
(;^ω^)「ドクオさん!」
呼びかけて、駆け寄ろうとするが、荒れ狂う火柱に阻まれた。
(;^ω^)「くそお」
目の前にいるのに、近寄れない。
643
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:23:40 ID:cnF.ZKJk0
ξ;゚⊿゚)ξ「無理にはだめよ! ブーンも焼けちゃう」
(;^ω^)「でも、だって、あんなにそばに」
焦りが声色にあらわれてくる。
言い争っているうちに、景色がオレンジに染まりゆく。
すると、そのとき、女の子がブーンの足をつついてきた。
(〆 ヽ)
从つヮ`从ト スッ
手のひらを自分の額に当てて、ブーンに視線を向けてくる。
( ^ω^)「なんだお? いったい」
首を傾げる。
そこへ、ツンが「それって」と声をかけてきた。
644
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:24:33 ID:cnF.ZKJk0
ξ゚⊿゚)ξ「もしかして、契約するつもりなの?」
魔人の契約。
ブーンもはっと思いつく。
魔人は、人間と契約を交わすことで不思議な力を扱えるようになる。
その方法は簡単で、手のひらをじっとその額に当て続け、契約を宣言すること。
契約を交わす姿は見たことないが、知識として教わってきていた。
( ^ω^)「君なら、救えるのかお」
(〆 ヽ)
从つヮ`从ト コクコク
即答だった。
話せなくとも、言葉は十分に理解しているのだろう。
( ^ω^)「確か、手のひらを」
645
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:25:07 ID:cnF.ZKJk0
迷うことはない。
そうブーンは確信する。
手のひらを、女の子の額に。
炎の熱を差し引いても、熱っぽい肌の感触がある。
ブーンは一言、告げる。
( ^ω^)「あの人を助ける力になってくれお」
特別なことは何も起こらない。
それでも、女の子の身体にはもう、人智を越えた力が宿っている。
(〆 ヽ)
从´ヮ`从ト コクリ
一回首肯し、女の子が上空に諸手を上げた。
手のひらまで一杯に広げている。
まるでこの空をつかみ取ろうとするかのように、一心に伸ばして。
646
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:27:19 ID:cnF.ZKJk0
猛烈な風が吹き寄せてきた。
(;^ω^)「おわ!」
ξ;゚⊿゚)ξ「きゃっ」
髪の毛や服を抑え、目を閉じた。
あたりが暗くなる。
いつの間にか、空には雲が大量に押し寄せてきている。
ξ゚⊿゚)ξ「そんな・・・・・・もしかして、空を」
薄目を開けて、ツンが絶句する。
空の色は黒くなり、雲がぶつかりあう。
目に見えるほどの激しい衝突は、静電気を生み、そこかしこで閃光が走る。
647
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:29:29 ID:cnF.ZKJk0
(;^ω^)「これが不思議な力なのかお」
なりゆきを見ながら唖然とする。
人の手が全く届かない領域を、これほどまでに無理矢理動かしてしまうなんて。
ブーンの頬に、滴がひとつ。
それを皮切りに、地面を湿らしはじめた。
雨が降り始めたのだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「天候を操るだなんて、まるで神様みたいじゃない」
雨音が強くなり、風に吹かれて森に注ぐ。
火は縮み、途切れ、消えていった。
あれほど暴れ回ったというのに、しぼむときは速い。
焼けただれていた木は、その暴力の後だけを残してたたずんでいた。
☆ ☆ ☆
648
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:30:33 ID:cnF.ZKJk0
こんなことがあるだろうか。
ドクオは目を疑った。
突然の雨。
足下まできていた火が消えた。
偶然にしてはできすぎている。
あれだけ身近に感じていた死が、いとも簡単に消えてしまうなんて、ありえるのか。
('A`)「クー」
と、声をかける。
雨に負けそうなほどちいさな声。
クーは眠っていた。
息はある、が、弱々しい。
傷口からの血は引ききらない。
649
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:31:29 ID:cnF.ZKJk0
縫合しなくてはならない。
そう思った矢先、視界の先で人をみた。
驚いて、顔を上げる。
( ^ω^)「ドクオさん!」
呆気にとられた。
なんでここに、と思う瞬間、別の悲鳴。
ξ゚⊿゚)ξ「クー!」
女の子が駆け寄ってくる。
ラスティアで、一度見かけたことのある女の子だ。
魔人のにおいがする女の子。
650
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:32:22 ID:cnF.ZKJk0
('A`)「どういうことだよ」
途方に暮れて、つぶやく。
答えてくれる者はいない。
それでも、彼らが救いにきたことはわかった。
('A`)
途端に、目頭が熱くなる。
こんなことがあっていいのか。
再度心に疑問をかける。
答えてくれるものはない。
651
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:33:08 ID:cnF.ZKJk0
女の子がクーにかけより、名前を呼びかけている。
知り合いなのだろうか。親しげで、本気で悲しんでいる。
その姿を横目に、ドクオはブーンと向かい合った。
('A`)「ブーン、どうして」
( ^ω^)「助けにきましたお。みんなが、ドクオさんのことを心配していたから」
そうか、とつぶやく。
温かいものが胸を埋めた。
そして、止めどない悔いも。
('A`)
( A )
652
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:33:57 ID:cnF.ZKJk0
口が震える。
身体の奥が悩んでいる。
口を開けば、嗚咽にまみれそうだ。
崩れ落ちそうになるのを賢明にたえ、
( A )「ブーン、頼む」
と続ける。
振り絞るように、頭を下げ、言う。
(;A;)「こいつを、助けてやってくれ」
それがドクオの、精一杯の本音だった。
653
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:40:17 ID:cnF.ZKJk0
.
――第十四話 戦士ドクオと魔女クー 終わり――
ED「星の在処」
https://www.youtube.com/watch?v=MMj0rFTybQ8
――第十五話 故郷と未踏 へ続く――
.
654
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/01/24(土) 23:42:05 ID:cnF.ZKJk0
今日はここまで。
それでは。
655
:
同志名無しさん
:2015/01/25(日) 00:27:46 ID:NR5PKu8Q0
乙乙
続きが楽しみです
656
:
同志名無しさん
:2015/01/25(日) 00:53:15 ID:NKxvDWtM0
乙
657
:
同志名無しさん
:2015/01/25(日) 12:34:50 ID:7RKv5cVk0
乙
クーとドクオいいなあ
658
:
同志名無しさん
:2015/01/25(日) 14:18:00 ID:ttNTTy2c0
最近更新が早くて嬉しいおつ
659
:
同志名無しさん
:2015/02/02(月) 17:42:22 ID:FBhYnZx2O
来てたのか乙
一回の文量が多くて読み応えあっていいな
660
:
同志名無しさん
:2015/02/16(月) 16:24:54 ID:lFF0o1BQ0
乙乙
661
:
同志名無しさん
:2015/03/20(金) 05:47:37 ID:0ZrNMx1Y0
乙
662
:
同志名無しさん
:2015/03/30(月) 04:17:41 ID:pM3jeVeg0
続きまだかなー
663
:
同志名無しさん
:2015/04/08(水) 21:55:00 ID:x9X9K47Q0
.
――第十五話――
―― 故郷と未踏 ――
.
664
:
同志名無しさん
:2015/04/08(水) 21:55:49 ID:x9X9K47Q0
小鳥の声が耳を擦った。
いつの間にか、研究室に光が満ちている。
ぬくもりが身体に伝わってくる。
朝はもうやってきていた。
ハインは動くのをやめ、天窓を仰いだ。
从 ゚∀从「……夜が明けちまった」
呟いて、そこでようやく自分の声が掠れていることにようやく気付いた。
戦い始めたのはまだ夜だった。
怒りに任せて夢中に戦い、意識していないうちに時間が経ってしまっていた。
自分が衰えたのか。
それとも相手が強くなったのか。
从 ゚∀从「邪魔してくれたな」
665
:
同志名無しさん
:2015/04/08(水) 21:56:45 ID:x9X9K47Q0
先刻までの戦いの相手、自分の弟へ、ハインは視線を向けた。
(メ;;;∀;;;)
息はしている。
だがとても起き上がれそうにない。
傷だらけの身体で、仰向けに寝そべりながら、胸だけを上下させている。
動けないのは無理もないことだ。
時間にしておよそ四時間、彼は一心にハインの全力の攻撃を受け続けたのだから。
女帝というあだ名に名前負けすることなく、ハインの戦闘能力はずば抜けていた。
だからこそ、金の鎧などという大層なものも操ることができた。
この研究室での戦いも、決して拮抗していたわけではない。
終始ハインが、その圧倒的な力でジョルジュを追い込み続けていた。
四時間という長丁場になってしまったのはむしろジョルジュの努力の賜物だった。
徹底して防戦を決め込むジョルジュのスタイルに、ハインがどうしても決定打を編み出せなかったのだ。
逆に言えば、それこそがジョルジュの狙いだったのだろう。
時間を稼ぐ。
その隙に飛行機を外へと逃がす。
666
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 21:57:49 ID:x9X9K47Q0
飛行機が飛び去るのはハインももちろん見えていた。
いくら戦いに熱中していたとはいえ、あんなに大きな機械が出ていくのを見逃せるわけはない。
それでも後を追うことができなかったのは、ジョルジュの妨害があったからだ。
少しでも飛行機に迫ろうとすれば俊敏に剣が振るわれ、近づくことを許さない。
絶対に通さないという気迫が、嫌というほど伝わってくる戦い方だった。
从 ∀从「ふん」
ハインは内心、喜んでいた。
もっとずっと、ジョルジュのことを弱い人間だと思っていた。
戦いだって、簡単に蹴散らせると思っていた。
それなのに、事実自分は足止められていた。
認めないわけにもいかない。
667
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 21:59:18 ID:x9X9K47Q0
かつてジョルジュは、家出をたくらんだことがあった。
城での生活の圧迫感に耐えられず、逃げ出そうとしたのである。
その企みは失敗に終わったが、このときの事情を汲まれて、ジョルジュはラスティア国に暮らす親戚の家に預けられた。
ジョルジュとしては自分の願いがかなったといったところだったのだろう。
その顔は笑みに満ちていた。
しかし、ハインにとってみれば、それは『逃げ』に他ならなかった。
城の生活が窮屈なのは当たり前だ。
王族である以上、それを甘受して生きていくしか方法は無い。
そう信じて、従順に教えを守って生きてきていた。
それなのに、痺れを切らして勝手に行動した弟が、わがままを通しただけで望む自由を手に入れた。
憤らないわけがなかった。
ハインの中に、弟を誹り蔑む気持ちが生まれたのはこのころからだ。
お城に連れ帰ってきてからも、彼を下に見る気持ちは同じだった。
668
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:00:19 ID:x9X9K47Q0
それが、今回の戦いで、その気持ちが初めて揺らいだ。
从 ゚∀从「……」
未だ寝そべっているジョルジュを見下ろして、それから顔を背けた。
从 ゚∀从「いいつらになったじゃねえか」
自然と笑みが込み上げてくる。
戦えないと思っていた男が、戦えるようになって帰ってきた。
これほど嬉しいことはない。
足音を高らかに響かせ、研究室の出口へと歩んでいく。
669
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:01:01 ID:x9X9K47Q0
そのとき、背後で音がした。
すすり泣く人の声。
ひどく小さく、弱々しく、だけど確かに泣いている。
从 ∀从
言葉はいらなかった。
足を止める必要もない。
ただ胸に確かな満足感だけを抱いて。
ハインは静かにその場を後にした。
☆ ☆ ☆
670
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:01:48 ID:x9X9K47Q0
308年12月23日
アイトネ山脈の西方一帯に広がった火災は、突然の降雨の助けもあり、鎮静化に成功した。
テーベ国軍の負傷者は300名中32名。
うち、軽傷が25名、重傷が7名、死亡者は0名。
計画的大規模火災という予期せぬ事態に対し、被害が比較的軽微で済んだことは幸運であった。
山村にいた魔人たちのほとんどが消息不明。
山を伝ってマルティア国ラスティア領に亡命したものと思われる。
まるで手がかりを残さない手口から、何者かの手助けもあったものとの推測もあるが、証拠はない。
マルティアの関所からは有力な情報は得られておらず、詳細については以前として調査中。
5名の魔人が捕虜となったが、いずれも事件の経緯を黙して語らず、火災の首謀者も不明のまま。
いくつかの目撃情報等が寄せられているが、いずれも証拠能力に乏しく、保留とせざるをえない。
アイトネ山脈の西方で展開されていた国営石炭採掘場では、
当初より被害が懸念されていたが、軍の調査により石炭資源の損害は微小と判明。
テーベ国政府技術開発部は309年の3月を目途に採掘場の復活を目指すと発表。
復旧について、国の全域にわたり民間技術者の協力を求めることを決定した。
国民感情を反映し、テーベ国は魔人の他国への移送を決断。
結果、国からすべての魔人がいなくなった。
671
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:02:45 ID:x9X9K47Q0
☆ ☆ ☆
山の中で戦っていた魔人たちは、兵士たちを散々に襲い、脅かせた後、煙と共に消えてしまった。
もとより勝てるとも思ていなかったのだろう。
人間への反抗を見せつけることが彼らの主目的であったようだ。
国軍は残りの軍隊を後から大量に導入し、山の中をくまなく探らせた。
魔人が残っていたらひとたまりもないほどの人員だ。
指揮にはハインも参加し、一触即発の雰囲気が流れていたが、一度も戦闘が行われることは無かった。
石炭資源の被害は予想されていたよりも少なかったが、それでも責任追及は発生し、ハインが蒙ることに決まった。
避難や誹りを受けながら、ハインはまず第一に臨時の集会を開き、頭を下げた。
更迭の声もささやかれたが、ハインが反省と対策への意気込みを叫び、引き続き高い支持率を保ち続けた。
その後、ハインは作戦系統を指揮していた国軍幹部を解雇し、反省点の分析も進めた。
ハインの眠れない日々は続いている。
それはジョルジュについても同じであった。
視界の半分が潰れるほどの大怪我にもかかわらず、民衆に要望され、あるいはハインに尻を蹴られつつ、無理やりに会議に出席した。
672
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:03:29 ID:x9X9K47Q0
アイトネ山脈の火災から一週間後の朝早く。
イオカの街に、一艘の連絡船が辿り着いた。
テーベ国とイオカの港を繋ぐ船のうちのひとつだ。
潮風に晒された石造りの家々。
古くより堅牢な貿易港として栄えた街並み。
その中を駆け抜けていく一団があった。
先頭を走る男が、やがてひとつの家に辿り着き、その玄関を一心に叩きつける。
力が強くて、危険なふうにも捉えられかねない威力で、実際中から出てきた顔には不安の色が浮かんでいた。
こいつは何者なのだろう、という顔で。
lw´‐ _‐ノv「どちらさんですか」
673
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:04:39 ID:x9X9K47Q0
少女のことは知らなかった。
なぜ彼女がその家にいるのかも知らなかった。
だけど、それは気にすることなく、男はまくしたてた。
(;^^ω)「妻に会いに来たホマ! 会わせろホマ!」
lw´‐ _‐ノv「は? なんだお前」
( ^^ω)「いいからどくホマ!」
lw´‐ _‐ノv「うわ、こわい」
扉を挟んでひと悶着。
少女、シュールからすれば、その人が同居人の夫だとはどうにも信じられず、
無理やり家に入ろうとする怪しい男に見えた。
マルタスニムも慌てていたものだから、説明もままならず、
誤解はぶつかりあい、ドアを押し返しあってしまっていた。
674
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:05:42 ID:x9X9K47Q0
と、そこへ一声。
「シュール、久しぶり」
かけられた声に、少女が振り向く。
バランスを崩した扉が翻って、マルタスニムが「おわあ」と情けない声を発する。
だけどそれをものともせずに
( ^^ω)「今ホマ!」
と、室内へ駆け込んでいった。
もうシュールは扉を閉めようとはしなかった。
目は来客に注がれている。
675
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:06:19 ID:x9X9K47Q0
lw´‐ _‐ノv「……ああ、元気だったか」
思わず口元がにやりとめくれる。
相手もまた、然り。
ノパ⊿゚)「もちろんさ」
ヒートは親指を立てて大きく頷いた。
そしてそのまま、顔を後ろに向けていく。
ノパ⊿゚)「な、そうだろ?」
後ろにいた男は、あまり動じず、静かに応えた。
('A`)「……まあ」
ヒート、ドクオ、マルタスニム。
三人がイオカの町へくることになったのは、マルタスニムにブーンとの約束を果たさせるため。
そして、かつての自分たちの仲間、シュールと出会うためだった。
☆ ☆ ☆
676
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:07:22 ID:x9X9K47Q0
lw´‐ _‐ノv「濃いな」
一通りの出来事を聞いたシュールは、ハーブティーを啜りながら、そう呟いた。
ノハ‐⊿‐)「ひと月くらいのことなんだけどね、ほんと、いろんなことがあった」
しみじみと溜息をつくヒートの手の中で、空っぽのティーカップがくるくる回されていた。
ノパ⊿゚)「姉さんのことは話したことはあったよね」
lw´‐ _‐ノv「昔、ちょっとだけな。ドクオと仲が良かったけど、どこかに行ってしまった人だとか」
ノパ⊿゚)「うん。その人が、魔人の中にいたらしいんだ」
lw;´‐ _‐ノv「なっなんで」
ノパ⊿゚)「事情はよく知らない。とにかくドクオは傭兵として魔人の討伐に参加し、姉さんと戦った」
lw;´‐ _‐ノv「……」
677
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:08:14 ID:x9X9K47Q0
何を言っていいものだかわからない。
シュールの表情の崩れが、その当惑を表していた。
lw´‐ _‐ノv「落ち込んでいるだろうか」
ノパ⊿゚)「かなり、ね」
ヒートの視線は、自然と下へ向けられる。
戦いが終わってから、ドクオはますます口をきいてくれなくなった。
傭兵団の帰還時に駆け寄ったときも反応は薄く、出来事を尋ねても生返事ばかりでまともな答えは返ってこない。
ドクオは遠いところを見ていた。ヒートが一緒にいるときも、心はずっと、あの火に燃えるアイトネ山脈の中にいるかのように。
lw´‐ _‐ノv「ドクオはどこへ行ったんだ」
ノパ⊿゚)「外。海を見てるって言ってたよ」
678
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:09:14 ID:x9X9K47Q0
lw´‐ _‐ノv「一人で行かせて大丈夫なのか」
ノパ⊿゚)「どういうこと?」
lw´‐ _‐ノv「落ち込みすぎて、自殺でも計るかもしれない」
ヒートの指が止まり、ティーカップは制止する。口元に、ふっと笑みが浮かんだ。
ノパ⊿゚)「それはない」
lw´‐ _‐ノv「ん、どうしてだ」
ノパ⊿゚)「ドクオは細いし、なよなよした見た目をしているけど、あれで結構熱があるのさ。脳筋と言ってもいい。
悩んでいるときはそれを忘れようと体を動かす。そういう奴だ。間違っても自分から海に飛び込んで死のうだなんて思わない」
lw´‐ _‐ノv「よくご存じで」
囃し立てるシュールの言葉を受け、ヒートは首を横に振った。
679
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:10:16 ID:x9X9K47Q0
ノパ⊿゚)「もちろん全部を知っているわけじゃないよ。
あいつはだいたい人に自分の話をしようとしないから、推測してやるしかないんだ」
lw´‐ _‐ノv「なに、そんなに気を遣ってやったのか」
ノパ⊿゚)「まあね」
lw´‐ _‐ノv「ほほー、それはご苦労様なことで」
ノハ^⊿^)「昔馴染みだから、いいんだよ」
話が途絶えた。
ヒートにとって、ドクオもクーも同じくらい親しい人だ。
二人は仲が良くて、そしてお互いにわからない部分があった。
昔はそのわからなさに翻弄された。
きっと今も、かんぺきにわかっているとは言えない。
誰にもわかってもらおうとしないのが、彼ら二人の共通点だった。
680
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:11:10 ID:x9X9K47Q0
あの火災の前日、行ってしまうドクオを見送った後で。
三匹のカエルの店内で、カウンターに座りながら、ヒートはそのことばかりを考えていた。
自分にいったい何ができたのか。
結論を言えば、何もできなかった。
自分ではない、目新しい友人のブーンに頼み込んだだけだ。
藁にも縋る思いで、ただの知り合いである彼にずいぶんな重荷を背負わせてしまった。
それから、ブーンは戻ってきていない。
テーベの城下町にいた彼は、その日の晩のうちに飛行機で移動してしまった。
今どこにいるのかは定かではない。
が、ドクオは彼に会ったという。
彼は空飛ぶ機械を操り、負傷したクーを連れて大空を飛んでいった。
後に残ったドクオは、火を眺めてじっとし続け、やがて軍の仲間に発見され、麓町の医療施設に運ばれた。
681
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:12:22 ID:x9X9K47Q0
lw´‐ _‐ノv「元気なのか、ドクオは」
ノパ⊿゚)「息はしてるよ」
窓の外から、汽笛の音が聞こえてきた。
他国を往来する巡回船が帰ってきたのだ。
シュールもヒートも、同時に外を見た。
見えたところで何をするわけでもないのに、首は勝手に回ってしまった。
外は灰色がかって見えた。
空には広く薄く雲が張っている。
もう少したまれば雨となるだろう。
今は薄明りが主としてこの世界を照らしている。
682
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:20:16 ID:x9X9K47Q0
いま、ドクオは何をしているだろう。
何を考えているのだろう。
答えは返ってこない。
たとえ目の前にいても返ってこない。
ずっとそのことをヒートは苦痛に感じていた。
ブーンに頼みこんだときは、ちょうどそのもどかしさがピークに達していた。
だけど、今は少し違うことを考えている。
きっかけは、戦いが終わって、戻ってきたドクオが憔悴しきっているのを見たときだ。
ヒートは何も言わず、急いでドクオをベッドに寝かしつけた。
水を欲しがればすぐに用意し、熱を訴えれば濡らした手拭いを駆けてやり、話がしたいと言いだせばじっと傍で聞いてあげた。
何も問いかけないで見守ることもありだ。
そんなことをヒートは思い始めている。
今にも頽れそうな人を前に、言葉をかける必要はないだろう。
ドクオはあまり話さないが、それでもヒートにとっては大切な仲間であることに変わりはない。
だったらそれで十分じゃないか。
683
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:20:44 ID:x9X9K47Q0
部屋の扉がノックされた。
マルタスニムと、ヒートの知らない男の人が立っている。
( ^^ω)「遅くなったけど、妻が本当にお世話になったホマ」
マルタスニムが頭を下げる。
lw´‐ _‐ノv「お礼ならそこのミルナ先生にも言ってあげなよ。
私は料理ばかり作っていた。それ以外の介護は全部ミルナ先生がやってくれたんだ」
( ゚д゚ )「恐縮です」
背が高く、目力の強い男の人は、かすかに照れているようだった。
( ゚д゚ )「しかしシュールさんの料理だって称賛に値するものだったよ。
病人に消化のしやすい柔らかさ、十分な栄養、そして味付け。僕が食べても美味しいと思えたくらいだ。きっと、喜んでもらえたろう」
lw*´‐ _‐ノv「はは、それしか取り柄がないのでな」
跳ねるような口調が、満更でもない気持ちを如実に物語っていた。
684
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:21:07 ID:x9X9K47Q0
( ^^ω)「今、妻は起きていますホマ。今お昼を少し過ぎた時刻。もしよかったら、その自慢の料理をふるまってもらえないホマか?」
マルタスニムは目を大きく開いて、シュールを見つめた。
lw´‐ _‐ノv「がってん。このうちの食材もだいたい把握しているぞ」
( ゚д゚ )「ここにいるのも長いからね」
(;^^ω)「いやはや、すいませんホマ」
lw´‐ _‐ノv「いいって」
ひとしきり笑いが起こり、それが収まってから、ヒートは静かに提案した。
ノパ⊿゚)「ドクオ、呼んでくるね」
☆ ☆ ☆
685
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:21:46 ID:x9X9K47Q0
潮の香り漂うイオカの港の桟橋に、彼は一人たたずんでいた。
目の前にあるのはカリストの海。
テーベ、旧ラスティア国の南側に広がる海だ。
この海を越えていった先には別の陸地がある。
聞いたところによる、このカリストの海は内海であり、東や西南にまっすぐいけば海峡があって、さらに広大な海へと続いているのだという。
地球が丸く、世界が途方もなく広いことは知っていた。
だがしかし、丸さのわかるところを見たことはない。
実感のない知識など、本当に知っているとは言えない。
魔人が現れたての頃は、それこそ天変地異が起こり、世界の様相が一変してしまったと言い伝えられている。
その後、魔人たちは人間の従者となろうとした。
あとは、これを積極的に従わせるもの、要らないとして森へ忌避するもの、様々な対応が生まれた。
('A`)(だからだろうか、この世界はどこか歪だ)
686
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:22:30 ID:x9X9K47Q0
それはかつて、友と語り合ったことだ。
見た目も、中身も、人のありようも、どこか、この世界は変わっている。
その原因は何か。どうして魔人は来たのか。彼らは何をしたいのか。
話し合いはいつも終わらなかった。
「ドクオ」
考え事をしていると、声を掛けられた。
振り向くと、見知った赤毛が潮風に揺れていた。
ノパ⊿゚)「いくよ、ドクオ。お昼だよ」
ヒートはドクオの傍に寄り添い、避ける間もなく、その手をつかんでくる。
('A`)「……?」
687
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:23:29 ID:x9X9K47Q0
すぐに連れていかれるものかと思ったが、そうではなかった。
ノパ⊿゚) ジッ
ヒートはドクオの腕を握ったまま、じっと顔を見つめてきていた。
('A`)「どうしたんだよ」
ノパ⊿゚)「……聞かせて」
ノパ⊿゚)「姉さんは生きているんだよね?」
ずっと、ヒートはそれを聞きたかった。
森の中でクーと出会ったことまではドクオも話してくれたのだが、
どうして怪我をしたのか、どうしてブーンが連れて行ったのか、詳しい事情までは何も聞かされていなかった。
688
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:24:48 ID:x9X9K47Q0
貨物船はひっきりなしに港へと押し寄せてくる。
近くで見える船は大きく、速く、人の力では止められそうにない。
('A`)「死にかけている」
かき消されるかされないか、ぎりぎりの音量だった。
('A`)「ひどい怪我を負わせてしまった。他でもない、この俺の手で」
そう言いながら、ドクオは自らの手のひらに視線を落とし、しばらくじっと項垂れていた。
数日前、その手のひらが彼女の血で染まっていたことを思い浮かべながら。
ノパ⊿゚)「ドクオの、手?」
('A`)「クーは魔人の中にいた。だから、俺の敵として現れたんだ」
ヒートの中で、断片的だった情報が組み合わさっていく。
ドクオが落ち込んでいた理由がようやくわかる。
自分の戦いが、自分の知っている者を苦しめているなんて、嫌だし、知らない方がましだ。
689
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:26:39 ID:x9X9K47Q0
穏やかな漣の音がする。
大自然の止まることのない営みが、このときばかりは嫌らしく耳を打った。
('A`)「そのあと、空から機械が降ってきた」
前振りもなくドクオが話し始めた。
('A`)「何事かと思ってはいたんだ。大きな音もしたから。
そしたらしばらくして、火の海の向こう側からブーンがやってきた」
('A`)「あいつは不思議な奴だ。俺はあいつを見た途端、戦う気持ちがどっかいっちまった」
「死を受け入れていたつもりだったのに」と、ドクオはほんの少し口元をゆがめ、ぽつりとこぼす。
('A`)「どうしてもクーを助けたくなって、俺はあいつにそれを頼んだんだ」
690
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:27:55 ID:x9X9K47Q0
ノパ⊿゚)「……そんなことが」
ブーンは本当に約束を守っていた。
本当にドクオを見つけ、そのそばにより、戦いを止めてくれた。
その結果、クーは瀕死ながらも生き延びることができた。
ノパ⊿゚)「そうか」
ノハ;⊿;)「姉さん、生きてるんだな」
また警笛の音がする。それだけ危ないということだ。
港に泊まろうとするとき、もっとも注意が必要となるのだろう。
そうでなければ、船はどこかにぶつかって破損し、敢え無く沈没してしまう。
691
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:29:04 ID:x9X9K47Q0
ノハ;⊿;)「今度はあたしも会いたい」
ヒートは海の向こうを見つめた。
水平線の彼方は、冬の灰色の空とが溶け合っている。
その境目がどこにあるのか、見極めるのはとても難しい。
('A`)「……生きていたら」
ドクオはつぶやく。
くぎを刺すつもりだったが、言い切らずに、そこで言葉が終わる。
ノハ;⊿;)「生きるさ。そうに決まってる。そう信じ切ってやる」
('A`)「信じる?」
ノハ;⊿;)「そうだよ。信じてもらえなくなったら、それはきっと死ぬよりつらいんだ」
692
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:29:40 ID:x9X9K47Q0
('A`)「……」
ドクオもまた、海を見た。
絶えない波。音。黒ずんだり白んだりを繰り返す水面。
太古の時代、海から大勢の生き物が生まれ、活動し、仲間を作り、やがて止まって、土と海へと還っていった。
これから先の百年の間に、自分だって必ずいなくなる。
自分という生き物は、水の一滴、土の一塊、そういうもののひとつの変遷に過ぎない。
何度も何度も、同じことが繰り返される。
戦争の無い時代が終わりを迎えつつあることをみなが感じ始めている。
クーは何を想っているだろう。
('A`)「……あ」
そこまで考え至ったとき、ドクオは気づいた。
693
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:30:14 ID:x9X9K47Q0
クーに何かを想っていてほしい。
そのために生きていてほしい。
そしていつか、想っていることをすべて話してほしい。
( A )
クーの血潮は、まだ流れているはずだと信じたい。
彼女が土にも水にもならず、人としてこの世にいてほしい。
諦めたくない。
諦めてたまるか。
694
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:30:48 ID:x9X9K47Q0
( A )「生きていろよ、クー」
( A )「いつか必ず、会いに行くから」
ヒートの視線を感じたが、ドクオは構わなかった。
胸を反らし、息を吸い込み、空を漂う数多のカモメたちめがけて、
( A )「――――ッ」
大声で叫んだ。
ノハ;゚⊿゚)「ドクオ!?」
細身のそのすべてを震わせて、海老のように背を曲げて、ドクオは目を閉じ、叫び続けた。
止めようにも、まるでヒートの方を見てくれない。
695
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:32:00 ID:x9X9K47Q0
街の方にだって聞かれているはずだ。
騒音だとして文句を言われるかもしれない。
そんな無茶を、まさかドクオがするなんて思いもよらなかった。
感情を露わにすることがとても苦手な奴なのに。
(; A )
ノパ⊿゚)「…………」
獣のようだ、とヒートは思った。
獰猛な牙を持つ野生の獣が、荒れた山の岩場に上り、空を見上げて立てる遠吠え。
それが今のドクオの声。
696
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:32:22 ID:x9X9K47Q0
ノパ⊿゚)
ノハ‐⊿‐)
叫び声が止まった。
ノハ‐⊿‐)「お疲れ」
(; A )ゼエ、ゼエ
言葉を発せないまま、ドクオは頷き、そしてその場に座った。
(; A )「くそ、体力が落ちてやがる」
舌打ちし、立ち上がるが、再び叫びだすことはできなかった。
697
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:33:17 ID:x9X9K47Q0
ノパ⊿゚)「じゃあ、ご飯だ。あの家に戻るぞ」
ヒートは両手でドクオの腕をつかんだ。
(;'A`)「え?」
ノパ⊿゚)「身体を鍛えるのにも、まずは体力だ」
(;'A`)「それはいいが、急になんて」
ノパ⊿゚)「織り込み済みだよ。みんなが待っているんだ。行こう」
ぐいぐいと、ドクオを無理やり引っ張っていく。
獣になろうとする彼を宥めたくて。
すぐそばに自分がいて、仲間がいるってことを教えてあげたくて。
必死に。
☆ ☆ ☆
698
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:34:06 ID:x9X9K47Q0
とある西方の深い森の中。
( ∵) ピョコ
ピョコ ( ∴)
小さなふたつの影が、ひょっこり草むらから出てきた。
( ∵) デタノハ オトガ シタカラー
オトガ シタカラ デテキター ( ∴)
( ∵) ゲンインヲ サガスノハ キニナルカラー
キニナルカラ ゲンインヲ サガスー ( ∴)
699
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:34:47 ID:x9X9K47Q0
ふたつのものはとても小さく、丸く、そして無機質な顔をしていた。
目も口もただの点で、何かを食べることもできない。
草むらから、もうひとつ、今度は2メートルはあるかという巨大な影が現れた。
先に出ていたふたつに向かって、「こら」と呼びかける。
その大きな者は、人の言葉を使いこなしていた。
∩ ∩
( ´∀`)「勝手に出歩いちゃ危ないモナ。
常に危険がそばにいることを意識するモナ」
熊のようなその巨体に、丸い小さな獣耳がついている。
700
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:36:14 ID:x9X9K47Q0
( ∵) イシキー
イシキー ( ∴)
∩ ∩
( ´∀`)「そう、意識モナ」
草木を踏み分け、獣道を抜けていき、開けた空間が見えてきた。
冬で木々が枯れていたからまだ見通しがいい。
落ちてきたものはそこに会った。
金属でできたフォルムに、長い翼。ひしゃげたプロペラ。燃料の鼻をつく匂い。
( ∵) コレハ ナニー
ナニ コレー ( ∴)
∩ ∩
( ´∀`)「おそらく人間の発明品モナ」
男はそういうと、機体に手を触れた。
じんわりと温かさが手のひらに広がった。
701
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:37:08 ID:x9X9K47Q0
∩ ∩
( ´∀`)「仕組みはシンプルモナ。エネルギー効率に難ありモナ」
男は機体を眺め回し、やがて操縦席の傍にたどり着いた。
そこには、人が寝そべっていた。
機体の中にいたものが、落下の衝撃で飛び出してしまったのだろう。
全員意識は失っているが、怪我をしている様子もない。
軽い脳震盪でも起こしているようだ。
( ∵) オチタノ ドウシテー
∩ ∩
( ´∀`)「機械の使い過ぎモナ。プロペラも機体もぼろぼろモナ。そうとう無理をしたモナね」
ツカイスギ ムリ オチタッター ( ∴)
∩ ∩
( ´∀`)「うんうん、そうモナ」
702
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:38:05 ID:x9X9K47Q0
男は落ちている人にまず手を触れた。
小柄で、服の肌蹴た中肉中背のごく普通の少年。
深手を負った長髪の少女。
( ω )......
川 - )......
∩ ∩
( ´∀`)「人間モナ」
( ∵) ニンゲン!
ニンゲン! ( ∴)
∩ ∩
( ´∀`)「こんなところに紛れてくるなんて変わっているモナ。ここは魔人しかいないのに」
モナーはブーンの腰のあたりを両手でつかむと、肩にしょい込んだ。
703
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:38:43 ID:x9X9K47Q0
( ∵) オモクナイ?
∩ ∩
( ´∀`)「平気モナ」
( ∴) ドウシテ タスケル
∩ ∩
( ´∀`)「それは決まり事モナ」
ブーンを乗せる位置を微調整し、モナーは言った。
∩ ∩
( ´∀`)「人間は僕たちのマスターモナ。だから歓迎するんだモナ。わかったモナか?」
( ∵) ワカッター
ワカッター ( ∴)
ふたりの丸い小人はくるくるとモナーを取り巻いた。
モナーは重症のクーを見て、肩には乗せず、機械の剥がれた装甲から橇を作って台車とした。
多少の揺れは覚悟してもらいたい、とこっそり言う。
704
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:39:33 ID:x9X9K47Q0
∩ ∩
( ´∀`)「さて、と」
男の視線は、別の倒れている人に注がれた。
(〆 ヽ)
从 ヮ 从ト......
ξ ⊿ )ξ......
やはり、眠ってしまっている。
∩ ∩
( ´∀`)「丸っこい耳の子はあの探し人モナ。
早く連れていって安心させてあげるといいモナ」
∩ ∩
( ´∀`)「くるくる髪のこの子はあそこへ運ばなくちゃいけないモナ。
ビコーズ、ゼアフォー。手伝ってくれモナ」
( ∵) ワカッター
ワカッター ( ∴)
小さい彼らは、その風貌に似あわない力強さでツンと女の子を抱え上げた。
705
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:40:08 ID:x9X9K47Q0
∩ ∩
( ´∀`)「日が暮れる前につけばいいモナ」
大きな男の名はモナー。
( ∵) ヒガ クレルト アブナイカラー
アブナイカラ ヒガ クレルマエニー ( ∴)
ふたりの小さい者たちの名は、ビコーズ、そしてゼアフォー。
三人は魔人である。
706
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:40:43 ID:x9X9K47Q0
目指すのは、西方に広がるエウロパの森、魔人の里。
( ω ) ウ......ン...
人間たちのほとんどが忘れ去ってしまった森。
その奥地を目指し、彼らはゆっくりと歩き始めた。
.
707
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:41:32 ID:x9X9K47Q0
.
第十五話 故郷と未踏 終わり
第二部 完
.
708
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:42:16 ID:x9X9K47Q0
.
────────── 予告 ─────────
.
709
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:43:01 ID:x9X9K47Q0
.
生きているということ
いま生きているということ
.
710
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:43:55 ID:x9X9K47Q0
.
ξ;⊿;)ξ「
泣けるということ
ξ^ー^)ξ「……
笑えるということ
(#゚ω゚)「 ! !!
怒れるということ
(*^ω^)「 、 ……
自由ということ
.
711
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:44:44 ID:x9X9K47Q0
.
生きているということ
いま生きているということ
.
712
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:45:23 ID:x9X9K47Q0
.
(;A;)「 っ!
いま遠くで犬が吠えているということ
(´∀` )「 。
いま地球が廻っているということ
川 - )...
「 」( ∵)(∴ )「 」
いまどこかで産声があがるということ
713
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:46:11 ID:x9X9K47Q0
从#゚∀从「 !
d(゚∀゚ )「 、
いまどこかで兵士が傷つくということ
( ゚д゚ )「 ?
ノハ^⊿^)「 」
lw´‐ _‐ノv「………… 」
いまぶらんこが揺れているということ
ミセ*゚ー゚)リ (゚、゚トソン
つ ⊂
.
714
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:46:56 ID:x9X9K47Q0
.
( -∀-)
いまいまが過ぎていくということ
ζ(^ー^*ζ
.
715
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:47:40 ID:x9X9K47Q0
.
生きているということ
いま生きてるということ 。
鳥ははばたくということ .
海はとどろくということ . . ・
かたつむりははうということ 。
. _ ,.... -‐‐
. ,...- ' ゙゙
, '´ヽ ヽ _/
・ / j´ `'ー、_ j
. / /`´ !ノ
/ '!.j
. ,!'
.
716
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:48:24 ID:x9X9K47Q0
.
|:::: |
|:::: |
|:::: |
, , l::::: l
γヽ ゝ \ /:::: l
.... ヽ:::::\ \::::/:::: '
,{:::::\\:::::\/:::: ',
::::\:::::.\\/:::: ,
人は愛するということ
|:::: / /
Y:::: / /
}:::::::: / ./
ゝ,/:::: ノ /
ゝ、/ / /
/:::: / /
ゝ,;;;ノ j
ヽ:::: /
/:::: /
/:::: /
/:::: /
/:::: /
.
717
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:49:23 ID:x9X9K47Q0
.
「ツン、僕だって知りたいんだお」
「この世界の広さを」
「だから」
「うん」
「わかってるよ」
「いこっか、ブーン」
.
718
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:50:14 ID:x9X9K47Q0
.
あなたの手のぬくみ
いのちということ
――――谷川俊太郎 「生きる」
.
719
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:51:06 ID:x9X9K47Q0
.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆
第三部
旅人と衛兵の章
☆
.
720
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:52:09 ID:x9X9K47Q0
.
────────── 続く ─────────
.
721
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/04/08(水) 22:52:41 ID:x9X9K47Q0
今回はここまで。
それでは。
722
:
同志名無しさん
:2015/04/08(水) 22:54:17 ID:iW2iehPA0
初めてリアルで見た。乙
次回も楽しみ
723
:
同志名無しさん
:2015/04/08(水) 23:35:57 ID:HCBMzo2A0
乙乙
724
:
同志名無しさん
:2015/04/09(木) 04:12:43 ID:aGpfEr/kO
乙
725
:
同志名無しさん
:2015/04/11(土) 00:52:33 ID:/Y1zN9lw0
乙
726
:
同志名無しさん
:2015/04/12(日) 09:04:15 ID:6MjGuMkg0
乙です
やっぱり言葉選びなのかな、視覚的にも綺麗だー
次も楽しみ
727
:
同志名無しさん
:2015/04/12(日) 12:13:33 ID:wO8uCTI60
おつ
728
:
同志名無しさん
:2015/04/19(日) 23:36:55 ID:YcoC/U760
追いついた!やっぱ面白いなー!
三大楽しみ作品だわ
729
:
同志名無しさん
:2015/04/21(火) 17:55:42 ID:UIQUlXWY0
ワクワク
730
:
同志名無しさん
:2015/04/26(日) 18:24:15 ID:DBViRpT60
乙ぅ
731
:
同志名無しさん
:2015/06/05(金) 01:35:50 ID:S7RU/2m20
板2で唯一の名作かつ生き残りだと思ってる!
つまり続き楽しみにしてます!
732
:
◆MgfCBKfMmo
:2015/07/20(月) 15:28:49 ID:EczTYDn.0
お久しぶりです。レスポンスどうもありがとうございます。
創作板にて番外編を投下しました。
優しい衛兵と冷たい王女のようです 番外編 『暁の綾蝶』
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1437365178/
それでは。
733
:
同志名無しさん
:2015/07/20(月) 16:53:30 ID:B8F7pzpY0
三部は創作板?小説板?
どっちにしろすっごい待ってるから!!!
734
:
同志名無しさん
:2015/09/17(木) 17:46:46 ID:r24RYa460
乙
三部期待
735
:
同志名無しさん
:2015/11/22(日) 02:57:56 ID:H.2NqNRU0
三部まだかなー!楽しみにしてるよ!
736
:
同志名無しさん
:2016/02/27(土) 14:36:38 ID:VcVyIZC60
1年近く経つのか…楽しみにしてるよー
737
:
同志名無しさん
:2016/05/04(水) 17:11:45 ID:rhJ/8TkU0
もう一年か…まだかな、楽しみにしてるよ!
738
:
同志名無しさん
:2016/06/02(木) 01:18:48 ID:hYk7q0jo0
定期巡回!
739
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:10:25 ID:sufKPwQg0
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/16305/1465560104/
第三部への誘導です。よろしくお願いします。
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